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人類悪。
それは人類を滅ぼす悪じゃあなく『人類が滅ぼすべき悪』。
彼らの根幹は、人類が為を思って行動する『人類愛』に満ちており、彼等の行動原理に負はなく善であり。
美しき厄災と称するべきだろう。




アヴェンジャーのディエゴ・ブランドーは未だ癒えずにいる上半身に刻まれた傷口を抑え。
周囲を警戒し続けていた。
時間停止は……あった。しかしどうやら、セイヴァーがアヴェンジャーを狙ったものではない。
他の存在が下水道でセイヴァーを妨害しているなら、好都合だが。

しかし、アヴェンジャーは思案する。
アヤ・エイジア達と再び合流するよりも先に、シャノワールを呼び出せればマシかもしれない。
セイヴァーにも、ほたるのライダーとも合流したくはない。

矢先、下水道の水面を駆ける乱雑な足音が遠くより響く。
どうも人間のソレではない事くらい、アヴェンジャーにも察すことが可能だった。
ほたるは、何者かが接近している事実だけを把握し怯える。

恐竜だった。
所謂ティラノサウルスと同じ『獣脚類』の肉食恐竜で、大きさは丁度人間程度のもの。
アヴェンジャーには見覚えがある。ウワサで聞いた時から大凡検討がついていた通りで。
運命の巡り合わせのような偶然を信用するべきか、アヴェンジャーも決め兼ねていたが。
実物を眼にし、彼は一つ確信したのである。

「やはり『フェルディナンド』か。スケアリーモンスターズ……恐竜化させた人間だな」

「えっ!?」

素っ頓狂な声を上げるほたるの声に反応したのか、恐竜は真っ直ぐ彼らの元へ駆け寄って来た。
恐怖で身動きとれぬ少女を他所に、アヴェンジャーは不思議にも冷静である。
敵意がない。
かつて『フェルディナンド』と呼ばれる地質考古学者のスタンドを目撃したからか、理解できる節を持つ。
攻撃の意思はとやかく、その恐竜は首に『何か』をぶら下げていた。

「………………」

ポシェットだ。
ほたるのような少女が身につけるべき小物バッグを、何故か恐竜の首にかかっていた。
否、故意である。
恐竜が喉を鳴らしアヴェンジャー達にじわじわと接近するが、攻撃する素振りは一切ない。
アヴェンジャーはスタンドを使い、距離を保ってポシェットを回収した。

「あ……アヴェンジャーさ………」

不安を隠せないほたるを差し置いて、アヴェンジャーはポシェットの中身を確認すると。
携帯が一つある。現代でいうスマホに該当する液晶型の代物。
電源を入れればメモのアプリが立ち上げられた状態で、メッセージが残されていた。
まだ内容を読み込まず、アヴェンジャーが強張った状態のほたるに言う。

「その恐竜が妙な素振りをしたら、悲鳴でもなんでも声を出せ」

最初の文面を眼にした時点で、アヴェンジャーには衝撃が走った。
が、それでも。
妙に納得したと言うべきか………あるいは「きっとこうするだろう」と奇妙な信頼があったのかもしれない。


 [このメッセージを読んでいるだろう聖杯戦争のマスター。
 私の名は『ファニー・ヴァレンタイン』。この聖杯戦争に召喚されたサーヴァントの一騎だ]






現場は当初、一時騒然としており、周辺の住民も何事かと目覚めて、様子見の野次馬を作って……いた。
SNSに上げられていた動画や通報によれば、この住宅街にて小規模な乱闘。
否、銃撃戦に発展した事件が繰り広げられていたらしい。
今となっては、現場に誰もいない。容疑者も被疑者も目撃者ですら。
迂闊に姿を見せれば、自分が危機に合うと誰もが分かるからこそ、誰もいなくなった。

