Reach Out To The Truth(6) ◆dGUiIvN2Nw
電話を切り、携帯をしまう。まるで衰弱した子犬のようにこちらを見つめるローザに、イザナミはにこりと微笑んだ。
「そんなに怖がらないでよ。別に取って食おうなんて思っちゃいない」
イザナミがぱちんと指を鳴らす。部屋の隅から、すぅっと小さな神棚が現れた。
これで、ゼムスもこれからの話を聞くことができるだろう。
「ただ、そうだね。少しあんたの身体を間借りさせてもらいたいってだけだ」
ふるふると首を振り、どうにか後ろに下がろうともがく。
「居候の相手は、あんたからすればちょっと抵抗を感じる奴かもしれないけど、まぁ根はそう悪い奴じゃないんだ。自分の身体が消滅してもこっちの言う事を聞いてくれる。それだけで、十分人情に厚い奴だろ?」
イザナミはそう言って笑う。ゆっくりとローザに近づいて行く。
「でも何度も言うけどさ。ちょぉっと考えたらわかると思うんだよね。フォックスダイなんて怪し過ぎる注射。一体どうやって注射したのか、とかさ。
ま、頑張って説得したんだよ~って言えば、納得せざるを得ないってところはあると思うけどね。女神ちゃんは頭を使うタイプじゃないし、あの段階でゼロにはえーりんの離反を仄めかしていた。心情的には、誰もが俺の味方だったわけだしさ」
イザナミはローザのその華奢な身体をひょいと担いだ。いわゆる、お姫様だっこというやつだ。
「どう説得して注射したのか。そんな小さな疑問だけでは、誰もこうは思わないんだ。“最初からゼムスは、死ぬつもりで離反してくれた”、なんてね」
思わず、ローザの目が見開いた。
当然だ。一体誰が自分の命を投げ出してまで他人の言う事を聞くというのか。
「そんなに怖がらないでよ。別に取って食おうなんて思っちゃいない」
イザナミがぱちんと指を鳴らす。部屋の隅から、すぅっと小さな神棚が現れた。
これで、ゼムスもこれからの話を聞くことができるだろう。
「ただ、そうだね。少しあんたの身体を間借りさせてもらいたいってだけだ」
ふるふると首を振り、どうにか後ろに下がろうともがく。
「居候の相手は、あんたからすればちょっと抵抗を感じる奴かもしれないけど、まぁ根はそう悪い奴じゃないんだ。自分の身体が消滅してもこっちの言う事を聞いてくれる。それだけで、十分人情に厚い奴だろ?」
イザナミはそう言って笑う。ゆっくりとローザに近づいて行く。
「でも何度も言うけどさ。ちょぉっと考えたらわかると思うんだよね。フォックスダイなんて怪し過ぎる注射。一体どうやって注射したのか、とかさ。
ま、頑張って説得したんだよ~って言えば、納得せざるを得ないってところはあると思うけどね。女神ちゃんは頭を使うタイプじゃないし、あの段階でゼロにはえーりんの離反を仄めかしていた。心情的には、誰もが俺の味方だったわけだしさ」
イザナミはローザのその華奢な身体をひょいと担いだ。いわゆる、お姫様だっこというやつだ。
「どう説得して注射したのか。そんな小さな疑問だけでは、誰もこうは思わないんだ。“最初からゼムスは、死ぬつもりで離反してくれた”、なんてね」
思わず、ローザの目が見開いた。
当然だ。一体誰が自分の命を投げ出してまで他人の言う事を聞くというのか。
「ゼムスは不思議な奴でさぁ。魂と肉体の定着が他の生命体よりも希薄なんだよねぇ。彼の強過ぎる意思が肉体という拠り所を必要としなくなった。
故に、彼は肉体という脆い入れ物から離れた方が強い。これはゼムス自身も薄々気づいてたことだったんだけど、俺がそれを保証したら、彼は疑うことなく信じてくれたよ」
ゼムスにとってイザナミは神。その神が、自分でもそうだと少しでも思っていることを肯定すれば、それを信じるのは当然だ。ゼムスにはイザナミを悪と考える要素が何一つない。だからこそ、彼はこの途方もない作戦に乗ったのだ。
「俺はゼムスを仄めかした。その結果離反した。けど、それ自体もゼムスは納得の上だったんだよね。ま、それでもリスクがあることに変わりない。なのに、何でこんな突拍子もない作戦に乗ってくれたと思う?」
ローザはもはや首を振ることすらできなかった。イザナミの語る計画の一部分。それは、ローザの小さな頭では到底計り切れるものではなかった。
「フォックスダイさ。今回の寸劇は、ゼムスにとってフォックスダイのワクチンを手に入れるための壮大なお芝居だったってわけ」
ローザの顔を見つめる。意味をいまいち掴みかねていることを顔色で判断すると、イザナミはさらに説明をし出した。
「フォックスダイは、特定のDNAをインプットすることで発症する究極のウィルスだ。認識酵素によってプログラムされたDNA。それが合致すれば活性反応を示し、体内のマクロファージに反応してTMFεというサイトカインの一種であるペプチドを生成する。
これが心臓細胞のTNFレセプターと結合し急激なアポトーシスを起こすことで死に至るわけだけど、こんな長ったらしい説明をしなくても、このウィルスが肉体にしか反応しないってのは無知な君でもわかるよね?」
どう反応すればよいのかわからず、ローザは小さくこくりと頷いた。
「だったら肉体をなくせば、そいつはもう安全圏ってわけだ。たとえ俺が裏切ろうと何をしようとね。
“正式なワクチンが存在しない”フォックスダイ。けど肉体と遊離したゼムスには、そんなものに意味なんてない。ゼムスはもう、誰にも殺せない無敵の存在となった」
肉体を捨てる。確かにそれは常人なら誰でも躊躇することだ。しかし、それが自分を無敵にすると知っていたなら。フォックスダイという、自分達の命を握るものが存在すると知っていたなら。
そこに大いなる意思と信念さえあれば、決断することは有り得ないことじゃない。
イザナミはゼムスをいとも簡単に殺すことができる。だからこそ、約束を反故にするとは考えない。わざわざフォックスダイを使って殺すなんて回りくどいことをする必要はどこにもないのだ。
