二人の囚人が鉄格子から外を眺めた。 一人は月を見た。一人は星を見た◆yy7mpGr1KA





ぼこり、と。
泡のはじけるような音が空間に響いた。
そこは月の海とも、石の海とも異なる魔力の海だ。
魔術師ワイズマン、あるいは白い魔法使いが用意した工房で彼は力を蓄える。

魔術師の工房とは来るものを拒み、去るものを逃がさぬもの。
千客万来の観光施設にソレは本来不適なのだが……
『水族館』はある種の『監獄』であるがゆえにワイズマンにも望外の適性を見せた。
人の手によって蒐集され一所に囚われた生き物たちの房、人の業そのもの……とまでいうのは悪し様がすぎようが。縛られているのは人も同じくであるし、飼われることで滅びを免れ益を得ている種もある。
例えば、恐竜は今の世には消えて久しい。
鳥へと進化し種として絶えたとも、宙より飛来した隕石が原因で滅びたともいわれるが、どうあれ彼らは生存競争という戦いに敗れ霊長の祖としての座を人に譲り渡した。
同じように人の進歩によって絶滅の危機に瀕しながらも、人の手によって保護されることで命をかろうじて繋ぐヤシガニやカブトエビなどの生き物がこの水族館にも飼われている。
それらは恐らく人が自然を保護してやる、など傲慢なことを言いださなければ滅んでいただろう。
そういう意味で彼らは人に隷属したと言える。
だが人は彼らの絶滅を防ぐために資金や人材で多大なリソースを裂いているのが現状だ。だた生きるだけで、蝶よ花よとまるで愛でられる姫君のように。
そして水族館とは、絶滅危惧種に限らず様々な水棲生物を目当ての客が落とした金で従業員を食わせる施設だ。
なるほど檻に入っているのは水棲生物であろう。だが、彼らに奉仕しているのは人であろう。
サディストの望む姿を演じるマゾヒスト、奴隷がいなければ食事も礼服も日々の生活すらもままならない貴族、真に相手を支配しているのはどちらなのか。
――――――人も見世物も枷に囚われた『監獄』こそがこの『水族館』だ。

霊地として優れるわけではないが、ワイズマンが魔力を集める拠点に十分と判断する要素がこの地には満ちていた。
ワイズマンの右手でプリーズの指輪が光る。
魔力の授受を可能とするその魔法の指輪と自らの宝具を組み合わせ、彼はガンナーとの闘いでの消耗を補っていた。
宝具とはサーヴァントにとっての象徴、代名詞と呼べるもの。
継承・奪取などにより複数のものの手に渡ることも時折あるが、多くはサーヴァントが独自に持つ逸話や武器であり、その扱い方を最も知るのは彼らである。
額面通りの使い方をするとは限らない、ということだ。
例えば外敵を封じる結界を転じて、自らの魔眼に枷を課す者。
例えばあらゆる監獄から脱獄する宝具を転じて、あらゆる空間へ侵入する者。
ワイズマンもまたそうした応用を可能とする者。
宝具『蝕まれし希望の光、絶望の幕開け(サバト・トゥ・ラスト・ディスパイア)』は本来なら生贄となる魔法使いを糧として広範囲に強制的な魂食いを行い、宝具『賢者の石』を生み出すもの。
その一端を解放し、プリーズの指輪の魔法、五代元素が一つ水属性の特性である吸収も併せ――水族館という場所は魔術的・風水的に水気に満ちておりそういう面でもよい――館内の生命からの魔力徴収を再開していた。

ガンナーが指輪を撃ち弾いた指の調子を検めるように曲げ伸ばしする。
撃たれたのは分身なのだから異常があるわけもないのだが、形代のような呪詛を警戒したか。あるいは彼女の技巧を思い返し警戒の念を強めていたか。
兎にも角にも十全に機能を発揮できるのを確かめると、その指に新しく嵌めたコネクトの指輪を光らせ此方と彼方を繋ぐ門を開く。
門をくぐりぬけた先の水族館の一室――空条承太郎に割り当てられた、なんの変哲もない一室――に笛木奏の姿が現れるとともに部屋の主である承太郎もまた帰室した。

