「越えてきた日々」(後)
「鬱陶しい!」
全く思い通りにいかない展開にミヤは誰にも分かるほど苛立っている。
アテネとカンディアのちょうど中間付近、2個の船団が歯切れの悪い戦闘をながびかせていた。
対峙しているのは10隻にも満たないごく小さな船団だが、そのどれもにオスマン帝国を示す緑色の旗が風に揺れている。
ガレー系の船が主体編成のらしい船団だが、今日の相手はこれまでの相手にはない違和感を感じていた。
押しては引き、引いては押す、だらだらと消耗戦を強いられる展開に引き込まれている。
「クリスッ、アイメルッ、右翼から展開!」
たかが斥候含みの小船団と高をくくっていたミヤも痺れを切らすように局面を変えていく。
ミヤの指示を受けたクリスチーネとアイメルはオスマン帝国旗を誇り高きように掲げる船団を大きく回りこむように進路を取る。
それに応じるようにガレーの船団は動くクリスチーネ、アイメルに対して防御隊形を取り始める。
「そこだっ!」
2隻が作ったわずかな隙をミヤは見逃さず機敏に反応する。
隊列のズレに向けて一気に直進し始める。
オスマンの船団は包囲を警戒していた為かミヤの直進への対応が遅れている。
ミヤはもたついているガレー船団の真ん中を殆ど無傷で分断しながら更に二分の一になって小隊規模になった数隻の周りを巧みに周回しつつ相手を見事に団子状態にしてしまった。
互いの櫂が邪魔しあうほどの密集隊形を強いられたオスマンの船団は思うような動きが取れず、ただ被弾し続けるだけの状況にパニック状態に陥っている。
クリスチーネ、アイメルはミヤが分断したもう片方を相手にミヤほどではないものの上手く相手を密集隊形に陥れることに成功している。
この状況であれば後は楽に勝負が付くだろうとミヤもようやく付いた目処に眉間の深い皺が消えている。
相手は確実に船へのダメージが蓄積し、こちらへの反撃する手立てを見出せないままにいるように見えた。
これで決着が付くと攻め手の砲撃が弛まぬままに時間が過ぎてゆくだけかと思った矢先、小さな密集隊形はするすると手順を踏み始めた知恵の輪のように隊列が解け、ミヤが相手する小隊は陣形を整えようと動き出した。
「なに?!」
船中の誰もが、今自分達が見ている光景に目を疑った。
さらに陣形を整えたガレー船団は分断された固体を自ら二手に別れ一方はミヤの足止めを、もう一方はクリスチーネとアイメルの2隻へと向きを変える。
その様子を見ながらミヤの目に険しさが戻る。
「小癪な….」
全く思い通りにいかない展開にミヤは誰にも分かるほど苛立っている。
アテネとカンディアのちょうど中間付近、2個の船団が歯切れの悪い戦闘をながびかせていた。
対峙しているのは10隻にも満たないごく小さな船団だが、そのどれもにオスマン帝国を示す緑色の旗が風に揺れている。
ガレー系の船が主体編成のらしい船団だが、今日の相手はこれまでの相手にはない違和感を感じていた。
押しては引き、引いては押す、だらだらと消耗戦を強いられる展開に引き込まれている。
「クリスッ、アイメルッ、右翼から展開!」
たかが斥候含みの小船団と高をくくっていたミヤも痺れを切らすように局面を変えていく。
ミヤの指示を受けたクリスチーネとアイメルはオスマン帝国旗を誇り高きように掲げる船団を大きく回りこむように進路を取る。
それに応じるようにガレーの船団は動くクリスチーネ、アイメルに対して防御隊形を取り始める。
「そこだっ!」
2隻が作ったわずかな隙をミヤは見逃さず機敏に反応する。
隊列のズレに向けて一気に直進し始める。
オスマンの船団は包囲を警戒していた為かミヤの直進への対応が遅れている。
ミヤはもたついているガレー船団の真ん中を殆ど無傷で分断しながら更に二分の一になって小隊規模になった数隻の周りを巧みに周回しつつ相手を見事に団子状態にしてしまった。
互いの櫂が邪魔しあうほどの密集隊形を強いられたオスマンの船団は思うような動きが取れず、ただ被弾し続けるだけの状況にパニック状態に陥っている。
クリスチーネ、アイメルはミヤが分断したもう片方を相手にミヤほどではないものの上手く相手を密集隊形に陥れることに成功している。
この状況であれば後は楽に勝負が付くだろうとミヤもようやく付いた目処に眉間の深い皺が消えている。
相手は確実に船へのダメージが蓄積し、こちらへの反撃する手立てを見出せないままにいるように見えた。
これで決着が付くと攻め手の砲撃が弛まぬままに時間が過ぎてゆくだけかと思った矢先、小さな密集隊形はするすると手順を踏み始めた知恵の輪のように隊列が解け、ミヤが相手する小隊は陣形を整えようと動き出した。
「なに?!」
船中の誰もが、今自分達が見ている光景に目を疑った。
さらに陣形を整えたガレー船団は分断された固体を自ら二手に別れ一方はミヤの足止めを、もう一方はクリスチーネとアイメルの2隻へと向きを変える。
その様子を見ながらミヤの目に険しさが戻る。
「小癪な….」
息の詰まるような雰囲気の中でアイメルは口を固く結んでいる。
ミヤや姉のクリスチーネとは違い、踏んだ場数の違いが彼女に次に何をすれば良いのかという判断を鈍らせている。
ただ、事前にミヤの配慮で海事に長けた副官がサポートとして同乗させていたため致命的な操船の遅れまでにはなっていない。
「提督、指示が出てますぜ。」
副官に促されて旗艦へ目をやると確かに自船への指示が見える。