それに、イザナミが約束を違えないことを誓わせることのできるアイテムが存在する。そのアイテム、『血の契約』を使えば、ゼムスがこの提案を呑まない理由はなくなる。
故に、彼は肉体という脆い入れ物から離れた方が強い。これはゼムス自身も薄々気づいてたことだったんだけど、俺がそれを保証したら、彼は疑うことなく信じてくれたよ」
ゼムスにとってイザナミは神。その神が、自分でもそうだと少しでも思っていることを肯定すれば、それを信じるのは当然だ。ゼムスにはイザナミを悪と考える要素が何一つない。だからこそ、彼はこの途方もない作戦に乗ったのだ。
「俺はゼムスを仄めかした。その結果離反した。けど、それ自体もゼムスは納得の上だったんだよね。ま、それでもリスクがあることに変わりない。なのに、何でこんな突拍子もない作戦に乗ってくれたと思う?」
ローザはもはや首を振ることすらできなかった。イザナミの語る計画の一部分。それは、ローザの小さな頭では到底計り切れるものではなかった。
「フォックスダイさ。今回の寸劇は、ゼムスにとってフォックスダイのワクチンを手に入れるための壮大なお芝居だったってわけ」
ローザの顔を見つめる。意味をいまいち掴みかねていることを顔色で判断すると、イザナミはさらに説明をし出した。
「フォックスダイは、特定のDNAをインプットすることで発症する究極のウィルスだ。認識酵素によってプログラムされたDNA。それが合致すれば活性反応を示し、体内のマクロファージに反応してTMFεというサイトカインの一種であるペプチドを生成する。
これが心臓細胞のTNFレセプターと結合し急激なアポトーシスを起こすことで死に至るわけだけど、こんな長ったらしい説明をしなくても、このウィルスが肉体にしか反応しないってのは無知な君でもわかるよね?」
どう反応すればよいのかわからず、ローザは小さくこくりと頷いた。
「だったら肉体をなくせば、そいつはもう安全圏ってわけだ。たとえ俺が裏切ろうと何をしようとね。
“正式なワクチンが存在しない”フォックスダイ。けど肉体と遊離したゼムスには、そんなものに意味なんてない。ゼムスはもう、誰にも殺せない無敵の存在となった」
肉体を捨てる。確かにそれは常人なら誰でも躊躇することだ。しかし、それが自分を無敵にすると知っていたなら。フォックスダイという、自分達の命を握るものが存在すると知っていたなら。
そこに大いなる意思と信念さえあれば、決断することは有り得ないことじゃない。
イザナミはゼムスをいとも簡単に殺すことができる。だからこそ、約束を反故にするとは考えない。わざわざフォックスダイを使って殺すなんて回りくどいことをする必要はどこにもないのだ。
それに、イザナミが約束を違えないことを誓わせることのできるアイテムが存在する。そのアイテム、『血の契約』を使えば、ゼムスがこの提案を呑まない理由はなくなる。
「知ってる? フォックスダイって、空気感染するんだぜ? 神となったゼムスにも効いたんだ。それが誰にも効かないなんて、そんなこと誰も保証できないよねぇ。
けど、そのことについては誰も何も反論しない。何故なら、“存在しない”んだからね。フォックスダイが空気感染するなんていう事実は」
イザナミは計画の立案者だ。当然、ギャラティックノヴァを持って来た張本人。そして、その段階からマルクはいた。自分以外の願いは決して叶えないようにという願いを実行させたマルク。
しかし、それを叶える前に、イザナミがギャラティックノヴァのことを知っていたかどうか。それは誰にも分からないことだ。
フォックスダイが空気感染するという事実。それを知る者の記憶を、ギャラティックノヴァによって全て消したとして、一体誰がその真実に辿りつけるというのだろうか。
けど、そのことについては誰も何も反論しない。何故なら、“存在しない”んだからね。フォックスダイが空気感染するなんていう事実は」
イザナミは計画の立案者だ。当然、ギャラティックノヴァを持って来た張本人。そして、その段階からマルクはいた。自分以外の願いは決して叶えないようにという願いを実行させたマルク。
しかし、それを叶える前に、イザナミがギャラティックノヴァのことを知っていたかどうか。それは誰にも分からないことだ。
フォックスダイが空気感染するという事実。それを知る者の記憶を、ギャラティックノヴァによって全て消したとして、一体誰がその真実に辿りつけるというのだろうか。
フォックスダイの存在は極秘事項だ。それを知る人間は少ないし、神でもない人間の記憶を消すのに大したエネルギーはいらない。
計画を立案する前に、空気感染することを知る人物の記憶や記録を消してもらう。ギャラティックノヴァの持つ本来の力だけでも十分叶えられる願いだった。
んーんーと、何かを喋りたそうにローザがもがく。イザナミは大声出さないでねと念を押してから、布を取ってやった。
「そ、そんなことを私に教える意味はなに? もしかして殺すつもり……」
「俺は意味のないことはしない主義だよ。君には役割がある。さっきも言ったけど、君の身体に一人居候を寄こしたいだけなんだ」
そう言って、イザナミは目の前にある神棚に目をやる。ローザも釣られてそれを見つめた。
「ここには神の魂が一つだけ入ってる。
さっきから話していたゼムスの魂さ。本来なら、君のようなただの人間にはキャパシティー不足なんだけど、好都合なことに君は蓬莱の薬を飲んでいる。紛い物とはいえ、神の魂を内包するくらいならしてみせるだけの肉体を、君は持っているというわけだ」
動揺する。しかし、それだけだ。イザナミの優しい口調から、本当に自分の命を奪うつもりがないことを直感的に理解できた。
「蓬莱の薬を飲ませたのはマルクの意思。そこに俺は何の介入もしていない。ただ想定しただけさ。マルクがギャラティックノヴァに鍵をしたのも、俺が追い詰めてそうさせた。ある意味、マルクは俺にとって一番の間者といえるかもしれないね」
