「でもさ、別に助けなくていいんじゃねえ?」

杳馬が唐突に提案するが、卯月は否定する事ができなかった。
彼女自身、意味不明だった。
だけど、自分が――別の世界での卯月に対し、ほたるはまるで初対面のような。前の事務所関係者だと思い込んでいる。
白菊ほたるは、卯月たちのところへ所属する前に、別のプロダクションでアイドル活動をやっていた。
そこが倒産してしまった為……移動してきたのだが。
詳細な事情を卯月は把握していない。むしろ、卯月は冷静に現状を整理する事が叶わない。
放心する彼女は、ただ眼前で笑う悪魔の言葉に聞き入っていた。

「例え、卯月ちゃんの世界のほたるちゃんがいなくなっても、説明のしようがないだろ?
 全てが終わっちまえば、聖杯戦争の実証は不可能! 自分には分かりませんって知らん顔すればいいんだって」

「それか『私、これだけで必死に頑張ったんです! 頑張って頑張ったけど、それでもほたるちゃんを助けられませんでした!』
 って、訴えればいいんだぜ? 言っておくが、俺はあくまでサーヴァントだ。マスターに従うからよ」

「諦めてもいいのさ。サーヴァントによっちゃアレコレ指図するだろうけど、俺は別に卯月ちゃんを攻めやしない」

「卯月ちゃんにしては頑張ったぜ! 凡人の並くらい頑張った!! 普通はこんなもんよ!」

これだけやっても、いいや、これだけでも十分どうすればいいか先の見えない暗黒が広がるのに。
確かなのは、白菊ほたるを助け出すのにも手間があるのに。
渋谷凛の運命を打破するには、一体どれほど困難を乗り越えればいいのか?
何より、凛はほたると同じで卯月を知らない事もあるんだろうか。

卯月は別に、凛に「ありがとう」と感謝されたい訳じゃあない。
ほたるに対しても同じだ。彼女を助ければ、仲間に出来れば、聖杯戦争を戦い続けられる。
なんて夢物語を求めていたんじゃない。

だが、実際はどうだろう。
ほたるの口から発せられた言葉は、感謝とかけ離れた『謝罪』だ。
卯月は決死の覚悟をしたつもりで凛やほたるを救おうと奔走したのだから、相応の感謝や報酬があるのだと思っていた。

誰かを助ければ、頑張って努力すれば。
皆に認められ、形ある何かが貰えなくても感謝の言葉を貰える。
人間は、自覚せずとも対価を求めている。何かを為せば、結果として何かを得られる筈なんだと。


しかし―――現実は違う。
どんなに努力しても、良かれと思ってやっても、何も残らない事が普通にある。


「さァて、卯月ちゃん?」

悪魔に対して卯月が出した答えは…………






        ————マテリアル【ビースト】に新しい情報が登録されました。————





◆ビーストⅢ
膨大な精神エネルギーを消耗させることにより『真実を上書きする』人類悪。
平行世界で剪定事象として閉ざし切り捨てられる世界にのみ居たスタンド使いが至った極地。
……この力と同じ性質であった獣は、件のスタンド使いと同じ力に目覚め、あるべき真実を書き換えてしまう。
全ての真実は書き換えられ、一つの人類史を見事、輝かしくも善良を以て、悪意なく滅ぼされた。
しかし、よっぽどの可能性が発生しなければ、この獣も顕現することは無いだろう。






物語は 始まってもいない

平行世界の観測で得られた情報が 真実であっても

平行世界の出来事は 事実じゃない

つまり 全ては無意味に終わり 全てなかったものとして忘れ去られる

だが 安心して欲しい



「貴様―――見ているな」



無駄には ならない






全ての違和感が収束されたのだ。
暁美ほむら鹿目まどかの為に時間逆行を繰り返したことで、まどかに途方もない因果が生じたように。
時の干渉を持つ、アヴェンジャーのディエゴ・ブランドーだけが直感で理解した。
あくまで『誰かに見られている』『観測されている』『何らかの宝具か能力の攻撃を受けている』ような感覚であり。
場合によっては、不安や恐怖による勘違いで済まされる類。
しかし、兆候はあった。

それはセイヴァーとの邂逅である。

同じタイプのスタンドの影響により、アヴェンジャーも得たのだ。
あるいは、セイヴァー・DIOの逸話にあるスタンドの影響による成長だろうか。
それとも――本当の意味で、アヴェンジャーとDIOは『同じ』なのか。

(全て理解した!! あの長時間の時間停止を行ったヤツの仕業だ!!)

アヴェンジャーの耳にも、どこからか響き渡る針の音が聞こえだしたのに、戦慄が走った。
彼は漸く、聖杯戦争の状況を。現在の、自らの状況を把握したからだ。
完全に敵の支配下に置かれているという事を!!

「アヴェンジャーさん……?」

下水道で、急に立ち止まった彼を不安そうに伺うほたる。
彼女を他所にアヴェンジャーは周囲を直感で探る。最早魔力感知など完全に無駄だと悟っているからだ。
しかし、アヴェンジャーの直感が急速に進化した訳ではなく、スキルに+補正が付与された程度に過ぎない。
少なくとも『今は敵の観測の目はない』事だけ。

「クソ……! クソが! 一体どうしろと言うんだッ!! 時を止めても無駄になるだと!?」

アヴェンジャーは叫ばずにいられない。
何故なら、時を止めたら逆に敵からアヴェンジャーの行動が丸分かりで、注目されてしまうのだ。
己の十八番が逆に足を引っ張るとは、もどかしい。
現状、アヴェンジャーに対抗手段がなかった。皮肉にもシャノワールしか『時間支配』の敵を相手にできないと理解する。

(そういう事か! セイヴァーがシャノワールを味方に引き入れようとしたのは『時間支配』の敵を倒す為だ!!
 奴は聖杯戦争開始以前から、敵の存在に気づいていた! 俺を狙っていたのも、それが理由……!!)

が。
シャノワールを味方に引き込めなかったならば、ウワサにある他の『時』に纏わるサーヴァント。
時間泥棒や、時の勇者を狙う魂胆だろう。

(既に奴は俺を捕捉している筈だ! 奴が捕捉できないとすれば、それこそ『時間泥棒』くらいか……!?)

少なくとも、今しかない。
敵が攻撃を仕掛ける算段かも不明。観測のない内に敵から逃れなくてはならない。
アヴェンジャーは行動を移した。






島村卯月は―――逃げた。
彼女の『普通な』精神では時を弄ぶ杳馬達と同じ割り切りも出来ない愚か、罪悪感と責任の重さや未来への苦痛に耐えられなかった。
幾ら、未来を変えられるとしても、親友たちの死を何篇も見過ごしたり。
他人の死や未来を見捨てるのも。マルタと杏子の時だけでも、精一杯だったのに。
似た行為を、最悪それを凌駕する犠牲を、乗り越えなければ……凛は死ぬ。ほたるも死ぬ。

当然。二人が死ぬのは嫌だ。死んで欲しくない。
卯月には、運命を変えられる力が、サーヴァントの杳馬がいるのだ。
それでも……逃げた。

無理だ。耐えられない。
今まで彼女の行った『責任』が軽率なものとは言い難いが、人の命よりも確実に軽い責任である。
選択一つで、救う筈の二人を死なせ、傷つけ、助けられずに。
どうにか二人を助けられたとしても……果たして、卯月は満たされるのだろうか。救われるのだろうか。
きっと、二人は卯月の苦痛を知らぬまま「ありがとう」の感謝を述べてくれないだろう。

正義のヒーローに憧れてはいない。
ただ、どうしようもなく
自分の『しようとしている事』を誰かに見て貰いたかった。

時には「それでいい」と背中を押し
時には「間違ってる」と指摘し
時には「大丈夫」と安心させてくれる

卯月は自然と求めていた。プロデューサーのことを。
アイドルと人間、両方の側面で未熟な自分をアイドルに導いてくれた存在を。
だけど―――プロデューサーは、居ない。


「あーあ……やっぱり『普通過ぎた』かぁ」


彼女を追い詰めた杳馬はシルクハットを浅く被りつつ、朝日が昇りつつある地平線を眺めていた。
杳馬の傍らに、卯月の姿はない。文字通り少女は逃げ出した。
聖杯戦争から避けられないと知っても、現実を回避できないにも関わらず。

所詮ちっぽけな少女でしかない。
杳馬が煽った通り、仕方ない事であり、当然でもあり、至極真っ当でもあり。
平凡な少女の精神が戦場並に過酷な運命の反逆など、即日で成し遂げられる訳がないのだ。

マスターが投げ出したが、杳馬は焦ること無く、彼女の安否を確認するどころか。
改めてビジョンを出現させてほたるの様子を伺った。
ひょっとしたら、ありえた世界が何故その世界止まりになるか?
物語解釈で例えると『打ち切りエンド』に近い。世界の事情も存外同じで、人類や世界に進化し続けられる余地があるか、継続の基準。
悪すぎても駄目、良すぎても駄目。

杳馬が、白菊ほたるを観測するべくビジョンへ視線を移すと、非常ライトだけが頼りの薄暗い下水道を。
ほたるはビクビク震えながら『独り』で歩んでいる。
一人?
否、恐らくだがアヴェンジャーもいる筈だ。杳馬は眉を潜めて、アヤ・エイジア達を確認するが、彼女たちはまだ車の移動中。
僅かに目を離してしまったが、アヴェンジャーは霊体化で姿を消しているのだろう。

「……? 一体何の……」

杳馬は顔をしかめたが、無駄な行為ではない。霊体化によりサーヴァントは傷を癒す事が可能なのだから。
元々、セイヴァーとの死闘で深手を負ったアヴェンジャー。
むしろ、こうして回復させるのも選択にある行為だ。
別に伏線なく映した行動じゃない。だが、これでは白菊ほたるを守る事はできない。

……いや。守る必要はない。
と言うより、アヴェンジャーがセイヴァーからほたるを引き離した理由は
セイヴァー側の戦力になりえるライダー・プッチのマスターであり、気弱なほたるは確実にセイヴァーに利用されると踏んだから。
逆に、自分はほたるを利用し、始末・処理できれば御の字なのだ。
平行世界でもアヴェンジャーはほたるを犠牲に、優位な立ち回りをしていた。

