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オーストリア公演参加報告~コンサート編

3月26日(木)
コンサート当日の朝を迎えました。
今日は、交流コンサートと本コンサートの2つがあります。

まず、朝食を済ませると、交流コンサートのために“ギムナジウム”へ移動します。
さて、この“ギムナジウム”とはどんな施設でしょうか?
私たちもあまり詳しい説明がされなかったのですが、調べてみると興味深いものでした。

【オーストリアの教育制度】
 6歳から10歳までは大体全員がフォルクスシューレ(Volksschule)とよばれる、日本でいうところの小学校へ行きますが、その後はさまざまな選択肢があります。
 まず10歳のとき、小学校卒業の時点で、一般的な教育を受けるギムナジウム(Gymnasium 中学・高校にあたる学校)に行くか、職業訓練を主とした教育を受けることのできるハウプトシューレ(Hauptschule)に行くかを決めます。
 大学へ進学したい人の多くは、ギムナジウムへ進学し、10歳から14歳まで下級クラスで学んだあと、14歳から18歳まで上級クラスへ行き、最後にマトゥーラ(大学試験)を受けます。
 ハウプトシューレに進学すると、14歳の時にギムナジウムへ進学するか、もしくはさらに技術的な職業訓練を受けられる学校へ進むかという選択があります。もしくは、レアリング(Lehrling)とよばれる見習い修行をするという選択もあります。見習いを選択した人は、マイスターとよばれる師匠(Meister)につき、職人、師匠とキャリアを積みます。まれに、あとになってから社会人入学資格を取得する人もいます。

オーストリア案内(http://www.austriaannai.com/index.html)というホームページから引用させていただきました。


それにしても小学校を卒業した段階で将来を考えさせるとは驚きです。
そういえば、旅行に同行した日本青年館の大江さんにきいた話では、日本の部活動は珍しいものだそうです。毎日のように放課後に練習して、その活動を2~3年間ずっと続けるというものは他国には見られないですって。それにかわってアメリカやヨーロッパでは、その道を極めたい人は最初からそれ専門の学校(音楽学校とか)に通うらしいです。
そう考えてみると、限られた時間や設備の中である程度の演奏レベルに達する我々高校オーケストラは頑張っているほうなんでしょうか?



前置きが長くなりましたが、そんな“ギムナジウム”での交流コンサートです。
流れは…
①相手校から合唱・ブラスバンドのパフォーマンス
②いろんな方のあいさつが続いた後、我々を代表してのスピーチ
③演奏
④日本文化(浴衣試着・書道・茶道・日本のおもちゃ・折り紙)の体験を通して交流
みたいな感じ…

①あんま覚えていない。
②ドイツ語を交え、笑いも取った完璧なスピーチでした(笑)
③コンチェルト途中で止まりそうになりました(-"-)
④1人の青年がけん玉にはまり、日本人よりもうまくなっちゃいました。

感想…
◎本コンサートではコンチェルトしっかりやりたい!
◎交流けっこう楽しかった!!けど、もうちょっと積極的に話したかった。



そのあとはホテルに戻り、ステージ衣装(といってもワイシャツだが)のままミートスパゲッティを食べ、自由時間。私は少々お疲れだったので仮眠をとってから軽く外に出るつもりでした。

しかし、アレ1丁で寝ているとドアノックの音が。
てっきり隣の部屋のたかし・くぼすとりっひ Kだと思って、扉を開けたらたら、なんとホテルの従業員さん(?)でした。同じ部屋のFがフロントに洗濯を頼んでおいたのを持ってきてくれたそうです。「わぁお!すいません。」なんて言ってドアに隠れながら受け取りました。


そんなこんなで、眠ったか眠ってないかわからないけど外に出て、最後のアイゼンシュタットを散策しました。

街並み。この街けっこう好きになりました。

男どもでパチリ。




そして、公演のメインイベント本コンサートです。
最終リハ前に河地先生は「このコンサートのために2月から準備してきたんだよ。今まで僕が言ってきたこと全部思い出して演奏してするんだよ。」みたいなことをおっしゃいました。文章では表現できないけど、かっこいい言葉だったような気が・・・。

