★
僕が酔いつぶれた彼女に毛布をかけてあげたときだった。
ピンポンとチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だろうと思いつつも、僕は応対した。
『た...助けてください』
女の子だった。赤い髪の、犬耳のフードを被った子供だ。
『変な人が刃物を持って、い、いきなり...お願いです、匿ってください』
いきなりの事態に混乱する僕だが、荒い息遣いとところどころ滲み出ている血が、ただごとではないことを表していた。
警察を呼ぶにせよなんにせよ、まずは彼女を保護して事情を聞いてからだろう。
僕は、すぐに開けるから待っててくれと告げ、インターホンを離れる。
急いで鍵を開け、少女を呼び込もうとして――――僕の意識は、途切れた。
☆
「ん...」
「眼、覚ましましたか?」
たまが眼を覚ますと、その視界に映ったのは、こちらを覗き込むほむらの顔だった
「あれ、私...」
「大丈夫。気絶してただけですよ。...立てますか?」
はにかみ差し出された手を握り返し、フラつきながらも立ち上がる。
「あの、暁美...さんでいいのかな」
「呼び方なんてなんでもいいですよ。たまさんが呼びやすいようにしてください」
「じゃあ、暁美さん...いま、なにがどうなってるの?」
「...その辺りも含めて話し合いたい人がいるので、ひとまず地上に出ましょう」
「は、はい」
たまは変身し直し、天井に穴を空けようと膝を曲げるが、ほむらはそれを押し止める。
「その能力は、こういうところではあまり使わない方がいいです。どうしても派手になってしまいますから」
「あ...そうだね、ごめんね」
「大丈夫です。来た道を戻ってもその人と合流するのに5分も掛からないはずなので、向こうから行きましょう」
ほむらに促されるまま、たまもおずおずとそのあとをついていく。
「......」
ほむらは、流し目でたまの顔を見つつ考える。
まどかはなぜ彼女を探していたのかを。
自分の覚えている限りでは、まどかとたまの接点はなかった。
ならばどうやって、まどかはたまを知りえたのか。
(わたしの知らないところで二人が知り合っていた可能性は...?)
「たまさん、鹿目さん...って知ってますか?」
「え?えーっと、有名な人、かな?」
「有名ではないと思いますけど...本当に知りませんか?」
「ご、ごめんなさい」
「あ、いえ、その、怒ってるわけじゃないんです」
(たまさんの言うことが本当なら...たまさんは鹿目さんを知らないことになる)
たまはあくまでもあの
カーズの側だ。
もしかしたら、こちらを嵌めるために嘘をついている可能性もある。...そんな演技ができるような子には見えないが。
けれど、たまの言うことが真実であれば、まどかがたまの存在を知っていたことが尚更不思議に思えてくる。
(詳しくは鹿目さんに聞かなくちゃわからないけど...このたまさんは、鹿目さんが探す『たまちゃん』じゃないかもしれない)
単なる同姓同名の人違いか――――あるいは、誰かが『たま』の名を語って接触したか。
☆
ぴちょり。ぴちょり。
そんな水滴の音が部屋に響いているような気になる。
それほどまでに、鹿目詢子の腕は濡れ、篤とまどかは呆然と立ち尽くしているだけだった。
「マ、マ...」
やがて、喉から搾り出したような掠れた声が発せられた。
まどかは、ふらふらと歩み寄ろうとする。
今日の帰り道にお目見えし、まどかが恐怖とトラウマを抱いたモノ。
食事を拒否するほど嫌悪し、未だ恐怖として残っている箱の存在が、まどかの理性を奪っていく。
――――ねえ、ママ。どうしてそんなに血まみれなの。
ギシ。ギシ。
床を踏みしめる音がいやに大きく聞こえる。
――――どうして、赤い箱が置いてあるの
一歩、一歩、近づく度に心臓が締め付けられるような圧迫感が増していく。
――――それじゃあ、まるでママが×××みだいだよ
そんなことはありえない。あってはならない。
大好きなママが、いっぱい人を殺して、大好きなパパも殺したなんて。
どうしてかわからない。わかりたくない。
だから、違うと言って―――
「...箱が、あったんだ」
ポツリ、と詢子の口から言葉が漏れた。