「えっと、相手を回りこむように展開して。」
「了解」
慣れた様子で副官が舵を切る。
傍目にはこの2人のどちらが提督なのかと思えるぐらいに2人の落ち着き方には違いがある。
甲板の一箇所を忙しく行き来する、アイメルはこれからの展開がまだ読めていないだけに余計な苛立ちが彼女を支配している。
「次は何?これでどう変わる?」
局面は膠着状態にあるものの、アイメルの目には細かな船の動きさえが重大な意味を持つように映り局面が常に大きな変化をしていると思え、彼女には緊張が解ける間もない。
「提督、これは相手を包囲する為の展開ですね。」
「う、うん。」
「ただ、それだけが狙いではないようですね。ミヤ提督がこのような単調戦術を狙うとは思えないですが。」
「へぇ…」
姉クリスチーネの船と共に相手船団の側面を回り込むように2隻は動いている。
ミヤはその2隻の後ろを守るような位置を保持している。
「ねぇ、こっちは数的に不利よね。ミヤさんが居れば最悪はないと思うけど…」
不安げな表情がアイメルの顔に浮かんでいる。ミヤのそれとは違った意味を持つ眉間の皺がくっきりと浮き上がっている。
副官はそんなアイメルの不安を払拭するように手をぱんぱんと大きく叩く。
ビクッと肩を震わせるアイメル。
「提督。これは命を賭してやるほどの戦じゃありません。最悪で相手を退かせてしまえば良いんです。余計な力みは疲れるだけですぜ。」
うんうんと頷きながらもアイメルの足は小刻みに甲板を叩いてる。
少数での戦は殆ど経験がなく、しかも相手は屈強と知られるオスマンの船団である。
地中海の小さな海賊を相手にするのとは全く状況が異なり、自ずと全身に力が篭っている。
その余計な力みはこの海と状況が全く別次元の事ではないかという錯覚さえ覚えさしている。船が押し分ける波を切る音、マストの軋み音さえ交易で海を行く時とは異なり、まるで彼女を脅すように聞こえている。
戦闘の局面はミヤとクリスチーネ&アイメルの2手に分かれて包囲するように進んでいる。
「おや。あぁ、なるほど。提督、ミヤ提督が動きますよ。」
「えっ?」
先ほど指示を見逃しそうになったばかりなのに、またしても同じ事を副官に指摘される。急いで旗艦方向を振り向く。
しかし、副官の言っている事がアイメルには直ちに理解できなかった。自分が見た局面でミヤが何を狙っているかを見抜けないでいる。
「今、向こうの隊列の丁度真ん中付近。そう、その辺りが今もたついてますね、そこを割る狙いでしょう。」
「なんでミヤさんの考えがわかるの?」
「それは、包囲をするにしてはミヤ提督の動きが少し遅いんですよ。」
そう言いながら、副官は相手の隊列を左手で自分達の船を右手で示しながら説明し始める。
しかし、アイメルはその内容を聞く余裕などあるはずも無い。
「つまり、ここを割くことができば相手は2分されるので、後はそれぞれを叩けば良いわけです。」
悠々と舵を取りながら副官の口は滑らかに動いている。
「動き始めましたね。こちらも呼応するように指示してください」
「えっと…クリス船との距離を取るように船足を落として。クリスが相手の後ろに回りこむだけの時間をこっちで稼ぐように相手の前へ。」
「了解」
まずまずの答えに納得しつつ素直に返事する。
ただ、この副官もミヤと同じく相手の動きに違和感を感じていた。
「妙だな。船の特性を殺すような事をして何になる?」
「え?なに?」
「いや、なんでもありません。独り言で…」
副官は軽く頭を掻きながら局面をじっと見据えている。
「まずはミヤさんの船に近いヤツを!次はクリスに付く船を狙って!」
声を枯らさんばかりの大声で指示を飛ばすアイメル。
指示内容にうんうんと頷く副官。セオリーどおり過ぎるなとも思えるが、それはこれからの経験次第だと口を開かずに居る。
局面が大きく動いていく、もたついた相手をミヤは難なく中央突破し相手を2分することに成功している。
これまで上手く戦局を膠着させていたオスマン船団は一気に激しくなった局面を統制する指示が機能していない様子で俄かに秩序が崩れている。
その間にクリスチーネは相手の背後へ回り込む事に成功し、相手船団を遥かに優位な位置で挟撃できる形勢を作り上げる。
「ゆっくりと距離を詰めて…」
飛び交う砲弾の数が一気に増える。
2分された船団は一度失っている統制を取り戻そうとしている船と各個で動こうとしている船とが入り乱れ、結果として1つの塊になったままに被弾し続けている。
ミヤの展開力に助けられているとは言え、上手く連携が取れた事に満足気なアイメルもこの状況になってしまえば自ずと勝ちが見えているようだ。
ただ、ミヤとアイメル船に乗る副官は釈然としないものを抱えたままにその状況を見守っている。
たかが斥候交じりの船団とは言えども、その名を轟かすオスマン帝国の船団がこれほどに戦下手ともいえる展開を許してしまう事が不気味だった。
彼等の乗るガレー系の船にしてみれば一方的に不利な状況へ自ら踏み込んでいくようなもので、ラムを武器に突撃と白兵を得意とする戦術を封印したまま船体強度で勝る帆船相手に撃ち合いを挑んでいる今の状況ではよほどの切り札がなければ彼等は無駄死にが待っているだけだった。
ミヤや姉のクリスチーネとは違い、踏んだ場数の違いが彼女に次に何をすれば良いのかという判断を鈍らせている。
ただ、事前にミヤの配慮で海事に長けた副官がサポートとして同乗させていたため致命的な操船の遅れまでにはなっていない。
