.


「アサシンさん、これは……?」


「運命の確立って奴さ。例えば、まだ凛ちゃんの死が確実でないように、他の未来も不確定のままだ。
 とは言え………どれも『未来で起きるかもしれない現実』のIFなワケよ。ここでの情報は『真実』だ
 敵の宝具や能力は『真実』。起きる事は事実じゃねぇ。これだけよ」



【α】


「――――やっと見つけた」


「残念です、非常に残念でなりません。私はあなたをとんだ下……愚か者と思っていましたが、撤回します」


「あなたは『そこまで』分かっていながら……分かっているにも関わらず、外道に成り下がってしまうのは
 最早、精魂の在り方が生まれながら歪んでいたと言わざる負えません。……ええ、ですから残念でなりません」


聖女が杖を構え、立ち向かうのは―――ディエゴ・ブランドーだった。
一つ加えるならば。
教会を襲撃し、まどかの両親を恐竜にし、佐倉杏子のソウルジェムを奪った。
正真正銘、ライダーのディエゴ・ブランドーであるという事。

「貴方が、馬に騎乗していたのは分かっていた。下水道へ移動するよりも、地上で蹄の痕跡を辿れば追跡は容易だったわ」

彼女はマスターを背負っては来ていない。
比較的安全で、一目がつかない場所に置いてきたのは、これよりディエゴたちに戦闘を仕掛けるからだ。

「マスターのソウルジェムを、返してもらうわよ」

聖女・マルタの攻撃は素早いものだった。
彼女は、杖に魔力を蓄積させており、今ここでディエゴに対し光の爆発を与えた。
魔力を貯めるのを除けば、空間を飛翔したり着弾の『過程』を必要とせず『結果』だけを残している。
予想外の襲撃以上に、回避も困難を極めた為、攻撃をまともに食らうディエゴ。
衝撃も発生し、彼の体が吹き飛ばされたのにプッチは躊躇しない。ケンタウロスを彷彿させるスタンドを出現させた後。
プッチはマルタの視界より忽然と消す。

「『刃を通さぬ竜の盾よ(タラスク)』!」

仮にも町の中。
彼女の十八番と呼ぶに相応しい竜を召喚する事は、彼女の理念上無理ではあるが。
今のように、竜の甲羅を召喚し、盾のような防御をすることは可能。
杖に再び魔力を集中させながら未だに姿を捉えられないプッチに、マルタは警戒を続けた。

(逃げたんじゃあるまいし……瞬間移動のようなもの? それとも――)

遠くから何かが激しく転倒した音が響いた矢先。
甲羅に身を裂くような衝撃と共に、前方からマルタの上半身に亀裂が入った。
加速。圧倒的スピードによる攻撃。俊敏性の表記はEXにも関わらず、規格外というものじゃあない。
純粋にAランクを凌駕する意味での意味を示すのは、プッチだけだろう。

「ぐ、は、ぁっ……」

マルタの肉体から血が滲む。口からも吐き出る。
甲羅の破片が、皮肉にも彼女の体に入り込み、傷を悪化させていた。
破壊された甲羅からプッチとケンタウロスのスタンドが、彼女を覗き込む。

「聖女よ、君が攻撃したものこそ神になりえる者。この世界を救える者だ……故に、君はここで死ぬ運命にある」

神に逆らったからこそ、死ぬ。

「神……ですって。冗談じゃあ、ない……わよ!!」

だが、マルタの攻撃は終わらなかった。彼女の魔力は、祈りは、終わっていない!
杖に込められた光が、プッチに炸裂する。
再び巻き起こる爆発と共に、召喚していた甲羅は消滅を果たした。
視界が晴れた時に、プッチの姿は無い。そして、マルタの肉体も霊核が貫かれたか怪しい深手を上半身に受けている。

次にマルタが手にしていた杖が、彼女の手元より吹き飛ぶ。
よく見れば、加速の威力で折れている。何故、マルタ自身を狙わないのか?
プッチのスタンドは規格外に驚異的だが精密性には欠けている。マルタもこれが狙うべき一点だと理解する。

「さて……どうする? お前のマスターのソウルジェムを返してやってもいいぞ」

「………っ!」

満身創痍の聖女に、ディエゴが接近してきた。
彼の手には、確かに赤いソウルジェムが握りしめられており、返してやると言うが、保証は皆無に等しい。
マルタが睨みつつ拳を握りしめる。