「あの人にお酒を入れて貰って、いつの間にか潰れてて」
声は、喉から絞り出しているかのように震えていた。
「起きて、ここにきたら...コイツが、あったんだ」
赤い箱。その意味がわからないほど、彼女は疎くない。
なんせ、数時間前に箱を目撃した娘を慰めていたのだから。
「パパも、タツヤも、いなかった。箱を、開けて、探しても、わからなかった」
詢子の眼から堪えていたものが溢れ出し、言葉も嗚咽と共に途切れ始める。
「なあ、まどか、みんな、どこかに、いるんだよな。これは、ぜんぶ、ねぼすけ、の、あた、しへの、罰ゲーム、なんだよな」
ボロボロと零れ始めたものは、現実を拒絶せんとする葛藤か、ただ1人見つけることができた愛娘への安堵か、愛するものたちを壊された絶望か。
まどかには彼女の真意はわからない。どれも違うかもしれないし、もっと言葉にし難い感情が渦巻いているのかもしれない。
けれど、まどかが確信したことはひとつ。
目の前の彼女は、間違いなく自分の母であるということだ。
「ママ...!」
もう躊躇いはなかった。
まどかの足に力が込められる。一秒でも早く。一瞬でも早く。
大好きな母のもとにいたい。
涙も。怒りも。悲しみも。恨みも。後悔も。絶望も。
彼女を抱きしめ、共に全てを吐き出したい。
駆け寄ろうとするまどかの肩を篤が掴みとめた。
「待て!まだ彼女が怪盗Xではないと確定したわけじゃない!」
この惨劇を見ても、篤の思考は未だに冷静さが残っていた。
彼とて、詢子が下手人だとは思いたくない。
あの身体にへばりつく血液だって、彼女の言葉通り、冷静さを失い箱の中を探ったせいでついたものだと思いたい。
まどかと共に感情を吐き出させてやりたい。
けれど、彼の戦ってきた島、彼岸島での経験は、彼を感情的にさせてくれなかった。
「...離して」
珍しく。珍しく、まどかは篤の言葉に逆らった。
彼女とてわかっている。彼が自分の為を想って止めてくれていることは。
この光景を見る限りでは、現状、詢子が下手人である可能性が高いことは。
けれど、理屈や倫理ではもう止められない。
まどかもまた、感情を抑え込むことなどできるはずもなかった。
「...なんだよ、あんた。あんたがやったのか?」
ふらふらと覚束ない足取りで詢子は数歩だけ歩くと、ガクリと膝から崩れ落ちる。
「ママ!」
「...お願いだ」
もはや膝が笑って動けないのだろう。
詢子は、縋りつくようにその場で頭を垂れた。
「その子だけは助けて。あたしは、どうなってもいい。だから...」
その姿を見た篤の奥歯がグッと噛み締められる。
(チクショウ、俺だって彼女を信じてェよ。でも、僅かにでも疑いの余地があるなら疑わなくちゃいけないんだ)
篤の戦いの全ては、雅に騙され祠を開けてしまったことから始まった。
あの場面に遭遇すれば、多くの人は自分と同じ行動をとるかもしれない。
だからこそ、それに流されて誰もが取り得る行動を予測されてはいけないのだ。
どうすれば詢子がシロだとハッキリさせられるか。篤の脳は、その片隅で必死に詢子がシロである証拠を探していた。
ウワサ。赤い箱。人間1人分。いなくなったパパとタツヤ、疑われる自分――――。
(ん...?)
篤の中で疑問が生じる。
―――パパとママ...いなくなっちゃった...
最初に、タツヤがそう言っていた。
いなくなったのは知久と詢子だと。
―――パパも、タツヤも、いなかった。箱を、開けて、探しても、わからなかった
だが、詢子はいなくなったのは知久とタツヤだと言っていた。
そう。この時点で彼らの発言は矛盾している。
赤い箱は『二つ』。つまり犠牲者は『三人のうち二人』でなければならないのだ。
だが、現にタツヤも詢子も生存している。箱のうちひとつは知久だとして、あとひとつは誰だ。
詢子が犯人だとしよう。
だが、タツヤが生存している以上、箱が二つあるはずがない。
第三者の『怪盗X』が現れたとしよう。
やはりこれでも生存者が二人、箱にされたのが二人と数が合わない。
(どうやっても数が合わない。どうなっているんだこれは!?)
一度ほころび始めたものは簡単に崩れ落ちていく。
篤の中で、詢子がクロだという考えは彼方へ消え去りつつあった。
(思い出せ。ここに来るまで俺たちになにがあったのかを!)
