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金の獅子の背に乗って
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金の獅子の背に乗って

第5話その1

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セビリアのお気に入りである喫茶店で彼女は午後のお茶を楽しんでいた。まだ三角巾をしたままで私生活でもそれなりに支障があるようだ、書庫から借りてきた書籍を読みながらロンドンで買い求めた紅茶を店員に無理を言って淹れてもらっている。船員達には適当に休暇を取ってもらった、左手があの様子では彼女の冒険に対する情熱も今はおとなしく「次の出航は14日後を思っているから、それまではゆっくりとして欲しい。」と船員達に伝えていた。
彼女も2日ぐらいはおとなしく船内でゆっくりと養生していたが、あまりの退屈さと痛みに街中へと降りてきた。はっきりと不機嫌そうな顔をしている、それもそのはず、彼女は今女性休暇になってしまったからだ。毎月の事とは言えこの左手の事もあり言い表せない苦痛が彼女を襲う。何かで気を紛らわせないかと思い書庫へと足を向ける。今迄に多くの生物に関する依頼を受けそれに関する書物はほぼ読破したと言っても過言ではない。最近は書庫へ入ると考古学に関するものなら洋の東西を問わず片っ端から読みふけっていた。こうやって少しでも何かに熱中する事で彼女の内臓を抉るような痛みを晴らせる何かに助けを求めていた。
「エジプトの遺跡、遺物に関する調査について」という今日の獲物を書庫で見つけ正規手続きで持ち出しをし、カフェへと向かう。店員に茶葉とチップを渡しいつもの席で早速1ページ目を開いた・・・。読む事に集中している間は痛みも和らぐ、右手だけでの行為に少し読み辛さを感じるが、頁を追うごとにそれも次第に慣れてくる。
昼過ぎには分厚いその獲物の半分以上を読みきっていた。何杯もの紅茶とお菓子を口へ運んではいるが、著者の文章も読み易い事もあって順調に頁を捲っている。
「好きなお茶とケーキを頂きながら好きな本を読む・・・これだけの生活も良いわね。」
と一息入れるように姿勢を正してティーカップに手を伸ばした。
「アンレーデさん、お久しぶりです。」
聞き覚えのある若い声が彼女の耳に入る。
「この席よろしいかしら?」
2人の女性が彼女の返事を待つように立っている。クリスチーネとアイメルだ。
「お久しぶりですね、どうぞお掛けになってください。」
「お変わりないですか?っと言ってもその腕を見ると・・・」
「ふふふ、少しドジを踏んだだけよ、何か飲み物は?」
「先に注文していますから、お気遣い無用です。」
クリスチーネはアンレーデの左腕の事が気になっているようだ。
「気になる?ブリテン島南部でね。」
「え?あの噂ってアンレーデさんだったの?」
「あらあら、巷で噂になっちゃったのね」
「噂もなにも、ギルドマスターに直談判したって噂になってるよ」
「あちゃ、それとコレとは話が違うのだけど・・・」
「そうなの?」
アンレーデはブリテン島南部での出来事からギルドマスターまでの事を簡単に話した。
「そうだったんだ。」
「人の噂なんてそんなモノよ。皆、面白可笑しく想像するからね。」
「一時期、アンレーデさんがギルドマスターの愛人だ。とかの噂もあったよ」
「涙を流しながら部屋を出たらそうなるでしょうね。」
少し呆れた顔をしながらアンレーデは紅茶を口にする。そんな中、アイメルがクリスチーネの服を引っ張って何か合図を送っている。
「そうそう、今日お伺いしたのはね、その話も聞きたかったのだけど。アイメルの事なの」
クリスチーネがそう言うとアイメルは恥ずかしそうに口を開いた。
「私、アンレーデさんの商会に加入申請しました。」
「え?」
「そう言う事なのよ」
