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金の獅子の背に乗って
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金の獅子の背に乗って

第4話その1

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goldenlowe

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4話「折れた剣」
夜の暗闇に生い茂る森の中を1人・・・そして数人の足音と怒号が聞こえる。アンレーデはその場の思いつきだけで走る先を右へ左へと変えてゆく。暫くの後、背後からの足音が聞こえなくなった事を確認すると、比較的大きな木の陰に身を隠すように体を預けた。

ぜえぜえと大きく肩で息をしているその様は追手を撒こうと形振り構わずに走った所為で体中は擦り傷に塗れ、さらには左腕には何かで切られたような傷が服を袖口まで真っ赤に染めている。
「もっと真面目に剣術を修めていればよかったわ・・・」
急ぎ左腕の傷を庇うように手持ちのハンカチーフできつく縛りあげる。肩の振れは治まらず、大量の空気を胸へと押し込んでは吐き出す作業を続けている。止め処なく流れる汗は俯いた顔の至る所から滝のように乾いた地面へ向けて流れ落ち、肌着が汗と自らの血に濡れて体に気持ち悪く纏わりついている。
身を隠すその木に寄り掛からなければ体を保てないほどに彼女の体力は著しく磨り減っているようだ、激しく上下する肩は一向に治まる気配を見せない。
「生来、初めて人に切りつけ、そして傷つけてしまった」
細身の柄を握る右手がガクガクと震えだす。
「あの状況では仕方ない・・・」

「鳥類の調査に関する依頼が来てるぜ」
アムステルダムの依頼仲介人は寄せられた依頼のファイルを捲りながらそう言った。
アンレーデは少し考える、鳥類の調査は他の動物と異なって調査が少々厄介なのだ。一番の理由は対象を追跡追尾する事が極めて難しいという事。地を歩行進行する生物はまだ幾分痕跡を残してくれるのだが、鳥類はそうはいかない。それゆえに鳥類の調査は嫌がる者が多いのである。かつて彼女も鳥類の調査で気まぐれな対象の行動に辛い思い出がある、しかし、その日はなんとなく受けてみようかなと大した事を考えずに資料を持ち帰ったのだった。
「これなら思った以上に早くできるわね」
資料に目を通すと鳥類の調査にしては容易そうな内容に残念とも嬉しいともいえる感情を覚えつつ、どっかりと椅子に腰掛けて航路の選定を始めた。と言っても行きなれた北海の航路など特に何を決めるべくもなく、乗組員達も行き先を告げるだけで良かった。

-物資の積み込みは2日後に完了する予定です。
船員からの報告を受けて、ぶらりと街へ足を伸ばしてみる。とりわけ何をする事もなく、何を探すわけでもない時間つぶしの為に街へ向かうのは、彼女にとって出航前の決まった行動である。
あからさまな模造品を本物のように並べ売る貴金属の露天商も居れば、真っ当な露天商も居る。生活雑貨に食料に武器・甲冑に至るまで売っていない者は人の魂だけだろうかと思うほどの賑々しさに市場は支配されている。彼女はそんな露天商の掛け声が飛び交う中をウィンドウショッピング自体を楽しむように広場へと抜けながら、時間を潰していた。

