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「餡子ンペ09」 野生 群れ まりさ おぼうし
※餡子ンペ09出展作品です。
テーマ 4.群れ「ミニ社会化」……のつもり
※独自設定垂れ流し
「まりしゃも、もみもみしゃんほしいなあ……」
子まりさはぽつりとつぶやいた。
巣の中、四匹のゆっくりが身を寄せ合っていた。親まりさと親れいむのツガイと、その子
供の子まりさと子れいむだ。
子まりさと子れいむは、親れいむの二本のモミアゲそれぞれに優しく暖かに抱かれていた。
とてもとても、ゆっくりできる、家族の時間。
だが子まりさにはひとつだけ、ゆっくりできないことがあった。
それは自分にモミアゲがないことだ。
子れいむは親れいむのモミアゲが大好きだった。モミアゲで抱かれると、とてもとてもゆ
っくりできた。
まりさ種にもおさげはあったが、れいむ種のモミアゲほど自由に動かせないし、一本しか
ない。
自分が大人になったとしても親れいむのように子供を抱いてあげることができない。
それがなんだか、さびしかったのだ。
子まりさのそんなささやかな不満に、親れいむは困り顔だ。
そこに、親まりさが助け舟を出した。
「おちびちゃん。おちびちゃんにはもみもみがなくても、りっぱなおぼうしがあるよ!」
「ゆ? おぼうししゃん?」
「そうだよ! おちびちゃんのおぼうしは、とってもゆっくりできるよ!」
「もみもみさんよりゆっくりできる?」
「もみもみとおんなじくらいゆっくりできるよ! だっておぼうしには、たくさんの『ゆ
っくりできること』をつめこめるんだからね!」
子まりさは親まりさのおぼうしを見上げた。
おぼうし。その中にはいつだって「ゆっくりできること」があった。
狩りから帰った親まりさのおぼうしの中には、いつだっていっぱいゆっくりできる食べ物
があった。おでかけのときにはおぼうしの中に入れてもらった。おぼうしの中はとっても
ゆっくりできた。
子まりさは理解した。おぼうしは、ゆっくりできるものだ。
「おぼうしに『ゆっくりできること』をいっぱいつめこめば、みんなをゆっくりさせてあ
げられる! もみもみはおちびちゃんをだきしめて、みんなをゆっくりさせてあげられる!
おちびちゃんたちは、おとなになったらすっごくゆっくりできるんだよ!」
親まりさの言葉に、子供たちは大喜びだ。
「れーみゅ、おとなになっちゃらおかーしゃんみたいに、もみもみしゃんでおちびちゃん
をだいてあげりゅんだ!」
子れいむはモミアゲをぴこぴこさせてはしゃいだ。
「まりしゃも! まりしゃも! おとなになっちゃら、おぼうしさんを『ゆっくちできる
こと』でいっぱいにして、みんにゃをゆっくちしゃせてあげりゅんだ!」
子まりさはゆん、と胸をはり、おぼうしを誇らしげに掲げた。
そんな子供たちのほほえましい姿に、親ゆっくりは笑った。つられて子供たちも笑い出し
た。
しあわせがあった。ゆっくりがあった。だから、みんなでいっせいに、元気よく叫んだ。
「ゆっくりしていってね!」
忘れやすい餡子脳だが、まりさはずっとこの日のことだけはわすれなかった。
おぼうしに「ゆっくりできること」をつめこんで、みんなをゆっくりさせてあげる。
その夢を見続け、ずっとがんばった。
そしてまりさは、その夢を実現させた。
おぼうしのなかにあったもの
「ゆ! ここがまりさがみつけたあたらしい『かりば』だよ!」
まりさの声が森の中に響いた。
おぼうしに「ゆっくりできること」をつめこみ、みんなをゆっくりさせることを夢みた子
まりさ。
今はすっかり成体ゆっくりまで成長し、独り立ちしていた。
そして今日、まりさは自分が見つけた狩場……すなわちきのこや木の実が豊富にある、と
っておきの場所にみんなを連れてきたのだ。
「ゆゆ! いっぱいきのこさんがあるんだぜ!」
「わかるよー、きのみさんもいっぱいおちてるんだよー!」
「な、なかなかとかいはなかりばね! ありすもみとめてあげてもいいわ!」
一様に驚く群れのゆっくり達。満足げにみんなを眺めると、まりさは再び声を張り上げる。
「ここにくるまえにもいったけど、かりをするだけじゃなくてまわりの『とくちょー』を
しっかりみてね! おんなじ『とくちょー』のばしょがみつかれば、そこがあたらしいか
りばになるかもしれないよ!」
まりさは満面の笑みを浮かべた。
「そうすれば、みんなでもっとゆっくりできるよ!」
まりさが自分の狩場にみんなを連れてきたのは、ご馳走をするためだけではない。
他のゆっくりにも自分と同じように狩場を見つけてもらうためだ。
狩場がたくさん見つかれば、たくさん食べ物が集まる。そうすればみんながもっともっと
ゆっくりできる。
「ゆっくりりかいしたよ!」
みんなも理解してくれた。
まりさはうれしそうにうなずき、そして楽しい狩りが始まった。
子供の頃の夢。
おぼうしに「ゆっくりできること」をつめこんで、みんなをゆっくりさせてあげる。
そのためにまりさは努力し続けた。全力でがんばった。
そして気づけば群れの人気者になり、みんなに推され、群れの長にまでのぼりつめた。
まりさは喜んだ。権力を得たからではない。群れの長なら、みんなをもっといっぱいゆっ
くりさせられると思ったからだ。
長になってからも、まりさは群れのみんなのゆっくりのために尽力し続けた。
「まりさ! さいきんれいむのまりさがけがをしちゃって、ごはんがたりないの。なんと
かならない?」
「ゆ! むれのたくわえをわけてあげるよ! れいむのまりさがげんきになったら、いっ
しょにかりをしてたくわえをふやそうね!」
「まりさ! さいきんありす、すごくむらむらするの……れいぱーになっちゃったらどう
しよう!?」
「おおきなきのしたにすんでるおねえさんありすが、じょうずな『ひとりすっきりー』の
やりかたをしってるよ! おしえてもらって、まいにち『ひとりすっきりー』をいっぱい
すればだいじょうぶだよ!」
「わからないよー! わからないよー!」
「だいじょうぶだよ、ちぇん! わかるまでいっしょにゆっくりかんがえよう!」
こうして、まりさは群れで起きる様々な問題を解決し、よりみんなをゆっくりさせた。
だが、時には簡単に解決できない問題にもぶつかることがある。
「むきゅ、まりさ。ちぇんとみょんがまた……」
「まだふたりとも、なかなおりしてくれないの?」
「むきゅん……」
