ショータイム 34KB
『ショータイム』
序、
「ゆっくりできないにんげんさんはどこかいってね!!」
バスケットボールぐらいのサイズの饅頭…通称ゆっくりの“れいむ種”が頬に空気をため目の前
に立つ人間に向かって叫んだ。その饅頭の後ろには、四匹ばかりの赤ちゃんゆっくり…赤れいむと
赤まりさがそれぞれ二匹ずつ、震える身を寄せ合って泣いていた。
「あぁ…お前は別にどうでもいいんだ。後ろのガキをよこしなよ」
人間の男は親れいむを踏みつけ、棒読みで言い放つ。大好きなお母さんを足蹴にされた悔しさか
らか勇敢な赤まりさは、親れいむの後ろから飛び出すと、小さな体を限界まで膨らませて、
「ぷっきゅぅうう!!!やめちぇにぇっ!まりしゃたちのおかーしゃんにひじょいこちょちにゃい
でにぇっ!!!!!」
「ちび…ちゃん…かくれでてぇ…ゆぶぶぶぶぶぶ」
男は親れいむが潰れない程度に足に力をかけ、赤まりさに向かって唾を吐きかけた。男の唾液が
赤まりさの柔らかな顔と素敵な帽子に降りかかる。
「ゆきゃっ…き…きちゃにゃいよぅ…っ!!」
「汚物の分際で何言ってやがる」
男は笑いながら、もう二度三度唾を吐きかけた。赤まりさはたったそれだけで先ほどの威勢はど
こへやら。ぴーぴー泣き出して親れいむの後ろにまた隠れてしまった。赤れいむの一匹が赤まりさ
の頬をぺーろぺーろしながら慰めている。
どうやら、親れいむは自分の身に何があったとしても、赤ゆたちを渡すつもりはないらしい。歯
を食いしばり、涙目ではあるが芯の一本通った力強い眼差しで男を睨みつけていた。踏まれて顔の
形がやや変化しているものの、そこには野生動物の意地を感じた。
ゆっくりにしては珍しいタイプだろう。大概は自分の命と引き換えに子供の命など簡単にくれて
やるゲスが多いはずなのだが、この親れいむは違った。
「さすが野生ゆっくり…。まだまだ純情なんだな…」
男は言いながら親れいむの顔の両側を両手でつかみ、持ち上げる。震える赤ゆたちが露わになる。
親れいむの大きな体に寄り添っていた赤ゆたちは、ぽてぽてと倒れ込む。
「ゆっ!」「ゆぅ…」「ゅ」「ゆうっ!」
親れいむは男に掴まれながらも必死にお尻を振って振りほどこうとしている。しかし、頭を抑え
られていては動くことなどできない。挟まれた両手の中で、前に出ようとしたり後ろに顔を引っ込
めようとしたり、あらゆる方法を取ってみたが男の手から抜け出すことは叶わなかった。
「ゆ…ゆっくり…ゆっくり…」
頭が混乱すると極端に語彙が減る。鳴き声のバリエーションが減る…とでも言えばいいだろうか。
男はサーカス団の団員だった。まだ新人である彼は自分の芸というものを確立できてなどいなか
ったのだ。そんなある日、街の中で小学生くらいの子供たちがゆっくりの家族を潰して遊んでいる
姿を見かけた。そこには子供たちの幸せそうな笑顔があった。笑顔のヒントを得た男は、適当に野
良ゆを捕まえると、それをゆっくり踏みつけ、徐々に潰していった。
足の裏にゆっくりの髪の毛と柔らかい頭の感触が広がり…足を押し込むことで変形した頭の皮が
足を包み込む…。甘美なる悲鳴と絶叫を耳に感じながら、さらに足を押し込む。目玉が飛び出す瞬
間のびくんっ!と皮ごと跳ねる一瞬の感触もたまらない。そして裂けた皮の間から漏れ出すあんこ
のぬっとりした感覚。
「ひゃ…ヒャッハアアアアア!!!!!!」
人目も憚らず男は咆哮を上げた。湧きあがる高揚感を抑えることはできない。顔が…自然にほこ
ろんでくる。
男は動物に芸を仕込む代わりに、ゆっくりに芸を仕込もうと考えた。上手くいけば新しいジャン
ルが確立でき、上手くいかなったとしたら潰して捨てればいい。替えの効かない動物を調教するよ
りも遥かに効率がいい。死ねばまた拾ってくればいいだけの話なのだから。
そんなわけで男は自然の中に足を踏み入れ、ゆっくり回収に勤しんでいたのだ。野生のまりさが
巣穴の中に入ろうとした瞬間を狙って捕まえ、踏みつぶし、巣穴の中に投げ入れる。それだけで家
族はぴょんぴょん飛び跳ねて巣穴の外に出てきた。そこを一網打尽にする予定だったが…親れいむ
の思わぬ抵抗に遭い、現在に至るわけである。
抵抗、と言っても頬を膨らませ赤ゆたちの壁になるくらいのものでしかなかったわけだが。その
壁も今は綺麗に取り払われ、守るべき小さく儚い命は風前の灯である。男に捕まるのは恐ろしくて
たまらなかったが、大好きな親れいむを置いて逃げるのも辛い。どうしていいかわからない赤ゆた
ちは互いの顔をきょろきょろ見合わせながら、
「ゆっ」「ゆゆっ?!」「ゆ゛っ…」「ゆぅ…!」
泣き続ける。
「だいぶ混乱してるな。“ゆ”としか言えてませんよ?おちびちゃん…?」
男が赤ゆたちを嘲笑する。自分の子供を笑われた親れいむは当然ゆっくりできない。親れいむは
男に向かって唾を吐きかけた。汚い饅頭のねちょねちょした唾液が男の服を垂れる。親れいむは口
をもごもごさせると、
「ゆっくり、ぺっ、するよっ!!ぺっ!ぺっ!!」
親れいむの勇敢な行動に感動したのか、赤れいむと赤まりさは男の足元に近寄ると、