カーズを退けたあと、ほむらにたまを任せて地上へ戻った。
そこで、まどかを探しに来たタツヤが泣きながら歩いてきた。
タツヤから両親がいなくなったことを告げられ、この現場に遭遇した。
そしていま―――
(...待て。おかしいだろ)
泣きながら懇願し続ける詢子を見て生じた違和感。
その小さな違和感は、篤の中で確かな疑惑と膨れ上がる。
(なんであいつは―――)
くるり、と背後を振り返る。
そこには、未だ現状が掴めないようにとぼけた表情のタツヤがいるはず―――だった。
眼前には、鉄塊が迫っていた。
★
コンコン、とドアをノックし部屋に入る。
「どうしたの?」
どうやら起こしちゃったみたいだね。まあ、そっちのほうが自然かも
「さっき、まどかの友達が落し物を届けに来てくれてね。なにか慌てていたのかすぐに帰っちゃったけど」
「友達...?さやかちゃん?」
ふーん、さやかって名前の友達もいるんだ。
「たまって名前の女の子だよ。僕は知らないけど、まどかのクラスメイトかい?」
俺が尋ねると、まどかは違うという意を示した。
「おや、知り合いじゃなかったかい。まあ、今度会えたらちゃんとお礼を言っておくんだよ」
そうして俺は、バーサーカーに適当に作ってもらった学生証を手渡した。
「こういうものは無くさないようにちゃんと管理しておくんだよ」
「うん、わかった」
まどかの手には令呪の印が刻まれていた。これで確定した。こいつはマスターだと。
「パパ~?」
玉のような小さな男の子がやってきた。
たしか、こいつは鹿目タツヤだ。
「ろーしたのー、パパ~、ねーちゃ~」
「どうやらこの子も起こしちゃったみたいだね」
「なんでもないよ、タツヤ」
「ん~」
タツヤはごしごしと目を擦っていた。お子様にはこの時間は辛いのかな?
パパの姿を借りてるんだ。寝付かせてあげないとね。
「お休みパパ」
「...お休み」
「パパ~?」
「はいはい。パパはここにいるよ」
タツヤを持ち上げ、俺はまどかの部屋をあとにする。
その間、タツヤはずっと寝ぼけ眼で姉とパパを呼んでいた。
俺の知らない幼い頃もこんな感じだったのだろうか。
「...おじちゃん、パパは?」
へ、と思考が停止しかける。
変身は完璧だ。振る舞いも、コイツの記憶に則したものだ。
でも、タツヤの顔は、間違いなく俺がパパじゃないと確信している。
これには少し驚いた。
こうまで簡単に見透かされたのはネウロ以来かもしれない。
子供や小動物は人には見えないものが見えるという逸話があるが、タツヤもその例か、あるいは俺と同程度の観察眼を有しているのか。
もしも後者だとしたら、人間離れした観察眼ということで、俺と近しいなにかを見られるかもしれない。
そんな、ちょっとした期待を込めて俺は
「ちょっと、正体(なかみ)を見せてもらうね」
パチュン
☆
ギン、と金属音が鳴り響く。
まどかは眼前で行われていることが理解できなかった。
タツヤが、自分の家族が、自分よりも小柄な身体で、篤へと斬りかかっているこの事態が。
「...駄目か。今回は流石にイケると思ってたんだけどなー」
篤との鍔迫り合いの中、あどけなさを残したままの笑みで、タツヤはそう言った。
「ねえ。どこで俺が犯人だってわかったの?」
「わかったわけじゃないさ。ただ、生憎俺はこいつの家族には姿を晒していなかったんでな。俺になんの警戒も抱かなかったお前を不審に思っただけだ」
「しまったなあ。てっきりサーヴァントは相方の関係者には存在をバラしているものだと思っていたよ」
篤の刀が震えだす。
(なんて力だ...マスター癖に、サーヴァントの俺とほとんど拮抗している)
ただの人間ではありえない怪力に、篤の背には冷や汗が伝っていた。
(わざわざサーヴァントに斬りかかってくるくらいだ。あの刃物も受けてはマズイものだろう)
このまま接触し続ける理由はない。
いくら相手が怪力とはいえ、そこはやはりマスターとサーヴァントの差はある。
拮抗している状況であれば、押し合いで勝つのはサーヴァントだ。
鍔迫り合いのまま放たれた篤の蹴り上げは、タツヤの金的に入りその身体を浮かせる。
力が緩んだその隙に、身体を横方向に回転させ後ろ回し蹴りを放つ。
足を通して手ごたえを感じた瞬間、その離れ際、タツヤの足が肥大化し篤へと振るわれる。
「なっ!?」
咄嗟の変化についていけず、吹き飛ばされた篤は勢いのままガラスを破り庭へと弾き出された。