ぱちゅりーが持ちかけてきたのは、ちぇんとみょんのケンカだ。両方とも身体能力が高く、
狩りがうまい。それぞれ競い合うのはいいことだが、それが原因で次第にいがみ合うよう
になってしまったのだ。
まりさもぱちゅりーも何度か二匹が仲直りするよう諭したが、どうにもうまくいかない。
二人とも、ゆっくりするためにがんばっているだけなのに、どうして仲良く出来ないのだ
ろう。難問だった。
だが、まりさは胸を張って見せた。
「ゆ! まりさにまかせてね! ゆっくりかんがえて、ふたりをなかなおりさせるよ!」
まりさの自信には理由がある。こうした悩みを解決する、とっておきの方法があるのだ。
・
・
・
「おにいさん、ゆっくりしていってね!」
まりさがやってきたのは、群れから一時間ほどの位置にある小さな山小屋だ。
まりさが声をかけると、おにいさんが出てきた。
山の中にある小屋には似つかわしくない、メガネをかけた細身の男だ。どこか学者を思わ
せる風貌だった。その柔和な顔は、いつもまりさをゆっくりさせてくれる。
「やあまりさ。また何かあったのかい?」
「そうだよ! おにいさんにそうだんしたいことがあるんだよ!」
家の前の木の切り株におにいさんが腰を下ろすと、まりさはぴょんとひと跳びしてそのひ
ざの上にのっかった。一人と一匹、どちらもなれた様子だった。
そして、まりさはぱちゅりーから相談された困りごと……狩りの成果を競うあまり、仲良
くしてくれないちぇんとみょんのことをおにいさんに説明した。
「…それで、ちぇんとみょんがゆっくりしてくれないんだ」
「まりさ。いつも言っているように、迷ったときはまりさが一番ゆっくりできると思うこ
とを選ぶんだ」
「ゆーん……」
まりさは考え込む。
望むことはみんながゆっくりできること。みんなで、みんなで……。
そして、まりさはひらめいた。
「そうだよ! ちぇんもみょんも『きょうそう』してるからいけないんだ! 『きょうり
ょく』すればいいんだよ!」
「へえ、どうするんだい?」
「ふたりでいっしょにかりにいってもらうんだよ! ふたりのとってきたものをあわせて
むれのものにすればいいんだよ! いっしょにかりをすれば、ちぇんもみょんもあいての
いいところがわかって、けんかなんかしなくなるよ!」
「でも二人はケンカしているんだろう? いっしょに行ってくれるかな?」
「そうだね、ゆーん……」
「仲直りを手伝ってくれるゆっくりがいればいいのにね」
「ゆ! そうだね! さいしょはまりさがいっしょにいくよ!」
ゆっくりは単純なナマモノだ。つまらないことでケンカしたかと思えば、簡単に仲直りす
る。だが、そのきっかけはやはり難しいことだ。それは人間と変わらない。
まりさの考えたことは、そのきっかけ作り。群れの長であり、みんなと仲良くしているま
りさがうまく立ち回れば、確かに成功しそうだ。
おにいさんも賛成してくれた。
「まりさはとってもゆっくりしたいいこだね」
おにいさんはやさしくまりさの髪をなでた。まりさはゆゆーんとうれしさに身をくねらし
た。
こうしてほめられるとまりさはうれしくてたまらなくなる。でも今は、それに浸ってはい
られない。
「さっそくかえって、ちぇんとみょんにはなしてくるよ!」
「うまくいくことを祈ってるよ」
「おにいさんありがとう! ゆっくりしていってね!」
「はい。ゆっくりしていってね!」
おにいさんの柔和な顔に見送られ、まりさは群れへと急いだ。
まりさとおにいさんが出会ったのは偶然だった。たまたま冒険気分で、まりさは山小屋に
やってきた。
そこで、いつの間にか暮らし始めていたおにいさんに見つかったのだ。
初めはまりさは警戒した。人間はゆっくりできないと親ゆっくりから聞いていたからだ。
人間はゆっくりよりずっと強い。いい人間もいるが、悪い人間もいる。悪い人間はあまあ
まを餌にゆっくりを誘い込み、とてつもなくゆっくりできないことをする、などなど。
ゆっくりとしては賢い親に、人間に対するそれなりに正しい知識を与えられていたのだ。
ところがおにいさんは、その知識からまりさのイメージしていた「にんげんさん」とは違
っていた。
「まりさ。こんにちは。ゆっくりしていってね!」
「ゆ、ゆっくりしていってね!」
柔和な顔で、優しく挨拶してくれた。
それに、まりさのことを食べ物で手なずけようともしなかった。
「まりさ。少し君とお話したいんだけど、いいかな? ああ、おびえないで。怖いなら近
づかなくてもいいよ。どうしても嫌なら逃げてもいい。でも、できたら……僕とお話、し
てくれないかな?」
「ゆうう……」
初めはおっかなびっくりだったが、話すうちにまりさはこのおにいさんが悪い人間ではな
いことがわかった。言葉は丁寧、話題もゆっくりできることばかり。
まりさは思いつくままに自分の生活を話し、おにいさんはそれにゆっくりした感想を言っ
てくれた。小一時間も話せば、一人と一匹はすっかり仲良くなった。
それからまりさは、時折山小屋にやってきてはおにいさんとお話しするようになった。
だが、このおにいさんのことを群れのみんなに話したことはない。
おにいさんにお願いされたからだ。
「まりさ、おにいさんのことは群れのみんなには話さないで欲しいんだ」
「どうして? おにいさんはとってもゆっくりできるひとだよ! きっとおともだちがた
くさんできて、もっとゆっくりできるよ!」
おにいさんは悲しげに頭を振った。
「おにいさんはひとりで静かに暮らしたくてこんな山のなかで暮らしているんだ。まりさ
だけならいいけど、たくさん来たら落ち着けない。それに、人間を怖がるゆっくりもきっ
といる。怖がられるのは、おにいさんにも『ゆっくりできないこと』だから……」
「ゆゆ~、そうだね……」
「でも、まりさ。君は大切な友達だ。暇なときでいいから来てくれて、僕の話相手になっ
てくれると嬉しい。いいかな?」
「もちろんだよ! おにいさん、ゆっくりしていってね!」
「うん。ゆっくりしていってね!」
おにいさんは一度もまりさに食べ物をふるまうことはせず、まりさから食べ物をねだるこ
とをしなかった。利害関係抜きの関係。それは本当の意味での友達ということだ。それが
なおさらまりさを安心させてくれた。
今はこうして、困ったときは相談するような仲にまでなったの。
そして、群れの長にまでなれたのは、おにいさんとのおかげも大きかった。
