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金の獅子の背に乗って
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金の獅子の背に乗って

第5話その2

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手紙を受け取ると差出人を確認する。
「商会長からだわ。なにか不吉な予感がするわね。」
封を切りながら、独り言のように呟く。セイジは手紙に興味津々のようだ。
「・・・・なるほどね。」
「どうしたの?」

『アンレへ
出航前に申請のあった3名について許可を出しておいた。ライラと共に後は頼んだ。ワシはインドへ行く。 F・トーレス』

「ちょっと、遅かったようね。彼にしては珍しく計算がずれたわね。」
手紙をセイジへと渡しながら彼女は笑っている。
「これだけ?」
「彼の手紙なんてそんなものよ。」
「ふーん」
「さてと、長らくお邪魔しちゃったわね。変な噂が立たないうちに退散しなくてはね。」
「変な噂?」
「人の想像力は逞しいものなのよ。今回の事でよく学んだわ。じゃ、いろいろとご馳走様。」
自らの左腕を指差しながら彼女は笑った。
「ははは、また遊びに来てよ。」
「そうさせてもらうわ」
三角巾は無くなったもの左手を庇いながらの動作はぎこちない。それでも幾分回復しているのか彼女自身は痛みの程度が和らいでいるのを何とはなしに体感できている。上着を羽織り彼に導かれるように外へ出る。
「あ、そうそう。あの時「うん」と答えたらどうするつもりだったの?」
「朝まで飲むだけよ」
「ひでー!それってアンレさんの普段と変わらんやん!」
「ふふふ」
艀を降りてまでの見送りを受けて、彼女は自分の船へと足を向けた。

「あ、提督お帰りなさいやしっ!」
威勢の良い挨拶が飛んでくる。
「あなた達もお帰りなさい。良い休暇になったかしら?」
「へい、小遣いまで頂いて感謝です。」
「それは良かった。」
「まだ、戻ってきていない奴も居りやすが。」
「詳しい出航日はまだ決まっていないから良いわ。」
「わかりやした。」
誰も気遣ってか左手については尋ねてこない。あの日の出来事に触れる事さえが禁忌とされているような雰囲気が船内にあるようだ。結局、一番の怪我をしたのは彼女だった。しかし、彼女はそれに奮起して何か自己防衛的な対策、つまり剣術を納めるとかの処置をとる素振りを一向に見せていない。左手が全快すれば何かしら動くだろうと船員達はそれぞれに思っているようだが、彼女にはそんな気は全くなかった。彼女は遭遇した時の心配よりも、遭遇しない為の対策を特化させる事を選んだのである。
「ちょっと街に出てくるわ。お留守番よろしくね。」
そう言って彼女はまず商会管理局へと足を向けた。恐らく彼女が足を運んだときには決まって良い情報は得られなかった。「私はそんな運命の元に生まれてきてるのよ。」と常々口に出していた。
船員には全てに休暇を出したものの彼女はセビリアの街から動こうともせず商会管理局、書庫、ギルド、カフェの4ヶ所で1日の大半を使いながら船員が揃うのを待っていた。この休暇中に彼女が読破した書籍は4冊、消費した紅茶は数10杯、左手に関する質問を受けた事7回、尾ひれに背びれが付いた噂を聞いた事4回、商会管理局に行く事が徒労に終わる事毎日という結果だった。ただ、アイメルやゴーダ、セイジに会えたことが何よりの収穫で、さらに言えばカフェの店員に顔を覚えられていたことも重要だった。これで小難しい注文を逐一説明しなくても済むとカフェへ向かう足取りも軽くなった。
時間に追われない生活をこんなにも長く取ったのはいつ依頼だろと、彼女は本を読む手を止め紅茶を口に味わいながら考えた。彼女が海へ出る前の生活と同等の速度で時間が流れている。しかし今、こうやって何もしていないという事が案外と無為にとも思えなくない、行動の結果に後から意味付けをするのは言い訳のようにも取られるが、本を読み、人と情報交換をして、街の人を観察する、それはそれで実に教えられる事が多いのだとこの数日彼女は喜んでいた。退屈なようで退屈ではない不思議な感覚に形容しがたい心の高揚を覚えていた。
14日という約束で休暇を与えたにも関わらずその半分の日数で全ての船員か戻ってきた。口々に「存分に休ませてもらいました」という礼を揃えて彼女に申し出るが、彼女としては期間全て遊んでくれば良いものをと少々面白くない気持ちだった。もし、休暇と共に彼等に渡した小遣いが足りなければ少々の追加なら良いかな?とも思っていたのだが皆は「もぅ、十分遊びました」と彼女の申し出をさっぱりと断っていた。
「思っていた以上にウチの船員って生真面目な物好きね・・・」
船員が全て揃っていては海に出ざるを得ない。彼女のゆっくりとした生活は予定していた書籍に目を通す事無く終了し、ギルドへ通い詰める忙しい日々が始まった。
「とげのある生物の調査か・・・」
マディラから南東に進んだ地域に生息する生物の上陸調査だ。左手の傷がずきっと疼く、出来る事ならもっと近海で済ませられる依頼が、さらに言えば海洋調査が最もありがたく思ったが、こんな時に限って需要と供給がかみ合わないものだとその資料を手に船へと戻った。
出航を迎える朝、彼女は食堂に全ての船員を集めた。
「皆、出航準備ご苦労様。今日から本格的に復帰する。リハビリ代わりと言っては少々難題の依頼だが、前回の事を良い教えとして無事に達成できる事を確信している。頼りない提督だが皆で支えて欲しい。まずはセウタに向かう、出航しましょう!」