「いよぅ、何してんの?」
声と共に彼女の頭を軽くたたきながら声の主は現れた。
「ちょっと、現れるたびに背後から頭叩くの止めてよね。」
「いやぁ、アンレの頭って丁度叩きやすい位置にあるんよ。」
「何が叩きやすい位置よ、失礼ね」
現れた男の向う脛を軽く蹴りながら、男の逆へと向きを変える。
「痛ぅ!そんなに邪険に扱うなよ。お詫びと言っちゃなんだが、お茶でもどう?」
「お詫びというのなら付き合ってあげるわ。」
「ありがたいね。」
「ただし、ケンケーン・・・全部貴方持ちだからね。」
「うっ、ま・・・まぁお手柔らかにね。」
適当に入った店で紅茶とシフォンケーキ、ワインを口にしながらお詫びの味を確かめていた。
「ところでアンレは男おらんの?」
「レディーに対して随分な質問ね」
「アンレぐらいの人だったら。男の方も大変やろなってね」
「どういう意味かしら?」
「変な意味ちゃうで、美人やって言うてるんよ」
「ふふふ、そんな事言っても何も出ないわよ。」
「んで実際どうなん?」
ケンケーンは食い入るようにして彼女の応えを待っている。
「そうね、貴方はどう思ってるの?」
「アンレほどの人物や、どっかに隠して居るんやろな」
「じゃ、居るって事で」
「それじゃ答えになってないやん。」
「ふふふ」
「もし居らんのやったら勿体無いな、俺だったら放っておけないな」
「あら、私を口説いてるのかしら?」
「そ、そんな事じゃ無い。俺にはれっきとした女が居るからね」
「はいはい、お惚気ごちそうさま。」
ケンケーンは少しつまらないような顔をしながら頬杖を突いた、彼女はいつもこうだ。生物学者として生業を立てている彼女は修学した知識に関しては惜しげも無くに教えてくれるのに対し、いざ身辺の話となると上手くはぐらかされるのだ。好奇心旺盛な彼にとって彼女の押しても引いても話を引き出せない態度を難攻不落の城のようだと常々話していた。
「ほんとに話してくれんなぁ」
「ふふふ、女ってのは謎が多いほど魅力が増すのよ」
「ふぅん。それじゃライラはどうなん?」
「それは貴方自身が彼女から聞きなさい。」
「ちぇっ」
やはり今日も駄目だったかと、僅かに残念そうな顔を覗かせたが、彼にしてみればこの牙城を崩しに掛かる事が毎度の挨拶代わりでもあった。
「なぁ、アンレ。一つだけ教えてくれ」
「ふふふ、何かしら?」
「なんで生物学者という職業を選んだん?」
「それは答えなければ駄目かしら?」
「何か一つぐらい教えてくれてもええやろ。」
「そうね・・・、それはきっと生物学という分野が今の世の中で役に立たないからでしょうね。」
「役に立たない?」
「えぇ、例えば今そこの屋根に止まっている鳥がどんな種類でどんな生態であろうと日常の生活に何の支障もないでしょう?今、私達の仕事はそんな日常で役に立つとも思えない無駄な情報を命を賭けて集めてるだけ。本当に役に立たない学問だと思ってるわ。」

彼女は手元のマフィンを口に運びながら、淡々と語っている。自らの問いかけに何か希望に満ちた解答を期待していたケンケーンは思惑以外の返事にワインを飲む手を止める。
「なぜ、役に立たないと思ってる事を続けてるん?アンレやったら他の分野でも十分やっていけるやろ?」
「ふふふ、私の何を過大評価してるのかしら?」
「他の分野には興味なかったん?」
「そうね、どれも興味深い学問は一杯あったわ。でも気が付けば生物学だったわね。」
彼は「ふうん」と言いながら女性店員が持ってきたリンゴのコンポートを受け取りながら可愛らしい店員に愛想を振り撒く。その影で彼女は低い声でぼそりと呟いた。
「それはきっと、元々私が役に立たない人間だからね・・・。」
左手の銀腕輪の位置をもう片方の手で直しながら一瞬寂しい表情を浮かべる。店員とのやり取りにその表情を見落としていた彼はコンポートをアンレーデの前に並べる。
「ん?なに?」
「そういう事よ。さって、私はもうちょっと街の喧騒を楽しんでくるわ。」
「お、おぃ、ちょっと。」

彼の返事も待たずにテーブルに金貨を置くと呆気にとられている彼をよそに街の雑踏へと足を向けた。つとに明るく寛容に振舞う彼女が、神妙な雰囲気になっている事が彼にとっていやに引っかかった。
「エウリディケのショールに触ってしまったか・・・」
頬杖突いて考える目線の先には手つかずにテーブルリンゴのコンポートが写る。
「まぁ、こいつには罪はないな。」
そう言うと、皿に手を伸ばして味を確かめる。
「甘いな・・・、しかし、美味い。」