ただ、サーヴァントなら話は異なる。

(成程な……理解した。どこかで覚えある匂いかと思ったら、コイツはマジェント・マジェント

現場を捜査しているのは、ライダーのディエゴ・ブランドー。
恐竜能力の一つ、嗅覚で匂いを判別していると、生前に出会い利用した下っ端がいると知る。
彼が銃を使用する殺し屋であるから、銃撃戦。
そして、相手は……いくつか匂いが入り乱れているが、一人はプッチのマスター・白菊ほたるのもの。
標識を武器にしたサーヴァントは……分からない。
白菊ほたると共に、マンホールに血痕を引きずって逃走したサーヴァントは………
ディエゴには何かを理解していた。だからこそ、状況を読み切ろうと思考を巡らせ続けている。

「どうやら、お前のマスターを連れ去ったサーヴァントはここを通った」

マスターの無事を不安視する素振りがないプッチは、恐らく冷静を保っている精神性の高さがあるのではなく。
例え、ほたるの身に危機が迫ろうとしても、それはほたるが乗り越えるべき運命だと考えている。
彼女の感じる恐怖や不安は、心底どうでも良いのだろう。肝心なのは、ディエゴが語る内容についてのプッチの反応。
ディエゴは懐から、以前レイチェルから取り上げた携帯を取り出す。

「まだ、念話は使っていないだろうな? プッチ。これからお前が望むものを見せてやるよ」

「どういう事だ……?」

不敵で満更でもない笑みを浮かべるディエゴを、レイチェルが凝視しているが。
構うことなく、彼は言葉を続けた。

「俺はお前のマスターを連れ去った奴を『知っている』。いや、知っている……という表現は間違いだな。
 『俺自身』じゃあないんだからな。あくまで……俺だからこそ理解できる。もう分かるな?」

「………! 『DIO』!! それはまさか」

プッチの反応は興奮気味だった。
彼としては俄かに信じがたくも歓喜に満たされる事実なのだから。
先ほどの冷静さを失い、子供っぽい無邪気な笑みを零れそうなプッチのリアクションに満足したディエゴは制した。

「落ち着けよ。念には念を入れなくちゃあならない。少しだけ俺の情報を明かしてやる」

「なにか問題が?」

「……俺の知るスタンド使いに『平行世界を行き来する』能力を持つ奴がいる。
 ドッペルゲンガーは知ってるか? あの原理だ。平行世界の人間を基本の世界に連れてくることで、互いが消滅する」

同じもの同士が出会うと破壊されてしまう。人間も。なんであろうと。
サーヴァントですら、きっと同じなのだろう。だが、プッチも情報を把握して言った。

「彼のスタンドは君のものとは異なる。スタンドが異なるなら、別と捉えられるのではないか?」

「平行世界は基本と『何か』違う。その『何か』にスタンドが含まれてても、変じゃあない」

携帯アプリのメモに文面を書き込み始めるディエゴは、これで全てが分かると確信していた。
早速、恐竜化を遂げた魔法少女・たまを呼び寄せる。
打ち込み終えたディエゴが語った。

「もし奴が『平行世界から来た俺』なら、この携帯の返事をする事はできない。
 奴も『俺と同じ物』を所持して、移動してきているんだからな。携帯同士が消滅し合う。
 だが―――返事と共に、この携帯が戻って来たなら」

「彼は、アヤ・エイジアによって召喚された正式なサーヴァント……」

「単なる保険だ。最も『俺』だったら容易に他者と同盟を受け入れたりはしない。お前相手なら尚更だ、プッチ」

「君なら、その伝言に返事をしてくれる確信があるのだな」

「必ず返事は来るさ。そこだけは安心しろよ。答えがYesにしろNoであってもだ」

ディエゴ・ブランドーは容易に信用はしない。
そして、彼の生前でも容易に信用できる、心安らぐ親友などはいなかった。
だが。関心程度は少なからずあり、ディエゴが文面に加えた人物の名を挙げる行為こそ、効果があると知っている。


