G8の会議が終わると、参加国はホスト国の家に泊まるのが通例だ。G8の仲を深めるだとか上辺上の理由なら幾つもあるのだが、本音は毎回開催されるだけにパーティーをやる必要もなく、またその為にわざわざホテルを借り切って防犯対策をするよりも、自宅に招いたほうがホスト国も安上がりだ、ということだ。
今回のホスト国であるア/メ/リ/カも通例にならい、だだっ広い自宅に招き、適当に部屋を割り振ったのである。
「俺、イ/ギ/リ/スのことが昔から好きだったんだけど」
会議も終わり、今はもういい時間である。イ/ギ/リ/スも寝ようと思ってベッドに潜ろうとしたところ、いきなりノックの音が鳴り響くという突然の訪問があった。誰だよ迷惑なヤツ、と思ってチェーンロックを外して扉をあければ、そこにいるのは腐れ縁の隣人のフ/ラ/ン/ス。追い返そうとした矢先の突然の告白に、イ/ギ/リ/スはうんざりしたように溜息を吐いた。
「フ/ラ/ン/ス…俺はお前のことを腐れ縁の隣人以外思えねぇよ」
「そんなんじゃ諦められねぇよ。イ/ギ/リ/スに好きな人や恋人がいるってなら話は別だけどなぁ、孤立中のお前じゃ無理だろ?」
なんつー言い草だ。思わず眉間に皺がよる。
好きなヤツ、ね…老衰したのか、イ/ギ/リ/スはあまり積極的に恋をしたがらない、エロイことは大好きだが、最近は家でもっぱら刺繍するのが日課である。そういった関係の人もいなかった。
イ/ギ/リ/スがフ/ラ/ン/スに告白されるのは別段これが始めてじゃない。このワイン野郎は何処に頭を打ち付けたのか、一度結婚騒ぎになって以来ずっとこの調子で好きだと告げてくる。イ/ギ/リ/スにしてみれば迷惑だし、その度に蹴りをいれたり罵倒したりして断ってきたのだが、相手は全く懲りた様子はない。
それに何が哀しくてフ/ラ/ン/スなんぞと付き合わなければいけないのか。フ/ラ/ン/スなんぞと付き合わなければいけないほど自分はモテないわけじゃない。自国民には「女王とイントネーションのつけ方がそっくり」といって、けっこうモテる。(国民はみな女王が大好きだからな)
例え世界にフ/ラ/ン/スと二人きりになっても絶対に付き合わない自信がある。というかそんな事態に陥ったら真っ先に俺は死ぬ。
イ/ギ/リ/スにはフ/ラ/ン/スのことは隣人以上には見れないのですっぱり諦めて貰いたいのだけれど。
「ったく、何でお前は俺がいいとか抜かすんだよ」
仏頂面で問いかける。元ヤン、海賊、変態紳士、孤立、老大国、エロ大国…イ/ギ/リ/スを罵倒する言葉なんて山のようにあるし、以前はフ/ラ/ン/スだってそう罵倒してたというのに。ワインの飲みすぎで脳味噌ワインになったのかこのワイン野郎は。
「あ?…ちょっと強気なトコとか、愛らしい童顔だとか、酒に弱くて酔っ払って真っ裸になるとこだとか全部可愛い」
全く悪びれるわけもなく強気な瞳できっぱりとフ/ラ/ン/スが言い切る。コイツ、ブン殴ってやろうか。聞いておきながらアレだが、イ/ギ/リ/スの背筋に悪寒が走る。こいつの隣人やめて二度とあいたくないぐらいだが、如何せん不可能だ。なぜ俺はこんなやつの隣人に生まれてしまったんだ。
「俺と付き合おうぜ、イ/ギ/リ/ス。世界一愛してやるよ」
「断る」
「何でだよ、大事にするぜ」
