ブラックパンサーズ◆yy7mpGr1KA
エンジン音を鳴らして車が走る。
ティーネ・チェルクとそのサーヴァント、
アルテラを乗せた車は湖沼地帯を抜けて町のはずれを北上していた。
予期せぬマスターとの邂逅があり、わずかながら矛を交え、何の因果か盟も結んだ。
しかしそれが大きく身の振り方を変える事態はもたらすことはなく。
お互いこれまで通りに役割をこなし続けるということで、ティーネもひとまず宛がわれた仮初の邸宅へと帰る道中だ。
表向きにはこれといった問題もなく交渉を成功させたということで、心なしか運転中の世話役は上機嫌のようだ。
そして隣のアルテラもまた、傍らにカエルの人形を置いて少しばかり浮ついている感じがする。霊体ではあるが。
(私だけが、まだ……)
引き摺っている。先刻のそれを失態として。
何も知らない運転手に殊勝な態度を期待するのは間違いだ。
そしてアルテラはというと、気にしていないわけではなかろうが割り切っているのだろう。
反省はするべきだが、いつまでも一つの失敗にこだわるよりも次の機会に万全を尽くすべきだと。
アルテラはどこまでも前を向いている。きっとそれは生前からだ。
馬の視界は後方に及ぶほど広いが、その足は前進してこそ真価を発揮する。
アッティラ・ザ・フン、歴史上もっとも広範な大地を駆けた戦闘王は馬上の戦いに秀でたという。
彼女が馬を駆ける姿はさぞや強く、速く、恐ろしく、何より美しく、どこまでも前へ前へ進んでいったのだろう。
ただ内よりの衝動に後押しされていただけと本人は言うかもしれない。それがたまたまいい方向に噛み合っただけだと。
それでも彼女は王なのだ。その機能と強さを頼みにされていただけかもしれないが、慕う民や仲間がいなかったはずがない。
私はどうだろう。ティーネの心を悩みが満たす。
戦闘王を後押しした衝動にかわって、彼女の手綱を握れるのか。戦闘王のように、一族を纏める強き領主でいられるのか。
――――――なさねばならないのだ。
分かり切った答えを出すのにかかった時間は僅か、しかしそれが彼女の中で意味を持つのに要した時間は比べ物にならず。
一流の魔術師ならばスイッチを切り替えるように悩みを断てる。
だがティーネの技術と才能は一流であれ、年若い彼女は未だ発展途上にある。魔眼殺しの着脱で人格まで切り替えるような超一流には及ばない。
そのために思考の海に埋没したのは油断などというものでは決してなかった。
しかし、確かな隙ではあった。
『車を止めろマスター!』
アルテラの声が脳裏に響いた。
だがティーネには、それに即座に対して即座に的確な行動をとることはできなかった。
もし彼女がハンドルを握ることができていたなら反射的にブレーキを踏んでいたかもしれないが、それはかなわないifの話だ。
念話を送ってからアルテラも失態だったと気づいたのだろう。
なにせ幼いころから馬を友にしたフン族の王だ。他人の駆る乗機に相乗りした経験が少なすぎる。
次の瞬間にはアルテラが実体化して運転席に乗り込む姿がティーネの視界に入った。
そして運転手が何か疑問に覚える暇すらなくアルテラの拳が腹部に叩き込まれ、その席をアルテラが乗っ取った。
即座に急ブレーキ。
後続車の迷惑など知ったことかと道のど真ん中で車を止める。
「なにが……?」
「わからない。私の紋章がこの先に進むなと告げた」
動揺するティーネにアルテラは淡々と告げる。
続けて、殴って気絶させた運転手の様子も軽く確認して、勘だが大丈夫だろうとこれまた淡々と告げる。
並行して周囲に警戒を巡らせていたが
「……遅かったか」
敵の気配はまだ感じない。
だがアルテラの体を流れる魔力……正確には彼女に供給されるティーネの魔力に僅かながら変化が感じられた。
「こんな、ことが……」
土地守の一族であるティーネは、自らのマナのみならず大地のオドまでも取り込み供給することを可能としている。
血と命の繋がった故郷の力を借りることで強大な魔術師として力を発揮するのだ。
そのための土地とティーネとの繋がりが一切感じられない。