まりさにとって、おにいさんはなくてはならない大切なお友達だった。
・
・
・
おにいさんとの相談、なによりまりさのがんばりによって、群れの内部事情はどんどん改
善されていった。
群れのみんなは仲良くなり、協力することで食糧事情も良くなった。
それによってゆっくりの数は急速に増えた。30匹あまりだった群れは、今では100を
超えている。それでありながら、まだまだ増えるだけの余裕があった。ゆっくりみんなが
協力すれば、いくら増えても大条文なのだ。
大きくなった群れ。その長であるまりさは、おぼうしが重たくなったと感じた。当然だ。
まりさの決断には100を超えるゆっくりの運命がかかっているのだ。
だがまりさはそれを負担だとは思わない。むしろ誇らしく思った。おぼうしの重さは、群
れのみんなの「ゆっくりできること」が、つまっているとことの証。それはまさしく、ま
りさが夢みていたことだ。
そんなまりさだったが、まだツガイを見つけてはいなかった。ゆっくりにしては珍しく、
成体になっても積極的に相手を求めようと話しなかった。まりさにとって群れのみんなが
家族みたいに思えるからさびしくはなかったし、長の仕事が忙しすぎたこともある。
だが、そんなまりさにも春が訪れた。
「まりさ! れいむはまりさと、ずっといっしょにゆっくりしたいよ!」
告白してきたのは幼馴染のれいむだった。ずっと仲良しだった。長の仕事もよく手伝って
くれた。
突然の出来事に、まりさは目をぱちくりさせるばかりだった。今までれいむのことを、そ
ういう相手としてみたことはなかったのだ。
だが、告白された瞬間、まりさの餡子を衝撃が駆け抜けた。
それは「しあわせー」だった。
今までどんなにおいしいものを食べても、どれだけゆっくりしても感じたことのない、衝
撃的な「しあわせー」。
まりさは群れをゆっくりさせればしあわせになれると思っていた。
でも、まだしあわせがあった。家族を持つこと。大好きな親れいむや親まりさのように、
かわいいおちびちゃんと暮らすこと。今までぼんやり考えていたそれが目の前に来たとき、
その「しあわせー」の大きさにまりさは驚くばかりだった。
「ま、ま、ま! ままままりさも! れれれれいむとずっといっしょにゆっくりしたいよ!」
どもってしまったが、どうにか答えることが出来た。
れいむは恥ずかしげに、でも嬉しそうに頷いてくれた。
まりさはまさに、しあわせの絶頂にあった。
・
・
・
「ゆふー、つかれたー。まりさ、ちょっとがんばりすぎちゃったよ……」
告白を受けた後、早速まりさはれいむをおうちに呼んだ。そこで、ある問題にぶつかった。
まりさの住むおうちはひとりで住む分には十分だが、家族で暮らすには手狭であることに
気がついた。
「ま、ま、まりさは! おうちをおおきくしたら、れいむをむかえにいくよ!」
「ゆっくりまってるよ、まりさ!」
思わずそんなかっこつけたことを言ってしまった。ゆっくりは告白直後にすっきりーも珍
しくないものだが、みんなのゆっくりのために心身を砕いてきたまりさはそういう方面に
は奥手なのだった。
ここ数日、まりさはおうち作りに励んでいた。だが決して長としての仕事もおろそかには
していなかった。
家族ができるとゆっくりはゲス化するのはよくあることだ。家族を一番に考え、他の優先
順位を極端に下げてしまう。頭が悪く視野の狭いゆっくりでは仕方ないことといえる。
まりさもれいむの告白に舞い上がりはした。だが、決して群れについて考えることを忘れ
はしなかった。群れがゆっくりしていれば、家族もまたゆっくりできる。当たり前の、し
かし多くのゆっくりが忘れがちなこの理屈を、長としての経験が長いまりさは餡子の奥ま
で刻み込んでいたのだ。
長の仕事とおうち作りの両立にまりさはおおいに疲れさせたが、その苦労も報われようと
していた。おうちは大きくなった。家族を養うのに十分な広さまで、遂に拡張したのだ。
「あした、あさいちばんにれいむをむかえにいくよ!」
まりさはそう心に決め、まりさはゆっくり休もうと目を閉じた。だがドキドキして眠れそ
うになかった。
そんなモンモンととしていた時だ。
突然、入り口がどん、と大きな音を立てた。
「ゆっ!?」
驚き、まりさは身構える。
誰か来たとしたら、どんなにあわてていても入り口の「ドア」を叩く前に声をかけてくる
はずだ。
捕食種が襲ってきた、というのも考えにくい。まりさのおうちの入り口は、群れのみんな
で考えた特別製の「ドア」がついている。れいむの「けっかい」が施されており、簡単に
は見つからないはずだ。
まりさが思いをめぐらす中、二度、三度とドアは叩かれる。
「ゆゆうっ!?」
一度であきらめないということは、中にまりさがいることを確信しており、それを狙った
攻撃であるのは間違いない。だが、誰が何のためにそんなことをするのか、まりさには想
像がつかない。
固唾を呑んで見つめる。
「ドア」はまりさの経験とぱちゅりーの知識が合わさり、強固な作りになっている。内側
から枝で閂をかけられているため、外からではれみりゃであっても開けられないはずだ。
だが、何度目かの衝撃によってついに閂は折れ、「ドア」取り去られてしまった。
そして、一匹のゆっくりが入り込んでくる。
「うー!」
ピンクのないとキャップに青い髪。こうもりの翼にこの声は間違いない。
「れ、れ、れみりゃあだあああああ!」
れみりゃはすぐには襲い掛かってこず、じりじりとまりさに迫ってくる。入り口はひとつ、
れみりゃの後ろ。逃げ場はない。
まりさは恐怖をどうにか飲み込み、、おぼうしの中からとがった枝を取り出す。
順風満帆に見えるまりさのゆん生だが、危険なこともいくつも経験してきた。れみりゃに
襲われたこともある。もっとも、そのときは運よく逃げ延びただけだ。逃げ場のないおう
ちで捕食種と一対一の対峙など、初めてのことだった。
「ゆ、ゆうう……」
「うー!」
まりさのくわえたとがった枝を警戒しながら、しかしひるむことなく、れみりゃはじわじ
わと距離を詰めてくる。
まりさの中で恐怖が爆発しそうになった。泣き喚いて全てを投げ出したいという誘惑にと
らわれた。
だが、そのときだ。
まりさはおぼうしの重みを思い出した。
おぼうしの中には、群れのみんなが「ゆっくりできること」が詰まっている。
もし、まりさがこのまままりさがやられたらどうなる? おぼうしの中の「ゆっくりでき
ること」はどうなる?