「そうして貰えれば何より。だけど……貴方が神になるなど断じてあっちゃいけないわ」

「アレはプッチがそう思っているだけだぜ。神なんざ正直なりたくもない、信じちゃいない」

本当に神が居たのならば、自分も母親もとっくに救われている筈だからだ。
ディエゴの思念に迷いがない。

「俺は俺の望みを叶えるだけだ」

欲望が為に他者を踏みにじむ事は許しがたい。
だからこそマルタは立ち続けた。ディエゴは間違っており、倒すべき敵なのだと。
彼女の信仰と奇跡で、この手傷を受けてもなお怒りの拳を振るおうと構えていた……
それなのに

「え……」

聖女が絶望するとすれば、彼女が信じるものが異なった時だけであろう。
例え、ディエゴが如何に外道を行おうが、このまま杏子のソウルジェムを砕いて見せようが。
彼女は聖女であり続けるのだ。それが砕かれるとすれば……

ディエゴの背後に誰かが立っていたのだ。
それがエンリコ・プッチであれば、どれほど良かっただろう。しかし、違ったのである。
彼女は、それが誰かを知っている。
手の甲にポッカリ空いた穴も、彼が被る冠も、これが敵の幻覚であれば良かったものを。

当のディエゴ自身も、彼が感じたこともない感覚に冷や汗を浮かべている。
彼ですら状況に混乱していた。否、彼自身『心当たり』はある。だからこそ度し難い感覚に動作を止めた。
勢いよく振り返った先に、もう誰も居ない。
だが! 確かに存在したのである!! 紛れもない、ディエゴが生前スタンドを手に入れる切っ掛けとなった……

「なんだ……今更! 何故、俺の前に現れてきやがったッ!!?」

戦況の変化を感じ取ったプッチが宝具を停止させる。
膝から崩れ落ちるマルタに、ディエゴが叫ぶ。

「テメェの仕業か!? 聖人の遺体を手にした時、アレが出てきたことはなかったぞ! 冗談じゃないのはコッチの台詞だッ!!」

「遺体……? まさか……そんな………本当に………『あの人』が貴方を選んだ……?」

マルタ自身が困惑したまま粒子となって消失したのは、彼女自身の信仰に揺らぎが生じたせいだろう。
何故なら、彼の背後にいた者こそが、彼女の元となった存在に等しい。
だが、聖女の困惑はプッチが理想に描く『神に等しい存在』へと布石を思わせる一方で。
本当の意味で、聖人に選ばれたのならば……?






DIOの狂信者、ヴァニラ・アイスも怒り心頭でDIOを真似たサーヴァントに攻撃を仕掛けていたが。
対して、思考は冴えていた。
闇雲に攻撃しても無駄だと分かっているし、皮肉にも敵の能力を理解しているから対策も可能な訳だった。

(奴が……どうするか。DIO様の能力を盗んだままか、あるいは私のスタンドに切り替えるか)

あくまで彼は、アヴェンジャーがDIOの全てを『盗んだ』と解釈しており。
最悪、自分の能力を奪われる可能性も考慮していた。
果たして、DIOの能力を得たまま、ヴァニラ・アイスの能力も取得できるのだろうか?
否。ヴァニラ・アイスはこう考えていた。
世界を支配しえるDIOの絶対的な能力を手離すだろうか?と……

(DIO様……あの御方に魅入られるのは『当然』のこと……仕方のない事だ。
 奴もその一人……あのような無礼を働いた奴が、易々とDIO様の全てを捨てるワケがない……)

妄信が故に確信を得た。
どうやってDIOの力を、スタンドを得たのか不明ではあるが、時を止める力を有するだけで優位になるのは当然。
だから、捨てない。
アヴェンジャーは時を止める能力で、ヴァニラ・アイスを切り抜ける算段であろう。
亜空間から一旦姿を現したヴァニラ・アイスが周囲を確認した。

しかし、サーヴァントには通常のスタンド使いと異なり『魔力』の制限があった。
マスターとの繋がり、マスターから供給させる魔力で幾度宝具が発動できるかが命運を分ける。
アヴェンジャーも、負傷していたのを考慮すれば、時を止める魔力が少ないだろうと察せられた。

(やはりか……)

亜空間から姿を現したヴァニラ・アイスが視界に捉えた。
下水道より脱出を図るべく、アヴェンジャーとほたるがマンホールに到達している場面。
行動が制限される場所より障害物の多い、外へ逃走するのは至極真っ当であり安直な手段。
当然、ヴァニラ・アイスも考慮していた。
周囲を警戒するアヴェンジャーに姿を見せぬよう、ヴァニラ・アイスも影に隠れる。
既に深手を負っているアヴェンジャーにも焦りが見えた。

「先に登れ……奴が来る前に…………」

「でもっ」

「早くしろ……!」

ほたるは、アヴェンジャーを気使っているつもりなのだろうが、逆に彼を苛立たせているのが分かる。
アヴェンジャーが下で周囲の警戒を続ける最中、決死の思いでマンホールの出入り口に到達したほたる。
だが、少女の力ではマンホールを塞ぐ蓋を持ち上げるのは不可能だ。
意地になっても無意味だ。彼女は申し訳なく、下にいるアヴェンジャーに言う。

「あ、アヴェンジャーさん。あの」



    オ
       ン
         !


