Although possibility you should not have met with me.I happy to meet you
7月23日、終業式
今日は終業式
「今日で学校はお終いか……」
この1ヶ月を思い返す
転校した俺に、ヴァナ学は疎外感や寂しさなんて一秒も与えてくれなかった
この学園の面々は個性派揃いで、そんなもの感じている暇がなかった
本当に、いいとこに転校できたもんだ
いつも通り、遅めに家を出る
今日で一旦学校は終わる。けど、また学校は始まる
2学期も3学期も、そして3年になっても、俺はこの学校にいるだろう
親父にどんな事情が出来ようと、転校なんてもう有り得ない
わずか1ヶ月でそう思わせる程、この学校は魅力的だ
そして、その1ヶ月の思い出の、一番多くを占める人を思い浮かべる
黒髪の上級生、俺の魔法の師匠、黒井先輩
俺に「魔法」という非常識の世界を見せた人
今日は先輩のオカ研引退予定日だ
何で予定なのかっていうと、俺がまだ一つ魔法式を使いこなせていないから
水、風、氷、雷、土と、今まで覚えてきた魔法を振り返る
「短かったけど、色々あったなぁ……
炎天下の中木に縛られたり、クラスメイトに殺されかかったり」
グラウンドに埋められたり、大雨の中立たされたり……
「…………ロクな目にあってねーな」
思い返せば、そもそも魔法を習い出した最初の日から
生死の狭間に放り込まれたりしていた
それも振り返ると楽しかったかの様に思えてしまうのがちょっと怖い
「……まあ、勿論いい事もあったけど」
彼女と会えた。彼女の事を知ることが出来た
それに1年の
青島さん。我が道を往く下級生
同じクラスの……茜はまあカウント微妙だな
けどまあ、あいつとこんなに気安く話が出来るようになったキッカケは
やっぱりオカルト研究……もとい魔法と出会ったからだろう
「嫌われてるのが痛いけどな」
さて、そろそろ独り言は危ない。
どこで誰に見られるかわかったもんじゃないからな
いつも通り、ギリギリで校門をくぐる
今日は終業式、クラスに鞄を置いて体育館へ直行だ
その後先輩と会って、引退の懸かった俺の最後の魔法試験
そしてそれが上手くいけば────
…………やめよ、変な考えは俺の足を止めてしまう。
何かを掻き消すように頭をぶるぶると振る
不安なんて何もない。俺は最後の魔法を使いこなせるはずだし
先輩はそれを笑顔で祝ってくれる
そして、俺は先輩に告白する。断られたら坊主になろう
教室に鞄を置いて、急いで体育館に向かう
館内は生徒で溢れかえっていて、暑苦しい。というか本当に暑い
「遊佐君、こっちこっち。遅いよ~」
人ごみの中から、俺に手を振るましろを見つける
「悪い。いつも通りだったから、教室ついたら時間ギリギリだった
…………それにしても暑いな……」
バタバタと制服の前を掴んで仰ぐ
「チョーカー外しておけば?首元暑くないそれ?」
「あー……まあ、そうだな。でもこれはいいや」
「静粛にせよ。生徒会長の挨拶が始まるぞ」
早乙女さんに怒られる
「……何で校長より先に挨拶してるんだ……?あの人」
「ァー、アー、えぇ~~全校生徒の諸君。お早うございますっ」
1時間程度の終業式の後、生徒は各々の教室に戻る
「あ~~~暑かったなーまったく」
「校長先生の話長かったね~。わたし倒れちゃうかと思ったよ」
いよいよ激しさを増す夏の日差しは、朝飯を抜いた俺をノックアウト寸前だ
「ぃよし諸君!それでは成績表を配るぞ!
出席番号順にとりにくるようにっ!!1番井草千里!!」
「ひぃ~~~」
悲鳴や歓喜の声が聞こえる。「遊佐洲彬」は当然最後だ
「ゆ」だもんな、「ゆ」
「ラァストォ!遊佐洲彬!!」
「あーい」
鳥恩先生から成績表を受け取り、戻ろうと半身を返すが
先生は成績表から手を放さない
「ん……?」
振り返ると、ミスターサベッジは
「よくやったな、遊佐洲彬。堂々の学年トップだ!
