「その手に掴むもの」Ⅰ
ヴェネツィアの街は過去数年に見ない騒動に包まれている。
街にいる誰もが口を閉ざすことを忘れ、各々に勝手な憶測を捲くし立てている。
ヴェニエルを総督とする中央政府は軍司令官や元老院議員が連日連夜に及ぶ議会を開きながらも、喧々囂々とすることに意味を求めるような堂々巡りに陥り何一つとして前進する素振りを見せていない。
市井はそんな煮え切らない政府の様子を更に自らを混乱へと陥れる材料として受け入れ、この街が直面している本題が何であるかを脇道の論議へ移してしまっているようだった。
「数日にはこの街が地図から消える」
そんな突拍子もない事を発言する者も現れたが、現実味に耐えない言葉はごく自然に淘汰されていた。
「おぃ、また船が出て行くぜ。」
港からは檄文を携えた特使が各国へ向けて出航していく。
群集は規制されたギリギリの範囲に集まり、その為出入りが許された者にも影響が少なからず出ていた。
街の物好きな連中は出入りが激しくなった港の風景を肴として世間話に花を咲かせている。
そんな人種は自分達に迫っている事の重大さの価値を測り違えている者が大半だった。
しかし、逆に事を重く勘違いしている者よりかは周囲に与える影響は無いに等しく、凡そ世間で騒いでいる者は情報に踊らされている感を否めなくもない。
「お。あれは…」
そんな港に屯する群集の誰かがアドリア海の彼方から向かってくる船影を指している。
「見た事ない紋章だな。」
「どこかの特使か?」
「さぁな。どんなヤツが出てくるか楽しみだな…」
暢気にざわめく港の様子を余所目にその船はゆっくりとヴェネツィアの港へと近づいてくる。
がやがやと治まりが着かない群衆の中で無意味に足止めを喰らった人物が1人、その人ごみを押し分けるように港へと向かう。
「すいませーん。通してくださーい。」
大声を張りながら前へと進もうとするものの行く手を阻む群集は目の前に繰り広げられているお国事情への興味が強く易々とは道を開けられずにいる。
ようやく最前列へと進んだ女性を今度は警備兵が引き止める。
「ここから先は定められた証明書を持つ者以外は立ち入り禁止となっている。」
港は各国からの要人が来航する準備とかで政府により立ち入りが規制され、ギルドの証明など確実に身分を証明する物がなければ出入りする事ができないようになっている。
「あ、コレ証明書。通って良いかしら?」
内ポケットから取り出した一巻の書面を警備兵へと手渡す。
「ふむ…暫し待たれよ。」
群集の最前列で待たされるようになった女性は何も言わずにその場で待機する。
「おぃ…あいつ許可あるらしいぞ。」
「こんな時に中へ入れるなんて羨ましいな。」
女性の周りでは声を殺したような会話がひそひそと囁かれている。
どんな小声でも規制線に密集する中では聞かれずに済まずにはいられないが、当の本人は聞こえているだろうが平然と警備兵が歩いていった先を見つめて待機している。
「お待たせしました。この許可書は確かに有効なのですが、これから極めて重要な方が入港される為、港への出入りは控えていただきたいとの事です。」
「あら…それって誰?」
「お答えできません。どうかお引取りを…」
「ちょっと船へ物を取りに行くだけなんだけど。」
自らの用向きを伝えるが首を横に振られるだけでにべもなく断られるのが関の山だった。
ふてくされた表情と共に再び人の群れの中へと戻っていく。
憮然とした表情で大通りを足早に歩く。
「群れるのが好きだったら軍に入れば良いのに…」
本人の意識しない所での苛立ちが彼女の歩幅を大きく取っている。
門前払いを喰らった事よりも屯していた連中に怒りの矛先を向けている。
歩きなれた石畳をカツカツと大きな音を立てて宿へと向かう。
その道中、遠目に知る顔が往来をゆっくりと歩いている姿が目に入る。
「こんにちは、ミヤさん。」
呼びかけに振り向くミヤ、向かってくる人物の顔をじっと見つめている。
「えっと。アンタ、確かライラんとこのちっちゃい子…確かレナータって言ったよね。」
ガクっと膝が抜けるような台詞に眉間に刻まれていた皺が消えていた。
「はい。ミヤさんに覚えていただいてて光栄です。」
「髪型変わったから分からなかったわ。くりくりのフリフリは止めたのね。」
「気分転換です。変ですか?」
「さっぱりして爛漫さが出てるわ。」
少し照れくさい表情のレナータ。
「髪は良いけど仏頂面で歩くってのは頂けないわね。眉間に皺の痕ができてるわよ。」
ミヤはどこまでも優しい口調で話している。
それに対しレナータはその原因がさっき港で遭遇した事の経緯を述べた。
「なるほどね。タイミングが悪かったみたいね。」
「道は混んでるし、港へ入るのも駄目だ駄目だの一点張りですよ。」