今の彼女は多少の魔術回路は有するが、それを活用する術を持たない弱きものに成り下がってしまった。
「ここを離れるぞ、マスター」
アイデンティティーの喪失に平静を保てないマスターに対して、サーヴァントは冷徹と言えるほど冷静に進言した。
「結界か、世界の書き換えか。ともかく星の紋章がここに近づくなと告げたのだからここから離れれば力は戻るはずだ」
アルテラの脳裏に一つの景色が刹那、浮かんで消えた。
真紅の薔薇と輝く黄金に彩られた美しい闘技場……それが何だかは思い出せなかったが、力を奪う結界というものになんとなく覚えがある気がしたのだ。
脱出できれば効力は発揮しないはず。そうと決まればアルテラの行動は早かった。
「深く腰掛けろ。それと、あれだ。えーと、シートベルトはそのまましておけ。急いで脱出するときは私が何とかする」
え、とティーネが声を出すよりも。
アルテラがハンドルを握り、アクセルを踏んで、車が走り出す方が早かった。
ちなみに気絶させられ、運転席からどけられた召使は当然だがシートベルトを締めなおすことなどできていなかった。
「王よ!」
「ん。いい判断だ。念話も魔術だからな。消耗は少ない方がいい。それでなんだ?舌は噛むなよ」
「車よりも王が私を抱えた方が速く小回りも効くのでは!?」
「こちらの方が魔力を使わない。お前が力を取り戻すまではこの方がいいだろう」
「で、では何処に向かっているのです!?拠点への道程と異なりますが!」
「脱出するのだから反転するのは当然だろう。そして敵が手を出してきたならレメディウスとかいうやつのところまで引き寄せられればちょうどいい」
言葉をかわしながらも車は猛スピードで街を駆け抜けている。
それもかなり問題のある走法で。
車の免許など持つ年ごろではないティーネはいわゆる道路交通法に詳しくなく、標識の類もよく分からない。
だが今の速度は制限を守っているようには思えず、車線も信号も無視して何台も追い抜いて走るのは恐らく問題だろう。というか普通は対向車を避ける必要は生じない。
聖杯から現代で生活するに不足ない程度の知識は与えられるそうだが、そうした決まりは適用外なのか……知っていたとしても非常時である今は無視するのが正しいのだろうが。
とはいえ聖杯戦争ではなく交通事故で命を落とすのはいくら何でもごめんこうむりたい。
そんな沈痛な有り様のティーネとは裏腹に、アルテラは楽しそうにこう言う。
「空が見えないのは残念だが、うん。車はいい文明だ」
敵の影響下で緊張状態なのは確か。
しかしそれはそれと今を楽しめるのも英雄の秘訣なのだろうか。
それともこれも彼女に芽生えつつある心の発露なのか。
景色を置き去りに、時折響くクラクションも後ろに引き離して。
たしかに仕事はしているのだからそのくらいの楽しみは咎めるべきではない、のかもしれない。
だがティーネの焦燥は募るばかり。
かなりの速さでそれなりの時間を走ったが、未だに力は戻らず。
この状態で会敵すれば、アルテラが十全の力を発揮することはできず苦戦を強いられる危険がある。
ならば同盟者を体よく利用して未知の敵を押しつけてしまおう、というのがアルテラの軍略なのかもしれないが……自らの不利を晒すほどレメディウスを信用してよいものか。
そんな心配は不要だとアルテラの直感は車を走らせているのだとは思いたいが、やはり気が進まないというのがティーネの偽らざる気持ちだった。
幸か不幸か、その願いは叶ってしまう。
突如アルテラがハンドルを切り、車の速度を殺した。
次の瞬間にはすぐ目の前でトラックが荷崩れを起こしながら倒れ、道を塞ぐ。
ならばと即座に逆行し、道を変えての逃走を続けようとする。
だが今度は彼方で突如マンホールの蓋が大きく飛び上がった。
それだけならばたいした脅威にはならないのだが、飛んだマンホールが信号機に触れたとたんになぜかザクザクと切り刻むような音がして信号機が倒れ、また道を塞いだ。
そうして前後の進路を阻まれた次の瞬間に、何かが飛来する音がヒュンと短く鳴った。