……………………

しばしの間の後。
ヴァニラ・アイスは静かに亜空間より姿を現し、そして腐食した下水動の足場に転がった少女の手を確認した。
生憎、彼はソウルジェムを所持しておらず、サーヴァントの消滅までは分からないが。
マスターを倒せば、問答無用にサーヴァントも消滅する。
事実として、アヴェンジャーの姿もいなくなって―――……


次の瞬間。
ヴァニラ・アイスの体はマンホールの蓋をぶち抜き、外へと吹き飛ばされたのだった。


「な、にィィッ!!?」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」

怒涛のラッシュがヴァニラ・アイスの体に叩き込まれていた。
アヴェンジャーの体が消失している模様は一切ない!
宝具も使用可能なほど健在だ。ヴァニラ・アイスが読み間違えていたのは、ほたるがアヴェンジャーのマスターだと勘違いした点。
ほたるという儚げな少女を見捨てられるアヴェンジャーの精神性である。

とは言え。
派手にヴァニラ・アイスを吹き飛ばし、外のアスファルトに叩きつけ。
アヴェンジャーは深手を抑えつつ、マンホールから顔出す。
あれほどの深手を負ったにも関わらず、ヴァニラ・アイスは立ち上がろうとしていた。
傷は無意味。狂信による狂化が彼を駆り立てるのか、妄念による根気なのか定かではない。

「流石セイヴァーの部下だけあってしぶとい………奴はそういう連中ばかり集めるのが趣味のようだな」

「DIO……さま、を、まだ愚弄するか……!!」

ヴァニラ・アイスが睨みつけた先で、何かが光る。
一筋のそれを、彼は理解せずにアヴェンジャーに攻撃をしかけたのだが。
彼もまた分かっていたようで、疎かにしていたに違いない。
崇拝するDIOと酷似した青年はDIOではない。ヴァニラ・アイスの崇拝していたDIOじゃあない。

にも関わらず。

(DIO様に遠く及ばない下種程度がッ! 何故、なぜ、ナゼ、DIOサマと同じ――)

彼のような信者が畏怖するDIOの風格。
ヴァニラ・アイスが手にかけようとした青年には『何故』かそれを感じられたのだ。
まだ、日の浅い、片鱗に過ぎないソレだったが、いづれDIOに匹敵する可能性を秘めている。

DIOとはヴァニラ・アイスにとって、唯一無二、代わりなど存在しない者。
アヴェンジャーを認められなかったのは、その妄信あっての事。
ありえない事なのだ。認めてはならないのだ。


そして、執念こそがヴァニラ・アイスの敗因となってしまう。



「…………」

アヴェンジャーは『何事もなく』マンホールの蓋を押し上げ、地上に戻って来た。
そこには誰もいない。
チラリと、手元のソウルジェムを確認すれば淡い魂の色彩が一つ灯っている。
ヴァニラ・アイスは……消滅した。彼が最後に目にした一筋の光は、太陽。
皮肉にも生前と同じく、吸血鬼としての自覚を配慮できなかった事による消滅に終わったのである。

「吸血鬼……? 意味がわからんな。スタンド使いで吸血鬼……まさか、セイヴァーが吸血鬼なんてことがあるのか?」





◆ビーストⅣ
未来を燃料エネルギーに変換し、時間逆行を引き起こす人類悪。
その獣にとって『不都合』な標的を滅ぼし、その『運命』を持ち越し続けながら時間逆行を招き。
最終的の結末は、平穏と安息が約束された時にだけ解除されるという。
時間逆行による『あったかもしれない未来』が消耗される所業を獣自身は理解しておらず。
理解したとしても、この獣は罪悪感を抱かないだろう。






「……ちゃん………ほたるちゃん、が………!?」

島村卯月は絶望していた。
彼女も、そしてアサシンも恐らく、白菊ほたるが聖杯戦争のマスターであることを知らずにいたからこそ。
球体ビジョンに映された光景、無残に、まともな死体すら残さず終わった少女の運命に、嘆く他ない。
だが、アサシンは至って平静である。
何故ならば、これは『可能性の一つ』に過ぎない。彼は愉快に卯月へ伝えた。