「提督、指示が出てますぜ。」
副官に促されて旗艦へ目をやると確かに自船への指示が見える。
「えっと、相手を回りこむように展開して。」
「了解」
慣れた様子で副官が舵を切る。
傍目にはこの2人のどちらが提督なのかと思えるぐらいに2人の落ち着き方には違いがある。
甲板の一箇所を忙しく行き来する、アイメルはこれからの展開がまだ読めていないだけに余計な苛立ちが彼女を支配している。
「次は何?これでどう変わる?」
局面は膠着状態にあるものの、アイメルの目には細かな船の動きさえが重大な意味を持つように映り局面が常に大きな変化をしていると思え、彼女には緊張が解ける間もない。
「提督、これは相手を包囲する為の展開ですね。」
「う、うん。」
「ただ、それだけが狙いではないようですね。ミヤ提督がこのような単調戦術を狙うとは思えないですが。」
「へぇ…」
姉クリスチーネの船と共に相手船団の側面を回り込むように2隻は動いている。
ミヤはその2隻の後ろを守るような位置を保持している。
「ねぇ、こっちは数的に不利よね。ミヤさんが居れば最悪はないと思うけど…」
不安げな表情がアイメルの顔に浮かんでいる。ミヤのそれとは違った意味を持つ眉間の皺がくっきりと浮き上がっている。
副官はそんなアイメルの不安を払拭するように手をぱんぱんと大きく叩く。
ビクッと肩を震わせるアイメル。
「提督。これは命を賭してやるほどの戦じゃありません。最悪で相手を退かせてしまえば良いんです。余計な力みは疲れるだけですぜ。」
うんうんと頷きながらもアイメルの足は小刻みに甲板を叩いてる。
少数での戦は殆ど経験がなく、しかも相手は屈強と知られるオスマンの船団である。
地中海の小さな海賊を相手にするのとは全く状況が異なり、自ずと全身に力が篭っている。
その余計な力みはこの海と状況が全く別次元の事ではないかという錯覚さえ覚えさしている。船が押し分ける波を切る音、マストの軋み音さえ交易で海を行く時とは異なり、まるで彼女を脅すように聞こえている。
戦闘の局面はミヤとクリスチーネ&アイメルの2手に分かれて包囲するように進んでいる。
「おや。あぁ、なるほど。提督、ミヤ提督が動きますよ。」
「えっ?」
先ほど指示を見逃しそうになったばかりなのに、またしても同じ事を副官に指摘される。急いで旗艦方向を振り向く。
しかし、副官の言っている事がアイメルには直ちに理解できなかった。自分が見た局面でミヤが何を狙っているかを見抜けないでいる。
「今、向こうの隊列の丁度真ん中付近。そう、その辺りが今もたついてますね、そこを割る狙いでしょう。」
「なんでミヤさんの考えがわかるの?」
「それは、包囲をするにしてはミヤ提督の動きが少し遅いんですよ。」
そう言いながら、副官は相手の隊列を左手で自分達の船を右手で示しながら説明し始める。
しかし、アイメルはその内容を聞く余裕などあるはずも無い。
「つまり、ここを割くことができば相手は2分されるので、後はそれぞれを叩けば良いわけです。」
悠々と舵を取りながら副官の口は滑らかに動いている。
「動き始めましたね。こちらも呼応するように指示してください」
「えっと…クリス船との距離を取るように船足を落として。クリスが相手の後ろに回りこむだけの時間をこっちで稼ぐように相手の前へ。」
「了解」
まずまずの答えに納得しつつ素直に返事する。
ただ、この副官もミヤと同じく相手の動きに違和感を感じていた。
「妙だな。船の特性を殺すような事をして何になる?」
「え?なに?」
「いや、なんでもありません。独り言で…」
副官は軽く頭を掻きながら局面をじっと見据えている。
「まずはミヤさんの船に近いヤツを!次はクリスに付く船を狙って!」
声を枯らさんばかりの大声で指示を飛ばすアイメル。
指示内容にうんうんと頷く副官。セオリーどおり過ぎるなとも思えるが、それはこれからの経験次第だと口を開かずに居る。
局面が大きく動いていく、もたついた相手をミヤは難なく中央突破し相手を2分することに成功している。
これまで上手く戦局を膠着させていたオスマン船団は一気に激しくなった局面を統制する指示が機能していない様子で俄かに秩序が崩れている。
その間にクリスチーネは相手の背後へ回り込む事に成功し、相手船団を遥かに優位な位置で挟撃できる形勢を作り上げる。
「ゆっくりと距離を詰めて…」
飛び交う砲弾の数が一気に増える。
2分された船団は一度失っている統制を取り戻そうとしている船と各個で動こうとしている船とが入り乱れ、結果として1つの塊になったままに被弾し続けている。
ミヤの展開力に助けられているとは言え、上手く連携が取れた事に満足気なアイメルもこの状況になってしまえば自ずと勝ちが見えているようだ。
ただ、ミヤとアイメル船に乗る副官は釈然としないものを抱えたままにその状況を見守っている。
たかが斥候交じりの船団とは言えども、その名を轟かすオスマン帝国の船団がこれほどに戦下手ともいえる展開を許してしまう事が不気味だった。
彼等の乗るガレー系の船にしてみれば一方的に不利な状況へ自ら踏み込んでいくようなもので、ラムを武器に突撃と白兵を得意とする戦術を封印したまま船体強度で勝る帆船相手に撃ち合いを挑んでいる今の状況ではよほどの切り札がなければ彼等は無駄死にが待っているだけだった。