一方のタツヤは、金的、腹部と2箇所に蹴りを受けたにも関わらず、宙回しながら壁に手足を着き、その手の刃を投擲した。
「ガフッ」
篤の腹部に刃が刺さり吐血し蹲る。
その隙に、タツヤの足がメキメキと音を立て、壁を軋ませていく。
パシュッ。
その足が壁を蹴りだすよりも早く、桃色の弓矢はタツヤを弾き飛ばした。
タツヤはキョトンとした顔で着地しまどかへと視線を移す。
ハァ、ハァ、と息を切らしながら、まどかはへたりこんでいた。
「どういう、ことなの...?」
咄嗟に変身し反射的にタツヤを弾いたまではいいものの、突然の状況の変化に頭がついていかない。
なぜ。どうして、タツヤが篤を襲う。
「んー、この姿だとできないことも多いし、見たいものも見せて貰ったし...返してあげる」
ミシィ、とタツヤの顔が、身体が、変貌していく。
顔は幼児から少年のものに、身長も伸び瞬く間に別人と為ってしまった。
「ふう。やっぱり自分より小さいと負担も半端ないや。...ねえ、あんたのさっきの矢、どうやってやったの?」
無邪気に笑みを向けてくる少年に、まどかは言いようのない恐怖を覚えていた。
(なんで...)
「例え氷で弓矢を作ったとしても、必ず溶けた痕っていうのは残る。でもあんたのソレは違う。さっきまでなにも持ってなかったのに、掌ひとつで産み出せて、撃ち終われば消える...まるで魔法みたいだ。
凄いよ、あんた。無から有を産み出すなんて、ネウロにしか出来ない芸当だと思ってた。あんたはあいつと同じくらいの化け物かもしれない。だから」
(なんであなたは...)
「あんたの中身を俺に見せてくれ」
(こんなことができるの...?)
まどかは理解できなかった。
少年の言動が。
魔女よりも災厄を撒き散らし、カーズよりも純粋な悪の血統を引き継ぐ存在――――怪盗Xの本質が。
そんな彼女にお構いなしに、Xは彼女を解体(ハコ)にするために跳びかかる。
まどかはわかっていなかった。いや、わかっていたつもりだった。
近しい者がゴミのように殺された時、被害者がどうなるか。
だが、いくら魔法少女の力を持っていようが、本来のまどかはまだ子供。
ただただ押し寄せる無力感と絶望感に抗うにはまだ幼すぎる。
だから、自分を殺そうと迫る手(きょうき)に反応することができず―――自分を庇うように躍り出てきた母を止めることすらできなかった。
パタパタと鮮血が舞い散り、血しぶきがまどかの頬にも付着する。
「マ...マ...?」
詢子の口から血が吐き出され、ドシャリと崩れ落ちる。
その光景に眼を丸くしていたのは、まどかだけでなく刺した本人であるXも同じで。
彼は、血たまりの伏す彼女をどこか感慨深そうに眺めていた。
「...凄いと思うよ。この人は」
そう語るXの顔からは、先ほどまで浮かべていた笑みは消えていた。
「こう見えても俺、美術品には結構興味あるんだ。ああいうのは製作者の感情が篭りやすくてね。篭められたものに共鳴する人間が多いほど大きな感動を産み出すんだ」
微かに目を伏せながらXは続ける。
「あの二人の細胞から、特に鹿目タツヤの方からは彼女の確かな『愛』が感じられた。芸術品じゃない、個々の生命体にだ」
「純粋に、彼らを愛していたんだろうね。それこそ自分の全てを捧げてもいいくらい。いま、あんたを庇ったのだってそうさ。
特に考えなんてなく、ただあんたに死んでほしくないから、本能的に身体が動いた。...普通の人間ならまずは自衛を考えるのにね」
まるで名作映画を見た批評家のように、Xは第三者の目線で鹿目詢子について語っていた。
自分で全てを奪ったのにも関わらず、だ。
「あんたの正体に興味はあるけど、この人の込めた感情に敬意を評して壊さないであげるよ。...まあ、いくらあんたが化け物でも、この人の愛で満たされている以上は、俺の正体には遠いだろうけどね」
そして、Xはまどかに背を向け「じゃーねー」と軽い調子でひらひらと手を振った。
その姿に。言いたいことだけ、やりたい放題やって去ろうとする傍若無人さに。
まどかの感情の枷は決壊した。
「勝手なことばかり言わないで!なんで、みんなを殺したの!?なんで、わたし、だけ...いきなりやってきて、全部、こわして、なにもかも勝手すぎるよ!」
まどかの慟哭に、Xの足がピタリと止まりまどかへと再び向き直る。
「そっ。それがあんたの望みなら」
Xの腕がメキメキと変貌していく。
