民話「悪魔の剣」番外編1
~とある崖上の怪談大会・上~
*
「なあなあ、お前この話聞いたことある?」
「ん??なあに?」
白い猫の耳を持つ大柄の不良らしき男が傍らの金髪の少年に話しかける。
彼らは俗称闇ギルドに所属する言わば非合法の傭兵や盗賊達の一員であった。
そんな彼らが何故こんな和室でお茶を飲んでくつろいでいるかというと、
この大柄の白猫獣人がここステルディアのカミラ山岳部に存在する
崖の上ハウスの住人もとい居候だからというのもあるが、
ぶっちゃけていうと、暇だったからである。
「ふっふっふ!きょうはこのにゃ~~~むおにいさんがこわ~~~~いこわ~~~いおはなしをしてやるのにゃ!かくごしろ!!」
「ねえそれ地雷踏んでない?」
男がそういうと、ぽふんと間抜けな音を立て、男の姿は先ほどの大柄の不良のようなものからかけ離れたぬいぐるみのようなものとなる。
まんまるの薄紫の目に涙のようなものを浮かべ、棒線のような眉毛を吊り上げるぬいぐるみこと
にゃーむは、ぷりぷりと怒りながら、少年を見上げる。
「じらいふんでにゃいもん!」
とにゃーむは涙目で言うと、どこから取り出したのか。一冊の本を開く。
「なにそれ。民話“
悪魔の剣”??」
「これまじでこわいんだからにゃ!あんのエヴェはにゃ!“怖い話でも読んで根性鍛えろ”とかあとでうらむのにゃ~~!!!」
「なら読まなきゃいいんじゃない?」
「いうな」
「急に8頭身に戻らないでくれる?テーブル壊れるでしょ」
「にゃっ」
そんな頼りにならなさすぎる先輩に溜息をつく。
少年よりも体は大きいし、歳だって本来ならば20を越えているというのにこのヘタレぶりといいぬいぐるみ化といい、しょうもない先輩だ。
それもあまりに毎度のことなのでもう既に慣れてしまっているほどだ。
まあ、たまにはこうしてやるのもいいかもしれない。と
金髪の盗賊少年こと“自称”華麗な怪盗、
ルナール=バルテルスは柔らかいぬいぐるみをテーブルの上に置いて話に付き合うことにした。
「で、話がいっぱいあるみたいだけど・・・どれ読むの?」
「えーとね・・・うちのたいりくのがいいにゃ!ちゃがすのにゃ!!!!」
「はいはい」
テーブルの上に仁王立ちしてはルナールの腕をぺちぺち叩いて催促するにゃーむ。
――― しかしながら痛くない。
柔らかい布が何度もぶつかるようなそんな微妙な感覚に悪態をつきながらページをめくる。
そこに記されているのは、怖い話というより『希望』も『救い』もなんもないようなルナールにとっては胸糞悪くなるような話ばかりだったのだが。
「むー、なんでもこれちゃりむたいりくがめつぼーしてからのだーくねすじだいのはなしだから、あんまよにつたわってないらしいにゃね。」
「そういえば300年前くらいの出来事って書いてあるね」
にゃーむがこてん小首をかしげる。
こうしているとかわいく見えてくる反面どうしょうもなく蹴っ飛ばしたくなる衝動を抑えながら、ルナールはにゃーむのでこを指で弾く。
「いたい!なにするにゃ!」
「ねえねえぬいぐるみ先輩。これとかいいんじゃない?」
「にゃに?“ふくしゅーのだいしょー”?まあいいや、よみあげるがよいにゃ」
弾かれたでこを両手で抑えながらにゃーむは本を覗く。
副題、「復讐の代償」と記された文字だけが浮かぶページを見ると、王様のごとく精一杯ふんぞり返ってルナールに命令を出す。
当然ルナールのほうは黙っているわけもなく、イラッという擬音が聞こえてくるが如く不機嫌になると、
「いちいち態度でかいんだけどこのぬいぐるみ!」
「にゃひぃ!」
むんぎゅとぷにぷにしていて柔らかい胴を鷲づかみにすると、じたばたするにゃーむを雑巾絞りにしたのである。
まあでも、いつもの如く圧縮されないだけマシというかなんというか。
こうして、特に何事もない休日の昼下がりは過ぎていく。
*
「ぷきゅうぅぅぅぅ~~~」
「やっぱ地雷だったよ!見事に踏んだよ!!!」
話が終わるや恐怖で泡を吹いて倒れるにゃーむを見て、ルナールはああこうなると思ったよと呟いた。
そもそも大のヘタレでびびりで怖がりのにゃーむが怖い噂話をするのはムリがある。
こうしてにゃーむはこのお話の冒頭で立てられたフラグを見事回収するのであった。
そんな彼らの元に、一人の鳥人が現れる。
この崖の上ハウスの家主である鳥人傭兵、
カルネアだ。
「あ、おじゃましてまーす」
「おう。ゆっくりしてきぃー。あっなんさ、
ナームのやろー泡吹いて倒れてるさよ」
「いいからこのぬいぐるみ引き取ってよカルネアさん」
カルネアにぺこりと会釈をすると、ルナールは泡・・・否、綿を吹いて伸びているぬいぐるみを指差す。
ぬいぐるみをちらりと見るとむんずと首根っこを掴んで、床に敷かれたクッションの上に乗せると、タオルをかけてやる。
こういう所は流石家主というか、面倒見がいいというかである。
「つうかここおれんちさからな?」
「そうだった」
「ったくしゃーねえさなぁ・・・」
カルネアの珍しい真っ当なツッコミにはっとするルナール。
この少年もどこか抜けた所があるようだ。
そんな彼にカルネアは頭をぽりぽり搔きながら茶菓子とお茶を用意する。
二人が何を話していたか気になった彼は、菓子を差し出しながらこう続けた。
「で、なんの話してたさよ?」
「えー。それはね・・・・・」
いつの間にか聞き耳を立てていたもう二人の住人こと蛇の亜人の少年と、青い髪の鳥人の男。
更に彼の後ろにぴたりとくっつく鳥のような幼子に差し入れにやってきた白髪のひ弱そうな青年を交え、ルナールは先ほどナームから聞いた話をそのまま話す。
そこからどうしてこうなったのか。
崖の上ハウス、初夏の怪談大会になっていったのである。
最終更新:2012年06月24日 15:52