「ぴぇっ、すりゅにぇっ!」「ぴぇっ!!!ぴぇっ!!!!」
「にんげんさん、れいむをゆっくりはなしてねっ!そうしないとまた、ぺっ、するよ?」
男は親れいむを離さない。親れいむはまたぷくーっと頬を膨らませ口をもごもごさせる。
「ぺっ!!ぺっ!!!んべぇっっっ????!!!!!!」
素早い動きで親れいむの髪の毛を左手で掴むと、勢いよく右の拳を叩きつけた。その際、衝撃で
餡子が押し込まれたのか、親れいむのあにゃるからうんうんが少しだけ飛び出る。
「ゆ゛っ…ゆ゛っ…」
「お…おがああああじゃあああん!!!!」
「ゆっくちやめちぇにぇっ!!!!」
「おきゃーしゃんいちゃがっちぇりゅよっ!?」
殴る。
「ゆ゛げぇっ!!!」
殴る。
「ゆぼほぉっ…!!!」
まだ殴る。
「ぎびぃ!!!」
殴られた勢いで親れいむの汚い尻が力なく前後に揺れる。飛び出切らなかった親れいむのうんう
んもあにゃるにくっついたまま、ぷらぷらしている。
「ゆ…ぐぢぃ………や…べ…でねぇ………」
親れいむの口から声が漏れる。赤ゆたちは恐ろしーしーを漏らしながら、大量の涙を流し続ける。
体中の水分が全部なくなるのではないかと思うほどだ。
「やめちぇえええ!おかーしゃんをいじめにゃいでぇぇ!!!」
赤まりさが叫ぶ。殴られた部分は腫れあがり、目を半分ほども覆っている。ぐしゃぐしゃのボロ
雑巾のようになった親れいむを草むらに放り投げる。餌に群がるピラニアのように集まる赤ゆたち。
「おきゃーしゃん!!おきゃーしゃああん!!!」
「ゆっくちしちぇにぇっ!!!ぺーりょ…ぺーりょ…」
「ゆっくちぃ!!!ゆっくちぃぃぃぃ!!!」
「ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆん…」
親れいむにすがりつく四匹の赤ゆたちを一匹ずつ掴んでは袋の中に投げ入れる。
「ゆああああん!!!くりゃいよぅ!おきゃーしゃん!!たしゅけちぇぇえぇえ!!!」
「ゆぶっ!ここはゆっくちできにゃいょう!!!」
「おきゃーしゃん!どこぉ??!!!!」
「どおちちぇこんにゃことしゅりゅにょぉおお???!!!!」
袋の口を縛り、地面に置く。四つの盛り上がりがもそもそと動く。真っ暗な袋の中を必死に歩き
回っているのだろう。どこにもない出口を探して。
「さて…このクソ饅頭…」
「ゆぎっ!!い゛い゛ぃっ!!ゆべ!!!ゆびゅっ…」
男は親れいむの揉み上げを掴んで、何度も何度も草むらに叩きつけた。叩きつけるたびに、しー
しーがぴゅっ、と噴き出たり餡子を吐いたり、うんうんが飛び散ったりする。やがて掴んでいた左
の揉み上げが引きちぎれた。
「ゆがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」
親れいむの赤ゆたちがこれまでに聞いたことのないような絶叫に、動きを止める。もそもそと声
のする方へ袋の中を移動し、
「おきゃーしゃん!おきゃーしゃん!!」
「ゆんやあああああああ!!!!」
「ゆっくちしちゃいよっ!!!もうやめちぇえぇぇぇ!!!」
「ゆびゃあああああああん!!!!!」
「かひゅっ…こひゅぅ…ゆ…ゆ゛…ゆ゛っ!!!」
鳴き声が徐々に濁っていく。死ぬ間際だ。赤ゆたちの入った袋を親れいむの傍まで持ってくる。
親れいむの死に際の声を聞かせてやろうという、男のせめてもの情けだった。
「ちび…ちゃん…だちぃ…ぞご…ぃ…いる゛…の?」
「おきゃーしゃん!!!れいみゅはここにいりゅよっ!!」
「まりしゃもだよっ!!」「れいみゅもっ!!!」「まりしゃだよっ!!!」
「ゆ…ぐぃ…じだ…ちび…ちゃ…じあわ゛…ぜ………にぃ…………ゆぐふっ…」
切れ切れの“最後の言葉”を最愛の子供たちに残し、絶命する親れいむ。中身が餡子のゆっく
りたちにも、今、まさに最愛の母が死んだのだということが理解できた。袋越しに赤ゆたちの震
えが見て取れる。
「おきゃーしゃんともっちょ…いっちょに…」
「ゆっくちしちゃかっちゃよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
二匹の赤ゆの叫びを皮きりに大声で泣き出す赤ゆたち。そんな赤ゆたちを気にも留めず、男は
袋を持ち上げ肩に引っ掛ける。袋の中で四匹の赤ゆたちはごろごろと転がり、袋の底で止まった。
更に大きくなる泣き声。泣けばどうにかなる、と思っている根性が気に入らない。泣いても親れ
いむは生き返らないのだ。泣いても袋からは出られないのだ。これだから無知な饅頭には腹が立
つ。
男は親れいむの死体を蹴り飛ばすと、夕暮れの緋色に染まった道を歩き、家路に着いた。
一、
「おいおい…なんだぁ?そりゃ、ゆっくりか?」
「どうしたんだよ…飼うのか?」
「違いますよ。ちょっとこいつらに芸を仕込めば、客寄せになるかなぁと思って」
「猛獣使いならぬ、ゆっくり使いってか…」
「言葉も話すし、面白いんじゃないかしら?頭の上にリンゴを乗せて、私の投げナイフの的に
してもいいかも」