記憶とは、事実を主観的な観測によって認識したものである。イザナミに操られていたという自覚のないマルクは、全て自分の意思だと感じている。故に、この真実はセフェランにも分からないことなのだ。
「……やっぱり、マルクは私達の味方だったの?」
「マルクのような人物が必要だった。善意で動き、それ故に行動を操り易い彼がね。ギャラティックノヴァに制限を与えたのも、円卓の神達の離反に備えるため。神全員を監視するより、マルク一人を監視した方がやりやすいからね」
それに、八意永琳に協力する何者かもイザナミには必要だった。
神に反対し、善意で永琳を助けようとするマルク。それが彼の意志だったからこそ、永琳はマルクを信じた。
そして結果、マルクの力を借り、見事脱出の鍵を参加者に託すことに成功した。イザナミの思惑通りに。
計画を立案する前に、空気感染することを知る人物の記憶や記録を消してもらう。ギャラティックノヴァの持つ本来の力だけでも十分叶えられる願いだった。
んーんーと、何かを喋りたそうにローザがもがく。イザナミは大声出さないでねと念を押してから、布を取ってやった。
「そ、そんなことを私に教える意味はなに? もしかして殺すつもり……」
「俺は意味のないことはしない主義だよ。君には役割がある。さっきも言ったけど、君の身体に一人居候を寄こしたいだけなんだ」
そう言って、イザナミは目の前にある神棚に目をやる。ローザも釣られてそれを見つめた。
「ここには神の魂が一つだけ入ってる。
さっきから話していたゼムスの魂さ。本来なら、君のようなただの人間にはキャパシティー不足なんだけど、好都合なことに君は蓬莱の薬を飲んでいる。紛い物とはいえ、神の魂を内包するくらいならしてみせるだけの肉体を、君は持っているというわけだ」
動揺する。しかし、それだけだ。イザナミの優しい口調から、本当に自分の命を奪うつもりがないことを直感的に理解できた。
「蓬莱の薬を飲ませたのはマルクの意思。そこに俺は何の介入もしていない。ただ想定しただけさ。マルクがギャラティックノヴァに鍵をしたのも、俺が追い詰めてそうさせた。ある意味、マルクは俺にとって一番の間者といえるかもしれないね」
記憶とは、事実を主観的な観測によって認識したものである。イザナミに操られていたという自覚のないマルクは、全て自分の意思だと感じている。故に、この真実はセフェランにも分からないことなのだ。
「……やっぱり、マルクは私達の味方だったの?」
「マルクのような人物が必要だった。善意で動き、それ故に行動を操り易い彼がね。ギャラティックノヴァに制限を与えたのも、円卓の神達の離反に備えるため。神全員を監視するより、マルク一人を監視した方がやりやすいからね」
それに、八意永琳に協力する何者かもイザナミには必要だった。
神に反対し、善意で永琳を助けようとするマルク。それが彼の意志だったからこそ、永琳はマルクを信じた。
そして結果、マルクの力を借り、見事脱出の鍵を参加者に託すことに成功した。イザナミの思惑通りに。
「……私達も、そのフォックスダイに感染している?」
「してるよ。ゼムスが感染し、ここにいる全員が感染した。ただまあ安心してよ。今のままじゃ死ぬことはない。さっきも言ったけど、フォックスダイは認識酵素によって特定されたDNAにだけ反応するんだ。その認識プログラムを俺はまだ組みこんでいない。
実はフォックスダイとはまた別のウィルスがここには配置されているんだよ。そうだな。便宜上、リトル・フォックスとでも言っておこうか。それはここにいる全員のDNA情報を持つウィルスでね。要は、これがフォックスダイの認識酵素の役割を果たしてくれるんだ。
子狐が迷い込んだら最後、フォックスダイはその効果を存分に発揮し、自分の宿主を殺してしまう。子狐がすり寄る宿主を、フォックスダイは自分が殺すべき親の狐だと誤認するってわけ。ナイスなネーミングだろ?」
「そ、それじゃあ……私達は、万が一にもここから抜け出せないってこと……?」
絶望の色を浮かべるローザに、イザナミは笑って言う。
「言っただろ? 配置しているだけだってさ。散布されていない以上、君達の命は保証されてる。それでも俺が命綱を握っているようなものなんだけど、……まぁ、あまりにも目に余ることをしない限りは、たとえ俺の命が尽きようとこれを発動させるつもりはないよ。
これはあくまで保険なんだ。君達の意思を見極めてない今の段階で使うつもりはないし、たとえ君達が脱出に成功しても、それはそれで放置するつもりだ。そこは信用して欲しいね」
「してるよ。ゼムスが感染し、ここにいる全員が感染した。ただまあ安心してよ。今のままじゃ死ぬことはない。さっきも言ったけど、フォックスダイは認識酵素によって特定されたDNAにだけ反応するんだ。その認識プログラムを俺はまだ組みこんでいない。
実はフォックスダイとはまた別のウィルスがここには配置されているんだよ。そうだな。便宜上、リトル・フォックスとでも言っておこうか。それはここにいる全員のDNA情報を持つウィルスでね。要は、これがフォックスダイの認識酵素の役割を果たしてくれるんだ。
子狐が迷い込んだら最後、フォックスダイはその効果を存分に発揮し、自分の宿主を殺してしまう。子狐がすり寄る宿主を、フォックスダイは自分が殺すべき親の狐だと誤認するってわけ。ナイスなネーミングだろ?」
「そ、それじゃあ……私達は、万が一にもここから抜け出せないってこと……?」
絶望の色を浮かべるローザに、イザナミは笑って言う。
「言っただろ? 配置しているだけだってさ。散布されていない以上、君達の命は保証されてる。それでも俺が命綱を握っているようなものなんだけど、……まぁ、あまりにも目に余ることをしない限りは、たとえ俺の命が尽きようとこれを発動させるつもりはないよ。
