外伝「誓いと絆」(中)
アムスがゴールデン・ルーヴェの一員として自らの地位を確固たるものにするまでさほどの時間を要しなかった。それは何よりも彼女の持つ雰囲気と気配りがまるで雪解け水がせせらぐ川に溶け込むような感覚で皆は受け入れていた。アンレーデはその後、彼女と何度か行動を共にしていた中で、同じ生物学者として持つ見識の広さと深さとそれをそれとして見せ付けない立ち振る舞いに感心していた。
バルセロナの地に1人の男がいつもと変わらぬ歩幅を保ちつつ歩いている。季節はまだ暖かくなるには遠く少し襟を立てるような服装で交易所へと向かっている。
彼の元にようやく待ち人来るの報が齎されたのだった。
「ようやく俺本来の仕事ができる。」
そう気負った言葉が自然と発せられる。交易所はいつもイスパニアの商人で込み合っている。この地は商業地としてはその名を知られて居ないものの、工業的に多いに発展し特に地中海での鉄鋼産業の中心地として夙に有名である。
世界情勢が微妙なバランスの元に保たれているものの、火器にかんする需要は天井を知らないばかりに日をまして増加している。そこで、このバルセロナから発せられる様々な火器は北海のそれに対抗するように勢いを伸ばしている。それに乗るかのように街を歩く男性も交易所へと向かっていた。
彼の元にようやく待ち人来るの報が齎されたのだった。
「ようやく俺本来の仕事ができる。」
そう気負った言葉が自然と発せられる。交易所はいつもイスパニアの商人で込み合っている。この地は商業地としてはその名を知られて居ないものの、工業的に多いに発展し特に地中海での鉄鋼産業の中心地として夙に有名である。
世界情勢が微妙なバランスの元に保たれているものの、火器にかんする需要は天井を知らないばかりに日をまして増加している。そこで、このバルセロナから発せられる様々な火器は北海のそれに対抗するように勢いを伸ばしている。それに乗るかのように街を歩く男性も交易所へと向かっていた。
バルセロナへ真新しく入港した船から1人の女性がトーガを纏い艀を降りてくる。
「さてっと。ケンさんはどこかな…」
そういうなり慣れた足取りで久方ぶりに降り立った街を交易所目指して歩いてゆく。新しい商会に入って目の回るような忙しさに少し足が遠のいていたが、先輩でもあるケンケーンの要望にアムスは再びこの街へと降り立ったのである。
街の面影は何も変わる事無く、重厚な車輪の音を響かせながら荷馬車が往来する様は以前にもまして増えているように思えるが変わらない街角、精製する煙の匂い、立ち並ぶ看板、瞬時に変わる相場を睨みつける各国の仕入れ業者達、そして同国の商人…表面上の変化が少々見受けられても本質は何も変わっていないことにアムスは安堵感を覚えている。
「大体この辺りに居そうなんだけど…」
イスパニア商人でごった返す交易所を見渡しながら待ってるはずのケンケーンを探す。
「どこに居るのかしら…」
「後ろに居るで。」
「え?きゃっ!」
小さな悲鳴と共に不意を疲れた返事に後ろを振り返る。ケンケーンは耳をふさぐような仕草をしている。
「いきなり悲鳴とは…俺が怪しい事やったと思われるやないか。」
「あの状況だと誰だって驚きます!」
少しふてくされた表情でアムスはケンケーンを睨む。
「まぁ、そんなに怒るなって。これは癖みたいなもんだ。」
「性質の悪い癖ですね…」
「そう言うなって。これでも商会内では爽やか系で通ってるんやで。」
「自他共に認めるですか?」
「ん…まぁ、認めてるかなー…まま、それよりアムス先生。今日から指導の程をよろしくお願いしますわ。」
ケンケーンは本来商人上がりの人物であった。程なく軍籍に身を置き数々の戦場を駆け巡ったが「初心に返る」と再び商人としてこの地に来たのであった。
「さて、ケンさん。なにから始めましょうっか?」
「最初から…どうも上手く交渉が進まへんねん。」
「はい、では裏手へ行きましょう。」
アムスはケンケーンを誘導するように雑多する交易所付近を通り抜けた。その先にはアムスが懇意にしている小さな交易所がぽつんとあった。アムスの久々の訪問に店主は両手を広げて歓迎するように挨拶を交わす。
「久々だなアムス。景気はどうだい?」
「それなりよ、マスターが良い話をくれたらもっと上がるんだけど。」
「おや、それはいきなりだな。」
アムスは手際よく交渉を進めていく、途中マスターにケンケーンを紹介する。
「マスター。この人を覚えておいてね、これからしばらく厄介になるから。」
アムスの紹介なら問題ないぞと二つ返事をしつつマスターはケンケーンの肩を叩いて「がんばれよ」と激励する。
次々と帳面を捌いてアムスは2隻に火器類を積み込む手続きをする。商売は信用第一とはケンケーンもかつての商人として十分に心得ていたが、その積み込み量をみてこんな小さな交易所のどこにそんな量を抱えているのかとケンケーンはその場で不思議がった。そんな疑念を抱くパートナーを他所にアムスは全ての手続きを終えていた。
「ケンさん行きましょうっか。」
呆然とするケンを我に返しながら2人は交易所を後にした。
その日を皮切りとしてアムスとケンケーンは小さな交易所と地中海を往復する日々が始まった。