「……いや……こいつは」

杳馬は珍しく顔を歪めた。彼だけが察する。これはとんでもない事態だと。
彼の不安は的中した。






ほたるは、それでも独りで周囲を警戒しながら歩き続けた。
彼女は分かっている。姿が見えないだけで、アヴェンジャーは傍にいることを。

――お前……霊体化の事は知っているか

少し前にアヴェンジャーと短い会話を交わしたほたる。
霊体化は、彼女のサーヴァント・プッチから説明されていたので、ほたるは頷いた。
サーヴァント・英霊、則ち霊体となって姿を眩ませることが出来て、建物もすり抜けられてしまう事も。
ほたるは、それらに加えてアヴェンジャーから傷を癒す事も可能だと教えられた。
少しの間だけでも霊体化すれば傷がマシになる。だから、なるべく独りで逃げて欲しい、と。

独りになるのは心細い。
だが、傷が癒せる手段があったことに、ほたるは安堵もした。
移動する程度、自分にだって出来る筈だ。アヴェンジャーからの頼みに、ほたるは素直に応じたのだった。

「ど……どこかに隠れられたら……」

そんな場所、下水道にあるのだろうか?
大分、距離を移動したとほたるは実感しているのだが、如何せん彼女に魔力を探る術はない。
セイヴァーは、ほむら達と合流し、アヴェンジャーの追走を中断したのを知らない以上。
救世主の影に脅え続けなければならないのである。

(やはりな……俺を『見ている』。霊体化ごしでも視線を感じるぜ、何処かの誰かさん)

一方で、アヴェンジャーは杳馬の観測を直感頼りに逆探知していた。
だが、依然として『視線』が解除されないのを見るに、アヴェンジャーが霊体化し、ほたるの周囲に居ると判明している。
問題はここからだ。
敵はアヴェンジャーに攻撃を仕掛けたなら、アヴェンジャーに対し障害となる事象が発生する筈。
無論、ほたるを利用し、観察するのがアヴェンジャーの目的だ。

(さて……見させて貰うぞ。俺に何をしでかすつもりか)

アヴェンジャーの予測通りに、あるものが現れた。
恐竜。
ライダーのディエゴ・ブランドーによって恐竜化された魔法少女・たまが、例の携帯端末を入れたポシェットを首から下げ。
アヴェンジャーの匂いを辿って、暗闇よりほたるの前へ登場する。

「あ、あっ……!」

図鑑でしか見たこと無い生物だったが、ほたるにも危険な相手だと分かり。
足が竦んでしまった。
恐竜は下水道に流れる水を踏み立てながら、少女に接近し、匂いを嗅ぐ。
彼女の体から、アヴェンジャーの匂いはする……しかし、彼女自体はアヴェンジャーではない。
だが、匂いで眼前の少女を『白菊ほたる』と判断した恐竜。
ポシェットに注目させるように頭を下げて来る動作に、ほたるはしばし恐怖を隠せずに居たものの。
ほたるも、ポシェットに恐る恐る触れて、中に入っている携帯端末を発見できた。

「これ……」

内容は当然、ライダーのディエゴが書き込んだファニー・ヴァレンタイン大統領からの言葉だ。
ただし、今回に限り、アヴェンジャーではなく白菊ほたるが手に取った事。
これが重要だった。
彼女は『ファニー・ヴァレンタイン』がセイヴァーを危険視し。
聖杯を正しい願いをしようとする者に託したい想いがあると信じて、一つの安心を覚える。

けど、肝心の連絡手段はない。ほたるはアパートに自分の携帯端末を置いて来てしまったのだから。
故に彼女は、メモに直接伝言を残そうと、急いで書き込む。
セイヴァーからの追跡を考慮すると、時間は限られていると判断したからだ。


 [私はマスターの白菊ほたると言います。
 どうかファニー・ヴァレンタインさんと会いたいですが、セイヴァーさんに追われていて、難しいです。
 私は、セイヴァーさんが危険だと直接会って分かりました。他の人にも、伝えて下さい。
 それと、神父のライダーさんの事は、信用するべきか私にも分かりません。
 私自身はライダーさんが悪い人だと思いません。彼はきっとセイヴァーさんに騙されて……


悶々とした心中で、ほたるは打ち込む手を止めてしまう。
ライダー・プッチの危険性。どうやって伝えるべきか分からない。匙加減が掴めないのだ。
マスターであるほたる自身が、プッチを裏切る真似をしても大丈夫か。不安も感じる。

「わたし……」

何の為に。
聖杯を手に入れたいからじゃない。聖杯戦争に巻き込まれて、流されるままに、アヴェンジャーと共に逃げてきて。
そう。
彼……アヴェンジャーは何故ほたるを逃がしてくれたのか。何故自分は此処まで来たのか。
理由が欲しい。理由がある筈なのだ、と。


 [私自身はライダーさんが悪い人だと思いません。私は何かを救う大それた事をする偉大な人たちを、理解できません。
 でも誰かを救おうとしてくれる事は、間違いじゃないんです。誰かを救う行為は正しい事なんです。
 それでも今だけは、二人を止めて欲しいと願っています。誰か、力を貸してください]


「…何をしている」

「っ!?」

液晶画面に意識を奪われ、ほたるが我に返って顔を上げた先。
セイヴァーとは別のサーヴァント、ヴァニラ・アイスの姿が深淵より現れていた。
決死でほたるが、恐竜の首にあるポシェットに携帯端末を入れ直そうと構えた矢先。
ヴァニラ・アイスは、恐竜へ攻撃を仕掛けた。動体視力の良い恐竜なら、攻撃を回避するのも容易。
逆に、恐竜はヴァニラ・アイスの静かなる拳の振り上げを見切り、反撃を仕掛けようとした。

対し、ヴァニラ・アイスは攻撃を受け止める。
強靭な牙が肩に食い込んだのを実感したうえで、恐竜の体を掴み上げれば、下水道の壁を構築するコンクリートへ叩きつけた。
サーヴァントとしての筋力もあり、コンクリートを崩落させて、恐竜をねじ伏せてしまい。
恐竜は動きをやめて、伏したままだった。ほたるはサーヴァントの強大な力に恐怖する。

「あ、あ……ああ……!」

「この恐竜で何をしようとしていたかと聞いている。質問に答えろ」

「わた……わた、し………」

「貴様のサーヴァントはどこにいる?」

「…………!」

ヴァニラ・アイスも期待をしているかもしれない。ほたるのサーヴァントが出現するその時を。
だが、断じてあってはならないのだ。
聖杯戦争を始めていけない。ほたるは首を横に振りながら、一杯一杯に訴える。

「駄目なんです。ライダーさんは……セイヴァーさんの友達で、大勢の人を救おうとしてて、でも……それは」

きっと良くない事なんだと。だから、止めなければならないんだ。
彼女自身、受け入れ切って無い現実へ必死に立ち向かおうとしている。
ちっぽけな少女が、壮大な救済を齎す『悪』をどうし、聖杯戦争を生き残ればいいのか。
そんな、彼女の想いが

「今――なんと言った? DIO様が、貴様」

偶然の重なり合いによる収束で導いた決心による行動が、一つの事象を動かした。
ほたるも、違和感を抱きヴァニラ・アイスを改めて見れば、彼はわなわなと憤りに震えている。
DIO。
彼もまたセイヴァーを知る英霊だったのだ。それも

「DIO様の、友だと……!? 貴様のサーヴァントが……よくも能書き垂れた事を言う!!」

「あ、あの……?」

「DIO様に『友』などいる筈がない! あの御方に貴様らのような脆弱な人間が求める友など不要なのだ!!」

DIOは完璧だった。
崇高なる偉大な悪の救世主であり、唯一無二の絶対なる王なのだと、彼に心酔する部下は思っていた。思い込んでいた。
狂気満ちた理想を勝手に掲げられるのは、別にDIOだけに限った話じゃあない。
憧れるべき王などが、部下に思われていた理想とかけ離れた行動や。
部下には理解できない突拍子もない行動を取れば、信頼や理想は朽ち果てていくものだ。

DIOが、人間のように仲良しこよしで心の安らぎを求める相手を、必要とするはずがない。
そんなものはない。
否、DIOに限ってそれはないだろう。
心酔する者も、恐怖する者も、彼と敵対した者すら思った一種の風評被害じみた『理想』である。

だからこそ、ヴァニラ・アイスは激怒する事だろう。
DIOの友を自称する不届き者を野放しにしておけない。無論、ほたるを生かす訳にはいなかった。
一方、ほたるは酷く落ち着いている。
むしろ、ヴァニラ・アイスの返答に納得し、彼のようなDIOに通ずる者が断言したのに安堵しているのだ。
プッチはDIOに騙されていた。DIOに友など……やはり存在しないのである。
ほたるが、不思議にも冷静に尋ねた。

「なら……セイヴァーさんは、DIOさんは何を救ってくれるんですか……?」

「ぬるま湯に浸かったような思考回路の貴様らは、誰もがそう勘違いしているのだな」

狂信者は全てを一蹴した。


「DIO様が救うのではない。我々がDIO様に救われるのだ」


まるで言葉の綾を取ったような表現だったが、実に間違っちゃいない。彼らはDIOによって勝手に救われるのだ。
その自覚は、決して弱みの類じゃあない。
ヴァニラ・アイスは、それこそ真理だと確信していた。
悪が、彼に選ばれた者は、彼と巡り会えた刹那に救済される。そして誰もがDIOを認知する。
異常極まりない暴論に、ほたるは言葉を失う他なかった。真っ当な答えを期待していた方が愚かだったのだろう。

(やっぱり……わたしには……)

わからない。
少女は不幸をまき散らしてしまうからこそ、周囲に不幸が振り撒かれないのを願い、周囲が幸福になればと願った。
ヴァニラ・アイスの怒りに満ちた凶行が降りかかろうとする瞬間も。
彼女は、じっとしていた。
ライダーを令呪で呼び出したり、アヴェンジャーに助けを求めずに、静かに。


自分がここに居る理由。
あらゆる不幸を断ち切るために、ここで死ぬのが運命ならば―――受け入れようと。


「待ちなさい!!!」

少女の沈黙を断ち切るが如く、一人の聖女が叫んだと同時に。ヴァニラ・アイスの肉体に光の閃光が爆発した。
マルタが、こちら側に到着したのは確立の問題だが。
ヴァニラ・アイスとほたるが対面し、会話である程度の時間が稼がれた事で、マルタの到着が間に合ったのである。
杏子を脇に抱え、片手で杖を構えつつ祈りによる魔力放出を連続で行う。
攻撃は、全てがヴァニラ・アイスだけに炸裂する。
威力が乏しいものの、ほたるからヴァニラ・アイスを遠ざける牽制には十分。

ヴァニラ・アイスは接近してくるマルタ側より距離を取る様に後退することで、ほたるから離れざる負えなかった。
新手のサーヴァントにヴァニラ・アイスも宝具を展開した。行動に迷いがない。
亜空間へ移動するべく、背後より出現させたスタンドに己を飲み込ませる。
異色に満ちた能力にほたるとマルタ、双方に驚愕をさせながら、彼はスタンドと共に亜空間へ消えた。
とにかく、マルタは少女に駆け寄ろうしたが。

ガオン!