「ようやく済んだか」
「ああ。テメーのおかげで沸いた余計な仕事がな」

笛木が行っていた魔力の徴収は遊び疲れ程度のもの……そう嘯いていたし、事実笛木自身もそのつもりだった。
だが人間相手の加減はともかく魚や水棲生物相手ではさしもの白い魔法使いも完璧とはいかなかったのか、一部の動物の様子にスタッフが異変を覚えたのだ。
その様子を診てほしい、と言われれば仕事としても個人的な責任感としても断ることは難しい。
自分の専門分野ではないなりに平時診ているトレーナーや獣医に混じり確かめて、外傷などなく疲労がたまっただけだろうと意見がまとまるまで少しばかりの時間をとられた。
諸悪の根源であるこの男をどうにかできればいいのだが、言ってやめるものでもなく歯噛みすることしか今の承太郎にはできない。
命さえ奪ってなければいいだろうと言わんばかりの振る舞いはまさしく魔術師の在り方なのだがそれは承太郎の知ることではなく、彼としては『魔術師』よりも『恋人』の暗示の男を思い出していた。
その苛立ちも、吐き気を催す邪悪もどうにかするには濁った気持ちを飲み干して歩みを進めるしかない……ただその一心で承太郎は今マスターとして動きを再開した。

笛木は嫌味を馬耳東風と聞き流してPCを立ち上げ、承太郎は懐から取り出した大学ノートの切れ端をスキャナーに読み込ませる準備を進める。
そこに描かれているのは承太郎が記憶を頼りにスタープラチナで描いた、ガンナーの用いていた銃器のスケッチ。
100%正確な描写ではないかもしれないが、武装の特徴や名称から敵対したサーヴァントの真名を探れまいかと二人は文明の利器を使うことにしたのだ。

「デザートイーグルと、アヴェンジャー。それくらいはおれにも分かるが」
「ふむ。お互い銃になじみの薄い出身に、必要としない身ではな。私もさして変わらない認識だが……」

本来スタンド使い、魔法使いにとっても銃器の類は無視できるものではないのだが、超のつく一流の二人の前ではほぼ意味をなさない。
至近距離の銃弾をつまんで止めるスタープラチナに、凡百の銃などでは傷をつけようもない鎧をまとった白い魔法使い。
加えて二人とも銃刀法の施法された現代日本の出身で、その辺で銃が調達できるようなものでもない。
身近なものではないため正確な推察はかなわないが、それでも知見で補うことはできる。例えば

「最後のアレは恐らく列車砲の類になるのではないか?」
「ん?あー……」

レールウェイ・ガン。19世紀に導入された、大口径の火砲を線路上を走行させることで移動可能とした当時としては画期的な兵器だ。
スケッチの一つに承太郎の視線が落ちる。
ほぼ砲口しか写せていないそれに情報としての価値はさほどなく、規模からの推察の方がマシなアプローチだろう。
口径は……100㎝はさすがにないだろうが、数10cmは下らないように見える。これほどの大火砲は史上においても稀だ。

「なるほどな。そんなもんがあったか……いや、にしてもデカいな。ナチスドイツがバカデカいのを2、3基持ってたと記憶してるが?」
「グスタフとドーラの2つだな。3番目は未完成に終わったはずだ。口径だけで言うならアメリカにより大きなものがあったと記憶しているが、全長から見るにお前の言うナチスの列車砲という推察で当たりだろう」

喋りながらも二人は作業を続け、読み込ませたスケッチで画像検索をかけていく。
大口径の拳銃は想定通りデザートイーグル。
焼夷弾をばら撒いたガトリングも想定通りアヴェンジャー。
近接するキャスターを牽制した、アヴェンジャーより大きな砲門は恐らくアハト・アハト。
指輪を撃ち落としたライフルはスケッチが正確でなかったか、ガンナーが手を加えた特異な逸品だったか、理由は定かでないが詳細は分からなかった。
大口径の砲もやはりスケッチがそも情報不足というのもあって碌な結果ではないが、全長数十メートルに口径が1メートル近い大砲などそうあるものではない。推察を重ねるうちいくつかに候補は自然と絞られるだろう。

「デザートイーグルはイスラエルが製造元でアメリカも関わってたな。アヴェンジャーは米軍の機銃で、アハトアハトはドイツか。第二次大戦で暴れたって聞いた覚えがある。
 ライフルはよく分からねえとしても、こいつがナチスの列車砲というのが当たりなら、ドイツとアメリカの銃器が多い。ペーパークリップか何かでアメリカに亡命したドイツ軍人か、あの女?」
「ふむ。国籍を追うとそう見えるが」