『安く買って高く売る』
交易の根幹はこの一言に尽きる。とかく相場変動に左右される交易業はいかに安く多く蹴るかが勝負の分かれ目とも言えるだろう。さらには珍重されがちな希少種を持ち込めばそれなりのご祝儀相場が迎えてくれる。『欲するところへ欲するだけ』時局を見定めながら時勢の需要に応えていく事が1Dでも多く稼ぐ為の最低スキルでだった。
「さてっと。ケンさんはどこかな…」
そういうなり慣れた足取りで久方ぶりに降り立った街を交易所目指して歩いてゆく。新しい商会に入って目の回るような忙しさに少し足が遠のいていたが、先輩でもあるケンケーンの要望にアムスは再びこの街へと降り立ったのである。
街の面影は何も変わる事無く、重厚な車輪の音を響かせながら荷馬車が往来する様は以前にもまして増えているように思えるが変わらない街角、精製する煙の匂い、立ち並ぶ看板、瞬時に変わる相場を睨みつける各国の仕入れ業者達、そして同国の商人…表面上の変化が少々見受けられても本質は何も変わっていないことにアムスは安堵感を覚えている。
「大体この辺りに居そうなんだけど…」
イスパニア商人でごった返す交易所を見渡しながら待ってるはずのケンケーンを探す。
「どこに居るのかしら…」
「後ろに居るで。」
「え?きゃっ!」
小さな悲鳴と共に不意を疲れた返事に後ろを振り返る。ケンケーンは耳をふさぐような仕草をしている。
「いきなり悲鳴とは…俺が怪しい事やったと思われるやないか。」
「あの状況だと誰だって驚きます!」
少しふてくされた表情でアムスはケンケーンを睨む。
「まぁ、そんなに怒るなって。これは癖みたいなもんだ。」
「性質の悪い癖ですね…」
「そう言うなって。これでも商会内では爽やか系で通ってるんやで。」
「自他共に認めるですか?」
「ん…まぁ、認めてるかなー…まま、それよりアムス先生。今日から指導の程をよろしくお願いしますわ。」
ケンケーンは本来商人上がりの人物であった。程なく軍籍に身を置き数々の戦場を駆け巡ったが「初心に返る」と再び商人としてこの地に来たのであった。
「さて、ケンさん。なにから始めましょうっか?」
「最初から…どうも上手く交渉が進まへんねん。」
「はい、では裏手へ行きましょう。」
アムスはケンケーンを誘導するように雑多する交易所付近を通り抜けた。その先にはアムスが懇意にしている小さな交易所がぽつんとあった。アムスの久々の訪問に店主は両手を広げて歓迎するように挨拶を交わす。
「久々だなアムス。景気はどうだい?」
「それなりよ、マスターが良い話をくれたらもっと上がるんだけど。」
「おや、それはいきなりだな。」
アムスは手際よく交渉を進めていく、途中マスターにケンケーンを紹介する。
「マスター。この人を覚えておいてね、これからしばらく厄介になるから。」
アムスの紹介なら問題ないぞと二つ返事をしつつマスターはケンケーンの肩を叩いて「がんばれよ」と激励する。
次々と帳面を捌いてアムスは2隻に火器類を積み込む手続きをする。商売は信用第一とはケンケーンもかつての商人として十分に心得ていたが、その積み込み量をみてこんな小さな交易所のどこにそんな量を抱えているのかとケンケーンはその場で不思議がった。そんな疑念を抱くパートナーを他所にアムスは全ての手続きを終えていた。
「ケンさん行きましょうっか。」
呆然とするケンを我に返しながら2人は交易所を後にした。
その日を皮切りとしてアムスとケンケーンは小さな交易所と地中海を往復する日々が始まった。
『安く買って高く売る』
交易の根幹はこの一言に尽きる。とかく相場変動に左右される交易業はいかに安く多く蹴るかが勝負の分かれ目とも言えるだろう。さらには珍重されがちな希少種を持ち込めばそれなりのご祝儀相場が迎えてくれる。『欲するところへ欲するだけ』時局を見定めながら時勢の需要に応えていく事が1Dでも多く稼ぐ為の最低スキルでだった。
【パルマ】それは西地中海に浮かぶ小さな港町だ。バレアス諸島のど真ん中に位置しその位置関係からして西から東へ、東から西へと向かう船にとって正に理想とも言える補給港でもあった。それゆえその利権を求めて各国の標的になりやすくその街の持つ複雑な歴史は反面に支配と侵略と統治の繰り返しであった。そんな血で血を洗う過去は脈々と現代にまで続き現在はイスパニアの領土として存在しているものの各国との小競り合いは少なくなく、火器類に関する需要は治まりを知らなかった。
アムスとケンケーンはバルセロナで火器を仕入れると主にそのパルマへと荷を運ぶ。時には暴落している場合もあるが、そんな時には敵国オスマン領にあるチュニスやアルジェへと足を向けることもあった。
「同じ1Dの重さに価値は変わらない。無論、拠点であるパルマへ援助するという事が最大の条件にはなるが、相場が悪ければ何処へでも向かう。」
そう言いながらアムスとの火器交易は時に寄れば1ヶ月以上を有する事もあった。
最初は何ほどの要領を得なかったケンケーンも付きっきりの交易で慣れも感じ、各交易所からの信頼を徐々に勝ち得て仕入を任される領も随分と増えていった。
「しかし、さすがアムスやな。こうやって一緒に行動しててその凄さを実感できるな。」