独特な効果音が響き渡った瞬間。マルタの前方でほたるの姿が消失してしまった。
マルタの前方から、ぼんやりとではあるが透明な『何か』が前進する輪郭が見える。
まさか。
聖女は悪寒と同時に『最悪』の可能性を想像しつつも、輪郭あるソレから逃れるべく急停止。透明の何かから逃走すべく踵返す。
途中カーブを曲がれば、ガオンと直線状の壁に穴が発現した。

「……っ! そんな――」

マルタが想像した『最悪』は現実だったのだ。彼女は絶句する。
あの少女は、宝具の攻撃によって消滅、あるいは飲み込まれてしまった。
別空間に飲み込まれただけで、サーヴァントを倒せば無事に戻れる……なんて都合の良い事は考えない方がいい。
むしろ、件のヴァニラ・アイスがこれを攻撃手段として用いている時点で、彼以外が飲み込まれれば。
見ての通り。無事ではすまないのだろう。

「今、この状況だと私が不利……!」

下水道という地形が作られ、普通に行動する分だけでは動きの制限される場所。
ヴァニラ・アイスの攻撃を回避するのは困難を極めた。屍状態の杏子を抱えながらの戦闘となれば更に危険。
尚のこと、マルタが攻撃仕掛ければ良かったのだろうか?
事前にヴァニラ・アイスの宝具を把握してたなら。そうでなくとも、マルタが襲われる寸前のほたるを放置できるか否か。

答えは、出来ない。

いづれにしても、マルタはヴァニラ・アイスから逃れるしかない。
薄暗い下水道の中で、天井より一筋の光が差し込んでいる。マルタは杖に祈りを込めた。
彼女が攻撃を仕掛けたのはマンホール。その隙間より漏れていた光は、太陽。

希望の明かりで一筋の道を見出した聖女の活路。
マンホールと周辺部分を破壊することで、強引に広めの出入り口を作り出し、そのまま助走した勢いを利用し。
跳躍をし、最短の脱出を図った。






世界が、社会が憎い。
一種の復讐であり、ディエゴ・ブランドーの餓えを満たす唯一の願い。
レイチェルがそれを聞いた時。やっぱりそうなんだ、と感嘆に似た思いで納得する他なかった。

ディエゴとレイチェルはまるで異なる。
両者の境遇は似通った部分があれど、精神性ではディエゴが正常かつ強靭で
『世界でひとりきり』。心から信頼できる友も居ないまま、満たされる為だけ、誰からも奪い続け。

一方、レイチェルは非常な現実に成す術なく、文字通り『考えない』まま生き続けた。
どうすればいいのか。結果として、両親を縫い付け『理想の家族』を描いただけ。
誇りも尊厳も知らぬ少女が気高く餓えるのは無謀過ぎる。

きっと彼女は、餓えを得られぬまま生き続ける。
理解しても、彼女には出来ないままで終わるだけだ。
無常だが、レイチェル・ガードナー個人の人格と精神を鑑みるに、そう結論が導く。

ライダーは考えている。自分は何も考えられない。
彼が語った内容全て、レイチェルが一度も考えられたか、考えたとして行動に移すまで至れない。
きっとライダーは正しいが、自分は正しく出来ない。

「私はどうすればいいのか………」

か細い声でレイチェルが一言漏らす。

「分からないの」

結局、幾千思考を重ね続けた所で、レイチェル・ガードナーが急成長する人材ではなかった。
眼前のライダーが、ディエゴ・ブランドーが誇り高く、美しいからこそ、彼女の方が極端に遜る。
死骸の瞳とは異なる絶望に満ちた碧眼の少女。ディエゴは訝しげに睨んでから、尋ねる。

「レイチェル。一つ聞いてもいいか? 俺は考えろと言ったが、一度も『役に立て』と言った覚えはない」

ガツンと殴られた衝撃だった。
聖杯戦争を過ごし、積み上げた倫理はガラガラと崩落する。
レイチェルは呆然とする。自分で考えろ、自分で行動しろ、つまり……聖杯を手に入れる為。
ライダーの役に立てれば……勝手に思い込んでいたのだ。
全身に血が巡る感覚を味わいながら、レイチェルは必至に記憶を蘇らせる。


(言ってない?)

――いいか。自分で考えろよ、レイチェル。俺は神様じゃあない

(言ってなかった?)

――なあ、レイチェル。要するにお前は俺に『命令』しているんだな?

(だって、そうじゃなかったら)


呆然と立ち尽くすレイチェルに、改めてディエゴは問う。

「お前の願いは何だ」

「…………ライダーと……一緒にいたい」

レイチェルが答えた時、漸くディエゴは笑った。嘲笑でも微笑でもない、どこか皮肉めいた表情を浮かべる。


「いいぜ、クソガキ。お前の願い―――叶えてやるよ」






「あ……あの、大丈夫……?」


ここは下水道。
先ほどまでマルタとヴァニラ・アイスが交戦した場所で、おどおどしい少女の声が小さく響いた。
声の主は、たま。犬のコスプレ染みた服装の魔法少女。
ポッカリと下水道の歩行スペースに空いた穴より、ひょっこり顔を出すたまの姿は、犬よりかモグラを思わせる。
たまに続いて、ビクビク穴より這い上がったのは……白菊ほたるだった。

「は、はい。本当にありがとうございます……私………死のうと考えてしまったのに」

「しっ……死ぬなんて、だ、駄目だよ! 絶対に、そんなこと……!!」

殺し合いの経験があるからこそ、たまは血相変えて、ほたるの弱気を否定する姿勢だけは強い。


事の真相はこうだ。


ヴァニラ・アイスが恐竜化したたまをねじ伏せた時点で、彼女は死んだのではなく『気絶』していたのだ。
皮肉にも、恐竜化はたまの肉体を強化させており。
強力なバーサーカーの一撃を受けても、無傷に済まされないが耐えうる力を有していた。

気絶した彼女は幸運である。
ほたるに攻撃を仕掛けたヴァニラ・アイスが、マルタの祈りが込められた光弾を受け。
祈りのエネルギーが、気絶しているたまの身にも届く。
実は『神性』の混じりがある恐竜化の能力。だからこそ、マルタの『祈り』は、能力解除しうる作用を含んでいた。

そして、たまの魔法。
これがヴァニラ・アイスの能力と、運命を感じさせるほど酷似していたのが度重なる幸運
恐竜化の解除で覚醒し、たまは全ての状況を把握しえなかったものの。
寝巻姿で無防備状態のマスター、ほたるだけは自分が助けられると弱気だが、自分に出来る事を突き詰めた判断力を見せた。
コンクリートを僅かでも傷つけ『穴』を拡張させる。
ほたると共に、掘った穴に避難し様子見し、どうにかヴァニラ・アイスを撒けた。

ほたるを助けてくれたマルタから離れてしまったが、今のほたるとたま。二人にヴァニラ・アイスをどうする事は出来ない。
否、例え彼女らが己のサーヴァントを呼び出してもヴァニラ・アイスの能力は凶悪で。
対処が困難を極めるだろう。
皮肉にも、ヴァニラ・アイスを騙し抜いた事が正解だったのだ。

「い……今のうちに逃げよう!」

「………」

必死なたまに対し、ほたるの気力は大きく削がれてしまった。
彼女自身、令呪でプッチを自害させる選択よりも。自分ごと死んでしまえば良いんじゃないかと考える。
何もかも不幸を招いていたのは、自分が原因。
いざ立ち上がろうとしても、俯いたまま一歩も動けず仕舞い。


「死にたいのか? お前」


軽快な青年の声に、たまが小さな恐怖と驚愕が混じった叫びを漏らした。
霊体化を解除したアヴェンジャーのディエゴに、驚かない訳がないだろう。
ただ、マスターのたまは『ライダー』じゃあなくて『アヴェンジャー』のクラス表記に混乱している。
当のアヴェンジャーの反応を伺う限り、彼の手傷を想像すれば、別人――?

驚きは愚か、反応すら希薄のほたるがアヴェンジャーの言葉に顔を上げた。
アヴェンジャーは視線をほたるには向けておらず、彼女が握りしめたままの携帯端末に視線を注ぐ。
放心しているのを良い事に、パッと彼女の手元から端末を奪えば内容を改めて確認し始める。
どう反応するべきか躊躇する少女に、冷酷にアヴェンジャーは告げる。

「死ぬんだったら、もう少しまともに死ね」

最悪な発言だ。
たまですら、アヴェンジャーの言葉に度し難さを感じるほどに。
けど、ほたるはショックを感じるどころか、彼の言葉にゆっくり頷く。

「はい……そうです。そうですよ、ね……私、周りを不幸にするだけ、しておいて何もしないなんて。駄目ですよね」

彼女自身とっくに理解しているのだ。

「だけど、私に『何が』出来るのかって考えたら……もう……何もなくて……っ………」

再び、ほたるの瞳から涙が零れた。
アイドルの力だって役に立てないのに、魔法や能力すらない。それで聖杯戦争を、セイヴァーとライダーをどうしろと?
何篇考えても、無力だと思い知らされるだけだ。絶望が結論である。
アヴェンジャーは、泣きじゃくる少女の傍らで冷静に、端末に残された文面を読み終えて端末を懐にしまう。

「お前が『何も考えちゃいない』だけだろ」

何も、考えていない?
アヴェンジャーの助言に謎を深めるほたるを他所に、彼の方はたまに問い詰めた。

「一体どこの誰に命令されて来た?」

「ひっ、そ、その」

「お前が持って来たんだよな? 記憶が曖昧なんて誤魔化しは勘弁してくれよ。拷問する時間すら惜しいからな、素直に吐け」

「あ………貴方が………貴方に頼まれて………」

「……誤魔化すなよ。嘘はすぐにバレるぞ」

「嘘じゃ、嘘じゃない……」

うわ言のように、たまが言葉を繰り返すばかりで、アヴェンジャーからすれば信憑性のない情報だ。
が、アヴェンジャーは違和感を覚える。
改めて彼は、たまに確認した。

「お前を恐竜にしたのは『フェルディナンド』だな」

「ふぇ? え、あの、そ、それも貴方に……じゃない。『ライダー』の貴方に……」

「ライダー……?」

マスターはサーヴァントのステータスを把握することで、クラスの判別が可能だ。
無論、スキルで隠蔽するサーヴァントもいるが、基本的にはそうなる。
例えそれが『瓜二つ』のサーヴァントだったとしても、ステータスに違いがあるように。
たまが、明確に証言した事でアヴェンジャーは、例の文面を確認した。




光へ跳躍し、脱出を図ったマルタに絶望が襲い掛かる。


ガオン!