梅響前々々顧問の亀岡先生も駆けつけ、ステマネをこなしてました。

いよいよ、開演。思ったよりお客さん入ってます。1階席なんかほぼ満員!!
直前に河地先生にも幸重先生にも亀岡先生にも言われた「日本人は緊張すると顔をこわばらせるので、こっちの人に悪いイメージをもたれる。入場のときなんか特に、日本のように無口で隊列組んで入らないで、笑顔で和やかに入って来てください。」を頭の片隅に置いて、席に着きます。

そこからが多少長い。現地スタッフのクラマーさん(後で資料見たら作曲家だった!)や、教育委員長みたいな人の話、そしてコンミスのスピーチ(ドイツ語翻訳付き)がありました。
ところで、クラマーさんに限らず、マイクを持ったヨーロッパ人は必ず1回はジョークを交えていました。もし、このジョークを日本でやったらまじめな日本人は「?」ってなりそうなものですが、そういう文化なのでしょう。案外気楽で楽しいかもしれません。


そしてやっと“Professor Kawachi”の登場で幕を開けます。

魔笛の序曲で始まり、ファウストへ続いていきます。
なかなか滑り出しはいい感じです。

ここで、アイゼンシュタットのスター、ルカ・クストリッヒくん登場! いよいよヴァイオリンコンチェルトです。
今回は1楽章だけですが、それでも20分近く、盛りだくさんの1曲です。

このコンチェルトをCDで聴いたときは、チャイコフスキーらしい叙情的なメロディとダイナミックなオーケストレーションに惹き込まれてしまいました。私が聴いた音源は、諏訪内晶子のチャイコフスキー国際コンクールで優勝後、キタエンコと行ったライブの録音でしたが、18歳とは思えないロマンティックなソロに圧倒されました。


話は戻り、いよいよ、コンチェルトの始まりです。
今まで河地先生に指示されたことなどひとつひとつ丁寧に弾いていきます!
お昼のコンサートでは、ことごとくずれてしまった個所もなんとか合っています!!
ルカくんの調子もいいみたい!!
感動的なフィナーレでした。

結果的にとても素晴らしいコンチェルトになりました!
オケも今までにないまとまりを見せ、ルカくんも一番気持ち良さそうでした。

そして、お決まりのルカくんアンコール。
クライスラーのレスタティーボとスケルツォ・カプリースでした。
チェロの席からは、最高のポジションで聴けました(笑)
ほぼ完璧な演奏で、何だかチャイコフスキーより得意そうでした


ここで、休憩。幸重先生曰く、こちらには休憩の“時間”はないそうです。演奏者がトイレなど済ませ、お茶を飲み終わったら演奏の再開なんだそうです。そう考えると日本は硬すぎるのでしょうか。しかし、それもまた日本人の感性なのでしょう。


第2部の幕開けは、威風堂々です。
一番最後の入りが最終リハでも間違ってしまっていたので、心配でしたがうまく入れました(*^_^*)

続いて、ハイドン合唱オンリーでハイドン作曲の2曲を。

最後の曲を迎えます。
オラトリオ「メサイヤ」より ハレルヤコーラス
意外と指が回りずらい曲でしたが、なんとか乗り切りました。

そして、“荒城の月”“浜辺の歌”をアンコールとして演奏して終演を迎えました。


個人的にはとても印象深い、感動的なコンサートでした。
短い期間で、それも全国から集まったほとんど初対面同士の高校生が河地先生の素晴らしい指導のもとであれだけの演奏ができたこと、そして、素晴らしいソリストや合唱団と共演できたこと。普段の部活では経験できないことばかりでした。
今振り返ってみてもあの時の感動は忘れられません。みんなもそうなんじゃないかと思います。


そのあと、“お世話になったみんなに感謝しようミーティング”を行って、「ルカ様」(笑)にもサインをもらって、ホテルに戻りました。

ヴァイオリンの人なんかはケースにサインしてもらっていましたが、そうするわけにもいかないので、コンチェルトのスコアに書いてもらいました。
おそらく…
For the first cellist! Thank you.
と書いてあるのでしょうか…?
最初は、best cellist だと思って浮かれてみんなに自慢していたのですが、日本に帰ってよく見ると first のようでした。(笑)
とりあえず、チェロを弾いていたのを覚えていてくれたんだ!というだけでも嬉しいので❤

その後はホテルに戻り、肩の荷もおりたところで、コンサートの余韻に浸りながらみんなで語ったりしてました。



明日は音楽の都ウィーンです!!


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最終更新:2011年03月07日 11:13
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