「そうですか?」
「アムスのお陰で俺も実感できるほどに成長してるな。」
「それはケンさんの実力ですよ。」
「いあ、それはないな。全てアムスのお陰だ。」
売交渉を終えたばかりでパルマの大通りを歩きながらケンケーンは率直な感想をアムスへ伝えている。
「それにアムスがこんなに交渉上手とは…俺の出番が無いな。」
「あははは、交渉というよりお願いしてるだけですよ。」
傍目に見てもアムスの交渉は素晴らしく手際が良かった。馴染みの交易店という事も十分に味方に付け吹っかけや値切りの交渉を長引かせること無く楽々とこなしていた。
「そこら辺のコツもご教授願わねば…」
「うーん。教えるほどの事はないかと思いますよ。」
薄い雲が太陽の光を拡散させて肌寒さを演出させている。2人は昼食の為に適当に目に入った食堂へと入っていった。アムスはトルティーヤをケンケーンはパエリアを注文しとりあえずはとワイングラスを傾ける。
「ケンさん。私はこれからちょっとセビリアへ戻りますね。しばらく1人で頑張ってください。」
「ん?どうしたんや?アムス先生が居らんかったら俺は何もできんやないか。」
「もう大丈夫ですよ。それにちょっとの間だけですから。」
「そうか…何事も練習だな。」
運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。
「美味いな…店の風貌からは考えられんな…」
「店の云々は関係ないと思いますが?」
「うん、関係ないが…なかなかイケるぞ。」
「味は確かに一級品ですね…」
アムスとケンケーンはバルセロナで火器を仕入れると主にそのパルマへと荷を運ぶ。時には暴落している場合もあるが、そんな時には敵国オスマン領にあるチュニスやアルジェへと足を向けることもあった。
「同じ1Dの重さに価値は変わらない。無論、拠点であるパルマへ援助するという事が最大の条件にはなるが、相場が悪ければ何処へでも向かう。」
そう言いながらアムスとの火器交易は時に寄れば1ヶ月以上を有する事もあった。
最初は何ほどの要領を得なかったケンケーンも付きっきりの交易で慣れも感じ、各交易所からの信頼を徐々に勝ち得て仕入を任される領も随分と増えていった。
「しかし、さすがアムスやな。こうやって一緒に行動しててその凄さを実感できるな。」
「そうですか?」
「アムスのお陰で俺も実感できるほどに成長してるな。」
「それはケンさんの実力ですよ。」
「いあ、それはないな。全てアムスのお陰だ。」
売交渉を終えたばかりでパルマの大通りを歩きながらケンケーンは率直な感想をアムスへ伝えている。
「それにアムスがこんなに交渉上手とは…俺の出番が無いな。」
「あははは、交渉というよりお願いしてるだけですよ。」
傍目に見てもアムスの交渉は素晴らしく手際が良かった。馴染みの交易店という事も十分に味方に付け吹っかけや値切りの交渉を長引かせること無く楽々とこなしていた。
「そこら辺のコツもご教授願わねば…」
「うーん。教えるほどの事はないかと思いますよ。」
薄い雲が太陽の光を拡散させて肌寒さを演出させている。2人は昼食の為に適当に目に入った食堂へと入っていった。アムスはトルティーヤをケンケーンはパエリアを注文しとりあえずはとワイングラスを傾ける。
「ケンさん。私はこれからちょっとセビリアへ戻りますね。しばらく1人で頑張ってください。」
「ん?どうしたんや?アムス先生が居らんかったら俺は何もできんやないか。」
「もう大丈夫ですよ。それにちょっとの間だけですから。」
「そうか…何事も練習だな。」
運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。
「美味いな…店の風貌からは考えられんな…」
「店の云々は関係ないと思いますが?」
「うん、関係ないが…なかなかイケるぞ。」
「味は確かに一級品ですね…」
アムスはパルマからセビリアへと向けて出航し、ケンケーンはバルセロナへと船首を向ける。このセビリアへ向かう航路がこの後のアムスに最も大きな影響を与えるとはその時誰にも知る由も無かったのである。
久々に1人での活動にケンケーンはアムスから教わった手法に加えて独自の方法を試しながら交易所のマスターと交渉していた。
アムスと共に培った経験は予想以上にケンケーンを助け、アムス嬢の顔分の差し引き分はあるものの本来真面目すぎるほどの彼の態度は各マスターの印象に残るに十分だった。
「ふぅ。なんとかなるもんだな。」
十分な交渉の手応えを得て、積み荷を確保したケンケーンは意気揚々と交易所を後にし船へと戻る。
「おや?あれはアムスの船やな…」
「その通りです。」
「うぉっ!」
背後からの返事に思わず奇声を挙げる。
「やった。ケンさんの後ろを取った~」
「俺の背後を取るとは…」
「この前の仕返しです。」
「恐るべし」
ケンケーンは項垂れる。
「確かに驚いてしまうな…。」
アムスは一杯食わせた事に満面の笑みを浮かべている。
「とりあえず再会でも祝して1杯どうだ?」
アムスを誘って、馴染みとなった酒場へと入る。
「さすがケンさんですね。なんとかなってるじゃないですか。」