恐れ多い現象を目の当たりにする。
彼女の手にあった杖が虚空で抉られ、同じ直線状にある跳躍の動作で膝上がったマルタの片足が飲み込まれた。
苦悶を漏らしたマルタは危機感で身を捩り、杏子の体を庇うように水路へ落ちる。

「う……今の……」

襲撃は再び開始された。相手を油断させる為の不自然な間だったのだろうか。彼の心情などマルタは探る余裕はない。
彼女のいる位置から少し離れた場所から、ガリガリと円を描くように地面を削り始めたではないか。
ヤケクソっぽくも、的確な戦法でマルタを追い詰める。

マルタは全てを理解してしまった。
ヴァニラ・アイスの攻撃は防御は不可能は愚か、あの状態ではマルタがヴァニラ・アイスに攻撃する手段もない事。
抉られた痛み以上に、ヴァニラ・アイスに『接触した』感覚がなかったのである。

当然、祈りによる攻撃は愚か、殴るのも、タラスクも、それすらも無意味。
通用する問題じゃあない。絶対に届かない。
一体どうすれば良いか。マルタが爆発めいた魔力の波動を発生し、召喚するのはタラスクしかない。
召喚で事態は解決しなかった。
マルタの負傷に驚いた様子のタラスクを「大丈夫」と安心させるように呼び掛け、マルタが上へ目指す。頂点へ。

「タラスク――お願い!」

タラスクは、飛んだ。
翼を以て飛翔するのではなく、甲羅に籠った形状で火を放出しながら高速回転する。
火力と回転力で巨体を流星の如く飛ばすもの。
マルタは決死の力で杏子を抱えながら、高速移動するタラスクにしがみ付く。

これもまた一つの力技。
ヴァニラ・アイスよりも早く、タラスクの移動で場から逃げ切る。
最早、逃げるしか手段はなかった。ヴァニラ・アイスの宝具は突破手段がなければ無敵。
魔力切れ、もしくはマスターを討たなければ成す術はない。

派手な破壊をかましたが、見事にタラスクは下水道の天井を破壊し見せた。
勢いをそのままに、タラスクは上空へ目指す。
マルタがタラスクで浮上した宙で眺めた光景は水平線より顔を出す太陽を眼にした。

マルタは杏子の体を握りしめ、不思議な安心感を胸に味わう。
太陽は、邪悪に染まる見滝原の町を浄化するような優しい光を広げ、街並みも暗い影から徐々に光で元あるべき形と色が露わとなる。
タラスクも回転を弱め、彼等は地面へ下降していく。






深淵の影より。
宝具を解除したヴァニラ・アイスが静かに呟く。

「……宝具で、逃げられたというのか」

竜を召喚するだけでなく、あのように脱出手段で用いるのは想定外。
日の差し込んだ下水道の天井に、ヴァニラ・アイスはもどかしい感情を抱く。
以前取り逃した鹿目まどかや篤も同じで。聖杯戦争に抵抗する勢力は、カーズ以上に始末の必要があるとヴァニラ・アイスは判断。
彼らのような勢力は、紛れなくDIOに敵対する。
DIOの障害は取り除かなくてはならない。例えDIOに命令されずとも、彼の為に己が為せることは為す。
ヴァニラ・アイスの狂信に歪みは無かった。

「隠れても無意味だ、姿を現せ」

バーサーカーだが魔力感知は可能であり、ヴァニラ・アイスは背後より誰かが近づいてくるのを分かっている。
先ほどの猛攻で身を隠して、霊体化で姿を現したサーヴァントだろう。
彼も、警戒し振り返った先に何者かの影を見た。

誰だ?
問われる必要もない。ヴァニラ・アイスは浮遊するスタンドビジョンを視界に移しただけで。
ハッと我に返り、迅速に膝をついて頭垂れた。

「DIO様!」

僅かに視界で映った金髪の男。スタンド。紛れもないDIOのものだ。
どこぞの犬っころが産み出した砂の造形物とは比較にならない。
セイヴァーが下水道で行動している情報も、環いろはから聞かされており、ヴァニラ・アイスは一瞬だが本物だと判断したが。

本物なら、自分はとんだ無礼を犯している。

だが、本物じゃあないのなら……


「絶対なる精神領域とは、なんだと思う? 恐怖を感じない『安心』か、はたまた信頼ある友のいる『安堵』にあるか」


ゆったりと、安心感を含んだ穏やかな口調。独特な声色は疑うようもなかった。
ヴァニラ・アイスは息を飲む。
サーヴァントながら全身に冷や汗を浮かび上がったのを、肌身で感じている。
前触れなく、唐突で独特な話の切り出しをする『彼』は続けた。

「正解はどちらでもない、だ……私は聖杯戦争の舞台で所謂『天国』に到達した人間と出会った」

「て……天国……」

頭下げたままオウム返しするヴァニラ・アイスの心理は、複雑怪奇ながらも酷い狼狽していたのである。
『彼』はせせ笑って言い直した。

「陳腐な例えだったかな。しかし、適切な表現がなくてね。精神が極楽浄土に至った……でもないな。
 己の愛するもの、失いたくないものの為、唯一無二の精神世界を創造し、完成させた女だ」

彼は理解してしまう。今……ここにいるのは正真正銘……『DIO』だ。そして、彼は己を恥じる。
生前に偽物のDIOをかまされた経験を踏まえた上で、本物のDIOに疑心を覚えてしまうなど。
言葉ならない嗚咽がヴァニラ・アイスから漏れた。

「彼女に感情が残っていようが、彼女の鉄仮面が剥がれ落ち、愛するものが誰かに汚される事は金輪際ない
 『世界でひとりきり』になったのさ。どんなに満たされた生活を送っても、自分は『孤独』であり『世界でひとりきり』だと」

本物か、偽物か関係ない!
ちっぽけな疑心。全ては過去の経験で犯した罪から始まった!!
偽物のDIOに攻撃をしかけたから、偽物――だと分かっていたとしても。
再び同じ事がありうるなら、DIOの姿だろうと攻撃する僅かな疚しさを抱いてしまった!

「DIO……様。このヴァニラ・アイス……DIO様への忠誠を、一度たりとも……忘れた事はございません」

一言一言を発する彼の体は震えていた。恐怖とは違う、己に対する憤りと己が堕落していた絶望に。
ならばこそDIOに残せるものは、DIOに認められる唯一の断罪は。
ヴァニラ・アイスは、ゆっくりと後ずさる。先にあるのは

「ですが私の心は、腐り果ててしまった。最早……DIO様に使える身ではなくなったのです………」

故に、これが最後に残せるDIOの忠義だと下した結論だった。






「あああ……!? な、なんで……なんで………っ!!?」

魔法少女・たまが混乱の悲鳴を上げ続ける中、隣に佇む白菊ほたるも目の前で広がった光景に呆然としていた。
彼女らの前にいるアヴェンジャーも、異様な状況で反応に停止させている。

ヴァニラ・アイスがDIO・セイヴァーと関わりある者だと、ほたるから情報があった。
故に、ちょっと位、セイヴァーの関係者を騙せるんじゃあないか。アヴェンジャーは考える。
アヴェンジャーの方は直接DIOと対面した経験もあり、彼の口調や語り口も本物に近く真似られるからだ。

彼に悪意はない。
戦場で『悪意がない』とは矛盾しているが、彼の場合は敵の隙をつく為の戦略で真面目かつ真剣に試みた。
冗談半分、悪戯心含んで弄んだ結果じゃあない。聖杯を獲得する一歩を踏み込んだだけ。

故に、結果を素直に受け入れられない。
ヴァニラ・アイスは――『自害』したのだ。
DIOに妄信する狂戦士の心情など全てを理解しきれないが、突発的な前触れない行為に。
隠れて様子見していた少女たちに強烈な光景を焼き付けさせた。

自害。自ら死へ至った自殺。
どうやらヴァニラ・アイスは『吸血鬼』のような存在だったらしく、下水道に差し込む日差しまで後退りをし。
抵抗せずに、肉体を灰に溶かして彼らの前で消滅を果たした。
皮肉にも――正真正銘、これが見滝原で行われた聖杯戦争の最初の脱落者だった。


【バーサーカー(ヴァニラ・アイス)@ジョジョの奇妙な冒険  消滅】


何も、本当に何もしていないのに。
アヴェンジャーは、話かけただけ。
たまとほたるは、見ていただけ。
誰がどう眺めたところで、誰が加害者だったか意味不明のまま。

強いて、話しかけたアヴェンジャーにヴァニラ・アイスの自害が関係したとしても、相手はアヴェンジャーを
『DIOと勘違いしたままだったにも関わらず』自害を選んだのである。訳が、全く分からない。
底知れぬ闇だけが広がる。

「う、うう……ほむらちゃん……そ、そうだ。ほむらちゃん……!」

たまが我に返る。
こんなものを見せられて、セイヴァーのマスターである暁美ほむらの安否が不安になるのは当然。
恐竜化して以降の行動も記憶が曖昧で、ほむらの行方を辿るのは困難。
沈黙を続け、立ち止まる。以前と同じ情けない姿で居たくない。

何とか正気を保ち続けながら、ほたるが呼吸を整える。真っ当に受け入れては精神が、世界が崩れ落ちるのだ。
最早、自らが招いた結果なんかじゃあない。
ほたるのように運命的な確率による『不幸』と今回の『悲劇』は異なる。

運悪くアヴェンジャーに接触した結果で引き起こされたんじゃあない。
セイヴァーとヴァニラ・アイスの正体不明な関係性、彼らの歪な関係が導いた自害。
断言すべきだ。セイヴァーは、危険だ。

アヴェンジャーが、手元のソウルジェムに淡い光が灯ったのを確認する最中。
気配で気づく。アヴェンジャーは手元に視線を注いだまま、言葉だけを発した。

「逃げなかったのか、修道女」

「……ええ。様子がおかしかったから」

日が差し込む天井より姿を見せたのは、タラスクで脱出したはずのマルタ。
ほたるとたまは、彼女の登場に驚きながらも、緊迫した空気に戸惑いを感じている。
マルタの様子がアヴェンジャーへ敵意を向けている風に見えたのだ。
生々しい負傷を受け、マスターの体を抱えたまま。聖女は再び下水道へ着地。アヴェンジャーに向き合う。

