紅の夢◆BATn1hMhn2
――夢を、見ていた。
魔法少女になって、フリフリがたくさんついた、でも露出度的には結構キワドい服を着こなして戦う夢だった。
日曜日の朝にやっているアニメに出てくるような、ファンシーな格好だ。
だけど戦う相手は、悪の怪物や闇の魔物なんかじゃなかった。
自分と同じ魔法少女に対して、殴る蹴るなどの暴行を加える。
魔法の恩恵によって強化された腕力を振るうたびに、血と骨と肉が飛び散っていく。
返り血で服が濡れる。白を基調とした可愛らしい衣装が真っ赤に染まる。
僅かな抵抗を意にも介さず、相手が絶命するまで延々と殴り続ける。
魔法少女が死ぬとき、魔法もまた霧散する。そこに転がっているのは、ただの一般人の骸となる。
鼻腔に突き刺さる陰惨な血のにおいは――恍惚をもたらしていた。
けして誰にも言えない、後ろ暗い快感が己が身体を満たしていた。
しかし――同時に、満たされぬ欲求もあった。
求めているのは一方的な虐殺ではない。全力をぶつけてなお足りぬような、強敵との死闘だった。
物言わぬ骸に背を向ける。次に戦うのは、もっと手応えのある相手であればいいと願う。
そんなことを考えながら、夢の中の自分――
森の音楽家クラムベリーは、微笑を絶やさぬまま次の獲物を探し始めた。
――意識が覚醒する。目を覚ました
海野藻屑が最初に確かめたことは、まわりが血の海になってやしないかということだった。
幸いなことに藻屑が寝ていた純白のベッドシーツには一点の染みもなく、鼻につく鉄のにおいも、ばらばらになった死体も、部屋の中には存在していなかった。
いやな夢を見たせいか、いつもより動悸が激しい。たっぷりと汗を吸った寝間着が、べっとりと肌にはりついている。
のどの渇きを覚えて、藻屑はまくらもとに置いていた大きなペットボトルを掴んだ。乱暴にキャップを開けて、中身を一気に飲む。
ごくりごくりという音と共に、透き通ったミネラルウォーターは少女の身体に吸収されていく。
息をするのも忘れて飲んでいたものだから、口を離したとき、ぷはぁ、と、とても大きな息を吐いてしまった。
水が全身に染み渡っていくと同時に、ぼんやりとしていた意識と身体がようやくはっきりとしてくるのを感じた。
自分がどうしてここにいるのか、その理由を思い出す。
「ああ、そっか。ぼくは戦争をしなくちゃいけないんだっけ……」
面倒くさいな、と藻屑は思った。だけどその面倒ごとを全部引き受けてくれるやつが相方だから、藻屑はこうやって気楽に寝ていられる。
弓兵のサーヴァント――
森の音楽家クラムベリー。それが藻屑の従者だった。
弓を持っているところなんて一度も見たことがないけれど、アーチャーを名乗っている。
どうやらそれが、この戦争の
ルールらしい。サーヴァントたちは自分の名前を隠して、与えられた役職を名乗るらしい。
でも、そんなことはどうでもいいと、藻屑は思っている。
この家には父親がいなくて、この街には
山田なぎさがいない。そっちのほうがよほど重要なことだ。
藻屑の世界を大きく占めていた二人がいなくなって、何もかもが足りなくなってしまった。
ぽっかりと空いた穴を埋めるように、藻屑はまた水を飲んだ。だけどこんなただの水じゃ、藻屑の空白は埋められない。
『マスター。食事の準備が出来ました』
クラムベリーの声が、藻屑の耳朶を打った。
森の音楽家という肩書きは伊達じゃないらしく、クラムベリーは音を自在に操る能力を持っている。
聞く力のほうもすごいみたいで藻屑のちょっとした呟きも聞き逃さない。
いつも盗み聞きされているような気がしてあまり好きじゃないけれど、特に何か言ってくるわけでもないクラムベリーの性格は嫌いじゃない。
もっと惰眠を貪っていたい気もしたけれど、二度寝をすればまた気持ちの悪い夢を見てしまうような気がした。
お腹も空いてきた。今行くよ、とクラムベリーに返事をして、藻屑はベッドを抜け出した。
居間で藻屑を出迎えたのは、クラムベリーが奏でる音楽だった。
森の音楽家の名に恥じない美しい音色が、ささくれだっていた藻屑の心を落ち着かせる。
テーブルの上に並んでいたのは、簡素だが食欲をそそるメニューだった。
こんがりと焼けたトーストに、甘酸っぱい香りを漂わせるベリージャムが添えられている。
小ぶりのマグカップの中ではコーンスープが湯気を立てていた。
これに簡単なサラダを加えれば、小食の藻屑には十分すぎるほどの量になる。
しかし、二人で分けて食べるには少なすぎる量だ。
「ぼくの分しかないみたいだけど?」
「私たち魔法少女は食事を必要としません。どうか、お気になさらずに」
一言だけ発して、クラムベリーは演奏を再開した。どうやら彼女は演奏役に徹するつもりのようだ。
ふぅん、と納得したのかしないのかよく分からない頷きをして、藻屑は椅子に座った。
べちゃべちゃとトーストにジャムを塗りたくり、一息にかぶりつく。
しばらくの間、部屋にはクラムベリーが奏でる旋律と藻屑の咀嚼音だけが響いていた。
「夢を見たよ。魔法少女になる夢だった」
藻屑は呟いた。クラムベリーの耳にその言葉は届いているはずなのに、花の魔法少女は何の反応も返さなかった。
自分の見た夢がどんな夢だったのか、藻屑はその詳細を語った。
夢の中で見た光景がどれだけ残虐で、悲惨なものだったか。
「ねぇ。アーチャーが求めているのは、ああいうのなの?」
部屋に満ちていた音楽が、不意に途切れた。
代わりに、クラムベリーの声が響く。
「その認識は間違っていますね。私が求めているのは殺戮ではなく闘争です。
私との闘争が成り立つほどの強者でなければ意味がない。弱者をなぶる趣味はありません。
もっとも、私――いえ、私たちの邪魔をするようであれば、相手が何者であろうと全て排除するつもりですが」
藻屑は考える。クラムベリーが言うところの、強者と弱者の違いというものを。
これだけの大口を叩くのだから、クラムベリー自身は強者のカテゴリーに属すのだろう。
ならば、藻屑はどうだ? 手足は痩せ、片耳の聴力を失い、足を引きずるようにしか歩けない
海野藻屑という少女は、クラムベリーの目にはどう映る?