そういって抱き寄せようとしてくるので、イ/ギ/リ/スがかぶりを振って蹴り上げる。見事鳩尾に叩き込まれ蹲るフ/ラ/ン/スだが、その顔に反省の色はない。そろそろ本当にどうしようかイ/ギ/リ/スが思案してると、半開きのドアから、廊下の向こうから歩いてくるア/メ/リ/カの姿が見えた。蹲ってるフ/ラ/ン/スはそれに気付かない。
「…フ/ラ/ン/ス、お前がわかってくれないからいうけど、内緒にしてくれよ」
思いがけないイ/ギ/リ/スの真剣な表情に、フ/ラ/ン/スが頷く。イ/ギ/リ/スは神経を研ぎ澄ましてタイミングを読む。その真剣な表情が雰囲気をより深刻なものにして、思わずフ/ラ/ン/スが息を呑む。
丁度扉の前にア/メ/リ/カの気配を感じて、口を開いた。
「俺が付き合ってるのはア/メ/リ/カだ」
ただ廊下を歩いていただけなのに、ア/メ/リ/カは耳を疑うようなことをいわれ、少し開いたドアから伸びた腕に不覚にも右腕を絡めとられ、硬直する。
ア/メ/リ/カに腕を絡め擦り寄っていきながら、イ/ギ/リ/スはにんまりと笑う。こいつはいつも空気読まないが、中々いい場面に出てきてくれた。
相手がア/メ/リ/カな分、やりやすい。イ/ギ/リ/スがア/メ/リ/カを溺愛していたのは周知の事実だ。といっても、それは独立前のことで、今は他人以上の関係にはならないように気をつけている。…たまに昔の親気分に戻ってしまいいらぬ発言をしてはア/メ/リ/カの怒りを買っていたりすることもあるのだが。
「!?」
これは一体何なんだ!?今イ/ギ/リ/スはなんていった?
思わず剥がれそうになる笑顔の仮面をすんでのところで止めて、腕に絡んできたイ/ギ/リ/スの顔を見たときに、ア/メ/リ/カはこの廊下を通ったことを後悔した。
下から見上げてきたイ/ギ/リ/スは、恐ろしいほどの顔でア/メ/リ/カを睨んでくる。心臓弱い人なら止まっちゃうんじゃないかってぐらいの凶悪な顔だった。眼光が射抜くようにア/メ/リ/カを睨みつける。
「ア/メ/リ/カなんて嘘だ、冗談だろ」
ようやくイ/ギ/リ/スの言葉が脳に達したフ/ラ/ン/スは、一瞬身じろいだものの、すぐにいつもの調子に戻り厭に自信たっぷりにそう吐き捨てる。
「嘘じゃないさ、俺とコイツは付き合ってる」
これは一体何なんだろうと、ア/メ/リ/カはイ/ギ/リ/スに睨まれ固まったまま考える。普段ア/メ/リ/カは空気を読めないのじゃなく空気を読まないだけだ。空気を読んで相手に合わせることなんてバカらしい、とおもってるからの行動だが、別に空気が読めないわけじゃない。
どうもフ/ラ/ン/スがイ/ギ/リ/スのことを好きで?フ/ラ/ン/スのことを好きじゃないイ/ギ/リ/スが俺のことを恋人と偽って断っているー…って冗談じゃないよ!どうしてこの俺がゲイのいざこざにまきこまれなきゃいけないんだい!俺までゲイ扱いされるのは堪えられない!
「ちょっと、イ/ギ/リ/ス…」
名前を呼べば、イ/ギ/リ/スは見上げてこっちを見た。が、その顔は今まで見たことなかったほどの凶悪さを醸し出していて、"余計なこというんじゃねぇボケカス"と顔にかかれてるんじゃないかってぐらい伝わってくる。わかりたくなかったけど。
口を開いて抗議したかったけど、回されたついでに背中を思い切り抓られてる背中があまりに痛くて、口を開いたらうめき声が出そうで口を噤んでいた。背中絶対青あざになってるぞ、イ/ギ/リ/ス!
