「Amor torpe」Ⅵ
ニュンが久々に戻り家族全員が揃ったという事で賑やかな晩餐となった。
母親は腕によりをかけテーブルを埋め尽くすほどの料理を作り、その心境を表している。
兄弟達は大きな町で生活するニュンから都会について聞き出そうと質問攻めしている。
ずっとこの村で過ごしてきた兄弟達も大きな町への憧れがあるのだろう。
そんな我が子たちの様子をじっと見ていた父親だったが、ふと口を開いた。
「ところでニュン。都会へ出て恋人は出来たのか。」
「え…?」
まさか父親からこういう手合いの話が出るとは思いもしなかった。
「姉さん、どうなの?まさかケンケーンさんが?」
兄弟達は何かを期待するような眼差しを向けている。
思わず事態にケンケーンの方を振り返る。
しかし、ケンケーンはそんなニュンの動揺を気にも留めず珍しい郷土料理に舌鼓を打っていた。
「えっと…。そう、お仕事覚えるので手一杯だし、そんな暇は…。」
「ちぇっ。面白くなーい。」
なぜかその場はお茶を濁すような返事をしてしまった。
『この人、ケンケーンさんと結婚の約束をしています。』
そう言ってしまっても良かったはずなのに、何かを咎められるような感覚がニュンの台詞を変えてしまった。
「そうか…。」
一言そう呟くと父親はそれ以上の詮索はせず家族の団欒を楽しむように酒を呷った。
それからも晩さんは続き、ようやくお開きとなったのはかなり夜更けになった頃だった。
母親は腕によりをかけテーブルを埋め尽くすほどの料理を作り、その心境を表している。
兄弟達は大きな町で生活するニュンから都会について聞き出そうと質問攻めしている。
ずっとこの村で過ごしてきた兄弟達も大きな町への憧れがあるのだろう。
そんな我が子たちの様子をじっと見ていた父親だったが、ふと口を開いた。
「ところでニュン。都会へ出て恋人は出来たのか。」
「え…?」
まさか父親からこういう手合いの話が出るとは思いもしなかった。
「姉さん、どうなの?まさかケンケーンさんが?」
兄弟達は何かを期待するような眼差しを向けている。
思わず事態にケンケーンの方を振り返る。
しかし、ケンケーンはそんなニュンの動揺を気にも留めず珍しい郷土料理に舌鼓を打っていた。
「えっと…。そう、お仕事覚えるので手一杯だし、そんな暇は…。」
「ちぇっ。面白くなーい。」
なぜかその場はお茶を濁すような返事をしてしまった。
『この人、ケンケーンさんと結婚の約束をしています。』
そう言ってしまっても良かったはずなのに、何かを咎められるような感覚がニュンの台詞を変えてしまった。
「そうか…。」
一言そう呟くと父親はそれ以上の詮索はせず家族の団欒を楽しむように酒を呷った。
それからも晩さんは続き、ようやくお開きとなったのはかなり夜更けになった頃だった。
ニュンは両親からの勧めと兄弟からの懇願もありその日から7日間自らが生まれ育った村で過ごした。
毎日村の友人たちと会い、セビリアの生活では得られなかったものを存分に楽しんでいた。
一方、ケンケーンもニュンと同じだけ村に滞在していた。
船乗りだけに山での生活の殆どが未体験なため、何もかもが目新しく楽しく過ごしていた。
家人はニュンの知り合いとあって下にも置かないよう歓待してくれた。
ケンケーンにはとてもありがたい事だったが、日が経つにつれ少しずつ家人の手伝いをするようになっていた。
今日も空いた時間に薪割りを始めていた。
それを見たニュンの母親はゆっくり過ごしてくれと伝えたが、
「体を動かさないと鈍ってしまうので、お気遣いなく使ってください。」
そういって額に汗をかいていた。
それを見かねた母親は客人を働かせて我が家の恥にならないかと仕事から戻った父親へ相談していた。
「ふむ。分かった。」
仕事道具を片付けると、父親は裏庭へと向かった。
ケンケーンは割り終えた薪を倉庫へと片付けている最中だった。
「ケンケーン君。ちょっと良いかな。」
汗にまみれる青年を呼び寄せると、その場を離れ裏山のほとりを流れる川の岸辺まで連れ出した。
「ここ数日。何かと手伝ってくれてるようだね。」