「大丈夫だよ。前に見せた『凛ちゃんが死ぬかもしれない未来』的なもんだから」

「ほ、ほたるちゃんも! 私と同じ事務所のアイドルなんです! それなのに、こんなっ……!!」

「やれやれ……じゃあコッチを見て落ち着きなって」

アサシンは別の球体ビジョンを出現させる。
映し出された光景は、先ほど卯月が目撃したものとは大いに異なるものだった。






【β】


「――――やっと見つけた」


白菊ほたるは、ビクリを体を飛び跳ねさせた。
薄暗い下水道だからこそ、清楚な衣服は異様に目立つ。杖と赤髪の少女を抱えた聖女が、ほたるとアヴェンジャーを睨む。
新手のサーヴァントの出現に、アヴェンジャーは周囲を見回した。
先ほどからヴァニラ・アイスの攻撃は止んでいる。
魔力が切れた? 否、恐らくどこからか警戒するべく監視しているのだろう。
一旦、宝具を解除しているなら、時間停止させて狙えば良いが……
杖を向けてくる聖女が言う。

「マスターのソウルジェムを使って何を企んでいるか、知らないけれど」

「……?」

ソウルジェム?
まるで話が見えて来ない。ただ、ほたるを考慮してか聖女はアヴェンジャーに攻撃をしかけようとしない。
アヴェンジャーは直感で理解していた。
だが、彼女との争いは避けられそうにないし、ヴァニラ・アイスの襲撃も警戒し続ける必要がある。

「ソウルジェム? ひょっとしてコレか」

聖杯を作成するに必要な透明の宝石を見せびらかすアヴェンジャー。
しかし、聖女の物静かだった苛立ちを煽るような行為だった。小さく舌打ちしてから

「とぼけてるんじゃないわよ」

ドスの効いた威圧をしてきたものだから、ほたるが更に震え上がる。
少女は危機的な状況で、眼前の聖女・ライダーに殺されるのではと恐怖しているのだ。
本来、聖女のライダー・マルタにほたる敵意はないのだが。
一方でアヴェンジャーも幾つか疑問が生じる。とは言え、余裕ある状況じゃあない。
せいぜい可能な質問は残り、一つ。アヴェンジャーが切り出した。

「まさか、俺を狙って来たのか? セイヴァーの奴と勘違いされたら困るから否定させて貰うが……俺は奴とは無縁だぞ」

「ええ、当然。貴方を追って来た。貴方と戦ったマスターの子が教えてくれました。
 セイヴァーに似た顔立ちで、女の子がマスターであることを」

………なるほど。

アヴェンジャーは、次に起こすリアクションの解答まで導き出す。
俄かには信じがたいが他にも、セイヴァーと似た顔立ちのサーヴァントがいるらしい。
証言したマスターも簡単に口頭でマルタに伝えただけで、詳細な顔の特徴や少女のマスターに関しても曖昧なのだろう。
ほたるが、慌てて「何かの間違いです!」と涙ながら訴えるが、果たしてどうか?
マルタはアヴェンジャーとほたるを信用するだろうか?

結論は一つである。

ほたるは必死に語った。

「アヴェンジャーさんは、私を助けてくれたんです! さっきまでセイヴァーさんに追われてて……
 そ、それに、私っ……アヴェンジャーさんのマスターじゃないんです……!」

「なら……あなたのサーヴァントは?」

「それは、その……」

令呪で呼び出せば証明になる。
でも、ほたるはセイヴァーの件があり、ライダーに対する信用が揺らいでいた。
そして、ここにライダーを呼び出したら……一体どうなる事か。
セイヴァーとアヴェンジャーが衝突したのと同じ、戦闘が勃発恐れも。彼女はあらゆる最悪の事態に恐怖している。
どう証明すれば途方に暮れた少女に、アヴェンジャーが制止した。

「もういい。俺に任せろ」

「アヴェンジャーさん……?」

アヴェンジャーが改めて周囲を見回せば、遠くから透明ながらぼんやりと輪郭が視覚に入る球体が目にできた。
ヴァニラ・アイスの宝具だ。
彼らの会話に乗じて、攻撃を仕掛ける算段なのだろう。
だからこそ、都合がよいのである。アヴェンジャーは不敵な笑みを浮かべた。

「俺がコイツのサーヴァントじゃあないと証明してやるよ」


ガ  オ ン!