それこそ………






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◆ビーストⅦ/Α
現宇宙において、再編された世界に顕現した最新の人類悪。
善良なものを集め、あらゆる害悪を退ける力を発現させ、それを人類史に影響及ぼす規模に利用しようとしたが為。
抑止によって滅ぼされた。その力は、恐らく一個人でも一国の為にでも使ってはならない。
Αの消滅により終わりを迎える筈だったが、Αが残した因子により『ビーストⅦ/Ω』が生じてしまう。
今後『ビーストⅦ/Α』が顕現すれば呼応し『ビーストⅦ/Ω』も召喚される。






―――ヴァレンタインか! マジェントにフェルディナンド……ヴァレンタインもいる………

奴ならこうする。
必ず、こんな事をしでかすだろう。自ら真名を明かして、他主従に呼び掛ける真似を。
アヴェンジャーが冷や汗流す。恐らくマジェントはまだヴァレンタインと繋がりがない、だろう。
憶測に過ぎない空想論。けれどもアヴェンジャー自身の存在を、ヴァレンタインに掴まれているとは限らない。

―――フェルディナンドなら恐竜に俺の匂いを辿わせることも……いや、それも違う………

一先ずアヴェンジャーは内容を追う。


 [聖杯、奇跡の願望機を君が望んでいるかは問わない。
 私は誰しもが聖杯を手にする事が容易である状況を正さなければならないと考えている。
 聖杯を使う者は正義であり、善でなければならない。例えば討伐令にかけられたセイヴァー。
 悪を象徴する救世主の手に聖杯が渡れば、一体どうなってしまうか?
 断じてそれだけは『あってはならない』結末であり、回避すべき可能性である。
 私は聖杯を然るべき者に託したいと思う。私に賛同できる者、あるいは『仲間』として同盟を欲する者。
 是非とも、私の返事に答えて欲しい。
 そして――聖杯で『正しき願い』を叶えるべき人間がここにいる事を願う]


―――如何にもだな。そして一つ分かった。


―――コイツが『本当に』大統領かはともかく……奴(ヴァレンタイン)を知る存在には違いない。


そして、ファニー・ヴァレンタインを知る者は即ち『レース関係者』だ。
ディエゴの記憶にある関係者。
真っ先に皮肉にもジョニィ・ジョースターが思い浮かんだ。しかし、奴がこんな真似を?と思案するものの。
違う、と。首を横に振る。ついでにジャイロ・ツェペリらしくもない。
ジョニィやジャイロであれば真っ先に蹴れる内容だが、これは彼ら側の文面じゃあない。
大統領側だ。
ディエゴも彼らを完全に信頼してはいないし、完全に乗っているワケでもない。味方でもない。

しかし…………

―――いいぜ。乗ってやるよ。見知らぬ奴よりも保証は効くからな……


 [返事はこのメモに残し、使いの恐竜に託すか。君の携帯からメールを送信するなり、手段はそちらに任せる]


不幸にも、ほたるが携帯端末を所持している様子はない。
確か、マスターのアヤが使っているのをディエゴも記憶にあったが……
注目されているマスターの所在を明かすような、携帯の連絡先を明かす訳にもいかない。
仕方なくメモに返事を書き込む他ない。
アヴェンジャーが打ち込み始めたのに、ほたるは些か不安そうに伺う。

「だ、大丈夫なんですか……?」

「セイヴァーとの対立は避けられないからな……奴の事だ。俺を狙っていたのも恐らくソレだと思うが
 仲間を増やす魂胆だろう。どういう手段で利用し、支配するかはともかくな。お前のライダーも含めて
 敵が、どれほど増えるか予想は付かない。俺とキザ怪盗だけで渡り合えると慢心はしない」

「ライダーさんと、た、戦うってそんな……」

「だからこちらも仲間を増やすしかない。利用できるものを利用できなきゃ死ぬだけだ」

「…………」

きっとアヴェンジャーの判断は正しい。むしろ少女に出来ない事を平然と、顔色一つ変えずにやってのける。
緊迫した状況では、奇妙だが――これ以上に頼れる者は居ない。
非情な判断と決断を、平凡な人間が下せるまでに、どれほどの苦行を味合わなければならないか。
少なくとも、白菊ほたるには無理だった。
逃げ出せれるなら、今すぐに元居た世界へ逃げ込みたい。
願いが叶うか。自分の不幸が改善させるか、どうだっていい位に押しつぶされそうだった。



