「Amor torpe」Ⅰ
その日の目覚めは今までにない最悪だった。
延髄から後頭部に掛けて締め付けられるような痛みと、表現し難い胸焼けと共にケンケーンは目を覚ました。
窓から差し込む朝日、いや太陽の上り具合から見ると昼前の日差しから逃げ出すように身を捻ると、精気の感じられない体はゆっくりとベッドの縁から転がり落ちた。
つくづく最悪な目覚めだ。
鉛の板を巻きつけたのかと思うほど鈍く動かない体を起こし、天を突かんばかりの寝癖頭を掻き毟る。
半年振りにセビリアへと戻ってきたその足で船員達と酒場へ向かったのが、今ある事態の元凶だった。
久方ぶりに心が躍ったのか『少しだけ』と言って入ったはずが、気付けば深酒にはまり結局は看板の時間まで居座っていた。
腫れぼったい目をようやく開けて、部屋の中を見渡す。
見覚えのある部屋、定宿の1室らしい。
どうやってここまで辿りついたのか、軋む頭で昨晩の事を反芻しようとするが正気のまま揺れるような感覚にあっさりと諦めた。
延髄から後頭部に掛けて締め付けられるような痛みと、表現し難い胸焼けと共にケンケーンは目を覚ました。
窓から差し込む朝日、いや太陽の上り具合から見ると昼前の日差しから逃げ出すように身を捻ると、精気の感じられない体はゆっくりとベッドの縁から転がり落ちた。
つくづく最悪な目覚めだ。
鉛の板を巻きつけたのかと思うほど鈍く動かない体を起こし、天を突かんばかりの寝癖頭を掻き毟る。
半年振りにセビリアへと戻ってきたその足で船員達と酒場へ向かったのが、今ある事態の元凶だった。
久方ぶりに心が躍ったのか『少しだけ』と言って入ったはずが、気付けば深酒にはまり結局は看板の時間まで居座っていた。
腫れぼったい目をようやく開けて、部屋の中を見渡す。
見覚えのある部屋、定宿の1室らしい。
どうやってここまで辿りついたのか、軋む頭で昨晩の事を反芻しようとするが正気のまま揺れるような感覚にあっさりと諦めた。
言う事を聞かない体をどうにかベッドへと押し戻す。
目に痛い日差しを手で遮る。
この調子だと今日一日は満足に動けそうにもない。
「それも良いか。」
昨日の今日で大して予定も入っていない。
このまま自堕落な一日を送っても良いだろうと諦めの思考を過らせる。
今のケンケーンには、そんな簡単な回答が精一杯だった。
まだ頭の中で響く酒の余韻がケンケーンの行動全てを制圧しているようだった。
結論を出してさえ横になることもしないまま、時間が過ぎてゆく。
そんな中、部屋の扉を開けて誰かが入ってくる。
厚ぼったい瞼を堪えて開き、開いた扉へと視線を向けると、その人物は見たことも無い若い女だった。
予期もせず入室者と視線が合う。
女もまさか人が居るとも思っていなかったのか、部屋の入口でどうすれば良いものか戸惑っている。
「お部屋のお掃除に…。」
その言葉は北部訛りのある声だった。
歳の頃は20代前半といったところか、都会の洗練された女性と比べ素朴な感じが拭いきれてない所が初々しい。
女の様子に、いつ久しく忘れていた清涼さを感じる。
欲を言えば、こうやって二日酔いの時ではなく素面のときにこそ似合う初対面であって欲しかったと昨日の暴挙を今更ながらに悔やむ。
「あ、あの…。」
仕事をし始めて間もないのか、このような事態の対処をしあぐねている。
入口に突っ立ったまま、怯えるような瞳がケンケーンの顔を窺っている。
出来るなら放っていて欲しいが、困惑する給仕を見るにその言葉を口に出すことは憚れた。
「(やれやれ…)」
目覚めから何一つロクな事が起こらない今の状況に思わず天井を仰ぐ。
「あぁ、部屋の掃除か。」
独り言のような返事を零す。
まだ寝ることに対し未練が残っているのか、次の言葉が思い浮かばないでいる。
寝癖の頭を2・3度櫛上げて、部屋を見渡す。
給仕はまだ部屋の入口に立っている。
ただ、入ってきた時とは違い、今度はケンケーンと目をあわそうとしない。
じっと俯いたままで何かを待っている。
(早く出て行けと無言の催促か)
一瞬、邪推が脳裏を過ったが、与えられた仕事を精一杯こなそうとしているのだと、漸く動き始めた頭が思考を入れ替えた。
そろそろ動かなければと重い体を動かそうとした時に今度は給仕が口を開いた。
「あ、あのっ。」
顔はまだ床を向いたままだったが、何かを焦った声だった。
その声にベッドを降りる事を中断される。
「何か…お召し物を…。」
ケンケーンは自らの姿を確認する。
言われて気付くが、上半身は何も着てない状態だ。
もっとも、布団に隠れている下半身は昨晩の服を着たままであったが、給仕からみると何も纏っていないかも知れないと想像させるには充分な格好だった。
目に痛い日差しを手で遮る。
この調子だと今日一日は満足に動けそうにもない。
「それも良いか。」
昨日の今日で大して予定も入っていない。
このまま自堕落な一日を送っても良いだろうと諦めの思考を過らせる。
今のケンケーンには、そんな簡単な回答が精一杯だった。
まだ頭の中で響く酒の余韻がケンケーンの行動全てを制圧しているようだった。
結論を出してさえ横になることもしないまま、時間が過ぎてゆく。
そんな中、部屋の扉を開けて誰かが入ってくる。
厚ぼったい瞼を堪えて開き、開いた扉へと視線を向けると、その人物は見たことも無い若い女だった。
予期もせず入室者と視線が合う。
女もまさか人が居るとも思っていなかったのか、部屋の入口でどうすれば良いものか戸惑っている。
「お部屋のお掃除に…。」
その言葉は北部訛りのある声だった。
歳の頃は20代前半といったところか、都会の洗練された女性と比べ素朴な感じが拭いきれてない所が初々しい。
女の様子に、いつ久しく忘れていた清涼さを感じる。
欲を言えば、こうやって二日酔いの時ではなく素面のときにこそ似合う初対面であって欲しかったと昨日の暴挙を今更ながらに悔やむ。
「あ、あの…。」
仕事をし始めて間もないのか、このような事態の対処をしあぐねている。