「それは私たち商会の人間からしてみれば嬉しい事だけど」
「よろしくお願いします。」
「えっと、歓迎するわ。」
「はい、がんばります。」
「アンレーデさんの所なら安心して預けられるしね。」
「さて、意味がわからないわね。」
「私、軍に籍を置いたんです。」
「え?」
「以前にアンレーデさんにお会いして握手していただいた時にアンレーデさんの手は私と比べて強い手だったんです。私は自分の考えが甘かったって気付いたんです。」
そういわれてアンレーデは自分の手を改めて見てみる。
確かに、女性の手としては手の皮は厚くなり、爪も短く華やかな生活を送っている手ではない。
「だから、軍籍を置いて強くなりながら勉強しようと思うんです。」
「アイメルさん、私の手は銃を握る手でも、剣で賊を討伐する手でもないのよ。私は弱いのよ。」
何かを諭すようにアンレーデはその手を見せる。
「この手は土を掘り、梯子を上り、ツルハシを握った手なの。貴女が言うほど強くないわ。」
「・・・それでも私はアンレーデさんの業績に憧れています。私もその手のようにならなければと思うんです。」
「この手の何処が良いのかしら。痩せて、ごつごつとして、綺麗とは言い難いこの手が。」
アイメルは真剣な眼差しでアンレーデを見つめている。
「でも、軍に籍を置きながら学問で大成した人も居るわ。お互いがんばりましょう。」
「はい!がんばります。」
「難しい話はコレまでよ、もう少しお時間あるかしら?ここのチーズケーキは絶品よ」
「よろこんでっ」
ケーキを食べるアイメルはクリスチーネやアンレーデから比べるとやはり少女の面影が残る。この姉妹、海に出させるのが勿体ないほどの美形姉妹だ、艶やかな金髪を共に緩やかな風になびかせ、整った目鼻立ちは行き交う男性を振り向かせるだろう。しかし、2人ともに海へ出る事を選んだ、どんな経緯があるにせよこれから先、行く先々で彼女達の噂を聞くことが増えるだろうなと彼女は紅茶を味わいながら考えていた。

「これから東へ行くわ」と言いながらクリスチーネ、アイメルがそれぞれに席を立った後、再びアンレーデは書物へと目を向ける。彼女等2人のお陰でその時間は苦しい痛みも忘れた時間になった。こうして1人になってみると、その痛みがじっくりと戻ってくる。
「(今月は辛いわね・・・やはり船でじっとして居ればよかったかしら・・・)」
思わず眉間に手を当てて顰め面になる、毎月の事とはいえ決して楽なものではない。途切れた集中力を取り戻そうと文面に目を戻す。
「失礼する。アンレーデ女史とは貴女かな?」
いつのまにか彼女の正面に立っていた男がそうアンレーデに尋ねる。
「えぇ・・・」
「我輩はジョルジュ・ゴーダであるゴーダと呼んでもらって結構だ。このたびゴールデンルーヴェで厄介になる者だ。以後よろしゅう、この席はよろしいかな?」
口元に髭を蓄え、キリッとした顔立ちだが、頭髪を綺麗に剃っている。その風貌に一瞬驚いたものの、相手に悟られぬように言葉を選ぶ。
「どうぞお掛けください。私、アンレーデですよろしくお願いしますわ。」
突然のことに少しパニックになっている。読んでいた本に栞を挟む事無く閉じる。
「セビリアに立ち寄る度にここへ足を運んだがようやく会えたな。いきなりの訪問で失礼であったかな?」
「いぇ、お会いできて光栄です。」
「我輩はトーレスとは旧知でな。紡績商を生業にしておる。」
「私は・・・」
「トーレスから聞き存じておる、生物学を学ばれているとか、苦労な事だ。むっ、貴女のカップが空のようだ。何か飲まれるか?」
彼女の言葉を遮りながら次々と話かけてくる。言葉遣いはぶっきらぼうだが中身は紳士的なところがあるようだった。
「それでは、紅茶を・・・」
「うむ」
ゴーダはそう言うと店員を呼んでなにやら注文する。
「ゴーダ殿はF・トーレス商会長と如何なる間柄で?」
「うむ、トーレスとは戦友みたいなものだな」
「戦友?」
「ま、詳しく語ることでもあるまいよ」