最低限の情報は承太郎のスケッチを通してのネット検索で当たれた。
しかしそれだけでは不足と笛木がコネクトの指輪を再度ドライバーにかざし、腕を伸ばして彼方へと届かせる。
そこから腕を伸ばすと数冊の本――どうやら銃器の資料らしい――が握られており、目当てのページをいくつか開く。

「製造年のずれが小さくない。列車砲とアハトアハトは第二次大戦がピークだが、アヴェンジャーとデザートイーグルは70年代開発のようだ。
 それに列車砲とアハトアハトは個人兵装ではない。一人の軍人が持つものではないだろうな」
「サーヴァントがそういう大規模な武装を個人で持ち込む、っていうのは珍しくないのか?」
「本来ならば複数人で扱う武器を一人で扱う逸話と考えるなら、古い英霊には珍しくはなかろう。西遊記で孫悟空が振るう如意金箍棒は約8トンの重さで、海の深さを測るときに天井の軍が総出で運んだとか。
 だが列車砲を単独運用する軍人というのはとんと覚えがないな……」

一応列車砲についてぱらぱらと書をめくるも、この時代はもはや兵器の時代で単騎活躍の英雄というのは――いないわけではないが――ごくわずかだ。
少なくとも数百人がかりで動かす兵器を一人で運用するのは英雄とかそういう次元の話ではなく土台無理な話だ。

「だが英霊には後の口伝やイメージで生前とは異なる情報が付与されることもままある。無辜の怪物と呼ばれるものであったり……あとはそうだな。
 例えば服部半蔵は忍者ではないが、おそらく召喚されればそのような面を付与されるだろうな。
 そのように大規模な兵器を単独で扱ってもおかしくないと思われる者となると……」
「開発者か、軍の指揮官という線は?」
「なるほど」

列車砲の仕組みについて承太郎も軽く目を通して、単独での活用は無理だと判断したうえでそのような意見を述べた。

「名の知れた城主や船長やなどであればそれこそ船や城を宝具とするのはおかしくない。アン女王の復讐号、潜水艦ノーチラス、万里の長城やピラミッドであれば持ち主が宝具とすることもあるだろう。
 だが、開発者ではない。先も言ったように時代の差異があり、そもそも開発者ではガンナークラスにはなれない。指揮官もほぼ同様。もっと、存在の級位が上だ……」

笛木はつぶやきながらも思考を進め、答えを漁るようにまた指輪を輝かせて彼方へと手を伸ばす。

「人類をもっとも繁栄に導いた発見とは何だと思う?」
「あ?そうだな、いろいろあるだろうが……」
「星の開拓者とも関わる話になるが、それはいい。電気、車輪、鉄、紙、繊維、文字……様々な候補があがるだろう。私は魔術にそれを見出しているが……」
 人類の発展において戦争を除いて語ることはできない。つまり、『武器』という概念も人類との発展と共にあると言って過言でないだろう」

そう言いながら笛木が選んだのはギリシャの神々が描かれた本だった。

「君も私同様分野が違うとはいえ命に携わる科学者だ。『プロメテウスの火』を知らないということは無かろう」
「……あらゆる戦争はプロメテウスが人に火を与えたことに起因する、か。また人の手に余る技術のことをそう呼ぶ」
「そうだ。あらゆる武器と戦争の起源は火であるがゆえ、人に火をもたらしたプロメテウスはあらゆる武器を手にする可能性を持つと言えよう」

承太郎のスタンドについて、南米の神々云々と言及したのも推論の要因となった。
それを認識できる、国か時代……おそらくは神話の存在であろうと推論を重ねるうちに笛木は思い至っていた。
その中でも銃器にまつわる神というのは聞き覚えがなく、苦心したが一つの仮説には至れた。

英霊によっても得意分野というのは存在する。
約束された勝利の剣のような、英霊の座に至ったならば誰もが知る高名なものならまだしも、様々な世界・時代の英霊の知識がムーンセルや座から与えられようとその知識を活用するのはサーヴァントなのだ。
馴染みのある知識ならすぐ引き出せようが、不慣れな分野ではそうもいかない。10年以上前に勉強した些末な知識のように思い出すにも苦労する。
魔術や物理学、時代や国を近しくする英霊ならまだしも、神々や精霊に馴染みのない笛木では、シャーマンであるジェロニモのような推察は容易くないということだ。