入口に突っ立ったまま、怯えるような瞳がケンケーンの顔を窺っている。
出来るなら放っていて欲しいが、困惑する給仕を見るにその言葉を口に出すことは憚れた。
「(やれやれ…)」
目覚めから何一つロクな事が起こらない今の状況に思わず天井を仰ぐ。
「あぁ、部屋の掃除か。」
独り言のような返事を零す。
まだ寝ることに対し未練が残っているのか、次の言葉が思い浮かばないでいる。
寝癖の頭を2・3度櫛上げて、部屋を見渡す。
給仕はまだ部屋の入口に立っている。
ただ、入ってきた時とは違い、今度はケンケーンと目をあわそうとしない。
じっと俯いたままで何かを待っている。
(早く出て行けと無言の催促か)
一瞬、邪推が脳裏を過ったが、与えられた仕事を精一杯こなそうとしているのだと、漸く動き始めた頭が思考を入れ替えた。
そろそろ動かなければと重い体を動かそうとした時に今度は給仕が口を開いた。
「あ、あのっ。」
顔はまだ床を向いたままだったが、何かを焦った声だった。
その声にベッドを降りる事を中断される。
「何か…お召し物を…。」
ケンケーンは自らの姿を確認する。
言われて気付くが、上半身は何も着てない状態だ。
もっとも、布団に隠れている下半身は昨晩の服を着たままであったが、給仕からみると何も纏っていないかも知れないと想像させるには充分な格好だった。
なるほど先ほどから俯いていたのはそういう理由だったかとケンケーンは納得する。
そして再び視線を給仕へと戻すと給仕は耳まで真っ赤に染め上げている。
その仕草が何より純朴だった。
「脱いでるのは上だけだ、安心しろ。」
ベッドの傍らに脱ぎ捨ててある服を掴み肩にかけたまま扉まで進む。
入口に固まっていた給仕が慌てて道を空ける。
顔の紅潮はまだ収まっていないようで、まだ耳は真っ赤なままだ。
ずっと下を向いたままでケンケーンが出て行くのを待っている。
「お仕事ご苦労様。待たせて悪かったね。」
恐縮する給仕の肩を軽く叩き、ケンケーンは部屋を出た。
「まだ、香水をつけるというお洒落を知らんのやな…。」
そして再び視線を給仕へと戻すと給仕は耳まで真っ赤に染め上げている。
その仕草が何より純朴だった。
「脱いでるのは上だけだ、安心しろ。」
ベッドの傍らに脱ぎ捨ててある服を掴み肩にかけたまま扉まで進む。
入口に固まっていた給仕が慌てて道を空ける。
顔の紅潮はまだ収まっていないようで、まだ耳は真っ赤なままだ。
ずっと下を向いたままでケンケーンが出て行くのを待っている。
「お仕事ご苦労様。待たせて悪かったね。」
恐縮する給仕の肩を軽く叩き、ケンケーンは部屋を出た。
「まだ、香水をつけるというお洒落を知らんのやな…。」
そのままの足で食事処を兼ねる1階へと向かう。
昼食前の時間でまだ客の入りは疎らに席が埋まっている程度だった。
そんな店内を真っ直ぐに進み、客の入りを待つカウンター椅子の1つに腰を掛ける。
「おや、ケン坊。早い目覚めだね。」
昼用の仕込みに追われる女将が声をかける。
「ケン坊はよしてくれ。それより新しい娘を雇ったんやな。」
「ニュンの事かい。最近、何かと仕込みが忙しくてね。」
「そうなんや。世間擦れしてなくて良い娘やね。」
「ウチは枕やってないからね、手をつけないでおくれよ。」
痛い先手を打たれて返す言葉もなかった。
差し出されたエーテルに口をつける。
ただ、慣れない迎え酒の味はいつもより苦く感じた。
「ところでさ。ニュンって言ったっけ。彼女はどこの出身だい。」
「手をつけるなと言ったはずだよ。」
「いやさ、北っぽ言葉遣いだったからな。」
客が増えいよいよ忙しさの本番を迎えている。
「ニュンはそっちの出身だけど、これ以上は教えられないよ。」
女将は調理と配膳の手を休める事無く質問に答えている。
忙しそうなカウンターとは逆に、全く手持ち無沙汰な1人客はおまけで出されたパスタを頬張る。
ただ、暴飲のツケは全身の倦怠感だけでなく、味覚までどこかにしまいこんでしまっているらしく、折角の料理もまるで味がしなかった。
さらに言えばもう1つ。
好意に出されたが故に無理に押し込んだ先の胃までも本来の役割を果たすことを忘れているようだった。
まさに四重苦を強いられる昨晩の代償を払いつつ、なんとか全てを平らげた。
部屋の掃除はもう終わっただろうか、一度戻って当初の案どおりに過ごそうかと思ったが、新米給仕ニュンの仕事なだけに期待はできないだろうと、諦めて席を立った。
「ごちそうさん。」
「出かけるのかい。」
「あぁ、久々のセビリアやし、のんびり過ごすよ。」
「そうかい。二日酔いのアンタには贅沢な日和だ。精々、酔いを醒ましてくるんだね。」
ちくりちくりと痛い言葉を言う女将だ。
それでも歯に衣を着せるような物言いをされるよりずっとマシだ。
頑丈だが安物の椅子から離れ、へいへいと返事をしながら外へと向かった。
昼食前の時間でまだ客の入りは疎らに席が埋まっている程度だった。
そんな店内を真っ直ぐに進み、客の入りを待つカウンター椅子の1つに腰を掛ける。
「おや、ケン坊。早い目覚めだね。」
昼用の仕込みに追われる女将が声をかける。
「ケン坊はよしてくれ。それより新しい娘を雇ったんやな。」
「ニュンの事かい。最近、何かと仕込みが忙しくてね。」
「そうなんや。世間擦れしてなくて良い娘やね。」
「ウチは枕やってないからね、手をつけないでおくれよ。」
痛い先手を打たれて返す言葉もなかった。
差し出されたエーテルに口をつける。
ただ、慣れない迎え酒の味はいつもより苦く感じた。
「ところでさ。ニュンって言ったっけ。彼女はどこの出身だい。」
「手をつけるなと言ったはずだよ。」
「いやさ、北っぽ言葉遣いだったからな。」
客が増えいよいよ忙しさの本番を迎えている。
「ニュンはそっちの出身だけど、これ以上は教えられないよ。」
女将は調理と配膳の手を休める事無く質問に答えている。
忙しそうなカウンターとは逆に、全く手持ち無沙汰な1人客はおまけで出されたパスタを頬張る。