どれくらいの時間が経ったのか、アイメルの声が少し枯れ始めている。
状況は圧倒的に有利と思える状況だが、相手も時間の経過と共に取り戻した統制によりこれ以上の決め手を与えられないままに無駄な時間が過ぎている。
結局、相手の混乱に乗じて与えたダメージ以外はさほど決定打を与えていないようで対極で船を繰るクリスチーネもそれを察しているようだった。
「統制が戻り、本来の動きが戻りかけている。これでは埒があかないですな。」
副官はこの状況が新たなる膠着だとアイメルに告げている。
「ミヤ提督がこの状況をどう見るか…」
もう1つの塊へ視線を移す副官。
その目にはこちらより状況を遥かに上回るように相手を翻弄しているように映る。
「どうやら、このままで…ん?」
言葉尻を切って副官は船首まで駆け寄るとミヤが相手する船団を凝視する。
「なんか怪しい気配だな…」
互いの櫂が邪魔しあうほどに乱されていた形がその動きに制約を受けないぐらいまでに整列されつつある。
「ミヤ提督が相手だぞ…」
自らの目に映りこむ光景が信じられずに硬直する副官。
死線を潜り抜けてきた数はそこらに居る将兵を遥かに越え、培った経験と技術は内外に聞こえている。そんな人物を相手にして一度乱された統率を回復させているなどとミヤに仕えている副官からは信じられないことであった。
「馬鹿な。」
隊列を整えようとする一団とそれを許すまじと仕掛けるミヤ、しかし、その仕掛けに対してもきっちりと対応しつつガレー系船団はゆっくりと隊列を整えていく。
「なんて事だ…。」
急ぎアイメルの元へと戻ると状況の変化を具に報告する
「展開を仕掛けられる側になっちゃったのか…」
「ミヤ提督ですから、相手が隊列を整えようがいまいが大丈夫だとは思いますが…」
副官の言葉を遮るようにして目に映る様子をじっと睨む。
「ダメ!このままだとクリスが逆に挟まれちゃう!」
いきなりアイメルは大声を上げる。
「もし向こうが2手に分かれたら、クリスが挟まれる形になっちゃう。」
「2分されたのを更に分かれると?」
大きく頷くアイメル。
「確かにその手もありますが…」
「もし、挟まれる形だと圧倒的にこっちが不利になるよ」
ミヤという主戦力を外で縛り付けクリスチーネ・アイメルをそれぞれ圧倒的多数で各個撃破してゆく、そんな戦術が今の状況では可能だった。
「提督、どうやらその読みは当たりかも知れません…」
ミヤが相手する船団はきっちりと方形隊形を整えている、これならいつでも後方の船が離脱することができる。
「どうしよ、ここを離れるのも危険だし。でも、このままだとクリスが挟まれちゃう」
「そのようですな。」
「どうにかならないの?!一発逆転みたいなっ」
アイメルのイライラはここにきてピークに達している。
枯れて響く声も凄みが増している。
「クリスチーネ提督に頑張って打開してもらうのが一番なんですがね」
「ちょっと、悠長な事言わないでよ。」
「踏みとどまってくれてる間にこっちから背後を覗く形が最も良い形なんですがね。」
「それは危険すぎるよ。なんか向こうの足がさっきと違うよっ。」
「気づかれましたか、あの足を出された現状はちょっと形勢を持ち直された形ですな。」
「だ・か・ら、なんでそんなに悠長に言ってられるの。」
「ミヤ提督が若干足止めを喰らってるようですな、出鼻を止められては追いつくまで時間が掛かるか…」
「ほら、クリスへ向かって動き始めた」
「提督、少々船が揺れますがよろしいですか?」
「へ?」
副官はそう言うなりに舵に手を掛ける。
「では、私は船繰りに専念しますので。状況に応じて相手を撃ってください。」
「う、うん。」
副官が居なくなり、1人残されたアイメルはじっと目の前で動く展開を睨みつける。
苛立ちと不安が胸に去来する。
その時、船がガクンと向きを変えた。
副官の細やかな指示にしたがって船員達は慌しく駆け回る。
オスマンの船へと船足を速めながら近づいてゆく、切羽詰まる状況が迫ってくる。
作る拳に力が篭る。
アイメルは腹の奥から搾り出したかのような大声を船内に響かせた。
「放てー!」
状況は圧倒的に有利と思える状況だが、相手も時間の経過と共に取り戻した統制によりこれ以上の決め手を与えられないままに無駄な時間が過ぎている。
結局、相手の混乱に乗じて与えたダメージ以外はさほど決定打を与えていないようで対極で船を繰るクリスチーネもそれを察しているようだった。
「統制が戻り、本来の動きが戻りかけている。これでは埒があかないですな。」
副官はこの状況が新たなる膠着だとアイメルに告げている。
「ミヤ提督がこの状況をどう見るか…」
もう1つの塊へ視線を移す副官。
その目にはこちらより状況を遥かに上回るように相手を翻弄しているように映る。
「どうやら、このままで…ん?」
言葉尻を切って副官は船首まで駆け寄るとミヤが相手する船団を凝視する。
「なんか怪しい気配だな…」
互いの櫂が邪魔しあうほどに乱されていた形がその動きに制約を受けないぐらいまでに整列されつつある。
「ミヤ提督が相手だぞ…」
自らの目に映りこむ光景が信じられずに硬直する副官。
死線を潜り抜けてきた数はそこらに居る将兵を遥かに越え、培った経験と技術は内外に聞こえている。そんな人物を相手にして一度乱された統率を回復させているなどとミヤに仕えている副官からは信じられないことであった。
「馬鹿な。」
