少しだけ時間を戻して見れば、分かる話である。
場面は、いろはが意識を取り戻し、沙々と密談する最中。セイヴァーがここで立ち止まっていたのは、サーヴァントの接近。
魔力を感知した訳ではない……だが、確実に『来る』とセイヴァーは直感で理解している。
瞬間。
長時間の時間停止が発生する。
この際、通常と異なる点は単純にセイヴァーがこの時間に『入門』している事。
セイヴァーは、自然と付近に駐車されていた自動車を、背後より出現させたスタンドで掴む。
果たして、その自動車は駐車違反に分類されるモノだったか。
最早定かじゃあない。
ただ無常に、所有者の意志などお構いなしにセイヴァーの投擲武器にされた。
表情一つ崩さずセイヴァーが、筋肉質あるスタンドで車を投げた先。
無精髭を生やした悪魔『もどき』のアサシンが笑っていた。
慌てて、されど余裕ありそうな滑稽さで、立ち見降ろしていた街灯から地面より舞い降り、攻撃を回避。
礼服のアサシンは、頭からズレたシルクハットを被り直し「危ねぇな」そう呟く。
けど、表情は満更でもない。
最初から『結果』を把握していたのだろう。
「ファーストコンタクトにしちゃ、今の流石に酷くねぇか?」
「初対面ではないだろう」
皮肉を込めた返事をするセイヴァー。
冷静に装っているが、恐らくは内心ドス黒い感情が煮え立っているだろう。
アサシンが不敵な笑いを零す一方、セイヴァーは普通に会話を続けた。
「わざわざ姿を現したのも理由がある筈だな、時の神」
「……」
直感に優れている、が。
セイヴァーの直感も他サーヴァントのと同じ、あくまで『感覚』『予感』の範囲に過ぎない。
彼がアサシンをそう呼称するのは、仮初に過ぎず。
真名を看破した訳じゃあない。
アサシン自身が、最も承知している事実だが――多少の苦い反応を現す。
愉快な笑みが崩れ、どこか神妙な雰囲気を漂わせる。
「情報提供って奴さ。報酬は、少しの間だけ俺を見逃すってことで」
「妙な要求だな」
「奇妙でもねぇ。折角『アヤ・エイジア殺害予告』ってパーティーの招待状が配られたのに
その前に脱落しちまうのは勿体無い! ……だろ?」
文字通り。
セイヴァーとは異なる意味合いだ。
しかし、自分の快楽だけに御膳立てを企てる。
聖杯獲得やマスターの尊重は二の次……セイヴァーの鼻先での笑いが漏れる。
あくまでセイヴァーは、面白みを見せる『アサシンへの関心』を差し置いて返答した。
「……私に理があるとは思えないが」
「じゃあ、ちょっとした前払いで一つ。アンタの部下? 男の癖してブルマ履いて、亜空間で穴状に削る奴」
割と具体的に特徴を挙げられ。
少し間を開けてから、声のトーンを変えずに「
ヴァニラ・アイスか」と口にするセイヴァー。
ヴァニラ・アイス。
セイヴァーが真なる悪の救世主ならば。
彼の真なる信奉者と呼ぶべき狂人。
その心酔の極みは生前から『クレバス』並に底知れぬ狂気を纏っていた。
多少の納得を得たセイヴァーを観察して、アサシンは続ける。
「アンタを探してたから、会ってやった方がいいんじゃあねえの」
「必要は無いな」
「ひっでぇな、薄々感づいてたがアンタ。普通にそーいう事できちまう奴だ」
普通は出来ねぇよ。念を押すようにアサシンが言うのを、他愛なくセイヴァーは聞き流していた。
完全に必要ない。
という訳でもなく……ヴァニラ・アイスとの合流は最優先事項にする必要性は無いだけ。
当然、ヴァニラ・アイスは利用する駒になる。
戦力となるサーヴァントが一つ確定した。
逆に言えば、ヴァニラ・アイスの猟奇性を信用するなら心酔も覆まい。
「だったら――アンタがお気に召しそうな情報は『アンタに似たサーヴァント』だなぁ?」
「よく似た」