 [ファニー・ヴァレンタイン大統領。貴方のお言葉に勇気を得たので返信させて頂きます。
 簡潔に私の返事を言います。貴方との同盟を望みます。理由は現在、我々はセイヴァーに追われているからです。
 詳細な説明をする時間も惜しいです。とにかく、合流をしたいのですが難しい状況にあります。
 私が思いつく限り、見滝原で目立った建造物と言えば『教会』しか思い当たりません。
 『教会』で仲間と共に待っております。ただし、セイヴァーに捕捉されれば離れる他ありません。
 どうか、可能な限り早く会いに来てください。お願いします。

                                               白菊ほたる]



以上を打ち込んだメモを保存し、恐竜の首にかけられたポケットへ携帯を入れると。
恐竜は、そういう風に指示を受けていたのか、一度たりともアヴェンジャーとほたるに危害を加えずに。
元来たルートに沿って駆けていく。
だが、ディエゴも容易に見逃す訳でもなく、恐竜を追跡するように移動を始めた。
恐竜の図体がマンホールに侵入出来たとは思えない。
河川に通ずる排水口は大きめであろう場所から、侵入したのは分かる。


瞬間。
気配を感じ取った、視線もある。アヴェンジャーがそれらの方向へ振り返った。位置は現在の彼らより後方。
深淵より現れたサーヴァント。
ブルマを穿いた奇怪な男性の表情が――顔が歪むほど激情的なものだった。
アヴェンジャーも戦慄が走った。雰囲気からバーサーカーの類かと思う通り、彼からは狂信の怒りが溢れる。

「貴様……貴様ッ………!! なんだその『顔』は! 井出立ちはッ!!
 何故『DIO』様の姿を騙っている! 『DIO』様のお姿を、存在を利用した罪を償って貰うぞッ!!」


おい……まさか………


差し詰め『DIOの教信者』もとい『狂信者』は怒りに身を委ね、宝具も何も発動せず。
徐々に速度を上げながら走り向かっていく。
恐らく、自らの拳を以て制裁を下さなければ憤りは収まらないのだろう。
アヴェンジャーは満身創痍だが、単純に敵を打ち倒せるだけなら問題はない。

「『THE WORLD』。俺だけの時間だぜ」


「な――――」

『狂信者』は一瞬驚愕の表情に変化し、次の場面ではスタンドに拳を無数に叩き込まれた衝撃と共に、吹き飛ばされていた。
それらを傍観してるほたるも、思わず悲鳴を漏らす。
スタンドを出現させたまま、アヴェンジャーは『狂信者』の攻撃を警戒していた。
恐らく、相手もスタンド使いだと。
DIO……セイヴァーの部下であるなら、尚更必然なものである。

「ば……かな! き、きさ、貴様……貴様ァァァァ!!」

だが、これは『狂信者』にとって最大の挑発行為でしかなかった。
下水道の汚水を被りながらも、怒りをぶちまけつつ『狂信者』は震えていた。
最早いつプツンと切れるか分からない状況である。

「そのスタンドは! 貴様のスタンドは『能力を奪う』ものかッ!! DIO様のスタンドまでをも!!」

「ぐ……」

「私にDIO様を手に掛ける屈辱を味合わせようとしているのだなッ!
 だが、貴様などDIO様の足元にも及ばんゴロツキ風情!!」

突如『狂信者』の背後にスタンドが出現したかと思えば、
スタンドが本体たる『狂信者』を大口開いてバリバリと丸呑みにし始めたではないか!
ほたるが、ショッキンな光景に尻餅つくのは仕方ない事で。彼女に構わず、本体を飲み込んだスタンドは姿を消したのだ。

独特な効果音と共に、壁の一部が円形に削り取られたのに、アヴェンジャーは即座に理解した。
再び時を静止し、ほたるを引っ張り移動をする。
射程距離から離れても、壁を削り取る音は遠くで響き続けていた。

(俺たちの位置には気づいていないのか……?)