セビリアを出航した船はセウタからマディラまで順調に航路を進め、目指す上陸地点へと辿り着いた。「荒涼」という「砂の海」と例えるのが最も正しいと思える土地に太陽が容赦なく照り付けている。どちらを向いても砂ばかりの土地で方向感覚が狂いそうになりながらも彼女達は無事に生態調査を終える事が出来た。
船へと戻った彼女達は行き先をセビリアではなくリスボンへと向けている。新規の商会員を得るため、その募集範囲を広げようと思ったからだ。幸いF・トーレスは入会条件に細かい規約を設けなかった。「来るモン拒んでたら、面白ない商会やとワシなら思うな。」この一言で彼は細かい規約を付けず「商会が楽しかったら誰でもエエやん。」と締めくくった。
折角リスボンのような人が集まる都市が近くにあるのだから使わない手はない、彼女は手紙にあった「ライラと共に後は頼んだで」という言葉を胸で繰り返す。
「これって、独断行動にはならないわよね・・・?」
少しの不安が過ぎるが彼女は進路を変えなかった。
「そう言えば、ライラはどうしてるかしら・・・東(地中海)へ向かうと言ってたけど大丈夫かしら。」
さすがに西地中海だと、東の話はとんと入ってこない。時折東帰りの船乗りからわずかばかりの情報を得る事は出来るものの肝となるような情報はさほど得られるものではなかった。
「便りがないのは無事な便りとは言うものの…、彼女の事だからよほどの無理はしないでしょうけどね…」
座りなれた椅子へと腰を据えてゆっくりと進む窓からの景色をぼんやりと眺めている。時折、水面をはじくようなナブラが所かしこに見える、それに群がる海鳥が鳥山を築いている。
「あの鳥を調べろという依頼だけは勘弁して欲しいわね…」
人の興味はいつ如何なる時に何へ向かうか分からない…後世のためとは分かっていても自分に出来る事と出来ない事は分別がついていると彼女は思っている。
リスボンへと向かう船は波に軽く上下に揺れている、船首を飾る像は幾百の波しぶきを浴びながらも、じっと目的地がある水平線を睨んでいた。

待つ相手も、来るべき時間も分からずじっと座りつづける日が7日ほど過ぎた。アンレーデがポルトガル本拠地リスボン中央広場共同掲示板に堂々とセビリアの商会に関する広告を提げてからと言うもの、彼女は朝掲示板にその広告がまだ貼られている事を確認し、書庫で当日の獲物を物色した後はカフェが閉店するまでじっと座り続けている。