そうして辿り着いた推論には当然穴があり、承太郎もそれに気づかない男ではない。
なによりプロメテウスは男神であること。プロメテウスの火を武器とすることの是非。そして


―――銃使いのエクストラクラス。結構思い入れがあるから、ちゃんと呼んで貰えると嬉しいわ―――


第七階位(カテゴリーセブン)の、拘り。プロメテウスに銃に思い入れがあるとは思えない。
『プロメテウスの火』というなら銃よりもっと危険な、核は扱いにくいとしてもミサイルくらいなら持ち出してきそうなものだ。
宝具がサーヴァントの代名詞だというならば、それは恐らくスタンドが持ち主の精神性を現すのに近いだろう。
銃を代名詞とする……いや、むしろ

「別の仮説を提唱したい」
「聞こう」

自論の穴は当然承知か、笛木もその先を促す。

「グレムリンってのを知ってるか?」
「なに?」

突然発せられた因縁ある名前に僅かに笛木も動揺する。
だが、あの固体名を指しているのではないのだろうとすぐに思い至りその名の元となった怪物のことを思い浮かべる。

「機械に悪戯をする妖精の一種。ノームやゴブリンの類縁とされる怪物のことで相違ないか?」
「ああ。そのグレムリンだ。じゃあそのグレムリンっていうのは一体いつから存在した怪物なんだ?」

ノームをはじめとした妖精の類は神話の時代から語られる存在だ。
日本でいうところの天狗に近いか。
ではその類縁とされるグレムリンがその時代から語られていたかというと、それは否であろう。
機械に悪戯をする妖精は、逆説的に機械がなければ生まれ得ない。
機械の誤作動という事象が観測されるようになって初めて、機械に悪さをする妖精であるグレムリンが観測され、定義されたのだ。
先ほども述べていた。
服部半蔵が忍者である創作が世に広まることで座にそのように記録されるように、近代となっても英霊や妖精は変異・誕生しえるということ。

「ロビンソン・クルーソーは読んだことあるか?ああ、おれもガキの頃の夏休みにあれを何度も読み返したよ。
 あの中にフライデーっていうのがいた。遅れて島に流れ着き、ロビンソンに仕えた召使だ、分かるよな。
 フライデーはロビンソンの持つ銃が何だか理解できず、音がすると何だか分からないが鳥が死ぬもの、としか思えなかった。銃に理解が及ばなかったフライデーは、その銃口が自分を害しないように何をしたか……祈ったのさ、銃にな。どうか自分を傷つけないでください。どうかこれからも獲物をお恵みください、と。つまり、だ」
「銃に対する信仰……付喪神か」
「ああ。付喪神、あるいは九十九神。そう呼ばれ出したのは室町のころだったと思うが、グレムリンよりは先輩だ。銃が一つの信仰を獲得するのにゃ十分。刀剣信仰の一種としちゃあそんなに可笑しなものでもないしな」
「戦神ならぬ、銃そのものの神といったところか、なるほど……」

そんな存在に何か覚えがあった気がして、笛木はまた指輪を輝かせ彼方へと手を伸ばす。

「ところでお前、さっきからどこから本を引っ張り出してる」
「これか。昨夜監督役が言っていただろう、聖杯戦争は幾度も行われていたと。この月でも行われていた、その名残だ。
 バーサーカーかそうでないにしても聖杯由来の知識を活用できないサーヴァントを宛がわれたマスターへの救済も兼ねてだろう。こういったサーヴァントの来歴を調べるのに適した書物が図書館に配置されている。私のようにムーンセルにアクセスできるウィザードならばすぐその存在に気付くはずだ」
「図書館……そりゃサービスのいいことだ」
「一長一短でもある。敵について調べる環境が整っているということはこちらのことを知られる危険性も増すということだ。そしてさすがは管理の怪物というべきか、書物の移動はできても破壊はかなわないようにプロテクトされている」

笛木が図書館のことを知ってまず考えたのは当然自分の史跡の抹消だった。
語られることの少ない反英雄ではあるが、情報量が1と0では天と地の差だ。
だがかつて同じように自らのサーヴァント、太陽を落とした女の航海日誌を抹消しようとしたマスター同様隠ぺいが精いっぱいというところ。
二人の技量の差はそれこそ月とスッポンだが、本物の月を前にしてはどんぐりの背比べでしかないらしい。

