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匿名希望のアガパンサス  ◆EAUCq9p8Q.


  朝六時。
  スマートフォンがアラームで朝の訪れを叫びだすより先に目を覚ます。
  そのまま半身を起こし、くっと一回背を伸ばす。
  朝一番の空気が少女の肺に染みわたる。
  戦争の舞台とは思えない、どこか甘ったるさを感じる澄んだ空気。
  深呼吸を終え、抱きしめていた枕に微笑みかける。

「おはようございます、北上さん」

  枕はなにも言わない。
  大井はただ黙ってもう一度枕を抱きしめた。
  その枕の持ち主に毎朝そうしていたように、優しく抱きしめた。

  また、北上さんの居ない一日が始まってしまった。
  大井にとって苦痛を伴う一日が始まってしまった。

  顔を洗い、歯を磨き、髪を整える。
  鏡の向こうに居る大井は少しやつれた気がする。
  北上が聞けば「気のせいじゃない? いつもどおりだよ」なんて言うかもしれない。
  でも、大井にとっては気のせいには思えない。
  生きていく上で必須の何かがごっそり欠乏しているような虚無感に苛まれ続け、やつれない方がおかしくないのだから。

「やあ、よく眠れたかな」

  いつもどおりの時間、いつもどおりのタイミングでアーチャーが現れる。
  大井が着替えまで終えてから大井の前に姿をあらわすのは彼なりの気配りらしい。
  また、アーチャーが現れた時には朝食の支度が整っている、という合図でもある。
  こういう細かい気配りが出来るサーヴァント、というのはそれだけで助かる。

  自分の領域を他人に踏み込まれるのをかなり嫌う大井も、出会って数日間変わらずに適切な距離感を保ち続けるアーチャーには少しだけ気心を許していた。
  ガサツな戦艦や頭空っぽの重巡洋艦や鬱陶しい駆逐艦のような性格のサーヴァントだったら、それだけで大井の心労は計り知れない程になっていただろう。

「いつもありがとうございます」

「礼には及ばないよ。こう見えても、料理が趣味でね」

  取ってつけたような謝辞に、冗談か、それとも真実か、アーチャーはそう答えた。
  コック帽を被りコックスーツを着こなす彼の様は趣味というにはいささか堂に入りすぎている。本職は教育者らしいがその道の大御所と言われても納得できるほどのフィット感だ。

  今日の朝食はパンとスープとハムエッグ。こちらに来てからのオーソドックスな朝食。
  出された朝食を食みながら思うのは、こういうスープ、北上さんは好きだろうな、ということ。
  ふと、アーチャーから作り方を教わっておくべきだろうかとかんがえる。
  大井が聖杯を掴めば、彼は消えてしまう。
  その前に、レシピを聞いておこう。
  大井はそう心に決め、決めたはいいが特に急ぐことでもないので心の片隅にだけ置いておいた。

  朝六時三十分。
  朝食が終われば、テレビ(個人用映写機、リアルタイムでの情報共有が可能)で街の様子を確認する。
  あいも変わらず下らない番組ばかりを垂れ流している。
  根呂だか下呂だかの愛犬家の番組が放映されるとか。
  課金の出来ない完全無料のソーシャルゲームがベータテスト中だぽんだとか。
  地方劇場での歌姫の公演が今日も行われるだとか。
  遊園地に皆のアイドル那珂ちゃんが来て握手券配布だとか。
  そんな下らないことばかり。
  ここが戦争の舞台だとは思えない。
  テレビで繰り返されるのは、意味のない広告と下らない娯楽番組と少しばかりのニュースだけ。
  安い、安い、実際安い。
  コケシ、コケシ、コケシマート。
  また意味のない広告が流される。
  世界を壊滅寸前にまで追い詰めた深海棲艦のしの字も出てこない。