ミヤに賛同を得ようとする訳でもないが、この理不尽さを誰かに言って溜まった何かを吐き出したいという気持ちがレナータの語気を強くしている。
「相手が悪かったわね。」
「っと言うと?」
「今、港へ向かってくる船。あれはローマ教皇からの書簡を携えた偉い船なのよ。」
レナータの目が驚きの表情を表している。
「素直な子だね。まぁ書簡持ってくるだけに枢機卿クラスがやってくるのも大概な話だけどね。」
どこで仕入れた情報なのだろうかと自分には全く初耳な内容にレナータも無意識に口を噤む。
「枢機卿が来るとなれば余程の事態なんだね。」
話している内容が深刻な割りにはミヤの口調は変わらない。
「そんなに悪いんですか?」
「聞いた話だけどね。アンタ達の商会では情報出てない?」
「『忙しくなるからシラクサへ来い』とだけ…」
「あははは。らしいねぇ。」
「ミヤさんはここで何を?」
「戻って来いと言われて大急ぎで戻ってきたんだけど、お偉方があの調子で身動き取れずって感じかな。」
「大変ですねぇ」
レナータの言葉にミヤは少し微笑んで返すだけだった。
「どうにかしてシラクサへ行ってみます。ミヤさんまたお会いしましょう。」
「元気でね。」
軽く手を振り合って2人は分かれる。ミヤはてくてくと歩いてゆくレナータの後姿を少し目で追いながら言葉を零す。
「きっと次は海の上よ。挨拶を交わす間もないぐらいの状況でしょうね。」
街風に流れる髪を手櫛で掻き揚げる。
いたずらな風は折角に直した髪をすぐに宙へと舞い上がらせる。
「ヤな風ね…」
そっと風上へと顔を向ける。その表情から笑みは消えていた。
これから近い未来に迎えるだろう史潮に疑念を向けているような眼差しは流されまいと決意するに足りるほど英気に満ちたものだった。
街にいる誰もが口を閉ざすことを忘れ、各々に勝手な憶測を捲くし立てている。
ヴェニエルを総督とする中央政府は軍司令官や元老院議員が連日連夜に及ぶ議会を開きながらも、喧々囂々とすることに意味を求めるような堂々巡りに陥り何一つとして前進する素振りを見せていない。
市井はそんな煮え切らない政府の様子を更に自らを混乱へと陥れる材料として受け入れ、この街が直面している本題が何であるかを脇道の論議へ移してしまっているようだった。
「数日にはこの街が地図から消える」
そんな突拍子もない事を発言する者も現れたが、現実味に耐えない言葉はごく自然に淘汰されていた。
「おぃ、また船が出て行くぜ。」
港からは檄文を携えた特使が各国へ向けて出航していく。
群集は規制されたギリギリの範囲に集まり、その為出入りが許された者にも影響が少なからず出ていた。
街の物好きな連中は出入りが激しくなった港の風景を肴として世間話に花を咲かせている。
そんな人種は自分達に迫っている事の重大さの価値を測り違えている者が大半だった。
しかし、逆に事を重く勘違いしている者よりかは周囲に与える影響は無いに等しく、凡そ世間で騒いでいる者は情報に踊らされている感を否めなくもない。
「お。あれは…」
そんな港に屯する群集の誰かがアドリア海の彼方から向かってくる船影を指している。
「見た事ない紋章だな。」
「どこかの特使か?」
「さぁな。どんなヤツが出てくるか楽しみだな…」
暢気にざわめく港の様子を余所目にその船はゆっくりとヴェネツィアの港へと近づいてくる。
がやがやと治まりが着かない群衆の中で無意味に足止めを喰らった人物が1人、その人ごみを押し分けるように港へと向かう。
「すいませーん。通してくださーい。」
大声を張りながら前へと進もうとするものの行く手を阻む群集は目の前に繰り広げられているお国事情への興味が強く易々とは道を開けられずにいる。
ようやく最前列へと進んだ女性を今度は警備兵が引き止める。
「ここから先は定められた証明書を持つ者以外は立ち入り禁止となっている。」
港は各国からの要人が来航する準備とかで政府により立ち入りが規制され、ギルドの証明など確実に身分を証明する物がなければ出入りする事ができないようになっている。
「あ、コレ証明書。通って良いかしら?」
内ポケットから取り出した一巻の書面を警備兵へと手渡す。
「ふむ…暫し待たれよ。」
群集の最前列で待たされるようになった女性は何も言わずにその場で待機する。
「おぃ…あいつ許可あるらしいぞ。」
「こんな時に中へ入れるなんて羨ましいな。」
女性の周りでは声を殺したような会話がひそひそと囁かれている。
どんな小声でも規制線に密集する中では聞かれずに済まずにはいられないが、当の本人は聞こえているだろうが平然と警備兵が歩いていった先を見つめて待機している。
「お待たせしました。この許可書は確かに有効なのですが、これから極めて重要な方が入港される為、港への出入りは控えていただきたいとの事です。」
「あら…それって誰?」