短い独特な効果音が響き渡った。あまりに一瞬の不意打ちである。
マルタに関しては、ヴァニラ・アイスの能力と存在を把握しなかったが故に。
ほたるに関しても、人間の少女が宝具の攻撃を回避するなど不可能。
ただ、アヴェンジャーだけに関しては………




「随分な状態だ。逆に、そこまでムキになる必要はないと思ってしまうよ」

所謂、令呪による強制転移だった。
念話でマスターのアヤに指示をし、アヴェンジャーだけが避難を終えて工業地帯に車を止めた彼女らとシャノワールの元に移動した。
シャノワールの態度に苛立ちを覚えながらも、アヴェンジャーは一息つく。

「予定が変わった。新手のサーヴァントが二騎も現れちゃ、手に負えない」

「本当に手が負えなかったのかい?」

「なんだその反応は。俺の評価も高いもんだな」

しかし、説明しなければ凛たちは納得できないのだろう。面倒だがアヴェンジャーは話し始めた。

「どうやら俺と似たサーヴァントがいるらしい。ソイツと間違われて、一騎のサーヴァントが攻撃する気でな」

困惑気味に凛が、顔をしかめた。

「え……セイヴァーの事、じゃないんだよね」

「流石にそこまで勘違いはしないだろ。俺とも違う、セイヴァーと似た顔をした奴がいる……なんてややこしいぜ」

アヴェンジャーの状態もそうだが。
セイヴァーと似た顔をした存在の嘘など、突発的できるものでもない。
加えて、アヴェンジャーが凛たちから離れた時間も考慮し、他サーヴァントを挑発した余裕もない筈だ。






「へー……そういうこと」

ビジョンを観察していたアサシン・杳馬は、こうして幾つかの情報を集めている。
今回観察して判明したのは、実はディエゴ・ブランドーは双子の兄弟とかじゃあない。
割とどうでもいいが、案外重要なことだ。
基本的に、サーヴァントによって異なるクラスで同時に召喚される可能性は少なからず存在する。連鎖召喚だ。
だが『ディエゴ・ブランドー』の場合は少々事情が異なる。

「実はさぁ、あの子の真名は分かっちゃってたんだぜ。これが。色々とバレバレだったしな?
 『Dio』と騎手と調べたらすぐ出てきた。『ディエゴ・ブランドー』……
 アメリカ大陸で行われた大規模な乗馬レースで優勝を果たした。
 だったんだけど! 不正行為が判明。優勝が取り下げ、本人は行方不明のまま死亡扱い……てのが歴史上の記録」

表向き、奇妙な能力・スタンドに関しては触れられ事ない。
ましてやディエゴ・ブランドーが恐竜に関係した事も……聖人と所縁あった記録も。
どれもが書物などでは得られない話。が、文献が全く以て無駄に終わる事もなかったのだ。
杳馬には謎が一つ解けた。何故『ディエゴ・ブランドー』が二人もいるのか。

「アヴェンジャーの子は『平行世界から来た子』……俺達の界隈じゃ『剪定事象』の存在ってことさ。
 『剪定事象』の存在は座に登録されないんだけど、違うんだなァ。例のファニー・ヴァレンタイン大統領だ。
 本来のディエゴ・ブランドーはレース中に死亡した。
 だけど、途中で『剪定事象』のディエゴ・ブランドーと入れ替わってレースを優勝した……証拠もあるんだぜ? まるで名探偵なぁ?」

証拠は件の不正行為だ。
ディエゴ・ブランドーの不正行為は、馬の交換である。
体力のある馬と交換して、レースを有利に進めるのは当然許されない。
だが、どうやって外見そっくりな馬を二つ用意出来たのだろうか? 答えは平行世界よりディエゴと共に馬も来た。
同じ馬が、世界に二つ存在していたのだ。

「だから――本来、座に記録されない筈のディエゴ・ブランドーがいる。現実世界で歴史に記録を残した以上はな。
 切っても切り離せないし、変に誤魔化す事もできない。座も『剪定事象のディエゴ・ブランドー』を残す他ない……と」

これで物語は、おしまい。
証明終了。……という訳にもいかないのが、今回の聖杯戦争である。

「元となったセイヴァーの影響か……もしくは別の何かが作用してるのか。あの子は結局、セイヴァーに関係があるんだろーなぁ」

饒舌に語っていた杳馬は、聞き手である卯月が顔を青ざめたまま呆然としているのに気付いた。
ディエゴの話で?
うっかり、ではないのだが杳馬も忘れてたと言わんばかりの大袈裟なリアクションをする。

「ブルーな気持ちになるなって、卯月ちゃん! 気を取り直して他の奴を見よう!!」

「ほたるちゃんを助けたいです! あのままだと……どの未来でもほたるちゃんがッ!!」

卯月の酷い形相で叫んだ内容に、杳馬は長くため息をついた。

「卯月ちゃん……まーそうなるよね。俺もあんまり無理強いさせたくはなかったんだけど、こればっかりは決めて貰おう」

「アサシンさん……」

「凛ちゃんとほたるちゃん。どっちを救いたい?」






アヤと凛の車は一先ず都心から脱出を果たし、工業地帯に近づいていた。マスコミ達を撒けたと彼女たちは思う。
漸く、安堵したことで凛は家のことを思い出す。一度戻ろうと考えたが難しそうだ。
何より、アヴェンジャーがセイヴァーと接触したことを考慮すれば。