「乗せるならリンゴよりも赤ゆだろ」
「何それ、どうやっても死ぬじゃない」
陽気に笑う団員たちが囲むテーブルの上で四匹の赤ゆはお互いにぴったりと身を寄せ合い、
がたがたがたがた震えていた。とめどなく溢れる涙はテーブルを濡らし、まるでお漏らしをし
ているかのようだ。
「でもこんな饅頭にできることなんてたかが知れてるだろ…?何をやらせるんだ?」
「そうですねぇ…空中ブランコに火の輪くぐり…玉乗りとか…」
「どれも絶望的なまでにできそうにないわね…」
「できなきゃ潰して捨てます。餌は自分らの残飯でも置いとけば日持ちするでしょうし」
「そうだな。確かに動物は人気だが餌代が馬鹿にならない」
団員たちはこの赤ゆ四匹を自分たちの一座の一員として迎え入れることにした。赤ゆたち
に選択権などなかった。たかが饅頭にそんな権利などはない。こんなクソ饅頭などではなく
市販で売られている美味しい饅頭でさえ、売れ残って賞味期限が切れたら捨てられるのだ。
生まれながらにして賞味期限切れのゆっくりに、希望に満ちた明日などない。かくして、四
匹の赤ゆたちは、男によって水槽の中に放り込まれた。
「明日からビシバシ仕込んでやるから覚悟しとけよ」
「「「「ゆゆぅ………」」」」
四匹は水槽ごしに男を潤んだ目で見つめる。近くに転がっていた小さな釘をつまむと、赤
まりさの額に突き刺した。釘の刺さった箇所から痛みが波紋のように広がり、目を見開く赤
まりさ。
「ゆっびゃああああああ!!!いちゃい!!いちゃいよぉぉぉぉ!!!!これとっちぇぇえ!!」
「ゆーしょ!ゆーしょ!!」
赤れいむが釘を咥え、赤まりさから引き抜く。泣きじゃくる赤まりさ以外の三匹が水槽の
外に向き直り、一様にぷくぅと頬を膨らませるが、もう男はいなかった。
「ひじょい…よぅ…」
消え入るような声を漏らす。どの赤ゆが言ったかはわからない。だが、どの赤ゆもそう思
っていることだろう。痛みに震え、涙が止まらない赤まりさを囲んで三匹の赤ゆは頬をすり
寄せた。
「ゆぅ…ゆぅん…ゆっく…」
優しさが嬉しいのか、赤まりさはまた涙をこぼす。その涙を赤れいむがぺーろぺーろして
あげる。四匹は本当に仲のいい姉妹だったのだ。寂しさを紛らわすかのように、ぴったりと
くっついて、お互いに泣いていることを悟られないよう、水槽の中での最初の夜を過ごす。
疲れたのだろう。四匹はいつのまにか静かな寝息を立てていた。
夢を、見ていた。
親れいむがいて、親まりさがいて…暖かくて大きな体で自分たちを守ってくれる。親まり
さのおさげに噛みついてぷーらぷーらさせてもらったり、親れいむのゆっくりできるおうた
を聞かせてもらったり…そこには幸せな自分たちがいた。口を揃えて“ゆっくりしていって
ね”と言い合い、笑い合う。ただそれだけのゆん生。
何でもないようなことがしあわせー!だったと思う。なんでもない夜のこと。二度とは戻
れない夜。
今、ここにある“夜”は、暗く…冷たい、ただの闇だ。
夜が明けて行く。小さな窓から朝日が入り込み、死んだように眠る赤ゆたちを照らした。
赤れいむのまんまるな目がぱちり、と開く。そして、力いっぱいのーびのーびすると、三匹
を振り返り、
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!」
叫ぶ。
「「「ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!!」」」
本能で挨拶を返し、その段階で餡子脳が覚醒する。一日の始まりだ。赤まりさは元気よく
「おかーしゃん!!!まりしゃ、ゆっくちおきちゃよっ!!あしゃのしゅーりしゅーり……」
「「「…………ゆぅ…」」」
三匹が涙目になって俯く。言いかけて赤まりさも気づく。ここは昨日までのおうちではな
い。無機質な壁に囲まれた箱の中だ。
「ゆっ…ゆっくち…ごめんにぇ…」
帽子で顔を隠し、震える赤まりさ。悪いことをした、と思っているのだろう。赤れいむが
ずりずりとあんよを引きずり、赤まりさの帽子を持ち上げる。案の定、涙を流している赤ま
りさにすーりすーりしながら、
「ゆっ!!れいみゅはげんきだよっ!!!だからまりしゃもげんきだしちぇにぇっ!!!」
「ゆぅ…ゆゆゆゆぅ…」
「ったく…てめぇらのくだらねー友情ごっこなんかどうでもいいんだよ…」
赤ゆたちの上から声が聞こえる。水槽の中から一斉に上を見上げる赤ゆたち。男がいた。
「メシだ、食え」
言って、動物たちの餌の残りカスや、野菜クズ、卵のカラ、果てには昨日の味噌汁の残り
がべちゃべちゃと注がれ、上を向いていた赤ゆたちの顔に残飯シャワーが浴びせられる。
「く…くちゃいよぉ…!!」
「ゆっくちできにゃいぃぃぃぃぃぃぃ」
「こんにゃのたべりゃれにゃいよっ!!!!」
「いもむししゃんでいいかりゃちょうらいにぇっ!!」
お玉に掬った小さな豆腐を、最後のセリフを吐いた赤まりさに叩きつける。豆腐は赤まり
さの額に当たり、弾け飛んだ。
「芋虫でいいから、だと?お前らがそんな風に言える生物なんて、この世界にはいねぇんだよ」