「それで、ゴールデンルーヴェには誰かの紹介で?」
「トーレスから連絡あってな。ま、興味本位だが協力してやろうと思ってな」
「ご協力いただいて嬉しく思いますわ。」
「この席で本を読む女性が居れば貴女だと聞いていたのでな。」
「何ゆえ未熟な冒険家ですから、一度海へ出ると長らく戻れないですから。」
「結構、学術探求ご苦労である。」
「お褒めいただき嬉しく思いますわ。」
「トーレスが作った商会と聞いて、どんな物好きが居るのかと思ったが。貴女のような方が参加しているとは、トーレスも隅に置けんな。」
「お褒めの言葉として受け止めさせていただきます。」
「うむ」
彼女は目の前に座るゴーダの一挙手一投足を具に観察した。テーブルマナーや行動の端々はしっかりとしている。
「(・・・不思議な方ね。照れ隠し?それとも・・・でも良い方のようね)」
「我輩はこれからバレンシア方面に交易へ行かねばならん。お会いできて良かった。失礼する。」
いきなりにそう言うと、自らの食事代をテーブルへ置き一礼して席を立った。
「・・・トーレスも新しい人が入ると言うのなら、知らせてくれれば良いのに・・・ったく、びっくりしたわ。」
「しかし、今日は忙しい日ね。こんなに来客がある日なんて1年通しても何日ある事かしら。」

痛みの治まらない頭を擡げながら、先ほどまで開いていた頁を探す。
「えっと・・・」
再び書物へと目を戻した彼女はふと思いつく。
「まさか、他にも誰か加入しているんじゃないでしょうね?」
素朴な疑問が彼女の頭に浮かび上がる。
「仕方ない、商会管理局で調べてみるか・・・」
そう言いながら本を閉じると、右手だけでどうにか支払いを済ませて管理局へと向かった。
「ゴールデン・ルーヴェの者です、商会帳簿を見せていただきたいのですが。」
ギルドと異なり、普段から閑散としている商会管理局は殆ど待ち時間なく手続きが完了する。所定の用紙に身分証明するギルド登録証を提示すれば容易く見せてくれる。
「ゴールデン・ルーヴェのファイルはこちらになります。」
薄っぺらいファイルが発足したての商会だという事を示している。そのファイルを手に取り中へ目を通す。
「商会長F・トーレス。会員ライラ、アンレーデ、イザナミ、アイメル、ジョルジュ・ゴーダ、セイジ・・・やっぱり!」
彼女の予感は少なからず的中した。
「あの人もなんだかんだと言いながら一番積極的じゃない。」
ファイルを管理局受付に渡し、管理局を出た。外はもう夕刻と呼べるほどに朱色に染まっている。
「さてと。今日は何で済ませようかな・・・。」
右手一本では出来る事は限りられて来る、左手も使えない事はないが無理に動かして傷を開ける訳にもいかない。さらに、厨房は彼女がここ数日使っても洗い物が出来ていないために大変な状況になっていた。右手だけでは使うだけで精一杯で片付ける所まで手が回らない、洗い場が使ったグラスで一杯になりかけた時に彼女は厨房に入るのを止めた。(すでに手遅れでは有るが)そんな訳ですっかり厨房から足が遠のいた彼女は、外食に頼るようになり船員はまだ帰ってきていない為、気楽な一人暮らしである。
人ごみで溢れかえっている、その中を左手を庇いながら今晩の肴を探して行く。
「そう言えば、そろそろお酒も切れる頃ね・・・」
惣菜を物色しつつ「お酒も無いなら酒場で済ませる方が楽かな?」と考えていた。惣菜屋の店主は冷やかしとも見える彼女に少し苛立っているようだ。
「いぁ、酒場だと飲みすぎちゃうから。やっぱり買って帰ろう。」と呟いて牛肉のワイン煮込み、ほうれん草とキノコのソテーを注文する。先に金貨を手渡し「お釣りは要らないわ」と言うとさっきまで彼女を睨んでいた店主は掌を返すように上機嫌になり。毎度ありと威勢良く返事する、お釣り分とはいかないまでも少々サービスがついたぐらいの量を包むと「気をつけてよ。」と気前良く愛想をふりまいた。彼女にしてみれば、お釣りを取る手間が不便なだけで、機嫌を取ったわけでもなかったが、そういう効果を齎してしまったらしい。