まりさは冷静さを取り戻し、餡子脳をフル稼働させ、思考を巡らせた。
もし、このまままりさがやられたらどうなるか? きっとれみりゃは、群れのみんなを襲
うに違いない。
特製の「ドア」は、ほとんどのおうちに備えられている。普通のれみりゃだったら安全だ
ろう。だが、目の前のこのれみりゃは、それを開けてみせたのだ。
長の導きもないまま、こんな危険なれみりゃが群れを襲う……なんてゆっくりできないこ
とだろう。そんなこと、まりさには許せなかった。
そう思った瞬間、体は動いていた。
「ゆー!」
叫び、口にくわえた枝を突き出し、まりさは突進した。
いかに考えをめぐらそうと、ゆっくりにできることなどこの程度だ。だが、この攻撃は悪
くない。
拡張され大きくなったおうちとはいえ、れみりゃが飛ぶのはとても無理。枝はともかく、
突進するまりさの体をかわすのは難しい。枝で傷つけられなくとも、体当たりでひるませ
れば勝機も少しは見えてくる。
だが、れみりゃの動きは、まりさのまったく夢にも思わないことだった。
「ゆうう!?」
れみりゃは、翼を使った。
翼で木の枝を受け流し、するりとまりさの脇を抜け、まりさ決死の突撃をなんなくかわし
たのだ。ゆっくりとは思えない見事な回避動作だった。
そして、二匹はすれ違い、お互いの位置を入れ換えた。
あわてて振り返ると、爛と輝くれみりゃの目が合い、まりさは凍りついた。攻撃をかわし
たからといって、れみりゃはやみくもに攻めてこなかった。侮れない相手だと、慎重にま
りさのことを品定めしているのだ。
ドアを破り、翼で枝を受け流し、そして今、油断がない。明らかに普通のれみりゃではな
かった。
だが、まりさは幸運だった。その幸運はふたつ。
ひとつはれみりゃと位置が入れ替わったこと、もうひとつはそれにまりさが気が付いたこ
とだ。
「ふっ!」
まりさは枝をれみりゃに向かって吹いて飛ばした。もちろんそんなものは通用しない。れ
みりゃは翼で簡単に枝を払った。
だが、それでいい。少しの隙ができれば十分だった。
突進により、まりさとれみりゃの位置は入れ替わった。つまり、まりさの背後に入り口が
あるのだ。
まりさは急いで外に出ると、「ドア」で入り口をふさぎ、全体重をかけた。閂は壊された
ものの、幸い「ドア」そのものはほとんど破損していなかった。
「うー! うー!」
何度か内側からぶつかられたが、入り口は下向きだ。捕食種の身体能力が優れていると言
っても、上から押さえつけるまりさの方が有利だ。
まりさはほっとした。後はみんなを呼んで、この「ドア」の上に重い石でも置いてれみり
ゃをとじこめてしまえばいい。時間を置いて、れみりゃが弱ったところでやっつけるなり、
餓死を待つなりすればいい。
まずは、みんなを呼ぼう。大声を出そうと、まりさが息を大きく吸い込んだときだ。
「うー! みんな、ちょっとてごわいまりさがいるんだどー! てつだってほしいどー!」
まりさより先に、れみりゃが助けを呼んだ。
みんな? れみりゃは、一匹じゃない?
戦慄するまりさは、そのときようやく、静かであるはずの夜の群れが騒がしいことに気が
付いた。
いくつもの声が聞こえる。そのいずれもが……悲鳴だ。
「どぼじでれみりゃあがいるのおおお!」
「おかーしゃああああん! ゆわあああ! たちゅけてええええ!」
「いぢゃいいぢゃいいぢゃいいいい! やべでええええ! ずわないでええええ!」
群れに大変なことが起きている。
もう、おぼうしの重みを感じなおすまでもない。まりさは長としてとっくに覚悟を決めて
いる。
今、「ドア」から衝撃はない。れみりゃは仲間が来るのを待っているのだろう。
「そろーり、そろーり……」
まりさは気づかれないよう、出来る限り静かに離れる。幸い、れみりゃはまりさの行動に
気づいていないようだ。ある程度の距離を稼ぐと、まりさは群れの中心へと駆け出した。
・
・
・
平和な群れは凄惨な、とてつもなくゆっくりできない地獄と化していた。
ありとあらゆる場所で、一方的な蹂躙が行われていた。一、二、三……ゆっくりの餡子脳
では数え切れないたくさんのれみりゃが、ゆっくり達を次々と狩っていた。
「どうして……れみりゃがこんなにいっぱいいるの……」
まりさが呆然とつぶやくのも無理はない。
れみりゃは普通、群れを作らない。基本的には一匹で行動する。複数でいたとしても、そ
れは家族である場合がほとんどだ。その場合は、親ゆっくり二匹に子ゆっくり数匹という
構成だ。
だが、群れを襲っている無数のれみりゃは、見た限り全てが成体ゆっくりであり、たくさ
んいた。
「ゆわあああああああ!」
お友達のまりさが追われている。後ろからはれみりゃに追いかけられているのだ。
ところが、逃げた先には、
「どぼじでれみりゃがいるのおおおお!?」
まるで待ち受けていたように別のれみりゃがいた。
「おめめがーっ! ありしゅのつぶらなおめめがー!」
「いぢゃあああいい! いぢゃいよおお! みえないいよおお!」
「くらいよおお! まっくらだよおおおおお! こわいよおおお!」
声に振り向けば、そこにはゆっくりの目を狙って襲うれみりゃがいた。異様なのは、目を
壊すだけでそれ以上のことはしないことだ。次々とゆっくり達の光を奪い、しかしかぶり
ついて餡子を吸い出すということをしない。まるで、目をつぶすことが自分の役目だとい
うように。
そして、それを待っていたかのように、今度は体は大きいものの動きは鈍そうなデブれみ
りゃがやってきた。そして目が見えずろくに逃げることも出来ないゆっくり達を、次々と
吸い尽くしていく。
「れいむのおちびちゃんをかえせえええ!」
遠くでは、子供を取られたれいむがいる。
まるで見せ付けるように子ゆっくりを殺さず口にくわえるているれみりゃ。れいむの目は
それに釘付けだ。
その後ろから、別のれみりゃが襲い掛かった。なすすべもなくれいむは吸い尽くされ、子