「ゆっ…!れいみゅたちはいもむししゃんとかたべりゅんだよっ!!!いもむししゃんはれ
いみゅたちよりも…」
「芋虫は成長したら、綺麗な羽を持つ蝶々になれる」
「ゆっ?!」
「お前らは成長したら何になれるんだ?顔がでかくなって、無駄に生意気なことしか喋れな
い中身の餡子が増えるだけだろ?お前らは育ったところで誰にも喜ばれないんだよ」
「ゆぐぅっ!!!!」
“ちびちゃん…ゆっくりゆっくりおおきくなってね…!”そう言ってくれた親れいむと親
まりさを馬鹿にされているようで、悔しくてたまらない四匹は一斉に頬を膨らませる。
「お前らゆっくりはなぁ…成長しようがしまいが、殴られるか蹴られるぐらいしか価値がな
いんだよ」
「ゆ…ゆっぐぢぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
ますます頬を膨らませる。顔は真っ赤だ。よほど悔しかったのだろう。男はそんな赤ゆた
ちを無視して部屋の外に向かう。扉の前で振り返り、
「早くそれ全部食えよ」
言って、立ち去る。そして、残された残飯タワー。臭いような気がしてきた。
「く…くちゃあああああい」
「こんにゃの…じぇったい…たべにゃいよっ!!!」
赤ゆたちは、残飯の山から可能な限り離れて悪臭と空腹に耐えていた。残飯から一番遠い
ガラス壁に顔を押しつけ、そのまま動かない赤ゆたち。
しばらしくして、男が部屋に入ってきた。残飯には一切手をつけていないようだ。四匹の
赤ゆは一様にきゅるるる…と腹を鳴らし、表情は疲れ切っている。空腹の限界なのだろう。
それでもその“餌”を食べないとは強情な饅頭だ。
「ゆゆっ?!」
赤れいむが男の手に掴まれ、水槽の外に出される。一斉に抗議を始める三匹。男の耳には
当然入らない。男は、用意した箱の中に熱湯を注ぐ。そして、おもむろに掴んだ赤れいむの
あんよを少しだけ熱湯の中に鎮めた。
「あぢゅうううううういょぉおおおお!!!!!!」
「やめちぇにぇっ!!!れいみゅ、あちゅがっちぇりゅよっ!!!!」
赤まりさが、ぷんぷんしながら異議を申し立てる。男はすぐに赤れいむを熱湯から出した
のでそこまで大きなダメージはなかったはずだが、赤れいむは体をじたばた振り回して泣き
叫んでいる。手に伝わる振動がこの上なくイライラさせられる。
「じたばたしてんじゃねぇよっ!!!次はその汚ぇ顔から沈めてそのまま殺すぞっ!!!」
汚い言葉で赤れいむに怒鳴りつける男。そのあまりの迫力に赤れいむは体をビクッと震わ
せ、ゆっく…ゆっく…としゃくり上げながら涙をこぼした。男の剣幕に静まり返る水槽の中
の赤ゆたち。
「…大人しくできるじゃねぇか…。熱がってるフリでもしてたってか?たかが饅頭の癖に小
賢しいマネしてんじゃねぇよ。次やったら、即、ぶっ潰すからな」
がたがたと震える赤れいむ。男は水槽の方に向き直り、
「てめぇらもだ。覚えとけよ」
三匹の赤ゆたちは視線を逸らす。みな、一様に震え、涙を流すものもいた。
男は、熱湯の入れられた箱の上に小さな空中ブランコの模型をセットする。そして、
「オラ、これ噛め」
「ゆゆっ??!!」
「ゆ、じゃねぇよ。さっさと噛めっつってんだろうが」
赤れいむは小さな木の棒に噛みつく。その状態で男は赤れいむに説明を始めた。
「いいか?今からお前を俺の手から離す。ずっとそれ咥えてろよ。でなきゃ、また下の熱湯
にドボン、だ。次は助けない。落ちたらそのまま死ね」
「ん…んぐぃぃ…!!!」
言われた通りに木の棒を咥えたまま、涙を流し顔を横に振る赤れいむ。水槽の中の姉妹た
ちもそれがどんなに恐ろしいことか理解しているのだろう。心配そうに一人と一匹のやり取
りを見ている。
男が赤れいむから手を離す。途端に下へ下へと引っ張られる赤れいむ。木の棒を咥える力
が強くなる。ギリギリと木の棒に噛みつき、必死で耐えている。男は必死の形相の赤れいむ
に向かってなおも淡々と説明を続けた。
「で、だ。今からお前の咥えている木の棒と、向こう側にある木の棒を揺らす。そして、向
こう側の木の棒に飛び移れるタイミングを見計らって、飛び移れ。つまり、上手く向こう
側の木の棒に噛みついてぶら下がれればいいんだ」
そう言って、赤れいむとは反対側のブランコをまず揺らし始める。
(あんにゃにはやくうごきゅものになんちぇとびうちゅれにゃいよっ!!!)
心の中で叫ぶ。続いて、赤れいむのブランコが揺らされる。木の棒を咥えたまま、前後に
空中移動する饅頭の光景はなかなかに間抜けなものだった。と、そのとき。
「ゆっ!!!おしゃりゃをとんd…ゆっ!!!ゆあああああああああ!!!!!」
「「「れいみゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」」」
叫んだ瞬間、木の棒を咥えていた口が開かれ、真っ逆さまに落ちて行く赤れいむ。やがて
熱湯の中に着水する。飛び上がって
「ゆぎゃあああああ!!!あぢゅい゛っ!!!!あちゅいよ゛っ!!!!だじゅげぢぇ!!