彼方から矢が放たれた音、しかし狙いはアルテラたちとはまるで見当違いの場所のためそちらにはあまり意識を裂かない。
矢が散乱したトラックの荷物の一つに突き立つと、矢羽根部分で大きな白い布が目立ってはためいているのが確認できた。
「……来るか」
サーヴァントの気配を感知し、アルテラは左手でハンドルを握りながらも右手に軍神の剣を顕現させた。
車は無事では済まないだろうが、最悪このまま騎馬戦も辞さない構えだ。
そこへ二つの影が矢に続いて現れた。
建物の谷間をカモシカかクーガーのように走り抜け、車の前に立ちはだかる黒く壮健な二人の男。
一人は大きなコヨーテにまたがり、黒い肌に赤と褐色の外套を纏って理知的な雰囲気をしている。ティーネの目を通して彼が第八階位のサーヴァントだということが見えた。
ということはもう一人の男がマスターなのだろう。サーヴァント同様の黒い肌と頑健な肉体をそこらで揃いそうなチープな衣服で覆っている。腰から下げたナイフに魔力は感じるものの、それだけならば強い脅威には思えない。
だがこのマスターはサーヴァントのコヨーテに同乗せず、自らの足でサーヴァントに従い建物の谷間を駆け抜ける動きをしているようにティーネには見えた。
強化魔術を使った気配はない、素の身体能力があまりに衝撃的で多少の武器など些事にしか見えない。音に聞く教会の代行者に匹敵するのではなかろうか。
第八階位のステータスは先の第六階位やセイバーと比べて脅威とは思えないが、それでも緊張した空気があたりを包む。
「戦闘の意思はない。ひとまず、話を聞いてもらえないだろうか」
そんな空気の中で最初に口を開いたのは第八階位のサーヴァント、ジェロニモだった。
彼が放ったのであろう矢を引き抜き、ことさらそれを左右に振って白旗としてアピールする。
「君の魔術を封じたこと、道を邪魔したことは謝罪しよう。だがそうでもしなければ話は聞いてもらえないと思ってね。どうか許してほしい」
ティーネに降りかかった災難の原因は自分だ、と告白しながら男はゆっくりと距離を詰めてきた。マスターのサンドマンもそれに続く。
歩きながらジェロニモはサンドマンに白旗を渡し、自分は煙草をくゆらせ始めた。
「騒ぎを大きくするつもりはない。暗示の方は私で引き受けるし、いくつか情報の手土産もあるんだ」
煙草の煙を媒介にする魔術はあらゆる文化にあるものだ。
視覚や嗅覚、あるいは味覚にうったえるのはもちろんのこと、薬物による効果としても普遍的な魔術の一つと言っていい。
しかしティーネには第八階位の煙が何となく懐かしいもののように思えて―――
突然の剣戟音がその思考を裂いた。
「これは、ご挨拶だな……!」
その正体はジェロニモが握る二本のナイフに叩きつけられたアルテラの軍神の剣だった。
「―――その文明を破壊する」
アルテラは機械のような冷たい声を響かせて剣を振るう。その表情も同じく冷淡だ。
ただひたすらに、何かに駆られるように……その剣をサンドマンへ向けて振るい、それを必死にジェロニモがいなす。
トップランクのセイバーであるアルテラ相手に、防戦とはいえキャスターのジェロニモが勝負になっているだけでも奇跡的だ。ジェロニモがキャスターとしては近接戦に優れた方とはいえ、それでも容易くは埋められない差が二人にはある。
精霊に語り掛け、遭遇する場所を予見して即席の陣地を作成することでティーネへの供給を封じており、それによりアルテラが全力を発揮できていないこと。
同時にその力を転じてサンドマンとジェロニモを精霊の加護スキルの影響下に近しいバフ状態にしていたこと。
何よりこれがアルテラ自身が心底望んだ戦いではないことなど、様々な要素が重なってのかろうじての拮抗だった。
アルテラは目の前のジェロニモのことは空気のように扱い、ただサンドマンだけを見据えて剣を降り続ける。
赤い薙ぎ、青い払い、碧い突き。続々と繰り出される軍神の剣の攻勢にジェロニモがかろうじて食らいつく。
事実としてアルテラにとってジェロニモの守りは空気抵抗よりましといったレベルだ。