アムスは順調なほどにケンケーンが取引をしているのを聞いて感心している。ケンケーンは商会内でも指折りの話し上手で一度口を開くと時間の経過を忘れさせるほどに話題が尽きない。それに加えて柔和な語り口は話を聞く相手にほっとする安心感を与える武器だった。
「あ、ケンさん話の途中ですみません。ちょっと友人が来たみたい…すぐ戻ってきますので。」
アムスは今酒場へと入ってきた1人の女性を見て席を立った。カウンター近くでなにやら話し込んでいるが言葉を聞き取れないケンケーンは目の前のピッツァへと手を伸ばした。
久々に1人での活動にケンケーンはアムスから教わった手法に加えて独自の方法を試しながら交易所のマスターと交渉していた。
アムスと共に培った経験は予想以上にケンケーンを助け、アムス嬢の顔分の差し引き分はあるものの本来真面目すぎるほどの彼の態度は各マスターの印象に残るに十分だった。
「ふぅ。なんとかなるもんだな。」
十分な交渉の手応えを得て、積み荷を確保したケンケーンは意気揚々と交易所を後にし船へと戻る。
「おや?あれはアムスの船やな…」
「その通りです。」
「うぉっ!」
背後からの返事に思わず奇声を挙げる。
「やった。ケンさんの後ろを取った~」
「俺の背後を取るとは…」
「この前の仕返しです。」
「恐るべし」
ケンケーンは項垂れる。
「確かに驚いてしまうな…。」
アムスは一杯食わせた事に満面の笑みを浮かべている。
「とりあえず再会でも祝して1杯どうだ?」
アムスを誘って、馴染みとなった酒場へと入る。
「さすがケンさんですね。なんとかなってるじゃないですか。」
アムスは順調なほどにケンケーンが取引をしているのを聞いて感心している。ケンケーンは商会内でも指折りの話し上手で一度口を開くと時間の経過を忘れさせるほどに話題が尽きない。それに加えて柔和な語り口は話を聞く相手にほっとする安心感を与える武器だった。
「あ、ケンさん話の途中ですみません。ちょっと友人が来たみたい…すぐ戻ってきますので。」
アムスは今酒場へと入ってきた1人の女性を見て席を立った。カウンター近くでなにやら話し込んでいるが言葉を聞き取れないケンケーンは目の前のピッツァへと手を伸ばした。
「お待たせしました、ごめんなさい。」
「いぁいぁ、ゆっくりと友人と楽しめたか?」
「えぇ…」
一瞬アムスの顔が曇ったのをケンケーンは見逃さなかった。
「アムス、このピッツァもかなりイケルな。知らんかった。」
察知したそれをおくびにも出さずに普段と同じ口調で話し始める。それに加えてアムスがセビリアへ戻った事に関しても特に詮索するような事はしなかった。
「しっかし、アムスのお陰で随分助かってるわ。顔が広いアムスならではやな。」
「いえいえいえ。ケンさんの実力ですよ。」
「人脈は何事にも替えがたい武器やからな。イザと言うときに頼れるのは信頼する仲間だけや。」
「そうですね。特に最近それを思いました。」
アムスはふとそういうと視線をケンケーンから外した。本人は意識していない所で今彼女が抱える問題を口にしてしまった。
「…結婚か…」
ケンケーンは身を乗り出して、聞きなおす。
「なに?結婚するのか?おめでとう!」
「え?あ、いや…あの…」
この前に座っている男性が作った安心感につい口を滑らしてしまった。
「そうか、それは商会を挙げてお祝いせんとな。」
ケンケーンはこの喜ばしい報に無垢なほど慶んでいる。
「あの…ケンさんお願いが。この事は誰にも言わないでもらえませんか?」
「なぜだ?こんなに喜ばしい事は隠しておいても仕方ないだろう。」
「お祝いしてくれるのは嬉しいんですが…なにか恥ずかしくって。」
耳元を真っ赤にしながらアムスは嘆願の眼差しをケンケーンへ向ける。
「う…そんなに見るな…。しかし…まぁそこまで言われるとな。しかし、トーレスさんには言うとけよ。」
「はい。」
「勿体無いなー。折角の慶び事なのに…」
「やっぱり…恥ずかしいから。」
「よし、俺もレディの頼みを無碍にするほど野暮ではないよ。アムスが皆に知らせるその日まで胸にしまっておこう。」
「ありがとうです。」
「とりあえずは今乾杯するには大丈夫やろ。おめでとう」
「あ、はい。ありがとうございます。」
一方的に攻められる側となったアムスは照れ恥ずかしい気持ちを一杯にケンケーンからの祝辞と質問を受け止めている。バルセロナ酒場の一角はその日夜遅くまで2人が独占し殺気立つ街とは異なる空間を作り上げていた。
一夜明けた窓辺でアムスは広がる景色を眺めている。出来ることならこの話が出た時、商会の皆には黙っておこうと思っていた。いずれ訪れる運命の日、それはこの大海から陸へ上がる日を意味する。誰にも迷惑をかけまいと固く決意したはずだったのに、今思えば、逆に誰かに聞いてもらいたいほどに不安だったのだと確かめる。何も変わらないはずの潮風はバルセロナの港から吹きつけてくる。
「アムス先生っ。今日も指導お願いしますっ。」
部屋のドアをケンケーンがノックする。
「あっ、ちょっ、ちょっと待って…まだ着替えてない…」
「ん?開けて良い?」
「待ってー!」
ドタバタと部屋中を走り回る音が静かな宿に響いていた。
「いぁいぁ、ゆっくりと友人と楽しめたか?」