父親は野良仕事で疲れた手を洗いながら言った。
「長々とご厄介になってるもんで。何ほどのお返しにもなってませんが。」
「町の人間はもっと味気の無いかと思っていたが、君は違うらしい。なに、うちの家内が、君が手伝いをしてくれてる事を気にしていてね。」
腰に提げたタオルで手を拭きつつ、なぜか嬉しそうな表情をしている。
「でも、君はそういう性分なんだろう。気にしないでくれ。」
「はぁ…。」
「ところで、娘の事なんだが。大きな町でやっていけてるかね。」
丁度良い大きさの岩へ腰を降ろしながら、都会で生活する娘の事を切り出した。
「とても頑張って居られます。仕事場での評判も上々のようです。」
返事を聞いた父親は嬉しそうに何度か頷いた。
「あれは村に置くにはお転婆過ぎる。かと言って都会でやっていけるとは思えなかったがどうやらとんだ見立て違いだったかな。」
父親は首筋をタオルで拭いながら声を出して笑った。
「町へ行くと言い出した時はおどろいたが、上手くやっていけてるならそれで良い。」
娘を思う父親の言葉を聞いたケンケーンは思わず身を正した。
更に、こういう都会かから離れた村の人はもっと石頭だというイメージを持っていたケンケーンだったが、目の前にいる人物はそういう事を感じさせなかった。
目から鱗が取れるような感覚と、ある種の畏敬にも似たものを父親から感じていた。
そうやって緊張するケンケーンに対し、父親はあっさりと肝心の話題を切り出した。
「ケンケーン君。娘は我侭だやっていけるかね。」
その視線は真っ直ぐに目の前の青年へ向けられている。
機を見て話そうと思っていた事を先に言われる形となったケンケーンだったが父親と正対すると堂々と答えた。
「はい。何事に変えてでも。」
その姿を見た父親は再び大きく頷いた。
「ありがとう。」
ケンケーンは深々と頭を下げた。
毎日村の友人たちと会い、セビリアの生活では得られなかったものを存分に楽しんでいた。
一方、ケンケーンもニュンと同じだけ村に滞在していた。
船乗りだけに山での生活の殆どが未体験なため、何もかもが目新しく楽しく過ごしていた。
家人はニュンの知り合いとあって下にも置かないよう歓待してくれた。
ケンケーンにはとてもありがたい事だったが、日が経つにつれ少しずつ家人の手伝いをするようになっていた。
今日も空いた時間に薪割りを始めていた。
それを見たニュンの母親はゆっくり過ごしてくれと伝えたが、
「体を動かさないと鈍ってしまうので、お気遣いなく使ってください。」
そういって額に汗をかいていた。
それを見かねた母親は客人を働かせて我が家の恥にならないかと仕事から戻った父親へ相談していた。
「ふむ。分かった。」
仕事道具を片付けると、父親は裏庭へと向かった。
ケンケーンは割り終えた薪を倉庫へと片付けている最中だった。
「ケンケーン君。ちょっと良いかな。」
汗にまみれる青年を呼び寄せると、その場を離れ裏山のほとりを流れる川の岸辺まで連れ出した。
「ここ数日。何かと手伝ってくれてるようだね。」
父親は野良仕事で疲れた手を洗いながら言った。
「長々とご厄介になってるもんで。何ほどのお返しにもなってませんが。」
「町の人間はもっと味気の無いかと思っていたが、君は違うらしい。なに、うちの家内が、君が手伝いをしてくれてる事を気にしていてね。」
腰に提げたタオルで手を拭きつつ、なぜか嬉しそうな表情をしている。
「でも、君はそういう性分なんだろう。気にしないでくれ。」
「はぁ…。」
「ところで、娘の事なんだが。大きな町でやっていけてるかね。」
丁度良い大きさの岩へ腰を降ろしながら、都会で生活する娘の事を切り出した。
「とても頑張って居られます。仕事場での評判も上々のようです。」
返事を聞いた父親は嬉しそうに何度か頷いた。
「あれは村に置くにはお転婆過ぎる。かと言って都会でやっていけるとは思えなかったがどうやらとんだ見立て違いだったかな。」
父親は首筋をタオルで拭いながら声を出して笑った。
