※割と真面目に注意
- 短い
- 自分の脳内で完結してるせいで説明があまりにもない
- てゆーか雰囲気小説
- てゆーかフォーエバー(緊急離脱)
記憶は突然、彼の内に宿った。
否、甦ったとか思い出したとか言った方が正しい。兎にも角にも、彼は唐突に―……ほんの一部ではあったが……―有るべき記憶を取り戻したのだった。
彼が一握りの記憶を取り戻したその場所は戦場だった。一つの大陸の四つの国が覇権を巡り争うその場所、凄然を極めた戦禍、辺りには置き場もないほどの死体と硝煙と怒声があった。
その最中で、彼は失ったものを取り戻した事への衝撃と何とも言えぬ複雑な気持ちに身体が硬直せざるを得なかったのだ。
「どうしたんですか」
隣で共に戦っていた同僚が、窘めるように話しかけてくる。当たり前だ、彼等は今、敵国との戦闘の真っただ中だったのだから、彼のように武器を構えたまま隙だらけで立ち止まるのは命取りなのである。
しかし幸いな事に、彼の不自然で可笑しい様子を訝しんだのか、戸惑ったように相手の攻撃の手も止んでいた。かといって、武器を構え用心する事はやめていなかったのだが。
彼は対峙している彼等の顔を茫然と見渡して、それから傍らの同僚を見やった。絹のような金の長髪に琥珀色の瞳を持った美しい男性だ。
自分はこの男を知っている。こんな場所じゃなく、あの記憶の場所でのこの男を。そうしてまた、先程まで戦っていた敵国の彼等の事も同様に覚えている。
……ある変わり者の科学者が言っていた。この世界は実はいくつもあって、それぞれ少しずつ違った世界なのだそうだ。そこは並行世界と言って、そこには自分も存在していて、その別世界の自分の記憶や意識は、実は平行世界を跨いで繋がっている。それがデジャヴとかの原因になっているとか。
並行世界なんてものではない。その話を思い出すきっかけとなった、銅色の光を弾くような金髪の青年を見た時に感じた懐かしさだって、デジャヴなんかではなかったのだ。知っている。解っている。
「どうして」
思わず口から零れた言葉は戸惑いと疑問を孕んでいた。
「どうして俺たちが今、ここで、戦わなきゃいけないんだ!」
どうしてまた、失わなければならないのだ。
「お前ら何も覚えてないのかよ!」
そんなはずはない。彼等が完全に忘れているわけがない。思い出せないだけだ。
そうでなければ今こうして、敵として対峙している彼の―……傍から見れば発狂しているようにしか見えないだろう……―突然の話に、戸惑いながらも耳を傾けるわけがない。彼はそう信じている。
けれど、彼の訴えもそう長くは続けられなかった。
炎が、矢が、雨の如く降り注ぐ。濁流が逆巻いて、架戟が踊る。風はすべてを切り裂く凶器と化し、銃弾が飛び交う。
……戦禍は確実に彼等を巻き込んでゆくのだ。
彼等は突如舞い込んできたそれ等から逃れるべく四散した。散り散りに疾走して、また彼等は離れていく。
「どうしてこんなことにっ……!」
彼もまた走りながら、苦汁に満ちた表情でそう言葉を漏らした。
同じ方向に逃げた同僚―……本当は同僚などではない、恨まれても可笑しくない立場だ……―は、彼の身に何が起こったのかは理解できていないだろう。それでも、彼の身を案じてか、彼の横顔を見て僅かに眉間に皴を寄せていた。
*****
すれ違って、齟齬が生じて、亀裂が奔って、欠落して、やがて瓦解する。
けれどそれは、一体何をきっかけに、何時から始まっていたのだろう?