だじゅけちぇくだちゃい゛い゛い゛!!!!おにぇがいしましゅうううう!!!!」
熱湯の中をバシャバシャと跳ねながら必死の懇願を続ける赤れいむ。男は無視。水槽の中
の姉妹も、
「おにいしゃん!!!おねがいしましゅぅぅぅぅ!!!れいみゅを…れいびゅをたちゅけて
あげちぇくだしゃいいいいいいい!!!!!」
「おにぇぇぇちゃあああああん!!!あちゅいよぅぅぅ!!!たちゅけちぇぇえ!!!」
「れいびゅぅ!!!!ゆあああああああああああああああ!!!!」
赤ゆたちの絶叫が殺風景な部屋の中にこだまする。熱湯の中の赤れいむはと言うと、皮が
真っ赤に腫れあがり、熱で溶かされたのか、体中の穴という穴から液状化した餡子が漏れ出
ている。もはや、跳ねる力さえ失った赤れいむは目を見開き、びくびくと痙攣を起こし始め
た。
「おにいぃぃぃぃしゃああああああああん!!!!!!!」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛………っ!!!!」
水槽の中からの叫び声。そうこうしているうちに、赤れいむの皮はふやけていき、顔の形
を構成していた部分が崩れ始めていた。両の目玉は力なく溢れ出し、綺麗に揃っていた歯も
次々と抜け落ちて行く。そして、舌に当たる部分がだらしなく垂れ下がると、
「もっちょ……ゆ………くち………しちゃ………………」
言い残し、赤れいむは絶命した。死体はとても目を向けられるようなものではなかった。
空洞になった目の部分からも溶けた餡子が未だに外へと漏れ続けている。赤ゆのまだ薄い皮
が破れ、水面を漂う。
「ゆ…ゆげぇっ!!!!」
あまりの凄惨な光景に、赤まりさが思わず餡子を吐く。男はため息をつくと、
「“お空飛んでる”もある意味、条件反射みたいなもんだったな…空中ブランコは駄目か」
言いながら、空中ブランコの模型を片付ける。目の前のゆ殺装置が取り除かれたのを確認
した姉妹たちに刹那、安堵の色が見える。男は赤れいむの死体の入った箱を持ち上げると、
流し台に赤れいむごと熱湯を流した。アルミ製の流し台がベコンと音を立てる。皮と餡子は
綺麗に流れたが、髪の毛と飾りの赤いリボンは排水溝のネットに引っ掛かったので、ゴム手
袋をしてそれを取り除いた。
「れい…みゅ…?」
一匹の赤ゆの呼びかけに、男は無言で空っぽになった箱を姉妹たちに見せつける。
「ゆんやあああああ!!!!!」
「れーみゅ!!!れーみゅどこぉぉぉぉぉ?!!!」
叫んで叫んで、叫んで。叫び疲れて眠りにつくまで、三匹になった赤ゆは叫び続けた。返
事を返してくれる赤れいむはもう、死んでいるというのに。
二、
「まりしゃ……もう…」
「おにゃか…ぺこぺこ…だよぅ…」
姉妹の壮絶な死を目の当たりにし、あれほど絶叫していた赤ゆたちは、空腹で目覚めると
次の難題を前に右往左往していた。動けばそれだけエネルギーを消費する。体内の餡子を熱
エネルギーに変換して移動の力に当てているので、餡子はどんどん体の中から消えていく。
この餡子の量が三分の一になると、自分の意思とは無関係に熱エネルギーに変換するための
機能が完全に停止する。そうなると、もうそこから一歩も動けない状態になり、生命の維持
だけを優先するようになるのだ。当然、餡子の量が三分の一以下になると息絶える。瞬間的
に体内の餡子を失った場合は、熱エネルギーに変換した分の力が残っているために、
「ゆ゛っゆ゛っゆ゛っゆ゛っ」
と言ったような声を残し、直後に逝くのだ。逆に、
「もっとゆっくりしたかった…」
と言うような言葉を残すときは、顔などの皮に壊滅的なダメージを受け、熱エネルギーを生
み出す器官そのものが破壊された場合や、体内の餡子が徐々に漏れ出してしまった場合など
によく見られる。…御託はどうでもいい。とりあえず、死ぬのだ。
そんなわけで、三匹の赤ゆたちは、今すぐにでも食事をし食べた物を餡子に変換しなくて
は、生命の維持が危うい状態にまで達していた。すでに夕方になってはいたが、空中ブラン
コの件以降、男はこの部屋には一歩も踏み入れてなかった。赤ゆたちの目の前にはるのは、
今朝の残飯だけである。
「ゆぅ…ゆぅ…」
残飯の前に進んでは、引き返す。そんな無駄な行動を赤ゆたちはずっと繰り返していた。
生きるためには目の前の残飯を食べるほかない。しかし、それはとてもゆっくりできるよう
な代物ではない。もう泣く気力も失せていた。
そのとき、赤まりさがずりずりと残飯の元に向かい、目にいっぱいの涙を溜めながら、
「…ゆっくちたべりゅよっ!」
「「ま…まりしゃっ!!!」」
「むーちゃ、むー…ゆぶるぇぇえぇぇええぇ!!!!」
すでに腐臭を放っている、キュウリの切れっぱしを口に含んだ赤まりさは、餡子と一緒に
それを吐き出す。本能が赤まりさに危険信号を送る。赤まりさはすでに動かなくなりつつあ
るあんよに全神経を集中して、先ほど吐いた自分の餡子と腐ったキュウリの切れっぱしを口
に入れて、飲み込んだ。
「…ゆぐぅ…ゆべっ………ふちあわちぇ…」
それだけでも違うのだろう。幸せか不幸せを判断する程度の思考能力と、それを口に出す
だけの力は戻ったらしい。予断を許さぬ状態であることには変わりないが。赤まりさはもう
一度吐き出しそうになる餡子を必死に口の中で抑え、またそれを飲み込んだ。
「むーちゃ。むーちゃ…ゆぐぅっ!!!!んうぐっ…んゆぇ…まじゅいよぅ…」
「むーちゃ……む…ゆぐぎぃ……ぎぐ…ゆぐ…りぃ……ふちあわちぇ~…」
想像を絶する酷い味だ。口の中に入れた瞬間、ぬめっとしたものと腐臭が広がる。飲み込
まないといけないのに、体の中からは餡子が逆流してくるため、それを容易には行わせてく
れない。
「ゆっくち…ゆっくち…いもむししゃんが…たべちゃいよぅ…」
「ゆぇぇ…もう…ざっそうしゃんまじゅいにゃんていわにゃいよぅ…」
「ゆぇっ…ゆぐっ…ちあわちぇ~…しちゃいよぅ…」
食事は命の洗濯、である。それだけは人間もゆっくりも共通事項であったようだ。食べな
ければ、死ぬ。食べても死ぬような思いをする。これから、この地獄を毎日繰り返すと思う