膂力が違う。速さが違う。技巧が違う。そして何より武装の質がまるで違う。
熊の解体を容易く行う大型ナイフに精霊が祝福を施したとて、神の権能が形を持った軍神の剣と比してはなまくらという評価すら過ぎたものだ。
数合結べば砕け散る。
それはジェロニモにも分かっている。
初撃以外は薙ぐにしろ突くにしろ、剣の切っ先に僅かにナイフを触れさせて流すように徹底している。
まともに受ければ武器ごと両断、武器が折れずとも力比べでは及ぶべくもない。
当然そんな真っ向勝負を続けるジェロニモではない。
刺突を払い、わずかに隙ができたところでジェロニモが距離をとる。
同時に彼に憑いた精霊ガンダンサーが横転したトラックのミラーを動かして陽光でアルテラの視界をくらます。
ちっぽけな悪戯じみた攻撃だが、妨害としては十分だ。
五感の一つを封じた隙をついて、守護の獣コヨーテとジェロニモが左右から同時に踊りかかる。
鋭い牙と刃を突き立て、取り押さえようと声もなくそして加減もなく。
だがそれすらもアルテラは蹴散らしてみせた。
一時くらんだ視界くらいは星の紋章が補ってくれる。
アルテラに襲いくる刃には剣を合わせていなし、迫りくる獣は蹴足の一つで追い払った。
そして続けざまに一歩踏み込む。視線の先にはサンドマンの姿が。
破壊すべき文明を見定め、とどめを刺そうとアルテラが動く。
軍神の剣を輝かせ振り上げる。
精霊の加護(イタズラ)が文字通りその足元をすくった。
ガンダンサーは大地の精霊、開き切ってなかった視界の外からアルテラの足元を崩す。
その一瞬の停滞でサンドマンは動いた。
「サイレント・ウェイ!」
スタンドでもってジェロニモに与えられたナイフを抜き放ち、投擲する。
軌道は真っすぐ、アルテラの喉元へ。
精霊に祝福されたナイフでならば致命の一撃を与えられるだろう。
だからこそアルテラはその一閃を見逃さない。
乱れた姿勢で躱すのは間に合わないが、剣でもって弾くのは容易い。
アルテラの右手に握られた軍神の剣が音もなくナイフを迎撃し、彼方へと弾き飛ばす。
「だろうな。お前ならそれくらいできるだろう」
それも予期していた、とサンドマンが漏らす。
その声よりも速くアルテラの右腕に衝撃が奔った。
ナイフには『音』が籠められていた。
トラックが横転した音……数百キロを超える重量の物体が高速で叩きつけられる衝撃音が。
スタンド『イン・ア・サイレント・ウェイ』の能力により発生した音は文字情報となり、そしてその情報に触れたものは音の元となった事象を再現することになる。
そして情報は音の性質を保ち触れたものを伝わっていくのだ。
ナイフに籠められた音が軍神の剣を伝わり、アルテラの腕に至り、そして衝撃となって炸裂したのだ。
星の外、白き巨人や遠き神々に近しい属性に由来するスタンドはサーヴァントにも通じる神秘を持つ。
常人ならば腕が砕け折れるどころかちぎれ飛んでもおかしくないダメージをそれにより叩き込んだ。
だがそれすらもアルテラは捻じ伏せる。
最高ランクの筋力をもつトップサーヴァントならば重戦車であろうと振り回す巨人の馬力に並び立つもの。起源をたどれば巨人に繋がる彼女ならなおいわんや。
かすかに表情を歪めながらも剣を握りなおして改めて攻撃態勢に入るが
弓が放たれ、矢の翔ける音が鳴った。
ジェロニモの手から放たれた援護だ。
その矢はアルテラの弾いたナイフへまっすぐ向かっている.
「すさまじいな、第十二階位(カテゴリー・クイーン)。あの重量の衝突も片腕でいなすか」
継ぎ矢という技法がある。
的に中った矢の背に続く矢が刺さることだ。
矢を再利用できなくなるため射手にはあまり好まれないのだが、成功すれば優れた技巧の証明ではある。
「トラックがぶつかる程度じゃ足りないというのなら」
ジェロニモの矢が高い音を立ててナイフを弾き、正確に再度アルテラに向かわせた。
「そいつを弾き飛ばすほどの膂力の薙ぎ払いなら効くんじゃないか」
軍神の剣は『音もなく』ナイフを弾いた……その音はどこへ?