「『よく似た』……んー微妙に違うぜ? ほら」
首傾げたアサシンが掌を掲げ、球体のビジョンを浮かべると映像が映し出される。
確かに居る。
どこかセイヴァーと似通った青年が、神父のサーヴァントを傍らに対話をする光景が。
何を話しているか、内容は聞こえないものの。奇妙な事だが、彼らは親しげに見える。
セイヴァーが変に映像を眺めていると、青年は手元で弄んでいた『赤い宝石』を飲み込んだ。
「確か向こう側にいるんだよなぁ。見滝原中学がある方に。アンタのマスターが通ってる場所だぜ」
飄々とした態度でアサシンが球体を打ち消す。
注視するべき点は無数にあれど、セイヴァーはアサシンが姿を現した原因を大方察した。
恐らく。
アサシン側にとって、セイヴァーと酷似する青年や神父……加えてヴァニラ・アイス。
彼らは重要ではないのだろう。
ここで称される『重要性』とは、アサシン自身を示してない。
彼のマスターだ。
セイヴァーが検討つけたマスター候補の『誰が』アサシンのマスターかは不明。
が、アサシンの性格や方針に似合わない誘導を行う動機があるなら……一つに限られる訳だ。
相手の思想などお構いなしに、アサシンは態度を変えずに手を振った。
「そんじゃあ、またパーティ会場で会おうぜ。折角なんだから脱落しないでくれよ、救世主サン」
「………」
闇の渦に紛れてアサシンは颯爽と姿を消す。
時間を操作するのだから、『空間』に関する――差し詰め『空間転移』の一種を使ったのだろう。
となれば。
セイヴァーはまだ、時間停止が継続されるのを理解。再度思考した。
「時間操作の上位である空間支配か」
『時間』と『空間』は相互関係にあると言われる。
故に、時を支配する=空間を支配しえる可能性に通じる訳だ。
アサシンこと『時の神』が嘲笑するように『たかが時を止められる程度』でしかないのが、現在のセイヴァー。
ならば……時の可能性を追求する他ない。
セイヴァーの結論はそれだった。
単純な時間停止の延長よりも、時間の巻き戻りや加速や、更には空間支配まで到達する。
天国の到達とは無縁だが、少なくともアサシンを凌駕するには『時の領域』を支配しなくてはならない。
……いや。果たして無縁だろうか。
時。
彼のマスター・
暁美ほむら、時の神たるアサシン、他にもいる時間停止者、ウワサにある時間泥棒。
全てが『引力』で引き合わせられたなら?
改めて状況を見直す。
やはり、アサシンはセイヴァーの、他の全ての動向を網羅するほどの『余裕』がないようだ。
間違いなく、セイヴァーを確認する際は、直感でも感じた視線がある時のみ。
聖徳太子のように十人全ての話を聞き取れないのと同じ。
動向を網羅は可能だが、全てを見通している訳じゃあない。あの球体のように一つ一つ映像を確認するのだ。
でなければ、既にセイヴァーが見滝原中学方面……
鹿目まどかの自宅へ進んでいたのを把握している筈。
「私の憶測が正しければ――」
一応だが、セイヴァーも一つ可能性……予想をしていた。
鹿目まどかの様子を伺う、マスターたる暁美ほむらの動向を。
もし、ほむらとの『引力』があれば見滝原中学に居るという『例の青年』と巡り合えるだろう。
そう……鹿目まどかの自宅は比較的『そちら側』に近い位置。
結論として。
セイヴァーが向かうべき方向は『そちら側』と反対側にあるのだ。
引力に導かれ。
まさか『別の存在』と巡り合えるとは知らずに。
◇◇◇
★アヴェンジャー(ディエゴ・ブランドー)
「一つ確認させて貰うが」
悠長な足取りで歩を進めるセイヴァーを眼前に、アヴェンジャーは本能で理解する。
奴は笑っているが、状況を楽しんでいるだけ。
愛想でも、人柄の良さでもない――単純な愉快犯だ。