その様を、まどかはまるで他人事のようにただ呆然と眺めていた。
彼女の頭の片隅では、このまま辛い現実から逃がしてくれるならそれでもいいと願う想いがあった...のかもしれない。
「それじゃあ、遠慮なく中身を見せてもらうよ」
躊躇いもなく振り下ろされるXの腕は、しかし刺さる刃に阻まれた。
「それ以上は好きにやらせん。お前の相手はこの俺だ」
篤が、血塗れの身体で尚立ち上がっていた。
「へえ、まだそんな力があったんだ」
Xは、純粋な称賛の言葉を投げる。
観察眼に優れる彼から見れば、カーズとの戦闘と先ほど受けた刃は間違いなく彼の身体を蝕んでおり、もはや動くことすら困難な状態にある。
それでも立ち上がれるのは、やはり彼が人間ではなくサーヴァントだからか。
さて。
篤もまどかも殺すことには変わりはないがどちらから殺そうか。
「うん。決めた」
先にまどかを殺そうとすれば、篤は意地でも妨害するだろう。
だが、いまの意気消沈しているまどかは、篤が殺されかけたとて援護が出来るかはわからない。
ならば、狙いは篤だ。
(あの怪我なら、存分に力を発揮できないはず。なら、まずは腕力勝負だ)
まずは力押しで隙を作り、その後に殺そう。
腕に刺さった刃を抜き、篤へと跳びかかる。
篤が返すは、日本刀―――ではなかった。
Xの驚異的な速さでの襲撃を、跳躍でかわし、宙回からの踵落としで頭部を地面に叩きつけた。
「ガ、アッ」
堪らず苦悶の声をあげるXに構わず、篤は馬乗りになり頭部を何度も殴打する。
後頭部からの殴打のため、目視できないXは防御の体勢をとることすらできない。
「アガッ」
(コイツ、こんな身体のどこにこんな力が...!)
Xは知らない。
傷ついた時ほど本領を発揮する彼岸島の戦士たちの底力を。
怒りと憎悪に塗れ、悪以上に非情でなければ生き残れない彼岸島の戦いを。
ガンッ。
ガンッ。
ガンッ。
グシャッ。
何度も振り下ろした拳は、Xの頭部から血を噴出させ、頭蓋骨を砕き、鈍い音を響かせる。
それでも、化け物の生命力を知っている篤は手を休めるつもりはない。
ダメ押しとばかりに、丸太を握り絞め、Xの頭部にあてる。
狙いは定めた。あとは完全に脳髄が破壊されるまで潰すだけだ。
「うおおおおおおお!!」
咆哮と共に振るわれる丸太。
ガッ。
しかし、それは間に挟まれた腕に阻まれた。
「なっ」
それはXの両腕ではなかった。彼の背中から生えた新たなる腕―――いや、腕に似せた筋繊維の塊だ。
「チッ」
舌打ちと共に丸太を離し、頭上で両手を組み振り下ろすも、Xへと到達する寸前に背中の腕で投げ飛ばされてしまう。
篤が着地し、体勢を立て直そうとするもとき既に遅し。
Xは屋根へと跳び上がっていた。
「いまのは流石にやばかったよ。もし丸太で完全に脳を潰せてたら多分殺せてたと思う」
頭部を真っ赤に染めつつも、普段と変わらぬ調子でXは言ってのける。
「あんたとこのまま戦うのも面白そうだけど、自分の正体(なかみ)もわからないまま死ぬのは嫌だし今日は帰らせてもらうよ」
「このまま逃げられると思うのか?」
「思うよ。だって、もしも誰かがここに来たらあの娘ひとりじゃどうしようもないでしょ?」
マスクの下で、篤の歯が軋む。
篤としては、どうしてもXが許せなかった。
まどかの家族を殺した彼が、まどかを悲しみに突き落とした彼が、なにより『弟』を使い殺そうとした彼という存在が。
だから、なんとしてもこの場でXを殺したかった。
だが、ここで感情のままにXを追えば、万が一他の襲撃者が来た時にまどかを護ることができない。
つまり、篤に選択肢などないのだ。
「デパートの予告には必ず向かうからさ、よかったらあんたもおいでよ。その時はあんたの中身を見せてもらうからさ」
まるで学校帰りの友達を誘うかのような調子で。
じゃあねと暢気な声色で、Xは屋根伝いに駆けていった。
「......」
篤は、その背中が遠ざかるのをただジッと見つめていた。
背後でまどかが絶望に打ちひしがれているのを感じながら。
かつて雅に向けていたものと同じように。
怒りと憎悪を滾らせた眼で、ずっと見つめていた。
☆
一方、その頃の下水道。
「...逃がしたか」
この狭い道の中、ヴァニラがカーズを見逃した理由は至ってシンプル。
いくら全力で進もうとも、カーズに追いつけなかった。ただそれだけだ。
身体能力というどうにもならない差は、彼のスタンド『クリーム』をもってしても埋めることはできなかったのだ。