「……どうして、こんなことに」
少女はどんよりと灰色の雲が垂れ込めた空を見上げて、そう呟いた。
それはただの曇り空ではなかった。一点の斜陽も無く、流れる雲がそうであるのと違い微動だにせず、唯々心地よい青空を覆ってしまっている。それは地上に近づくにつれ深緑となり、塗りつぶしたような黒になるのだ。
まるで絶望が地上を…世界を覆っているようだと少女は思った。否、これは「あの人」の絶望なのだ。
そしてその絶望は今、この世界に蔓延ってすべてを飲み込み、或は破壊し続けている。少女の大切な者たちも、少女の力そのものである存在たちも、半数近くが絶望に飲み込まれてしまった。
少女は絶望を、分厚いながら何処までも透明な氷のような結界の下から見上げていた。それは少女が、世界が、まだ絶望しきったわけではない証だった。
「不安ですか?」
ふいに、彼女にかけられる声があった。それは玲瓏とした女性の声だった。しかし少女が声の方を振り返ると、煌めく炎の中から、一羽の大きな朱い鳥が現れたのだった。
「大丈夫。玄武の結界は、そう簡単には破られません」
「……はい」
「それとも、貴女の不安はそれ以外にあるのでしょう」
「……ええ」
「……そう、玄武にも消費はあります。このままではジリ貧でしょう。そう遠くないうちに、決着はつけねばなりません」
朱い鳥の言葉に、少女はとうとう無言で頷くだけとなってしまった。
「あの人」と闘わなければならない。そして共に戦う仲間達だって、殆どが絶望に飲み込まれたまま帰ってこないのだ。
残された僅かな希望が果たして、世界を覆うほどの絶望を覆せるのだろうか。諦めてはいないが、状況はあまりにも悪い。
「……心配しないで、とは言えません。ですが、私達もついています。私達もこの世界に属する存在。この世界の為、慶んで力をお貸し致しましょう」
だから何時でも喚んで下さい。思案に耽る少女に、最後にそう言い残して、朱い鳥はその場から姿を消した。
替わりに、少女の傍らには子供の獅子が現れる。少女の力そのものである存在の、残された半数のうちの一。
「朱雀さまに気を遣わせちゃいましたね」
「……ええ、とっても優しい御方」
「おいら、寂しいです」
きゅうん、と髭を垂らして子供の獅子はそう言った。
「
ムヴァとジュニアさまも飲み込まれちゃいました。それを助けようとして、シャドー、フラディ、ビデファ、シャリアだって」
少女は屈んで、獅子を抱き寄せた。まだ幼い獣独特の毛並はふわふわとして柔らかい。
「絶望しては駄目。大丈夫、みんな生きてる」
「でも」
「みんな一緒に生きてる」
獅子を抱きしめる少女の力がよりいっそう強くなった。それでも、手折れそうなほど弱弱しく感じるのは、どうしてだろう。
「だからみんなで一緒に帰ろう」
と、少女以外の声が聞こえた。続いて羽音が聞こえて、セルレアンブルーの短髪の鳥人が下りてくる。
「……でしょ?」
そうして何かに耐えているように、はにかむのだ。この鳥人もまた少女の仲間であり、大切な人たちを絶望に飲み込まれた者だった。
彼―……鳥人は男だった、しかも見た目は若く見えるが三十路は行っている……―はそして、顔を上げた少女の頭を一撫でする。
「さぁ涙はハッピーエンドまでとっておくんだ。そろそろ動かなきゃ駄目みたい。皇子様が会議室集合だって」
皇子様、とは勿論この国の皇子だ。国の名前は
エルオラン。絶望に覆われたこの世界で、この国に住んでいた玄武と呼ばれる召喚獣の強い結界があったおかげで今のところ被害を免れ、世界中の生き延びた人々の避難地帯となっている。
しかし玄武の力も無限ではない。朱雀の言う様に、決着はつけねばならないのだ。生きる為に、護る為に、取り戻す為に。
……「あの人」もきっとそう思って、いつかすべてが元通りになると信じていたのだろうか。そして思い通りにならなくて絶望してしまったのだろうか。
平たく言うときっとそうなのだろうと思う。けれど、その
言の葉だけでは説明しきれないほどの色んなことが、複雑な思いがあったはずだ。
そうやって少女は再び暗い思考に沈みかけ、頭を振ってそれを断ち切った。
呼ばれている。今は立ち止まる訳にはいかない。
子供の獅子が還って―……己の内に、とでも言えば良いのだろうか。けれどそれ以外の言葉が見つからない……―少女は男に向かって頷いた。
そうして男が先行して、最後に少女は一度だけ、また氷の向こうの空を見上げた。
絶望が形となった雲の向こうに、希望があると信じて。
最終更新:2012年04月30日 00:37