ゆっくりも同じ運命をたどった。
「なんなの……これ……なにがおきてるのおおおお!?」
群れをなしてれみりゃが襲い掛かってきた。しかも、連携して。
まりさはもう、この状況がなんであるかわからなかった。
だが、長としてできることは一つだけだ。
「みんなー! ここはもうだめだよー! 『ひなんばしょ』ににげてー!」
叫びながら、地獄となった群れを駆け抜ける。
あらかじめ緊急事態用の避難場所は決めていた。
そこへみんなを誘導すること。まりさにできることはそれだけだった。
声に気づいたれみりゃが襲い掛かってくる。
「! このれみりゃはおめめをねらってるんだね!」
さっき見ていたれみりゃだったことが幸いした。あらかじめわかっていた狙いをタイミン
グを合わせてかわす。
「みんなー! にげてー!」
まりさは、叫び、走る。
絶望の中を、わずかな希望にすがりながら。
・
・
・
「ゆう、ゆう、ゆう……」
荒い息ばかりを吐き、まりさは必死に跳ねていた。あれからまりさは群れに避難を呼びか
けながら走り回り、そしてどうにかれみりゃ達から逃げ切り、秘密の避難場所の入り口近
くまでたどり着いていた。
「みんなを……まもれなかったよ……」
まりさが逃げられたのは、れみりゃを無視してずっと走り続けたためだ。
れみりゃの多くは陽動やけん制をする役としとめる役に分かれていたようだった。陽動に
もけん制にもかまわずただ駆け続けるまりさはそのコンビネーションにはまらず、標的に
なりにくかったのだ。なにより、他のゆっくりがたくさんいたことが大きい。まりさは皮
肉にも、群れを守るどころか、群れに守られてしまったのだ。
「れいむ……だいじょうぶかな……」
群れを一旦離れて思うことは、ずっとゆっくりすることを約束したれいむのこと。
「きっとだいじょうぶだよ……! さきに『ひなんばしょ』でまってるにきまってるよ!」
まりさはそう自分に言い聞かせると、避難場所への入り口と向かう。
緊急用の秘密の避難場所とは、滝の裏の洞窟だった。
水に弱いゆっくりがいるとは誰だってなかなか思わない場所だ。捕食種はよりつきもしな
い。
湿気が高いので長く暮らすのには向かないが、短期の避難場所としては絶好のゆっくりス
ポットだった。
そして、その入り口近くまで来たところで、まりさはようやく気がついた。
洞窟の中から、悲鳴が聞こえる。
「ゆゆ!?」
驚きのあまり、飛び上がった。
それが、幸いした。
「うー!」
まりさの下をれみりゃが通り過ぎた。
れみりゃは口惜しそうにまりさを見ながら、しかし勢いはとまらず、そのまま洞窟の中へ
と飛び込んで行った。
「そ、そんなああ!? どぼじでれみりゃがいるのおおおお!?」
まりさはつけられていたのだ。先に避難場所に着いたゆっくりもまた尾行され、既に避難
場所はれみりゃに蹂躙されている。洞窟からの悲鳴はその結果だ。
あえて逃がし、避難場所を知る。このれみりゃたちはゆっくりとは思えないほど狡猾だっ
た。
「どうして……どうして……」
なんでこんなことに。
なにがいけなかったのか。
なにか間違えたのだろうか。
わからない、わからない、わからない。
餡子脳は過負荷に沸騰してしまいそうだった。まりさはもう、何をしていいのかわからな
くなってしまい、動きを止めた。
そんなまりさを、現実に引き戻す声があった。
「まり……さ……?」
いつの間にかうつむいていた顔を跳ね上げた。声はあの、ずっとゆっくりすることを約束
したれいむのものだったのだ。
まりさの前に、れいむがいた。
れみりゃにかぶりつかれながら必死にはいずる、れいむがいた。
ひどいありさまだった。
あのふっくらしていた肌は、惨めにしなびてしまっている。しっとりとしてた髪も、恐怖
と痛みで色が薄くなっていた。目の光も弱い。明らかに、もう先は長くない。永遠にゆっ
くりするのも時間の問題だろう。
れいむはまりさを見た。まりさは助けてやりたかった。どうにかして、れいむを救いたか
った。
「まりさ……にげて……!」
だが、れいむは救いを望まなかった。自分が永遠にゆっくりしそうな状況にありながら…
…いや、だからこそ、最愛のまりさが生き延びることを望んだのだ。
「れ、れいむっ……!」
「まりさ……だいすきだよ……まりさは、ずっと……ゆっくり……していっ……」
そして、れみりゃは餡子を吸い尽くされた。
自分のことを省みず、最後までまりさのことを想い、れいむは永遠にゆっくりした。
からっぽになったからだの中に、光を失った目がぼこり、と落ちた。餡子という支えを失
った皮はくしゃりと力なくつぶれた。
「ゆわああああああああああああああ!」
絶叫した。体中の餡子を吐き出さんばかりの勢いでまりさは絶叫した。
そんなまりさに、れみりゃはまるでひるむことなく、けぷ、とひとつゲップを吐くと、鋭
い視線を向けた。その目はふてぶてしく語っている。「次はお前だ」、と。
「ゆっがあああああああああああああ!」
武器となる木の枝はない。策も何もない。勝てる見込みなどひとつもない。何も考えず、
まりさは飛び掛った。
ただ全力で、憎しみの全てを叩きつけるように。
れみりゃの目が変わった。
目の前のまりさが、無力な餌ではなく注意すべき敵であると認識したのだ。
すばやく飛び上がる。かわしきれず、まりさのおぼうしの先っぽがかする。予想外の接触
に驚き、れみりゃの姿勢がわずかに崩れる。
「ゆうう!」
まりさはすぐさま着地し、振り返り追撃しようとした。
だが、出来なかった。着地すべき地面がなかった。
まりさが突っ込んだ先はガケだったのだ。滝が降り注ぐ先へと、まりさは頭からまっさか
まさに落ちていった。
・
・
・
「……ゆ?」
気がつけば川に打ち上げられていた。
おちたとき、川におちた。頭からまっさかさまに落ちたのが幸いした。おぼうしからうま
く着水し、まりさは水に浮くことができたのだ。そして流され一命を取り留めたのだ。