似たような社会的強者のクズ共は腐るほど見て来たとも。コイツも同じだ。
コイツは自分から何かを『奪おう』とする。
セイヴァーを目撃し、
白菊ほたるの方はどうすればいいのか分からず。
言葉にならない音を口から漏らしていた。
ちっぽけな少女だ。
逃げ出す事も、サーヴァントを令呪で呼べずにショックで放心状態に等しくなっている。
先ほど撃ち抜いたマジェントの魂を回収できないかもしれない。
まだ、死にきっていないようで。血まみれの肉体は転がったままである。
咄嗟にアヴェンジャーは、ほたるを庇うように背後へやって引き下がった。
助ける為ではなく、セイヴァーを撃ち抜く際、邪魔になるからそうしただけだが……
セイヴァーは歩みを止めた。
不愉快そうな無表情で、淡々と話す。
「いいや。そういうお前が『ディオ・ブランドー』じゃあないのか」
息を吐くように嘘をついたのだろうか。少なくともアヴェンジャーは思っていない。
厳密には『ディオ・ブランドー』という名じゃあないのだから。問題無い。
不敵な笑みを取り戻し、セイヴァーは言う。
「いいや。私は『ディオ・ブランドー』ではないよ」
「………!」
アヴェンジャーが息を飲んだのは、セイヴァーの背後から現れたスタンド。
図体・体格に明確な差があれど、
シャノワールが述べた通り。
スタンドが同じ。
紛れもなく『時を止める』。
まだ手元にあるマジェントの拳銃をかまえ、アヴェンジャーは考える。
(くそ……どうなる!? コイツの世界への入門は……一秒も難しい。いくら俺と『似ている』とは言え
スタンド能力まで同じと……待てよ。……俺が時を止められると分かっている確証を得ている……のか……)
向こうだって時の静止を理解している。
冷や汗を誤魔化すように、アヴェンジャーは話す。
「お前の考えはさっぱりだな。逆に『ディオ・ブランドー』ならどうするべきだ? 気高く餓えろってか」
「普通はそうだな」
セイヴァーは肯定した。
「人の群衆は『ハトの群れ』と大差ない……一羽が右に飛べば、全てが右に向かう。
周囲が『同じ思想』を持つ事に安心を抱くのは人間の本能だ」
「…………」
「君は『どう』したい? 『ハトの群れ』を先導する頭になりたいか、あるいは『ハトの群れ』を遥か上で支配したいか」
アヴェンジャーは一旦拳銃を降ろす。
不気味な沈黙が、両者の間に広まるのを少女が見守っていた。
最早、白菊ほたるは訳が分からずに、ただただ混乱する。
セイヴァーの言葉も、アヴェンジャーの動向も、一体どちらを信用するべきか。
それ以前に。
双方のどちらかが『善』である保証すら皆無なのだ。
途方に暮れるほたるを余所に、アヴェンジャーは静かに口を開く。
「俺はな……」
刹那。アヴェンジャーは間髪入れずにセイヴァーへ銃弾を打ち込む。
閑静な住宅街で再度、現実味離れた銃声が響き渡る。
ほたるは息を飲んだものの、セイヴァーに銃弾が命中した様子がない。
むしろ気のせいか。セイヴァーは指で銃弾を、ゾッとする冷静さで弾いたように見えた。
臆する様子なくアヴェンジャーがふつふつ込み上げる激情を込め、言葉を続ける。
「『ハトの群れ』を地面へ叩き落とす為に、ここまで来た!」
「それが君の復讐か?」
「実にくだらないとでも言いたいようだな!!」
無性に腹立つ話だが、セイヴァーの話にも多少の理解出来てしまうアヴェンジャー。
『ハトの群れ』の先導程度で済まない。
支配だ。
群れを支配する力を得る事が、然るべき道だろう。
否、むしろ『そうするべき』だと奇妙な共感さえ抱くほどだ。
『ディオ・ブランドーは気高く、誇り高く生きるべきである』
どこかで誰かがそんな事を言った気がする。
『ディオ・ブランドーは奪う者である』