と、どれからともなく赤ゆたちは泣き出し始めた。
「よう。飯は食ったか?…おぅおぅ、食ってんじゃねーか。よくそんなもん食えるな」
血気盛んな赤まりさが頬を膨らませ、
「おにぃしゃんが…もっちぇきちゃんでしょっ!!!こんにゃのじゃまりしゃたちちんじゃ
うよっ!」
「何言ってやがる。それが食えない、ってんなら飢えて死ね」
「ゆゆゆゆゆっ???!!!!」
「何度も言わせんなよ。お前らが何匹死んでも誰も困らないの。さっきも饅頭一匹死んだけ
ど、泣いてんのはお前らぐらいのもんなんだよ」
「ゆぐ…ゆっくちぃ……」
どうしてこの人間さんはこんなに酷いことばかり言うのだろう?赤まりさは悲しくて悔し
くて涙をぽろぽろとこぼし始める。少なくとも、おかあさんたちは悲しんでくれるはずだ。
思い、在りし日の母を思い出し、更に涙が込み上げる。残りの姉妹も同じことを考えている
のだろう。それぞれ、体全体を震わせ嗚咽を上げる。
「泣いてもなんにもなりゃしねぇよ。何もできない、ってわかりゃびーびー泣くだけか?だ
からお前らは屑なんだよ」
あまりにも理不尽な物言いだった。自分たちから何もかも奪い去っておいて、無理矢理こ
こへ連れてきて、屑だ死ねだと言われる。悔しくて悔しくて涙がいつまでたっても止まらな
かった。それなのに、この人間は“泣けば済むと思ってるのか”と問うてくる。
男は戯れに赤まりさの帽子をむしり取った。悔し泣きが一転、この世の終わりのような顔
をして男に向き直る赤まりさ。涙も止まり、必死に体を伸ばし、
「お…おぼうち…!まりしゃのだいじにゃおぼうちしゃん!!!ゆっくちしにゃいでかえし
ちぇにぇっ!!!!!」
「そんなことより、後ろを見てみなよ」
「ゆっ?」
振り返り際、何かが自分の顔に激突し、残飯の海の中に叩きつけられる。赤まりさの体は
残飯と腐った汁にまみれ、ぐちょぐちょだ。赤まりさは自分に激突したものの正体を悟った。
それは他でもない、赤まりさの姉妹たちだった。
「かじゃりのにゃいゆっくちはゆっくちできにゃいよっ!!!」
「ぼうちのにゃいまりしゃはゆっくちしにゃいでちんじぇねっ!!!!!」
帽子をかぶった赤まりさが、帽子をかぶっていない赤まりさを罵倒する。
「おいおい…お前ら、それでも姉妹かよ」
男が笑いながら水槽の中の赤ゆたちに声を掛ける。右手の指でつまんだ赤まりさの帽子を
ぷらぷらと揺らしている。まるで、汚物でも見るような二匹の姉妹たちの視線に耐えられな
かった赤まりさは、水槽に顔を押しつけて、
「おでがいじばじゅぅぅぅぅぅ!!!!まりじゃの…おぼうぢぃ…がえしちぇぇえ!!!」
「くっだらねぇ」
男は、水槽の壁の外に赤まりさの帽子を置いた。目の前にある帽子に向かって赤まりさが
あんよをずりずり必死に拾いに行こうとする。
「ゆああああ!!!かべしゃん!!!!いじわりゅしにゃいでゆっくちどいちぇにぇっ!!」
水槽の壁に遮られ、一ミリたりとも帽子に近づくことができない赤まりさ。理由は不明だ
が、ゆっくりという生き物は帽子やリボンといった飾りに異様なほどの執着を見せる。そし
て飾りのないゆっくりは、生涯迫害され続けて生きていくか、同族によって執拗に苛めぬか
れた末に殺されて、そのゆん生を終えることになる。この姉妹も例外ではなかった。
「まりじゃの…おbゆげぇっ?!!!」
背後から赤れいむの体当たりが炸裂し、赤まりさの顔は水槽の壁に押しつけられ皮が伸びた
状態で張り付いていた。これには男も腹を抱えて笑った。
「れい…みゅぅ…」
もうそこには、昨夜まで互いに身を寄せ合い、励まし合った姉妹たちはいなかった。ゆっく
りという種族は“自分と違うモノ”を極端に毛嫌いし、それを迫害することに快感を覚える。
例としては、めーりん種という言葉を喋れないゆっくりがいるのだが、そのめーりんが他の
ゆっくりに見つかろうものなら、酷いことになる。何もしてなくても、暴力を受け群れの中
に引きずり込まれ、死ぬまで集団リンチの的にされるのだ。
ゆっくりが弱いモノ苛めをできるのは、ゆっくりだけなのだ。それは、自らの手で自分たち
が生物界の底辺に位置すると証明しているようなものなのである。
「ゆ…ゆっくちやめちぇにぇっ!!!!」
「かざりのにゃいばかなゆっくちはちねっ!!!!」
あんなに優しくしてくれた赤れいむが、鬼のような形相で何度も何度も赤まりさに体当たり
をする。帽子をかぶった赤まりさは、帽子のない赤まりさのおさげを咥え、動けないようにし
ている。何度目の体当たりかはわからないが、ついに帽子なし赤まりさの皮が破れ、中身の餡
子が飛び出した。
「ゆぎいぃいぃいいいぃ!!!!」
「ゆぷぷっ!いいきみだにぇっ!!!」
「はやくちんじぇにぇっ!!」
赤れいむは、帽子なし赤まりさの頭に飛び乗り、ばむばむと踏みつけた。破れた箇所から餡
子がさらに飛び出す。赤れいむは、確実に殺しにかかっていた。そして、体内の餡子のほとん
どを失った帽子なし赤まりさは
「ゆ゛っゆ゛っゆ゛っ…」
悲鳴を上げ始めた。男は、赤れいむをふりほどくと、赤まりさの頭に帽子を乗せた。瞬間、
「ま…まりじゃあああああああああっ???!!!!!!」
先ほどまで悲しみを分かち合っていたはずの赤まりさの顔はボロボロだ。片目が飛び出し、
顔はアザだらけで所々破れており、餡子が伝っている。すでに言葉を発するだけの餡子を備え
てはいないのだろう。苦しそうにうめき声を上げるだけだった。焦点も定かではなくずっと宙
を向いていた。
「しゅーりしゅーり…」
「ぺーりょぺーりょ…」
赤まりさに瀕死の重傷を負わせた当の本人たちが、傷をなめたり頬をすり寄せたりしている
のは滑稽以外の何物でもなかった。ほどなくして、赤まりさは死んだ。男はずっと笑っていた。
「おもしれぇなお前らは。それから明日の朝飯はヌキだ。先にそれ全部食え。全部なくならな
い限り、餌は持ってこない。じゃあな。ちゃんと食べとけよ。明日はきついぞ」
半笑いのまま、男は部屋を後にした。鍵をかける音が狭い部屋に短く響いた。ついに二匹と
なってしまった赤れいむと赤まりさの目の前には、少量の残飯と赤まりさの死体。命に替える