  ひょっとすると、この世界は大井の住んでいた世界とは全く違う場所なのかもしれない。
  大井は予選の頃からずっとそう考えていた。

  技術と文化のレベルが違いすぎる。
  そして、世界情勢が違いすぎる。
  事実大井は、初めてこの地に降り立った際何世紀も未来に、もしくは異世界に放り込まれたような感覚に陥った。

  アーチャーにそのことを尋ねると、あながち間違いではないのではないか、という答えが返ってきた。
  そして大井の事情には最低限しか触れず、大井が頼むまでもなく実演を踏まえて懇切丁寧に様々なこの世界の文明の利器の説明をしてくれた。
  最初はなんてお節介なやつだと思い、嫌味を込めて「やけに丁寧ですね」と言うと、「君に死なれては困るからね」といつになく真面目な表情で返された。
  これはおそらく本心だろう。アーチャーは(大井には劣るが)壮大な夢を持っている。夢半ばで死ぬわけにはいかないのはお互いということだ。
  それに、少なくとも『君のためを思ってだよ!』なんて言われるよりは百倍マシな回答だ。
  実際、テレビ、携帯、電話、パソコン、インターネット、電子マネーなどなど、どれもこれも説明なしでは理解どころかスタートラインにも立てない機器、かつ使えると使えないとでは立ち回りに大きく水が開くものばかりだった。

  特にスマートフォンは早く覚えたほうがいい、というのもアーチャーの進言だった。
  アーチャー曰く、『便利がいい』ということらしいが、成程ずばりその通りだった。
  最初は携帯無線のようなものかと思ったらなかなか便利なもので。
  この場にいながら別の場所の情報を得ることが出来る。カメラが内蔵されているので様々なものを記録しておける。
  正確な時刻をいつでも知れる、大まかながら今後の天候が知れる。財布になる、メモになる、懐中電灯になる。声を出さずに連絡を取り合える。簡易レコーダーとしても利用可能。
  その他にもあれやこれやと、もはや『電話』と呼ぶよりも『オーパーツ』とでも呼ぶべき代物。
  これが一揃えでもあれば軍部の機材は大幅に削減できるんじゃないか、というほどのすぐれものだ。

  その圧倒的な情報量に最初は面食らったものだが、アーチャーの手助けもあり、今は大井も人並みにそのオーパーツたちを使いこなしていた。

  スマートフォンをイマドキの女子高生らしくさっさっと操る自身を俯瞰しながら、大井は、恵まれている状況に感謝した。

  大井はマスター内でも順風満帆な漕ぎ出しが出来ている、という自負があった。
  予選期間中特に苦労もなく過ごした。(といっても戦闘自体を行ってないのだが)
  かなり初期に目覚めたが故に情報というハンディキャップも克服出来た。
  そして自身のサーヴァントであるアーチャーは性格・性能ともに申し分ない。
  恵まれた環境。大井の愛への世界からの祝福を感じざるを得ない。
  強いてまだ残っている問題を挙げるとするなら。

「読みづらい……」

  ひらがなを主体として左から右へ書かれる文章。
  通っている高校の教科書も、テレビのテロップも、インターネットのホームページも、全て同じ文体で書かれている。
  大井の世界とは全く違う文体で、多少慣れてきた今でもまだ読みづらい。
  だが、文句を言って文体が変わるわけでもない。
  それに、ここまで恵まれた状況。このくらいは譲歩するべきだ。
  大井は小さな声で二三言だけぶちぶちと文句を垂れ、スマートフォンに届いたメールを読み進めていく。

  午前七時頃。
  誰にも教えていないはずの大井のメールアドレスにメールが一通届いた。
  宛名はルーラー。件名は通達。
  本文を読むに、聖杯戦争の裁定者からの定時連絡らしい。
  通達に書かれていたのは4つ。
  予選を通過したこと。
  フェイト・テスタロッサを捕らえて図書館に連れて行けば令呪が貰えるということ。
  掲示板(匿名で情報をやりとりできる場所)が解説されていたということ。
  電子マネー5000円分をチャージしたということ。