いや、お前の成績のお陰でその無茶は通りやすかったぞ」
俺の首元を指差す鳥恩先生
「あ……」
「うわぁ、すごーい。遊佐君一番なのっ!?」
「……ふん、今回はたまたまだ。ましろ、来学期からはまた私が……」
「遊佐、すっげー」
チョーカーの着用を朝の職員会議一発で通せたのには
そんな理由があったのか……
学年トップのやる気に大きく関わるとあれば
装身具ごとき、目を瞑ろうという訳だ
成績表を開く。テストはほぼオール満点、評価は10
「あーー……うん、すごいなこりゃ」
今まで平均を往ったり来たりだった俺がこんな成績になったのは
当然黒井先輩との
部活動の影響だ
複雑極まる魔法式のキューブを解く難しさに比べたら
英単語を400語覚えるのも、1800年代の歴史事件を暗記するのも
まして数学の公式を使いこなすのなんて、
正に御茶の子さいさいだったのだ
「……これも先輩に感謝だな……」
「何をにやにやしてるんだ?気持ち悪い」(←聖)
「トップを奪われたからって八つ当たりするな
力はお前のが強いんだからいいじゃんか」
「お前に負けたというのが我慢ならないんだ!ああ、もうっ……」(←聖)
「…………」(←杏)
頭を抱える姉を、冷ややかに見つめる妹
「…………(コクン)」(←杏)
なんか「よくやった」みたいな眼差しを受けた
まああの姉妹にも色々な事情、色々なドラマがあるんだろう
深く追うと危ない気がするんで追わない
「うぇぇ~~いいな~遊佐君。夏休みに勉強教えてよ~~」
「あー、勉強もいいんだけどさましろ
休みにみんなで海にキャンプとか行きたくないか?」
「ほぇ、キャンプ?」
「うん。俺の部活のメンバーで話上がったんだけど、3人しかいなくてさ
それじゃ寂しいからクラスの連中も誘うかってことになって」
「なるほど~~」
「だから中島も、蔵人も、井草さんも毛森さんも月島姉妹も早乙女さんも
神契さんも…………おーい、あとお前も、行かない?」
「行きません」(←茜)
「即答!?」
「私だって行かないぞ!誰がお前となんか……」(←聖)
「私も行かない」(←杏)
「おおい、そんなの凹むだろ!こんな時だけ息ぴったりかよお前ら!!」
「わたしはいくよっ。聖ちゃんも、杏ちゃんもいこうよ~」(←ましろ)
「うんうん、ましろは素直でいいなぁ」
「なっ、ましろ……ましろを一人で行かせてもしものことがあったら……」
「杏ちゃんも~~~~」
「……私には関係なっ……何で泣くんだ。聖、なんとか……」
「私もいくよー」
「おー、井草さんならきっとそういってくれると信じてた」
「ふむ……海か。それもいいかも知れない」(←早乙女)
「だろだろ」
「あたしもオッケー、海で友達できるかなー」(←毛森)
「食べるかもな」
「もちろん、あたしも行くわよ!」(←しのぶ)
「だからあなたは自分の学年に帰ってくださいっ」
「私も……いこうかなぁ」(←神契)
「うん、そうしようそうしよう」
「勿論、私もいく!生徒活動には何事も引率役が必要だからな!」
「ま、まじっすか……」
「うむ、テントをどうやって海まで運ぶつもりだ?」
「ぐっ……なるほど。大人兵器自動車か……!」
「…………」(←茜)
「……いや、お前もさ。来いよ、マジな話」
「…………」
目を逸らされた。はぁ、まいったな
まあ茜は後でなんとかするとして……キャンプは実現できそうだ
そうだ、きっと行ける
HRが終わり、教室を出る
生徒はそれぞれ、夏季休暇に思いを馳せつつ各々の午後へと向かう
俺が向かう先は当然…………特別棟4階隅の空き教室だ
「ちわっす、ちょっと遅かったですか?」
教室には黒井先輩と青島さんがもう来ていた
「いいえ。まだ日が高いですし、生徒も残っていますから
もう少しお茶でも飲んでいましょう」
いつも通りの光景。机を並べて併せたテーブルには、クッキーとアイスティー
いつもの席に座る。この"いつも"も、これで最後か
「まりなちゃんと、これまでの事を話していました」
「ああ、俺がくる前から、2人はここにいたんですよね」
「ええ。遊佐君が来てからは賑やかだったけれど
まりなちゃんと2人のお茶会も楽しかったわ」
「…………(コク)」
いつもの表情で青島さんが頷く。もう気持ちの整理はつけたんだろう
でも結局青島さんの魔法って、一度も見たことないな……
「あ、そうだ。夏休みの海のキャンプですけど
俺のクラス大体仲いい連中はおっけーでした」
「まあ……それは良かったわ。まりなちゃんはお友達を呼んだ?」
「……あまり暇ではない様で、日が決まったら教えて欲しい、と」
「あーそっか。そうだよな。それじゃ早く予定組み上げないとだ」
「私の方は……何分3年ですので、難しかった様です」
「あーでもしのぶ先輩行くっていってましたよ
俺のクラスにまで来て即答しました」
「まあ…………彼女らしい」
「茜のやつも、渋ってるけど何とか呼びますから。それで」
そこで喉が支えた。
きっと、喉がカラカラなのにずっとしゃべってたからだろう
アイスティーを流し込む
「急いで話す必要はないわ、遊佐君
まだ時間はありますから、クッキーもどうぞ」
「あ……はい、そうですね」
先輩は楽しそうに微笑んでいる
ああ、と俺はぼんやり思う
そうだ、こんなに捲くし立てる必要なんてない
俺がそんなだったら、彼女は笑えないだろう?