隊列を整えようとする一団とそれを許すまじと仕掛けるミヤ、しかし、その仕掛けに対してもきっちりと対応しつつガレー系船団はゆっくりと隊列を整えていく。
「なんて事だ…。」
急ぎアイメルの元へと戻ると状況の変化を具に報告する
「展開を仕掛けられる側になっちゃったのか…」
「ミヤ提督ですから、相手が隊列を整えようがいまいが大丈夫だとは思いますが…」
副官の言葉を遮るようにして目に映る様子をじっと睨む。
「ダメ!このままだとクリスが逆に挟まれちゃう!」
いきなりアイメルは大声を上げる。
「もし向こうが2手に分かれたら、クリスが挟まれる形になっちゃう。」
「2分されたのを更に分かれると?」
大きく頷くアイメル。
「確かにその手もありますが…」
「もし、挟まれる形だと圧倒的にこっちが不利になるよ」
ミヤという主戦力を外で縛り付けクリスチーネ・アイメルをそれぞれ圧倒的多数で各個撃破してゆく、そんな戦術が今の状況では可能だった。
「提督、どうやらその読みは当たりかも知れません…」
ミヤが相手する船団はきっちりと方形隊形を整えている、これならいつでも後方の船が離脱することができる。
「どうしよ、ここを離れるのも危険だし。でも、このままだとクリスが挟まれちゃう」
「そのようですな。」
「どうにかならないの?!一発逆転みたいなっ」
アイメルのイライラはここにきてピークに達している。
枯れて響く声も凄みが増している。
「クリスチーネ提督に頑張って打開してもらうのが一番なんですがね」
「ちょっと、悠長な事言わないでよ。」
「踏みとどまってくれてる間にこっちから背後を覗く形が最も良い形なんですがね。」
「それは危険すぎるよ。なんか向こうの足がさっきと違うよっ。」
「気づかれましたか、あの足を出された現状はちょっと形勢を持ち直された形ですな。」
「だ・か・ら、なんでそんなに悠長に言ってられるの。」
「ミヤ提督が若干足止めを喰らってるようですな、出鼻を止められては追いつくまで時間が掛かるか…」
「ほら、クリスへ向かって動き始めた」
「提督、少々船が揺れますがよろしいですか?」
「へ?」
副官はそう言うなりに舵に手を掛ける。
「では、私は船繰りに専念しますので。状況に応じて相手を撃ってください。」
「う、うん。」
副官が居なくなり、1人残されたアイメルはじっと目の前で動く展開を睨みつける。
苛立ちと不安が胸に去来する。
その時、船がガクンと向きを変えた。
副官の細やかな指示にしたがって船員達は慌しく駆け回る。
オスマンの船へと船足を速めながら近づいてゆく、切羽詰まる状況が迫ってくる。
作る拳に力が篭る。
アイメルは腹の奥から搾り出したかのような大声を船内に響かせた。
「放てー!」
アテネの中心街に位置する酒場から笑い声が聞こえる。
「まぁ、一瞬ヒヤっとしましたけどね。」
手元の酒を煽りながら副官は笑いながら顛末を語る。
「コッチは大変だったのよー。一斉に相手が向かってきて怖いったらありゃしない。」
並べられた鶏肉料理に手を伸ばすクリスチーネ。
「アイメル提督も良く頑張りましたね。姉妹の絆ってやつですかねぇ、見事に相手の動きを看破したのは脱帽もんでさ。」
「あら、アンタ。腕が鈍ったの?何の為にアイメルの船に乗っけたと思ってんの。」
「ミヤ提督、そりゃないですぜ。」
「まぁ、そんな事より今回はしっくりと来ない事が多すぎたわ。」
場面、場面を思い出しながらミヤの言葉は一同を静める。
「結果的には相手を退かせる事で落ち着いたけど。なんか向こうの戦術が納得いかないわね。」
「確かに、今までとは違った雰囲気でしたな。」
「そうなの?」
「そうね、アイメルはまだ分からないかもしれないけど。局面局面で指揮する者の癖がでるものなのよ。」
「ふぅん。」
「国によっても違うわね。特に布巻きの奴等は当たって砕けろみたくどんどん押してくるのよ。」
「今回は違ったよね。」
「そうね。なんか顔無しのお化けみたいな感覚ね…」
「ミヤさんでも初めて?」
「似たような相手はゴマンと居るけどね、相手が相手だけに意味ありそうで嫌ね。」
ミヤと副官は展開についての差を3姉妹に説明し始める。
「私は留守番だったから良く分からないよ。」
ウーナは海上での結果を経験していないだけに目の前で繰り広げられている戦術論の内容を理解に苦しんでいる。
「ウーナは次にクリスの船へ乗ると良いわ。」
そのミヤの言葉にウーナの目が輝く。
「ミヤさん、ホント?!」
「何事も経験よ。お姉ちゃんに守ってもらいなさい。」
ウーナの明るい返事が店内に響く。
「さて、今日はこの辺で終わりにしましょうか。皆、ご苦労様」
ミヤが宴を切り上げる。
「次7日後ぐらいを目処に準備してね。」
店を出た先で2手に分かれて帰途につく。
そして3姉妹が見えなくなってからミヤは口を開いた。
「どう?モノになりそうかしら?」
「クリス提督は大丈夫でしょう。アイメル提督は良いもん持ってますがね、カードの少なさが残念なところですな。」
「やはり場数か…」
「サポートは必要でしょうな。」
「付け焼刃ではなまじに手間が増えるだけだけ、時間があれば良いけど。」
「難しいですな。あとどれだけ出られるか、こればっかりは向こう次第ですからね。」
「そうなったら、嫌でも出てもらうしかないでしょうね。」
「提督の悩みも尽きませんねぇ」
「アンタがしっかりしてくれれば半減するんだけどね。」
「そりゃヒデェ、あっしは目イッパイやってますぜぃ。」