ただ、暴飲のツケは全身の倦怠感だけでなく、味覚までどこかにしまいこんでしまっているらしく、折角の料理もまるで味がしなかった。
さらに言えばもう1つ。
好意に出されたが故に無理に押し込んだ先の胃までも本来の役割を果たすことを忘れているようだった。
まさに四重苦を強いられる昨晩の代償を払いつつ、なんとか全てを平らげた。
部屋の掃除はもう終わっただろうか、一度戻って当初の案どおりに過ごそうかと思ったが、新米給仕ニュンの仕事なだけに期待はできないだろうと、諦めて席を立った。
「ごちそうさん。」
「出かけるのかい。」
「あぁ、久々のセビリアやし、のんびり過ごすよ。」
「そうかい。二日酔いのアンタには贅沢な日和だ。精々、酔いを醒ましてくるんだね。」
ちくりちくりと痛い言葉を言う女将だ。
それでも歯に衣を着せるような物言いをされるよりずっとマシだ。
頑丈だが安物の椅子から離れ、へいへいと返事をしながら外へと向かった。
数ヶ月ぶりのセビリアは特に何かが変わったという訳でもなく、いつもどおりの賑わいを見せている。
唯一変わったと思うのは、出航した時より季節が変わっているというぐらいで、何か新しいものは何も見つけられなかった。
何の思惑も無いままに街の中心から少し離れた大きな広場に着くと、木陰になるベンチへ無造作に横になる。
目覚めから頭の中で聞こえていた鈍い鐘の音は幾分収まってはきているが、時折訪れる雑踏との交響曲が神経を苛立たせる。
ただ、先ほど押し込んだ朝食とも昼食とも言えるパスタが頭痛の先にある満腹中枢を刺激し始めている。
木陰の涼しさと相俟ってゆっくりと眠気が訪れる。
「場所は違うが、まぁええか…。」
来訪者に抗う事無く目を閉じる。
幾許の時間を置かずして静かな寝息を立てていた。
唯一変わったと思うのは、出航した時より季節が変わっているというぐらいで、何か新しいものは何も見つけられなかった。
何の思惑も無いままに街の中心から少し離れた大きな広場に着くと、木陰になるベンチへ無造作に横になる。
目覚めから頭の中で聞こえていた鈍い鐘の音は幾分収まってはきているが、時折訪れる雑踏との交響曲が神経を苛立たせる。
ただ、先ほど押し込んだ朝食とも昼食とも言えるパスタが頭痛の先にある満腹中枢を刺激し始めている。
木陰の涼しさと相俟ってゆっくりと眠気が訪れる。
「場所は違うが、まぁええか…。」
来訪者に抗う事無く目を閉じる。
幾許の時間を置かずして静かな寝息を立てていた。
宿の1階にある食堂の賑わいは今が最高潮となっている。
周りに目ぼしい食事処がない立地条件の為か食事時はいつも混雑を極めていた。
もっとも本来は宿屋の看板を上げているのだが、そちらの方の客入りは芳しいといえるものではなかった。
それも店が港から離れていることの立地条件によるものだったが、主人夫婦は頑なに宿屋の看板を変える事無く経営を続けている。
まさに今は昼食時に目が回らんばかりに客が出入りし、新米のニュンも部屋の掃除が終わってからは、そちらの手伝いに回っている。
足が縺れそうなぐらいの混雑の中を右へ左へと忙しく動き回っている。
「ニュン!奥テーブルの料理あがったよ、持ってっておくれ。」
「おねーちゃん。注文取ってくれ。」
次から次へと押し寄せる注文と配膳の声に若いニュンの声が辛うじて反応している。
この宿で働くようになってから2ヶ月が過ぎたが、この忙しさにはまだ慣れないでいた。
さらに客の中にはニュンの手を止めてちょっかいを出す者もいて、そういったものも慣れない原因の1つでもあった。
周りに目ぼしい食事処がない立地条件の為か食事時はいつも混雑を極めていた。
もっとも本来は宿屋の看板を上げているのだが、そちらの方の客入りは芳しいといえるものではなかった。
それも店が港から離れていることの立地条件によるものだったが、主人夫婦は頑なに宿屋の看板を変える事無く経営を続けている。
まさに今は昼食時に目が回らんばかりに客が出入りし、新米のニュンも部屋の掃除が終わってからは、そちらの手伝いに回っている。
足が縺れそうなぐらいの混雑の中を右へ左へと忙しく動き回っている。
「ニュン!奥テーブルの料理あがったよ、持ってっておくれ。」
「おねーちゃん。注文取ってくれ。」
次から次へと押し寄せる注文と配膳の声に若いニュンの声が辛うじて反応している。
この宿で働くようになってから2ヶ月が過ぎたが、この忙しさにはまだ慣れないでいた。
さらに客の中にはニュンの手を止めてちょっかいを出す者もいて、そういったものも慣れない原因の1つでもあった。
ただ、忙し過ぎる時間はニュンにとって悪い意味だけではなかった。
この町に来てまだ日の浅い彼女には、この宿の主人夫婦以外に頼れる人もおらず、同世代の友人も居ない。
忙しさはそんな心細さを忘れさせてくれる貴重な時間だった。
この町に来てまだ日の浅い彼女には、この宿の主人夫婦以外に頼れる人もおらず、同世代の友人も居ない。
忙しさはそんな心細さを忘れさせてくれる貴重な時間だった。
息をするのさえ忘れそうになる時間帯をどうにか切り抜け、店内には空席がみえはじめている。
それに伴ってニュンも手を止めて待つ時間がゆっくりと増えてきた。
「どうやら一波終わったみたいだね。ニュン、もうここは良いから買い物へ言ってきてくれないかい。」
注文が一区切りついたのを見計らって奥の厨房から女将がカウンターへとやってきた。
「これに品物とお店を書いてるから、頼むわね。」
大きな買い物袋とメモを受け取る。
「それと、ついでに外でご飯でも食べておいで、いつもの賄いじゃ飽きちゃうだろうから。」
そう言って女将は買い物用の代金とは別に少々の小遣いを手渡した。
「はい、ありがとうございます。」
ニュンの声はまだ元気さが残っていた。
「元気ねぇ。若い証拠かしらね。さ、行ってらっしゃい。」
女将の見送りを受けてまだ数人の客が残る店内を抜けて昼下がりの街中へ歩き出した。