まりさはおぼうしをかぶりなおす。
水を吸ったおぼうしは重みを増していた。だが、まりさはそう感じなかった。
むしろ、軽いと思った。
昨日までは「ゆっくりできること」でいっぱいだった、誇らしい重みのおぼうし。
今はずぶぬれの水の重さだけ。そんなもの、惨めなだけだった。
暗い森の中、しんと月明かりだけが照らしている。あの惨劇が嘘のような、あまりに静か
な夜の森だった。
まりさは歩き出した。
行かなきゃ、と思った。
どこへ、とは考えなかった。
歩けば、どこかにたどりつけると思ったから。
止まったら嫌な考えに囚われてしまいそうだったから。
だから、ただただ進み続けた。
そして、気づけばまりさはおにいさんの住む山小屋にたどり着いていた。
窓からは暖かな光が漏れていた。まりさの瞳から涙がこぼれた。
「おにいさん、おにいさん! でてきて! でてきてよおお! まりさのおはなしをきい
てええ! まりさ、もう、もう、もう! どうしたらゆっくりできるのか、わからないん
だよおおお!」
まりさが呼びかけると、小屋の中でどたばたと音がし、あわてた様子でおにいさんが現れ
た。
「ま、まりさ!? いったいどうして……」
「お、おにいざーん!!」
まりさが飛びつくと、おにいさんはやさしく抱きとめてくれた。
あたたかい感触に、まりさは安堵を得る。だが今は、その暖かさに浸れなかった。群れの
みんながゆっくりできない今、自分だけがゆっくりしたくはなかった。
おにいさんなら、なんとかしてくれるかもしれない。その思いにすがった。
「おにいざん、おにいざん! あのね、あのね……」
「驚いた、よくあのれみりゃの包囲から抜けられたものだね」
「……ゆ?」
まりさは人間が賢いことを知っている。いろんなことを知っているということを、知って
いる。
でも、それでも納得できなかった。
「どうしておにいさん、れみりゃのことしってるの……?」
「まあ、中で話そうか」
そうして、まりさはおにいさんに抱かれたまま、中へと連れて行かれた。
まりさが山小屋の中へ招かれるのは初めてだった。
初めて見る部屋の中。
まりさは一目見て、
「なんなのこれええええええ!?」
絶叫した。
通された部屋の中には、無数のモニターが設置されていた。
そのいずれにも、襲われる群れのゆっくり達の様子が映し出されているのだ。
れいむが、ありすが、ぱちゅりーが、みょんが。
れみりゃに襲われ、噛み付かれて、吸い尽くされる。そんな様子が無数に映し出されてい
るのだ。
「れみりゃにつけたカメラの映像さ」
「ゆ?」
「つまり、れみりゃ達が見てるものをここで全部見れるんだよ」
「ゆ? ゆゆ?」
まりさにはおにいさんが何を言っているのか理解できなかった。
ただ、予感があった。知ってはいけない、しかし知らずにいられない。そんな恐ろしい、
ゆっくりできないこと。それがここにはあるという、不吉な予感。
おにさんはまりさを机の上に置いた。全てのモニタが見渡せる特等席だ。
「モニターの1番は……技術はあるし発想もいいんだが、たまに止めを刺さず投げっぱな
しにするのがよくない。36番は試験に二回落ちただけあって堅実だ。でも、ちょっとや
りすぎな感じはあるな……」
ぶつぶつとつぶやくおにいさんの声もまりさにはゆっくりできない。
「お、おに、おにいさん……これはいったいどういうことなの……?」
「見てのとおり、れみりゃが君の群れを殲滅している。それだけのことさ」
おにいさんはいつもと変わらない様子で、さも当たり前のように語る。
まりさは本能的に悟った。目の前の惨劇。それを、このおにいさんが引き起こしたという
ことに。
だから、叫んだ。
「ど、どぼじでごんなごどずるのおおおお!?」
それに対するおにいさんの答えはシンプルだった。
「通常種のゆっくりが邪魔だからさ」
まりさは絶句した。
そんなまりさを優しくなでながら、おにいさんは言葉を続けた。
「ゆっくりってやつは、やたらと山の自然を荒らすし人家にも被害を出すことがある。ゆ
っくりは単体では脆いナマモノだけど、種としては強靭だ。あっという間に数を増やすか
ら、殺すのは簡単なのに根絶となると異常に難しい。繁殖力がありすぎる。増えるたびに
駆除してたら、金も手間もいくらあっても足りやしない。そこで、れみりゃを使うことに
したのさ」
おにいさんはモニターのひとつを指差した。
そこにはれいむを吸い尽くすれみりゃの姿があった。
「見てのとおり、れみりゃは邪魔な通常種のゆっくりを食べてくれる。ふらんでも良かっ
たけど、あっちは性格にムラがあるし、数も増やしにくい。で、れみりゃを使うことにし
たのはいいんだけど、あれもゆっくりには違いないから頭は良くないし、群れを壊滅させ
るほど大食いでもない。実際に大量のれみりゃを山に放す実験が行われたらしいけど、あ
まり効果は上がらなかったようだ。れみりゃの狩りの効率を、ゆっくりの繁殖力が圧倒的
に上回っているんだ。それなりに頭のいいゆっくりは、普通のれみりゃに襲われないよう
に工夫するから、どうしても討ち漏らす、ってのも大きな原因のひとつ。れみりゃの狩り
はぬるすぎるんだ」
おにいさんの説明はまりさには理解できなかった。
ただ、ただ、歯を食いしばり、食い入るようにモニタを凝視していた。
「でも人間はバカじゃない。すぐに新しい方法が考えられた。れみりゃが使い物にならな
いなら、加工して強化し、訓練して役に立つレベルまで引き上げればいい。結果、通常よ
り高い身体能力を持ち、複数で連携をとって確実に群れを殲滅する捕食種のできあがり、
というわけさ」
今度は別のモニターを映し出した。
口に枝をくわえるみょんとちぇんの二匹だ。れみりゃを、二匹で協力して倒すつもりらし
い。
そこに、後ろから別のれみりゃ達が襲い掛かった。真後ろからの不意打ちに、二匹はあっ
さりと倒されてしまった。
カメラを持ったれみりゃは、二匹の注意をひきつけるおとりだったのだ。