「バーサーカーめ...次に会った時こそ貴様を滅してくれる」
吸血鬼を超える高い身体能力に、確かな観察眼。DIOの障害になりかねない不遜な存在だ。必ず殺さなければならなない。
だが、ヴァニラにとってもう1人気に入らない存在がいた。
「
暁美ほむら...なぜあの女がDIO様のマスターなのだ」
まだ、邪悪さと強靭な精神力を兼ね備え、DIOにスタンドを教えたエンヤ婆ならばまだわかる。
ンドゥールのようなDIOに魂からの忠誠を誓った誇り高き悪のエリートならばまだわかる。
だが、あの小娘はなんだ。
自分を利用しカーズにぶつけ利用したことには眼を瞑る。むしろ、『悪』ならばそれくらいはやってもらわねば困る。
だが、このヴァニラ・アイスからしてみればあの小娘は半端ものだ。
それはたまという小娘を庇った時点で見て取れる。
なぜ弱者を踏み台にし自分の糧にしない。
なぜ弱者に足並みを揃えようとする。
気に入らない。そんな半端な小娘がDIOの傍にいる権利を与えられているのがひどく気に食わない。
ただ、ヴァニラ・アイスは激情家であっても愚者ではない。
気に入らないからといって、暁美ほむらを殺すつもりはない。
(あの小娘には肉の芽がつけられていなかった。あの女の自分の意思での行動がDIO様の糧になるということだ)
DIOは非常に用心深い性格だ。
ヴァニラやエンヤのような生粋の信者や、『カネ』というこれ以上ない強力な繋がりを持つ雇われの殺し屋以外にはたいてい肉の芽を植え付け支配下においている。
花京院典明やJ・P・ポルナレフなどがいい例だ。
ならば、暁美ほむらとて肉の芽の支配を受けてしかるべきである。
だが、彼女に肉の芽はついていない。
それは、DIOなりの考えがあって彼女の行動を制限していないことに他ならない。
つまり、DIOはいまの暁美ほむらに価値を見出しているのだ。
そんな主人の思惑を無視して私情を優先するはずもない。
「だが...もしもDIO様が不要だと判断したそのときは、貴様も排除の対象だ、暁美ほむら。DIO様の足を引っ張るようなことになれば、即座に消し去ってくれる」
☆
「いや、本当にヤバかったよ。あと数秒で殺されてたもん。いまだって頭がズキズキするし吐き気もしてる」
『そうか。それで、何処にいる』
「もう少し興味もってくれてもいいじゃん」
『答えろ』
「んーと、地図でいうとC-2とD-2の境界あたりかな」
『わかった。そこで合流するぞ』
Xは、そっけない返答しかしない相方に少し頬を膨らませつつ、警察で盗んだトランシーバーをしまい、痛めつけられた身体を修復にあてていた。
Xとカーズが別行動をとった理由。
それは、Xの願望もあってこそではあるが、根底としてはサーヴァントである篤の魂をXのソウルジェムに入れるためである。
Xとカーズが篤たちを見つけたのはほんの偶然で、下水道を出たところで、屋根の上で待機している篤と
鹿目まどかの家へ向かっている暁美ほむらを見つけたのだ。
Xはすぐに殺す準備を始めようとするも、篤の魂がほむらのソウルジェムに入ることを懸念し、まずは二人を分断することを考えた。
そのために、たまを利用し、陽を凌げ逃げ場の限られる下水道へと落とし込み、Xの用事が済み次第篤を回収する予定だったのだ。
「そういや、鹿目まどかにたまの名前を吹き込んだけど、あれってなんの意味があったの?」
『貴様が失敗した時の保険だ。これから先、ヤツが怪盗Xである可能性を向けられれば、他の主従と信頼し合うのは不可能だろう』
「そのためのお呪い(おまじない)か。...あんたってイイ性格してるよね」
Xは思わず苦笑を浮かべる。
下水道でたまと遭遇した時、カーズは、彼女を殺そうとしなかった。
瞬時に穴を空ける能力が興味深いのもあるが、それ以上に、彼女の臆病な性格を見抜いてのことだろう。
彼は、たまを見逃す代わりに彼女の心臓に『首輪』をつけた。
『死の結婚指輪(ウエディング・リング)』。
カーズは言った。
これから提示する三つの禁。それを侵せばこのリングが死を与えると。
ひとつ。怪盗X及びカーズの情報を他者に開示すること。
ひとつ。怪盗X及びカーズに直接害を与えること。
ひとつ。他主従に齎された情報を怪盗X及びカーズに秘匿すること。
無論、カーズのこの言は全て嘘である。
死の結婚指輪の本当の効果は、三十三日後に外殻が解け、溢れた毒が対象を死に至らしめるもの。