「そりゃ、昔は親代わりだったってことで罪悪感はあるけどな…それでも、好きになっちまったらしょうがねぇだろ?」
イ/ギ/リ/スは本当にア/メ/リ/カが愛しいかのように頭をア/メ/リ/カの胸にすり寄せて、顔を赤らめながらそんなことをいう。
…昔ス/ペ/イ/ンを騙したという筋金入りの演技力か。微塵も嘘がありませんって感じのイ/ギ/リ/ス。さすがは二枚舌、と心の中で罵る。嬉しいわけないだろ、この状況。何が哀しくてイ/ギ/リ/スなんかとくっつかなきゃいけないだい!
フ/ラ/ン/スもイ/ギ/リ/スが好きなら奪って惚れさせるぐらいしなよ根性なし!
くそう、イ/ギ/リ/ス覚えてなよ!と罵倒しながらも、ア/メ/リ/カは渋々イ/ギ/リ/スの体を抱きしめた。その行動が意に叶っていたらしく、イ/ギ/リ/スはようやく抓っていた手を離してくれた。くそう、離れたのにまだジンジンする。
「信じられねぇ、今日だって会議終わった後お前散々ア/メ/リ/カの悪口いってたじゃないか!『あいつ空気読めないならいっそ空気になって発言すんな』とか『あんなにバカみたいに食ってるからメタボになるんだよ、あいつそのうち太りすぎて自分じゃ立てなくなるんじゃねぇの』とか『ヒーローとかどこのガキだよ、頭おかしいんじゃねぇの』とか…(以下長いので略)…散々けなしてたじゃねぇか」
ひ、ひどいぞ、あんまりだ…絶対イ/ギ/リ/スには血が流れてないんだ。ショックで当分立ちなおれないぞ。ヒーローだってそんなこと云われれば傷つくんだぞ…!
「ばーか、本当は俺といるときだけ空気読んでくれるのが嬉しいとか、料理食べてるあいつが可愛いとか、俺だけのヒーローでいてほしいだとか…そんなん云えるわけねぇだろ!」
イ/ギ/リ/スは顔を赤らめながら、余計なことをいったフ/ラ/ン/スを畳み掛けるように黙らせる。ス/ペ/イ/ンが鬼だっていってたの、ようやくわかった。イ/ギ/リ/スは鬼だ。悪魔だ。
「ア/メ/リ/カ…フ/ラ/ン/スにいったことなんて、本心じゃない…だから…嫌わないでくれ…またお前に嫌われたら、俺は…っ」
瞳を一瞬潤ませ切なそうに眉を寄せて抱きついてくるイ/ギ/リ/スに、おそらく前者が本音だと知っているア/メ/リ/カでさえ騙されそうになる。その演技は感嘆するしかない。
が、先ほど見せた凶悪な顔も忘れてはいない、というか忘れられる訳がない。きっとここで逆らえば自分にとってよい方向にいかないこともわかっているので、不本意だがイ/ギ/リ/スにあわせることにした。
「わかってるよ、君はいつでもそうだからね。俺の前だけ君は素直だったらそれでいいよ。…フ/ラ/ン/ス、わかったかい?俺とイ/ギ/リ/スはラブラブなんだから、邪魔しちゃダメなんだぞ」
「あめりか…」
にこっと花が咲いたように綻んで笑うイ/ギ/リ/スの顔も、背中に銃を当てられていれば悪魔の微笑みにしか見えない。そこまでしなくても、と思うが昔から外交の得意だったイ/ギ/リ/スは完璧主義のようで、全ての可能性を排除する、それがイ/ギ/リ/ス流のやり方らしい。
イ/ギ/リ/スがとんでもないヤツだとは知っていたけど、普段自分にはいい格好を見せようと紳士に振舞っていたからまさかこんなにも酷いとは思わなかった。
「そんなに好きなら、キスしてみろよ。本当に愛してるなら出来るだろ?」
「「…………」」
フ/ラ/ン/スが不審そうにみている。最近仲が悪くなくむしろ良好だとはいえ、俺たちの間に出来た溝は深い。それを誰よりも間近で見てきたフ/ラ/ン/スはやはり信じ切れないのだろう。
さすがのイ/ギ/リ/スとはいえ、キスなんてしてこないだろう、ようやく開放される、ゲイの痴話喧嘩なんてまっぴらだ、と思った瞬間。
「!!」
後ろから頭をおされて、ア/メ/リ/カの唇とイ/ギ/リ/スの唇が重なる。
うわぁぁぁあああ何してるんだいイ/ギ/リ/スはぁぁぁ!!!!!