深呼吸をして、クッキーを食べる
グラウンドから運動部の声が聞こえだす
ゆっくりと時間は進む
穏やかに、穏やかに、この瞬間を時に染み込ませる様に
いつもの会話。これまでの事、これからの事を無理せず話すうち
ふと、眠気が襲ってくる
「ん…………」
焦点が定まらない。今日は先輩からの最後の指導があるのに
頭が下がってしまう。クッキーを食べ過ぎて、胃に血が行き過ぎたんだろうか
そういえばクッキーは俺1人で食べていた
まいったな。2人に悪いことをした─────
彼が眠りに堕ちた後、少女はそっと口を開く
「…………本当に、これでいいんですか?」
「ええ、今まで
ありがとうまりなちゃん。最後は、彼とだけで済ませるわ」
「……どうして……。まだ、先輩には」
「ええ。でももう、時間なの。元々、もう疾うに終わっていたのよ。
だからこれは、私の我侭。ただそれだけなの」
「……それでも」
「いいえ……それももう終わり。
自分の事ですもの、私が一番よく分かっているわ……ねえ、まりなちゃん」
「…………はい」
「抱きしめても、いいかしら?」
その予想外の言葉に目を丸くする少女
「は……?」
「どんな感じなんだろうって、思って。ダメかしら?」
躊躇いはほんの一瞬、少女は首を横に振る
彼女はその様子に微笑んで、少女の肩と頭を柔らかく包む
「ありがとうね。まりなちゃん」
少女はその胸で、変わらぬ表情のまま、ほんの一筋の涙を流した
「……私の為に泣いてくれるのね」
「同情、とは、思わないんですか」
「同情でも、何でも。
まりなちゃんが私の為に泣いてくれた事に変わりはないわ」
"いつか自分にとってすごく大事な事に触れた時には、きっと泣いちゃうよ"
彼の言葉が甦る。
なら、きっとこの少女にとって自分は、大事な事だったのだ
自分の頬が濡れていないのは申し訳ないが、それで十分だと、彼女は笑う
そしてそっと、その体を放す
「彼が目を覚ますまで、まだ時間があるわ
どうせなら、気がかりは全て無くしましょう」
彼女は彼を残し、教室を出た
昼下がりの校舎。茜はまだ教室にいた
「…………」
彼女も、気になっていない訳ではなかった
自分の座るべき椅子に座り、
自分には不可能であろう、完全な継承を1週間足らずでやってのけ
愚かにも間違い続けるクラスメイト
焦燥と、苛立ちと、嫉妬と、それと……
彼女の頭は、未経験の感情の奔流で破裂しそうだ
そこに、もう一人の彼女がきた
自分への継承を拒んだ、黒髪の彼女
彼を────自分をここまで苛立たせる彼の目を奪い続ける彼女
「こんにちは、ご挨拶にきました」
「……何の用です」
「ですから、ご挨拶です。それと感謝の意を伝えに」
苦々しげに、弱々しげに彼女は吐き捨てる
「感謝ですって……?わたしは何もしていません」
「ええ。ですから、ありがとうございました
貴女が何もしなかったから、私は我侭を続けられたのです」
「……っ…………用件はそれだけですか」
「ええ。後は私の問題です
貴女にも、彼にも、きっと一番いい結果が残りますから。安心して」
「後腐れはなしということですね」
「ええ。ですから、お気になさらず」
にこりと、彼女は頷いて
「貴女とお友達になれたら、楽しかったでしょうね」
短い挨拶を終えた
その背中に、金髪の彼女は呟く
「後腐れがないですって……?