「町へ行くと言い出した時はおどろいたが、上手くやっていけてるならそれで良い。」
娘を思う父親の言葉を聞いたケンケーンは思わず身を正した。
更に、こういう都会かから離れた村の人はもっと石頭だというイメージを持っていたケンケーンだったが、目の前にいる人物はそういう事を感じさせなかった。
目から鱗が取れるような感覚と、ある種の畏敬にも似たものを父親から感じていた。
そうやって緊張するケンケーンに対し、父親はあっさりと肝心の話題を切り出した。
「ケンケーン君。娘は我侭だやっていけるかね。」
その視線は真っ直ぐに目の前の青年へ向けられている。
機を見て話そうと思っていた事を先に言われる形となったケンケーンだったが父親と正対すると堂々と答えた。
「はい。何事に変えてでも。」
その姿を見た父親は再び大きく頷いた。
「ありがとう。」
ケンケーンは深々と頭を下げた。
「どこでお気づきになっていたのですか。」
家へ続く小道を2人で歩きながら、ケンケーンは父親に尋ねた。
「この数日、君たちを見ていれば分かるさ。家内も気付いているようだし。」
「そうでしたか…。しかし、その本当に娘さんを託していただけるのでしょうか。」
父親の許しを得たケンケーンだったが、何かすっきりとしないものを感じている。
『本当に娘を幸せにできるのか。』
『何をしているのか。』
『お前のような者に娘はやれん。』
など、世間ではもっと熾烈なやりとりがあると覚悟していたが、このような展開は一片すら予想していなかった。
「気にすることはない。それに…。」
話の途中で父親がひどく咳き込み始めた。
「な…なに。いつもの発作だ…。」
その場に屈み息する間もないような咳をしている。
「大丈夫ですかっ。」
「…も、もぅ大丈夫だ。」
口を押さえていたタオルをポケットへ押し込むと父親はゆっくりと立ち上がった。
1・2度、深く息を吸い込み荒れた呼吸を落ち着かせる。
「最近、村で感冒が流行っていてな。なに、気にすることじゃない。」
「…そうですか。」
父親は額に汗を浮かべながらも、ケンケーンの心情を逸らすかのように平気な表情を取り戻した。
「さぁ、腹も減った。帰るか。」
ケンケーンを促し家路へと戻った。
家へ続く小道を2人で歩きながら、ケンケーンは父親に尋ねた。
「この数日、君たちを見ていれば分かるさ。家内も気付いているようだし。」
「そうでしたか…。しかし、その本当に娘さんを託していただけるのでしょうか。」
父親の許しを得たケンケーンだったが、何かすっきりとしないものを感じている。
『本当に娘を幸せにできるのか。』
『何をしているのか。』
『お前のような者に娘はやれん。』
など、世間ではもっと熾烈なやりとりがあると覚悟していたが、このような展開は一片すら予想していなかった。
「気にすることはない。それに…。」
話の途中で父親がひどく咳き込み始めた。
「な…なに。いつもの発作だ…。」
その場に屈み息する間もないような咳をしている。
「大丈夫ですかっ。」
「…も、もぅ大丈夫だ。」
口を押さえていたタオルをポケットへ押し込むと父親はゆっくりと立ち上がった。
1・2度、深く息を吸い込み荒れた呼吸を落ち着かせる。
「最近、村で感冒が流行っていてな。なに、気にすることじゃない。」
「…そうですか。」
父親は額に汗を浮かべながらも、ケンケーンの心情を逸らすかのように平気な表情を取り戻した。
「さぁ、腹も減った。帰るか。」
ケンケーンを促し家路へと戻った。
その日の晩は何事もなく過ぎ去った。
しかし、父親が昨日言ったことが気になったケンケーンはニュンを連れ出し村の散策へ出かけた。
「どうしたんですか。」
「いぁ、村を案内してもらおうと思ってな。」
「1人でぶらぶらするのも飽きたんですね。」
「まぁ、そんな所だ。」
ニュンが居てくれるお陰で村の人から聞きたい話もできた。
そして聞いた話の中から本当に欲しいと思った事を纏めると、ケンケーンの不安はほぼ的中に近い結論となった。
「やはり…。」
同伴したニュンは今までに見たことの無いケンケーンの姿、特に時折ぶつぶつと独り言を繰り返す姿を不思議に感じていた。