それに伴ってニュンも手を止めて待つ時間がゆっくりと増えてきた。
「どうやら一波終わったみたいだね。ニュン、もうここは良いから買い物へ言ってきてくれないかい。」
注文が一区切りついたのを見計らって奥の厨房から女将がカウンターへとやってきた。
「これに品物とお店を書いてるから、頼むわね。」
大きな買い物袋とメモを受け取る。
「それと、ついでに外でご飯でも食べておいで、いつもの賄いじゃ飽きちゃうだろうから。」
そう言って女将は買い物用の代金とは別に少々の小遣いを手渡した。
「はい、ありがとうございます。」
ニュンの声はまだ元気さが残っていた。
「元気ねぇ。若い証拠かしらね。さ、行ってらっしゃい。」
女将の見送りを受けてまだ数人の客が残る店内を抜けて昼下がりの街中へ歩き出した。
昼休憩を過ぎた町の中は忙しさを取り戻していた。
あちこちから聞こえる荷車を引く音や、仕事の為に通りを行き来する人も数を増やしている。
とりあえずは自分の遅い昼食を探さねばと大きな通りへと出る。
この町に来てまだ数ヶ月の為、小さな路地を自由に活用する高等な真似は出来ないため、何をするにしてもまずこの大通りを基準に行動していた。
今歩いている大通りには大小様々な店が様々な内容で軒を連ねている。
その中の1軒、いつもは素通りする瀟洒なカフェのテーブルへ腰を下ろす。
店員から渡されるメニューから適当なものを注文し漸く一息つくことが出来た。
あちこちから聞こえる荷車を引く音や、仕事の為に通りを行き来する人も数を増やしている。
とりあえずは自分の遅い昼食を探さねばと大きな通りへと出る。
この町に来てまだ数ヶ月の為、小さな路地を自由に活用する高等な真似は出来ないため、何をするにしてもまずこの大通りを基準に行動していた。
今歩いている大通りには大小様々な店が様々な内容で軒を連ねている。
その中の1軒、いつもは素通りする瀟洒なカフェのテーブルへ腰を下ろす。
店員から渡されるメニューから適当なものを注文し漸く一息つくことが出来た。
季節の野菜をふんだんに使ったパスタを美味しく頬張りながら手元のメモに目を通す。
最近になって買出しを任されるようになった。
まだまだセビリアの街中は不案内な所が多いものの、新しい仕入先の場合はいつもメモと一緒に簡単な地図が添えられていて、女将の気遣いが窺われる。
「あれ…。」
メモの内容を1つずつ確認していた中に今まで立ち寄ったことの無い店の名前が書かれている。
しかし、今日に限ってその店への地図が添えられていない。
もしかすると自分が受け取り損じたのかと、宿を出る前にカウンター越しに女将と話しをした時の記憶を辿ってみる。
何度繰り返しても預かったメモは1枚だけだった。
手の中でフォークをくるくると遊ばせながらどのようにするべきかと思索をめぐらせる。
「どうしよう、一度戻ろうかな。でも、そうすると夕刻までに戻れなくなりそうだし。」
パスタの最後の一口を頬張る。
「うん。戻るより他の店で道を聞いてみよう。」
メモをポケットへとしまいこみ、勢い良く席を立つ。
「御代、ここへ置いときまーす。」
最近になって買出しを任されるようになった。
まだまだセビリアの街中は不案内な所が多いものの、新しい仕入先の場合はいつもメモと一緒に簡単な地図が添えられていて、女将の気遣いが窺われる。
「あれ…。」
メモの内容を1つずつ確認していた中に今まで立ち寄ったことの無い店の名前が書かれている。
しかし、今日に限ってその店への地図が添えられていない。
もしかすると自分が受け取り損じたのかと、宿を出る前にカウンター越しに女将と話しをした時の記憶を辿ってみる。
何度繰り返しても預かったメモは1枚だけだった。
手の中でフォークをくるくると遊ばせながらどのようにするべきかと思索をめぐらせる。
「どうしよう、一度戻ろうかな。でも、そうすると夕刻までに戻れなくなりそうだし。」
パスタの最後の一口を頬張る。
「うん。戻るより他の店で道を聞いてみよう。」
メモをポケットへとしまいこみ、勢い良く席を立つ。
「御代、ここへ置いときまーす。」
木漏れ日の角度が少しだけ西からに向きを傾けた頃、広場のベンチに横たわるケンケーンは目を覚ました。
「本日2度目の目覚めか…。」
数多くの往来ある広場にも関わらずすっかり熟睡していた為か数時間前に感じた鈍さは幾分和らいでいる。
周りを見渡し、凡その時刻を測りながら今時刻までの自分の活動が褒められるものではないと字図からに笑いを浮かべる。
首や腰を軽くストレッチしながら頭の中のぼんやり感を吹き払っていく。
「さて、少しは仕事でもするか。」
まだ少しだけ軋み音のする体を引っ張り上げながら数時間ほど世話になった寝床を後に、その足は港へと歩いていく。
「本日2度目の目覚めか…。」
数多くの往来ある広場にも関わらずすっかり熟睡していた為か数時間前に感じた鈍さは幾分和らいでいる。
周りを見渡し、凡その時刻を測りながら今時刻までの自分の活動が褒められるものではないと字図からに笑いを浮かべる。
首や腰を軽くストレッチしながら頭の中のぼんやり感を吹き払っていく。
「さて、少しは仕事でもするか。」
まだ少しだけ軋み音のする体を引っ張り上げながら数時間ほど世話になった寝床を後に、その足は港へと歩いていく。
朝から昼にかけて行われる荷揚げを終えた港は、どことなく寂しさが漂い、その数十メートル手間に位置する市場とは相対を成しているように感じられる。
買出しの時間と重なったこの時間は買い物客と立ち話に熱中する人とで相応の混雑具合を見せている。
そんな二極性を持つ港周辺の隅に独特の雰囲気を盛った場所がある。
そこは一般の買い物客の姿はなく代わって店頭に並ぶのは何かがびっしりと書き込まれた紙が貼り付けられた掲示板である。
それらの一軒一軒の掲示板をさっと流し見し、時折メモを取りつつケンケーンはとある一軒の店へと入っていく。
「いらっしゃい。おや、あんたか。今日は何を持ってきたんだい?」