「現金なものね・・・、まぁ私でもそうなるでしょうケド」
彼女はそう独り言を口にしながら一番の繁華街を抜けるように歩いていった。
日が翳ろうとしているセビリアは日中より人の声が多くなり一層賑わっているように思える。
「船に戻って、鎮痛剤を飲まないと・・・」
賑わう街の港までの道を足早に歩く。そんな途中の4つ角で出会い頭に男性とぶつかりそうになる。
「おっと」
互いが同じ言葉を発する。
「あっ」
またしても同じ言葉だった。
「あれーアンレーデさん、元気だった?って怪我してるのか。」
「ふふふ、セイジ殿はどうなのかしら?」
「元気ですよー」
「私の方は見てのとおりよ。」
三角巾に納められている左手をぽんぽんと叩く。
「それは、大変だね。あれ?惣菜?」
「ん?えぇそうよ」
「料理できる船員居ないの?」
「皆は休暇中なの」
「んじゃさ、俺の船においでよ。とびっきりの晩御飯出すよ」
「折角、惣菜買ったからね。お招きありがとう。」
「そんな冷めた料理より、料理は出来たてが一番!食べに来てよ」
「・・・・・・じゃぁ、お邪魔しようかしら」
このセイジという提督はゴールデン・ルーヴェ商会長であるF・トーレスと共に西アフリカへ赴いた時、共に艦隊を組んだことがある。当時はさほど話をする機会がなかったが、物腰の柔らかい好青年であった事は記憶している。切れ長の目に眼鏡をかけ物事を鋭く見つめている風貌から近寄りがたい雰囲気だが、酒場に屯する女性にはなかなかどうして受けのよさそうな青年である。

「大変だったね~。でも、無事でなによりですよ。」
左手の事を聞かれ山賊襲撃からの経緯を大まかに話し、それを聞いた彼の感想である。
屈託のない笑顔で言われると彼女としても返す言葉に困ってしまう。港までのわずかな距離を歩く。
「そう言えば、俺の事覚えてくれてました?」
「それは勿論覚えてるわ。」
「良かった、あの時以来だからねー。忘れてると思ってた。」
「それは私もだわ。」
「いやー、アンレさんは何となく覚え易いというか忘れられないというか」
「聞きようによっては良い風にも悪い風にも取れるけど?」
「もちろん良い意味ですよー」
「本当はどうなのかしら?」
「他意はないですって、ヒドイなー」
コレほどまでに饒舌な彼とは知らなかった。久しぶりの再会に人見知りする事もなく明るく話している。この気さくさが彼の人気を高める所だろう。それに舌が回るだけでもなく、戦闘においてもそのサポートは諸提督を唸らせる程らしい。彼女は戦場を共にした事がないためその腕前を知る由も無かったが、噂では各商会による彼の引き抜き合戦が密かに行われていたと聞いていた。
「あ、足元気をつけてね」
彼の船へと続く艀をエスコートされながら歩いて行く。ここまで丁重にされると彼女としても面映いというか照れ臭さを感じてしまう。
甲板に降り立つ、妙に忙しくなさそうな感じの船員達が仕事をしている。彼女の船の慌しさとはまるで違う。「(これが船員教育の差かしら・・・)」自らも嫌な性分とは分かっていながらも案内されている途中に様々な所を我が船と比較分析している。「(さすが、諸提督が欲しがる人ね)」実にシンプルにまとめられている船内はその提督の実力を現しているようだ。「(良く纏められてるわね・・・ただ、ちょっと飾り気が少ないのが・・・)」
「じゃ、アンレさん適当に座って待っててよ。」
「皆お気に入りの席があるんじゃないの?」
「ん~、じゃ、ここへ座ってて」
薦められた席にちょこんと座る、椅子はどの船も大して変わりは無いようだ。
「何か飲みますか?と言ってもブランデーぐらいしかないかな・・・」
「じゃ、それを頂いてよろしいかしら?」
「おっけー」
新しいボトルとグラスを彼女の前へと運び、慣れた手つきでグラスへと注ぐ。
「アンレさん、お願いがあるんだけど。」