まりさも実際に現場でいくつも目にしていた。れみりゃたちは実に巧みに連携をとって、
群れのみんなを狩っていた。
まりさはただただ目を見開いていた。
だからその呟きはまりさも意識せず漏れた。
「どうして……? まりさたち、なんにもわるいことしてないのに……」
無意識の呟きに、おにいさんは聞きとった。
「悪いことをしない――つまり、善良な野生のゆっくり。それがいけないんだ」
「どう……して……?」
「ゲスが台頭した群れは大して増えない。圧制をしいて死ぬゆっくりが多くて適性数を保
ったり、あるいは勝手に自滅してくれる。でも、本当に善良なゆっくりはだめだ。増える。
際限なく増える。増えすぎて山を丸裸にしてしまった例だってあるくらいだ。山の生態系
にとって、なにもしない善良なゆっくりこそ最大の害悪なんだよ」
「そん……な……」
あまりにゆっくりできないことの連続に、まりさの餡子脳はまともな思考を手放そうとし
ていた。だがそれを、お兄さんの言葉が引き止めた。
「それで、これからが君に関係する話だ」
「ゆ? ま、まりさに……?」
「そう。群れ殲滅用の捕食種は完成した。でも、実運用の前には実地試験が必要だ。その
対象はなるべく数が多くて賢い群れが望ましい。それも人間の手の加わっていない、野生
の群れが最適だ。人間の手が加わると、ゆっくりってやつはどうしてもゲスな面を出すか
らね。さっきも言ったけどゲスなゆっくりは増えすぎないから駆除対象にならないから、
実地試験に向かない」
「わからないよ……」
「まりさにわかるように言えば、僕達が必要としたのは、そうだな……とってもゆっくり
した大きな群れがだった、ってとこかな?」
「ゆっくりした……むれ……」
まりさの瞳からとめどなく涙が流れた。
ゆっくりした群れ。まりさはそこにいた。群れをゆっくりさせるために、全てを費やした。
夢だった。あの群れは、まりさの夢そのものだった。
しかし、夢は願うだけでは叶わない。夢を実現させてくれたのはなんだっただろうか?
「だから僕は君にアドバイスしたのさ」
そうだ。おにいさんがいたからだ。いつもまりさの相談にのってくれるおにいさんの存在
なくして、あれほどゆっくりとした群れはありえなかった。
「いや、ずいぶん気を使ったよ。実地試験には人間の手が加わっていない、という条件が
あったから、ゆっくりの領分を越える知識を与えちゃいけない。なるべくゆっくり自身に
考えさせて、群れにゆっくりらしい発展を遂げてもらわなきゃならない。難題だったけど
うまくいったよ。僕のアドバイスで、君はゆっくりできただろう? 群れをゆっくりさせ
られただろう?」
そうだった。
まりさが悩んで相談を持ちかけたとき、おにいさんは回答を言うことはなかった。それと
なく考える道を示してくれただけ。ほとんどの悩みを、まりさは自分なりの考えで解決し
てきたのだ。
「いや、まりさに出会えてよかったよ。君は本当に性格のいいゆっくりだった。初めは君
一匹に働きかけるだけじゃうまくいかないだろうと他のゆっくりに声をかけることも考え
ていたけど……いやいや、こんなにうまくいくとは思わなかったよ。まりさは最高の『群
れの長』だ。実にいい素材を用意してくれた。ほら、見てごらん。君の群れのゆっくり達
は実によくがんばってくれている」
モニターの向こうではゆっくりたちが奮戦していた。
子ゆっくりを逃がすため、自ら身を差し出すれいむがいた。
おぼうしを引き裂かれても、他のゆっくりをかばって戦うまりさがいた。
あきらめず、みんなを逃げ道に誘導しようと必死に声を張り上げるぱちゅりーがいた。
目をつぶされたのに、少しでもれみりゃを傷つけてやろうと木の枝をふりまわすみょんが
いた。
誰かを見捨てるゲスゆっくりは一匹もいない。どのゆっくりも、みんながゆっくりするた
めに、最後まであきらめずがんばっていた。
本当に、ゆっくりとした最高の群れだった。
それなのに……いや、それだからこそ。れみりゃ達の実地試験の素材として、最高のゆっ
くりたちだと言えた。
群れのゆっくり達の決死の行動は、結局のところなにもかもが無駄だった。どんな抵抗も、
人間によって身体能力を強化され、連携を徹底的な訓練により教え込まれたれみりゃ達の
前には役に立たなかった。
モニターにはひとつとして、奇跡の逆転劇も幸運な脱出劇も映されない。ただただ、惨劇
ばかりが展開されていた。
「ゆっ、ゆっ、ゆっ!」
「まりさ?」
まりさは震えていた。恐ろしさに、なにより絶望に。
おにいさんの言葉はゆっくりであるまりさには難しく、まりさはおにいさんの話を理解し
ていない。
「……まりさ、おにいさんがなにをいっているのかぜんぜんわからない。ぜんぜんわから
ないよ……」
いや、本当のところは既にわかっていた。本質は、餡子脳の奥で理解していた。だが、わ
かりたくなかった。認めたくなかった。
それなのに。
「ああ、つい熱が入ってしまった。ごめんね、まりさ。いつものように、まりさにもわか
るように言ってあげるよ」
おにいさんは優しく、しかし残酷にまりさの逃げ道をふさぐ。
「まりさ。君は、れみりゃに滅ぼされるために、群れを大きくしたんだ」
「ゆ、ゆ、ゆああああああああああああああああああああああああああああ!」
まりさは絶叫した。
餡子が沸騰せんばかりの激情に身を焦がされ、その炎を吹き出すように叫んだ。
まりさのがんばってきたこと。しあわせなこと。ゆっくりできると思っていたこと。
いままで生きてきたゆん生で積み上げてきたありとあらゆるもの。なにもかもがこの惨劇
に向かうためのものでしかなかったなど、受け入れられるはずがなかった。
しかし、まりさがどう思おうと目の前の悲劇は終わらない。現実は変わらない。目の前の
無数のモニターではただ淡々と、今もゆっくり達がれみりゃによって滅ぼされる様を映し
出し続けている。