彼女が去ったカフェはいつも通り賑わっている、いくつものテーブルが婦人達に占領されている。そんな1つのテーブルでは、おそらく船乗りの妻らしき女性がこんな噂話をしていた「ブリテン島南に山賊が出たんですって・・・」

彼の前から逃げるように席を立った後、自らの船室のベッドへと戻り彼女は左手を飾る腕輪を眺めている。ぼんやりとその腕輪で遊ぶように揺すっては位置を戻す事を繰り返している。時折思いつめたように大きな溜息をついては窓の外に見える海を見て、再び腕輪を眺めていた。
「提督ぅ、さっきカフェの方が見えられまして。お届け物だそうです。」
船員がドアをノックしながら部屋の外で彼女を呼びかける。身に覚えの無い甘い臭いのする紙袋の中身を検めるとリンゴのコンポートと共に1枚のメモが添えられている
『こんなに美味いものを食べずにおくなんて勿体無い。 ケン』
くすりと笑いながらメモとその甘い臭いのする紙袋を手に椅子へと座りなおす。
「なるほど、あの容姿でこういう事をするから惑わされる女性が多いのね。彼の計算だとしたら強かね。もしそうでなかったら、女難に苦しむでしょうね・・・」
「でも、折角だし頂こうかしら・・・うん、少し甘味が足りないかしら?」

出航の予定日は曇天の空模様に緩やかな風が吹いていた。物資の積み込みも予定通りに終わり、各方面への書類も滞りなく終わっている。出航する為の全ての準備が整ったのを見計らって船員達は臨時の会議室になる食堂へと集まっている。アンレーデは出航する際、全ての船員に目的や航路を細かく伝える事を常としている。面倒な事だが、全ての船員に自らの口で伝える事が力なき提督としてできる責務だと言い聞かせていた。

目的や航路を伝えるだけなら彼らの責任者を集めて伝えれば良いのだろうが、それでは彼らが他の船員からの質問や苦情と彼女との板ばさみになってしまう事を少しでも軽減できるのではないかと考えての会議である。

この会議を始めた当初は提督に意見するという事を恐れていた船員達も会議を重ねるごとに次第に発言数も多くなり、提督より良い意見を出す事もあり、そういった発言はすぐに採用されている。

発言の中には目的地の近くに郷があるから帰港できないかという少し我侭な要望も含まれているが、家族の事ならと彼女は積極的にその要望をかなえようと尽力していた。

「今回の目的はブリテン島南部に生息する鳥類の生態を調査する。この港を出て北西へとすすみドーバー海峡を抜け、ブリテン島南部海岸線に沿いながら上陸地点を目指す。上陸地点は以前にも立ち寄った場所だ。行き慣れた海だが十分に留意して欲しい。上陸してからは依頼人より渡された情報を元に調査を行う。これによると、およそ3日ほど行軍した後にポイントに到着し、そこで調査を行う。調査期間は長く見て10日だろう。満足する結果が得られ次第船へともどり再びこの港へ戻ってくる。現在、近海の海賊情報はない。以上だが何か意見は?」
船員が沈黙でそれに答える。彼女は一同を見渡して意見がない事を確認する。
「それでは出航する。」
「おう!」

碇が激しい音と共に海から姿を現す、艀が離される、マストに張られた帆はしっかりと風を掴みフィッシャーマンの大きな紋章がその姿を空に向かって顕にする。ゆっくりと船は桟橋から海原へと進み出しす。彼女は甲板に立ってリズミカルな船員達の仕事を船の進路に見て取りながら、湿気の多い風を肌で感じていた。
「この風は、あまり好きじゃないな…」
彼女のそんな気持ちを他所に船は大きく西へと進路を変え、アムステルダムの街を後にした。

重く湿った風に乱された灰色の髪を手櫛で大雑把に整えながら彼女は船室へと戻る。船はしっかりと風を捕らえ、向かい風ながらも順調に進んでいる。忙しそうに見えた船内は出航時よりはるかに静かさを取り戻し、船員達の足音もどこか緩やかに動いている。