「初日から討伐令か、物騒な話だ」

  隣からスマートフォンを覗きこんでいたアーチャーが呟く。

「報酬は令呪、ですか」

「参加するかい? あって困るものでもないだろう」

「そこまで必死にならなくても結構です。ただ、この子……フェイトって子を見つけたら知らせてください」

  そうやりとりを交わして、メールに添付してあるURLを開く。
  説明には掲示板だと書かれていたが、通達からまだそう時間が空いてないためか、それほど活気に満ちてはいなかった。
  ただ、一部ヒートアップしている面々は居るようだが。

  現在、スレッドと呼ばれているものは2つ。
  一つは「小学生の死亡事件に関して」
  もう一つは「みんなのアイドル 諸星きらりだにぃ☆」。

「諸星きらり……」

  聞き覚えのある名前だ。
  サーヴァントやマスターに関する情報を、高校内でそれとなく探っていた時に耳にした記憶がある。
  曰く、背がすらりと高く、ふわふわとした長い栗色の髪がよく似合う少女。
  転校生だったが人当たりもよく、誰にでも別け隔てなく優しく接していた。
  そんな性格が災いして同級の少女たちから虐めを受けていた。
  そしてある日を境にぱったりと登校しなくなった。
  虐めのことが公にされた時に、大井の担任から聞いた情報だ。

  ただ単に虐められていた、というだけなら大井もここまで注意しない。
  だが、『諸星きらり』は状況が異常過ぎた。
  女子トイレに積まれた3つの死体を残して、彼女は煙のように消えたのだ。
  死体はそれぞれ人ならざる力で顔を殴り砕かれ、首をねじ切られ、頭を押し潰されていたらしい。

  スレッドに書いてある諸星きらりと殺人事件情報は、大井の入手した情報とほぼ合致する。
  間違いなく大井の知る『諸星きらり』のことだろう。
  以後は少々うるさい小バエのようなやりとりが続けられているが、大井は別のことに気を回していた。

「『エノシマ』……だったかしら」


  交流のある教師にそれとなく『諸星きらり』のことを聞いてまわっていた時に、とある教師の口からこぼれ落ちた名前。
  『今日諸星きらりのことを聞きに来たのはお前で二人目だ』というから誰が聞いたかと問うと、『エノシマ』という名前の少女が先に尋ねて回っていたという返答が得られた。
  その返答を聞いた時、大井は心のうちで慎重にことを進めていた自分に称賛を送った。
  時期的に見て、偶然とは思えない。慎重に動いて後手に回ったのがいい方向に出た。
  『エノシマ』は十中八九マスターだ。大井と同じく殺人事件にサーヴァントの影を見て、大井とは逆に全力で聞きまわったようだ。
  案外、この掲示板にファンクラブスレを立てたのが『エノシマ』なのかもしれない。
  だとすれば余程性格のネジ曲がった、ひとの嫌がらせが生きがいのような人物なのだろう。
  同じ学校にマスターが通っているということを一方的に知れている、というのは大きなアドバンテージだ。
  立ち回りに細心の注意を払えるし、状況が整えば不意打ちも可能になる。

  それに、この状況は意外と使えるかもしれない。
  大井は少しの間黙り、そしてスレッド新規作成ボタンをタップした。

  スレッドタイトルを打ち込む。
  タイトルは「きらりさん、見てますか」。

  文章は、ファンクラブスレに書き込んでいる、きらりを擁護する少女の口調を真似て。
  優しく、優しく、捕らえている獲物を気づかぬうちに溶かしていく溶解液のような文章で。
  少しずつ、少しずつ、込めた本心を獲物に悟られぬよう。
  お人好しで、緊張感の欠けている、夢見る少女のような文章を書き上げていく。