「お答えできません。どうかお引取りを…」
「ちょっと船へ物を取りに行くだけなんだけど。」
自らの用向きを伝えるが首を横に振られるだけでにべもなく断られるのが関の山だった。
ふてくされた表情と共に再び人の群れの中へと戻っていく。
憮然とした表情で大通りを足早に歩く。
「群れるのが好きだったら軍に入れば良いのに…」
本人の意識しない所での苛立ちが彼女の歩幅を大きく取っている。
門前払いを喰らった事よりも屯していた連中に怒りの矛先を向けている。
歩きなれた石畳をカツカツと大きな音を立てて宿へと向かう。
その道中、遠目に知る顔が往来をゆっくりと歩いている姿が目に入る。
「こんにちは、ミヤさん。」
呼びかけに振り向くミヤ、向かってくる人物の顔をじっと見つめている。
「えっと。アンタ、確かライラんとこのちっちゃい子…確かレナータって言ったよね。」
ガクっと膝が抜けるような台詞に眉間に刻まれていた皺が消えていた。
「はい。ミヤさんに覚えていただいてて光栄です。」
「髪型変わったから分からなかったわ。くりくりのフリフリは止めたのね。」
「気分転換です。変ですか?」
「さっぱりして爛漫さが出てるわ。」
少し照れくさい表情のレナータ。
「髪は良いけど仏頂面で歩くってのは頂けないわね。眉間に皺の痕ができてるわよ。」
ミヤはどこまでも優しい口調で話している。
それに対しレナータはその原因がさっき港で遭遇した事の経緯を述べた。
「なるほどね。タイミングが悪かったみたいね。」
「道は混んでるし、港へ入るのも駄目だ駄目だの一点張りですよ。」
ミヤに賛同を得ようとする訳でもないが、この理不尽さを誰かに言って溜まった何かを吐き出したいという気持ちがレナータの語気を強くしている。
「相手が悪かったわね。」
「っと言うと?」
「今、港へ向かってくる船。あれはローマ教皇からの書簡を携えた偉い船なのよ。」
レナータの目が驚きの表情を表している。
「素直な子だね。まぁ書簡持ってくるだけに枢機卿クラスがやってくるのも大概な話だけどね。」
どこで仕入れた情報なのだろうかと自分には全く初耳な内容にレナータも無意識に口を噤む。
「枢機卿が来るとなれば余程の事態なんだね。」
話している内容が深刻な割りにはミヤの口調は変わらない。
「そんなに悪いんですか?」
「聞いた話だけどね。アンタ達の商会では情報出てない?」
「『忙しくなるからシラクサへ来い』とだけ…」
「あははは。らしいねぇ。」
「ミヤさんはここで何を?」
「戻って来いと言われて大急ぎで戻ってきたんだけど、お偉方があの調子で身動き取れずって感じかな。」
「大変ですねぇ」
レナータの言葉にミヤは少し微笑んで返すだけだった。
「どうにかしてシラクサへ行ってみます。ミヤさんまたお会いしましょう。」
「元気でね。」
軽く手を振り合って2人は分かれる。ミヤはてくてくと歩いてゆくレナータの後姿を少し目で追いながら言葉を零す。
「きっと次は海の上よ。挨拶を交わす間もないぐらいの状況でしょうね。」
街風に流れる髪を手櫛で掻き揚げる。
いたずらな風は折角に直した髪をすぐに宙へと舞い上がらせる。
「ヤな風ね…」
そっと風上へと顔を向ける。その表情から笑みは消えていた。
これから近い未来に迎えるだろう史潮に疑念を向けているような眼差しは流されまいと決意するに足りるほど英気に満ちたものだった。
定宿のロビーにある椅子に勢い良く体を沈める。
まだ港での出来事が思考の中で尾を引いている。
「首尾は芳しくなかった様子ですね。」
通り掛った宿の2代目がレナータのそんな様子を見て紅茶の差し入れを持ってきた。
「ご明察ぅ。」
煎れたての紅茶をそっと口へ運ぶ。
「そんなに大事なんですかねぇ。入港制限もぼつぼつと宿帳に空きを見せ始めてきたので歓迎しないんですよね。」
自分ではお手上げだと言う風に両の手を天に向けるような仕草とともに作った困り顔をレナータに見せる。
「あははは。しっかりここの仕事に染まってるね。」
この若主人、元は木屑に埋もれる造船技師の釜の飯を食う職人だった。しかし、約半年前ひょんなことからこの宿の主人が目に入れても痛くないほど溺愛していた一人娘と良い関係になり、そのまま造船技師の道を捨ててここへ来るようになっていた。
いつも比較対照にされていたレナータにとっては久しぶりのヴェネツィアだったが、お国事情よりもそれが最も驚きを感じた事だった。
「まだまだ下働きの身分ですがね、宿は繁盛する方が嬉しいもんです。」
そう言われてみれば宿の活気もどことなく失せているように感じる。
「枯れ木も山の賑わいとは言うけど、街の賑々しさを分けてもらえば?」
「謝肉祭の賑わいなら歓迎ですけどね、今の騒動じゃ宿代を踏み倒されかねない厄介事になりそうなんで勘弁ですね。」