これはあくまで保険なんだ。君達の意思を見極めてない今の段階で使うつもりはないし、たとえ君達が脱出に成功しても、それはそれで放置するつもりだ。そこは信用して欲しいね」
言い終わり、イザナミは神棚に顔を向けた。
「ってわけだよ、ゼムス。あんたの役割は、この子の中でえーりんを監視すること。それが無事に済むようだったら、ちゃあんと世界を用意してやるよ。俺は、あんたの世界さえ見れれば他のものには興味がない。他の神は、あんたを創世神にするための生贄さ。
ただ、しかるべき時が来るまでは奴らを生かしておかないといけないんだ。だからこそ、えーりんの監視を君に頼みたい。理屈は分かるだろ? 聡明で、現実主義者の君ならね」
ローザの頭は既にパンク状態だった。イザナミの言葉は、そのどれもが真実味を帯びていて、しかしそのどれもが疑わしい。
電話でのやり取りを聞いていたローザからすれば、先程の話には矛盾が生じている気がする。しかし、彼女にはどちらが本当で、どこまでが本当なのかわからない。
そして、各々が与えられた情報の中では、それは確かに真実なのだ。
だが、イザナミがゼムスに与えた情報も、確実に制限されているはずである。
「ってわけだよ、ゼムス。あんたの役割は、この子の中でえーりんを監視すること。それが無事に済むようだったら、ちゃあんと世界を用意してやるよ。俺は、あんたの世界さえ見れれば他のものには興味がない。他の神は、あんたを創世神にするための生贄さ。
ただ、しかるべき時が来るまでは奴らを生かしておかないといけないんだ。だからこそ、えーりんの監視を君に頼みたい。理屈は分かるだろ? 聡明で、現実主義者の君ならね」
ローザの頭は既にパンク状態だった。イザナミの言葉は、そのどれもが真実味を帯びていて、しかしそのどれもが疑わしい。
電話でのやり取りを聞いていたローザからすれば、先程の話には矛盾が生じている気がする。しかし、彼女にはどちらが本当で、どこまでが本当なのかわからない。
そして、各々が与えられた情報の中では、それは確かに真実なのだ。
だが、イザナミがゼムスに与えた情報も、確実に制限されているはずである。
たとえば、フォックスダイのワクチンが本当は実在していたとするなら。ゼムスは魂だけの存在になる必要などなかった。ただイザナミに踊らされた結果、こうして監視役を担わされたことになる。
たとえば、リトルフォックスというウィルスが本当は存在しなかったら。それは神達全員を殺す手筈が整っていないということで、機がくれば全員を生贄にするという話も嘘八百ということになる。結局ゼムスは優勢になど立ってはおらず、他の神達と立場はまったく同じだということだ。
たとえば、リトルフォックスというウィルスが本当は存在しなかったら。それは神達全員を殺す手筈が整っていないということで、機がくれば全員を生贄にするという話も嘘八百ということになる。結局ゼムスは優勢になど立ってはおらず、他の神達と立場はまったく同じだということだ。
どこまでが真実で、どこまでが嘘なのか。ローザにはそれがわからなかった。
ふと、イザナミがローザに顔を近づける。
ゼムスにもその声が届かないように、イザナミは口を開く。
「全ての者にとっての正しい真実。それを見極めようと思ったら、それは時に、とてもとても大変なのさ。
今までの記憶を少しいじらせてもらうよ。大丈夫。俺の部屋に来て、色々な話を聞いたことを忘れさせるってだけさ。
基本的に、君の身体は君のものだ。ゼムスの意思で、ちょぉっと意識が遠のいたり、自分が何をしていたのかを忘れちゃったりするかもしれないけど、基本的には無害だよ。
……それともう一つ。君はこれから全てを忘れるわけだけど、時が来たら全てを思い出すような仕組みがされている。もしもゼムスが、俺の思う形で試練を克服できたなら、君はそれを教えてあげるといい」
「……そんなことをするメリットが、あなたにはあるの?」
「あるよ。それが俺の目的だと言ってもいいくらいだ。試練を与え、真実を教えることがね」
そう言って、イザナミはローザの耳元に口を近づける。
そして、ぼそりと呟いた。
イザナミの知る、真実を。
ローザの目は大きく見開かれ、途端に身体が震えだす。
「あ……あ、……。じゃあ、……じゃあ私達は……!!」
「それじゃ。二人で仲良くね。ローザちゃん」
「待って! まだ聞きたいことが──」
瞬間、ローザの視界は、暗黒に閉ざされた。
ふと、イザナミがローザに顔を近づける。
ゼムスにもその声が届かないように、イザナミは口を開く。
「全ての者にとっての正しい真実。それを見極めようと思ったら、それは時に、とてもとても大変なのさ。
今までの記憶を少しいじらせてもらうよ。大丈夫。俺の部屋に来て、色々な話を聞いたことを忘れさせるってだけさ。
基本的に、君の身体は君のものだ。ゼムスの意思で、ちょぉっと意識が遠のいたり、自分が何をしていたのかを忘れちゃったりするかもしれないけど、基本的には無害だよ。
……それともう一つ。君はこれから全てを忘れるわけだけど、時が来たら全てを思い出すような仕組みがされている。もしもゼムスが、俺の思う形で試練を克服できたなら、君はそれを教えてあげるといい」
「……そんなことをするメリットが、あなたにはあるの?」
「あるよ。それが俺の目的だと言ってもいいくらいだ。試練を与え、真実を教えることがね」
そう言って、イザナミはローザの耳元に口を近づける。
そして、ぼそりと呟いた。
イザナミの知る、真実を。
ローザの目は大きく見開かれ、途端に身体が震えだす。
「あ……あ、……。じゃあ、……じゃあ私達は……!!」
「それじゃ。二人で仲良くね。ローザちゃん」
「待って! まだ聞きたいことが──」
瞬間、ローザの視界は、暗黒に閉ざされた。
◇◇◇
【月と地上の狭間 とある高原の邸宅】