  ◆

きらりさん、見てますか


名前:名無しメイデン[SUPER_Kitakami_sama@] 投稿日:20XX/0X/XX(X) XX:XX:XX ID:OixKtkm0
ここで名前を明かすのは危険が伴うと思うので、私の名前は伏せさせてもらいます。
私は、きらりさんのことをよく知っています。
私はきらりさんが、心優しい貴女が、他のところで言われているようなことをする人だとは思えません。
何かの間違いだと信じています。
もしかして、きらりさんが本当に関わっているとしても、なにかの理由があったのだと思います。

もし、可能ならば、連絡をいただけませんか?
逢って、貴女がどんな状況なのか、聖杯戦争をどう思っているのかが聞きたいです。
ここには書けないこともあるだろうから、私の名前の隣に書かれているメールアドレスにメールをください。

私の情報がきらりさんにばれてしまいますが、私は、貴女だけは信頼しています。
だから平気です。
なのでお願いです。
私に、話を聞かせてください。


最後に。
私のメールアドレスにメールが来なければ。
貴女が聖杯戦争に巻き込まれていなければ。
それほど嬉しいことはありません。
心優しい貴女と戦いたくはありませんし、貴女にはこの戦いなど知らず笑っていて欲しいから。
この書き込みへの返信がないことを、心から祈っています。
大切な友人へ。
大切な友人より。
愛をこめて。

  ◆

  なかなか感動的な文章が書き上がった。
  朝一番に吸い込んだ甘ったるい空気によく似合う、反吐が出るような甘さの文章だ。
  少しばかりの感慨を持って書き終え、書き込みボタンをタップする。
  数秒後、掲示板にはまったく同じ文章が書き込まれた。

「なかなか面白い文章だね。もし、メールが来たらどうするんだい?」

  諸星きらりから返信が来るかどうかは分からない。
  だが、すごい速さできらりの擁護をしていた書き込みの主。
  他にも、女子高の事件についてなにかを知っている人物。
  それから、単純馬鹿がいるから場所を聞き出して殺そうと企む者。
  こちらの真意を察して逆に利用してやろうと寄ってくる誰か。
  そんな様々な人物から、大井の携帯に連絡が入ってくる可能性は高い。
  彼ら彼女らと接触でき、ある程度行動と情報を操作出来るというのはかなり大きなアドバンテージになる。

「どうもなにも……来たメール全部、テキトーに取り繕ったあとで同じ場所、同じ時間に集まるようメールするんですよ。
 そこで集まった人達同士で数を減らしあってもらうだけです」

  狙いは一つ。こちらに一切リスクのない状況下での他参加者の退場。
  相手が誘いに乗らない可能性もあるが、そんなことをまで考慮してたらキリがない。
  上手く複数人を誘い出せたとして、少しばかり不安要素もあるが……

「もし戦いが膠着するような場合や参加者同士が手を組むような場合があれば、私が撃つ、ということでいいかな」

「ええ、それでお願いします」

「それまでは、いつもどおり索敵をしておこうか」

「はい。メールが届いたら念話するので、あまり私から離れすぎないように……でも、マスターとばれないようできるだけ距離は保ってください」

「ああ」

  説明する前にアーチャーが大井の思惑を汲み取り、一切反論を挟まずに大井の作戦に従う。
  大井の進言を特に理由なく無碍にしたあのぽんこつ戦艦たちとは大違いだ。
  大井は、元の同僚たちに少しばかりの優越感を覚えながら、スマートフォンをスリープ状態に移行させた。

「それにしても、初日から積極的だ」

「初日だから、ですよ」

  先制攻撃は重雷装巡洋艦のお家芸。
  開幕早々でまだ情報が揃わず、浮足立っている相手を叩き潰す。甲標的はないが、与えられた情報とアーチャーの能力を用いれば難しいことではない。
  相手が察するより早く動き、相手が察した頃にはすべてを終わらせて鳴りを潜めている。
  決して、目立ちすぎて自身が誰かの標的になる事のないように。

「まぁ、色々おっかないのが集まってるみたいですし、この件が終わればしばらく行動は控えますけどね」

  それでなくても物騒な噂ばかりだ。
  チェーンソーを持った男が少女を襲っていただとか。
  バネ足の火吹き男が跳ねまわっていただとか。
  女子高生の間でまことしやかにささやかれ続けている。