店の奥で商売仲間とゲームに興じていた店主が来店したケンケーンに挨拶する。
「ピリッと刺激的なものを持ってきたんだが、なんとも芳しくなさそうやな。」
期待はしていなかったものの悲しい予想が当った事に思わずも表情が険しく曇る。
「そうだな、ちょうど先週大きな入荷があったからな。どこもそれなりの在庫は抱えてるはずだな。」
野太い声店主は自慢の顎鬚に手を当てながら近況を語る。
もっとも頭の中は中断させてきた店奥のゲームの事で一杯なようで、話しの途中も再開を待たせている奥のテーブルに何度も目をやっている。
「先週か。ちょっとの差だったな。」
ぼりぼりと頭を掻き毟りながら、今日はなにをやってもツキの無い日だとぼやく。
「相場は海みたいなもんだ。」
「なんだそれを言うなら『生きモンみたい』ってヤツちゃうんか。」
「変動するには間違いないがな。」
再び顎鬚に手をやる店主はどこかしら自慢に満ちた顔で言葉を続ける。
「寄せて引いての繰り返しのようみ見えて、たまにやってくる大波を掴んだものが一躍のお立ち台ってやつだ。」
決め台詞を言い放ち店主は会心の面持ちだった。
ただ、その言葉の内容は一般的に面白くなく一端の交易者なら軽く一蹴するだろう物であることが悲しい現実であり、この店主の困ったクセであった。
「間違いない、反論の余地はなさそうやな。で、ここら辺の具合はどうなってん。」
ただでさえ体に力の入らない状態に追い討ちを掛けられ、肩をがっくりと落としながら近隣の街情報へと話題を変える。
自らの台詞に酔ったのか少し鼻息の荒い店主は上機嫌のまま再び話し始めた。
買出しの時間と重なったこの時間は買い物客と立ち話に熱中する人とで相応の混雑具合を見せている。
そんな二極性を持つ港周辺の隅に独特の雰囲気を盛った場所がある。
そこは一般の買い物客の姿はなく代わって店頭に並ぶのは何かがびっしりと書き込まれた紙が貼り付けられた掲示板である。
それらの一軒一軒の掲示板をさっと流し見し、時折メモを取りつつケンケーンはとある一軒の店へと入っていく。
「いらっしゃい。おや、あんたか。今日は何を持ってきたんだい?」
店の奥で商売仲間とゲームに興じていた店主が来店したケンケーンに挨拶する。
「ピリッと刺激的なものを持ってきたんだが、なんとも芳しくなさそうやな。」
期待はしていなかったものの悲しい予想が当った事に思わずも表情が険しく曇る。
「そうだな、ちょうど先週大きな入荷があったからな。どこもそれなりの在庫は抱えてるはずだな。」
野太い声店主は自慢の顎鬚に手を当てながら近況を語る。
もっとも頭の中は中断させてきた店奥のゲームの事で一杯なようで、話しの途中も再開を待たせている奥のテーブルに何度も目をやっている。
「先週か。ちょっとの差だったな。」
ぼりぼりと頭を掻き毟りながら、今日はなにをやってもツキの無い日だとぼやく。
「相場は海みたいなもんだ。」
「なんだそれを言うなら『生きモンみたい』ってヤツちゃうんか。」
「変動するには間違いないがな。」
再び顎鬚に手をやる店主はどこかしら自慢に満ちた顔で言葉を続ける。
「寄せて引いての繰り返しのようみ見えて、たまにやってくる大波を掴んだものが一躍のお立ち台ってやつだ。」
決め台詞を言い放ち店主は会心の面持ちだった。
ただ、その言葉の内容は一般的に面白くなく一端の交易者なら軽く一蹴するだろう物であることが悲しい現実であり、この店主の困ったクセであった。
「間違いない、反論の余地はなさそうやな。で、ここら辺の具合はどうなってん。」
ただでさえ体に力の入らない状態に追い討ちを掛けられ、肩をがっくりと落としながら近隣の街情報へと話題を変える。
自らの台詞に酔ったのか少し鼻息の荒い店主は上機嫌のまま再び話し始めた。
小一時間ほど店内で話しこんだ後、ケンケーンは再び街中へ戻る道を歩いていた。
本日唯一つの仕事もカラブリに終わってしまい手持ち無沙汰なまま、街中を歩き続ける。
もうすぐ夕暮れを迎えようとしている。
買い物客の足はさらに増して、目に映る風景のどれにも時刻に追われる人々で埋まっている。
このまま何もする事無く軽き続ける時間がいたずらに増えるのも精神衛生上良くないと、町の中央にある広場kあら見て西にある地位さな路地へと入っていく。
目当てはこの暫く先にある小さなカフェだ。
そこは値段や品揃えが優れている訳でもなかったが、その店から見える街並のそれがどことなく気に入ってから、数年来の贔屓にしていた。
本日唯一つの仕事もカラブリに終わってしまい手持ち無沙汰なまま、街中を歩き続ける。
もうすぐ夕暮れを迎えようとしている。
買い物客の足はさらに増して、目に映る風景のどれにも時刻に追われる人々で埋まっている。
このまま何もする事無く軽き続ける時間がいたずらに増えるのも精神衛生上良くないと、町の中央にある広場kあら見て西にある地位さな路地へと入っていく。
目当てはこの暫く先にある小さなカフェだ。
そこは値段や品揃えが優れている訳でもなかったが、その店から見える街並のそれがどことなく気に入ってから、数年来の贔屓にしていた。
歩きなれた道順を追って、そろそろ店の看板が見えようとしていた時だった。
数少ない人影の中に居並ぶ看板の1つ1つを注意深く確認するように歩く姿が目に映る。
「おや、あれは。」
その姿はごく最近、しかも身近なところで見覚えたものだった。
視線の先の女性は自分に気付いている人が居るとは知らず、ただ必死に何かを探しているふうだった。
「こんな所で何してん。」
はじめその問いかけが自分に向けられているとは気付かず、上を向いたままのニュンは目当ての店を探し続けている。
「無視すんなって。」
「え。あ、今朝の…。すみません。」
「買出しかい。それにしては時間が微妙だが…。」
買い物袋を提げるニュンの姿に連想を働かせるが、彼女が世話になっている宿屋の事を知るケンケーンにとっては、手伝いである彼女がこの時間にこの場所へ居る事が何か理由を秘めていると想像させた。