「アイメルに先を越されるようじゃダメでしょう。」
「それを言わないで下さい。」
頭を掻きながら副官は目を空へとやる。
その様子を見てミヤの足が動く。
「さ、戻るよ」
「へい。」
「まぁ、一瞬ヒヤっとしましたけどね。」
手元の酒を煽りながら副官は笑いながら顛末を語る。
「コッチは大変だったのよー。一斉に相手が向かってきて怖いったらありゃしない。」
並べられた鶏肉料理に手を伸ばすクリスチーネ。
「アイメル提督も良く頑張りましたね。姉妹の絆ってやつですかねぇ、見事に相手の動きを看破したのは脱帽もんでさ。」
「あら、アンタ。腕が鈍ったの?何の為にアイメルの船に乗っけたと思ってんの。」
「ミヤ提督、そりゃないですぜ。」
「まぁ、そんな事より今回はしっくりと来ない事が多すぎたわ。」
場面、場面を思い出しながらミヤの言葉は一同を静める。
「結果的には相手を退かせる事で落ち着いたけど。なんか向こうの戦術が納得いかないわね。」
「確かに、今までとは違った雰囲気でしたな。」
「そうなの?」
「そうね、アイメルはまだ分からないかもしれないけど。局面局面で指揮する者の癖がでるものなのよ。」
「ふぅん。」
「国によっても違うわね。特に布巻きの奴等は当たって砕けろみたくどんどん押してくるのよ。」
「今回は違ったよね。」
「そうね。なんか顔無しのお化けみたいな感覚ね…」
「ミヤさんでも初めて?」
「似たような相手はゴマンと居るけどね、相手が相手だけに意味ありそうで嫌ね。」
ミヤと副官は展開についての差を3姉妹に説明し始める。
「私は留守番だったから良く分からないよ。」
ウーナは海上での結果を経験していないだけに目の前で繰り広げられている戦術論の内容を理解に苦しんでいる。
「ウーナは次にクリスの船へ乗ると良いわ。」
そのミヤの言葉にウーナの目が輝く。
「ミヤさん、ホント?!」
「何事も経験よ。お姉ちゃんに守ってもらいなさい。」
ウーナの明るい返事が店内に響く。
「さて、今日はこの辺で終わりにしましょうか。皆、ご苦労様」
ミヤが宴を切り上げる。
「次7日後ぐらいを目処に準備してね。」
店を出た先で2手に分かれて帰途につく。
そして3姉妹が見えなくなってからミヤは口を開いた。
「どう?モノになりそうかしら?」
「クリス提督は大丈夫でしょう。アイメル提督は良いもん持ってますがね、カードの少なさが残念なところですな。」
「やはり場数か…」
「サポートは必要でしょうな。」
「付け焼刃ではなまじに手間が増えるだけだけ、時間があれば良いけど。」
「難しいですな。あとどれだけ出られるか、こればっかりは向こう次第ですからね。」
「そうなったら、嫌でも出てもらうしかないでしょうね。」
「提督の悩みも尽きませんねぇ」
「アンタがしっかりしてくれれば半減するんだけどね。」
「そりゃヒデェ、あっしは目イッパイやってますぜぃ。」
「アイメルに先を越されるようじゃダメでしょう。」
「それを言わないで下さい。」
頭を掻きながら副官は目を空へとやる。
その様子を見てミヤの足が動く。
「さ、戻るよ」
「へい。」
「あー疲れたー…」
ベッドに身を投げ出す長女と次女。
適度な酔いが心地よく瞼を閉じようとしている。
「東へ来いと言われて、着いたと思ったらすぐにコレでしょ…」
クリスチーネの独り言が空しく部屋に篭る。
「お姉ちゃん、いつもこんな事してるんだ。」
「んな訳ないでしょ。今回が特別なのよ。」
「そっか…」
暫くの無言が支配する。
そこへ静かな寝息が聞こえてくる。
「ん?」
「ウーナ?…」
「この子が1番働いてないのに、大した度胸ね。」
「待つだけってのも疲れるけどね。」
無邪気な寝顔を浮かべて寝床に横たわるウーナ。
その寝顔を2人が覗き込んでいる。
ウーナを起こさないようそっと部屋の中央にあるテーブルに移動し、用意されていた酒瓶を抜栓する。
琥珀色の酒を喉の奥へ押し込む。
「それにしても、ミヤさんってすごいよね。」
アイメルが沈んだ口調で零す。
「結局、ミヤさんが一人でやっちゃったようなもんだよ。」
アイメルの言葉をクリスチーネは黙って聞いている。
「あんなに強くて格好良いし…それに綺麗だし…」
クリスチーネが包囲されんとした場面、アイメルは必死に局面の打開を試みようと副官が操る自船にあわせて自分でできる限りを出し尽くしたつもりだった。
それは辛うじて相手の足を鈍らせる結果になったものの、副官の意図したことを導くまでには至らず、いつの間にか足止めを振り切ったミヤによって再び分割されるような形に持ち込まれたオスマンの勢力は最小限の抵抗を見せた後にタイミングを取られて逃げられてしまった。
「アイメル。ミヤさんも最初っから強かった訳じゃないよ。」
クリスチーネは嘗てミヤから聞かされた修行時代の話をそのままに話始める。
「自分の非力さに何度も砂を噛むほどの苦しみを味わったんだって。今日が何日であるかも忘れるほどの厳しさの中を這いずり回る毎日だったとか。」
クリスチーネの口調は淡々としている。
「それだからこそ今日に生まれる余裕があるんでしょうね。」
「今日よりもっと辛いのか…」
知らず知らずにボトルの内容物は徐々にその高さを失っている。
「今、こうやってミヤさんと同じように船を並べる機会が増えたからこそ思える事もあるよ。ゆっくりと時間を過ごすにはどこかで短く生きなければならないのかなってね。」