間抜けなことに姿を消している間は、外の様子を把握できないらしい。とは言え……
アヴェンジャーも幾度も時間停止させる魔力はない。
相手の魔力は十分あるだろうに。アヴェンジャーの方は満身創痍に等しかった。





そして、場面はライダーのディエゴ・ブランドーへと時が遡る。
ファニー・ヴァレンタインらしい文面を打ち終えたディエゴが、一旦携帯の電源を落とすと。
ディエゴは、不気味な沈黙を続けていたレイチェルに呼び掛けた。

「レイチェル。お前の鞄を貸せ、必要だ」

ハッと我に返った少女は、かけていたポシェットを外しつつ中身を開けた。
現金やパンなどが入っているものの、邪魔になるとレイチェルは取り出しておく。
そして……奥底にひっそりとある小さな箱。
レイチェルは無言でソレも出して、ポケットだけをディエゴに渡す。

彼も格別、レイチェルに一言かける必要なく、ポシェットを受け取り、携帯をそこへ入れる。
恐竜化した『たま』の首にポケットをぶら下げると同時に、彼女はどこかへ走り向かう。
匂いを辿って『もう一人のディエゴ・ブランドー』を探す為……

レイチェルもそれを見届け、手元に残った『箱』をポケットへ入れようとした瞬間。

「オイ、待て」

ディエゴの冷酷な言葉に、レイチェルが止まる。
彼もまたレイチェルの動向を疎かにしてはおらず、彼女が余計で無駄な行いをしないか警戒はしていた。
だからこそ。
凄まじい剣幕で、ディエゴはレイチェルの方へ近づく姿に、プッチも少々驚きを隠せずにいた。
レイチェルの前で立ち止まったディエゴは、静かに問う。

「なんだ『それ』は」

「………」

「なんだと聞いてるんだよ、なぁオイ。まさか―――」

強引にレイチェルの手にある小箱を奪ったディエゴが、中身を確認すれば案の定だ。
簡易的な『裁縫セット』。
何の変哲もない。ボタンが取れた場合を考慮したら持ち歩いても、格別変じゃあない代物。
中に入った糸や針に血がこびり付いていなければ………

ディエゴは即座に裁縫道具を地面に叩き付ける。
威力の余りに、箱が壊れて裁縫針もバラバラに散らばってしまったが、レイチェルは呆然と眺めていた。
対して、ディエゴは激怒した。

「無駄なものを持ってくるんじゃあねぇ! 必要ねぇだろうが、こんなもの!! 意味もねぇ!
 どれもこれも無駄だ、無駄!! 無駄無駄無駄ッ!! 無駄なんだよッ!!!」

そして踏みにじった。
何度も幾度も、小さな針が曲がって使い物にならなくなる位に。

「どうするつもりだった! 何に使うつもりだったんだ!? レイチェル・ガードナー
 言ってみろよ! 今ッここでッ!! 言えるかッ!? 言えるワケねぇよなぁぁっ!!!」

だが。
いいや……それ故にか。
レイチェルは、ディエゴの行動に憤りも無常も悲しみすら浮かべずに。
死に惑う亡霊じみた無表情で、小さく答えた。

「もし、ライダーが………」

「―――」

「酷い怪我をしたら、縫おうと思って」



『ソイツに手を出すんじゃねぇ!』

衝動に任せてディエゴがレイチェルに手をかけようとした寸前。
彼女の前に立ちはだかったのは――佐倉杏子だった。
だが、彼女は言わば幻覚に過ぎない。彼女のソウルジェムを取り込んでいるディエゴだけが見えている。
先刻も喧しい杏子に、ディエゴもいよいよ苛立ちが爆発してしまった。