「右手だけで出来ることかしら?」
「うんうん、待ってる間暇でしょ?俺ん所の船員に冒険談でも聞かせてやってよ。」
「あら、口下手な私に?」
「よろしくー、おーい、誰が居るか?」
彼の指示で手が空いている船員が食堂へと集まってくる。
「今日はアンレーデ提督にお越しいただいた。彼女は職業冒険家であり特に生物学に精通しておられる。料理が出来るまでの間、提督に冒険について聞くと良い。ただし、くれぐれも粗相のないように。」
そう言うと彼は厨房の中へと入っていった。
「厨房に入ってなにするの?」
「あれ?言ってなかったっけ、今晩の食事は俺が作るんよ。」
「料理できるんだー。」
「そだよ、出来ると言うよりメッチャ得意やね。」
「便利ね・・・私の船に来ない?」
「いぁ、それはちょっと・・・それより話を聞かせてやってよ。」
「そうね。えっと、何から話そうかしら・・・」

「・・・・っという訳で、なんとか命からがら生き延びたわ。ここに居る皆さんはセイジ提督の元でしっかりと修練を受けてるでしょうから心配ないわね。さて、何か聞きたい事はない?私だけ話しても眠いだけでしょうから。」
他船の船員に経験を話す機会など滅多に無い、それもこんな大人数相手だと何を話していいものやら話のネタに困るものだと彼女は自らの話術の無さに少し辟易している。
「アンレーデ提督ぅ~、生物学って何のためにあるんですか?」
物怖じしない船員達から質問が投げかけられる。
「アンレで良いわ。そうね、今は一部の人たちの物珍しさを蒐集する為に各地を廻らされているようなものね。」
「それじゃー、その一部の人の道楽の為にあるんですか?」
「それは違うわね。ううん、私の中では全く違うわ。一部の人たちの為だけに動くなんてそれは現在の見解ね。私たちは身の回りに居る生物に関して無限に与えられているように錯覚しがちだけど、良く考えてみて私たちが生きているという事は父が居て母が居るの。生物も同じよ、生殖行為を経てその種が存続できるの。いつの日か何かの原因でとある種が激減するかもしれない、その時、私たち生物学者が学んだ事がきっと活かされるの。生物学とは私たちの孫やその孫へと今私たちが享受している恩恵を残す為の学問と私は考えているの。」
一同はしんと静まり返って聞いている。誰として返事に困っているようだ。僅かな沈静の後に再び質問が飛んできた。
「アンレ提督~子孫の為の学問とは良く分かりませんでしたが、提督の子孫は誰と残そうと思っているんですか~?良かったら俺と結婚しませんか~?」
会場がどっと笑いに包まれる。
「アンレ提督はオメーなんか見てねーよっ」
「アンレ提督~うちの提督をどう思う?」
「オレはアンレ提督みたいな美人の所が良いな~」
「提督~オレを冒険で使ってくれ~」
和やかになった場では皆が思い思いの事を口走っている。それを手で制するようにしながら彼女は最初の質問に答える。
「そうね、相手は今のところ秘密にしておくわ。それに私の計算だともぅまもなく料理が運ばれてくるわよ」
そう良いながら厨房の方を指差すような仕草をする。一同の目線がそちらに流れる。
「おーい、出来たよ~」
セイジの軽やかな声と共に皆が注目するドアが開く。そのタイミングにあわせて一同が「おー」と声を上げる。
「ん?どうした?」
自らがドアを開けた瞬間に上がる声に少し驚いたようなセイジ。
「ふふふ、なんでもないわ」
「そーなん?料理出して良い?」
「皆、待ちかねているわ。私の話は彼等の空腹を満たす事はできないみたいね」
「お前達、粗相はしてないやろうな?」
それぞれが首を振ってそれを否定する。
「私も何か手伝おうかしら?」
「いあいあ、アンレさんはお客さんですから座っててください。おい、そうそうオマエ、アンレさんに料理をお取りしろ。そうそう。失礼の無いようにな」
次々にテーブルが料理で埋められて行く。魚介類のピザ、鶏肉香草炒め、キノコとハムのチーズソテー、カルパッチョ、サラダ・・・