  更に掲示板には『小学生の死亡事件』なんて物々しい単語。
  それに加えて『高校の殺人事件』に『諸星きらり』。そして彼女を探っていた『エノシマ』。
  全ての噂にどれほどのサーヴァントが関わっているかどうかはまだ判断がつかない。
  だが、どんな危険もかわしておいて損はない。

  この相手不明の電撃戦を制した後は、穴熊のように巣に閉じ篭もり別の者が動くのと情報が集まるのを待つ。
  そのためにも、隠れ蓑はいつだって使えるように万全の状態を保って置かなければならない。忌々しいことだが。

「そろそろ時間のようだ」

  アーチャーがつぶやき、数秒後にテレビの時計のようなキャラクターが七時三十分を指す。
  今日もこの時間が来てしまった。

「じゃあ、行ってきますね、北上さん」

  ベッドに置いた枕に挨拶をする。
  あの枕は、大井が唯一この舞台に持ち込んだ北上の名残の品。
  大井の心の拠り所。
  大井が唯一心を許せる場所。
  あの枕を見れば、必ずこの家に帰ってくるという意思が持てる。

「さ、行きましょうね、北上さん」

  そう言って語りかけたのは、小さなお守り。
  先の枕から中身の蕎麦殻を少しだけ抜いて、その蕎麦殻を入れてある大井特製のお守りだ。
  これで、いつだって一緒に居られる。
  お守りを握りしめた左手が、左手に刻まれた令呪が、目標を忘れることはない。

  少しだけ心労が軽くなった心地で、それでもまだ憂鬱さと名残惜しさに後ろ髪を引かれながら玄関を出る。
  学校はつまらないし面倒だし通う必要性を感じないし危険が伴うが、情報収集に役立つ上に、NPCにとっては重要なルーチンの一部だ。
  聖杯戦争開始の通達のあった今日、学校を欠席すれば、聖杯戦争の参加者に(少なくとも諸星きらりを調べまわっていた『エノシマ』に)目をつけられる可能性がある。
  可能な限りNPCとして身を潜め続け、標的になることを避け続けなければならない。
  そのためには、NPCという隠れ蓑が使えるように、人目につく場所ではルーチンワークをこなし続ける必要がある。
  本当に面倒な戦争だ。
  家に施錠しながらため息を一つ。そのか細い息は、自身とサーヴァント以外の誰にも届くことなく空へ消えていく。

「隠した思いが通じる……いや、通じないことを祈っているよ」

  アーチャーがそう言い残して霊体化する。
  大井は少々ほうけたように口を開け。
  そして。

「そうですね」

  とだけ答え。
  自身の胸中に秘めた思いを見事射抜いたアーチャーへの快とも不快とも取れぬ気持ちを胸に、学校への道を歩き出した。

  ◇

  隠した思い。
  それは大きな愛。

  大井の周囲を取り巻くNPCが艦娘に似ているのに気づいた時、当然大井は北上を探した。
  だが、北上のNPCは見つからなかった。
  大井はその理由を幾つか考えていた。
  北上はあくまで大井の目標だから、聖杯が用意しなかったからという可能性。
  北上は死んでしまったのだから、聖杯にも用意のしようがなかったからという可能性。

  どっちだと思う、とアーチャーに尋ねて返ってきた答えを聞いた時、大井は心臓がひっくり返る心地だった。

「ひょっとすると、彼女自身が別の形でこの聖杯戦争に居るのかもしれないね。
 マスター自身がNPCとして再現されないように、もしもその北上という子がマスターであったならば、当然NPCは存在しないだろう」