【月と地上の狭間 とある高原の邸宅】
「それじゃあ、早速打ち合わせに入りましょうか」
「敵の居場所はわかっているの?」
「だいたいは。そのために駆けずり回ってたのよ?」
紫はそう言って微笑む。
やはり八雲紫は重宝する。桃を頬張りながら、豊姫はそう思った。
「確かに協力はするけど、人手を集めるには時間がいる。私達も一枚岩じゃないわ」
「わかってる。でもおおよその段取りくらいは早めに決めておいた方がいいでしょ? 敵が何人いて、どれほどの力を持っているのかは分からなくても、有効的な攻略方法が────」
「なかなか良い紅茶を飲んでるじゃない」
聞き慣れない声。
気が付けば、三人でテーブルを囲んでいたはずが、四人になっていた。
そのアンノウン。青一色の服を着た女性は、まるでここにいるのが当然とでも言うように、椅子に座っていた。
三人ともが慌てて立ち上がり、すぐに距離を取る。驚愕を顕わにしながらも、全員がいつでも戦闘を開始できるように身構える。
「誰!?」
依姫が叫ぶ。
しかし、相手はまったく動じない。
カップを傾け。味わうようにその香りを楽しみ、こくんと飲み干す。
「敵の居場所はわかっているの?」
「だいたいは。そのために駆けずり回ってたのよ?」
紫はそう言って微笑む。
やはり八雲紫は重宝する。桃を頬張りながら、豊姫はそう思った。
「確かに協力はするけど、人手を集めるには時間がいる。私達も一枚岩じゃないわ」
「わかってる。でもおおよその段取りくらいは早めに決めておいた方がいいでしょ? 敵が何人いて、どれほどの力を持っているのかは分からなくても、有効的な攻略方法が────」
「なかなか良い紅茶を飲んでるじゃない」
聞き慣れない声。
気が付けば、三人でテーブルを囲んでいたはずが、四人になっていた。
そのアンノウン。青一色の服を着た女性は、まるでここにいるのが当然とでも言うように、椅子に座っていた。
三人ともが慌てて立ち上がり、すぐに距離を取る。驚愕を顕わにしながらも、全員がいつでも戦闘を開始できるように身構える。
「誰!?」
依姫が叫ぶ。
しかし、相手はまったく動じない。
カップを傾け。味わうようにその香りを楽しみ、こくんと飲み干す。
途端、むせかえった。
「……思った以上に、熱かったわ」
突然姿を現し、突然カップに手をつけ、突然むせかえる。
あまりにもシュールな光景だ。しかし、それ以上の薄気味悪さがあった。
彼女は余裕だ。表情、仕草、そのどれもが自然でリラックスしている。それがあまりに不気味。
ここにいる三人は、数多ある世界でもトップクラスの実力の持ち主だ。しかしそんな彼女達相手に、まったく気取られずここまで侵入してきた。
カップを置き、女は口を開く。
「私の名はマーガレット。力を司る者。本来なら、私の役目はとある人物の補佐だったわけだけど、どういうわけかここにいる。主の命令は絶対なの。……いえ、正確には主の主、かしら。ややこしいわね」
そう言って、薄く微笑む。
「……見張りはどうしたの?」
豊姫がいつになく真剣な表情でマーガレットを睨む。
彼女は微かに首を傾けた。
「ああ。そういえばそんな者もいたわね。あまりにも手応えがなかったものだから、誰の事を言っているのか分からなかったわ」
ぞくりと背筋が寒くなる。
今回の密約は、月の都でも最重要課題。最精鋭の護衛の元で行われていた。それをまったくこちらに気取られずに排除するだけの力を、彼女は持っているのだ。
「……何者かは知らないけど、ここに来てただで帰れるとは思わないことね」
依姫は、鞘から刀を抜きだした。
「手力男命よ。神をも引きずり出す力を我に与えよ」
ここにいる全員が実感する神の力。その力をその身に降ろし、依姫は剣を構える。
「……思った以上に、熱かったわ」
突然姿を現し、突然カップに手をつけ、突然むせかえる。
あまりにもシュールな光景だ。しかし、それ以上の薄気味悪さがあった。
彼女は余裕だ。表情、仕草、そのどれもが自然でリラックスしている。それがあまりに不気味。
ここにいる三人は、数多ある世界でもトップクラスの実力の持ち主だ。しかしそんな彼女達相手に、まったく気取られずここまで侵入してきた。
カップを置き、女は口を開く。
「私の名はマーガレット。力を司る者。本来なら、私の役目はとある人物の補佐だったわけだけど、どういうわけかここにいる。主の命令は絶対なの。……いえ、正確には主の主、かしら。ややこしいわね」
そう言って、薄く微笑む。
「……見張りはどうしたの?」
豊姫がいつになく真剣な表情でマーガレットを睨む。
彼女は微かに首を傾けた。
「ああ。そういえばそんな者もいたわね。あまりにも手応えがなかったものだから、誰の事を言っているのか分からなかったわ」
ぞくりと背筋が寒くなる。
今回の密約は、月の都でも最重要課題。最精鋭の護衛の元で行われていた。それをまったくこちらに気取られずに排除するだけの力を、彼女は持っているのだ。
「……何者かは知らないけど、ここに来てただで帰れるとは思わないことね」
依姫は、鞘から刀を抜きだした。
「手力男命よ。神をも引きずり出す力を我に与えよ」
ここにいる全員が実感する神の力。その力をその身に降ろし、依姫は剣を構える。
が、それを見てもマーガレットは笑みを絶やさない。
「手力男命か。私も好きよ。なかなか逞しい筋肉をしていそうじゃない? まあいいわ。勝負? 受けてたちマッスル」
マーガレットは突然吹き出し、九十点と言って愉快そうに笑った。
……こいつはただの馬鹿なんじゃないか?
三人の脳裏にまったく同じ考えが宿る。
しかし実際は違う。彼女は聡明過ぎるほどに聡明だ。
「手力男命か。私も好きよ。なかなか逞しい筋肉をしていそうじゃない? まあいいわ。勝負? 受けてたちマッスル」
マーガレットは突然吹き出し、九十点と言って愉快そうに笑った。
……こいつはただの馬鹿なんじゃないか?