髪の乱れは潮風の湿気を含み思うように纏まらない「そう言えば・・・」と髪を櫛解く手を止めると彼女は食堂へと足を向けた。
食堂には朝食の片づけを終えタバコで一息ついている料理長が座っている。食堂へと入ってくる足音の正体が彼女だと確認すると「また、酒ですかい?」と意地悪そうに問い捨てる。その皮肉った問いにおどけた仕草で否定しながら自らの髪を指差して「これをお願いできるかしら?」逆に彼女が船室に秘蔵していた(買い貯めていた)選りすぐりのワイン1本をテーブルへ仕事料だと言わんばかりに置く。
「そんな物を見せられちゃ、やらずに居れんでしょうな」
小気味良い音と共に彼女の髪が切り揃えられている、彼女は普段から衣服や髪型に特別神経を払う事もなく、いつも無造作に伸ばしては長いと邪魔だからと言いながら市井の理容師へとは向かわず船内の人間(特にこの料理長は部屋が近いだけ犠牲になる事が多い)にお願いするぐらいの無頓着ぶりだった。世間では女性の髪はある種のステータスシンボルであり「髪が美しい女性」と評される事は女性にとって上級な誉め言葉でもある。その髪を一介の船乗りに預けるとは考えがたいことだった。街に住む彼女と同じ年齢層の女性ならいつも着飾って何かの目を引くような仕草を取りたがるのが常だが、同じように彼女が着飾った事など船員は見たことがなく、それは他の女性提督と比べても船員が気を使うぐらいに無頓着だった。化粧も最低限しかせず、最近の流行の化粧法とは程遠い軽いファンデーションと薄い紅程度しかしていない。
決して彼女はその容姿が飛び抜けて美しくもなく、醜くもないが、その素っ気無さがどちらかというと元来の美しさを台無しにしている感は誰の目にも映った。

いつぞやに彼女の船室を掃除した船員はテーブルには十分なほどの化粧品が揃っていたのを見ているが、それらを駆使した格好は見ることなく今日を迎えている。
市井の理容師で十分な化粧を施せばそれなりの評価を受けそうな体躯に容姿だが、彼女自身にその気が全くないのは岩石に埋もれた小さな宝石の原石を見ている気分にさせた。
理髪を頼まれた船員は幾度かそんな事を彼女に伝えている。ただ、彼女からは決まって「私は身の程を十分弁えてるからね」とあっさりと否定されるのだった。
ただ、全てに関して彼女は無頓着でもなく身を飾る小さなアクセサリーに関しては決して高価なものではないにしろ何処から見つけてくるのか趣のある物を購入してはさりげなく彼女の腕や耳を飾っている。まんざら審美眼が皆無というわけでもないようだが、逆にしかし、それはそれで余計に両極端な振る舞いが浮き彫りになってしまい、酒場女などから世間の仕組みを知っている船員達は、彼女が船員に理髪を頼む度に、その報酬の酒をやりながら彼女のくだらない噂話をしているようだった。