「これって多すぎない?」
目の前に並べられている料理を一見して言葉が口を突いた。
「んー、ちょっと張り切り過ぎたかな。ま、気合で食べてよ」
「気合って・・・」
「まだ、お代わりあるからどんどん食べてね。」
「全部自分で作ったの?」
「うん、料理たのしーよー。さ、食べないと減らないよ。」
この笑顔に騙される、しかし、これでいて市井の色事に噂が立たないというのも彼の不思議な魅力だと彼女は思った。
賑やかな食事が始まった、並べられた料理はどれも唸るほどに美味しい。
「(うーーん、これは私の負けだ・・・。)」
基本的に消費者側の彼女でも僅かに厨房に立つことはある、それなりに自分の腕というものを知っているだけに、セイジの料理には脱帽という感だった。
「アンレさんの船って誰も居ないの?」
「ん~、誰か戻ってきてるかも知れないけど。今は基本的に私だけかな。」
「それってちょっと危なくない?」
「まー、船自体は盗られる事ないし。それに、船内にお宝があるわけでもないから」
「い、いや。それもだけど・・・ほら、アンレさんも一応女性やし。」
「あら、気遣ってくれてるのね?」
くすくすと笑いながら、鶏肉を口へと運ぶ。
「今日はこの船に泊まっていきなよ、空いてる船室もあるし。アンレさんの船にはこっちから見張りを立てとくからさ。やっぱり、1人は危ないよ。」
「これ以上のご厄介になるのも気の毒ね。こんなオバサンを襲う物好きなんて居ないから大丈夫よ。」
「いぁ、絶対危ない。おい副長!食事終わったら適当なのを5人ばかしアンレさんの船の見張りへ向かわせてくれ。」
「いいわよ、そんなに気を遣わなくても。」
「いや、ダメ。決定―!」

会食後の彼女は1人甲板で夜風に当たっている。何もかも人に頼りっぱなしの最近を思うと自分自身が情けなくなってくる。思い当たれば思い当たるだけの人からの厚意に何も出来ない事がこんなにも自分を惨めにしてしまうのかと穏やかに揺れる船の上で考えていた。夢遊病者のようにふらふらと舳へと足を進めては海の良く見えるところへ座り込んだ。
一定の模様を繰り返す海のずっと先にある水平線を目でなぞりながら、彼女は意味をもたらさない時間を作っていた。
「私に出来ること・・・」
空ろな声が口から漏れる。その声を飲み込むかのように海風が彼女に吹付ける。薄着の体にその風だけではない寒さが染み込むように彼女を吹付けている。
「こんな所にいると体壊すよ」
いつの間に居たのか、セイジは持ってきた彼女の上着をそっと肩にかけては彼女の隣に座った。
「料理ご馳走様。」
「いやー、今日は頑張ったよ」
「周りの人が皆すごく思えるわ」
「ん?」
「いあ、なんでもない…」
「アンレさん、考えすぎじゃないの?」
「え?」
「思った以上に自分の手は大きくないよ。誰だって両手の器で海の水全てをを掬いきれるはずないよ。全部自分で抱え込むって案外と出来ないんじゃないかなー。」
「そんなものなのかしらね。」
「それに…」
「それに?」
「あんまり考えすぎると目じりの皺が増えてるよー」
「増えてる?!」
「あははは、ココは寒い。ビスコチョ作ってるからお茶でしようよ。」
「お菓子まで作れるの?」
「趣味ですから~」
セイジは左手の利かぬ彼女の右手を取って彼女を立ち上がらせる。新月を少し越えた月明かりに照らされた2人の影は船内の食堂へと向かっていった。

翌朝セイジはアンレーデを朝食へ誘う為に彼女の部屋へと向かった。昨夜彼女と遅くまで起きていたにも関わらず、しっかりと朝食を作り上げている。
「アンレさん起きてるかなー?」
軽い足取りで彼女へ貸した部屋の前まで来るとドアを軽くノックした。
「アンレさん、朝だよ。起きてる?」
部屋の中から返事はない。
「あれ?・・・アンレさーん、朝だよー」
再びノックと共に彼女へ呼びかけるが同じく返事はない。
「・・・アンレさん?入るよ。」