「おめでたい奴だなぁ……? そのクソガキが一体何をしでかしやがったかも知らねぇくせに!」

『誰がどんな事をしようが関係ないさ。あたしはアンタのやってる事が気に食わない、だから邪魔するんだ』

腹立たしい。
佐倉杏子が道を外した人生歩んでいるにも関わらず、ディエゴに向かう姿勢は
正真正銘の―――『黄金の精神』だ。故に、ディエゴはそれを叩き潰したくて溜まらない。

「そのクソガキは親の死体を縫い合わせて、人形ごっこを何日も楽しんでやがった!!
 自分で『ぶっ殺した』犬の死骸を飼いたいとか抜かす、ヘドの出るガキだ!!!」

『だったら、どうしてアンタは何もしなかったんだよ! 気にいらねぇなら……アンタがやればいいだろうが!!
 コイツはアンタのマスターだろうが! 可笑しいって思うなら、アンタがコイツに教えてやれよ!!』        

「俺がどうにかしろ? 俺がどうしたって無駄だッ!」

無意味だと知っている。運命に立ち向かう? 運命の奴隷になれ?
全てがディエゴの知る最も無為な行為であり、愚かしいと思うものだった。
悪いの誰だ?
レイチェル・ガードナー? 彼女の両親? 全てを見逃していたディエゴ・ブランドー?
どれも答えじゃあない!!


「腐り切ってるのは―――『世界』そのものだ! 『社会』だ!! 違うかッ!?」


彼の叫びこそが世界を切り裂いた。
立ちはだかる魔法少女も、神父も、救われない少女も彼の言葉に目を見開く。


「最初からそのガキは救いようもねぇ! 親を縫い合わせる事でしか満たされない! 
 犬の死骸と戯れるぐらいでしか満たされない!! 『そうする事』でしか満たされないッ!!
 俺を育てた女が手の器にシチューを注いで貰うしかなかったのと同じでなぁぁッ!!!」


「そうするしか生きられねぇんだよ、このクソみてぇな世界ではなッ! 社会も世界も腐り切ってやがる!」


「冗談じゃあない! 俺は頂点に立つ!! 腐り切った世界の頂点で、洗いざらい支配してやる!!」


『DIO』の怒りを知り――エンリコ・プッチは漸く理解したのだ。
まだ少年であったディオ・ブランドーの怒鳴りと拒絶を、そして本心を。
紛れもなく、彼は頂点へ向かう存在であり、全てを救済するだけの運命を持つ王に近しい者。


―――路地裏の負け犬がほざく下らないたわ言以下の薄汚い世界が貴様の言う天国だと!?

―――そしてそんな世界をこのディオが目指すことになるだと!?


彼は………何故、天国を目指そうとしたのか?
根本と切っ掛けはそう、所謂……『怒り』だ。スタートラインはディエゴが語った通り。
無常な世界を、非常な社会を、そして世界と社会への憤りを胸にそれでも尚、世界の頂きに至ろうとする『気高き飢え』。
飢えに餓えた果てに『DIO』として天国への到達を目指すには、また長い道のりが必要となるが。
動機は揃った。彼もまた頂点に立つ事で、救済しえる英霊なのだ。


プッチが一つの解答を得たところで、一つの言葉が届く。





「――――やっと見つけた」






        ————マテリアル【ビースト】の情報を閲覧します。————




◆ビーストⅥ
再編前に顕現された人類悪。世界は一度この獣により滅亡し、再編された。
全ての生命は未来に何が起こるかを知り、それを変える事なく運命として受け入れる。
覚悟を得る事で幸福となる『天国』の領域を、友の為、執念と妄念を以て不完全ながら実現させた。
この獣による『天国』は完成される事なく、再編前とは異なる世界が人類史のレールに継続する事となる。
抑止力は再度この獣が顕現した場合の対抗手段を生み出したとされている……







超常現象(Dirty Deeds Done Dirt Cheap)

最終更新:2019年04月30日 09:54