3日目の聞き込みが終わって自宅へ戻ると、すぐにケンケーンは部屋へと戻り手紙を認めた。
「ニュン。早馬の配達を扱っているところはあるか?」
「んー。早馬ってのはないけど、急ぎだって頼むとすぐやってくれるよ。」
「そうか、それはどこや。」
「何?手紙? じゃ、私が届けてあげる。ちょうどお買い物へ出るから。」
「あぁ、済まんな。」
そう言ってニュンへ認めたばかりの手紙5通を手渡した。
「こんなに?ま、良いけど。それじゃ行ってくるね。」
買い物籠を振りながら元気よくニュンは出かけていった。
「杞憂で終わればえんやがな…。」
ぼそりと呟くとケンケーンは父親を探しに山へと出かけていった。
しかし、父親が昨日言ったことが気になったケンケーンはニュンを連れ出し村の散策へ出かけた。
「どうしたんですか。」
「いぁ、村を案内してもらおうと思ってな。」
「1人でぶらぶらするのも飽きたんですね。」
「まぁ、そんな所だ。」
ニュンが居てくれるお陰で村の人から聞きたい話もできた。
そして聞いた話の中から本当に欲しいと思った事を纏めると、ケンケーンの不安はほぼ的中に近い結論となった。
「やはり…。」
同伴したニュンは今までに見たことの無いケンケーンの姿、特に時折ぶつぶつと独り言を繰り返す姿を不思議に感じていた。
3日目の聞き込みが終わって自宅へ戻ると、すぐにケンケーンは部屋へと戻り手紙を認めた。
「ニュン。早馬の配達を扱っているところはあるか?」
「んー。早馬ってのはないけど、急ぎだって頼むとすぐやってくれるよ。」
「そうか、それはどこや。」
「何?手紙? じゃ、私が届けてあげる。ちょうどお買い物へ出るから。」
「あぁ、済まんな。」
そう言ってニュンへ認めたばかりの手紙5通を手渡した。
「こんなに?ま、良いけど。それじゃ行ってくるね。」
買い物籠を振りながら元気よくニュンは出かけていった。
「杞憂で終わればえんやがな…。」
ぼそりと呟くとケンケーンは父親を探しに山へと出かけていった。
それから数時間後、ケンケーンと父親の姿は村の教会に2人揃って出向き、神父との面会に臨んでいた。
「なんですって!?それは本当ですか?」
父親から事情を説明された神父は声を驚きの声をあげた。
「えぇ。ここに居るケンケーン君が言うには、流行り病の兆候があると。」
「信じがたい事ですが…それが本当なら…。」
神父は真剣な面持ちで2人の話を聞いている。
ただ内容があまりにも突飛過ぎるのか、ちらりちらりと2人を交互に見ている。
「ケンケーンさんとやら。その根拠は何なのでしょう。」
俄かに信じ難い、しかしいたずらでこのような話をするとも思えない。
そんな神父の不安な表情とは異なり、ケンケーンは確信ある表情で話し始めた。
「かつて旅先で知ったものと良く似ています。それに確実に広まりつつあります。」
神父は低く唸るような声を上げる。
さらにケンケーンは続けた。
「最初は微熱、咳だけですが、症状が悪化すると気を失うほどの熱になります。最悪、命に関わるほどになるでしょう。」
その時、じっと説明を聞いていた父親がケンケーンの方を見た。
「そ、それで。私にどうしろと。」
「もし私の知る病であった場合、広まる力が非常に強い。そこで村の人々に外出を控えるよう促して欲しいのです。」
「しかし、神父である私にそれを言っても仕方ないのでは。」
「私1人が喚いたところで誰も相手にしてもらえないでしょう。しかし…。」
じっと神父を見据えた。
「なんですって!?それは本当ですか?」
父親から事情を説明された神父は声を驚きの声をあげた。
「えぇ。ここに居るケンケーン君が言うには、流行り病の兆候があると。」
「信じがたい事ですが…それが本当なら…。」
神父は真剣な面持ちで2人の話を聞いている。
ただ内容があまりにも突飛過ぎるのか、ちらりちらりと2人を交互に見ている。
「ケンケーンさんとやら。その根拠は何なのでしょう。」
俄かに信じ難い、しかしいたずらでこのような話をするとも思えない。