「できやした、こんな感じでどうです?」料理長は手鏡を差し出しながら尋ねる。彼女は手渡された手鏡を使うことなくテーブルに置き、その両の手で理髪されたばかりの髪をバサバサと櫛上げて感触を確かめる。
「うん、軽くなったわ。ありがとう」一言だけ礼を言い、料理長と共に床に落ちて居る自らの一部だった銀髪を掃除すると船室へと戻っていった。
目を閉じていても躓くことなく辿り着けるだろう程に体に慣れた船内はドーバー海峡の波と比例するかのように緩やかに揺れている。船室までの通路を計ったように同じ歩調で戻る途中に甲板から船員が走ってきた。
「海賊でも現われたの?」
少し息を切らせている船員は大きく顔を横に振ってそれは違いますと返事する。
「西にライラ殿の船が見えます。」
「それは見に行かなくてわね。」
甲板に出てみると、確かにライラの船が見える。
「信号を送ってみて」
彼女の言葉に船員は鏡を使って信号を送る。
ライラの船の挙動をじっと望遠鏡の視界から確認する。手旗が返ってくる。
「我 ロンドン 帰港、西 全テ 良シ」
望遠鏡の視界には同じく望遠鏡を覗く人物が映る、ライラだ。
こちらの行き先を返すと、望遠鏡を覗くライラは手を振る動作をした後、船が近寄りすぎないように指示を出す為か彼女の丸い視界から消えた。
「彼女は何処へ行ってたのかしらね?何か新発見があったのかしら、上機嫌に見えたわね」
「あっしらも良い発見できると良いですねぇ」
「それは貴方達のがんばり次第よ、頼りにしてるわ。」
「へへへ」
不慣れな鳥類の調査とは言え、依頼内容は極めて簡単そうだ。それなりに日数を掛ければ確実に達成できるだろう。不安材料は今のところ「不慣れ」という事だけ、しかし生物学を修めようとしている彼女自身にとっては鳥類の調査も習熟しなければならない事と自覚していた。丁度良い機会だと依頼を受けた後に無理矢理自分でそういう理由をこじつけていた。
ライラの船と行違えて、船はドーバー海峡からブリテン島南部海岸線沿いに航行を始める。
残りの航路は約1日、行き慣れた航路とライラがもたらした情報により安心して西進する。船内は上陸の準備をゆっくりと始めている。
「提督ぅ、今回の調査には銃装しますか?」
これから向かう先は何度も上陸経験がある、その度にその近辺を探索するも。山賊の疑いがある物は何一つとして見つかっていない。船員もそれを承知だが勝手に兵装のランクを決められる訳もなく一応儀礼的に尋ねてきたのだ。
「銃装は無くても良いわね、全員普通の兵装で準備させて。でも万が一を考えて非常食の携行だけはさせておいてね。」
予想通りの答えに大きく返事した船員は早速その指示を持って船内へと戻っていく。
「さて、私も準備するかな」
順調な日程に満足しつつ甲板を後にしようとした時、低く吹いていた風が甲板で跳ね返り、まるで床から吹上げるような感覚の湿った風に船内へ戻ろうとしていた彼女の髪が空を向くように舞い上がる。
「全く、嫌な風ね・・・」
吹きぬけた風を睨むように後を振り返る。うす曇の中で太陽が西の海に消える準備をしている。
「今日は妙に朱いわね、気のせいかしら。」
朱色に染まった雲を見ながらそう呟くと彼女は風に止められた足を再び船内へと向けた。

「明日の朝上陸する。船守はいつもの順で担当班が残り、他は全て調査隊とする。上陸開始後は船を少し沖に出して待機して欲しい。調査隊は今回の調査は鳥類であるため望遠鏡は必携、兵装は普通。3日ほど進めば目的地に着くだろう、そこで基本的な調査を行う。ここに今回の対象である鳥類の図がある、これをよく覚えて誤調査のないように。非常事態発生時は人命最優先、各員自らの安全を図りながら西の丘に集まる事。以上」
「提督ぅ、非常食はどれだけ持っていけば?」
「各員、2日か3日分でいいだろう。」
再び食堂が会議室となっている。探索に慣れているとはいうものの一つ間違えるだけで自らの生命に関わる事となるのは重々承知している彼らから慎重な質問と意見が出されている。無論、儀礼的に探索の度に同じ内容の質問も繰り返される部分もあるが、慎重を期する事の大切さを再確認する上で重要でもあった。
「他に何かないか?」
ひとしきり浴びせられた質問と意見の全てに対し答え終わった彼女が一同を見ながら次なる意見を促す。これ以上のものがないと確かめた後、彼女は会議を解散し会議室は本来の食堂へと戻り、そのまま夕食となっては一変して場は騒がしくなる。

牛肉のローストバジリコソース、クラムチャウダー、ほうれん草ソースペンネにワイン。探索前日の夕食はいつもより内容が豪勢で、この船の料理長が粋な計らいを見せている。彼女も船員達もそれが楽しみであった、美味い夕食が消えていくのは速くて料理長もここぞと言わんばかりに普段より多くの量を調理しても、彼らが食堂から出ると綺麗さっぱり皿は空だった。

狂おしいまでに緑に光る木の葉を繁らせた森林の中を何人、何百人と歩いたであろう畦道を進む、かつては彼女自身も何回として歩み進んだ道だ。霧の街から近い上陸箇所として駆け出しの頃にはまともな依頼がなく時間を持て余すぐらいならと足しげく通っては遊び場所にしていた所でもある。森はあの頃と少しも変わらずに未だ発見されていない新種を隠し持っているかのような雰囲気を湛えている。