「それと貴方に用があって。覚えがないとは言わせないわよ」

「へぇ。やっぱり『そういう事』か。お前の頓珍漢な話にも信憑性が増したぜ」

アヴェンジャーが振り向いた相手は、おどおどしい魔法少女・たま。
突然、話を振られて取り乱す彼女の代わりに、ほたるが落ち着いてマルタに話す。

「たまさんが会った『恐竜を操る』力を持ったライダーさんが、アヴェンジャーさんと似ているらしいんです」

死んだと錯覚したほたるが、生存している事実に一種の驚きを浮かべるマルタ。
漸く当のたまも話に加わった。

「に、似ているとかじゃなくって、その、もう瓜二つで」

「どういう事……?」

マルタは再度聞き直してしまう。
たまやほたるが、アヴェンジャーを庇って嘘吹いている雰囲気ではないし。
しかし、二人の話を信用するならセイヴァーに似た存在が、更に二人も存在する訳で。混乱するものだ。
アヴェンジャーも落ち着いた様子で続ける。

「俺の方が知りたいくらいだな。言っておくが、生き別れの双子の兄弟がいたオチはないぜ」

「冗談? って怪しむところだけど……貴方の背後にいる『像』」

冷静を取り戻したマルタが注目する『像』。所謂、アヴェンジャーの宝具・スタンドを示している。
セイヴァーと同じ。完全に一致してはないが、関連性は隠しようもない造形。
故に。恐竜の能力とも『異なる』点こそ皮肉にも証拠となった。
マルタは重い一息をつく。

「逆に貴方とセイヴァーの繋がりを聞きたいわね」

「奴との関係? 明白に敵対している。奴を目の敵にしてるってなら、いっそ俺達と手を組んだ方が早いぞ。どうする?」




未来を変えるには幾つか簡単な方法がある。
単純に、本来起こりうるルートから逸れる行動を取り、場に変化を齎す。
あるいは、原因を排除する。
もしくは――正規のルートに『あえて』沿って『騙す』方法。

例えば今回の場合。
アヴェンジャーが霊体化する事で、彼に纏わるトラブルを回避する事に成功し。
ほたるが、ヴァニラ・アイスとマルタ。両方の視点で『死亡』した錯覚をさせる事で、ヴァニラ・アイスの隙をつけ。
マルタと対話する状況を産み出すのが成功した。

誰かの視点を『騙し』。違和感なく正規で従い続ける。
今後発生しうる状況の有る程度が、変化のないまま。予測可能で対応手段の用意も無駄にならず。
また、不確定要素もよっぽどが無ければ、発生しないで済むケースだ。

「ひょっとして……俺に気づいたか?」

アヴェンジャーの視点を監視し続けていた杳馬は、ビジョンを解除。
独り考察した末に、セイヴァーに酷似したアヴェンジャーも『性能』面でも似通っていると予想。
未来予知に匹敵する『直感』は第六感に通ずる程度で、万能な探知性能を有してるとは言い難い。
ただ、アヴェンジャーも時の能力を保持する英霊。杳馬の能力を知覚する可能性は0ではない。

「厄介だな、そりゃ。現時点でセイヴァーぐらいしか俺を捕捉しちゃいなかったが」

面白い展開だが、序盤でやっては欲しくない。
塩梅が効かないと天を仰ぐ杳馬だが、過ぎ去った未来は固定されている。巻き戻す魔力を使い潰すは勿体無い。
他の策に講じるだけだ。
水平線から太陽光が差し込みだすのを傍らに、杳馬は次に視点を切り替えた。






必死に逃げた。走った。アイドル活動のお陰もあって体力は人並みよりあったから、卯月は走り続けられた。
こんなものの為に体力を付けたんじゃない。
逃げる為に努力をし続けたんじゃない。
全部、全部がアイドルで、自分を応援してくれる誰かの為、ステージで歌い、誰かを笑顔にする為だった。

島村卯月は――アイドルなのだ。
戦争に関わる身分じゃない。そんな力だって無いのに、どうしてマスターに選ばれたのか。
走り続け。多分、追跡していた凛たちからも距離を取って、彼女達とは別方向へ移動している。
風見野に向かえば、案外アッサリ離脱。主催者の監視は厳重でない夢物語。

……実際は、脱出を禁止されている。
凛も書類で把握済みのように、卯月も目を通したのだが、冷静さを失った彼女に余裕は皆無だ。
あと、もう少し。
聖杯戦争の被害が及ばない場所へ、逃げる為に駆けるのを止めてはならない。
見滝原の隣町、風見野の駅に向かうバス停を発見し、卯月は一旦足を止めてから息を整える。
周辺はまだ、通勤通学目的の利用で訪れる住人の影はない。
大金を所持してないが、一般的なバス運賃程度なら払えるだろう。卯月が財布の中身を確認していると……

「なに………?」

風見野方面から、顔を上げて周囲を見渡せば不気味な人影が、続々と卯月を取り囲むように移動し始めている。
外見は老若男女容姿も様々、統一性はないが、一つだけ言えるのは。
彼らに生気は宿ってない。表情もない。
マネキン人形を連想させる心なき刺客だと分かる。

卯月は、サーヴァントの襲撃だと勘違いしたが、ソレらの正体は主催者による監視兼警備システムの一種。
ソレ達が脱出を図ろうとするマスター達を確保するべく、一定の行動を行う。
現在、卯月が脱出を目論んでいると判断し、システムが作動したのだ。

(どうしよう! アサシンさんは……っ……!!)

アサシン・杳馬から逃げてきた自分を、彼が手を差し伸べてくれるのか。
卯月は、最早全てを放棄したに等しいのだ。危機的な状況であれ、アサシンに助けを求める気力が無い。
マネキン達の動きはぎこちない事もあり、卯月の足でも辛うじて合間を掻い潜れた。
残った体力を振り絞り、卯月が疾走すれば集団との距離は大分開く。チャンスである。

住宅街には住宅しかない。
卯月は周囲を見回した結果で、何とか発見したのは広い庭が目立つ壮観な館。
金持ちが住まう一般庶民に無縁な場所。隠れるとすれば、ここしかないだろうか。
勝手に侵入など、アイドル以前に、常識で置き換えても控えるべきだが、マネキン集団が迫る卯月に後は退けない。

(ごめんなさい……!)

西洋基調の門を勢いよく開き、慌ただしくも門を閉め直し、一刻一秒も早く身を隠せる場所を探した。
恐怖を胸に、背高い生垣の影に隠れる卯月。そこより様子を伺う。
集団は卯月が住宅街へ戻った時点で喪失しており、敷地に侵入することは無かった。
永遠に近い沈黙の末。どれほど時間が経過したか分からぬ時に、卯月の緊張感が解かれる。

これほどの豪邸だから警備の一つや、防犯システムだってありそうだが、監視カメラらしきものも設置されてない。
だから、彼女は無事に敷地へ侵入出来たのだ。卯月は幸いと思ったが――現代では『違和感』と捉えるべきである。
豪邸だからこそ、警備システムに金もかけるのは至極当然。
何故、本来ある機能が設置されてないのか? 無意味で、無駄だと主は理解しているからだった。

――ガッ!

背後より卯月の体が、何者から抑え込まれる。
叫ぼうとも考える前に卯月の口も、手際よく塞がれてしまう。
未知の事態に卯月は混乱気味に辛うじて振り返ると、自分を取り押さえているのは女性の姿をしながらも。
人ならざる蝙蝠っぽい翼を背から生やした……小悪魔を彷彿させる風貌の存在が居る。
仏はコスプレなんだろうと、指摘しないで深く考えず。かと言って、関わりたくないから無視するだろう相手。

だが、卯月は小刻みに生命らしい翼の微小な動きを目にして。
翼は本物だと理解する。サーヴァント? とにかく自分は敵に捕まってしまったのだ。

「………!」

すると、館から現れたのか。敷地内を巡回していただろうか。
卯月を抑え込んでいる小悪魔と瓜二つの存在が無数に卯月を取り囲み、集団で卯月を館へ連行した。

小悪魔たちは、吸血鬼の主に命じられた通り、侵入者を確保しただけ。
卯月がマスターか一般人かの区別はつけない程度の使い魔である、
彼女らは、取り合えず卯月を吸血鬼の主へ運ぶ事しかしない。最終的な決断は、主は下すのだから。






マスターが敵に捕まったというのに、杳馬は面白おかしく笑っていた。むしろ、一種の安心を得る。

「いやーどうなるかと思ったけど『ようやく物語が始まりました』ってな!
 あそこの館は……そうそう。二人のマスターが居るし、その内一人はセイヴァーのそっくりさん!
 『面白くなってきたじゃないの』。卯月ちゃんの聖杯戦争は、これからだぜ?」

単純な話だ。
役者は全員そうでなきゃ、綺麗なマーブルがぐるぐると混ざり合って、綺麗な色彩は生じない。
マスターも、サーヴァントも、同じ舞台で踊らなければ意味がない。
逆に返せば――同じ舞台に立たない役者は『死』してるも同然。つまらないし、最初から居なければ良いだけだ。

卯月の行動は堅実だった。場に干渉せず、杳馬の力で思い通りに局面をコントロールする。
彼女だけではなく、マスターが戦場に出向かずに、サーヴァントだけに全てを任せ籠城するのも定石の一つ。
しかし『物語』や『舞台』で、それらの行動は『面白い』かどうか別。
観客は退屈だし、どこかで脇役が死んだところでショッキングも受けやしない。

だからこそ、杳馬は誘導した。
卯月に散々見せた平行世界でも『上手くいった世界』だって存在したが、あえて見せず。
彼女を逃走なり、行動を自発させて、舞台に突き飛ばして無理矢理でも躍らせたかっただけ。

そして、卯月に落とした闇の一滴。
絶望や罪悪感、疑心などが入り混じった結果の末。
皮肉にもマーブルらしい混沌を生み出そうとしているのだった。



【A-6 館/月曜日 早朝】

【島村卯月アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]精神的ショック(大)、罪悪感、疑心暗鬼(中)、『闇の一滴』の効力増大中、肉体的疲労(大)
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]無
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]女子高生の小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:友達(渋谷凛)を死なせないため、聖杯戦争に勝ち残る。
1.自分にはできない……
2.ライダーさん。杏子ちゃん……ごめんなさい……
[備考]
※杏子のソウルジェムに関する情報と教会で起きた戦闘を把握しました。
※凛がアヤと同盟を組んだのを把握しました。
※ほたるがマスターである事を把握しました。
※見滝原を脱出しようした際に発動する、警備システムを見ました。
 ただし、サーヴァントの攻撃と勘違いしています。
※精神的に追い詰められている為『闇の一滴』の効力が発揮しやすい状態にあります。
※レミリアの使い魔たちに館へ連行されています。