つまり、たまはカーズを殺さぬ限り確実に死ぬ運命にあるが、三つの禁を破ろうが死ぬことはないし、この聖杯戦争中に効果を発揮することもないのである。
しかし、たまがカーズを裏切ることはできない、と彼は考えている。
三つの誓約を課したのは、誓約をひとつだけにしてたまが勇気を振り絞り破った場合、全てが嘘だと看破される可能性を潰すためだ。
選択肢が三つあれば、二つを捨てても最後のひとつは意地でも護ろうとする。誓約がひとつの場合よりも強固なものになるのだ。
(まったくもって嫌らしいよね。俺よりもよっぽど『悪』に思えるや)
『悪の救世主』―――セイヴァー。
いま、Xが最も興味を抱いているサーヴァントが望む『悪』とはなんなのか。
カーズのように、人を人と思わぬ振る舞いをする者か。
自分のように、己の都合で人々を壊していく者か。
少なくとも、彼が望むのはいまの自分ではないのかもしれない。
『鹿目タツヤ』という、家族からの■(アイ)の結晶に魅入られ掛けた程度の自分では。
☆
ほむらがたまと共に辿り着いたときには全てが終わっていた。
真赤に彩られた部屋。
家具のひとつのように置かれた二つの赤い箱。
拳を握り締め俯いている篤。
そして、血溜まりに沈む母の傍でへたり込むまどか。
赤い箱の事件。それはほむらもニュースやウワサを通して知っている。
それ故に、ここで起きたことは嫌でもわかってしまう。
「...が...」
まどかの呟きが、ほむらたちの耳にも届く。
「みんな...わたしが...」
これは全ての不運が重なった結果だ。
もしもたまがカーズたちに遭遇しなかったら。
もしもほむらがXたちよりもはやくまどかの家に辿り着かなかったら。
もしも篤がほむらに疑いをかけなかったら。
もしも詢子が酒を飲まず、知久も既に就寝していたら。
もしもタツヤが起きてこなかったら。
もしもまどかが学生証なんて無視して家で大人しくしていたら。
そんな、ほんの些細な"もしも"がひとつでも違っていれば、こうはならなかったかもしれない。
けれど、まどかは己を責め立てる。
泣くことすら許さずに、全ての責を自分に押し付けている。
そんな彼女に、誰も言葉をかけることなどできず。
ただただ、非情な現実に押しつぶされるだけだった。
【鹿目知久(NPC)@魔法少女まどか☆マギカ 死亡】
【鹿目タツヤ(NPC)@魔法少女まどか☆マギカ 死亡】
【D-2(まどか宅)/月曜日 早朝】
※鹿目詢子が意識不明の重体に陥りました。
【鹿目まどか@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]疲労(中)、精神的疲労(絶大)、茫然自失
[令呪]残り三画
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]
[所持金] お小遣い五千円くらい。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争を止める。家族や友達、多くの人を守る。
0:――――
(1):ほむらと情報交換する。
(2):聖杯戦争を止めようとする人がいれば手を組みたい。
※(1)と(2)については精神的に落ち着かなければ不可能です。
【ランサー(
宮本篤)@彼岸島】
[状態] 全身に打撲(中~大)、疲労(大)、精神的疲労(大)、腹部裂傷
[装備] 刀
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯は手に入れたいが、基本はまどかの方針に付き合う。
0.怪盗X及びバーサーカー(カーズ)は必ず殺す。
1. 怪盗X・セイヴァー(DIO)には要警戒。予告場所に向かうかはまどかと話し合う。
【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]疲労(小)、魔力消費(小)、魔法少女に変身中
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]無
[装備]見滝原中学校の制服
[道具]学生鞄、聖杯戦争に関する資料、警察署から盗んだ銃火器(盾に収納)
[所持金]一人くらし出来る仕送り
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得。まどかを守る。
1.鹿目さん...