数少ない人影の中に居並ぶ看板の1つ1つを注意深く確認するように歩く姿が目に映る。
「おや、あれは。」
その姿はごく最近、しかも身近なところで見覚えたものだった。
視線の先の女性は自分に気付いている人が居るとは知らず、ただ必死に何かを探しているふうだった。
「こんな所で何してん。」
はじめその問いかけが自分に向けられているとは気付かず、上を向いたままのニュンは目当ての店を探し続けている。
「無視すんなって。」
「え。あ、今朝の…。すみません。」
「買出しかい。それにしては時間が微妙だが…。」
買い物袋を提げるニュンの姿に連想を働かせるが、彼女が世話になっている宿屋の事を知るケンケーンにとっては、手伝いである彼女がこの時間にこの場所へ居る事が何か理由を秘めていると想像させた。
ケンケーンの登場はニュンにとって願っても無い助け舟に感じられた。
しかし、それと同時に昼間に見た部屋での出来事も瞬時に思い出してしまい、表現できない恥ずかしさが込み上げてきて思わず言葉をどもらせてしまう。
「買出しなんですけど、道に迷ってしまって。いえ、何度も聞いたんです。…はい、でもなかなか見つけられなくて。」
その声はかすかに震えていた。
手に持っていたメモを恐る恐るケンケーンへと見せる。
何度も読み直したのだろう、メモはすっかり草臥れてしまっている。
「どれ…。この店は反対側だな。この近くにも似た名前の店があるんだが、そこは関係ないだろうな。」
ニュンにとってそれは最も聞きたくない言葉の1つだった。
今まで必死に探していたのは何だったのだろうかと、肩が崩れる。
「そうですか…。」
先ほどにもまして声が小さくなったニュンの姿を目の当たりにする。
「ま、この店は見つけ辛いからな。この時間だと大分遅れてるんやろ、案内したろ。」
そう言ってケンケーンは今来た道を戻り始めた。
畏まっていたニュンは急いでその後姿についてゆく。
「はい、ありがとうございます。」
幾分元気さを取り戻した声だった。
それとは反対にケンケーンの呟きにはどこにも覇気が感じられない。
「それにしても、今日はなにもかもが上手くいかんな…」
口から出るのは小さな溜息と愚痴だった。
「あの、案内いただけるのは嬉しいのですが。ご迷惑でなかったでしょうか。」
雰囲気を察してか否かニュンはケンケーンの心情を窺っている。
(こんな娘っ子にこれだけ心配されりゃ世話ないな…。)
ケンケーンの足取りは思惑が外れたにおいを漂わせていた。
しかし、それと同時に昼間に見た部屋での出来事も瞬時に思い出してしまい、表現できない恥ずかしさが込み上げてきて思わず言葉をどもらせてしまう。
「買出しなんですけど、道に迷ってしまって。いえ、何度も聞いたんです。…はい、でもなかなか見つけられなくて。」
その声はかすかに震えていた。
手に持っていたメモを恐る恐るケンケーンへと見せる。
何度も読み直したのだろう、メモはすっかり草臥れてしまっている。
「どれ…。この店は反対側だな。この近くにも似た名前の店があるんだが、そこは関係ないだろうな。」
ニュンにとってそれは最も聞きたくない言葉の1つだった。
今まで必死に探していたのは何だったのだろうかと、肩が崩れる。
「そうですか…。」
先ほどにもまして声が小さくなったニュンの姿を目の当たりにする。
「ま、この店は見つけ辛いからな。この時間だと大分遅れてるんやろ、案内したろ。」
そう言ってケンケーンは今来た道を戻り始めた。
畏まっていたニュンは急いでその後姿についてゆく。
「はい、ありがとうございます。」
幾分元気さを取り戻した声だった。
それとは反対にケンケーンの呟きにはどこにも覇気が感じられない。
「それにしても、今日はなにもかもが上手くいかんな…」
口から出るのは小さな溜息と愚痴だった。
「あの、案内いただけるのは嬉しいのですが。ご迷惑でなかったでしょうか。」
雰囲気を察してか否かニュンはケンケーンの心情を窺っている。
(こんな娘っ子にこれだけ心配されりゃ世話ないな…。)
ケンケーンの足取りは思惑が外れたにおいを漂わせていた。
宿へ戻ると女将の小さな叱責とねぎらいの言葉が待っていた。
あれからずっと同行して宿まで送り届けたケンケーンは巻き添え食らった挙句に、個別に小言を聞かされている。
「あんた、何もしてないだろうね。」
それが言わば窮地を救った人物への言葉なのかと耳を疑う。
先ほどまでとは違って女将の心配は別方向へ向いているようだが、その真剣さは戻ってきた時の声色とは違ってどこか感謝の意味合いを込めたようにも取れた。
「そこまで日照りやないで。もっとも女将さんの子なら尚更や。」
長々と聞かされる小言にうんざりしながらどうにか会話を途切れさせられないかと適当な相槌を打っている。
女将の姿の奥では宿の仕事手伝いに戻ったニュンが忙しそうに動き回っている。
その表情は生気を取り戻していて、しっかりと看板娘のような顔になっている。
(よー働くなぁ…)
今日1日の自分と比較するには相手にならないほどの元気さに溢れている。
「ところでケン坊、今日は食べていくのかい。」
長い長い女将の小言がようやく終わりそうな気配を見せた。
「また出るんやが。とりあえず1杯貰おうかな。」
「そうかい。送ってくれたお礼にその1杯はタダにしてあげるよ。」
そう行って女将は厨房へと向かった。
1階の食堂は徐々に客の顔が増え始め、夕飯の時刻を迎え始めた事を告げいてる。
朝と同じカウンターの椅子に座ると、1杯のブランデーと鶏肉オリーブ油炒めが出てくる。
時折、近くを通る女将やニュンと会話を混ぜつつ、結局それから3杯のグラスを空にしていた。
あれからずっと同行して宿まで送り届けたケンケーンは巻き添え食らった挙句に、個別に小言を聞かされている。
「あんた、何もしてないだろうね。」
それが言わば窮地を救った人物への言葉なのかと耳を疑う。