サイレント・ウェイがナイフに込めたのだ。
アルテラの発した音がナイフに込められ、再びアルテラに襲い掛かった。
軍神の剣を通じてまたも右腕に飛来した衝撃は、今度はアルテラから剣を取り落とさせるには至った。
一時、戦場が止まる。
それでもアルテラが腕を振るわせながらすぐに剣を拾おうと―――
「お待ちを、王よ!」
車から出たティーネの声がそれを止めた。
響いたマスターの進言にアルテラもはっと正気を取り戻したように目に光が戻る。
「彼らは話を求めています。一時剣をお収めください」
「そう言ってもらえると私としても助かるよ」
そう言ってジェロニモも息をつく。
陣地を整え、武装も道すがら用意し、精霊の力もマスターの力も総動員して短時間渡り合うのが精いっぱい。
ジェロニモたちは知らないが、神の鞭という二つ名を体現するかのような軍神の剣の伸縮も雷や氷の行使もなくてこの状態だ。
さすがは最優のクラス、とジェロニモは休息も兼ねて再度煙草を咥えはじめた。
「……」
その煙草の匂いがティーネに気付きを与えたきっかけだった。
一族の老人たちの吸うものと極めて似ている。
加えて言うなら肌の色、体に描いた紋様。
それだけならばまだしも、こちらの魔術を完全に封じるほどに理解している使い手で、従えているのはコヨーテ。
携えた羽飾りはワシのもの……一族においては権威と公正を象徴し、優れた戦士の功績に応じてその数を増すもの。
マスターが従えたもう一つの使い魔のような人型も、戦帽子に多くの羽を掲げていた。
ここまで要素が揃えば、分からない筈もない。
「第八階位(カテゴリーエイト)、あなたはまさか……」
なんと呼んだものだろうか悩むティーネ。サーヴァントとはいえ故人のその名を口にしていいとも思えず、二つ名で本人を呼ぶのも憚られて言葉が淀む。
その様子を察してサーヴァントの方が言葉を繋いだ。
「恐らくは察しの通りだ。君には隠す意味もなかろう。サーヴァント、キャスター。ジェロニモだ」
「! やはり!ではそちらの方も……?」
マスターの方も出で立ちや服飾の一部に一族のものが散見する。
期待半分疑い半分のティーネの視線にマスターも答えた。
「私の名は■■■」
発せられた音はこの地でマジョリティーとなった英語ではない。
懐かしい響きの故郷の言葉にティーネの頬が高揚に染まった。
「我らが部族の言葉で
音を奏でる者と呼ばれている。だがここではサンドマンで通っているから、そう呼んでもらえると助かる」
「彼も私の……いや、私たちの同胞だよ。ティーネ・チェルク」
君たちのことは知っている、とジェロニモは口の端に乗せた。
「名がわかれば話は早いだろう。私は必要ならば敵に降ることを厭わなかった男だ。こうして白旗を掲げても不思議はあるまい?同胞よ。
こちらから求めるのは君たちとの協力関係。見返りはまず君に魔術を返すこと。そしてこの戦場の仕掛けの一つ、敵一騎の真名、別の敵一騎の所在を情報として提供する。どうかね?」
要求としては先のレメディウスと近似するものだ。
違いと言えば第六階位と違って実力が拮抗していないことと、魔術を人質に取られていること。
それを踏まえてだろう。
アルテラの破壊衝動はマスターの声でひとまず収まったようだが、いつでも理性的に戦える態勢を崩していない。
命令があれば、目の前のサーヴァントを殺してでも力を取り戻すと。
「断っておくと、私を倒したとして君に力が戻るかは私にも分からない。精霊の価値観は我々とは異なるからね。
シャーマンである私を殺めてはへそを曲げるかもしれないし、あるいは気にせず私との対話が終わったと君との契約を再開するかもしれない。一つの賭けだね。とはいえ、だ」
ジェロニモが正直なところを述べる。
誠実さこそが一族の誇りであり、その正直な言葉が彼を演説家としても高名にしたのだろう。
「私たちが同盟者として不安、というのはまあ君のサーヴァントにあしらわれてしまったからな。分からなくもない。それでも全くの無能ではないとは示せたと思う」
今もくゆらせた煙草の煙が人払いとなり、一帯の事故が聖杯戦争と結ぶつくのを妨げている。
それだけでない。