そんな神父の不安な表情とは異なり、ケンケーンは確信ある表情で話し始めた。
「かつて旅先で知ったものと良く似ています。それに確実に広まりつつあります。」
神父は低く唸るような声を上げる。
さらにケンケーンは続けた。
「最初は微熱、咳だけですが、症状が悪化すると気を失うほどの熱になります。最悪、命に関わるほどになるでしょう。」
その時、じっと説明を聞いていた父親がケンケーンの方を見た。
「そ、それで。私にどうしろと。」
「もし私の知る病であった場合、広まる力が非常に強い。そこで村の人々に外出を控えるよう促して欲しいのです。」
「しかし、神父である私にそれを言っても仕方ないのでは。」
「私1人が喚いたところで誰も相手にしてもらえないでしょう。しかし…。」
じっと神父を見据えた。
外出を控えるという事に理解を示してくれた神父はすぐに行動に移り、村長宅へと向かってくれた。
これで拡散の被害を最小限に抑えることができるだろう、まずは一段落ついたと2人は帰途についていた。
「ケンケーン君。先ほどの話なんだが。」
その道すがら父親が口を開いた。
「私の咳も…なのかね。」
「恐らく。そして私も感染している可能性が高いでしょう。」
平然を装いながらケンケーンは答えた。
「そうか。君が今までどんな事を学び今日まで来たのか、私は知る由もないが…。今、私の中では思い過ごしであってくれと思うばかりだが、これは贅沢な事だろうか。」
「私もそう思ってます。これで私が要らぬ扇動をしたと謗りを受ける事になることが今の私の正直な欲求ですね。」
隣に居る若者はなぜもこう楽しませてくれるのか、父親は口元に薄っすらと笑みを浮かべた。
「ははは。君は面白い事を言うんだな。」
娘が連れてきたこの青年は村に居る同世代とは全く異なる思考を持っているようだ。
「心配しなくていい。君が思うようにやりなさい。」
父親はケンケーンの肩を叩いた。
「さぁ、次は何をするんだ。手伝えることは何でも手伝おう。」
「ありがとうございます。しかし、今はこれ以上何もできません。」
「これで終わりかね。君はこの病について知っているのだろう。」
「はい。」
「そうか、君がそう言うならそうなのだろう。」
そうして2人は家へと戻った。
その日からの村は外出する人影を見ず、侘しさだけが広がるようになっていた。
これで拡散の被害を最小限に抑えることができるだろう、まずは一段落ついたと2人は帰途についていた。
「ケンケーン君。先ほどの話なんだが。」
その道すがら父親が口を開いた。
「私の咳も…なのかね。」
「恐らく。そして私も感染している可能性が高いでしょう。」
平然を装いながらケンケーンは答えた。
「そうか。君が今までどんな事を学び今日まで来たのか、私は知る由もないが…。今、私の中では思い過ごしであってくれと思うばかりだが、これは贅沢な事だろうか。」
「私もそう思ってます。これで私が要らぬ扇動をしたと謗りを受ける事になることが今の私の正直な欲求ですね。」
隣に居る若者はなぜもこう楽しませてくれるのか、父親は口元に薄っすらと笑みを浮かべた。
「ははは。君は面白い事を言うんだな。」
娘が連れてきたこの青年は村に居る同世代とは全く異なる思考を持っているようだ。
「心配しなくていい。君が思うようにやりなさい。」
父親はケンケーンの肩を叩いた。
「さぁ、次は何をするんだ。手伝えることは何でも手伝おう。」
「ありがとうございます。しかし、今はこれ以上何もできません。」
「これで終わりかね。君はこの病について知っているのだろう。」
「はい。」
「そうか、君がそう言うならそうなのだろう。」
そうして2人は家へと戻った。
その日からの村は外出する人影を見ず、侘しさだけが広がるようになっていた。
10日ほどして事態はいよいよ本格化した。
ケンケーンの悪い予想は自身の希望と相反して的中する羽目となり、村にある半分以上の家で何かしらの症状を訴えるという状況になっていた。
村の誰もが未曾有の危機に瀕し絶望感を抱いていた。