『求む、商会員!セビリア認可済商会「ゴールデン・ルーヴェ」自由な活動を旨として諸国で活動中。興味ある方はリスボン中央広場南側カフェにて・・・』

たった、1枚の紙切れでも一歩間違えば彼女の身に危険が及ぶような行為である。多国籍の人種が入り乱れる街と言えども他国の者を排除しようと考える輩はポルトガルに限らずどの国にも居るものである。商業大国として多くの領土を有する国になればなるほど、人が増えれば増えるほど、自国優先主義的な活動が一部で熱くなるのは遠い過去から人類が抱きつづけている業でもあるだろう。しかし、そんな見えない恐怖や畏怖を感じていては商会にとって何の発展もないと彼女は座り続けている。
これまで幾人か質問に来ては居るものの、そのどれもが良い手ごたえを感じるほどではなかった。彼女も相手をぐっと引き込むような話術がある訳でもなく、事務的な説明をするに留まってしまっている。
「こっちに選ぶ権利があれば、相手にも選ぶ権利がある。」
そうやって、手ごたえ無く席を離れてしまう質問者を見送りながら彼女は呟きながら書籍へと目を戻すのだった。
座り込みを始めて3日程は、これほどまでに人が集まる街だから、もしかすると書籍を読む間もなく忙しい日々がやってくるのでは?と近づく人全てを「そうかも知れない。」と緊張して待ち構えていた。しかし、彼女の根拠なき心配は彼女に無駄な疲労を与えただけであった。4日目ぐらいから、自然と書籍に没頭できるようになり、休日に過ごしている時間となんら変わりがないようになっていた。
「あの、すいません。こんにちは・・・」
彼女がすっかりと読書する事に没頭し始め1人の世界に入りかけていた所を聞きなれぬ声がそれを邪魔した。
顔を上げると、中背で少し広がるように髪を整えぱっと見は若いようにも見えるが、どこか大人びた雰囲気を出している男性が彼女を向いて立っている。
「商会の事についてお尋ねしたいのですが、よろしいですか?」
眉間に皺を立てて書籍に目を通していた彼女を見て青年は言葉を選んでいるようだ。
「気付かずにごめんなさい。ついつい本に熱中してしまって・・・」
彼女は立ち上がりながら挨拶をすると対面の席を青年へと促した。
「私、ゴールデン・ルーヴェで活動しているアンレーデと申します。お訪ねくださってありがたく思いますわ。なにかお飲み物でもどうでしょう?紅茶でよろしいでしょうか?」
そう言うと彼女はウェイターに紅茶を注文し再び向きを直した。
「早速、簡単に商会の活動についてご説明させていただきます。お時間はよろしいですか?」
青年はお願いしますと返事する。
「商会認可はセビリアで受けております。現在の加入者は商会長を含めて8名で多国籍商会です。私も英国の出身です。活動方法は特に制限ありません、艦隊活動についても強制も優先もいたしません、各個で動かれるも良し、艦隊を組まれても良し、自由に活動してくださって結構です。商会長はF・トーレスと言います、長と言っても畏まる必要はありません彼の言葉を借りるなら「変に気を使うな。皆で楽しく行こうぜ」っというのが商会の方針でもありますので、幾分他商会とは雰囲気が違うかも知れません。」
淡々黙々と彼女は事務的に説明し続ける。話を聞いている側には眠たい話だろうなと彼女は説明しながら苦笑いする。
「・・・っと話が長くなってしまいましたが以上が商会の説明となります。何かご質問でもありましたらどうぞ。」
「はい、分かりました。お世話になります。」
「!」
彼女は思わずに言葉を詰まらせた、対面に座る彼は何の質問も考える時間も無くいきなりだった。彼女自身、全く期待をしていなかった、そのためいざ加入したいという彼の言葉にどのように言葉を返せば良いのか一瞬で思考が真っ白になってしまっている。
「えっと・・・」
「はい、お願いします。あっ自己紹介が遅れました。私マッテンと申します。今は生物学者で生計を立てております。」
「あら、奇遇ですね。私も同じ職ですわ。」
「それは、本当に奇遇ですね。同じ職に就いていても国が違うとお会いする機会はなかなか無いものですね。」
「えぇ、本当に。改めて、同じ学者としてそして商会員としてマッテン殿を歓迎いたしますわ。」
彼女は立ち上がってマッテンに握手を求めた。平然としているように見える彼は太股で手の中にかいた汗をごしごしと拭き取っては「こちらこそお世話になります。」とそれに応じてくれている。
「よろしければ明日にでもセビリアへ向けて発ちましょう。申請は当地でしか出来ないものですから。」
アンレーデは管理局の出張所でも作ってくれれば楽なのにねと苦言を零しながら笑った。
「ほほー」マッテンはそれに相槌を打つだけに留まる。それは無論、今までにどの商会にも加入したこことが無い者なら当然の反応だった。
「さて、マッテン殿。お時間があるならお茶でもご一緒しませんか?ここのシフォンケーキはなかなかのお味のようです。」
「アンレーデ殿、それは間違いです。ここで本当に美味しいのはマンゴープリンです。これを食べなければリスボンのカフェを語ってはなりません。」
「あら、それは初耳でしたわ。マッテン殿もお詳しいですね。」
「一応、地元ですから。」
「そうでしたわね。」
「どうです?1つ食べてみませんか?」
「ええ、是非に。」
うんうんと頷くとマッテンは慣れた風にウェイターにそれと紅茶を注文する。
同じ職業というものは話題に尽きる事がなく、どこの国も学会のしがらみや面倒な制度はあるようで2人の会話はそんな体質への苦言と愚痴と自慢したい冒険談でリスボンの空が濃紺に染まるまで続けられた。