ことはできないため、二匹の赤ゆは何度も何度も吐きそうになるのをこらえ、残飯を食べ終え
た。…空腹はそれでも満たされなかった。
三、
「あっはっはっはっは!!!!!信じらんねぇ、なんなんだお前ら!!!!!」
残飯を…腐った生ごみを二匹はすべて食べ終わっていた。それだけならここまで笑いごとに
はならない。男が笑っていたのは、申し訳なさそうに水槽の片隅に置かれていた、昨日の赤ま
りさのものと思われる帽子と、散らばった無数の金色の髪の毛だった。
「食ったの?ねぇ、食ったの?姉妹を?最悪だな、お前ら!!!腹が減ったら家族も食うのか!」
ゲラゲラと大笑いする男の言葉を聞きながら、二匹はぷるぷる震えて涙を流す。
「泣いてんじゃねぇよ、共食い饅頭どもが。オラ、今日の餌だ」
汚物と言ってもいいような液体や食べ物であったものが、どちゃどちゃと注がれる。空腹で
必死に残飯の元へたどり着く、二匹の赤ゆ。口を開けたところで動きを止め、そわそわしなが
ら男に視線を送る。
「みられてりゅと…ゆっくちちあわちぇー…できにゃいよ…」
「おにぃしゃんは…あっちむいちぇちぇにぇ…」
「早く食えよ。お前らが残飯食うとこしっかり見ててやるからよ」
「ゆぅ…ゆぅぅ…」
残飯を食すところを見られるのはかなりの屈辱のようだ。それでも、べちゃ…べちゃ…とい
う音を立てながら、口の中に入れていく二匹の赤ゆ。顔面蒼白だが、咀嚼する口の動きは止ま
らない。二匹は気づいていた。自分たちがとてもゆっくりできていないゆっくりになっている
ことに。そして、それこそが最大の恥辱であった。
「むーちゃ…むーちゃ…ゆぐぅ…」
ゆっくりできていない姿を見られるのは悔しくてたまらなかった。ゆっくりできていないゆ
っくりは制裁されるのだ。それを思えば二匹の反応は至極当然のことであると言える。
泣きながら“餌”を食べるゆっくりの傍ら、男は何やらまた準備を始めた。昨日の赤れいむ
の姿が頭をよぎる。今度は何をやらされるのだろう。
男は取りだした小さな縄で造られた輪っかをセットする。三本の支柱から鎖が伸び、その輪
っかを固定している。男はライターを取り出すと、その縄の輪っかに火をつけた。灯油が染み
込ませてある縄は、突如として勢いよく燃え上がる。
突然の閃光に二匹の赤ゆは目を点にして固まる。開いた口から魚の目玉がこぼれた。
「ゆ…ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ…!!!」
嫌な予感がしたのだろう。赤まりさが必死に男に呼びかける。赤れいむは言葉も出せずにが
たがた震えている。ぱちぱちと音を立てて揺らめく炎を初めて見る赤ゆたちも、それがゆっく
りできなさそうなものだということを本能で理解しているようだ。
「何が“ゆっくりしていってね”だ。俺はゆっくりしてるっての」
男が水槽の中に手を伸ばす。まるでカエルのようにぴょんぴょん飛び跳ね水槽の中を逃げ回
る二匹の赤ゆ。やがて、赤まりさのおさげが男の手に捕えられた。おさげを掴まれ宙に釣られ
る赤まりさ。
「ゆんやあああああ!!!いちゃいよぅっ!!!!はなちちぇぇええええ!!!!」
顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫ぶ。自身にはどうすることもできない、ということを悟った
赤れいむは、水槽の角でぷるぷるぷるぷる震えながら赤まりさを見つめている。もう、水槽の
中に身を寄せ合う姉妹はいない。水槽の中に赤れいむのしーしーが広がる。それにさえも気づ
かない。否、気づけない。それぐらい心が恐怖で支配されていた。
赤まりさは、燃え盛る炎の輪の目の前にちょこんと置かれると、熱風と強烈な光に身をくね
らせ男の手から逃げようとする。しかし、男の緊縛はそれを許さない。男は、赤まりさの頭を
潰さないように注意しながら踏みつけると、
「いいか。その輪っかの中をジャンプしてくぐれ。お前がやるのはそれだけだ。できないなら
潰す」
理不尽な二択を迫られ、歯をカチカチ鳴らし震え始める赤まりさ。熱気と恐怖で意識が飛び
そうになるのを必死で耐えている。二度、三度、目眩がした。額から大粒の汗が流れる。この
ままこの場に留まっていたら、水分を失い乾燥死するだろう。
「ゆっくち…しゃしぇちぇよぅぅぅぅぅ!!!まりしゃ…なんにもわりゅいことしちぇにゃい
にょにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!」
踏みつけている足の下から、赤まりさの声が響く。靴越しに震えが伝わってくる。そんな赤
まりさに男は一言。
「飛ぶか、潰れるか、選べ」
赤まりさは声を出すのをやめた。涙は流れ続けたままだ。赤まりさは、男の足からずりずり
と這いだすと、赤い巨大な魔物と対峙した。迷っている暇はなかった。飛ぶ前に水分を失って
死ぬ。そう判断した赤まりさは、決しの覚悟で業火の中に身を投げた。
「ゆ゛ぎい゛い゛い゛い゛い゛っっっっっっ????!!!!!!!!」
もともと、そんなに広くない直径の輪っかに赤まりさの帽子が引っ掛かって身動きができな
くなる。
「ゆ゛があ゛あ゛っ??!!!あ゛ぢゅい゛!!!あ゛ぢゅい゛よ゛お゛お゛お゛!!!!!」
炎が、赤まりさの素敵なお帽子を、柔らかな皮を、綺麗な金髪を舐めまわす。
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!」
完全に帽子が焼け落ちるとともに、半身を炎に包まれた赤まりさが輪っかから落ち、周囲を
跳ねまわる。恐ろしい形相の赤まりさを見た赤れいむは勢いよくしーしーを噴出する。
「ゆ゛っゆ゛っゆ゛っ…」
恐怖を抑えられない赤れいむは混乱に陥り、視点の定まらない瞳をぐるぐる回し始めた。男
がオレンジジュースを赤れいむにかける。正気を取り戻す。水槽のガラス越しに、全身を炎に
蹂躙されている赤まりさの姿。皮のほとんどを焼かれ、動くことすらままならない赤まりさは
焼けて膨張した目玉が今にも飛び出そうな状態で、赤れいむを見つめながら、