【A-6/月曜日 早朝】

【アサシン(杳馬)@聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話】
[状態]魔力消費(小)
[ソウルジェム]有
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争をかき回す
1.卯月が上手く踊り始めるのを見守る。死にそうになったら流石に助ける
2.アヴェンジャーも俺に気づいているのかね?
[備考]
※杏子のソウルジェムに関する情報と教会で起きた戦闘を把握しました。
※凛がアヤと同盟を組んだのを把握しました。
※セイバー(シャノワール)の存在と彼の宝具に関しては、把握しています。
※アヴェンジャー(ディエゴ)に捕捉された可能性を得ています。
※バーサーカー(ヴァニラ・アイス)の脱落に関する事象まで把握しています。




アヤと凛を乗せた車が到着したのは、都心から離れた工業地帯。
煙突より薄い煙を昇らせる工場の向こう側には、住宅街が僅かにあり、地図によればちょうど見滝原と隣町・風見野の境。
地平線から太陽の日差しが差し込んでくるのを傍らに、マスコミの追跡から逃れ一息つくところ。
アヴェンジャーから、再度念話が伝えられた。
凛は、アヤから彼の情報を聞かされたが………その中で。

「え。白菊ほたる……本当ですか?」

「ひょっとして知り合い?」

「私と同じ事務所に所属しているアイドルです。でもまさか」

驚きもしたが、突発的にアヴェンジャーの口から『ほたる』の名前が出てくるだろうか。
少なくとも、アヤ達に『ほたる』や『卯月』の情報は伝えてない。
見滝原内では凛と彼女たちは繋がりが希薄である。なら、本当に『ほたる』がアヴェンジャーと共に……
色々不安を感じ、凛はアヤとの話を中断し、霊体化しているセイバー・シャノワールに呼び掛ける。

「セイバー、あの能力でほたるを捕捉できるよね」

アヤを捕捉した『予告状』の能力。
本当の意味で『白菊ほたる』がアヴェンジャーと同行しているならば、彼らを捕捉できる筈。
この場合。
アヴェンジャーは宝に含まれないというシャノワールの意思を考え、ほたる相手に限定したのだが。
後部座席で実体化したシャノワールは溜息をつく。
盗む為でなく『人探し』に能力が使われるのに、彼も気乗りではないのかもしれない。凛は改めて言う。

「変に予告状を使われたくないのは分かってる。でも、早く合流したい。セイヴァーが追跡を止めたとしても、油断は出来ないよ」

「君に気使われてしまうとは、すまない。私の想像以上にセイヴァーの手が早くて参っているのさ」

「……そう? アヴェンジャーの話を信じるなら、セイヴァーはまだ脅威になる戦力はないと思うけど」

相手が凛たちのように同盟者を増やして、戦力を広めるならば脅威だ。
アヴェンジャーに情報を提供した聖女のライダーが真実を述べている場合、さほどセイヴァーは想像以上の脅威ではない。
複数体のサーヴァントを相手なら、彼も隙があると活路が見出せた位ある。
だが、シャノワールの考えは違った。

「聖女のライダーと鹿目まどかのランサーを見逃したのは『仲間に引き入れられる』かどうか
 見定めているのだろう。奴は今、計画を企てる下準備を行っている」

「それって……」

「ライダーと別れたランサー達の動向が不安になるが……まずは『白菊ほたる』を探そう。
 ただ一つ。マスター、これ以上の事が発展していけば、君は自宅に戻る余裕は最早失われる。それでも良いかな」

手元に淡い光の粒子を集中させるシャノワール。
粒子が予告状の形状を構成していく過程を眺めて、凛は少し思案した。
少し――現実時間に換算すればほんの数秒。決断するには短すぎると第三者は指摘するだろう。
既に、彼女の中では決断……覚悟を決めていたのだろう。

「いいよ」

渋谷凛は『現実』を選ぶ。
便宜上の家族の元に戻ろうと一度は決断したが、聖杯戦争に参加してしまっている知り合いの方を優先させた。
アヤも、凛を動揺させるつもりじゃあなく。念の確認で尋ねる。

「アイドルさん。本当にそれでいいの?」

「はい。一応……向こうにいるアヴェンジャーも含めて、心配ですから。私だけ離れるなんてしません」

決心ついた凛の表情に「そう」とアヤは呟く。
彼女のどこか影ある様子を、シャノワールもチラリと伺っていた。


【A-6/月曜日 早朝】

【渋谷凛@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]有
[装備]なし
[道具]生徒名簿および住所録のコピー(中学、高校)
[所持金]女子高生の小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:セイヴァーを討伐する
0.まずはアヴェンジャーと合流する
1.仲間が必要。どうやって集めればいいのかな。
2.ほたるはアヴェンジャーといる? 卯月は……
3.アヴェンジャーはセイヴァーと関係ない?
[備考]
※見滝原中学校&高校の生徒名簿(写真込)と住所録を入手しました
 誰がマスターなのかは現時点では一切把握していません
※自分らがセイヴァーに狙われている可能性を理解しています。
※アヤ組と同盟を組みました。
※ほたるがアヴェンジャー(ディエゴ)と共にいる事を把握しました。
※アヴェンジャー(ディエゴ)側の情報を得ました。


【セイバー(シャノワール)@グランブルーファンタジー】
[状態]健康
[装備]初期装備
[道具]多数の銃火器(何らかの手段で保管中)
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:怪盗の美学を貫き通す
0.白菊ほたるを捕捉し、追跡する
1.美学に反しない範囲でマスターをサポートする
2.セイヴァーを警戒する
[備考]
※盗み出した銃火器一式をスキル効果で保持し続けています
 内訳は拳銃、ライフル、機関銃、グレネードランチャーなど様々です
※アヴェンジャー(ディエゴ)の宝具を把握しました。
※アヴェンジャー(ディエゴ)側の情報を得ました。


【アヤ・エイジア@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]魔力消費(中)、???
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]無
[装備]
[道具]ナイフ
[所持金]歌手の収入。全然困らない。
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界への帰還
0.アヴェンジャーさん……
1.怪盗Xに対する警戒
2.セイヴァー(DIO)の動向に不穏を覚える。
3.凛たちは信用する。今のところは。
[備考]
※テレビ局の出演は決定されました。テレビ局入りは彼女自身のみで行うと伝えてあります。
※事務所の人間の一部がセイヴァーに掌握されていると考えています。
※現在のアヴェンジャー(ディエゴ)の状況を把握しました
※アヴェンジャー(ディエゴ)側の情報を得ました。





場面変わって下水道。
崩落した現場には人が集まるのを予想し、アヴェンジャー達は移動していた。
マスターの白菊ほたると魔法少女のたま。
アヴェンジャーのディエゴに加えて、ライダーのマルタ……と死体状態の佐倉杏子も加わっている。
マルタは、断じてセイヴァー似のディエゴを信用したのではなく。
同行する少女のマスター達を信用しての情報交換を行った。

さやかや篤たちの話と合わせると、パズルのピースが更に増えた事で埋まる箇所で完成図が形成されたよう。
ソウルジェムや『ライダーのディエゴ』。そして……セイヴァー。
全てを把握し、真っ先に崩れたのは――たま。

「そんなぁ……ほむらちゃん……! だって、あんなに嫌がってたのに……そんなの……!!」

いくら親友を助ける為とは言え、セイヴァーと共に立ち去った暁美ほむら。
だが、彼女がセイヴァーに関して嫌悪と畏怖を覚えているのを、たまは少しでも知っている以上。
ほむらが下した決断に、涙が流れてしまう。
マルタも、あの場に居たさやかとは違う反応を見せるたまを宥める。

「彼女と契約している以上、セイヴァーは彼女に手出しはできません。どうか気を確かに持って」

「うう……」

おずおずと、割って入るのを承知しながら、ほたるはマルタに尋ねた。

「ライダーさん……やっぱりセイヴァーさんは強い、ですか。私の時も訳が分からない状況になってて……」

「強い……いいえ。あの時、セイヴァーは本気ではなかったでしょう。加えてあの傷の再生力」

マルタは『ある可能性』を考えたが……
情報は断片的過ぎる。アヴェンジャーと似ている『像』も、彼の方は詳細な情報を明かさない為、宝具の判断はつかない。
だからこそ、マルタは再度、アヴェンジャーに問いかけた。

「『像』の宝具に関して少しでも情報が欲しいのだけど」

「何度も言わせるなよ。俺の宝具の情報は明かさない。強いて言うなら、お前が警戒するほど大したものじゃあない」

だが、戦闘内容を簡略で聞く限り、セイヴァーは『時間停止』を使用していない。
本当の意味でセイヴァーは『本気』じゃあない。何が複数相手でただで済まない、だ。
複数を全て壊滅させるだけの力を持っておきながら、優先させたのは……
俄かに信じがたいが、マスターの暁美ほむら。

たまは悲観的にほむらを心配しているが、無駄な心配だとアヴェンジャーは最も理解している。
何が、ディオ・ブランドーだ。
最もディオ・ブランドーに相応しくないのは、お前じゃあないか。

親しき人間を救う為に奔走する少女と。
己の為なら親しき人間ですら手にかける女と。
どっちが面白いか、本当に、比較の必要ないほど天と地の差がある。
マスターの魅了においても惹かれないアヴェンジャーは、鼻先で笑ってやった。
相変わらず警戒心を解かないマルタに、アヴェンジャーが言う。

「最も、お前の方も『時間切れ』だと判断したんだろ? もう一人の俺を追跡するのに下水道を利用したのは、それが理由だ」

「…………」

「俺から提案してやれるのは『死体の保存』だ」

突拍子もない話だが、マルタが杏子のソウルジェムを早急に入手したい理由の一つに含まれる問題だ。
魂のない肉体は死骸に過ぎない。
彼女を担いだまま、朝の時間帯を奔走出来ないうえ。杏子の肉体は普通同様に時間経過で腐敗が進行してしまう。
以前、ソウルジェムの浄化をしたよう、死体に祈りを施して、腐敗を遅延させているが……

「俺の仲間に氷の魔法を使う奴がいてな。所謂『冷凍保存』だ。放っておくよりマシだぜ」

古典的だが確実な手段である。
それでも、マルタは余裕が無いと考えていた。

「生憎だけど、マスターのソウルジェムが無事である保証はどこにもないの」

恐竜使いのライダーは恐らく、杏子のソウルジェムを何かに利用する算段。
実験材料に使われない内に、回収しなくてはならない。
いくら、マルタの実体化と宝具使用に問題ないと言っても、向こうもマルタを警戒し、実験を急ぐ可能性も。
アヴェンジャーは件のソウルジェムに関する情報を得た事で、ふと思いついたものをマルタに話す。