「これで、手続きは全て終了ね。登記が完了すれば正式に商会員ね、これは管理局事務のお仕事だから、実質今から商会員といっても良いわね。」
セビリアの商会管理局へ所定の手続きを全て完了させてアンレーデはそう言った。
「結構、書類が多かったですね。」
「世の中何かと書類だらけね、ホント、ペン代にも困るわ。」
「ははは」
「もう自由に動いてもらっても大丈夫よ。」
「はい、これからギルドで何か依頼を受けて動こうかとアンレーデ殿は?」
「私はまたリスボンへ戻って。またあの席に座ろうと思ってるわ。」
「分かりました。それでは、またどこかの街でお会いしましょう。ではっ」
「ごきげんよう」
互いに挨拶を交わすとマッテンは管理局を出て行った。
「順調っと言っても良いぐらいに良い人が集まってるわね。」
他の商会員へ宛てた新商会員加入の手紙を投函するとアンレーデは自らの船へと足を向けた。

リスボンへと戻った彼女は再び広場のカフェに戻った。数日間留守にしていた為その間に誰かが訪ねて来たかもしれないとい一抹の不安はあったが、事が急を要するなら再び訪ねてきてくれるだろうと紅茶を注文すべくカウンターへと向かった。
「あんた、アンレーデさんかい?」
店のマスターが唐突に彼女を見るなり尋ねる。
「えぇ、そうですがなにか?」
「あんたに会いに来たっていう若者が1人店に来たんだが。」
「そうでしたか、それで?」
「ここ2・3日続けて来てたようだから、今日も来ると思うけどさ」
「マスター、それは迷惑をかけてしまったわね。ごめんなさい」
「まあ、良いけどさ。男を待たせるって罪だねー。他の男と良い事してたのかい?」
「ふふふ、そうね。良い事は一杯あったわ。」
「そうかい。聞いた俺が野暮だったよ。今日も紅茶?」
「えぇ紅茶を貰おうかしら。」
「あんたのお陰で俺も淹れるのが上手くなったよ。」
「ありがとうマスター、これは迷惑料よ。紅茶代として受け取ってね。」
そう言うと彼女は1日分の紅茶代を超えるほどの御代を手渡した。
「多分、今月一杯は居座りつづけると思うから。」
「注文してくれるなら、いくらでも居てくれて良いぜ。」
「考えとくわ。」
しかし、昼を過ぎてもその若者は現われなかった。
「(もぅ、諦めちゃったかな・・・)」
読書に思った以上に集中できない彼女はその若者が気になってしまっている。過分な期待は禁物だと座り始めた当初の出来事で十分身に染みているはずなのに、「もしかしたら」と諦めきれない気持ちが先に立ってしまっている。
「こんな気も漫ろな状態で何の本を読んでも一緒だわ、全く身に入らないわ。」
昼食代わりのマフィンと紅茶を交互に口へと運びながら、彼女は広場を行き交う人々に目をやった。
「これだけの人が居るのにあの募集に目を通した人はどれくらい居るのかしら。」
少し愚痴っぽい言葉が口を突いて出ている。苛立ちにも似た焦燥感を感じ始めている彼女はその矛先を何処へ持っていけばいいのか分からない事に余計に苛立ちを感じていた。
結局、その日は店が閉まるまで待った彼女の元にその若者が訪ねてくることは無かった。徒労とはいえないが期待があった分、彼女の疲労度は読書して終わっていたそれよりはるかに大きいものだった。
「居ないときに来て、居るときには来ない・・・誰かが仕組んでるのかしら・・・」
席を立ち背伸びをしながら彼女は夜の帳が下りても賑やかさを静めない広場の風景に目をやる。
「ここで忙しくしてる人達は何をする人達なのかしらね?もっとも日柄1日中カフェに座り込んでる私が言うのもアレでしょうけど・・・。」
苦笑いが口元を歪ませる。
「さてと」
ゆっくりと歩き始めた彼女は広場の掲示板へと進むと、自らが貼り付けた募集要項の最後に7日後の日付を書き込む。
「あと7日だけがんばろう。」
そうして彼女は分厚い書籍で肩を叩きながら港へと向かっていった。