「あははは、私もそうやって逃げようっかな。」
一瞬目を合わせたままに黙り込む両者。
が、互いに我慢できないように笑い出す。
「いけね、お義父さんが来たよ…。では、ごゆっくり。」
宿の若者は足早に消えていった。
「大変だぁ…」
レナータはその後姿を見送ると、ぽんと両膝を叩いて立ち上がる。
「さて、できる範囲で準備を整えるかな。」
まだ港での出来事が思考の中で尾を引いている。
「首尾は芳しくなかった様子ですね。」
通り掛った宿の2代目がレナータのそんな様子を見て紅茶の差し入れを持ってきた。
「ご明察ぅ。」
煎れたての紅茶をそっと口へ運ぶ。
「そんなに大事なんですかねぇ。入港制限もぼつぼつと宿帳に空きを見せ始めてきたので歓迎しないんですよね。」
自分ではお手上げだと言う風に両の手を天に向けるような仕草とともに作った困り顔をレナータに見せる。
「あははは。しっかりここの仕事に染まってるね。」
この若主人、元は木屑に埋もれる造船技師の釜の飯を食う職人だった。しかし、約半年前ひょんなことからこの宿の主人が目に入れても痛くないほど溺愛していた一人娘と良い関係になり、そのまま造船技師の道を捨ててここへ来るようになっていた。
いつも比較対照にされていたレナータにとっては久しぶりのヴェネツィアだったが、お国事情よりもそれが最も驚きを感じた事だった。
「まだまだ下働きの身分ですがね、宿は繁盛する方が嬉しいもんです。」
そう言われてみれば宿の活気もどことなく失せているように感じる。
「枯れ木も山の賑わいとは言うけど、街の賑々しさを分けてもらえば?」
「謝肉祭の賑わいなら歓迎ですけどね、今の騒動じゃ宿代を踏み倒されかねない厄介事になりそうなんで勘弁ですね。」
「あははは、私もそうやって逃げようっかな。」
一瞬目を合わせたままに黙り込む両者。
が、互いに我慢できないように笑い出す。
「いけね、お義父さんが来たよ…。では、ごゆっくり。」
宿の若者は足早に消えていった。
「大変だぁ…」
レナータはその後姿を見送ると、ぽんと両膝を叩いて立ち上がる。
「さて、できる範囲で準備を整えるかな。」
街は更に物々しくなっていた。
ローマ教皇からの使いが来たという情報はどこから漏れたのか瞬く間に市井の知るところとなり、いよいよ事態が押し迫っている混乱の上乗せを招いている。
街角のいたる所で神妙な面持ちで立ち話をしている人の数が増えているようにも見える。
見慣れた町の風景が通りを行き過ぎる度に全く知らない町のように変わる様が今のレナータには可笑しいと感じている。
「本当に危機感があるのかな…」
もし自分が同じ立場ならこの町から離れる事を含めて何かしらの行動を取っているだろうと足を止めることなく進む中の思考が口をついて呟いている。
この町が過去に培った歴史の教訓が活かされているようにはレナータの目には映りこんでいない。レナータの眉間には再び小さな皺が寄せられている。
宿と港の間にある冒険者ギルド、いつもは国籍を問わないその種の人間で混みあっている建物が今はその内容を少し変えている。
多少なりとも危機を抱いた民間人や海事ギルドで溢れたであろう身形の良い人種の使いらしき人物が護衛依頼へと窓口に押しかけている。
さらに建物の外にはギルドを通さずに直接依頼を申し込もうとしている輩がギルドを目指そうとする専門職の人物を待ち受けている。
物陰には今まさに交渉中の人影も見て取れる。
「うぁ…これはこれで大変だ。」
自らの予想を超えていた状況に建物の手前で足が止まった。
港の状況を鑑み、早く出航できるようにとの便宜を図ってもらおうとギルドのつてを頼ろうとしたが、目の前の光景はそれを許してくれる雰囲気には見えなかった。仮にもし自分の依頼が通ったとしても混雑に紛れるのは予想するに容易い。それにあの建物へ近づくと抱え込みたくない厄介ごとが降りかかってくることが分かりきっている。
「自ら虎口に飛び込むほど聖人でもないし。」
あっさり踵を返すと再び宿の方向へと歩き出した。
しかし、何事も各国からの要人・国賓が優先される隙間をついて物資の調達を行うことは独力で出きる事に限界もあった。
まるで八方塞な手詰まり感を少し覚えながらレナータはまだ何かできるだろうかと足音高く歩きながら思案している。
濃い栗色の髪がふわふわと歩調に合わせて揺れている。
「シラクサが遠いぞ…」
街角のざわめきは治まる気配も見せず先ほどと同じ顔ぶれが同じような顔つきで止まぬ口を動かしている。
ただその光景にも大きな荷物をもって動いている人が見え始めていた。
「しかし、どこからどうやって動くのかが問題なんだよね。」
すれ違う人々を横目に見ながらギルドの状況を思い出していた。