「奴がソウルジェムを何に使うつもりか、大凡検討はついているぜ。それを踏まえて余裕はあると思うが」

「まさか『自分だから思いつく』って意味じゃないでしょうね」

「そのまさかだ。まぁ少し聞けよ、修道女。ソウルジェムに関する秘密はともかく、お前もちょっとした『異常』に置かれているだろ」

「……ソウルジェムとの繋がりかしら」

マルタ自身も、最初は驚いた。
杏子は肉体が死亡状態で、魂だけが恐竜使いの手に囚われた状況。
どうやら、ソウルジェムには『魂』だけではなくサーヴァントとの契約に重要な魔力源……『魔術回路』も保存されており。
こうしてマルタは、マスターの状態問わず行動可能にある。指摘されれば、かなり特殊なケース。

前述を踏まえて恐竜使いの目的は当初、聖杯に使用されるソウルジェムとの関連性を知り。
何かに利用する、と考えられたが。実際のところは、違う?
マルタは何故か思考が巡らない。
否、彼女も半ばアヴェンジャーの伝えたい内容を分かりかけている。
だからこそ、理解をしたくなかった。






レイチェルの願いを叶える。
プッチもディエゴの発言を読み取れずにいたが、ディエゴが透明のソウルジェムを一つ、レイチェルへ放り渡す。
そのソウルジェムは、恐竜化させたマスター・たまの所持していた代物。
元々所有していた無色のソウルジェムは、ディエゴの手元に残る。
何故、ソウルジェムを渡されたか。レイチェルは分からぬまま、無言で受け取るだけだった。

「そこにお前の魂を入れるのさ」

ディエゴの告げた内容の残酷さではなく、彼がレイチェルに投げかけた言葉にである。
いまいち実感の欠けるレイチェルが、目を丸くさせながら尋ねた。

「私の魂が入ったら……どうなるの?」

「お前が一番理解しているじゃあないか。『今のままじゃ何も役に立たない』ってな。お前の肉体が死ねば、俺も消える。
 だが―――ソウルジェムに魂が保管されれば、お前の肉体が死んでも『俺は消えない』。分かるな?」

レイチェルが改めて顔を上げれば、ディエゴは不敵に笑っている。本当に、笑っている。
皮肉込めた悪意ある解決方法にも関わらず、内容を聞いたレイチェルは一種の感動を味わっていた。
何故なら、ディエゴは自分の話を、願いを聞いてくれて。
レイチェルの願いや問題を解決する為に『考えて』いたのだから。
話を聞こうともせずに自分勝手に一方的な意見ばかりのレイチェルの家族とは違う。
自分の願いを叶えてくれる。それだけでレイチェルの経験にない想いが、確かに存在している。

「『DIO』……それはつまり……」

ディエゴの目論見を把握したプッチは、驚きを隠さずに話しかけた。
一方の恐竜使いの騎手は、格別変わった様子なく当然の常識をプッチに告げる。

「聖杯で願いを叶えて満足できる訳ないだろ。お前も違わないよな? エンリコ・プッチ

即ち、聖杯戦争が終結したその先の話。
役割を失われれば、主催者が強制的にサーヴァントを退去させる手段も一つや二つあるだろうに。
ディエゴ以外も、願いだけを目的としない英霊は居るのだ。
聖杯で願いを叶えたとしても、確実にディエゴ・ブランドーの餓えは満たされやしない。
手元に残された杏子のソウルジェムは、それらの原理を実現させるのに必要なサンプルとなっている。

なのだが

「君は――彼女を救うつもりなのか?」

神妙なプッチの問いかけは、ディエゴの期待とは真逆どころか予想外極まるものだった。
一瞬、ディエゴも思考が停止する。
極端に曲解……否。プッチの基本思想は『DIOが世界の救済をする』がメインであり、レイチェルへの解答は。
ディエゴなりの『救済』とされてしまったのだろう。
今までなら笑い飛ばして面白がるが、最早ディエゴはプッチに狂気を覚え出していた。
返答に迷いって、レイチェルの満たされたような間の抜けた表情を伺うディエゴは「救済?」と復唱する。

「側面を変えれば『そう』解釈できなくもないな。俺はレイチェルと利害が一致していると説明しただけだぜ」

利害の一致。
ディエゴは前述を強調し告げてから、レイチェルに尋ねた。

「お前はどうなんだ? レイチェル」

魔法少女側からすれば肉体がゾンビ状態で、死人も同然で、魔女になる末路すら受け入れられない者も幾人いるが。
レイチェルは、魔法少女じゃあない。それ以上に価値観が歪んでいた。
別の例えなら殺されたがっている狂人相手に「俺がお前を殺す」と約束を交わすに近い。

(ライダーは……やっぱり違う)

自分のものにならなければ気が済まない、という精魂の性癖部分は似通っている主従だろう。
レイチェルは、どんな相手であろうと変えられない根本を制御するなら。
ディエゴの提案通りに、肉体を失う以外の手段だけが唯一の救いだった。

「うん……」

何もない少女には頷くだけで精一杯である。


彼女はきっと―――神に救われる為に、ここへ至った。それが運命で、いづれ『魂』だけとなる『覚悟』を得たのだ。


やはり、DIOは。『友』は救済するべくある存在なのだと、プッチは確信を得た。
悪であっても、眼前のディエゴが救世主として『不完全』であっても、可能性は僅かにある。
プッチは人間の……マスターのDIOと言葉を交わし終えていない為、判別はつけずにいたが。
恐らく少年の彼にも片鱗の一つがある。

――マスターの『DIO』も、私の前にいる『DIO』も『天国』を望む運命にある!

――覚悟を完了し終えていなかったのは、私の方だった……!

――私が、マスターの『DIO』と眼前の『DIO』が天国へ至る導きをしなければならなかったのだ!!

故に、プッチの迷いは完全に消え失せた。
己が為すべき方針を得たうえで、完全なる覚悟を胸にした以上。最早、エンリコ・プッチがぶれる事はないのだ。
良からぬ自己解決しているプッチの様子を伺い、ディエゴは妙に嫌な悪寒を感じる。
敵意とも異なる、ディエゴにも未知の感覚を対処するべく。話題を逸らそうと考えた。

「さっきの恐竜に『もう一人の俺』の匂いを追わせたが……『俺』に深手を負わせた敵の匂いも残っている」

すると、冷静にプッチが答えた。

「それはセイヴァーの『DIO』だろう」

あまりにも即答だったので、ディエゴは敏感に反論する。

「根拠はなんだ? プッチ。お前……暁美ほむらと出くわした時に、セイヴァーと会ったんじゃあないか?」

「心配しなくともセイヴァーとは会っていない。時を止める『もう一人の君』を相手出来るのは、同じ能力を持つ者と考えるべきだ」

「それがセイヴァーという証拠も根拠もないと俺は言いたいんだが?」

「スタンド使いは退かれ合うのだよ。『DIO』」

一体どこの誰が『ウワサ』を撒き始めたか。
だが、実際にスタンド使いはスタンド使いを呼び寄せる。プッチも当然それを承知していた。

「特にDIO……セイヴァーの『DIO』は性質を強く引き出していた。
 彼自身、一目見ればスタンド使いかどうかすら、直感で判別する事が可能だったほどに」

「スタンド使いで、時を止める力に対抗できる奴とも偶然出くわせる、ねぇ……
 俺からすれば、自信抱く根拠だと思うのが『逆に』凄いぜ。本気なんだな、お前」

「君も、『もう一人の君』と戦った相手が何者か。興味をひかれたからこそ、私に尋ねたじゃあないか。『DIO』]

「…………」

理由はどうあれ。
たまだけに『もう一人のディエゴ・ブランドー』の追跡を任せるには、不安要素が強すぎるうえ。
プッチの情報が真実味を増したところで――時を止める能力は、セイヴァーだけでも厄介に関わらず。
二人もいては、恐竜に纏わる能力だけのディエゴは相手するのが難しい。
可能なら、負傷しているうちに始末するべきだ。

そして『もう一人のディエゴ』に深手を負わせた相手も……



【C-3/月曜日 早朝】

【ライダー(ディエゴ・ブランドー)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(中)、杏子のソウルジェム(飲み込んだ状態)、プッチに対する警戒?
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]トランシーバー
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1.『もう一人のディエゴ』を追うか、それとも……
2.レイチェル、お前が魂だけになれば赦してやってもいいぜ
3.あのセイヴァーについては……
4.プッチが何考えているか分からなくなって来た。
5.ソウルジェムでの聖杯作成は保留するが、魂は回収する。
[備考]
※真名がバレてしまう帽子は脱いでいます。
※魔法少女が持つ『ソウルジェム』の存在を知りました。→ソウルジェムの秘密を把握しました。
※ソウルジェムを飲み込んだ影響か、杏子の意志が伝わります。
※たまから彼女の関わった事象の情報を得ました。
※『もう一人のディエゴ』の存在を認知しました。
※ソウルジェムの原理を利用して、現界し続けられるのではと考えています。

【レイチェル・ガードナー@殺戮の天使】
[状態]魔力消費(中)、プッチに対する疑心
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]有
[装備]私服
[道具]買い貯めたパン幾つか
[所持金]十数万程度
[思考・状況]
基本行動方針:自分の願いを叶えたい
1.ライダーは信じられる。それ以外は信用しきれない。
2.セイヴァーは一体……?
[備考]
※討伐令を把握しました。
※ライダー(ディエゴ)が地図に記した情報を把握しました。
※プッチが提供した情報を聞いている為、もう一人のディエゴ(アヴェンジャー)の存在を知ってはいます。
※ライダー(ディエゴ)の真名を知りました。
※ソウルジェムの秘密を把握しました。


【ライダー(エンリコ・プッチ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(中)
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:『天国』を実現させ、全ての人類を『幸福』にする
1.セイヴァー(DIO)ともう一人のディエゴを探す。
2.一旦マスターの元へ戻る。
3.『DIO』たちを『天国』への思想に目覚めさせるべく行動する。
[備考]
※魔法少女が持つ『ソウルジェム』の存在を知りました。
※アサシン(杳馬)自体は信用していませんが、ディエゴの存在から
 アヤ・エイジアのサーヴァントがもう一人のディエゴ(アヴェンジャー)である事を信じています。
※ディエゴ(ライダー)に信用されていないのを感じ取っています。
※ソウルジェムの穢れを目撃しました。穢れ切った結末に関心があります。
※暁美ほむら、まどか&ランサー(篤)の存在を把握し、ほむらの覚悟を理解しました。
※ほたるがディエゴ(アヴェンジャー)と共に行動している事を把握しています。