翌朝、彼女は同じように掲示板の確認から始めた。風に煽られてか少し斜めになっているその用紙を直しながら「あと7日・・・」と自分に言い聞かせるように呟いた。
「あの、ゴールデン・ルーヴェのアンレーデさんですか?」
掲示板を睨む彼女の後ろで声がする。ゆっくりと振り返った先には甲冑に身を包んだ青年が立っている。
「ヒロッチと言います。ようやくお会いできました。商会についてお話をお聞きしたいのですが?」
甲冑の出で立ちとその穏やかな笑顔の不釣合い感が不思議な落ち着き感を引き出している。
「お待たせして申し訳ありません。あちらのカフェでお茶でもしながらどうでしょう。」
朝一のカフェはさすがに客も疎らで、店員もゆっくりと準備をしている。
「おっ、ようやく会えたのか。」
「今さっきだけどね。」
「今日は紅茶2つだな?」
「ええ、お願いね。」
マスターも少しだけ気にかけてくれていたらしい。
いつもの席へと座り、早速に彼女は話しを切り出した。
「ゴールデン・ルーヴェに興味がおありで?」
「ええ、もしよろしければ加入させていただきたいと。」
「早速ですが、簡単に商会について説明させていただきます。それを聞いてからご判断いただけたらと思います。」
そう言うと彼女は今迄何度も繰り返した内容を説明し始めた。相変わらずの事務口調だが下手にあれこれと気を引くような素振りを見せるより、内容を理解してもらう為にはこちらのほうが良いと彼女はこじつけている。
ヒロッチは対面に座って彼女の事務口調な説明を聞きながら時折運ばれてきた紅茶を口へ運んでいる。店のマスターが気を利かせてくれて「サービスだよ」とシフォンケーキをつけてくれていた。
「さて、なにかご質問はありませんか?」
ようやく説明が終わった彼女はヒロッチを窺った。彼はじっと何かを考えているようだ。2人の間に言い例えられない空気が流れている。アンレーデもこれ以上の発言は何かを強要するような気がしてじっとヒロッチの言葉を待っている。このまま無言で終わるなら、脈はないだろうと手元の紅茶に手を伸ばす。
「素晴らしい。まさに理想的な商会ですね。入会します。」
予想にない彼からの返答に口に含んだ紅茶が喉に引っかかりそうになる。
「えっと、何か質問は?」
「無いです。」
マッテンもそうだったが、このヒロッチなる人物も決断力の強い人物のようだ。
「えっと、それでは・・・」
つい数日前にマッテンの入会手続きをしたばかりの彼女は申請の流れについて説明を切り替えた、勿論彼女らしく事務口調でである。
「・・・を揃えてセビリアの商会管理局に申請してください。それで完了となります。」
「はい、わかりました。」
「セビリアまでご一緒しましょう。こういう事務手続きは何かと1人で処理するには分かり辛い事が多いでしょうから。」
「ありがとうございます。」
「早ければ明日にでも出航しましょうか?もし、何も無ければの話ですが。」
「はい」
彼女はヒロッチに申請用紙の束を手渡した。それをぺらぺらと捲るヒロッチ。
「意外と多いんですね・・・」
「そう、意外と多いの。肩を壊さないように気をつけてね」
「それは大丈夫だと思います。」
「あっ」
「どうなされました?」
「そう言えば自己紹介がまだでした。俺、発掘家をやってますヒロッチです。」
「言われてみるとそうですね。私はゴールデン・ルーヴェ会員アンレーデです。生物学で生業を立ててます。」
「同じ冒険職ですね。」
「そうですね。ときにヒロッチ殿は発掘専門で?」
「えっと、工芸と調理を少々・・・まぁ、手慰み程度ですが」
「素晴らしいですね、私は何も手に職がないものですから。」
「アンレーデ殿は何もなされないので?」
「不器用で掛け持ちってのが出来ないもので」
彼女は笑いながらシフォンケーキに手をつけた。
「そんなには見えないですけどね。」
「ありがとう。」
「では、俺は書類を書いてきますから。明日朝港でお会いしましょう。」
「よろしくね。」
2人は席上で握手を交わすとヒロッチは港へ小走りに席を立った。
再び椅子に座ったアンレーデは不思議な緊張感から解放されて、どっと押し寄せる疲労感に肩を落とした。
「朝から疲れた・・・。今日はもう誰も来ないで・・・。」
彼女の祈りが通じたのかそれとも来ない事が通常だったのか。それ以降彼女の元を訪れる者は居なかった。