アルテラに通じる武装や精霊との対話など、術者としてはティーネより明らかに上回るのがはっきりと分かる。
それでも―――
「あなたたちの聖杯に託す願いをお聞かせ願いたい」
ティーネの問いを聞いて二人は少し顔を見合わせた。
そして左手でサンドマンを制するようにしてから、まずジェロニモが答えた。
「私は先祖伝来の土地がこれ以上奪われないように、と願うつもりだったがね。サンドマンの願いを聞いて彼の助けになることにした」
ジェロニモの言葉を受けて、サンドマンがそれに続いた。
「カネがいる。代々受け継いだ土地全てを買い占める莫大なカネが。
それと知識だ。白人どもと法と経済で争っても土地を守り切るための、時代に適応する最新の知識もおれは望む」
それはサンドマンの生きた時代の同胞には思いつかなかった発想で、ティーネにもまた及ばなかった考えだった。
力で奪われたものを力で奪い返す……そのためにティーネはかつては最強の英雄ギルガメッシュを求め、今はアルテラと契約を結んでいるのだ。
正直なところ敵の流儀に乗っ取り、というのは業腹だ。すぐに受け入れようとは思えない。
だがそんな柔軟な思考を持つ者が一族にいたのだ、というのは一つの灯火に思えた。
だから
「第十二階位(カテゴリー・クイーン)のマスター、ティーネ・チェルク。一族を代表してジェロニモ、サンドマン、あなたがたへの協力を約束しましょう」
かつてジェロニモと轡を並べた戦士と同じように、彼らを友と呼ぼうと思った。
その返答にジェロニモは満面の笑みを浮かべ、右手の指をパチンと鳴らす。
「それでは君の魔術をお返ししよう。そしてお教えしよう、我らの知る限りの敵の全てを」
その言葉と共にティーネと土地の繋がりが戻り、再び潤沢な魔力がアルテラに注がれていく。
歩み寄り手のひらを見せて挨拶をしようとするジェロニモとサンドマンだがその進路にアルテラが立ち塞がった。
「お前は、なんだ?」
サンドマンを睨んで問う。
戦闘中と違って理性的だが、それでも衝動を抑えているようだ。
「お前に宿る力に似たものを私は知っている……気がする。滅ぼしたもの。滅んだもの。外なるもの(フォーリナー)」
それは破壊衝動だけではない。
湧き上がるのは前世の記憶のような、因縁のような不快感。
一言で言い表すなら
「悪い文明だ」
それはサンドマンのスタンド、『イン・ア・サイレント・ウェイ』と向き合っての感想。
流星が砂漠へ落ちたことで生まれた土地、『悪魔の手のひら』で目覚めた能力……
立ち向かうもの、スタンド。
彼方よりの来訪者、その残影であるチカラの在り方はアルテラの起源である白い巨人に近しく。
また白い巨人が戦ったとある異邦の神々とも近しい。
つまりはアルテラにとってとびっきりの悪い文明だ。
彼女の秘めた破壊衝動は弱まったとはいえ、消えたわけではない。
それゆえに彼女は剣をとったのだ。
マスターに使われるものであるうちは、再び剣をとることはないだろうが……
アルテラはそれだけの言葉を残して沈黙する。
これ以上は私の関わる領分ではないと。
「ふむ、それでは約束の情報を伝えよう」
はじめに土地に仕込まれた認識疎外の術式もろもろのこと。
次に水族館に座す魔術師のこと。
そして
ティーネは知らない名前で反応できないが、逆に沈黙を保っていたアルテラがわずかに反応を見せた。
そして意外にもマスターに向けて簡潔に説明まで始める。
「マックルイェーガーは軍神だ。最も新しい、『銃と戦争の神』。精霊として誕生し、神核を得て神霊へと至るものの、後に信仰を失い堕ちた神だ。
他者に神性を譲渡した逸話もある。だからこそ英霊として召喚もできたのだろう」
「…………詳しいね、セイバー。同郷だったりするのか?」
ジェロニモは最初は肌の色や紋様、自分たちという前例から第十二階位(カテゴリー・クイーン)もてっきり自分たちに近しい土地の出かと思っていた。
しかし桁外れの出力に加え、出展の異なる神気まで感じる。それこそマックルイェーガーに近しいと言われればそれでもおかしくはないような。
「いいや。この私とは枝が違う。だがもしかしたら向こうはそうでもないのかもしれないな」
だが意味深にその推察を否定しながらアルテラは胸に手を当てる。