そんな事も誰かが言った気がした。だが―――アヴェンジャーは違う。
どれほど『時』が経とうと憎悪の根本を忘れる事は無い。
どれほど『支配』が憎悪より素晴らしいものだとしても、憎悪が晴れる事は決して無い。
……これは所謂『ディオ・ブランドー』でなく。
サーヴァントの、アヴェンジャーのクラスに宛がわれた影響による『あり方』なのだ。
故に、憎悪を以て『ディエゴ・ブランドー』は答えた。
「俺は、天国に悠々としている連中と父親を、一人残らず地獄の底へ引きずり落としてやる」
◇◇◇
最初は天国など、実にくだらないと考えた。
次に――天国へ行けば、母親に会えるのではないかと想像する。
最終的に、もし……父親が天国で悠々としているならば、地獄へ引きずり落とそうと思った。
◇◇◇
成程。どうやら根本は自分と同じなのだと、セイヴァーはアヴェンジャーへと理解を示す。
同じく英霊の在り方も、想像した通りである。
救世主の側面である彼自身。復讐に駆られたアヴェンジャー。憎悪が固定された『ディオ・ブランドー』なのだ。
が……見た目といい『何かが』他にも異なるのも関心があった。
セイヴァーの関心とは真逆に。
アヴェンジャーは、続けて拳銃の弾が尽きるまで打ち出す。
動作には躊躇がない。争いおろか、命に手をかける躊躇さは見られない。
対して、セイヴァーは再び銃弾を指で弾く。弾かれたソレが対面のアヴェンジャーの身をかすめた時。
「ご、誤解です! 誤解なんです!! お二人とも止めて下さいっ……!」
漸く、ほたるが言葉を発した。
後の祭りに思え、事が遅すぎるのだが……それでも彼女なりに必死だった。
「だって、アヴェンジャーさんも私を助けてくれてっ……セイヴァーさんも良い人だって、ライダーさんが教えてくれました!」
クソガキがと内心でアヴェンジャーは罵倒していた。
確かに『助けた』が善意なんかじゃあない。
ふと、彼はアヤと交わした話を脳裏に浮かべる。チラリと視界の隅で倒れている
マジェント・マジェント。
奴の指先がピクリ動く。
(まだ生きているのか……?)
幾らなんでも『しぶと過ぎる』気がした。
アヴェンジャーは、マジェントの持つスキルか宝具の影響だと推測しながらも。
まずは、眼前のセイヴァーと対峙する。
(結論から言えば、ここで倒しきるのは不可能だ)
激情と憎悪を胸中で渦巻きながらも、冷静に判断を下すアヴェンジャー。
当然、ここから脱する手段を講じ始めている最中である。
彼の思考とは裏腹に。ほたるは、必死に述べた。
「世界を救う為とか……その幸福とか天国の意味も私には難しくて………でもきっと
ライダーさんとセイヴァーさんが『しよう』とするものが、善い事だって……」
「正しい事、か」
くだらない会話を無視すると思えたセイヴァーが、少女に答える。
「少なくとも、私は君を助けないだろう」
「……え?」
「私が手を差し伸べるのは『悪』だけだよ」
明確ながら真顔で告げたセイヴァーの言葉に、ほたるは放心してしまう。
アヴェンジャーも、何故あえて切り捨てる真似をしたのか呆れたが、次にセイヴァーは。
「君には覚悟が必要だ」
そう教える。
ほたるも、ライダーが似たような言葉を述べていたのを、どうにか記憶に呼び起こせた。
確か……
「幸福の為に、覚悟を得る……ですか?」
なにが天国だ、幸福だ。救世主らしい胡散臭い持論だとアヴェンジャーが内心毒吐く一方。
周囲を伺うが、アヴェンジャーが望むものは現れない。
やはり無帽な策だったのか? 否! 必ず効果はある筈。
アヴェンジャーは確信を得ている。人間が持つ『気取り屋』の本質と悪質な現代社会を皮肉にも信用すれば
必ず、アヴェンジャーの『望む好機』が訪れる!!