なら、今この瞬間の気持ちはどうなるのです」
涙は流してやらない
これが自分の選んだ道なのだから、最後まで貫かなければ
「ん…………」
心地よい風に目が覚める
「……あ、しまった!」
辺りはもう暗い。夜になってしまっている
今日は先輩からの、最後の試験があったのに
「おはようございます、遊佐君」
窓際で先輩が微笑んでいる
「すんません……俺、なんでこんな……
起こしてくれて良かったのに……」
しょぼんとする俺に先輩はうふふと笑う
「いいえ。今なら校舎には誰もいませんし
好都合です……私の方こそ、ごめんなさい。腰は痛くありませんか?」
「え?……ああ、ちょっとだけ……」
机に突っ伏してずっと寝ていたからだろう
でもそれで何で先輩が「ごめんなさい」なんだ
「ん……いや、こんなとこで寝たのは俺ですし
ベッドに運ばれてたら申し訳なくてしょうがないですよ」
「ふふふ…………そうですね、貴方は妙な所で鈍いのでした」
「へ?」
「いいえ、何でもありません。
さあ、ではいよいよ最後の魔法ですね」
「……はい」
「ここでは、少し危ないわ。上へ上がりましょう」
確かに。俺の未だ発動できていない最後の魔法式は、炎の元素
室内で変に火が飛び回ったら大変な事になる
先輩について、屋上へ上がる
ドアは腐敗して開きっぱなしだ。さっさと修理すればいいのに
「……じゃあ、遊佐君」
どうぞ、と先輩が頷く
目を閉じる。式は簡単に見つかるはずだ
6元素の内、他の5つの式はもう把握している
残った式を正しい順で組み合わせるだけでいい。けど────
「……先輩」
後ろに控える先輩に振り返らず、声をかける
「はい?」
「本当は、この後にしようと思ってたんですけど」
「何かしら?」
止めろ。そんな事を言っても
「俺、先輩のこと好きです。これが上手くいったら
返事真面目に考えてくれませんか?」
「…………遊佐君。ええ、分かりました」
そんな事を言っても彼女を困らせるだけだ
「本当ですか?考えるって、ちゃんと考えるんですよ?
オッケーだったら、夏休みには2人で遊びに行ったり
馬鹿な事話して時間潰したり、ケンカしたり、仲直りもして」
「…………」
分かってるけど、言葉が止まらない
「2学期も、3学期も、その後も、俺達が続く限りですよ
フったとしても、俺は先輩の事諦めないし、海には勿論行くんです
…………そういうの、約束できるんですか?」
「…………」
ほらみろ、俺はなんて馬鹿だ
「すんません、俺……こんなはずじゃ」
「いいえ、謝るのは私の方よ。ごめんなさい遊佐君」
「………………どうしても、やらないとダメですか?」
「お願いします。私は、その為にここに居ますから
私の役目を全うしたいのです。…………それに、
今貴方がやらなくても、そんな事には関係なく刻限は過ぎているの」
もう一度目を閉じる。式はもう見つかっている、とっくに見つかっている
出来るだけ、できるだけ彼女を満足させたくて
体中から魔法力を掻き集める
そして─────式を発動させる
夜空が僅かに明るむ
目を開けた先には、月の光にさえ届かない小さなフレアスター
その火が精一杯に爆ぜて、消える
「出来た……」
どうですか?と、振り向いた先には、誰もいなかった(NQエンドの場合ここで糸冬)
「え…………?」
焦る。どうして焦っているのか、その理由は
分からないからだ。何故自分が振り返ったのかが分からなかったから
「いや……分からないはずは、ない……」
頭を抱えて必死に思い出す
何かが急速に頭から抜け落ちていっている
今俺が見ている所には、何かがあった……
いや、誰かがいたはずだ
けれどそれが思い出せない。
記憶を辿る
今までの記憶を、この1ヶ月を思い出す
その1ヶ月は色々と思い出せるが、思い出したいことだけが見つからない
「そんな……俺は、誰かを……」
苦しくて喉を押さえる
「あ……?」
その手に、硬い物が触れる。小さな銀の月。首元の布に気付く
そうだ。誰かが、これを俺にくれた
よろよろと足が動き出す
そんなのを気にしている場合じゃない
今この手がかりを離したら、二度と掴めない
そしてもう一度、思い返す
部の後輩との会話。金髪のクラスメイトとの会話
"先輩は、探しているだけ"
先輩と呼ばれる誰かがいた
"私に魔法の継承権を譲ってください"
ああ、あいつとはその事で殺し合いにまでなりかけた
「違う、ちがう……そうじゃなくて」
"……私の魔法は、大気に満ちる6つの元素。
これが、貴方に託す私の奇跡────"
そうだ、彼女がいた。俺は彼女からこの力を学んだ
けど、誰だ。顔が思い出せない!