中には呪いだ悪魔憑きだと言う者も居たが神父や村長が奔走してくれているお陰で大きなパニックに至っていなかったのがせめてもの救いだった。
「この村はどうなっちゃうのかな…。」
窓外の景色に目をやりながらニュンは日に日に募る不安を口にした。
一方ケンケーンは教会から戻った日から外出をせずじっと待機しているだけだった。
「ケンさん。どうにかできないのかな…。」
流行り病であると見抜いた事もあり、何かしらの解決策はないのかと期待を寄せていたが、ケンケーンはずっと聖書を読んで日を過ごすだけで動こうとはしなかった。
「ねぇ…どうにも出来ないの。」
再びニュンが尋ねた。
「ん、あぁ…。今はな。」
いつもはっきりと物を言うケンケーンにが珍しく言葉を濁した事に気付いたニュンはそれからは何も尋ねることなくケンケーンが次に動き始めるのを待った。
ケンケーンの悪い予想は自身の希望と相反して的中する羽目となり、村にある半分以上の家で何かしらの症状を訴えるという状況になっていた。
村の誰もが未曾有の危機に瀕し絶望感を抱いていた。
中には呪いだ悪魔憑きだと言う者も居たが神父や村長が奔走してくれているお陰で大きなパニックに至っていなかったのがせめてもの救いだった。
「この村はどうなっちゃうのかな…。」
窓外の景色に目をやりながらニュンは日に日に募る不安を口にした。
一方ケンケーンは教会から戻った日から外出をせずじっと待機しているだけだった。
「ケンさん。どうにかできないのかな…。」
流行り病であると見抜いた事もあり、何かしらの解決策はないのかと期待を寄せていたが、ケンケーンはずっと聖書を読んで日を過ごすだけで動こうとはしなかった。
「ねぇ…どうにも出来ないの。」
再びニュンが尋ねた。
「ん、あぁ…。今はな。」
いつもはっきりと物を言うケンケーンにが珍しく言葉を濁した事に気付いたニュンはそれからは何も尋ねることなくケンケーンが次に動き始めるのを待った。
それから2日後の朝の事だった。
1人の村の青年がニュン宅の扉を激しく叩いていた。
「村の外に知らない奴等が来て、ここの客人を呼べと言ってます。」
居間で聖書を広げていたケンケーンは家の外へ飛び出した。
「どんな奴等や?」
「女の人が先頭に居て、2・30人ぐらいの集団で…アンタを呼べと…。」
疑心暗鬼に陥っている村の青年の表情が青ざめている。
「心配あれへん。これで助かる。」
そう言ってケンケーンは村の入口へと向かった。
すると青年の言うとおりの集団が整然と待機していた。
「ケンさん。大変な事になってるみたいね。」
「ライラか。手紙は届いたようやな。しかし、危ない橋を渡ってもらって済まんな。」
「私だけじゃないわよ。暇そうなのを全員召集したわ、みんな手練よ。」
そう言うと続々と見覚えのある顔が現れた。
その顔ぶれはライラを筆頭にセイジ、レナータ、コウヒエ、シナティ、ウォルと偶然セビリアに居たメンバーを連れて来ていた。
「カミツレ、没薬と仕入れたばかりだったんだよね。」
「さすがコウヒエさん。先を見る目は商会一番だね。」
「レナータさんの言う通りですね、これも主の思し召しです。状況は逼迫しています。すぐに取り掛かりましょう。」
シナティの言葉に全員が頷いた。
そしてライラの号令で、後ろに控えていた医師団が苦しむ村人の診察へと向かった。
「よくもまぁ、これだけの人と物資を用意できたな。」
「お礼は商会長に言いなさい。色々と口を聞いてくれたみたいよ。」
「そうか。アイツは顔だけは広いからな。どうせ、俺は役に立たんとか言うて此処には来てないんやろ。」
ライラは笑った。
「ご明察。ところで後ろにぴったりと引っ付いてる娘さんは?」
何の事かと後ろを振り返るといつの間にかニュンが出てきていた。
「あ…ごめんなさい。何か難しいお話をされてるようで…。」
「まぁ、こんな時やけど紹介しとくか。」
その場に居たメンバーが期待した面持ちに変わった。
「俺の婚約者や。」
ケンケーンの言葉を聞いた途端、皆が揃って声を出した。
「やっぱりっ!」
予想外の反応を見てケンケーンは目を丸くした。。