「えぇ…」
一瞬アムスの顔が曇ったのをケンケーンは見逃さなかった。
「アムス、このピッツァもかなりイケルな。知らんかった。」
察知したそれをおくびにも出さずに普段と同じ口調で話し始める。それに加えてアムスがセビリアへ戻った事に関しても特に詮索するような事はしなかった。
「しっかし、アムスのお陰で随分助かってるわ。顔が広いアムスならではやな。」
「いえいえいえ。ケンさんの実力ですよ。」
「人脈は何事にも替えがたい武器やからな。イザと言うときに頼れるのは信頼する仲間だけや。」
「そうですね。特に最近それを思いました。」
アムスはふとそういうと視線をケンケーンから外した。本人は意識していない所で今彼女が抱える問題を口にしてしまった。
「…結婚か…」
ケンケーンは身を乗り出して、聞きなおす。
「なに?結婚するのか?おめでとう!」
「え?あ、いや…あの…」
この前に座っている男性が作った安心感につい口を滑らしてしまった。
「そうか、それは商会を挙げてお祝いせんとな。」
ケンケーンはこの喜ばしい報に無垢なほど慶んでいる。
「あの…ケンさんお願いが。この事は誰にも言わないでもらえませんか?」
「なぜだ?こんなに喜ばしい事は隠しておいても仕方ないだろう。」
「お祝いしてくれるのは嬉しいんですが…なにか恥ずかしくって。」
耳元を真っ赤にしながらアムスは嘆願の眼差しをケンケーンへ向ける。
「う…そんなに見るな…。しかし…まぁそこまで言われるとな。しかし、トーレスさんには言うとけよ。」
「はい。」
「勿体無いなー。折角の慶び事なのに…」
「やっぱり…恥ずかしいから。」
「よし、俺もレディの頼みを無碍にするほど野暮ではないよ。アムスが皆に知らせるその日まで胸にしまっておこう。」
「ありがとうです。」
「とりあえずは今乾杯するには大丈夫やろ。おめでとう」
「あ、はい。ありがとうございます。」
一方的に攻められる側となったアムスは照れ恥ずかしい気持ちを一杯にケンケーンからの祝辞と質問を受け止めている。バルセロナ酒場の一角はその日夜遅くまで2人が独占し殺気立つ街とは異なる空間を作り上げていた。
一夜明けた窓辺でアムスは広がる景色を眺めている。出来ることならこの話が出た時、商会の皆には黙っておこうと思っていた。いずれ訪れる運命の日、それはこの大海から陸へ上がる日を意味する。誰にも迷惑をかけまいと固く決意したはずだったのに、今思えば、逆に誰かに聞いてもらいたいほどに不安だったのだと確かめる。何も変わらないはずの潮風はバルセロナの港から吹きつけてくる。
「アムス先生っ。今日も指導お願いしますっ。」
部屋のドアをケンケーンがノックする。
「あっ、ちょっ、ちょっと待って…まだ着替えてない…」
「ん?開けて良い?」
「待ってー!」
ドタバタと部屋中を走り回る音が静かな宿に響いていた。
「左旋回!」
漆黒の帆に金色の獅子が映える。
ギニア湾に響く怒号と砲撃音、サンジョルジュから少し東へ向かった沖合いで2隻の船がその命運を賭けて激しく波を蹴っている。
「よし、乗り込むぞ!」
英国の商船に上手く接舷したガレアス船員は一気呵成に飛び移る。
圧倒的多数における白兵戦は何ほどの抵抗を受ける事無く敵船を拿捕するにいたった。
「よし、けが人は各々手当てを。」
副官の伝令が響く。
そしてまだ硝煙の匂いが残る商船の甲板へと足を向けた。
「提督、各準備完了です。」
「ごくろうさん。この船の船員にも手当てを忘れずにな。」
「はっ。」
そう伝えると捉えたこの船の主へと会いに行く。
「イスパニア私掠艦隊F・トーレスである。国の為、当船の積荷を頂戴する。当方で出来うる限りの治療処置は全て行う。貴殿が望むなら街の近くまで牽引するが…」
「ふん…」
数ある商船を襲ってきたがどの船も同じ対応にF・トーレスも慣れてきた。
西アフリカはイスパニアを初めイングランド、ポルトガルの3国の同盟港が点在しその勢力拡大を目論む各国の熾烈な争いが地中海と同じく繰り広げられている。F・トーレスが活動の拠点をインドやカリブからここに移したのは最近とかく五月蝿い連中が西アフリカに集結しつつあるという情報を得たからであった。
同じ態度、同じ返事を背中に浴びながら彼は船室を出た。
「情報とは少し違うな…もっと殺伐としているかと思ったが。」
手応えのない商船への私掠行為は比較的楽で良いものの、絶対的にその数は事前情報から減っているように思えていた。時には数日間全く他国船に出会わないこともしばしばであった。
「よっしゃ、戻ろか。」
ガレアスへ戻った提督は商船を牽引しながらサンジョルジュを目指す。こうやって航行しながらも広く障害物のない広大な海を見ながら次なる標的を探すものの、やはり新たな船は現れることは無かった。
サンジョルジュ近くで商船を切り離し、ガレアスはサントメを目指す。
「しっかし、どうしたもんかな。これだけ数が居ないとな…」
兵装のままで煙草へ火をつける。白けた戦果、襲撃する相手にも困るほどの日々に閉口してしまっていた。
「提督!イスパ国籍らしき船が1隻こちらへ向かってきています!」
見張りの声が船中に響く。
自らも望遠鏡を覗き込み確かに同国の重ガレーが近づいてくる。