「嗚呼なんだ。白菊ほたる、まさか君は――」
その前に、決定的な一言をセイヴァーが言う。
「聖杯戦争で奇跡を得る過程で、一度たりともその手を穢す事は無いと思っていたのかな?」
え……
ほたるの感情と思考が静止した。
手を穢す……悪い事をしなければ幸福になれない? そんな事『あってはならない』だろう。
間違っていなくては、ならない筈なのに。
違う。
だからこそセイヴァーは告げるのだ。
どんな手段を以てしても、例え罪を背負ったとしても。業を背負う『覚悟』があるなら。
手を差し伸べる、力になると。
「………そ、んな」
現実を突き付けられて、白菊ほたるは絶望する他ない。
何故なら。
存在するだけで周囲を不幸にさせるのに、幸福を得るには更に不幸を与えなければならないのだ。
いっそ『何もしない』……それが彼女自身に成せる『最善』という現実だ。
「――おい……何だあれ」
瞬間。
見知らぬ人間の声が聞こえる。マスターか、サーヴァントか? ……どちらでもなかった。
アヴェンジャーは漸く拳銃を下げ、ほたるは顔を上げた。
セイヴァーの背後。
彼女たちから距離を離れた位置に誰かが、明かり――現代社会で必須品であるスマホを片手に、様子を伺っている。
興味半分、面白半分の好奇心だろう。
如何にもな年代の若者の姿が、男女問わず数人そこへ存在していた。
「やばいってアレ! 誰か死んでる!!」
「嘘だろ、死体じゃん! 警察こねぇの!?」
「さっきから火事とか色々起きてて、こっち来ないんじゃ――」
危機感を煽りながらも臆する事無く撮影し続ける彼らは、滑稽よりも鈍感なのだろうか。
ただ、ほたるが不安したのは。
SNSでこれらを拡散され、彼女自身の情報を拡散されるよりも。彼女は、必死に叫ぶ。
「み、みなさん、逃げて……逃げて下さいっ!!」
自棄にしろ、火事場の底力にしろ、鮮明でハッキリと伝えられたのは、彼女もアイドルの端くれだったお陰だ。
しかし、彼女の願いも虚しく。
彼らは「何?」と今後の展開に期待するように、あえて逃げない。
こういう人間は、自らの危機感よりも話題性を種に注目を得ようと危険な橋をあえて渡るタチ悪い分類なのだから。
状況下で冷静に『計画通り』を噛みしめていたのはアヴェンジャーのみ。
彼らを利用する。
最初から、狙っていた。
マジェントを撃ち抜いた瞬間から、野次馬が現れるのを想定しており。
更に『騒ぎ』を広める為に『わざと』拳銃で攻撃した風に見せかけていた……実際は『彼ら』をおびき寄せる餌。
◇◇◇
さぁ……ここからだ。
◇◇◇
★アヴェンジャー(ディエゴ・ブランドー)
―――5秒前。
時は止まった。
静止させ、世界を支配しているのは現在アヴェンジャー……ディエゴ・ブランドー。
白菊ほたるも。
野次馬たちも。
死に底ないのマジェントも。
そして、セイヴァーも。
拳銃を放り捨て、ディエゴはチラリとほたるを横目にやった。
ナイフを懐から取り出し、刃を輝かせる。彼女は殺すか? 恐らくソレが正しい。
サーヴァントの魂を回収できずとも、楽に一騎を脱落させるには……
「『また』彼女を殺さないのだな?」
ディエゴは息を飲む。
無音の世界で、セイヴァーの声が響き渡った。
「……………………う」
―――4秒前。
ディエゴがセイヴァーの表情を確認すれば、優越に浸るような微笑をありありと浮かべているではないか!
『入門』している!
既に、わざと喋ったなら『まだ』動けるのか!?
最早思考や後先は二の次にし、ディエゴは静止した白菊ほたるを掴む。
己のスタンド像を鮮明に出現させたまま。
野次馬たちが屯する方面へ駆け抜けなくてはならない! つまり、セイヴァーの脇を通るのだ!!
数秒……ほんの一秒でも『動く』真似をするなら、即座にスタンドで先制する!
―――3秒前。
ディエゴとの距離が狭まっても、セイヴァーに動きは無かった。
少なくとも、時の静止を認知してはいる筈だ! 何もない訳がない――!
「攻撃するつもりだな。分かるぜ……お前は『そういう』奴だ。ギリギリかつ絶妙なタイミングで俺を攻撃する」
「―――」
だからこそ。
ディエゴは更にナイフを手元に出現させ、無数のナイフを投げつける。
静止した世界で放り投げられたナイフ達は、セイヴァーに突き刺さるか怪しい位置で宙に停止した。
追加でスタンドにもナイフを投げようとした矢先。
「君は……彼女とサーヴァント……どちらを先に撃つか、静止した時間で『選択』していた」
「………!」
―――2秒前。
ディエゴはナイフの投擲を中断する。
邪悪なセイヴァーと視線が交わった瞬間、目眩を催す。
奴のスキルか? 今はどうでもいい。ディエゴは計画通りにセイヴァーを通り抜けようと。
「結局、君はサーヴァントを選んだ訳だ。彼女を選ばなかった」
したのだが。
「彼女を利用する為とは『何か』違う……私は、君の中にある『何か』を知りたいのだよ」
出来ずに居る。
(何時の間にッ! 俺じゃあなくセイヴァーが時を止めている!!)