「ゆ゛…ぐぢぃ…ゆ゛…ゆ゛…ゆ゛…」
流れ出した傍から蒸発していく涙。顔の半分以上は既に炭化し、それでもなお炎は赤まりさ
を捕えて離さない。
「お前は観客だよ。水槽の中という安全な場所から、もがき苦しむ姉妹を観賞するだけの存在。
どうだ?なかなか見れないだろう?自分の姉妹が焼け死ぬところなんか」
「…っ!!!…ぅ……ぁ…ゅ…………ゅぅ…」
やがて、赤まりさが朽ち果てた。水槽の中は観客席だった。水槽の外はステージ。未だ燃え
盛る炎が赤れいむの瞳に映る。次は自分の番なのだろうとゆっくり理解した。男は、赤れいむ
のリボンをつかむ。ステージの上に放り出される。
「…イッツ…ショータイム…」
観客は男ただ一人。ステージの上には、赤れいむと赤い悪魔。炎の輪っかは、まるで大きな
口を開けた怪物だった。赤まりさ同様、熱気が全身を襲い、それだけで意識を失いそうになる。
とめどなく溢れる涙と汗のせいで、喉はカラカラだ。赤れいむは意を決して、眼前の炎から逃
げ出した。男が腕を振り上げる。それでも距離がある。赤れいむは逃げ切る自信があった。
「ゆびいぃっ??!!!」
赤れいむの頬が弾ける。破れた皮から餡子が飛び出した。風を切る音が赤れいむの顔の周り
を行ったり来たりする。
「ゆぎっ!!!ひぎぅっ!!!ゆべぇっ!!!!!!」
男は鞭を振り回していた。鞭が無知を襲う。何度も何度も柔らかな頬を、あんよを…汚い尻
を打ちつける。
「ゆっぐちぃ…しちゃい゛よ゛おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
「何逃げようとしてんだよ、カス。逃げられるわけねーだろ。お手玉もどきが」
何度目の衝撃だろうか。ついに赤れいむの片目が弾け飛ぶ。突然狭まる視界と強烈な痛みに
床の上をのた打ち回る。
「いぎゃああああああああ!!!!れいみゅの…おべべがあああああああ!!!!!!!」
この期に及んで目玉一つの心配とは恐れ入る。男は鞭を振るう手を止めなかった。鞭に弾か
れた赤れいむは、右に左に飛ばされる。膨れ上がった顔は、もはや原形を留めていなかった。
ころころと転がることもない。衝撃がリボンをむしり取り、揉み上げを吹き飛ばし、赤れいむ
はゆっくり…ゆっくり…ただの饅頭になろうとしていた。
「い゛ぢゃい゛よ゛ぅぅぅ!!!おがあ゛じゃあああああん!!!たじゅげぢぇええええ!」
なおも叫び続ける。生命力だけは凄まじい。こんな状態になってまでまだ生きようというの
だろうか。最後に、力任せに振り下ろした鞭は、赤れいむを真っ二つに寸断した。
「う゛…ゆ゛…ぎぃぎぃ…」
二つに割れた饅頭は、しばらくうねうねと動いていたが、やがてぴたりと動きを止めた。死
んだのだ。
ゆっくりに芸を仕込む、という計画は失敗に終わった。しかし、まだたったの四匹だ。四つ
の饅頭が駄目になったからと言って、諦めるには早すぎる。ゆっくりたちはよく、“おやさい
さんはかってにはえてくるんだよ!!”と言う。しかし、男は言う。
「ゆっくりは勝手に生えてくるからなぁ…」
と。
空っぽの水槽の中。半分以上残された残飯の山は、まるで身を寄せ合い震え続ける四匹の赤
ゆたちのようだった。
終わり。
何度かボリューム少ない、と言われたから増やしてみたよっ!!
日常起こりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。
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このSSへの感想
※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
- ↓そーなのかー -- 2011-11-03 00:42:38
- 下の米で新人がどーたらもめてるけど、サーカスで持ち芸のない人なんて8割くらいいるぞ。
ステージで道具を持ってくる人も、雑務も、数年間やってからステージに立つんだよ… -- 2011-09-22 18:50:06
- 空中ブランコが面白かった -- 2011-04-06 20:48:12
- ↓だから下っぱなりに新しいスキル獲得に挑戦してんじゃねえか。
なんか勘違いしてるようだが、ゆっくりを操る能力に関しては今現在習得の途中段階だろ。いきなり操れるようになんてなるわけが無し。
芸が無くてもサーカスで働く新人はいておかしくないし、こんな勤勉な新人クビにしてたらサーカス団こそ潰れちまうだろ。 -- 2011-01-09 19:44:25
- こいつ自分の立場分かってんのかな?
サーカス団も慈善事業じゃないんだから、自分の芸もなく
ゆっくりを操る能力もないんじゃサーカス団にとってはただの無駄飯食い。
新人だし早々にクビだな。 -- 2010-10-30 00:11:26
- おにいさんがばかすぎてゆっくりできないよ・・・・ -- 2010-10-14 21:20:39
- すっ!すっきりー!!
これめっちゃおもしれえ!!
最高にQNQNできました
このお兄さんがDQNっぽいところがまたいい!
自分でやらせておいて、何やってんだよゲラゲラの王道がいいねw -- 2010-09-28 08:33:18
- クソゴミの扱いが妥当です -- 2010-09-28 00:53:11
- >上手くいかなったとしたら潰して捨てればいい。替えの効かない動物を調教するよりも遥かに効率がいい。
>死ねばまた拾ってくればいいだけの話なのだから。
すごく効率が悪くて、永久に無理な気がする。
言動に矛盾が多く、仕事するふりしてオナニーしてるこの男の頭の悪さがイライラした。 -- 2010-08-28 23:01:52
- ゆっくりできたが…これ日常で起こりうるか?w -- 2010-07-10 23:27:46
- この男の計画性のなさと効率の悪さに少しいらいらした
あと自分で食えと言っといて食ったら笑う系の虐めはゆっくりできね -- 2010-03-03 11:46:55
最終更新:2009年10月25日 16:54