「まぁ、慌てるな。船足はさほど速くない…こちらから仕掛けるまでもないだろう。進路はそのままサントメで方向へ。」
一定の距離を保ちながら2隻の船は同じサントメを目指して進んで行く。
「ったく、アレにも困ったもんだ…」
望遠鏡を副官へと投げ渡しながらF・トーレスは船室へと戻っていく。
「おぃ、食事を持ってきてくれ。これから先はサントメまで狩りなしだ。」
漆黒の帆に金色の獅子が映える。
ギニア湾に響く怒号と砲撃音、サンジョルジュから少し東へ向かった沖合いで2隻の船がその命運を賭けて激しく波を蹴っている。
「よし、乗り込むぞ!」
英国の商船に上手く接舷したガレアス船員は一気呵成に飛び移る。
圧倒的多数における白兵戦は何ほどの抵抗を受ける事無く敵船を拿捕するにいたった。
「よし、けが人は各々手当てを。」
副官の伝令が響く。
そしてまだ硝煙の匂いが残る商船の甲板へと足を向けた。
「提督、各準備完了です。」
「ごくろうさん。この船の船員にも手当てを忘れずにな。」
「はっ。」
そう伝えると捉えたこの船の主へと会いに行く。
「イスパニア私掠艦隊F・トーレスである。国の為、当船の積荷を頂戴する。当方で出来うる限りの治療処置は全て行う。貴殿が望むなら街の近くまで牽引するが…」
「ふん…」
数ある商船を襲ってきたがどの船も同じ対応にF・トーレスも慣れてきた。
西アフリカはイスパニアを初めイングランド、ポルトガルの3国の同盟港が点在しその勢力拡大を目論む各国の熾烈な争いが地中海と同じく繰り広げられている。F・トーレスが活動の拠点をインドやカリブからここに移したのは最近とかく五月蝿い連中が西アフリカに集結しつつあるという情報を得たからであった。
同じ態度、同じ返事を背中に浴びながら彼は船室を出た。
「情報とは少し違うな…もっと殺伐としているかと思ったが。」
手応えのない商船への私掠行為は比較的楽で良いものの、絶対的にその数は事前情報から減っているように思えていた。時には数日間全く他国船に出会わないこともしばしばであった。
「よっしゃ、戻ろか。」
ガレアスへ戻った提督は商船を牽引しながらサンジョルジュを目指す。こうやって航行しながらも広く障害物のない広大な海を見ながら次なる標的を探すものの、やはり新たな船は現れることは無かった。
サンジョルジュ近くで商船を切り離し、ガレアスはサントメを目指す。
「しっかし、どうしたもんかな。これだけ数が居ないとな…」
兵装のままで煙草へ火をつける。白けた戦果、襲撃する相手にも困るほどの日々に閉口してしまっていた。
「提督!イスパ国籍らしき船が1隻こちらへ向かってきています!」
見張りの声が船中に響く。
自らも望遠鏡を覗き込み確かに同国の重ガレーが近づいてくる。
「まぁ、慌てるな。船足はさほど速くない…こちらから仕掛けるまでもないだろう。進路はそのままサントメで方向へ。」
一定の距離を保ちながら2隻の船は同じサントメを目指して進んで行く。
「ったく、アレにも困ったもんだ…」
望遠鏡を副官へと投げ渡しながらF・トーレスは船室へと戻っていく。
「おぃ、食事を持ってきてくれ。これから先はサントメまで狩りなしだ。」
港へは同日に2隻が寄港した。
「アムス、降りて来い。」
重ガレーが寄せた先でF・トーレスは声を上げる。
「やはりバレてましたか…」
地中海で活動しているときとは違って甲冑で身を包み、華奢な体つきがその重みで押しつぶされそうにも思えるがしっかりとした足取りで艀を降りてくる。
「当たり前や、船っちゅうのはな同じように進んでいるように見えて提督の癖が出るもんや。」
「そんなの商会長しか分からないですよ。」
ふふっと鼻で笑いながら最後の段を降りるアムスの手をとってエスコートする。
「どうしたんや、こんな所まで。一緒に私掠やるんか?」
「いえいえ、私だと返討が精々ですよ。ただベニン付近にイスパニア商船を襲った海賊がいると聞いて懲らしめにきました。」
「そかそか。」
サントメは特筆するほどの何かがある町ではない。ただ陸沿いの航海をする者にとっては貴重な補給地点でもあり、また近隣の上陸地点は多種多様な宗教と生態系が存在しており拠点とする冒険家も少なくはなかった。地中海からの侵略を受けて久しいこの地は独特の地域言語を有するものの統治下にポルトガル語が浸透し言語に関しては不便さを感じることは少なかったが、やはり食事面にかんしてはなれない者も幾ばかりか居た。
「商会長、少ないですけど料理の材料も持ってきましたよ。」
「なに!」
くるりと反転するF・トーレス。
「フロイラインの料理はセイジの料理とタメぐらいの美味さやからな!」
「煽てても何も出ませんよ。」
「はっはっは、構わせん。是非、ご馳走になりたいのう」
サントメの海岸は多いな笑いと浴びるほどの酒と懐かしい地中海の料理で盛り上がる。
両船の船員も緊張から離れてあちらこちらで酒を楽しんでいる。周囲を気にする事無く大声で話すもの、互いの戦果を語り競う者、まさに乱痴気騒ぎともいえる雰囲気にも集落のないこの地域ならでは許される行為だった。
「いや~楽しいのう。こうやって地中海の料理に出会えるとはのぅ。」