「つまりお前にまつわる資料もあるってことか、キャスター」
「正確には私の英雄譚ではないが、ね」

そう言って笛木が懐を漁り、いくつか見える本の中から一冊を選んで承太郎に放ってよこす。

「『指輪の魔法使い』……?」
「そう。私は彼に打ち倒された反英雄だ。様々な英雄譚が観測されるが、白い魔法使いがハルトという青年に指輪を与えて魔法使いとし、その青年に敗れるのが編纂事象、全ての歴史の基軸のようだ」

アーサー王の物語は時代によって変遷している。ランスロットやトリスタンが登場するものしないもの、剣を主武装としたもの、槍を主武装としたもの、あるいはその性別までもが異なることもあり得る。
だがそれでも、大筋は変わらない。王を選ぶ剣を引き抜いたアーサーは国を守るべく粉骨砕身するも、ブリテンの神秘の枯渇という時代の変化に抗いきれず、嫡子モードレッドの裏切りによって命を落として幕を下ろす。
またクウガと呼ばれるリントの戦士に変身するユウスケの物語も単一ではない。
英雄はただ一人でいいと笑い続けたもの、人類の進化種アギトとの因縁を紡いだもの、世界の破壊者と肩を並べたものなど。
同じようにハルトの物語も複数あった。
笛木のよく知るものであったり、またその笛木の知る晴人から指輪を与えられたものであったり、またも世界の破壊者と縁を結んだものであったり。
そのうちの一つが今承太郎の手の中にある。

「私の能力を詳しく話せと言っていたな。否はない。だがいちいち口頭だけで説明するのが非効率だというのにも否は無かろう。
 指輪の魔法使いの使う魔法はほぼ私の産み出した魔法石に由来するものだ。ドラゴンが強く出たものとインフィニティーは私にも作れないが、それ以外なら問題なく扱える。
 いちいち指輪を一つ一つ提示して説明するより参考文献にまとまっている方が職業柄分かりやすかろう」

そう言うと笛木は工房への門を開き、話を打ち切るように戻ろうとする。

「私は回復がてら書籍の封印と調べものだ。お前の言う銃の神に何やら覚えがある気がするのでな。お前のスタンドについては後で詳しく話してもらう」
「待ちな」

それを承太郎は短く、しかし強く呼び止める。
一瞬沈黙が奔るが、笛木は振り返りそれに応じた。
二人が向き合うと承太郎の背後に青い人影が浮かぶ。

「生命・精神のエネルギーが像となって現われる。傍に立つことから能力全般を『スタンド』と呼ぶ。
 おれの能力の固有名は『星の白金(スタープラチナ)』、あるいはスタープラチナ・ザ・ワールド。射程距離は2m。パワー、スピード、精密性についてはそれなり……のつもりだったんだがな。どうもここのところ自信をへし折られてばかりだ。一応至近距離からのショットガンくらいならなんてこたねーし、トラックくらいなら力比べで勝ってみせるが。
 それから要の能力が、時を止めること。体感にして、5秒程度。世界の時を止め、その中をおれだけが動くことができる」
「…………」

咀嚼するように笛木が息をつく。
あとでいいと言ったのになぜ今、と思わなくはないがそれでも能力はシンプルなもので確かに時間を置くほどのものではないかもしれない……伏せている札がなければ、だが。

「名というのは宝具の真名解放か、魔術の詠唱のようなものか?」
「さて、深い意味はあるかもしれんしないかもしれん。友人の占い師がタロットを引いてつけてくれた、おれの運命の暗示だそうだ」
「では止める時間が5秒程度というのは?どうにも曖昧だが」
「止まった時の世界じゃあ針は刻まず、砂はこぼれず、水も流れない。その中で正確に時間を測るアイディアは随時募集してるぜ?」
「…………南米の神というのに覚え、はないようだな」
「おれもそれは気にかかっていた。またあの女に聞く機会があればいいんだが」

笛木の投げかけた疑問に対してまともな答えが返ってきたとは言い難い。
伏せている札があるために答えを渋るのか、逆に全て出し切ったゆえこれ以上話すことがないのか。
いっそメイジのように洗脳してしまうか、という考えが首をもたげるが……

「わかった。ひとまずはそれでいい。続きは後だ」

改めて話を切り上げて工房へ入り、まず懐にしまっていた指輪の魔法使いの物語を簡素であるが工房内に封印していく。
敗北の歴史に思うところがないわけではない。
暦のために必要だったとはいえ、自由意思を持った指輪の魔法使いがいたのが自分の敗因の一つだったのは間違いない。