他のメンバーは声を出して笑っている。
「やはり賭けにはならなかったわね。」
レナータは笑いを堪えようとして涙目になっている。
「なんや、なんや。お前等不謹慎やで。」
「あぁ、ごめんなさい。思ったとおりの展開についつい。さぁ、これで益々ゴールデン・ルーヴェの名を汚す事はできなくなったわよ。」
ライラのその一言で皆の顔がしきしまった。
「皆、準備は良い?行きましょう、主の御名にかけて、そして我々の面子にかけてっ!」
そうしてゴールデン・ルーヴェの面々も村の中へと入っていった。
1人の村の青年がニュン宅の扉を激しく叩いていた。
「村の外に知らない奴等が来て、ここの客人を呼べと言ってます。」
居間で聖書を広げていたケンケーンは家の外へ飛び出した。
「どんな奴等や?」
「女の人が先頭に居て、2・30人ぐらいの集団で…アンタを呼べと…。」
疑心暗鬼に陥っている村の青年の表情が青ざめている。
「心配あれへん。これで助かる。」
そう言ってケンケーンは村の入口へと向かった。
すると青年の言うとおりの集団が整然と待機していた。
「ケンさん。大変な事になってるみたいね。」
「ライラか。手紙は届いたようやな。しかし、危ない橋を渡ってもらって済まんな。」
「私だけじゃないわよ。暇そうなのを全員召集したわ、みんな手練よ。」
そう言うと続々と見覚えのある顔が現れた。
その顔ぶれはライラを筆頭にセイジ、レナータ、コウヒエ、シナティ、ウォルと偶然セビリアに居たメンバーを連れて来ていた。
「カミツレ、没薬と仕入れたばかりだったんだよね。」
「さすがコウヒエさん。先を見る目は商会一番だね。」
「レナータさんの言う通りですね、これも主の思し召しです。状況は逼迫しています。すぐに取り掛かりましょう。」
シナティの言葉に全員が頷いた。
そしてライラの号令で、後ろに控えていた医師団が苦しむ村人の診察へと向かった。
「よくもまぁ、これだけの人と物資を用意できたな。」
「お礼は商会長に言いなさい。色々と口を聞いてくれたみたいよ。」
「そうか。アイツは顔だけは広いからな。どうせ、俺は役に立たんとか言うて此処には来てないんやろ。」
ライラは笑った。
「ご明察。ところで後ろにぴったりと引っ付いてる娘さんは?」
何の事かと後ろを振り返るといつの間にかニュンが出てきていた。
「あ…ごめんなさい。何か難しいお話をされてるようで…。」
「まぁ、こんな時やけど紹介しとくか。」
その場に居たメンバーが期待した面持ちに変わった。
「俺の婚約者や。」
ケンケーンの言葉を聞いた途端、皆が揃って声を出した。
「やっぱりっ!」
予想外の反応を見てケンケーンは目を丸くした。。
他のメンバーは声を出して笑っている。
「やはり賭けにはならなかったわね。」
レナータは笑いを堪えようとして涙目になっている。
「なんや、なんや。お前等不謹慎やで。」
「あぁ、ごめんなさい。思ったとおりの展開についつい。さぁ、これで益々ゴールデン・ルーヴェの名を汚す事はできなくなったわよ。」
ライラのその一言で皆の顔がしきしまった。
「皆、準備は良い?行きましょう、主の御名にかけて、そして我々の面子にかけてっ!」
そうしてゴールデン・ルーヴェの面々も村の中へと入っていった。
1年後。
同じ村の教会でケンケーンとニュンは夫婦の契りを交わした。
同じ村の教会でケンケーンとニュンは夫婦の契りを交わした。

商会メンバー、宿屋夫婦そして多くの村人たちが2人を祝福しようと駆けつけ、山村で行うものとしては不釣合いなほど賑やかな式だった。
式後の派手な宴会も終え人生最大のイベントをこなした翌日の朝、父親は平和を取り戻した村を眺めながら庭先でゆっくりとした時間を過ごしていた。
「義父さん、おはようございます。」
淹れたばかりのお茶を父親へと渡す。
「早いんだな。ニュンはまだ寝てるのか。」
「はい、まだ疲れが残っているようで。」
父親は口元を緩ませるとお茶へ口をつけた。
「今更ですが、1つお聞きしたいのですが。」
「なんだ、改まって。」
空いている椅子へ座るなりケンケーンは尋ねる。