「でも、ミヤさんって。強いだけじゃなく綺麗よね…いつも大勢に囲まれてるよね。」
「うーん、それは違った次元の話だと思うけど。」
「あれだけ男の人に言い寄られたらお母さんに言われたこともできると思うんだ。」
「なーにアイメル。まだ気にしてたの?」
「そだよ。」
「ふふふ。お母さんにそっくりなぐらい芯があるのね、初めて知ったわ。」
クリスチーネは店番の昼に聞いた母の言葉を思い出していた。
「お姉ちゃんはどうなの?」
「アンタに気遣われるほど不便はしてないよ。さ、明日から色々と準備忙しいんだから寝よっか。」
「う、うん…」
憮然とした顔でベッドに戻るアイメル。
「でも、明日にはミヤさんに綺麗な秘密でも聞いてみよっか。」
「うん!」
そう言って2人は布団に身を包む。
ただクリスチーネだけは天井に反射する蒼白い月明かりをじっと見つめながら瞼を閉じる時間をまだ迎えていない。
遠くから聞こえ消えるような波音が彼女の心に平安を取り戻そうと窓に届いているものの、その思考はそれから暫く治まらず、2人の寝息が静かに流れる部屋の静寂さを確かめる時間は月明かりが真天から降り注ぐ時まで続き、諦めるようにしてその瞳を閉じた。
ベッドに身を投げ出す長女と次女。
適度な酔いが心地よく瞼を閉じようとしている。
「東へ来いと言われて、着いたと思ったらすぐにコレでしょ…」
クリスチーネの独り言が空しく部屋に篭る。
「お姉ちゃん、いつもこんな事してるんだ。」
「んな訳ないでしょ。今回が特別なのよ。」
「そっか…」
暫くの無言が支配する。
そこへ静かな寝息が聞こえてくる。
「ん?」
「ウーナ?…」
「この子が1番働いてないのに、大した度胸ね。」
「待つだけってのも疲れるけどね。」
無邪気な寝顔を浮かべて寝床に横たわるウーナ。
その寝顔を2人が覗き込んでいる。
ウーナを起こさないようそっと部屋の中央にあるテーブルに移動し、用意されていた酒瓶を抜栓する。
琥珀色の酒を喉の奥へ押し込む。
「それにしても、ミヤさんってすごいよね。」
アイメルが沈んだ口調で零す。
「結局、ミヤさんが一人でやっちゃったようなもんだよ。」
アイメルの言葉をクリスチーネは黙って聞いている。
「あんなに強くて格好良いし…それに綺麗だし…」
クリスチーネが包囲されんとした場面、アイメルは必死に局面の打開を試みようと副官が操る自船にあわせて自分でできる限りを出し尽くしたつもりだった。
それは辛うじて相手の足を鈍らせる結果になったものの、副官の意図したことを導くまでには至らず、いつの間にか足止めを振り切ったミヤによって再び分割されるような形に持ち込まれたオスマンの勢力は最小限の抵抗を見せた後にタイミングを取られて逃げられてしまった。
「アイメル。ミヤさんも最初っから強かった訳じゃないよ。」
クリスチーネは嘗てミヤから聞かされた修行時代の話をそのままに話始める。
「自分の非力さに何度も砂を噛むほどの苦しみを味わったんだって。今日が何日であるかも忘れるほどの厳しさの中を這いずり回る毎日だったとか。」
クリスチーネの口調は淡々としている。
「それだからこそ今日に生まれる余裕があるんでしょうね。」
「今日よりもっと辛いのか…」
知らず知らずにボトルの内容物は徐々にその高さを失っている。
「今、こうやってミヤさんと同じように船を並べる機会が増えたからこそ思える事もあるよ。ゆっくりと時間を過ごすにはどこかで短く生きなければならないのかなってね。」
「でも、ミヤさんって。強いだけじゃなく綺麗よね…いつも大勢に囲まれてるよね。」
「うーん、それは違った次元の話だと思うけど。」
「あれだけ男の人に言い寄られたらお母さんに言われたこともできると思うんだ。」
「なーにアイメル。まだ気にしてたの?」
「そだよ。」
「ふふふ。お母さんにそっくりなぐらい芯があるのね、初めて知ったわ。」
クリスチーネは店番の昼に聞いた母の言葉を思い出していた。
「お姉ちゃんはどうなの?」
「アンタに気遣われるほど不便はしてないよ。さ、明日から色々と準備忙しいんだから寝よっか。」
「う、うん…」
憮然とした顔でベッドに戻るアイメル。
「でも、明日にはミヤさんに綺麗な秘密でも聞いてみよっか。」
「うん!」
そう言って2人は布団に身を包む。
ただクリスチーネだけは天井に反射する蒼白い月明かりをじっと見つめながら瞼を閉じる時間をまだ迎えていない。
遠くから聞こえ消えるような波音が彼女の心に平安を取り戻そうと窓に届いているものの、その思考はそれから暫く治まらず、2人の寝息が静かに流れる部屋の静寂さを確かめる時間は月明かりが真天から降り注ぐ時まで続き、諦めるようにしてその瞳を閉じた。
翌日早朝クリスチーネは静かな寝息を並べる2人の妹の横をそっと抜け出し港へ向かった。
少ないながらも荷車が路面を叩く音が聞こえてくる。
朝冷えの緩やかな風がそっと頬を撫ぜるように通り抜け、金糸を思わせる長い髪が緩やかに宙を舞う。
まだ半分にも満たない朝日が勢い良くその姿を現そうと水平線の彼方よりこちらを望んでいる。
かつてこの地は父が汗を流し行き来した街だと思えば燦々と照り注ぐ一番の日差しさえ特別なものに見えてくる。
「お父さんもこの朝日を見たのかな…」
幾度と無くこの街に立ち寄ったが、そんな事を考えさせた日は嘗てなかった。
父や母から聞いた昔話と比べて今の自分はどれだけ差があるのだろうと自問を繰り返す。