ローマ教皇からの使いが来たという情報はどこから漏れたのか瞬く間に市井の知るところとなり、いよいよ事態が押し迫っている混乱の上乗せを招いている。
街角のいたる所で神妙な面持ちで立ち話をしている人の数が増えているようにも見える。
見慣れた町の風景が通りを行き過ぎる度に全く知らない町のように変わる様が今のレナータには可笑しいと感じている。
「本当に危機感があるのかな…」
もし自分が同じ立場ならこの町から離れる事を含めて何かしらの行動を取っているだろうと足を止めることなく進む中の思考が口をついて呟いている。
この町が過去に培った歴史の教訓が活かされているようにはレナータの目には映りこんでいない。レナータの眉間には再び小さな皺が寄せられている。
宿と港の間にある冒険者ギルド、いつもは国籍を問わないその種の人間で混みあっている建物が今はその内容を少し変えている。
多少なりとも危機を抱いた民間人や海事ギルドで溢れたであろう身形の良い人種の使いらしき人物が護衛依頼へと窓口に押しかけている。
さらに建物の外にはギルドを通さずに直接依頼を申し込もうとしている輩がギルドを目指そうとする専門職の人物を待ち受けている。
物陰には今まさに交渉中の人影も見て取れる。
「うぁ…これはこれで大変だ。」
自らの予想を超えていた状況に建物の手前で足が止まった。
港の状況を鑑み、早く出航できるようにとの便宜を図ってもらおうとギルドのつてを頼ろうとしたが、目の前の光景はそれを許してくれる雰囲気には見えなかった。仮にもし自分の依頼が通ったとしても混雑に紛れるのは予想するに容易い。それにあの建物へ近づくと抱え込みたくない厄介ごとが降りかかってくることが分かりきっている。
「自ら虎口に飛び込むほど聖人でもないし。」
あっさり踵を返すと再び宿の方向へと歩き出した。
しかし、何事も各国からの要人・国賓が優先される隙間をついて物資の調達を行うことは独力で出きる事に限界もあった。
まるで八方塞な手詰まり感を少し覚えながらレナータはまだ何かできるだろうかと足音高く歩きながら思案している。
濃い栗色の髪がふわふわと歩調に合わせて揺れている。
「シラクサが遠いぞ…」
街角のざわめきは治まる気配も見せず先ほどと同じ顔ぶれが同じような顔つきで止まぬ口を動かしている。
ただその光景にも大きな荷物をもって動いている人が見え始めていた。
「しかし、どこからどうやって動くのかが問題なんだよね。」
すれ違う人々を横目に見ながらギルドの状況を思い出していた。
「親父さーん。軽い食事とワイン。」
宿へ戻ったレナータ。
結局、足が棒になるほどに歩き回った労も報われず出航する目処を立てるまでに至らないでいた。
芯まで疲れた体を古ぼけた椅子へ預ける。
「その様子じゃ今日も駄目だった様子だな。」
宿の主人はレナータのくたびれた格好に今日の結果を察しながら料理を届けにくる。
茹でた野菜に塩とオリーブオイルをかけただけのサラダと野兎の香草焼き、そして主人が見立てたワインが運ばれてくる。
ガラスのグラスに紅玉色のワインが注がれる。ランタンの光がグラスを通り越して机に美しい幾何学模様を成している。
自然の恵みと人間の汗と神の気まぐれが生み出したワインは飲む宝石とも呼ばれ、長い時間に多く創意工夫を得て様々な味が生み出され、どの世代・階層にも無くてはならない味わいになっている。
レナータはヴェネツィアンガラスに注がれた英知の結晶を乾いた喉へ流し込むとゆっくりとサラダへ手をつける。
「どこへ行っても今はそれどころじゃないだろう?」
まだレナータ以外の客がいないことに主人もレナータから町の様子を聞こうと話しを切り出した。
「うん、出なきゃならないけど。どこもかしこも慌てる事で精一杯みたい。」
「はっはっは。なるほどなー、うまい事言うじゃないか。」
レナータの一言は主人のツボを抑えたらしく大きな笑い声が宿の中に響く。
「国のお偉方がまとまって居ないんじゃぁ、動けるものも動けないな。」
「うん、それでも私はどうにか出たいんだけど。」
空腹を満たすための手は休めずにレナータは町の様子を主人に話す。
「なるほどな…」
その話を聞いて主人は腕を組んで何か考えている。秒を追うごとに眉間に皺が刻まれていたが1分としないうちにポンと手を叩き閉じていた瞼を開いた。
「レナータ。どうしてもシラクサへ行かねばならんのだな?」
2度首を縦に振り応えるレナータ。
「よーし。ワシがこの町を出させてやろうじゃないか。」
「えっ?」
驚くレナータに比べ、主人は確信に満ちた顔を浮かべている。
「でも、大丈夫なの?」
「長生きしているだけ回る知恵もある。なに、ワシに任せて今晩はゆっくりしていきなさい。」
「う、うん…」
「そうとなれば、今晩はゆっくり休むと良い。今日の料理は良いメニューだたんと食べてくれ。」
そう言うと主人は店の奥へと入っていく。