「いきなり現れた私に対し、何も聞かずどうして娘さんとの関係をお許しになったのですか。」
「そんな事か…。」
父親は口元の笑みを崩さず言った。
「君は村の変事だというのに駆けつけてくれた。それに、心底から礼儀正しい。うわべだけの奴は2・3日もすればいずれボロが出る。君にはそれがなかった、それだけの事だ。」
「たったそれだけの理由ですか…。」
父親が語った理由に呆気に取られる。
「それだけの理由じゃ不満かね。新しい息子よ。」
「いぇ。」
「娘を頼んだよ。」
「何事にも変えましても。」
ちょうどその時、家の中から2人を呼ぶ声が聞こえた。
「さて、朝食ができたようだ。今日の昼には出るのだろう、しっかり食べていきなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
式後の派手な宴会も終え人生最大のイベントをこなした翌日の朝、父親は平和を取り戻した村を眺めながら庭先でゆっくりとした時間を過ごしていた。
「義父さん、おはようございます。」
淹れたばかりのお茶を父親へと渡す。
「早いんだな。ニュンはまだ寝てるのか。」
「はい、まだ疲れが残っているようで。」
父親は口元を緩ませるとお茶へ口をつけた。
「今更ですが、1つお聞きしたいのですが。」
「なんだ、改まって。」
空いている椅子へ座るなりケンケーンは尋ねる。
「いきなり現れた私に対し、何も聞かずどうして娘さんとの関係をお許しになったのですか。」
「そんな事か…。」
父親は口元の笑みを崩さず言った。
「君は村の変事だというのに駆けつけてくれた。それに、心底から礼儀正しい。うわべだけの奴は2・3日もすればいずれボロが出る。君にはそれがなかった、それだけの事だ。」
「たったそれだけの理由ですか…。」
父親が語った理由に呆気に取られる。
「それだけの理由じゃ不満かね。新しい息子よ。」
「いぇ。」
「娘を頼んだよ。」
「何事にも変えましても。」
ちょうどその時、家の中から2人を呼ぶ声が聞こえた。
「さて、朝食ができたようだ。今日の昼には出るのだろう、しっかり食べていきなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
セビリアへ向かう道を馬車が1台進んでいく。
「ねぇ、ケンさん。次はいつ戻れるかな。」
「せやな。機会あれば、やな。」
「あれ。あまり嬉しそうじゃないですね。私の村は嫌いですか…。」
「いぁ、実にええ所やで。ただな…。」
ケンケーンは真面目な顔をした。
「俺は標準語が苦手やねん。義父さん義母さんはええ人やけどな、めっちゃ疲れんねん。」
理由を聞いてニュンがくすくすと笑っている。
「せやけど、あの村はお前の大切な人が居る所や、なるべく時間を作らんとな。」
これだ、この優しさがニュンにとって最も大きな弱点だった。
じわりと起こる胸中の潤いを感じると、ニュンは手綱を引くケンケーンに体を寄せその頬に口付けをする。
「そんなケンケーンさんが、私は大好きです。」
馬車はまっすぐにセビリアを目指す。
そしてその背後からは暖かい陽の光が2人を祝福するように降り注いでいた。
「ねぇ、ケンさん。次はいつ戻れるかな。」
「せやな。機会あれば、やな。」
「あれ。あまり嬉しそうじゃないですね。私の村は嫌いですか…。」
「いぁ、実にええ所やで。ただな…。」
ケンケーンは真面目な顔をした。
「俺は標準語が苦手やねん。義父さん義母さんはええ人やけどな、めっちゃ疲れんねん。」
理由を聞いてニュンがくすくすと笑っている。
「せやけど、あの村はお前の大切な人が居る所や、なるべく時間を作らんとな。」
これだ、この優しさがニュンにとって最も大きな弱点だった。
じわりと起こる胸中の潤いを感じると、ニュンは手綱を引くケンケーンに体を寄せその頬に口付けをする。
「そんなケンケーンさんが、私は大好きです。」
馬車はまっすぐにセビリアを目指す。
そしてその背後からは暖かい陽の光が2人を祝福するように降り注いでいた。
(Amor torpe 終)