(だが空条承太郎の自由意思を奪うのは上策ではないだろう)

関係が致命的に変化するというのあるが、それ自体は些事。
問題は自分が操作する空条承太郎は、彼自身の足で立つそれよりも確実に戦力で劣るということだ。
魔術の素人であったメイジが玄人である自分の影響下に置かれるのとはわけが違う。
すでにして歴戦のスタンド使いである戦士――敵わないとはいえ自分や第七階位のサーヴァントと戦えた実力者――をスタンドの素人である自分がわざわざ操作するのは愚の骨頂だ。
スタンドが精神のエネルギーだというならどんな影響が及ぶかもわからない。

(リスクは承知。それでも人間とファントム両陣営を渡り歩くに比べればたかが一人、渡り合ってみせる)

侮りはしない。
グレムリンと操真春人を見誤った失態を二度犯すわけにはいかない。空条承太郎は二人以上にしたたかな熟練の戦士だ。

(『私』の物語はここに封じた。もう誰の目に着くこともない)

英霊ならば平等に存在する最期の逸話。
協力者の裏切り。『屍殻穿つ魔杖(ハーメルケイン)』という凶器。空条承太郎がこれを知れば……宝具を握り敵対することでこの要素はするりと埋まってしまう。
そして

(口裂け女。グレムリンと同じ、現代に産まれた怪物)

スノーフィールドで不審な情報を集めれば、意図せずとも飛び込んでくる怪奇情報、口裂け女。
起源は異なるが構成する要素としては笛木の最期を彩った怪物に近しい。
もしこれがディルムッド・オディナに対する猪のような天敵となってしまうのなら、たかが知れた幻霊モドキの都市伝説と言えど油断はできない。

この『指輪の魔法使い』の封は二度と解くまい。最低限の情報は得た。

(タイムの指輪。やはり、それでは暦は救えないか……)

笛木の死後の指輪の魔法使いの物語。
彼の遺した魔道具と操真春人より産まれた魔法使いは、タイム――時を超える魔法――を使い暦を救おうとした。しかしそれは叶わずに終わる。
英霊となってみればそれも当然と思えた。
量子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)……世界の残酷な決定を人の身で覆すことは出来はしない。
だからこそ人の身ならぬ聖杯が必要なのだ。

(――――――私にとっても、この戦いは娘を救う最後の希望なのだ。空条承太郎

気を許すつもりはない。だが―――
正位置の星、それは希望の暗示。魔術師にとって名前というものは大きな意味を占める。
死後に掴んだカードの名は無意味ではないと思う程度には彼は魔術師であった。


【F-6(?) 水族館内、笛木の工房/1日目 午後】


【キャスター(笛木奏)@仮面ライダーウィザード 】
[状態] 健康、魔力消費(中・回復中)
[装備] 『詠うは白き慟哭の声(ワイズドライバー)』
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を掴み、暦を幸せにする
1.娘のために空条承太郎を利用し、聖杯戦争を勝利する
2.失われた魔力の回復に努める
3.ガンナーのような強敵とは、本体は陣地外での交戦を避ける
4.『第八階位』は……
5.ガンナーを銃の付喪神と推察、調査。
[備考]
※承太郎の意向に関わらず自活するだけの力を得た、という発言が事実であるかどうかは後続の書き手さんにお任せします。



笛木と別れた承太郎は、さっそく渡された『指輪の魔法使い』に目を通していた。
悲哀の彩りに満ちた、されど希望にあふれた胸躍る英雄譚、それを目にしての感想はというと

(ヤツの持っていたものと微妙に異なるな。やはり死因については隠したがったか)

即座に一通り目を通し、その内容を咀嚼する……笛木の隠したものと比較して。
そう、承太郎は笛木の隙をついて彼の物語に一瞬だが目を通すことに成功した。
用いたのは当然スタープラチナ。

立ち去る寸前の笛木を呼び止め、時間停止。
わずか5秒、されど5秒。
スタープラチナの速度と精密性ならば本のページを一つ一つ丁寧に、されど一瞬で捲り切ることができ、そしてそれを見極めることができる。
目当ての本を引けたか、この物語が笛木のものかは承太郎には確信できない。
だがその可能性は高いと踏んでいる。