「おぃ!役立たずの娘婿はどこだ!」
「は、はいー」
「ちょっとお父さん!なにその言い方!」
「おぉ、居ったんか…」
まるで芝居でも聞いているかのような会話が宿の奥から聞こえてくる。
「こっちの抗争は暫く続きそう…」
レナータは香草焼きされた野兎の肉を口へ運ぶ、香りが指先までに染み渡るようなほど口の中に香草の風味が広がる、それによって肉の旨みが十二分に引き出されている。
「あー、やっぱり美味しいな…忘れがたきは故郷の味ってね。」
店の奥で繰り広げらている複雑な人間模様に気を止めることを止め、レナータは目の前にある料理を堪能している。
いよいよ宿が混み始めた頃にはすでにレナータは食事を終え、部屋へと戻っていた。
宿へ戻ったレナータ。
結局、足が棒になるほどに歩き回った労も報われず出航する目処を立てるまでに至らないでいた。
芯まで疲れた体を古ぼけた椅子へ預ける。
「その様子じゃ今日も駄目だった様子だな。」
宿の主人はレナータのくたびれた格好に今日の結果を察しながら料理を届けにくる。
茹でた野菜に塩とオリーブオイルをかけただけのサラダと野兎の香草焼き、そして主人が見立てたワインが運ばれてくる。
ガラスのグラスに紅玉色のワインが注がれる。ランタンの光がグラスを通り越して机に美しい幾何学模様を成している。
自然の恵みと人間の汗と神の気まぐれが生み出したワインは飲む宝石とも呼ばれ、長い時間に多く創意工夫を得て様々な味が生み出され、どの世代・階層にも無くてはならない味わいになっている。
レナータはヴェネツィアンガラスに注がれた英知の結晶を乾いた喉へ流し込むとゆっくりとサラダへ手をつける。
「どこへ行っても今はそれどころじゃないだろう?」
まだレナータ以外の客がいないことに主人もレナータから町の様子を聞こうと話しを切り出した。
「うん、出なきゃならないけど。どこもかしこも慌てる事で精一杯みたい。」
「はっはっは。なるほどなー、うまい事言うじゃないか。」
レナータの一言は主人のツボを抑えたらしく大きな笑い声が宿の中に響く。
「国のお偉方がまとまって居ないんじゃぁ、動けるものも動けないな。」
「うん、それでも私はどうにか出たいんだけど。」
空腹を満たすための手は休めずにレナータは町の様子を主人に話す。
「なるほどな…」
その話を聞いて主人は腕を組んで何か考えている。秒を追うごとに眉間に皺が刻まれていたが1分としないうちにポンと手を叩き閉じていた瞼を開いた。
「レナータ。どうしてもシラクサへ行かねばならんのだな?」
2度首を縦に振り応えるレナータ。
「よーし。ワシがこの町を出させてやろうじゃないか。」
「えっ?」
驚くレナータに比べ、主人は確信に満ちた顔を浮かべている。
「でも、大丈夫なの?」
「長生きしているだけ回る知恵もある。なに、ワシに任せて今晩はゆっくりしていきなさい。」
「う、うん…」
「そうとなれば、今晩はゆっくり休むと良い。今日の料理は良いメニューだたんと食べてくれ。」
そう言うと主人は店の奥へと入っていく。
「おぃ!役立たずの娘婿はどこだ!」
「は、はいー」
「ちょっとお父さん!なにその言い方!」
「おぉ、居ったんか…」
まるで芝居でも聞いているかのような会話が宿の奥から聞こえてくる。
「こっちの抗争は暫く続きそう…」
レナータは香草焼きされた野兎の肉を口へ運ぶ、香りが指先までに染み渡るようなほど口の中に香草の風味が広がる、それによって肉の旨みが十二分に引き出されている。
「あー、やっぱり美味しいな…忘れがたきは故郷の味ってね。」
店の奥で繰り広げらている複雑な人間模様に気を止めることを止め、レナータは目の前にある料理を堪能している。
いよいよ宿が混み始めた頃にはすでにレナータは食事を終え、部屋へと戻っていた。
まだ夜も明けきらぬ時間にドアをノックする音が静かに聞こえる。
「レナータさん、レナータさん…」
他の泊り客を配慮した小さな声が聞こえてくる。
「はい、どうぞ。」
しっかりと身支度を整えたレナータは声の主を部屋へ招き入れる。
まがりなりにも女性が宿泊する部屋へと入る為かおもむろに緊張したような表情の若主人が静かに顔を見せる。
「ご用意のほどは?」
「いつでも大丈夫です。」
「他の方々は?」
「それも大丈夫…のはず。」
若主人はコクリと頷くと港へ行くように促す。
港は昼間の喧騒とは違って静まり返っている。
しかし、昼夜を問わずに来航する要人の為にか警備の体制は昼夜を問わず敷かれているが、それに混じって届く各地からの食材や鮮魚を乗せた船が多く入ってきている為に商いの賑わいがそこかしこから聞こえてくる。そしてその中に見覚えのある顔が混じっている。
「おぉ、来たか。」
宿屋の主人はレナータの姿を見ると駆け寄ってくる。