「んな事、許されると思ってんの!?」

マルタの怒声に対し、アヴェンジャーの返事は酷く落ち着いている。

「俺たちサーヴァントにとって最も厄介な枷は、マスターの存在そのもの。マスターの令呪だ。
 それのせいで、俺たちの行動は大分制限されるじゃあないか。だが、お前は違う」

実際、内容だけ聞けば都合が良過ぎる。しかし、理想的なものだ。
令呪の制限も、例えマスターの肉体死亡・再起不能状態に陥ったとしても。
核であるソウルジェムが無事ならば、魔力源も保証されている。加えてマスターの意思すら聞かなくなり。
実質は、サーヴァント単独で生存が可能となるのだ。
どうにか話についていく、たまが震え声で問う。

「ま、まさか……ほむらちゃんも!?」

「さあな。少なくともセイヴァーは気づいちゃいない」

セイヴァーは暁美ほむらを試しているようだった。
わざと、自由にさせて。彼女自身に何かを見出そうと魂胆を感じている。
アヴェンジャーは一番にソコが理解も、共感も湧かないのだったが。

「とにかく、俺だったらそうするぜ。普通に聖杯を作った場合、ソウルジェムは少なからず余るからな」

聖杯での現界を継続を願いに消費する目論見がないのを意味するし。
アヴェンジャーも、仮に現界を望むなら貴重な聖杯一つ消費せずに解消する手段を取る。

(本当のところは分からないがな。とは言え、ソウルジェムを破壊しない理由はそれぐらいしか思いつかない)

ただ……この場合。歪であれ『マスターを生かす』手段でもあるのだ。
文字通り、マスターを生ける楔扱いにする非道を体現する一方で。
八つ裂きに腸引きちぎり、無残に葬るのと異なり。形として残す行為には変わりない。

(本当に『俺』なのか? 固執するほどマスターに利用価値がなければ納得できないな……)

ここまで推理をすると、たまの証言も半信半疑の領域を脱せない。
セイヴァー同じく、似通っているが別人の類ではとアヴェンジャーは思う。
一方で、マルタはブレる様子なくアヴェンジャーに問いただす。

「その口ぶり。まるで貴方のマスターにも同じ事をしたいって聞こえるわよ」

「……は? 冗談やめろよ。俺のマスターはあんな子供程度の柔い奴じゃあない。
 お前のような修道女もヘドを吐くだろう鉄仮面野郎を、魂だけの物言わない宝石にしちゃ『つまらない』」

饒舌に語るアヴェンジャーの微笑に。
マルタは、疑心を深めようとしたが途端に中断してしまう。
眼前の男が果たして『悪』か『善』かと問われたら、追及するまでなく『悪』に違いないのだ。
だけど、マスターに関する返事をしたアヴェンジャーは不思議にも悪意や企て、裏も存在しない口ぶりである。
奇妙な事だった。他人をどうとでも切り捨てられそうな人格だろうに。
そこに、白菊ほたるが恐る恐る一言。

「わ、私もその、断言できないですけど……ライダーさんとアヴェンジャーさんの話を聞いて
 ソウルジェムを持って行った『もう一人のアヴェンジャーさん』が、どうにかする手段はないんじゃないかと……」

「………そうですね」

マルタも咳払いをしつつ、改めて冷静に語った。

「彼女(たま)が目視したクラス通り『ライダー』であるなら、まずキャスターのような解析等の能力は所持していません。
 ソウルジェムに手を加える目論見をするなら、他のキャスタークラスか。それに通ずる能力を保持するサーヴァントに
 協力を仰ぐ行動や手段を取るでしょう。加えて……状況を見るに、他の協力者はいるようですが、解析には着手していない」

しかし、不安要素は完全に消失していない。
時間は迫っているように感じる。ほたるはアヴェンジャーに尋ねる。

「アヴェンジャーさんも、大丈夫と思うんですよね……?」

「悪いが完全保証は俺に出来ない。唯一、情報と状況を判断して『猶予』があると見る」

「ええと……つまり……」

「さっきも言ったが、地上はとっくに朝日が昇っている。つまり、派手な行動はリスクが生まれる時間帯になった……
 恐竜やら馬は『この舞台』じゃ、かえって誰が見ても目立つ要素でしかないからな」

よりにもよって、ライダーのディエゴが保持する能力は、現代社会じゃ異質の産物ばかり。
皮肉な事に、一種の抑止効果で行動制限はかかりやすい。
目立てば目立つほど、SNSなどでNPCの情報拡散で捕捉されるだろう。
幾ら、人智を超越したサーヴァントであっても。無駄な行動を控えるように。

「なら時間が出来たかもしれないんですね!? ら、ライダーさんッ。お、お願いします……私、セイヴァーさんを止めたいんです!!」

「……分かりました。一先ずは協力を……いえ。こちらから協力をお願いします」

マルタの返事に、ほたるとたまが安堵する一方。アヴェンジャーは内心でほくそ笑んだ。
結局、ライダーのディエゴがソウルジェムの可能性を追求するかは怪しい。
全て『それっぽい御託』を並べただけで、一番重要なのはマルタを戦力として確保する事だ。
即ち、目的の一つは達成した。ヴァニラ・アイスという魂も確保できた。確実に聖杯戦争で一歩優位に立っている。
話を終えたところで、マルタはたまに申し出る。

「私からの申し出ですみません。マスターを運んでいただけませんか……私も霊体化で体を癒す必要があります」

とにかく足の負傷だけでの治らなければ。
たまはオドオドしくも「はい!」と、マルタから受け渡らせた杏子の体をしかと抱えた。
アヴェンジャーも未だ、体の負傷がある為に霊体化しようとしたが。
寸前で、マルタが推察を打ち明けたのである。

「一つ考えたところがあるの。霊体化する前に聞いてくれるかしら」

「……なんだ」

「セイヴァーは――『吸血鬼』じゃあないかと思っているの」

とんだ話だが、聖杯戦争の状況下では驚くような発想ではない。
直接セイヴァーと対峙したほたるは、困惑気味だ。一見で吸血鬼か判別するのが無理ではあるが。
プッチからセイヴァーが『吸血鬼』という情報は聞かされていなかった。
戸惑いを露わに、たまは「吸血鬼ですか?」とオウム返しする。それに頷いたマルタが話を続けた。

「だとしたら、例の……セイヴァーの部下が灰になって消えたのも、セイヴァーの驚異的な再生力も説明がつくわ」

ヴァニラ・アイスの消滅も『意味』を残していた。太陽で灰と化した現象。吸血鬼の弱点が象徴ならば合点がいく。
アヴェンジャーは楽観せず「そうだったらいいな」と素っ気ない態度で霊体化してしまう。
向こうも、マルタを完全に信用し切って無い点は、お互い様である。
一先ずマルタも、たまへ杏子を託してから霊体化をするのだった。

「ここから移動しなくちゃ……」

強張るたまを落ち着かせるように、ほたるが声をかける。

「なるべく、私達もアヴェンジャーさんのマスターさんの所へ近づければいいと思います」

「う、うん。そうだよね」

下水道を辿って、アヴェンジャーのマスター達の元へ向かうのは無謀に近い。
彼の仲間――シャノワールが追跡してくれるのを、念話で連絡を取ったアヴェンジャーが、論争を繰り広げる前に伝えてくれた。
『もう一人のディエゴ』とセイヴァーから一旦逃れるべく。
最低限、距離を取るために彼女たちは移動するのだ。

ただし、現実から逃れる為じゃあない。
現実に立ち向かう為に、だった。



【C-4 下水道/月曜日 早朝】

【アヴェンジャー(ディエゴ・ブランドー)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]霊体化、魔力消費(大)、肉体負傷(中)
[ソウルジェム]有(魂×1)
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
0.アヤと合流する。
1.怪盗Xに対する警戒
2.どこかでセイバー(シャノワール)を始末する
3.ほたるを通じて彼女のサーヴァントを利用する
4.『もう一人の俺』もセイヴァーも、やっている事がくだらねぇ……
[備考]
※アサシン(ディアボロ)に関する記憶は喪失してますが、時間停止の能力に匹敵する宝具があったと推測してます。
※マルタから情報を得ました。
※杳馬の視線等を直感で判断できるようになりました。
※たまやマルタの情報から『もう一人のディエゴ』の存在を認知しましたが、懐疑的です。


【白菊ほたる@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]精神的ショック(中)、疲労感(中)
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]無
[装備]寝間着姿
[道具]
[所持金]中学生程度のこづかい。現在所持していません
[思考・状況]
基本行動方針:セイヴァーとライダー(プッチ)の目論見を止める
1.アヴェンジャーのマスター達と合流する
2.セイヴァーが危険だと改めて認識
[備考]
※現在、ライダー(プッチ)がセイヴァー(DIO)に騙されていると思っています。
※マルタから情報を得ました。
※『もう一人のディエゴ』の存在を認知しました


たま(犬吠埼珠)@魔法少女育成計画】
[状態]身体に死の結婚指輪が埋め込まれてる、全身に軽い怪我、X&カーズへの絶対的な恐怖、杏子を抱えている
[令呪]残り三画
[ソウルジェム]無
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない。
0.ほむらちゃん……
1.今はほたる達と共に行動する。
2.まどか達と合流したい
※カーズが語った、死の結婚指輪の説明(嘘)を信じています。
※ソウルジェムを含めた装備品はライダー(ディエゴ)に回収されました。
※マルタから情報を得ました。
※『もう一人のディエゴ』の存在を認知しました。


【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]肉体死亡
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:???
0.―――
[備考]
※ソウルジェムが再び肉体に近付けば意識を取り戻し、肉体は生き返ります。


【ライダー(マルタ)@Fate/Grand Order】
[状態]霊体化、魔力消費(中)、キレ気味、片足負傷
[ソウルジェム]無
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争への反抗
0.まずはアヴェンジャーのマスター達と合流する
1.杏子のソウルジェムを取り戻す。恐竜使いのサーヴァントは即急にシメあげブチのめす。
2.アサシン(杳馬)は何か気に食わない。
3.ひとまずさやかとランサー(篤)は信用する。
4.セイヴァーには要警戒。きっと、相容れることはないだろう。
[備考]
※杏子のソウルジェムが破壊されない限り、現界等に支障はありません。
※警察署でXの犯行があったのを把握しました。
※ランサー(篤)、さやかと情報交換しました。
※『もう一人のディエゴ』の存在を認知しました。
※セイヴァーが吸血鬼ないし類似する存在ではないかと推測しています。
最終更新:2021年02月15日 20:18