(どうしよう……やっぱり止めた方がいいのかもしれない………)

家族に心配をかけたくないから戻りたかったが。
セイヴァーの影が一層濃くなったことで、家族に被害が及ぶのではないか。
どうしたら良いか八方塞がりの凛は、咄嗟にポケットを探るが、携帯端末は自宅に放置したままなのを思い出す。
連絡手段もないなら、やはり自宅に直接戻るしかない。

(でも、アイツ……アヴェンジャーが戻らないままにしておけない)

アヤは車を停車させた。
工業地帯にいるのには違和感があった為、そこと離れた住宅街付近で止まったのだ。
ひと段落した所で、凛は確認する。

「アヤさん。アヴェンジャーは?」

「……念話はまだ来ないわ。令呪を使って呼び出した方がいいかもしれない」

「ちょっと待って下さい」

アヤの方はアヴェンジャーを有る程度、信用しているのだが。凛は違う。常に不安を感じる。
顔がセイヴァーに似通ってる影響がないとは断言できないものの。
今回は、アヤたちと完全に離れ、独断に行動している点がある。
凛は霊体化しているセイバー・シャノワールを呼んだ。
相変わらず、どこからともなく実体化したと思えば、後部座席に悠々と座って出現するので凛は驚く。

「なにしてるの」

「フフ、少し驚く余裕を持って欲しいからね」

キザったらしい行動も、凛を気使っての行動だろうが、とにかく彼女の方は深刻に言う。

「アヴェンジャーの様子を見て来て。ううん、きっと余計な事をしでかすかもしれないから、探して欲しい」

「大胆な命令だ。悪くはないが、アヤ・エイジア。君の方はどうかな」

念の為、よりも当然マスターである彼女に確認するシャノワール。
アヤもしばし思案した後「お願いするわ」と答えた。
凛はそれに妙な違和感を覚えた。彼女も他マスター……普通の人間と異なり突出した存在で。
あのアヴェンジャーを物ともしない姿勢は、一体どこからあるのか疑問は尽きない。
シャノワールも、アヤの様子に違和感を覚えたのか沈黙を挟んでから「では行こう」と告げる。

霊体化しシャノワールが姿を消してから、二人の間に静寂が広まった。
何か話そうと凛が思った矢先。
ふと、アヤがゆっくりと言葉を漏らした。


「アヴェンジャーさん……死んだのかしら」


「アヤ、さん?」

唐突にどうして、疑問すら生じるほど前触れなく出てきたものに、凛が動揺するのに対し。
アヤは酷く冷静だった。鉄仮面を被ったかのように冷徹で、感情を浮かべない顔をしていた。

「死んだから、念話もして来ないんじゃないかって思ったのだけど」

彼女は一つの可能性を提示している、だけか? 凛ですら不気味を感じてしまう。
咄嗟に凛が答えを返した。

「そういう事は……あまり考えない方が……心配なのは私も、同じです」

アヴェンジャーに対し不信感があったにも関わらず、凛はそう言ってしまった。
彼に同情したのではなく、異常を正そうとした反射的なもの。
だがアヤの返事は「そうね」と実に冷めたものであった。






「どっちも救います」

島村卯月の結論は至極当然のものだった。悪く言えば、ありきたりで平凡な答えである。
ちっぽけな、戦争や非現実と無縁な少女の考えも、薄っぺらい。
しかし、卯月にも杳馬から垂らされた悪意の一滴が浸透してるのだ。
一つの決心を抱きながら、卯月は杳馬に提案を持ち掛けた。

「アヤさんを……殺してください」

意表を突かれた杳馬は「マジ?」ととぼけた様子で聞き返すが、卯月の表情は固く覚悟をしたものである。
彼女も、行き当たりばったりに発現していない。
先ほどの未来観測は無駄に終わらなかったのである。

白菊ほたるの死因を追及すれば、どうすればいいか至極簡単な事だ。
アヴェンジャーのディエゴ・ブランドー。彼がほたるを利用し、見捨て、それらが原因となる。
そうでなくとも。
マルタがライダーのディエゴとアヴェンジャーのディエゴ。双方を間違えた事で危機的になるのも同じく。
故に、卯月が起こせる行動は、安全で確実な手段たるマスターの殺害。アヤ・エイジアの抹消だ。