  普通はありえない。北上は確かにあの時轟沈したのだから。
  だが、願いを叶える聖杯だ、大井の愛を祝福した世界だ。そのくらいやってもおかしくない。
  もしそうだったら困る。確かに再会は望んだが、そんなことまでされては気を配りすぎだ。
  愛する人とお互いを知らずに殺し合う、なんて時代錯誤な悲恋物語めいたことをやるつもりはさらさらない。
  普通はありえない。
  ありえない。
  ありえない。
  絶対にありえない。
  でも、万が一、億が一にも北上が巻き込まれている可能性があるという不安は、早々に潰しておく必要がある。

  だから、大井は隠した。
  書き込みの中に、北上だけが気づける、大井だと気づける情報を隠した。
  メールアドレスの『スーパー北上さま』。
  これは昔々に北上が冗談で名乗った名前だ。
  これを知っているのは鎮守府でも、北上と、大井と、提督くらいのもの。例え他の艦娘が巻き込まれていても察知はほぼ不可能だろう。
  それを見れば、少しマイペースな(そういうところも可愛い)北上でも、大井の存在に気づいてくれるはずだ。
  気づいた北上はすかさずメールを送ってくれる。これは確定事項

  もし北上からメールが来れば、襲撃場所とはかけ離れた安全な場所で再会して今後のことを話し合う。
  そしてなんとか二人揃って生還する方法がないかを探す。
  でも、そんな都合のいい方法はないだろう。
  可能性があるとすれば、どちらかが優勝し、もう一人を蘇らせた上で生還するという道。
  でも、大井に北上を殺すことは出来ないし、北上に殺人なんて絶対に似合わない。
  そもそも『愛する者よ、死に候え。』なんていうのは、大井と北上の物語には合ってはならないことなのだ。
  だから大井は甘ったるい文章を、少しばかりの感慨を込めてこう締めくくった。


―――私のメールアドレスにメールが来なければ。
   貴女が聖杯戦争に巻き込まれていなければ。
   それほど嬉しいことはありません。
   心優しい貴女と戦いたくはありませんし、貴女にはこの戦いなど知らず笑っていて欲しいから。
   この書き込みへの返信がないことを、心から祈っています。
   大切な友人へ。
   大切な友人より。
   愛をこめて―――


  傍目に見れば諸星きらりへの麗句にしか見えないような文章。
  だがそれは諸星きらりなんてどこの誰かも分からないウドの大木ではなく。
  大井が心の底から愛する北上を思って書いた、宛名も送り主も書かれていないラブレター。

  このラブレターに返信が来ないことから、大井の聖杯戦争は幕を開ける。

【C-3/大井の住処/一日目 早朝】

【大井@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態]満腹、健康
[令呪]残り三画
[装備]北上の枕の蕎麦殻入りお守り
[道具]通学鞄、勉強道具、スマートフォン
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:北上さんへの愛を胸に戦う。
0.聖杯戦争に北上さんが居る可能性を潰す。
1.諸星きらりとエノシマという女子高生、各種噂を警戒。
2.メールを送ってきた人物をどこかしらに集める。
3.メールの件が片付いたらしばらくはNPCとして潜伏する。
[備考]
※C-3のどこかで一人暮らしをしています。
※艦これ世界と舞台とのギャップには予選期間中になんとか適応しました。
※令呪は左手の平、百合のような形です。
※北上が参加者として参加している可能性も限りなく低いがあり得ると考えています。北上からと判断できるメールが来なければしばらくは払拭されるでしょう。
※『チェーンソー男』『火吹き男』『高校の殺人事件』『小学校の死亡事件』の噂を入手しました。
 また、高校の事件がらみで諸星きらりの人相・性格、『エノシマ』という少女が諸星きらりを探っていたことを教師経由で知りました。
※フェイト・テスタロッサの顔と名前を把握しました。


【アーチャー(我望光明)@仮面ライダーフォーゼ】
[状態]霊体化
[装備]サジタリウスのゾディアーツスイッチ
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を得る
1.大井との距離を保ちつつ索敵
2.フェイト・テスタロッサが現れた場合、大井に連絡を入れる
[備考]

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最終更新:2020年06月28日 00:02