「ぼくじゃ、アーチャーの御要望には応えられそうにないね」
「マスターとサーヴァントの戦力差を考えれば、仕方のないことです」
マスターを過剰に評価せず、こき下ろしもしない、サーヴァントとしては適切な答えがクラムベリーから返ってくる。
続いてクラムベリーは、既に心当たりはあります、と藻屑に告げた。
「捕獲令が出された
フェイト・テスタロッサ――私も彼女を追うつもりでいます。
彼女は当面の間、戦乱の中心となるはずです。
戦いは更なる戦いを呼び寄せ、その中には私の望みを叶えるサーヴァントも含まれることでしょう」
己を昂ぶらせる戦いがあるのならば、クラムベリーはそこへ臨む。
藻屑が朝食を終え次第、再び外へ出て行くつもりだとクラムベリーは言った。
「マスターはいかがしますか?」
「どうでもいい。寝とく」
ぶっきらぼうに答えて、藻屑は居間を出て行こうとした。
だが、クラムベリーに呼び止められる。
「お気をつけて。もしも他のサーヴァントが襲撃してきたときは――迷わず令呪を使い、私を呼んでください。
いついかなる時であろうと、あるじの元へ馳せ参じましょう」
「令呪……? ああ、これだっけ」
藻屑は、スカートの裾をつかんでめくり上げた。藻屑の肌があらわになる。
そこに在ったのは――大小さまざまな、青黒い痣だった。
出来たばかりの新鮮な青から、古くなって黒ずんだものまでよりどりみどりだ。
それは父親から長年に渡って与えられてきた《愛情表現》の証しだった。
しかし――その中に、異彩を放つ紋様があった。藻屑が聖杯によって与えられた令呪だ。
「ええ。それでは――よき眠りを、マスター」
「じゃあね、アーチャー」
藻屑もクラムベリーも、そのまま部屋を出ていった。
マグカップの中のコーンスープは、一口も飲まれないまま冷たくなっていた。
◆
藻屑がクラムベリーの過去を夢に見たように、クラムベリーもまた、藻屑の過去を追体験していた。
そしてクラムベリーは、マスターの過去に落胆した。
海野藻屑は――実父からの虐待を、受け入れていた。ともすれば、甘受していたと言っていいかもしれない。
クラムベリーにとって、それは唾棄すべき行為だ。そこに戦おうという意志は存在しない。
聖杯戦争のマスターとして考えれば、悪くはないのかもしれない。
マスターが前線に立てばそれだけ危険に晒される機会は増える。
好戦的で向こう見ずなマスターよりは、引きこもっている無気力なマスターのほうがいくらかマシだ。
しかしクラムベリー一個人としては、
海野藻屑に対して決して良い印象は持っていない。
「戦わなければ――生きている意味がない」
◆
「生きているだけで、戦いなんだよ」
海野藻屑はそう呟いて、ベッドの柔らかさに身を委ねた。
けれど、すっかり目が覚めてしまったから、しばらく寝つけそうになかった。
「ここには――いないのかな。ぼくのためにすげーがんばってくれる、すっごくいいかんじの、ほんとの友達は」
それは、
山田なぎさだった。
山田なぎさがぼくの隣にいてくれたら、あとはなにもいらない。
だけど今、
山田なぎさはここにはいない。伸ばした右手が、虚しく空を切った。
【Bー1/海野邸/一日目 】
【
海野藻屑@砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない】
[状態]健康
[令呪]残り三画(内腿の青あざの中に)
[装備]なし
[道具]ミネラルウォーター入りペットボトル
[所持金]クレジットカード(海野雅愛名義のゴールドカード)、5000円分のクオカード
[思考・状況]
基本行動方針:
山田なぎさに会いたい
1.アーチャーに全てを任せる
2.惰眠をむさぼる
[備考]
【アーチャー(
森の音楽家クラムベリー)@魔法少女育成計画】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:強者との闘争を求める
1.
フェイト・テスタロッサを巡る戦乱に乗じる
[備考]
最終更新:2020年06月28日 00:01