三人の脳裏にまったく同じ考えが宿る。
しかし実際は違う。彼女は聡明過ぎるほどに聡明だ。
「お喋りが好きなようだけど、すぐに黙らせてあげるわ」
「あら、あなたはお嫌い? 私も、彼と出会うまでは興味もなかったけれど」
マーガレットはそこで初めて立ち上がった。
突如、マーガレットの手に古ぼけた本が現れる。周りに浮遊する何枚ものカード。その一つ一つに、凄まじい力を感じ、紫は思わず後ずさる。
依姫は、構わず手に持った剣を振り下ろした。
天にまで昇る一筋の閃光が、マーガレットを包み込む。
「あら、あなたはお嫌い? 私も、彼と出会うまでは興味もなかったけれど」
マーガレットはそこで初めて立ち上がった。
突如、マーガレットの手に古ぼけた本が現れる。周りに浮遊する何枚ものカード。その一つ一つに、凄まじい力を感じ、紫は思わず後ずさる。
依姫は、構わず手に持った剣を振り下ろした。
天にまで昇る一筋の閃光が、マーガレットを包み込む。
瞬間、大気が割れた。
建物は一瞬のうちに半壊し、地面をマグマが噴出するのではないかと思うほどに抉り、轟音が響き渡る。
吹き飛びそうになるほどの衝撃に、紫はその場にしがみつくようにして堪えていた。
しばらく身を屈めていると、衝撃が止み、ようやく周りを確認できるようになる。
地平線の彼方まで刻みつけた大地への爪跡。それに直撃したマーガレットの姿は見えない。当然だ。普通なら消し飛んでいる。
だが依姫はそれで終わらせるつもりはない。
「火雷神よ。その細胞の一つまで焼き尽くせ!!」
龍を司った炎が抉れた大地を包み込む。
全ての固有物を溶かし尽くし、大地が地獄と化す。灼熱が地面を覆い、そこに生きる生命の全てを焼きつくす。
「やったの!?」
「……いえ。まだよ」
紫の言葉通りだった。
大地は割れ、灼熱の地獄と化した。しかしそれでも、平然とマーガレットはその中心で宙に浮いていた。
目を疑いたくなる光景だった。あれだけの攻撃を受けて、傷一つついていない。
「その判断は最悪ね。今の私にそれは、力を与えているようなものよ。そうそう。主の主から一つ、あなたに伝言。“俺を倒すつもりなら、アメノミのおっちゃんでも連れて来るんだな”、だそうよ」
アメノミ。その言葉に、依姫は一人の神を連想する。
全ての民の先祖。初めて世界に生まれた絶対神、天御中主神。
依姫はここに至って、彼女の背後にいるであろう存在に勘付いた。
「まさか……。まさかあなたはイザ──」
「倒れちゃ駄目よ」
本を開き、一枚のカードを握りつぶす。
瞬間、マーガレットの目の前に、花を握った奇妙な女性が現れる。
「メギドラオン」
その言葉と共に、光の玉が振り落ち、光が全てを包み込んだ。
吹き飛びそうになるほどの衝撃に、紫はその場にしがみつくようにして堪えていた。
しばらく身を屈めていると、衝撃が止み、ようやく周りを確認できるようになる。
地平線の彼方まで刻みつけた大地への爪跡。それに直撃したマーガレットの姿は見えない。当然だ。普通なら消し飛んでいる。
だが依姫はそれで終わらせるつもりはない。
「火雷神よ。その細胞の一つまで焼き尽くせ!!」
龍を司った炎が抉れた大地を包み込む。
全ての固有物を溶かし尽くし、大地が地獄と化す。灼熱が地面を覆い、そこに生きる生命の全てを焼きつくす。
「やったの!?」
「……いえ。まだよ」
紫の言葉通りだった。
大地は割れ、灼熱の地獄と化した。しかしそれでも、平然とマーガレットはその中心で宙に浮いていた。
目を疑いたくなる光景だった。あれだけの攻撃を受けて、傷一つついていない。
「その判断は最悪ね。今の私にそれは、力を与えているようなものよ。そうそう。主の主から一つ、あなたに伝言。“俺を倒すつもりなら、アメノミのおっちゃんでも連れて来るんだな”、だそうよ」
アメノミ。その言葉に、依姫は一人の神を連想する。
全ての民の先祖。初めて世界に生まれた絶対神、天御中主神。
依姫はここに至って、彼女の背後にいるであろう存在に勘付いた。
「まさか……。まさかあなたはイザ──」
「倒れちゃ駄目よ」
本を開き、一枚のカードを握りつぶす。
瞬間、マーガレットの目の前に、花を握った奇妙な女性が現れる。
「メギドラオン」
その言葉と共に、光の玉が振り落ち、光が全てを包み込んだ。
「ええ。無事任務は終了です。手応えは……まるでありませんでしたね。イザナミ様の御力のおかげ、と言っておきましょうか」
『またまたぁ~。本気出したら俺より強い癖に』
「御冗談を。本物の神に勝てると思うほど、私は自惚れてはおりません」
マーガレットの立っている場所は、数十分前までは美しい高原だった。
が、戦闘の結果、草木は炭も残さず燃え尽き、大地はこの世の崩壊を彷彿させるほどに崩れている。
当然、先程まで紫達が密談していた家など欠片も残っていない。
マーガレットは、もう少し紅茶を飲んでおけばよかったと少し後悔しながら、崖のように切り崩れた大地の一角に腰をおろしていた。
「しかし、こうも戦力差があるとまったく緊張感がありませんね。このまま月の都を攻め落としても構いませんか?」
『はっはっは。そりゃ止めて欲しいなー。できるだけ、もう他の世界には干渉したくないんだ。今回のは特別』
「なんだか、あなたには特別が多いような気がします」
『自分に甘いんだよね~。ついでに他の皆にも』
「ご機嫌なようでなによりです」
『うん。ご機嫌だよ。君達部下が、思った通りの成果を上げてくれてる。大満足さ』
「私としても、このまま予定通りに事が進んでくれるのを切に願っております」
『……ああ。アンタの頼み事のことかい? 大丈夫。念なんか押さなくても、あいつが死んだらちゃんと報告してあげるさ』
「死亡報告のことなど気にしてはおりません。主に聞けば、それで分かることですから。問題はその後の────」
『オッケーオッケー。神の名において約束しようじゃないか。でもさ。イゴールもあんたも、少しあいつに期待し過ぎじゃないの? まるで、あいつなら真実に打ち勝つとでも言いたいようじゃないか』
「主の意思は私には計りかねます。ただ私の意思は、別に彼に何かを期待しているわけではありません。私は知りたいだけなのです。自分が何者なのか。彼との出会いに意味があったのか。そして、本当の真実と向き合う者の強さを」
『たとえあいつが死んでも、かい?』
「生に意味はありません。意味があるのは、意思と絆。言葉の先にある想い」
『そうやって煙に巻くのが好きだねぇ。ま、君がそう言うのなら敢えて否定はしないよ。ベルベットルームの住人ってやつは、本当にいけ好かない奴ばっかりだ』
それだけ言って、イザナミは一方的に電話を切った。
ツー、ツーという音が聞こえる。マーガレットは電話をしまった。