先ほどまでとは違って女将の心配は別方向へ向いているようだが、その真剣さは戻ってきた時の声色とは違ってどこか感謝の意味合いを込めたようにも取れた。
「そこまで日照りやないで。もっとも女将さんの子なら尚更や。」
長々と聞かされる小言にうんざりしながらどうにか会話を途切れさせられないかと適当な相槌を打っている。
女将の姿の奥では宿の仕事手伝いに戻ったニュンが忙しそうに動き回っている。
その表情は生気を取り戻していて、しっかりと看板娘のような顔になっている。
(よー働くなぁ…)
今日1日の自分と比較するには相手にならないほどの元気さに溢れている。
「ところでケン坊、今日は食べていくのかい。」
長い長い女将の小言がようやく終わりそうな気配を見せた。
「また出るんやが。とりあえず1杯貰おうかな。」
「そうかい。送ってくれたお礼にその1杯はタダにしてあげるよ。」
そう行って女将は厨房へと向かった。
1階の食堂は徐々に客の顔が増え始め、夕飯の時刻を迎え始めた事を告げいてる。
朝と同じカウンターの椅子に座ると、1杯のブランデーと鶏肉オリーブ油炒めが出てくる。
時折、近くを通る女将やニュンと会話を混ぜつつ、結局それから3杯のグラスを空にしていた。
宵を迎え、食堂の賑々しさが増した頃、ケンケーンは宿を出て夜の道を歩いていた。
辺りはまだ今日一日の勤めをねぎらう楽しげな声が響いていて、行き交う人々の表情もどこか明るい。
通りを吹き抜ける風はどこか生暖かくて暑くなく寒くなく過ごしやすい。
辺りはまだ今日一日の勤めをねぎらう楽しげな声が響いていて、行き交う人々の表情もどこか明るい。
通りを吹き抜ける風はどこか生暖かくて暑くなく寒くなく過ごしやすい。
中央広場の手前で何度か路地を曲がり、彼が雇う船員達が集まる酒場へと到着する。
古ぼけた安っぽい扉を開けると、先ほどの宿とは違った趣を見せる店内へと入っていく。
ちょうど通りかかった看板娘がいらっしゃいと声を掛けてくる。
特筆するほどの美人ではないが、酒場娘独特の愛嬌がある。
ぐるりと店内を見渡し空席を探す酒場娘だったが、それより早く船員達の座る席を見つけたケンケーンは軽い挨拶と酒を1杯注文して盛り上がっている店中へと入っていく。
古ぼけた安っぽい扉を開けると、先ほどの宿とは違った趣を見せる店内へと入っていく。
ちょうど通りかかった看板娘がいらっしゃいと声を掛けてくる。
特筆するほどの美人ではないが、酒場娘独特の愛嬌がある。
ぐるりと店内を見渡し空席を探す酒場娘だったが、それより早く船員達の座る席を見つけたケンケーンは軽い挨拶と酒を1杯注文して盛り上がっている店中へと入っていく。
「おやっ。提督、ここへ来られるなんざ珍しいですね。」
すでに出来上がっている船員の1人が早速ケンケーンを見つけた。
鼻の頭を真っ赤に染めて、相応の酒をこなしているのが容易に見て取れる。
それにテーブルの上をみれば彼等がどれだけ飲んでいるか大よその察しがつくほど見事な散乱ぶりだった。
「だいぶ心地よくやっとるやないか。」
届いたばかりの酒に口をつけながらケンケーンは彼等の戦っぷりを皮肉った。
「同じ酒でも、陸で飲むとまた違った味がするんですよ。」
少々呂律の怪しい1人が自信気に語っている。
その言葉に何人かが深く頷き同調するような声を出している。
「確かにしみったれたお前等と飲む船酒よりこの酒の方が万倍も美味い気がするな。」
再び何名かが頷いている。
「そりゃひでぇ話じゃないですか。俺ぁ提督と飲む酒は大好きですぜ。」
「俺の財布はお前等が嫌いと言ってるが。」
「見抜かれてやしたか。」
またテーブルに爆笑が湧き起こる。
「ところで、ここに来たのはどんな用件で。」
しっかりとグラスを握り、顔の赤くなり始めた副官が提督の用向きを聞く。
それが何杯目かは知る由もないが、最初の1杯でないという事だけはその顔を見て分かる。
「波が少々穏やか過ぎなんや。投げるにはちょいと厳しそうでな。」
「下がり傾向ですか。」
「底は打ってる話やが、上がるまではそれなりにかかるやろうな。」
副官は少し頷くと陽気に飲んでいる船員達に問いかける。
「土産についてなんか良い話聞いてないか。」
各自、他の船で世話になっている同業者から仕入れた話を思い出す素振りをする船員達。
その中の1人、先ほどの呂律が怪しい船員が何かを思い出したように口を開く。
「そういえば、ジェノヴァ帰りの船員に聞いた話ですが。あっちは最近船の入りが少ないそうで。上手く投げられたと聞きましたぜ。」
すでに出来上がっている船員の1人が早速ケンケーンを見つけた。
鼻の頭を真っ赤に染めて、相応の酒をこなしているのが容易に見て取れる。
それにテーブルの上をみれば彼等がどれだけ飲んでいるか大よその察しがつくほど見事な散乱ぶりだった。
「だいぶ心地よくやっとるやないか。」
届いたばかりの酒に口をつけながらケンケーンは彼等の戦っぷりを皮肉った。
「同じ酒でも、陸で飲むとまた違った味がするんですよ。」
少々呂律の怪しい1人が自信気に語っている。
その言葉に何人かが深く頷き同調するような声を出している。
「確かにしみったれたお前等と飲む船酒よりこの酒の方が万倍も美味い気がするな。」
再び何名かが頷いている。
「そりゃひでぇ話じゃないですか。俺ぁ提督と飲む酒は大好きですぜ。」
「俺の財布はお前等が嫌いと言ってるが。」
「見抜かれてやしたか。」
またテーブルに爆笑が湧き起こる。
「ところで、ここに来たのはどんな用件で。」
しっかりとグラスを握り、顔の赤くなり始めた副官が提督の用向きを聞く。
それが何杯目かは知る由もないが、最初の1杯でないという事だけはその顔を見て分かる。
「波が少々穏やか過ぎなんや。投げるにはちょいと厳しそうでな。」
「下がり傾向ですか。」
「底は打ってる話やが、上がるまではそれなりにかかるやろうな。」
副官は少し頷くと陽気に飲んでいる船員達に問いかける。
「土産についてなんか良い話聞いてないか。」