卯月の決断に歪で不吉な笑みを作って、シルクハットを浅くかぶる杳馬。

「本当にそれでいいかい? 命令を下せば、あっという間にアヤ・エイジアはこの世から消えるぜ?」

「………お願いします」

これで、凛もほたるも救える。だから杳馬への命令に躊躇などありはしなかった。
卯月自身、今回の結果で思い知ったのだ。凛が善意でアヤを救おうとしても、アヤと彼女のサーヴァントは利用している過ぎない。
本当の意味で罪悪感や同情も持ち合わせて無い、冷酷な人間という事を。
世界は広いから、そんな人間は何人かいるだろう。
アヤとアヴェンジャーは、そういう少数派の危険因子の一部に過ぎないと判断して、卯月は迷いがなくなった。

杳馬が軽く指を鳴らした。
甲高い音は、コンサートホールで響いたように反響し、耳に残るものだった。






「アイドルさん。私ね……人を殺したことがあるの」

車内で衝撃の告白をするアヤに、不思議と凛は落ち着いて聞き入っていた。
別に、彼女は人を殺した経験があるだろう雰囲気を感じた訳ではないが、何故だろう。脅威は覚えない。
少なくとも、アヤが凛に殺意はない。これが事実だと凛の本能で理解している。
全ての解釈が異なれば、凛は今すぐ車から飛び出すか、令呪でシャノワールを呼び戻す。
アヤは静かに話を続けた。

「私にとって大切な人を二人殺した……罪悪感は、あるのよ。
 二人の身内や知人たちから恨まれる事も、私自身二人を殺すのに涙を流した。それでも……殺さなくてはならなかったの」

「どうして……」

「世界でひときりになる為」

まさか。
凛は絶句してしまう。世界で孤独になる為に? 大切な人を、凛で例えるなら家族やプロデューサーにあたる人間に手を。
理解を……しない方が良い。なんて表現が相応しい話だ。

「セイヴァーさんも同じだと思うの。私と同じ『世界でひとりきり』になろうとしている」

「既に、なっているんじゃないかと思うんですけど」

「実際のところ……本当の意味で『ひとりきり』になるのは難しいと思わない? アイドルさん」

人間が他者と関わりなく生きるのは、難しい。
社会と柵が纏わり続ける生涯を課せられている以上、過去はミミズのように這い上がるし、思いもよらぬ因縁が足をすくおうとする。
家族や、同級生や、仲間や、先生や。
想像するだけで数は尽きない。アイドルの道を進む凛は、これから先は今以上に様々な人間と関わるだろう。

「私は都合が良かっただけ。ひょっとしたら、恵まれていたのかもしれない」

アヤの言う『恵まれた』の基準すら常人とは異なる世界だ。
恐らく、凛は彼女に共感することは一生不可能だろう。同時に一つ疑問も生じた。

「アヤさん。もしかして……」

ふと、助手席に座る凛が顔を上げて、運転席のアヤに振り返った時。
彼女の姿はなかった。

「………え?」

凛は数秒固まったまま思考を吹き飛ばしてしまった後、慌てて身を乗り出しながら外の様子を確認するが。
アヤは愚か、誰の姿もない。
むしろ、彼女が外に出たならばドアの開閉音で凛は気づく筈。なのに……
名状しがたい恐怖が襲い掛かる凛は、すぐにシャノワールの念話を取る事にした。




卯月自身すらも状況に追いつくことができない。一体何がどうなったのだろう? アヤ・エイジアが消えた。

「いーや? 死んだよ」

杳馬が少女の背後で語った。
不敵に笑わず、凶悪かつ冷酷を露わにしながら。

「『マーベラスルーム』……時間も物質もない世界。入れば量子レベルで分解され、その世界で散り散りになる」

「な……な、に……?」

「つまりアヤ・エイジアの魂すら分解されちまったのさ。これにて、一組脱落だ」

卯月は必死に言葉を拾っていく。
杳馬の説明通りなら、彼はアヤ・エイジアに『マーベラスルーム』なる技を使用ないし、空間に放り込んで。
跡形もなく消し去ってしまった……らしい。現実味を体感できない卯月は、どこか夢見心地だ。
これで終わった……? アヤ・エイジアは本当に死んだ……?

さてと。
杳馬はいつも通り飄々とした態度でビジョンを出現させて、別の場所を観察し始めた。
映し出されていた光景に、白菊ほたるの姿があった。

彼女は一人ぼっちでうずくまっていた。
一歩も動かず、泣いているのか、ビジョン越しからでは彼女の表情は見えないものの。ずっと動かない。
突然、彼女は一人になったのだ。
卯月もほたるの様子を眺め、これで良かった――なんて満足感はこれっぽちも湧きあがらない。
多分きっと……これで良い筈。様々な未来を見て出した選択なのだ。
己に言い聞かせ続けるばかりで好転はしないし、ほたるは動かないままである。