彼女も数多くの上陸地点へと足を踏み入れたが、どの上陸地点も何かを秘匿し冒険者をあざ笑うような葉擦れの音やざわめきが好きだった。いつ何時命を落とすとも知れぬ未開の辺境地であっても、冒険家にしか分からない隠された臭いというか包み込む雰囲気を彼女はこよなく愛していた。

例えばそれは、人を餌と思う猛獣の居る地であったり、毒をもった昆虫が多く生息する地であったりもするが、彼女にとってはそれこそも含めた全てが何よりも替えがたい時間だった。彼女は常に言う「新種を発見した喜びは、探索のそれに関して一瞬の悦楽でしかないの。その一瞬だけの悦楽の為に冒険家をしていると言う人も世に数多く居るけれど、私はそれとは違う部類になるでしょうね。確かに目標は新種を発見することかもしれない、でも私にとって探索とはその場に居る一瞬一瞬に起こり得る事全てを味わう事、それが私の真の目的なの。船を下りて未踏、既踏の地関係なく足を踏み入れた瞬間から私は学ぶ時間が始まるの、それは一枚の木の葉からも教わることは多いわ。知識は万人のものなの、より多くの情報を得てそれを隠すことなく生活し、そして「なぜ?」と問い続ける人生を歩いていきたいの。」

そう言う彼女の探索は目標だけを追いつづける探索ではない。現に過去において依頼された仕事だけを遂行して戻ったことなどなかった。一度探索へ入るとまずは依頼された仕事をこなす、満足する結果が得られると期日までの空き期間は彼女の研究(?)時間に当てられる。それは植物、生物、昆虫、地上、水中なんの纏まりもなく彼女自身が気になったモノ全てが対象である。そして彼女が納得するまで期日ぎりぎりまでそれは続くのだった。

上陸してから2日が過ぎると予定より早く依頼の鳥類を発見し早速調査が始まった。行動時間、食性、生息数と近辺を望遠鏡で観察する。彼女を含め調査隊をいくつかのグループへ分けて分担作業でそれを追っていく、皆も慣れている手順で彼女の元へ調査レポートを届けてゆく。彼女はそれをもとに報告書を作る。依頼主の求める情報に新たなる情報を付け加えながら書き進んで行く。さすがに手馴れた船員達だ、予定は10日と思っていたが、4日過ぎた今日で顧客を満足させるであろう内容は全て揃っていた。それらを書き留めながら彼女はこの続きでは何を調べようかと嬉しく悩んでいた。

5日目、今までの進捗具合を鑑みると今日で最終だろう。今日は調査漏れがないか最後の確認をする事だけだ。要求されていることがさほど高くない内容である為、漏れる事はないが次いつ会えるかもしれないその鳥類を見納める意味合いを含めての調査である。

「依頼に関する調査は本日で終了する。満足いく調査結果が出たことに感謝する。これより本隊は当基地を撤収し、調査ポイントへ向かう。調査漏れがないかの確認を行った後、東へ移動して少し植物探索を行う。各グループに分かれた後、ポイントで再調査を行い夕刻までに指定した東のポイントへ各集合して欲しい。以上」
撤収の合図が送られた、彼らは一斉に作業へと取り掛かる。と言っても昨夜から伝えていた為その作業はさほど時間を要しなかった。