「……それはお互い様よ」
ベルベットルームの住人達を代表して、マーガレットはそう言った。
きっと主であるイゴールも、同じ気持ちであるはずだ。
「ベルベットルームの住人は、皆、自分が何者なのかを探る定めにある。……私も主も、それを彼や他の参加者達に見出してもらいたいのかもしれないわね」
人は他者を介さなければ自分を知ることができない。
似たようなことを著名な人間が言っていたような気がする。それは、自分や主にも当てはまるのだろうかと、マーガレットは考える。
『またまたぁ~。本気出したら俺より強い癖に』
「御冗談を。本物の神に勝てると思うほど、私は自惚れてはおりません」
マーガレットの立っている場所は、数十分前までは美しい高原だった。
が、戦闘の結果、草木は炭も残さず燃え尽き、大地はこの世の崩壊を彷彿させるほどに崩れている。
当然、先程まで紫達が密談していた家など欠片も残っていない。
マーガレットは、もう少し紅茶を飲んでおけばよかったと少し後悔しながら、崖のように切り崩れた大地の一角に腰をおろしていた。
「しかし、こうも戦力差があるとまったく緊張感がありませんね。このまま月の都を攻め落としても構いませんか?」
『はっはっは。そりゃ止めて欲しいなー。できるだけ、もう他の世界には干渉したくないんだ。今回のは特別』
「なんだか、あなたには特別が多いような気がします」
『自分に甘いんだよね~。ついでに他の皆にも』
「ご機嫌なようでなによりです」
『うん。ご機嫌だよ。君達部下が、思った通りの成果を上げてくれてる。大満足さ』
「私としても、このまま予定通りに事が進んでくれるのを切に願っております」
『……ああ。アンタの頼み事のことかい? 大丈夫。念なんか押さなくても、あいつが死んだらちゃんと報告してあげるさ』
「死亡報告のことなど気にしてはおりません。主に聞けば、それで分かることですから。問題はその後の────」
『オッケーオッケー。神の名において約束しようじゃないか。でもさ。イゴールもあんたも、少しあいつに期待し過ぎじゃないの? まるで、あいつなら真実に打ち勝つとでも言いたいようじゃないか』
「主の意思は私には計りかねます。ただ私の意思は、別に彼に何かを期待しているわけではありません。私は知りたいだけなのです。自分が何者なのか。彼との出会いに意味があったのか。そして、本当の真実と向き合う者の強さを」
『たとえあいつが死んでも、かい?』
「生に意味はありません。意味があるのは、意思と絆。言葉の先にある想い」
『そうやって煙に巻くのが好きだねぇ。ま、君がそう言うのなら敢えて否定はしないよ。ベルベットルームの住人ってやつは、本当にいけ好かない奴ばっかりだ』
それだけ言って、イザナミは一方的に電話を切った。
ツー、ツーという音が聞こえる。マーガレットは電話をしまった。
「……それはお互い様よ」
ベルベットルームの住人達を代表して、マーガレットはそう言った。
きっと主であるイゴールも、同じ気持ちであるはずだ。
「ベルベットルームの住人は、皆、自分が何者なのかを探る定めにある。……私も主も、それを彼や他の参加者達に見出してもらいたいのかもしれないわね」
人は他者を介さなければ自分を知ることができない。
似たようなことを著名な人間が言っていたような気がする。それは、自分や主にも当てはまるのだろうかと、マーガレットは考える。
ふと、イザナミの言葉が思い出される。
「たとえ彼が死んでも、私は何も感じない。……そんなはずないわね。死んで欲しくない。その気持ちは決して消えないもの」
それがどうしようもない我儘だと知っていながら、マーガレットはそんなことを思ってしまうのだ。
「たとえ彼が死んでも、彼の意思を継ぐ何者かがいる」
そう考えて、気持ちを落ち着かせることしかできない。
それが堪らなく悔しい。
「これも、住人の私に罪を犯させた、盗人のあなたのせい。けれどこの葛藤にも、あなたとの絆にも、意味があるというのなら……。いえ、止めておきましょう」
そんなことを考えるだけ時間の無駄だ。
マーガレットはすっくと立ち上がる。
彼女の後ろには月の精鋭部隊全員と綿月姉妹、そして八雲紫が倒れ伏していた。
全員が満身創痍の状態で、既に意識はない。が、死んではいないようで、わずかながらに胸が上下していた。
マーガレットはその中から八雲紫を担ぎ上げた。
「不本意かもしれませんが、あなたを私達の世界へとご招待致しましょう。これで私の役割もひとまず終わる。誰もが真実に追われ、縛られ、生きている。あなたも私も、そしておそらくイザナミ様も。
あなたというもう一つの歯車を得て、運命はどのように転がるか。私も楽しみにしております」
気がつくと、その場にいたはずのマーガレットは消えていた。八雲紫の姿もない。
そこにあるのは、焼け野原となった場所に倒れ伏す女性達だけだった。
「たとえ彼が死んでも、私は何も感じない。……そんなはずないわね。死んで欲しくない。その気持ちは決して消えないもの」
それがどうしようもない我儘だと知っていながら、マーガレットはそんなことを思ってしまうのだ。
「たとえ彼が死んでも、彼の意思を継ぐ何者かがいる」
そう考えて、気持ちを落ち着かせることしかできない。
それが堪らなく悔しい。
「これも、住人の私に罪を犯させた、盗人のあなたのせい。けれどこの葛藤にも、あなたとの絆にも、意味があるというのなら……。いえ、止めておきましょう」
そんなことを考えるだけ時間の無駄だ。
マーガレットはすっくと立ち上がる。
彼女の後ろには月の精鋭部隊全員と綿月姉妹、そして八雲紫が倒れ伏していた。
全員が満身創痍の状態で、既に意識はない。が、死んではいないようで、わずかながらに胸が上下していた。
マーガレットはその中から八雲紫を担ぎ上げた。
「不本意かもしれませんが、あなたを私達の世界へとご招待致しましょう。これで私の役割もひとまず終わる。誰もが真実に追われ、縛られ、生きている。あなたも私も、そしておそらくイザナミ様も。
あなたというもう一つの歯車を得て、運命はどのように転がるか。私も楽しみにしております」
気がつくと、その場にいたはずのマーガレットは消えていた。八雲紫の姿もない。
そこにあるのは、焼け野原となった場所に倒れ伏す女性達だけだった。
◇◇◇
【??? イザナミの部屋】
【??? イザナミの部屋】
電話を切り、イザナミは深く息を吐いてソファに凭れかかった。
さすがに、疲れた。
何か至らなかった点はなかったかと記憶を探る。数多もの綻びの可能性。しかしそのどれもが事前に知り得ることであり、対処のできるものであることを確認し、イザナミはようやく一息ついた。