久々の良い料理にF・トーレスも酒を呷っている。こうやって酒を飲むのもいつ以来だろうかとセビリアで飲みなれていたブランデーを口にしながら懐かしむ。
尽きるとも止まない波うち際の喧騒を聞くだけの余裕は近年忘れていた感覚だった。じっくりとブランデーが指先にまで染み渡る感覚を楽しんでいる。
「商会長、お口に合いますか?」
「アムス…めっちゃ美味いで!」
「あはは、褒められてちょっと嬉しいかも。」
「世辞ちゃうからな。どや、ずっとコッチで料理長せんか?」
これ以上にない上機嫌な口調になっている。
「それはセイジさんに悪いからお断りします。」
「そかそか。見てみ、船員もすっかり気を抜いてるわ。」
美味い酒と美味い肴を得た船員達は他に何を得なくとも至福といわんばかりの表情を浮かべている。同じ顔連中だけの食事が続いていた彼らにとって他船との交流が彼らを底なしの胃袋へと変えているようだった。アムスが用意していた材料は見る間に減っていく、しかしそれをも予想していた彼女は同じ宴会を軽く3度は行えるほどの量を用意している。常にある食料をみて船員はまだ食べられるとその勢いを減らす事を止めなかった。
「まだまだ料理はありますよー。みなさん遠慮せずにやってくださいねー。」
紅一点に近いアムスの進めに重低音の返事が返って来る。こうやって進む宴会はアムスの相乗以上の肉と酒が消えたものの夜半越しには殆んどの船員が潰れてお開きとなった。
「アムス、降りて来い。」
重ガレーが寄せた先でF・トーレスは声を上げる。
「やはりバレてましたか…」
地中海で活動しているときとは違って甲冑で身を包み、華奢な体つきがその重みで押しつぶされそうにも思えるがしっかりとした足取りで艀を降りてくる。
「当たり前や、船っちゅうのはな同じように進んでいるように見えて提督の癖が出るもんや。」
「そんなの商会長しか分からないですよ。」
ふふっと鼻で笑いながら最後の段を降りるアムスの手をとってエスコートする。
「どうしたんや、こんな所まで。一緒に私掠やるんか?」
「いえいえ、私だと返討が精々ですよ。ただベニン付近にイスパニア商船を襲った海賊がいると聞いて懲らしめにきました。」
「そかそか。」
サントメは特筆するほどの何かがある町ではない。ただ陸沿いの航海をする者にとっては貴重な補給地点でもあり、また近隣の上陸地点は多種多様な宗教と生態系が存在しており拠点とする冒険家も少なくはなかった。地中海からの侵略を受けて久しいこの地は独特の地域言語を有するものの統治下にポルトガル語が浸透し言語に関しては不便さを感じることは少なかったが、やはり食事面にかんしてはなれない者も幾ばかりか居た。
「商会長、少ないですけど料理の材料も持ってきましたよ。」
「なに!」
くるりと反転するF・トーレス。
「フロイラインの料理はセイジの料理とタメぐらいの美味さやからな!」
「煽てても何も出ませんよ。」
「はっはっは、構わせん。是非、ご馳走になりたいのう」
サントメの海岸は多いな笑いと浴びるほどの酒と懐かしい地中海の料理で盛り上がる。
両船の船員も緊張から離れてあちらこちらで酒を楽しんでいる。周囲を気にする事無く大声で話すもの、互いの戦果を語り競う者、まさに乱痴気騒ぎともいえる雰囲気にも集落のないこの地域ならでは許される行為だった。
「いや~楽しいのう。こうやって地中海の料理に出会えるとはのぅ。」
久々の良い料理にF・トーレスも酒を呷っている。こうやって酒を飲むのもいつ以来だろうかとセビリアで飲みなれていたブランデーを口にしながら懐かしむ。
尽きるとも止まない波うち際の喧騒を聞くだけの余裕は近年忘れていた感覚だった。じっくりとブランデーが指先にまで染み渡る感覚を楽しんでいる。
「商会長、お口に合いますか?」
「アムス…めっちゃ美味いで!」
「あはは、褒められてちょっと嬉しいかも。」
「世辞ちゃうからな。どや、ずっとコッチで料理長せんか?」
これ以上にない上機嫌な口調になっている。
「それはセイジさんに悪いからお断りします。」
「そかそか。見てみ、船員もすっかり気を抜いてるわ。」
美味い酒と美味い肴を得た船員達は他に何を得なくとも至福といわんばかりの表情を浮かべている。同じ顔連中だけの食事が続いていた彼らにとって他船との交流が彼らを底なしの胃袋へと変えているようだった。アムスが用意していた材料は見る間に減っていく、しかしそれをも予想していた彼女は同じ宴会を軽く3度は行えるほどの量を用意している。常にある食料をみて船員はまだ食べられるとその勢いを減らす事を止めなかった。
「まだまだ料理はありますよー。みなさん遠慮せずにやってくださいねー。」
紅一点に近いアムスの進めに重低音の返事が返って来る。こうやって進む宴会はアムスの相乗以上の肉と酒が消えたものの夜半越しには殆んどの船員が潰れてお開きとなった。
「ふぅ。」
そこまで酒を飲むほうではないF・トーレスは自らの船室へ戻り、満足した顔を浮かべている。途中、飲みより喰いへと変更した彼は軽く普段の倍近くの量をその体へと消費していた。
「商会長、起きてます?」
「ん?開いてるぞ。」
アムスは甲冑姿から着慣れたトーガへと着替えてトーレスの船を訪れた。これが彼女にできる正装だった。