しかも舌まで入ってきて、遠慮なくア/メ/リ/カの口内を蹂躙していく。しかもかなり上手く、思わずされるがままにされてしまう。
「ん…あめりかぁ…」
ようやく唇を放して照れたように胸に顔をうずめるイ/ギ/リ/スは、確かに可愛い。イ/ギ/リ/スの冷たい空気に、ア/メ/リ/カもすくみあがる。
「…マジだったのか」
付きあってるわけないと高を括って、出来ないだろうと踏んだキスを要求したのに、あっさり目の前で見せ付けられて、フ/ラ/ン/スは呆然としたように口を開いた。
「そ。だからお前の告白には答えられない、悪ィな」
「…そうか、それならしょうがないな…」
イ/ギ/リ/スに恋人がいたことがショックで、ラブラブに見える彼らの前から一刻も早く立ち去りたい。震えた声でそう搾り出して、フ/ラ/ン/スはドアの取っ手に手をかけ、寂しそうな背中を見せながら部屋から去っていった。
「どーいうことだいイ/ギ/リ/ス!!」
フ/ラ/ン/スがドアを閉めた瞬間、ア/メ/リ/カががなる。
「悪かったな、サンキュ、たすかった。これで当分はあの×××野郎も来ないだろ」
にこっと笑うイ/ギ/リ/スは、今まで見せた保護者の顔の欠片もなかった。絶対に悪いなんて欠片も思ってないが、謝られてしまった以上これ以上突き詰めるのはヒーローのポリーシーに反する。しかし煮えくり返った腹が静まるわけでもない。思わずイラッとして非難めいた口調で罵る。
「君、男とキスする趣味があるならフ/ラ/ン/スに応えてあげればいいじゃないか」
「はぁ?あんなキス、挨拶だろ挨拶。フ/ラ/ン/スはアレだ、俺とセックスしてぇとか思ってるんだよ気持ち悪ィ。バイだがゲイだが知らんが、それを俺に求めるなっつの」
ケッ、と行儀悪くイ/ギ/リ/スが吐き捨てる。ヤンキー時代の顔丸出しだ。一度あの顔を見せた以上、これ以上偽る気はないらしく、ア/メ/リ/カが知らないようなスラングを次々に吐き捨てる。
「こっちこそゲイの修羅場に俺を巻き込まないでくれ!何が哀しくて君とキスなんかしなくちゃいけないんだい!」
「いいじゃねぇかキスの一つや二つ。俺だってゲイの相手は真っ平なんだよ!たく、貴重な睡眠時間削っちまったじゃねぇか」
イライラとした様子でイ/ギ/リ/スが吐き捨てる。見れば確かにイ/ギ/リ/スはパジャマで、今まさに眠ろうとしたところをフ/ラ/ン/スに叩き起こされたのだろう。
「俺は寝る、お前はどうするんだ」
「はい?」
イ/ギ/リ/スが不機嫌を露わにしながらそう聞いてきた。意図がわからず思わず着返すとケタケタと低俗な笑いが響いてきた。
あぁ、これが対等になったということか。こんなことなら対等になんてならなければよかった。まだ親気分を振り回してた方が品がある・
「出て行かないってことは、俺と寝たいってのか?昔みたいに子守唄でも唄ってやろうか?」
「冗談じゃないよ!」
思い溜息を吐き、ア/メ/リ/カは慌ててイ/ギ/リ/スの部屋から飛び出す。あぁ、なんでこんなことになったんだ、ジーザス。
もう二度と、イ/ギ/リ/スに巻き込まれたくない、そう切に願いながら。