まりさは叫んで叫んで、声が尽きて……そして、叫びに口を広げたまま、動かなくなった。
そんなまりさを、おにいさんはただただいつものように柔和な顔で、しかし感情のない冷
静な目で眺めている。
おにいさんは学者だった。自分の研究を行い、それを発表することに無上の喜びを感じる、
純粋すぎるぐらいの学者だった。こうしてまりさに全てを話したのも、ただ自分の研究が
うまく言ったことを話すのに熱中しただけに過ぎない。
そしておにいさんは、研究に情というものを持ち込まない人間だった。
「まりさ。君にはこれからも実験につき合ってもらうよ。あの包囲を抜けた君は研究対象
として興味深いし、れみりゃ達の訓練の相手にもちょうどいいだろう。これからも、ゆっ
くりしていってね!」
まりさにはなんの反応も示さなかったが、おにいさんには関係なかった。
透明な箱にでも閉じ込めておくかと、おにいさんが机からまりさを持ち上げると、おぼう
しがぱさりと落ちた。
「おや、珍しいな」
ゆっくりのお飾りは、人間の手で簡単に奪えるが、こんな風に自然に落ちてしまうなんて
ことはまずない。不思議と落ちないようになっているのだ。
まりさの中にわずかに残った意識が、それを当然のことだと思った。
まりさはおぼうしのなかを凝視した。
何もない。空っぽだった。がらんどうのおぼうしだ。
あれだけたくさんつめこまれていたはずの「ゆっくりできること」。
それがみんなみんな、なくなってしまったのだ。
だから、まりさのおぼうしは、すっかり軽くなってしまい、ちょっとゆれただけで簡単に
落ちてしまったのだ。
おぼうしはおにいさんの手によってかぶらされた。
まりさはもう頭の上のおぼうしに、もうなんの重さも感じなかった。
了
by触発あき
挿絵 by触発あき
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このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- くそう…すっきりー自制を行っていれば…! -- 2023-03-11 06:51:19
- 報われない話、イイネ -- 2014-05-11 03:19:32
- 冒頭の「もみもみしゃん」がもう既にウザイ -- 2013-04-17 19:22:35
- まりさは可哀想なゆっくりだね。
まぁ個人的に俺、れみりゃ大好きだし
満足~♪
「うー☆れみりゃはまりさを食べたいんだどー☆」 -- 2012-10-31 22:38:30
- まりさ………くそう…
やっぱりこれが正しい行動だとは思えん……どうしてもクズ人間がっ………
と思ってしまう… -- 2012-07-18 03:24:18
- ↓6
最も観たかった、とか、おめえの感想を全員が共有してるわけじゃねえんだよ。
ゆっくりりかいしてね?
お前は毎回毎回なんでそう餡子脳なレスしかできないの?
馬鹿なの?死ぬの? -- 2012-05-16 02:27:29
- 研究お兄さん -- 2011-10-13 19:59:47
- ↓×10 お前文章読んだのか?
-- 2011-02-15 00:33:35
- ↓↓↓なんか変な深読みしちゃってるけど、作者さんは続編書く気なんてさらさら無かったと思うよ。 -- 2011-01-12 01:28:23
- ↓↓長まりさをこれ以上いじめても面白くならなそう。なにも残ってないお帽子を見て絶望するまりさをラストに据えることは、お帽子の中身が話の主題だから適切だし、しつこい虐待よりもSSがきれいに終わって読後感が良い。既に心の折れたまりさを執拗に虐待し殺しても、むしろSSの質を落とす結果になったと思う。だから無くて良かった。
ゆっくりは薄皮の一枚まで余すとこなく虐待しなきゃ許さん!物理的虐待以外はいらないんだ!って人には触発あきさんの作品は合わないかもね。 -- 2011-01-12 01:24:39
- 長まりさは十分な精神的虐待を受けてるしこれ以上の虐待は反応を示さなくて面白くないかと -- 2010-11-27 07:42:40
- 長まりさの無残で悲惨な死に様まできちんと見たかったですね
読者の感想次第で続編が作れるようにとの考えでそうしたのであれば
止めた方がいいですね
最も見たかった長まりさへの虐待が最後まで無かった事で
フラストレーションが溜まってしまいゆっくり出来ませんでした -- 2010-11-12 05:54:12
- すっきり制限で自制できる群れじゃない限り、害にしかならないのかー
なにもしない善良なゆっくりこそ最大の害悪…
自制”しない”のが最大の悪という事か -- 2010-10-11 23:09:22
- 負荷が増えないよう配慮して自発的に個体数調整するとか
増えた負荷を穴埋めする活動をできる程度に賢くないと
中期的な山の環境維持って視点からは野放しにできないか -- 2010-10-08 02:29:26
- 協力して、拡大できるようになったからこそ、他の生物にとっての害になる。
だから、人間は害獣として駆除する、か。ゲスの方が幸せなのかも知れないな。
資源を考えず、際限なく増える人間のミニマライズと言った印象。 -- 2010-09-28 17:34:51
- >頭悪すぎ。
自己紹介がうまいなぁ
それとも話を読んでないのかな、もしかしたら日本語が読めないのかも知れないけど -- 2010-09-23 07:47:33
- 行動が悪なのか… -- 2010-09-23 01:52:05
- 人間はバカじゃないとか言ってるけど、バカだろ。
これだけ善良で賢い個体が居ることを知りながら絶滅させることしか考えられないなんて頭悪すぎ。
-- 2010-09-20 02:32:42
- このお兄さんがゆっくりできなくなる話が読みたい -- 2010-03-07 02:24:42
最終更新:2009年12月04日 18:37