何かあっても失礼だが、彼はゆっくりとドアを開けて部屋へと入る。そこには綺麗に片付けられたというより使った痕跡が殆ど見当たらない空の部屋だった。ただ、彼女が居たという事は机に置かれているブランデーの瓶とグラスで分かるものの、ベッドやその他には使用して片付けられたそれではなく、最初から使われなかったような状態が残っていた。
「あれ?」
確かに昨夜(といっても今朝に近い時刻)には「そろそろ寝ようか」と盛り上がる話を切り上げ彼女を部屋まで案内した事を彼はしっかりと覚えている。
「また、甲板で座り込んでるのかな?風が冷たい時期にまた体に悪い事してるな。」
彼は部屋を出ると速めの歩調で甲板へ続く通路を通り抜けた。セビリアは寒風が吹いているものの快晴で少しその明るさに目を細めては甲板を見渡した。
「居ないなー、何処行ったんだろ・・・。おぃ、アンレ提督を見なかったか?」
デッキブラシで掃除する船員に尋ねてみる。
「あぁ、アンレ提督は朝一番で街へ出られたそうですよ。行き先は聞いていませんが、後々戻ってくるとは仰ってたそうです。見張り番の話ですが・・・」
「そうか・・・あの人も結構無茶する人だな・・・」
「っと、お帰りになられたようですぜ。」
「ん?」
噂をすれば影とはいかないものの艀を歩いて彼女が戻ってきた。
「セイジ提督おはよう。早いわね。」
「アンレさんの方が早いよ。いきなり居なくなってビックリしたよ。」
「あら、心配かけてごめんなさい。」
「朝食できてるからさ、とりあえず食べようよ。」
「本当に料理得意なのね」
「ばっちり!」
プレーンオムレツに生ハム、サラダ、フルーツジュースが並べられると2人は朝食を摂り始めた。
「あれ?アンレさん、左手はもぅ良いの?」
相変わらずに左手を使わずに居るものの、三角巾を使っていない。
「過激に動かさなければ大丈夫だと医者は言ったからね。とは言うものの本調子とはまだ遠いから半端に不自由ね。」
「そーだね。それよりさ、アンレさん夜寝た?」
「突然なに?あの後は寝たわよ」
「ふぅーん、その割には顔色悪いよ?どっか調子崩してる?」
「色白になって少しは美人に見えるかしら?」
まさか男性に月のものとも言えるはずもない、この苦しみは女性だけに与えられた特権とも言うべき痛みなのだ、男性にそれを伝えたところで苦痛が回避される事でもない。
「体の調子が戻るまでこの船に泊まっていきなよ。」
「ありがとう、でもその言葉だけ貰っておくわ。いつ船員が戻ってくるかも知れないし。」
「うーん」
女性提督はとかく世間的に厳しいのに、船員のサポートも無くましてや怪我をしている彼女をセイジは気がかりで仕方が無いようだ。
「さて、一宿一飯以上のおもてなしを頂いたわ。何かお礼をしなくっちゃね」
そう言うとセイジに耳を貸すように仕草をする。
「今晩私と寝る?」
彼にそっと耳打ちする。
「なっ!」
セイジは慌てて姿勢を戻す。彼の顔が真っ赤に染まっている。
「ふふふ、冗談よ。」
「冗談にも程度があるよっ」
彼女は笑いを手で押し殺しながらテーブルに包みを置いた。
「さてと、冗談は置いといて、コレを受け取ってくれるかしら。今の私にはコレぐらいしかできないの。」
まだ、息が詰まっているような表情を見せているセイジはその包みを開く。
「酒?・・・あ、これってかなり高いんでしょ?」
「さぁね。」
「んー。じゃ、ありがたく貰っておくよ、それにしても酒ってのがアンレさんらしいね。」
「ふふふ、それより貴方の後ろに立ってる人が用事あるんじゃないかしら?」
「ん?」
この船の船員がセイジの後ろで会話が途切れるのを待っている。促されてその船員はようやく用件を伝える時間を得た。
「アンレ提督の船へ数名の船員が戻られたそうです。」
「あら、そう。丁度良いタイミングね。」
「それと、1通手紙が届いておりました。」
「ありがとう。」
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