各自、他の船で世話になっている同業者から仕入れた話を思い出す素振りをする船員達。
その中の1人、先ほどの呂律が怪しい船員が何かを思い出したように口を開く。
「そういえば、ジェノヴァ帰りの船員に聞いた話ですが。あっちは最近船の入りが少ないそうで。上手く投げられたと聞きましたぜ。」
そのほかにも口を開いた船員が何名かいたが、どれも良い感触を得られるものではなく、興味深い話はその船員が発したものだけだった。
結論としては西地中海の相場はどこも芳しくないのが大体だった。
全ての情報が出尽くすと、ケンケーンはぐいっとグラスの酒を喉の奥へと流し込んだ。
「どうなされます。」
タイミングを計るように副官が問うた。
それに対しケンケーンは少し考えていた。
一同は酒を飲みながらも耳を向ける。
元々、相場には大きな期待を寄せていなかったが、予想よりも下を行く相場での荷降ろしは交易所の親父が嬉しがるだけであり、赤字にはならなくとも、それはそれで何か引っかかるものを感じてしまう。
そう考えると出てくる答えは1つだった。
「週末までやな。」
そう答えると更にもう1杯の酒を注文した。
「来週頭に出るということですね。」
副官が念を押すように質問する。
その通りと返事をすると、運ばれてきた酒に手を伸ばす。
「折角のセビリアやし。もうちょい遊びたいやろ。」
船員達は大いに頷き、その通りだと口をそろえた。
「それに、俺もお前等の顔見続ける生活はもうちょい後でええわ。」
「提督、そりゃひでぇ。」
再びテーブルに男達の笑い声が戻ってきた。
「そういう事で後は頼んだで。俺は戻って寝る。」
「おや、提督。もうお終いですかぃ。」
席を立とうとした所に声が掛かる。
ケンケーンとしては、いい具合に酒も飲み、伝えたいこと聞きたい事も終わって居座る理由もなかったが、船員達にはそうはいかなかった。
「もうちょっと飲んでいきやしょうや。」
「おいおい。昨日の酒抜くのに1日掛かった、今日はゆっくりするわ。」
そう言ってけん卿はテーブルに自身の飲み代を置いた。
どうにか繋ぎ止めたい船員達は副官の方を見る。
視線を感じた副官はぐるりと船員達を見渡すと、はぁと溜息をついて口を開いた。
「お前等、提督はこうみえて忙しい身なのだ。特に、宿に待たせている時ならそこらの気遣いを忘れてはダメだ。」
副官の台詞に一度は浮かしたケンケーンの腰が再びどっかりと椅子に納まった。
「提督、どうかお気になさらず。どうぞ。」
底意地の悪さを隠すような笑みを浮かべた副官がそこに居た。
「いつからそんな性格になったんや。」
「いえいぇ。裏表のない気遣いで。」
「これじゃ押しても引いても俺が悪者やんか。あぁ分かった、ここが俺の席やなっ。」
「よろしいので。」
副官は先ほどの笑顔を再び作っている。
「えーから酒注文せい。」
船員達がどっと沸きあがった。
これで今日は飲み代を気にすることなくなった。
ケンケーンは得意満面の副官を横目に残っていた酒を一気に飲み干した。
その姿を見た船員達はどっと沸きあがる。
「おい、姉ちゃん。酒、じゃんじゃん持ってこい。」
そのテーブルが静かになるのはそれから数時間後の事で、店が看板を迎える時刻だった。
結論としては西地中海の相場はどこも芳しくないのが大体だった。
全ての情報が出尽くすと、ケンケーンはぐいっとグラスの酒を喉の奥へと流し込んだ。
「どうなされます。」
タイミングを計るように副官が問うた。
それに対しケンケーンは少し考えていた。
一同は酒を飲みながらも耳を向ける。
元々、相場には大きな期待を寄せていなかったが、予想よりも下を行く相場での荷降ろしは交易所の親父が嬉しがるだけであり、赤字にはならなくとも、それはそれで何か引っかかるものを感じてしまう。
そう考えると出てくる答えは1つだった。
「週末までやな。」
そう答えると更にもう1杯の酒を注文した。
「来週頭に出るということですね。」
副官が念を押すように質問する。
その通りと返事をすると、運ばれてきた酒に手を伸ばす。
「折角のセビリアやし。もうちょい遊びたいやろ。」
船員達は大いに頷き、その通りだと口をそろえた。
「それに、俺もお前等の顔見続ける生活はもうちょい後でええわ。」
「提督、そりゃひでぇ。」
再びテーブルに男達の笑い声が戻ってきた。
「そういう事で後は頼んだで。俺は戻って寝る。」
「おや、提督。もうお終いですかぃ。」
席を立とうとした所に声が掛かる。
ケンケーンとしては、いい具合に酒も飲み、伝えたいこと聞きたい事も終わって居座る理由もなかったが、船員達にはそうはいかなかった。
「もうちょっと飲んでいきやしょうや。」
「おいおい。昨日の酒抜くのに1日掛かった、今日はゆっくりするわ。」
そう言ってけん卿はテーブルに自身の飲み代を置いた。
どうにか繋ぎ止めたい船員達は副官の方を見る。
視線を感じた副官はぐるりと船員達を見渡すと、はぁと溜息をついて口を開いた。
「お前等、提督はこうみえて忙しい身なのだ。特に、宿に待たせている時ならそこらの気遣いを忘れてはダメだ。」
副官の台詞に一度は浮かしたケンケーンの腰が再びどっかりと椅子に納まった。
「提督、どうかお気になさらず。どうぞ。」
底意地の悪さを隠すような笑みを浮かべた副官がそこに居た。
「いつからそんな性格になったんや。」
「いえいぇ。裏表のない気遣いで。」
「これじゃ押しても引いても俺が悪者やんか。あぁ分かった、ここが俺の席やなっ。」
「よろしいので。」
副官は先ほどの笑顔を再び作っている。
「えーから酒注文せい。」
船員達がどっと沸きあがった。
これで今日は飲み代を気にすることなくなった。
ケンケーンは得意満面の副官を横目に残っていた酒を一気に飲み干した。
その姿を見た船員達はどっと沸きあがる。
「おい、姉ちゃん。酒、じゃんじゃん持ってこい。」
そのテーブルが静かになるのはそれから数時間後の事で、店が看板を迎える時刻だった。
(続く)