「どうした?」
部屋へと招き入れる。小さなテーブルを挟んで2人は対峙する。
「この場所には不釣合いなほどの正装だな。」
「えぇ…」
緊張しているのが分かる、言葉が上手く出てこない。手で隠した下で唇が空しく空回りしている。
「えっと…えっと…」
額に滲む汗がそっと耳元へ流れて行く。手が小刻みに震えている。こんなはずじゃなかったと心で反復する。
その只ならぬ雰囲気を察したF・トーレスはアムスの気を殺ぐように席を立つと扉から出て行くと真新しいブランデーとグラスを2杯携えて戻ってくる。それを小さなテーブルに置くと部屋の窓を開ける、涼しい風が僅かに室内温度を下げる。
「何を緊張しているのか知らんが、とりあえずこれで喉を潤してみ。」
さり気ない商会長の心遣いが幾許か彼女の正気を取り戻す。
「あ、ありがとうございます。」
「ん」
再び商会長は何食わぬ顔で椅子に座る。
「えっと、商会長…」
「なんだ?」
「あの…その…なんて言えば良いのか。」
「何を緊張しとんのや。気楽に気楽に。」
ぐっと拳に力を入れて顔を上げる。
「私、結婚しようと思います。」
「!」
さすがにこの言葉にはF・トーレスも酔いが醒めた。
「結婚?誰と?」
「以前よりお付き合いしてた方と…」
良い例えようのない沈黙が2人を包む。
ぐいっとグラスに残るブランデーを商会長が飲み干す。
「そうか、それは喜ばしいことやな。なんで緊張してたんや」
「なんとなく…。」
「照れる事でもないやろ、よし、号令一発皆を呼んでお祝いしようやないか。」
「いや、その。暫く黙っていて貰えないですか?いずれ自分の口から皆へと思っていますので…」
「そうか、そうか。態々それを伝えにここまで来てくれたんやな。」
「えぇ、まぁ。」
「その心配りに感謝する。」
商会長はアムスに頭を下げる。
「商会長!頭を上げてください。」
「アムス…幸せになるんやで。」
「はい、ありがとうございます。」
柔らかに揺れる船体が安堵感をより一層誘っている。
港にガレアスを後にしたアムスの影が伸びる、この決意がこの先に皆との別れになるのだと思うとその足取りはさらに重くなっていた。しかし、商会員としての責務と1人の女性としての幸せを比べることなどできようもない。
「これで良かったのかな…でも、私は…」
俯きがちな顔を上げて高く上る月を見上げる。
「あと少しか…」
そこまで酒を飲むほうではないF・トーレスは自らの船室へ戻り、満足した顔を浮かべている。途中、飲みより喰いへと変更した彼は軽く普段の倍近くの量をその体へと消費していた。
「商会長、起きてます?」
「ん?開いてるぞ。」
アムスは甲冑姿から着慣れたトーガへと着替えてトーレスの船を訪れた。これが彼女にできる正装だった。
「どうした?」
部屋へと招き入れる。小さなテーブルを挟んで2人は対峙する。
「この場所には不釣合いなほどの正装だな。」
「えぇ…」
緊張しているのが分かる、言葉が上手く出てこない。手で隠した下で唇が空しく空回りしている。
「えっと…えっと…」
額に滲む汗がそっと耳元へ流れて行く。手が小刻みに震えている。こんなはずじゃなかったと心で反復する。
その只ならぬ雰囲気を察したF・トーレスはアムスの気を殺ぐように席を立つと扉から出て行くと真新しいブランデーとグラスを2杯携えて戻ってくる。それを小さなテーブルに置くと部屋の窓を開ける、涼しい風が僅かに室内温度を下げる。
「何を緊張しているのか知らんが、とりあえずこれで喉を潤してみ。」
さり気ない商会長の心遣いが幾許か彼女の正気を取り戻す。
「あ、ありがとうございます。」
「ん」
再び商会長は何食わぬ顔で椅子に座る。
「えっと、商会長…」
「なんだ?」
「あの…その…なんて言えば良いのか。」
「何を緊張しとんのや。気楽に気楽に。」
ぐっと拳に力を入れて顔を上げる。
「私、結婚しようと思います。」
「!」
さすがにこの言葉にはF・トーレスも酔いが醒めた。
「結婚?誰と?」
「以前よりお付き合いしてた方と…」
良い例えようのない沈黙が2人を包む。
ぐいっとグラスに残るブランデーを商会長が飲み干す。
「そうか、それは喜ばしいことやな。なんで緊張してたんや」
「なんとなく…。」
「照れる事でもないやろ、よし、号令一発皆を呼んでお祝いしようやないか。」
「いや、その。暫く黙っていて貰えないですか?いずれ自分の口から皆へと思っていますので…」
「そうか、そうか。態々それを伝えにここまで来てくれたんやな。」
「えぇ、まぁ。」
「その心配りに感謝する。」
商会長はアムスに頭を下げる。
「商会長!頭を上げてください。」
「アムス…幸せになるんやで。」
「はい、ありがとうございます。」
柔らかに揺れる船体が安堵感をより一層誘っている。
港にガレアスを後にしたアムスの影が伸びる、この決意がこの先に皆との別れになるのだと思うとその足取りはさらに重くなっていた。しかし、商会員としての責務と1人の女性としての幸せを比べることなどできようもない。
「これで良かったのかな…でも、私は…」
俯きがちな顔を上げて高く上る月を見上げる。
「あと少しか…」
(続く)