即ち、時の静止の上書き。
焦るディエゴの眼前で、布を払うかのような動作で静止しているナイフを退かすセイヴァー。
まだ終わらない。
この次、セイヴァーがスタンドで拳を叩きこんでくる。
あるいは――もしくは『何らかの情報』を持ち『セイヴァー側に居る』少女を狙うか。
白菊ほたる。
厳密には彼女のサーヴァントを利用されるのを、ディエゴは忌み嫌っていた。
必ず、セイヴァー側の戦力となり。
ほたる程度を意図も容易く懐柔する未来が、自ずと想像つく。
時の静止を認知しながらも動けずにいるディエゴを嘲笑するよう、セイヴァーは笑みを零し。
彼のスタンドが、付近に設置された道路標識を引き抜いて見せた。
アレで攻撃を?
否。異様の漆黒が道路標識を包み込めば。絵柄のある標識部分が強靱な『刃』に変化したではないか。
(なんだ………スタンドとは違う。宝具か! 奴が持つ『もう一つ』の――)
確かにこれは――並のサーヴァントがセイヴァーを倒すのは困難を極める。
ただでさえ『時の停止』という規格外を持ち合わせている。
なら、敗北するしかないと?
冗談じゃあない。
(俺は―――)
あの復讐を果たしていないのだ。
連中に『靴の中にシチューを貰う』よりも屈辱的に誇りを切り裂いて、地面に這い付くばらせる。
刃が振りかざされた刹那、ディエゴは『動く』と確信した。
漆黒の炎に後押しされた気がする。間違いなく――『入門』した! セイヴァーの時間に!!
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」
◇◇◇
☆白菊ほたる
「―――――え?」
次の瞬間。ほたるは地面にたたき飛ばされていた。
手をついたが、コンクリートで皮膚が擦り剥き、じんわりと細かい傷より血が滲む。
痛い。
とにかく痛む状態で、ほたるが体を起こし隣を見れば、明確に血が流れるアヴェンジャーが伏したまま動いていない。
アヴェンジャーの上半身に深くある切り傷と血に、目を逸らしたほたるは周囲を見回す。
「ほう……『1秒』程度は入門できるようだな」
振り返った先。
そちら側にほたるのアパートがあり、セイヴァーの姿と血まみれのマジェントがいた。
どうなったのか分からない。
地面には、無数のナイフが散らばって、道路標識が引っこ抜かれた状態で放り出されている。
その道路標識の看板部分が血に滴り――殴られたような凹み塗れなのも謎だ。
野次馬たちも撮影し続けていたからこそ、何が起きたのか飲み込めずにいる。
動画で例えれば、一つの過程がスキップされたような。
ほたるに理解出来るのは、セイヴァーは……攻撃をしている。
アヴェンジャーに。
そして……ほたるに対しても。
「う、うう………なんで…………」
ライダーはほたるを幸福にすると宣言し、彼の思いも正しいと信じていたからこそ。
ほたるは現実に打ちのめされた。
『戦争』が生易しい世界でないのは分かっていたが。
でも、そうだとしても!
天国を目指すらしいセイヴァーや、ライダーを信じられない。この状況を見て、ライダーを令呪で呼びだしたところで。
一体どれが好転するのだろうか?
そんなの、セイヴァー側の利点にしかならない。
絶対的悪たるセイヴァーを、やっぱり受け入れられない。
白菊ほたるは平凡過ぎる少女だった。
凄みも覚悟も精神性も、世界観や人生ですら劇的とは縁遠いものだから。
ただのアイドル。
そして、ただの少女。
(どうにかしたい……でも、どうすればいいのか。私に出来る事なんて………)
涙を零す無力な彼女に、スポットライトのような明かりが一筋灯される。
我に返ると――車だ。
跳ねられる最悪は避けられたが、明かりのついた車とは。
警察車両じゃなく、一般のワゴン車だった。他にも周囲の慌ただしさは加速しているのを、ほたるは雰囲気で理解する。
セイヴァーも、ワゴン車から出て来る数人の男女に視線を向けた。
「ちょっと早くしなさい! カメラ動かして!!」
正義の使者とは呼べないマスコミ関係の者だと、自然と分かった。
◇◇◇
最終更新:2018年11月17日 10:23