撤収した隊はここへ到着したときと同じ荷物を抱えて調査ポイントへと向かう。ここ数日で調査隊が歩いた箇所はやんわりと踏み固められ細い獣道が出来上がっている。連日の快晴でまだ地面が乾いているだけ歩きやすいが、やはり急造の道では歩きづらさは街のそれとは全く違っている。繁る木々の葉から毀れる日差しが所々神秘的に照らし出しているものの全体的には薄暗くしんと静まり返っている。一行の進むざくざくという足音が遠くに響いているようだ。草木から出る森林独特の香りは行軍する者たちの疲れを癒すように辺りに充満している。基地から調査ポイントまでは約半時ほどで到着しここで各グループへ別れて確認調査した後東のポイントへ向かう手筈だ、グループ長を集め彼女は最後の確認をする。
「夕刻までに東の・・・・」
その時だった、1発の銃声が響く。
「伏せろ!」
続いて2発目、3発目の銃声と共に辺りの木に弾が命中したような挙動を見せる。
それと同時に汚い怒声を上げながら見知らぬ男達が隊めがけて突っ込んでくる。
「山賊だ!西の丘へ!絶対に命を粗末にするな!私のグループは最後まで残る、他は散れ!」
腰に提げているものを抜刀すると、こちらへ向かってくる山賊の数をざっと数える。
「(むこうは12・3人、こっちが10人。少し分が悪いな)」
向かってくる男たちを睨みつけながら残った船員達に声高く叫ぶ。
「皆、無理はするな!絶対に命は落とすな、どんな形でもいい生き延びろ!家族のことを思いながら生きろ!」
「(・・・家族か・・・我ながら皮肉な言葉だ)」
自らの言葉に自問自答する。
その間に2人の山賊が彼女の前に現われる。
「女だ!これは使えるぜぇ」
下品な口調に吐き気がする。
山賊からしてみれば「男は殺して奪え、女は生かして使え」この簡単なルールを愚直に守るだろう。彼女にはありがたくないルールだ。捕まって嬲られ続けるぐらいならいっそ殺してくれた方がまだ救われるものを・・・。
しかし、むざむざ捕まるのを是とするなど言語道断と彼女は細身の柄を握り締めた。

「アンレ、オマエは本当に弱いなぁ」
膝から崩れるように座り込む彼女の傍らでF・トーレスは少し困ったように笑いながら言う。
声も出ないほどに肩で息をする彼女を見ながら彼は手に持った模擬剣でトントンと肩を叩きながら動けない彼女とその様子を見ていたケンケーンと交互に見た。
「ちょっとケン君、こっちへ来なさい。」
いきなりの指名に「おっ」と声を出しては慌てて駆け寄る。
「ケン君、そこに立ってなさい。」
「トーレスさん、痛い事しないでよ」
「あほ!何を言うとる。そんなこと言いよるから強くなれんのや!オマエもアンレの後で稽古つけたるから安心せい」
「えー。」
「やかましい、じっと立っとれ!」
2人の会話も全く耳に入らない様子でアンレーデは大きな息をしながら空を仰いでいる。全身は汗に塗れ、いたるところから汗が垂れている。
「(おかしい、なぜこういう流れになったのか・・・)」
ぼやける思考の中で今に至る経緯をゆっくりと思い出していく。
彼女は書庫へ連日で泊り込んでいた、何か依頼を受けたわけでもなかったが、不意に気になる事を思い出してからと言うもの篭り続けていたのである。そんな泊まり生活の中で休憩をと立ち寄ったレストランで、偶然にも彼ら2人に会ってしまった。
彼女としては楽しい昼食を取って気分転換した後に書庫へ篭る絶好の機会だと思っていたのだが、F・トーレスの一言でその希望は脆く崩れたのである。

「よし、2人共。飯食ったらアンレの特訓するぞ」
今まさに運ばれてきたチーズケーキを味わおうと口へと持ってきた時の事だった。彼女は開いた口がふさがらない様子で彼の突飛な発言にその瞬間のまま硬直している。
「いつも書庫に篭ってばかりだと不健康や!少しは運動せなならん!決まりやな。」
彼は1人で話を進めて決着させてしまった。
「返事は!?」
全く彼のペースに取り残された2人に返事を促す。
何のことやら分からずに呆気に取られていた2人はその言葉に思わず「はい」と答えてしまった。
「(・・・まんまと乗せられたわね。)」
髪から肩に伝わる汗を感じながら、彼女はまだ空を仰いでいる。いっそこのままこの野原に寝ることが出来るならどれだけ幸せだろう、柔らかに繁るその草いきれと太陽の暖かさを感じながら目を閉じることができたなら今はなんと心地よいだろう。
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