一つだけ気になるのは、自分の切り札でもあるあの男。
裏切るとは思っていない。真実を知った彼が、自分のアキレス健をこうして差し出している。それだけで十分信用に値する。
それに、もしも裏切ったとしてもそれはそれで構わないのだ。頭のキレる彼のことだから、水面下では大人しくしているだろうし、ここまでくれば水面下だけでも大人しくしていてくれるだけで十分。それに、自分は彼の意思を縛り過ぎている。それは決して、こちらの本意などではない。彼もまた、参加者の一人なのだから。
さすがに、疲れた。
何か至らなかった点はなかったかと記憶を探る。数多もの綻びの可能性。しかしそのどれもが事前に知り得ることであり、対処のできるものであることを確認し、イザナミはようやく一息ついた。
一つだけ気になるのは、自分の切り札でもあるあの男。
裏切るとは思っていない。真実を知った彼が、自分のアキレス健をこうして差し出している。それだけで十分信用に値する。
それに、もしも裏切ったとしてもそれはそれで構わないのだ。頭のキレる彼のことだから、水面下では大人しくしているだろうし、ここまでくれば水面下だけでも大人しくしていてくれるだけで十分。それに、自分は彼の意思を縛り過ぎている。それは決して、こちらの本意などではない。彼もまた、参加者の一人なのだから。
ふと、男に言われた言葉を思い出す。
八意永琳に対して申し訳ない気持ちはないのか。そう男は言っていた。
ある訳がない。あったとしても、それは彼女の意思を必要以上に縛ったことに対する不公平さに関することだけ。
しかし、それも必要なことだった。これからの行い、彼女の意思は、全て自由だ。最終的な結論は彼女にさせる。それがうまくいっただけで良しとするべき。
だが、確かにもう少しやりようがなかったのかと思わないこともない。姫に対する彼女の気持ちは本物だった。だから……
そこまで考えて自嘲する。
少し感傷的になっているかもしれない。
イザナミは、その考えを振り払った。この犠牲は遅かれ早かれ訪れるものなのだ。自分を正当化するつもりは毛頭ないが、それでもこんなことで感傷的になっているほど暇ではない。
八意永琳に対して申し訳ない気持ちはないのか。そう男は言っていた。
ある訳がない。あったとしても、それは彼女の意思を必要以上に縛ったことに対する不公平さに関することだけ。
しかし、それも必要なことだった。これからの行い、彼女の意思は、全て自由だ。最終的な結論は彼女にさせる。それがうまくいっただけで良しとするべき。
だが、確かにもう少しやりようがなかったのかと思わないこともない。姫に対する彼女の気持ちは本物だった。だから……
そこまで考えて自嘲する。
少し感傷的になっているかもしれない。
イザナミは、その考えを振り払った。この犠牲は遅かれ早かれ訪れるものなのだ。自分を正当化するつもりは毛頭ないが、それでもこんなことで感傷的になっているほど暇ではない。
イザナミは立ち上がり、一面窓となっている壁へと歩いた。そこにぽっかりと浮かぶ星、ギャラティックノヴァを見つめる。
全て想像通りに動いている。だが、その結末だけはイザナミにだって知り得ない。いくつもの可能性。いくつものゴール。そこへ到達するレールは、未だ敷かれていない。それを敷くのは自分ではない。
だからこそ、そのどれもが等しく公正に選ばれるよう、こうしてお膳立てをしている。自分は、傍観者として結末を見届けなければならないのだ。
俗に言われる勝利とやらを手にするのは一体誰か。
アスタルテか? ミュウツーか? ゼムスか? ゼロか? 永琳か? 俺自身か? それとも……
「……あんたがいれば、こんなこと考えたりしなかったろうにな」
帽子を眼深に被り、イザナミは一人呟く。
「まぁ、その想いすら利用してるんだ。泣き言なんて言う資格ないんだけどさ」
思い出すのは、楽しかった毎日。
あの人と共にいて、それだけで幸せだった毎日。あの当時は、世界も人も、何も興味はなかった。自分の興味は、ただあの人一人だった。
「……知ってる? えーりん。神は色情魔だけど、本当はとっても寂しがり屋なんだよ」
そこにいない者の名前を呼び、イザナミは一人笑う。
それは、とてもとても寂しい笑いだった。
全て想像通りに動いている。だが、その結末だけはイザナミにだって知り得ない。いくつもの可能性。いくつものゴール。そこへ到達するレールは、未だ敷かれていない。それを敷くのは自分ではない。
だからこそ、そのどれもが等しく公正に選ばれるよう、こうしてお膳立てをしている。自分は、傍観者として結末を見届けなければならないのだ。
俗に言われる勝利とやらを手にするのは一体誰か。
アスタルテか? ミュウツーか? ゼムスか? ゼロか? 永琳か? 俺自身か? それとも……
「……あんたがいれば、こんなこと考えたりしなかったろうにな」
帽子を眼深に被り、イザナミは一人呟く。
「まぁ、その想いすら利用してるんだ。泣き言なんて言う資格ないんだけどさ」
思い出すのは、楽しかった毎日。
あの人と共にいて、それだけで幸せだった毎日。あの当時は、世界も人も、何も興味はなかった。自分の興味は、ただあの人一人だった。
「……知ってる? えーりん。神は色情魔だけど、本当はとっても寂しがり屋なんだよ」
そこにいない者の名前を呼び、イザナミは一人笑う。
それは、とてもとても寂しい笑いだった。
【蓬莱山輝夜@東方project 死亡】
時系列順で読む
Back: Next:[[]]
投下順で読む
Back:僕たちの行方 Next:[[]]
Back:狂乱劇 第一幕 ─最強の妖怪─ | レミリア・スカーレット | Next:[[]] |
Back:狂乱劇 第一幕 ─最強の妖怪─ | 瀬多総司 | Next:[[]] |
Back:狂乱劇 第一幕 ─最強の妖怪─ | アドレーヌ | Next:[[]] |
Back:狂乱劇 第一幕 ─最強の妖怪─ | 漆黒の騎士 | Next:[[]] |
Back:狂乱劇 第一幕 ─最強の妖怪─ | 十六夜咲夜 | Next:[[]] |
Back:狂乱劇 第一幕 ─最強の妖怪─ | 里中千枝 | Next:[[]] |
Back:狂乱劇 第一幕 ─最強の妖怪─ | 上海人形 | Next:[[]] |
Back:狂乱劇 第一幕 ─最強の妖怪─ | ピカチュウ | Next:[[]] |
Back:狂乱劇 第一幕 ─最強の妖怪─ | コイキング | Next:[[]] |
Back:心一つあるがまま | イザナミ | Next:[[]] |
Back:心一つあるがまま | 八意永琳 | Next:[[]] |
Back:心一つあるがまま | マルク | Next:[[]] |