大体何故その彼女が今、いないんだ。何でこんな結果になった!
"
予定調和が生まれる、のです"
ああ……そうだ、俺は、何故かなんて、知っている
"この"世界"に存在しなくてはならないモノ"
"もし、その引継ぎが途絶えてしまっても"
"問答無用で魔法の知識を人に与えればいい"
彼女こそが───────
"私はその為にここにきたのです"
"継承権を譲ってください"
"6元素を継承出来ないのなら、貴女に用など有りませんから"
彼女こそが───────
"貴方で良かったわ。私にはもう時間があまりありませんから"
"私の持つ知識を貴方に全部移したの"
"私は誰かに縛られるのが性に合っています"
彼女こそが───────その存在だった
世界の予定調和から生まれたモノが選んだのは、俺だった
彼女は、その為だけに存在して
その知識を継承させた後は
────食べられたパンが、存在できるわけがない
「そうだ……わかってた……」
はっきりとではないが、靄のかかった不安として、理解していた
何故一人にしか教えられないのか
何故今後の話をすると寂しそうに笑うのか
何故、あの日彼女が一日きりの恋人を申し出たのか
「…………っ……」
胸が支える
彼女は、自分を理解していた
未来など自分にはないこと。その存在が偽りであること
その偽りの存在が…………俺と同じ世界を歩けないこと
その、役目として以上に彼女に踏み込んだのは、俺だ
意味も分かっていない癖に、無遠慮に近づいて
あるはずのない未来を見せて、聞かせた
"いつかペットオッケーなとこ移ったら、俺が何かプレゼントするよ"
"部の3人でどっか遊びに行くのはどうかなーとか"
"これからはずっと着けてきますから、その内慣れちゃいますよ"
"…………そういうの、約束できるんですか?"
そんな俺に、彼女は
"ふふ……では期待してます"
"そうね。休みには、みんなで遊びにいけたらいいわね"
"やっぱり何度見ても嬉しくって"
"ごめんなさい"
彼女は、俺を傷つけない為に、自分を傷つけた
「……馬鹿っ……馬鹿だ、俺は……」
そんな彼女に甘えて、不安を消したくて
言葉にすれば、その未来が本当になる気がして
言葉にすることで、それが叶うと信じ込みたくて
俺は彼女を、何度傷つけたか
「っごめん……ごめん……俺は、でも……」
顔も、名前も思い出せない
よろめきながら走り出す。
何故、どこへ走っているのかも分からない
屋上を降りて、4階へ。
そして、その最奥の教室へ足は向かう
その扉を開ける
そこには、誰もいなかった。
当たり前だ。この真夜中に人がいるはずはない
「いや……でも、いた。彼女がいたはずだ」
皮膚を破る程強く頭を掴む。思い出せない
「あと少し、あと少しなんだよ……!」
ふと、離れた机の上で視線が止まる
銀の指輪。安物の、不吉な目をした猫の指輪
あれは俺の指輪だ。引っ越す前の街で、300円で買った、俺の────
「───────────っ!!」
思い出がある。そうだ、俺は
ここで彼女に、この指輪を渡した
指から外して、彼女の手を取り、その指に嵌める
まるで、御伽噺の1シーンのように、夕日が赤くて────
「あ────」
思い出した。
夕焼けを背に優しく微笑むその顔を
笑うことしか知らなかったその顔を
悲しみも、寂しさも、嬉しさも、楽しさも
その全てを笑顔でしか表せなかった彼女の顔を
そしてやっと、俺に本当に笑いかけてくれたその顔を
「────っ!」
名前が思い出せない。どうしても思い出せない
だけど、今を逃せばもう二度と思い出せない
だから、彼女の笑顔を思い浮かべて、大声で叫んだ
「────────真名っ!!」
その声で、指輪に小さな光が灯る。そして────
「…………遊佐君、どうして……」
彼女が、そこにいた
「真名……ごめん、俺……」
「遊佐君、ダメよ……その呼び方はあの日だけっていったじゃない……」
何かを我慢するように、その声が掠れている
「っっそんなのっ、知らないっすよっ……」
言葉尻だけがいつもに戻ってしまう。それを聞いて彼女はクスリと笑う
「貴方は……本当に抵抗力が強いのね……
役割を終えた私は、初めから存在していないモノ
誰の記憶にも残らないはずなのに……いいえ、貴方だってそうなるのに」