サンドマンに対する破壊衝動を抑えられた理由……それはマスターの言葉だけではなかった。
アルテラに自覚はないが、より破壊すべき対象を彼方に感じていたのだ。
軍神(マルス)の神気を宿すものは、戦いの神だからかその気配に互いに敏感だ。
「マスター。南の方にいるぞ。恐らくは軍神が」
その気配の正体はマックルイェーガーではなく、
アルケイデスの軍神(マルス)の帯。
起源を同じくするがゆえにその気配を軍神の剣越しに感じていたのだ。
敵の居所、戦場の候補は上がった。
その道行きをもう一人の同盟者にはどう告げるのか。
あるいは、信用ならぬ同盟者とはすなわち敵に過ぎないか。
黒豹はいかにして牙をむく……?
【D-6 車道、車内/一日目 午後】
【音を奏でる者@Steel Ball Run 】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備]ナイフ(精霊による祝福済)
[道具]安物の服、特注の靴
[所持金]サンドマン主観で数カ月一人暮らしには困らない程度
[所持カード]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯により知識と富を獲得して土地を取り戻す。
1.マックルイェーガーか、水族館か。あるいは別の敵か。
2.ジェロニモと同じタイプの魔術師に興味。まさか同族の幼い少女とは……
3.最後には倒すべき敵だが、マックルイェーガーには一つ借りができた
[備考]
※スノーフィールドでのロールはオールアップ済みのB級映画スタントマンです。
※第七階位の真名、ステータス及び姿を確認しました。
※第十二階位のステータス及び姿を確認しました。また彼女らと同盟を結びました。
【キャスター(
欠伸をする者)@Fate/Grand Order】
[状態]健康
[装備]ナイフ×2、弓
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:サンドマンのために聖杯をとる
1.マックルイェーガーか、水族館か。あるいは別の敵か。
2.マックルイェーガーを警戒する
[備考]
※精霊を通じて水族館に魔術師が陣取っていること、自分以外にも土地の力を借りている魔術師がいること、土地自体に魔術的に手が加えられていることを把握しています。
他にも何か聞いているかもしれません。
※第七階位(カテゴリーセブン)のサーヴァントがマックルイェーガーであることを知りました。
※マックルが水族館からの追手を脱落させるかは強く疑問視しています。
【ティーネ・チェルク@Fate/strange Fake】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]不明
[所持金]やや裕福
[所持カード]なし
[思考・状況]
基本行動方針:セイバーの力を利用して、聖杯を獲る。
1.セイバーを信頼しても良いのかもしれない。
2.サンドマンのような一族がいるのは知らなかった……
2.レメディウスとの同盟をこの先どうするか……
[備考]
※スノーフィールドにおける役割は原住民「土地守の一族」の族長です。
※第六階位(カテゴリーシックス)のバーサーカーが宝具を使用するところを目撃しましたが、真名は把握していません。また彼らと同盟を結びました。
※第八階位(カテゴリーエイト)の真名、ステータス及び姿を確認しました。また彼らと同盟を結びました。
※第七階位(カテゴリーセブン)のサーヴァントがマックルイェーガーであることを知りました。
【セイバー(アルテラ)@Fate/Grand Order】
[状態]魔力消費(小)
[装備]『軍神の剣』
[道具]ゲコ太人形
[所持金]なし
[所持カード]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従い、戦闘行為を代行する。
1.マスターに従い、戦闘行為を代行する。
2.ゲコ太は良い文明。車もいい文明。
3.サンドマンの力(スタンド)は悪い文明。でも今は破壊しない
[備考]
最終更新:2020年07月14日 22:48