ほたるの元に、一人の存在が現れた。
皮肉にも、聖女・マルタじゃあなくてセイヴァーの使い、ヴァニラ・アイス。
彼は、泣き項垂れる少女に同情を抱く訳もなく、そんなか弱い少女をDIOが興味の対象にしないと判断し。
いともたやすく彼女の頭を捻り潰し、沈黙させる。

卯月は叫んだ。





「あ、ちなみにこれ【γ】のルートね。こんなクソみたいな展開が本編だったら読むの止めちまうぜ」






【δ】


「アヴェンジャーさん……?」

不安そうなほたるの声を無視して、アヴェンジャーは顔を上げて周囲を見回す。
セイヴァーの気配を感じ取ったのではない。だが、彼自身、何か違和感を覚え始めていた。
直感がアヴェンジャーに決定的なものを訴え続けている気がする。
それは……分からないままだ。
どうあれ、セイヴァーによって負傷した手傷は酷いもので、霊体化し回復するべきだが、ほたるを利用するのに実体化を続ける必要がある。

「ほたるちゃん!」

ハッとアヴェンジャーが少女の声に驚く。
馬鹿な、ありえない。
彼の隣から、どこからともなく一人の少女が駆けて来たのに、アヴェンジャーは感知できなかったのだ。
時を静止されても無いにも関わらず、である。
少女は高校生ぐらいの年頃で、ほたるの名前を知っているなら彼女と知り合いだろう。

けれど、ほたるは困惑していた。
安心や不安よりも、混乱の色が表情に強く浮かんでいる。
アヴェンジャーが周囲を探ってみるが、サーヴァントらしき気配も魔力もない。
アサシン相手ならば直感で対処しなければならないが。

現状を判断し、アヴェンジャーがほたるの前に出て、突如出現した少女の前に立ちはだかるのを。
少女は凄まじい形相で睨んでいた。

「ほたるちゃんから離れて! 貴方がいなければ、ほたるちゃんが死ぬ事なんてないのにッ!!」

「お前こそ急に出て来て、なんなんだ」

一体なにが少女を掻き立てるのか、アヴェンジャーが問いただしても、真っ当な返答を期待しにくいほど。
少女は冷静ではなかった。間違いなく、聖杯戦争の関係者だと分かるだけ。
波乱の渦中、おどおどしく当事者たる白菊ほたるは言葉を発した。

「あの……その………」

「ほたるちゃん! その人は信じちゃ駄目!! ほたるちゃんを利用しようと―――」

「………ごめんなさい。私……その、覚えがなくて…………」

ほたるの言葉に、少女の気迫が冷水をぶっかけられたか如く消え。
アヴェンジャーもチラリと振り返りつつ、尋ねた。

「コイツを知らないのか?」

「知らない、じゃなくて……その、本当に覚えがなくて、どこで会ったのかも」

「え……? ………え………………?」

ほたるが何を言っているのか、脳に伝達しきっていない。現実逃避するように受け入れない。
少女はボソボソと呟く。

「覚えてないなんて………だって……一緒の事務所に………」

「じ、事務所!?」

恐怖のあまり、ほたるはアヴェンジャーにしがみ付いてしまう。
少女が自分と同じアイドルで、同じ事務所に所属していた。過去形だ。ほたるの居た事務所はーー倒産した。
きっと、自分のせいで倒産してしまったのだ。ほたるは自らの『不幸』を自覚している。
故に、この少女も……ほたるを恨んでいるに違いない。

「ちが、違うんです! ごめんなさい、ごめんなさい!! こ、こんな状況で、思い出せなかっただけでっ!!!」

「ほたる……ちゃん?」

「私、わかってます! 私のせいで、プロダクションが倒産してしまった事も分かってます!
 周りを不幸にさせてしまうと、わかって、いるんです……!」

「ほたるちゃん……話を……聞いて………聞いてください。私の……」

「聖杯も貴方にあげます! 私なんかが聖杯を手にしたら、きっと聖杯だって呪われるかもしれません……! だから」

ナンデ?
少女の表情は虚無そのものだった。謝罪を続けるほたるを呆然と眺めていた。
どうして、ほたると話が通じないのだろう。食い違っている。少女・島村卯月を知らない。事務所だって倒産していない。
疑問が尽きない卯月の脳天に、突如ナイフが突き刺さった。
理由なんて必要ない。アヴェンジャーは卯月が敵になると判断し、殺したのである。

卯月の体が倒れ、下水道の水路に沈んでいく。
彼女が居た向こう側で、拍手をする悪魔が笑っていた。

「これにて話はおしまい。ご出演感謝しますよ、お二人共。さぁて、次の世界線に行こうぜ!」





「……………」

ただ一人を除いて。






超常現象(後編)

最終更新:2019年04月30日 09:57