「忘れるわけ、ないだろ」
二度と見失わない様に、彼女から目を逸らさない
「いいえ、それは無理よ。貴方は今、世界の理に抵抗して私を見ている
けれどこの世界に生きる限り、それはいずれ掻き消されてしまうの」
「そんな……なんで、なんで終わりなんだよ」
「私の役割は、人に知識を与えることだけですもの……
その知識自体が、この世界で存在している力だった
だから、本当は貴方に知識を移した時、私は消えるはずだったの」
そうだ、存在理由が知識の継承なら、彼女はあの時にこうなっていたはずだ
「けれど消えなかった……何故だか、分からなかったわ
分からなかったけど、暖かかった……それで、どうしてかこう思ったの
貴方から貰ったこの指輪が、きっと私を留まらせたんだって」
「……そんなの、ただの安物の」
「ええ。でもね、他に理由がないの。小さいけれど、暖かい何か。
だから私は思った……もっと知りたいと。
この力をくれた貴方を、もっと知りたいと思ったの」
「俺には、力なんて……」
そんなものはなかった。今だって魔法力は雀の涙レベルだ
「だからね、私は世界に言い訳を作ったの
この人が知識を使いこなせるまでが、私の役割だって
……だけど、そんな言い訳はあんまり通じなかったわ」
だから彼女は、いつだって俺の傍に居た
「だから、どの道結果が同じなら、私は貴方に一番いい結果をあげたかった
ただ消えるのを待つより、その知識を使いこなしてもらうのを見届けようって
そして、そうなった……言い訳も、全部無くなったの」
「もういいっ……もういいよっ
俺に何の力があるんだ?それで、真名がここに居続けられるなら」
それでいい。その力で、俺は彼女を────
「……いいえ、もうダメよ。言い訳が無くなった以上
貴方の力だけでは私を保たせることは出来ない……」
「じゃあどうすればっ!!」
「どうにもならないの……これは予定調和
私がこの世界から居なくなるのは、初めから決まっていた事
……ねえ、でも私は、楽しかったわ」
「え……?」
「貴方と一緒にいた時間は、とても楽しかった
貴方と一緒に過ごして、私は色んな自分に気付けた
それは、偽りの存在(わたし)には、眩しすぎたけど、優しすぎたけど」
「俺だって……」
視界がぼやけまくっている。
せっかく会えた彼女の顔がよく見えない
「だから、ごめんなさい。我侭だけど、私は満足しているの。
それは、貴方達からすればただのまま事だったでしょうけれど
私はこの奇跡のような間違いを、大切だって思えたから……」
どちらが近づいたのか、どちらもなのか、分からないが
彼女は目の前にいる。
俺の大好きな笑顔。その眉は揺れているけれど
「……俺、真名に何もして上げられなかった」
声が裏返る。言いたいことが山程あるのに、喉が支えて声にならない
「いいえ。貴方がしてくれた事全てが、私の思い出
……それに、ねえ、貴方が教えてくれたのよ?」
真名が俺の手を取り、頬に当てる
「涙が流れる理由──────」
その笑顔から零れた滴が、俺の手を濡らす
「…………っ!」
彼女を抱きしめる。その感覚は、もう殆ど無い
目の前に居るはずの彼女に、もう触れる事さえ出来ない
だけど、それでも彼女はここに居る
耳元に息遣いを感じる
そうだ。彼女が自分の存在を受け入れて、それでも満足したというのなら
俺だって……俺だって、いつまでも駄々をこねる訳にはいかない
悲しみも涙も超えて、その奥にある本当の気持ちを、言葉にしないと
「ありがとう。真名に会えて、良かった」
「──────っ」
彼女が光に融けてゆく
(さようなら。私の終了に想い出を添えた人
間違いだったとしても──────貴方に会えて良かった)
彼女の指輪が零れ落ちる
彼女の存在が、頭から抜け落ちていく
止める事の出来ない消失
跪く様にしゃがみこみ、その指輪を握り締める
目を覚ませば、溶けて消える淡い夢
彼女に焦がれたこの胸は、けれど
朝までその顔を留めておくことすら出来ない
だから、だからこそ──────
「だから、もう少し……今だけはっ……」
今だけは、彼女の為に涙を流そう
ああ、願わくば、この夜が終わりませんように──────
最終更新:2007年03月13日 11:59