2.学校には通学する
3.セイヴァーに似たマスターは一体…?
4.またセイヴァーのそっくりさん...あと何人いるんだろう
5.バーサーカー(カーズ)には
[備考]
※他のマスターに指名手配されていることを知りましたが、それによって貰える報酬までは教えられていません。
※セイヴァー(
DIO)の直感による資料には目を通してあります。
※
ホル・ホースからDIOによく似たサーヴァントの情報を聞きました。
※ヴァニラ・アイスがDIOの側近であることを知りました。
【
たま(犬吠埼珠)@魔法少女育成計画】
[状態]身体に死の結婚指輪が埋め込まれてる。全身に軽い怪我。X&カーズへの絶対的な恐怖。
[令呪]残り三画
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない。
0:こんな...ヒドイ...!
1:ひとまずほむらちゃんについていく。
[備考]
※カーズが語った、死の結婚指輪の説明(嘘)を信じています。
【D-2~C-2にかけて/月曜日 早朝】
【X@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]魔力消費(小)肉体ダメージ(大・再生中)、頭部出血(中・再生中)、頭蓋骨一部骨折(再生中)
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]大振りの刃物(『道具作成』によるもの)、警察署で手に入れたトランシーバー
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯も得たいが、まずは英霊の『中身』を観察する。
1.バーサーカー(カーズ)と合流する。いまは治療を優先する。
2.見滝原中学の『誰か』になって侵入する
3.アヤ・エイジアの殺害は予定通り行う
4.討伐令を考慮し、セイヴァーの殺害も優先する
[備考]
※アヤ・エイジアの殺害予告は実行するつもりです。現時点で変更はありません。
※警察署で虐殺を行いました。
※警察で捕捉可能な事件をある程度、把握しました。
※セイヴァーが『直感』で目をつけたマスター候補を把握しました。
※マシュ&シールダー(
ブローディア)の主従を把握しました。
彼女らが聖杯獲得に動いていないと知っています。
※前述の情報を一応記憶していますが、割とどうでもいい記憶は時間経過と共に忘却する恐れがあります。
※鹿目知久と鹿目タツヤを『観察』しました
※たま、鹿目詢子、鹿目まどかの姿だけなら模倣できます。
【D-2~C-2にかけて(下水道)/月曜日 早朝】
※下水道にたくさんの穴が空いていますが、これによる下水道陥没の危険性はいまのところありません。
【バーサーカー(カーズ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(中)、右足損失
[ソウルジェム]無
[装備]
[道具] 警察署で手に入れたトランシーバー
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.マスター(怪盗X)と合流する。
2.バーサーカー(ヴァニラ・アイス)には警戒。
3.たまは折を見て回収しにいく。
[備考]
※警察で捕捉可能な事件をある程度、把握しました。
※セイヴァーが『直感』で目をつけたマスター候補を把握しました。
※マシュ&シールダー(ブローディア)の主従を把握しました。
彼女らが聖杯獲得に動いていないと知っています。
※警察署で回収した銃弾は使い終わりました。
※バーサーカー(
シュガー)の『砂糖』の魔力を感知しました。
【ヴァニラ・アイス@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態] 額に傷(小)、出血(小)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:DIO様に聖杯を献上する
1.DIO様の元に馳せ参じる
2.DIO様に歯向かう連中を始末する。特にカーズは障害になりえそうなので必ず殺す。
3.暁美ほむら...あのケツの青い小娘がなぜDIO様のマスターに...
[備考]
スノーホワイトとの契約は継続中ですが、魔力供給を絞られています
最終更新:2018年09月08日 15:51