―――『悪霊』だよ。『悪霊』が持ってきてくれるんだ。必要なものをな―――
―――スタンドはエネルギーのイメージ化した姿だ―――

できて当然と思うこと……引かれるように、そうまるで引力に導かれるように承太郎は操真春人の物語を手に取り、一瞬だが目にした。
抜きとった本は懐に戻す……階段を上ったと思ったら降りていたと勘違いするように、淀みなく精密に元に戻した。

そして問答を終え、今に至る。
スタンドに関する問答で当然承太郎は全てを話してはいない。
まず今後の肝となる『聖杯符』と『天国』の可能性。これは現時点で不確定な情報だから伝える必要がなかったとも言えるが、切り札である以上明かすわけにはいかない。
また時間停止の中に踏み込んでくるものがいる可能性。動くものが敵か味方かによって意味の大きく変わる情報であり、またそもそも止まった時の中で動くということを認識させれば自分のように入門してくる可能性があるため、積極的に伝えようとは思えない。
そして承太郎にとっては話すまでもない、されどその他の者にとっては最大の肝。
敵対者に曰く、無敵のスタープラチナはもとより本体の承太郎こそが最も厄介であると。

一流イカサマ師のセカンドディールに気付く観察力があっても、その行為の意図が分からなければ指摘できない。
シャッフルしているトランプを見極める動体視力があろうとも、順序を記憶できる知能がなければ意味はない。
僅かな時間で操真春人の物語を速読するのはスタープラチナだが、それを記憶できるのが空条承太郎という男だ。

(ヤツの宝具がそのまま死因か。伏せたがるのも分かるってなもんだ)

それならば無理に聖杯符を狙う必要はないか……否、先を見据えて戦うと決めた。
プッチという邪悪に然るべき報いを与えると決めた。
であれば伸ばす手を止めるつもりはない。
まるでそうしろと運命が告げるように、パーツは揃いつつある。

(指輪の魔法にまさかこれほどうってつけのものがあるとはな)

グラヴィティのリング。
そして笛木の持つ宝具の一端であるエクリプスリング。
日食を引き起こす魔法、というのがどの程度のものかは分かりかねるが、日食とは新月の時にしか起こらないもの。
つまりこれは『新月の時』を満たす魔法というわけだ。
さらに必要ならグラヴィティによる調整があれば、天国の時は成るだろう。

(やれやれだ。今更ながらおれがあいつらの野望と同じ道を追おうとするなんてな)

月の聖杯戦争にて、新月を求める。まさしく月の導きであろうか。
―――月の正位置、その暗示は迷い、不安ある旅路、信仰。そして、裏切り。



【F-6 水族館内、待機室/1日目 午後】

空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 Part6 ストーンオーシャン】
[状態] 漆黒の殺意、若干の迷い、疲労(小)、精神疲労(中)、全身に打ち身等のダメージ(小)
[令呪]右手、残り二画
[装備] なし
[道具]『指輪の魔法使い』の物語(操真晴人の物語とは微妙に違う、リ・イマジ的なもの)
[所持金]
[所持カード]
[思考・状況]
基本行動方針: 『最初』に邪悪を滅ぼす。『最後』には……
0.やはりキャスター(笛木)は信用できない……
1.キャスターを利用し、目的を果たす
2.スタンドはサーヴァントにも有効、だが今のパワーでは心許ないらしい
3.聖杯符を入手し、可能ならスタンドを進化させる。キャスターの魔法、重力と日食も利用できるか?
[備考]
※スノーフィールドでのロールは水族館勤務の海洋学者です。
※『第八階位』のステータス及び姿を確認しました。
※『第七階位』のクラス、ステータス、宝具及び姿を確認しました。
※操真晴人の物語に目を通しました。少なくとも笛木奏の死因周りについては重点的に記憶しましたが、他どの程度把握・記憶しているかは後続の方にお任せします。


【全体備考】
※スノーフィールドのどこかに図書館があり、Fate/EXTRAのようにサーヴァントについて調べることができます。ただし『指輪の魔法使い』に関する資料は笛木が全てとは限りませんが目に付く限り隠ぺいしたようです。



013:静寂を破り、芽吹いた夢(前編) 投下順 015:ブラックパンサーズ
時系列順
010:止まる『世界』、回る運命(前編) 空条承太郎
キャスター(笛木奏

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最終更新:2019年07月25日 21:56