その両肩に掛かる期待は痛いほどに感じているが、それは両親が歩んだ道程を踏襲させまいとした親心なのだろうかとも考えてしまう事が両親に対するささやかな罪悪感だと感じている。
次第に賑わいを増す港から埠頭の先まで進み、誰が置いたか乱雑に横たわる木箱に腰掛けながらじっと昇る太陽を眺めている。
「今日までの自分と明日の自分は何か違ってるのかな」
昨晩の酒が少し残っているのか日に照らされた顔が妙に温かい。
ぼんやりと眺めてながら晴れぬ心中を模索していた中で彼女はかねてから見えていた一筋の光の筋を握る決意をした。
「ま、悩んでもしょうがないか。良い男を捜すのなんてどうでも良いや。私は私の遣りたいことをやる!」
その決意を言い聞かせるように思わず口に出す。
それは自分への期待を裏切る結果になるかもしれないという恐れを無理やりに払拭させるための行為でもあった。
「こらっ!女1人でなにボヤッとしてるの。」
不意を疲れた掛け声にクリスチーネは目を丸くして振り向く。
「えっ?」
振り向いた先にはミヤが立っている。
「あ、ミヤさん。おはよ。」
「おはよじゃないわ。こんな所に1人で危ないじゃない、ったく。」
「えへへ、ちょっとね。それよりミヤさんは何かあったの?」
「本国へ至急戻って来いと早舟が来たのよ。言いたい事があったので部屋に行って見るとアンタは居ないし…」
「ごめん。でも、伝えたい事って?」
思い当たる節を探そうとしているクリスチーネの耳元でミヤは何言かを囁く。
先ほどの驚きを遥かに越える言葉にクリスチーネは絶句する。
「まだ確定じゃないけど、お呼びが掛かったとなれば可能性が高いわ。」
「私、どうしよう。」
「とりあえず商会の誰かを探しなさい、きっと情報握ってる人が居るわ。」
「そだね。今日にはココを離れるよ。」
ミヤは頷いて同意する。
「本国命令で忙しいから私は船へ戻るわ、生きていたらまた会いましょう。」
2人はその場で敬礼して分かれた。
クリスチーネは昨晩から悩んでいた事を思い浮かべながら足早に宿へと戻る。
「私は私の道を往くんだ、どんな結果でも私はそれで納得する。」
その一言で自分を縛り付けていた何かから解放されたように体が軽くなるのを感じる。
午前を知らせる潮の匂いを乗せた風が吹き抜ける、それはこれから始まる歴史の1幕が開けた事を体感させるべくいつもより湿った風だった。
少ないながらも荷車が路面を叩く音が聞こえてくる。
朝冷えの緩やかな風がそっと頬を撫ぜるように通り抜け、金糸を思わせる長い髪が緩やかに宙を舞う。
まだ半分にも満たない朝日が勢い良くその姿を現そうと水平線の彼方よりこちらを望んでいる。
かつてこの地は父が汗を流し行き来した街だと思えば燦々と照り注ぐ一番の日差しさえ特別なものに見えてくる。
「お父さんもこの朝日を見たのかな…」
幾度と無くこの街に立ち寄ったが、そんな事を考えさせた日は嘗てなかった。
父や母から聞いた昔話と比べて今の自分はどれだけ差があるのだろうと自問を繰り返す。
その両肩に掛かる期待は痛いほどに感じているが、それは両親が歩んだ道程を踏襲させまいとした親心なのだろうかとも考えてしまう事が両親に対するささやかな罪悪感だと感じている。
次第に賑わいを増す港から埠頭の先まで進み、誰が置いたか乱雑に横たわる木箱に腰掛けながらじっと昇る太陽を眺めている。
「今日までの自分と明日の自分は何か違ってるのかな」
昨晩の酒が少し残っているのか日に照らされた顔が妙に温かい。
ぼんやりと眺めてながら晴れぬ心中を模索していた中で彼女はかねてから見えていた一筋の光の筋を握る決意をした。
「ま、悩んでもしょうがないか。良い男を捜すのなんてどうでも良いや。私は私の遣りたいことをやる!」
その決意を言い聞かせるように思わず口に出す。
それは自分への期待を裏切る結果になるかもしれないという恐れを無理やりに払拭させるための行為でもあった。
「こらっ!女1人でなにボヤッとしてるの。」
不意を疲れた掛け声にクリスチーネは目を丸くして振り向く。
「えっ?」
振り向いた先にはミヤが立っている。
「あ、ミヤさん。おはよ。」
「おはよじゃないわ。こんな所に1人で危ないじゃない、ったく。」
「えへへ、ちょっとね。それよりミヤさんは何かあったの?」
「本国へ至急戻って来いと早舟が来たのよ。言いたい事があったので部屋に行って見るとアンタは居ないし…」
「ごめん。でも、伝えたい事って?」
思い当たる節を探そうとしているクリスチーネの耳元でミヤは何言かを囁く。
先ほどの驚きを遥かに越える言葉にクリスチーネは絶句する。
「まだ確定じゃないけど、お呼びが掛かったとなれば可能性が高いわ。」
「私、どうしよう。」
「とりあえず商会の誰かを探しなさい、きっと情報握ってる人が居るわ。」
「そだね。今日にはココを離れるよ。」
ミヤは頷いて同意する。
「本国命令で忙しいから私は船へ戻るわ、生きていたらまた会いましょう。」
2人はその場で敬礼して分かれた。
クリスチーネは昨晩から悩んでいた事を思い浮かべながら足早に宿へと戻る。
「私は私の道を往くんだ、どんな結果でも私はそれで納得する。」
その一言で自分を縛り付けていた何かから解放されたように体が軽くなるのを感じる。
午前を知らせる潮の匂いを乗せた風が吹き抜ける、それはこれから始まる歴史の1幕が開けた事を体感させるべくいつもより湿った風だった。
(越えてきた日々 完)