「物資の方は手配してあるからな。それとこれが出航に必要な書類だ。」
無造作に書類をレナータへ投げ渡す。
「これでも顔が利く所もあるんでな。」
「え?」
「ウチの娘婿も使える時は使えるもんだ。」
主人の言葉にレナータは首を傾げる。
「これからベンガジへ造船建材を届ける船が出る。」
「えっと…それに付いていくのかな?」
「いぁ、アドリア海を抜けたらそのままシラクサへ向かって良いように口を利いてある。」
「良いの?」
「顔が利くと言っただろ、安心して出航しろ。」
「ありがとう。」
レナータは主人に深々と頭を下げた。
「はっはっは。礼なんて要らんわぃ。」
少し照れくさそうな主人はレナータを追い払うように出港準備へと向かわせる。
レナータは何度もお辞儀した後、港へと掛けていく。途中、警備兵に止められるも主人の用意した書類を見せると何を審査するまでもなく通り抜ける事ができた。
そんなレナータの後姿を見守りながら主人は再び宿へと戻っていく。
「お義父さん、どうやって許可を取り付けたんですか?」
後ろに続く若主人はどんな方法を使ったのかを主人に問うている。
「なぁに、ワシも長くここで商売やってんだ。貸しの1つや2つはあるもんだ、それに…」
「それに?」
「ワシが若い頃はお前以上にやんちゃしてたしな。」
そう言うと宿屋の主人には不釣合いな力瘤を作ってみせる。
「さて、久しぶりに早起きしたから眠いな。おぃ、しっかりと働けよ!」
後ろを付いてくる若主人に見えるようわざとらしく大きな動きで欠伸の振りをする。
「はいっ!」
若く元気な声が宿へ続く道に響く。
「馬鹿たれ!近所に迷惑だろうが!ちったー考えやがれっ!」
「レナータさん、レナータさん…」
他の泊り客を配慮した小さな声が聞こえてくる。
「はい、どうぞ。」
しっかりと身支度を整えたレナータは声の主を部屋へ招き入れる。
まがりなりにも女性が宿泊する部屋へと入る為かおもむろに緊張したような表情の若主人が静かに顔を見せる。
「ご用意のほどは?」
「いつでも大丈夫です。」
「他の方々は?」
「それも大丈夫…のはず。」
若主人はコクリと頷くと港へ行くように促す。
港は昼間の喧騒とは違って静まり返っている。
しかし、昼夜を問わずに来航する要人の為にか警備の体制は昼夜を問わず敷かれているが、それに混じって届く各地からの食材や鮮魚を乗せた船が多く入ってきている為に商いの賑わいがそこかしこから聞こえてくる。そしてその中に見覚えのある顔が混じっている。
「おぉ、来たか。」
宿屋の主人はレナータの姿を見ると駆け寄ってくる。
「物資の方は手配してあるからな。それとこれが出航に必要な書類だ。」
無造作に書類をレナータへ投げ渡す。
「これでも顔が利く所もあるんでな。」
「え?」
「ウチの娘婿も使える時は使えるもんだ。」
主人の言葉にレナータは首を傾げる。
「これからベンガジへ造船建材を届ける船が出る。」
「えっと…それに付いていくのかな?」
「いぁ、アドリア海を抜けたらそのままシラクサへ向かって良いように口を利いてある。」
「良いの?」
「顔が利くと言っただろ、安心して出航しろ。」
「ありがとう。」
レナータは主人に深々と頭を下げた。
「はっはっは。礼なんて要らんわぃ。」
少し照れくさそうな主人はレナータを追い払うように出港準備へと向かわせる。
レナータは何度もお辞儀した後、港へと掛けていく。途中、警備兵に止められるも主人の用意した書類を見せると何を審査するまでもなく通り抜ける事ができた。
そんなレナータの後姿を見守りながら主人は再び宿へと戻っていく。
「お義父さん、どうやって許可を取り付けたんですか?」
後ろに続く若主人はどんな方法を使ったのかを主人に問うている。
「なぁに、ワシも長くここで商売やってんだ。貸しの1つや2つはあるもんだ、それに…」
「それに?」
「ワシが若い頃はお前以上にやんちゃしてたしな。」
そう言うと宿屋の主人には不釣合いな力瘤を作ってみせる。
「さて、久しぶりに早起きしたから眠いな。おぃ、しっかりと働けよ!」
後ろを付いてくる若主人に見えるようわざとらしく大きな動きで欠伸の振りをする。
「はいっ!」
若く元気な声が宿へ続く道に響く。
「馬鹿たれ!近所に迷惑だろうが!ちったー考えやがれっ!」
レナータが船に到着した時には船員によって出港準備は完了していた。
「準備は?」
「宿の親父さんの手配で万端です。」
さすがの手配にレナータは小さく感嘆の声を上げる。
「それじゃ、打ち合わせしてくるから。」
レナータは一度船を下りて船団の長の元へと向かう。
「あぁ、レナータってのはアンタか。」
提督は少し南方訛りのあるイタリア語の人物だった。歳は50代手前で蓄えた髭に少し白髪が混じっている。いかにも軍隊経験の雰囲気を持つ体つきをしているが軍人独特のクセは微塵も感じられない。
「すいみません、なにか都合の良いように使ってしまったようで。」
「なに気にするな。軍は動いてくれないし形だけでも多く見せられれば効果あるかも知れんしな。」
「そう言って頂けると幸いです。ところで…」
レナータは聞きづらい事を切り出してみた。
「宿の親父さんの口利きでご一緒させて貰うのですが…」
「ん?あぁ、知っての通りベンガジは今昼夜を問わずの大忙しでな。船の建材運びなら殆ど無条件で出る事ができる。そこら辺は造船組合の力だな。」
「なるほど…」
「俺は組合専属の運び屋でな、役人から何から殆ど顔で通る事ができる。アンタ1人一緒させる事ぐらい造作も無いことさ。」
レナータはようやく事態を飲み込むことができた。
「それにアイツにはでっかい借りがあってな。ま、アンタはシラクサへ行くことだけ考えてれば良いのさ。」
「すみません、お気遣い頂いて。」
レナータは再び大きく頭を下げる。
「加えてアンタみたいに綺麗な子が危険に晒されるのは忍びないからな。見た所航海者のようだがシラクサも危ないがそれで良いのかい?」
「はい、そこで仲間と会う事になってるので。」
そうかそうかと髭の提督は頷いた。
「アンタは若い、知っての通りこれからここらは危なくなるからな遠くへ行くのが一番だ。」
そこへ船団の各船から準備が整ったという知らせが届く、髭の提督は出航が近いことをレナータへ告げ船へ戻るように告げる。
「あのお日様が姿を現したら出航だ。遅れるなよ。」
「はい。」
レナータは再び自船へと駆けて行く。
「もうすぐ出るよ。各員持ち場へっ!」
低い声の返事が重なって返ってくる。
じっと水平線を見つめる、ゆっくりとヴェネツィア前の海を金色に染め上げる太陽がその大きな姿を現そうとしている。
この平和そうな海も近い将来確実に人の手によって騒乱が招かれる事が決定付けられている。赤色の旗の元に産まれ育ったレナータにとって、それは何よりも耐え難い行為だった。
「何があっても守ってみせる。」
いよいよその姿を顕にした太陽の光を全身に受け止めながらレナータは大きく声をだした。
「シラクサへ!」
「準備は?」
「宿の親父さんの手配で万端です。」
さすがの手配にレナータは小さく感嘆の声を上げる。
「それじゃ、打ち合わせしてくるから。」
レナータは一度船を下りて船団の長の元へと向かう。
「あぁ、レナータってのはアンタか。」
提督は少し南方訛りのあるイタリア語の人物だった。歳は50代手前で蓄えた髭に少し白髪が混じっている。いかにも軍隊経験の雰囲気を持つ体つきをしているが軍人独特のクセは微塵も感じられない。
「すいみません、なにか都合の良いように使ってしまったようで。」
「なに気にするな。軍は動いてくれないし形だけでも多く見せられれば効果あるかも知れんしな。」
「そう言って頂けると幸いです。ところで…」
レナータは聞きづらい事を切り出してみた。
「宿の親父さんの口利きでご一緒させて貰うのですが…」
「ん?あぁ、知っての通りベンガジは今昼夜を問わずの大忙しでな。船の建材運びなら殆ど無条件で出る事ができる。そこら辺は造船組合の力だな。」
「なるほど…」
「俺は組合専属の運び屋でな、役人から何から殆ど顔で通る事ができる。アンタ1人一緒させる事ぐらい造作も無いことさ。」
レナータはようやく事態を飲み込むことができた。
「それにアイツにはでっかい借りがあってな。ま、アンタはシラクサへ行くことだけ考えてれば良いのさ。」
「すみません、お気遣い頂いて。」
レナータは再び大きく頭を下げる。
「加えてアンタみたいに綺麗な子が危険に晒されるのは忍びないからな。見た所航海者のようだがシラクサも危ないがそれで良いのかい?」
「はい、そこで仲間と会う事になってるので。」
そうかそうかと髭の提督は頷いた。
「アンタは若い、知っての通りこれからここらは危なくなるからな遠くへ行くのが一番だ。」
そこへ船団の各船から準備が整ったという知らせが届く、髭の提督は出航が近いことをレナータへ告げ船へ戻るように告げる。
「あのお日様が姿を現したら出航だ。遅れるなよ。」
「はい。」
レナータは再び自船へと駆けて行く。
「もうすぐ出るよ。各員持ち場へっ!」
低い声の返事が重なって返ってくる。
じっと水平線を見つめる、ゆっくりとヴェネツィア前の海を金色に染め上げる太陽がその大きな姿を現そうとしている。
この平和そうな海も近い将来確実に人の手によって騒乱が招かれる事が決定付けられている。赤色の旗の元に産まれ育ったレナータにとって、それは何よりも耐え難い行為だった。
「何があっても守ってみせる。」
いよいよその姿を顕にした太陽の光を全身に受け止めながらレナータは大きく声をだした。
「シラクサへ!」
(つづく)