「・・・それから最後にここへ名前を書いてもらって・・・そう、これで完了ね。お疲れ様」
セビリアの商会管理局で書類の仕上げをしている。ヒロッチはペンを片手にあちこちと署名していく。
「ふぅ、やはり1人では厳しかったですね。」
「この手の書類はやたらと書いている文面が難しいから」
「発掘に関する書類も面倒ですが、これもなかなか・・・」
「分かるわ。あれも面倒よね」
「ですね。」
「じゃあ、これを受付に提出すれば終わりね。」
「よし」
「改めて、ゴールデン・ルーヴェの会員として貴方を歓迎するわ。ようこそ。」
彼女は右手を差し出す。
「ありがとう、これからもお世話になります。」
互いに握手をする。
「お世話になるのは私の方かも知れないわ。」
「え?」
笑いながら2人は机一杯に広がっている書類を片付ける。
「そうそう、私も商会長と同じで堅苦しい事は余り好きじゃないの。」
「っと言いますと?」
「アンレーデって言い辛いでしょう。「アンレ」で呼んでもらっても結構よ。」
「分かりました。」
「そんなに大した人間でもないしね。」
「えー?」
「そう言いながら私は敬称つけて呼ぶんだけどね、性分だから。」
「俺も適当に名前呼んでもらっても大丈夫ですよ。」
「ありがとう、でもヒロッチ殿とお呼びするわ。」
「はい、適当に」
「受付へ行きましょう。」
ヒロッチは先ほど仕上がったばかりの書類の束を抱える。彼女は彼を先導するように受付へと向かう。
「確かにお預かりいたしました。」
アンレーデ以上に事務口調の受付が事務的に受け取る。
「アンレーデさん。お手紙を預かっております。」
「私に?」
「はい」
受付から手紙を受け取った彼女は差出人を確認して封を開ける。
「ふ~ん」
書かれている内容を一読すると彼女は一言呟いてその手紙を上着の内ポケットへしまった。
「さて、ヒロッチ殿。これで手続きは滞りなく完了したわ。お仕事に戻ってもらっても大丈夫よ。」
「うーん、なんか実感が湧かないですね。」
「そうでしょうね。でも、これからはヒロッチ殿も商会を盛り上げる為にがんばってもらう事もあると思うわ。」
「えぇ、がんばります。」
「私はこれから行かなければならない所が出来たから、ここで一度お別れね。」
「はい。」
管理局の前で2人は別方向へと分かれた。港へと向かった彼女はそのまま船室へと戻った。「あれ?」
船室に戻って彼女を待ち受けていたものは山積みになった書類だった。
「あ、提督お帰りになられました?頼まれていた書類整理終わったんで確認を。」
にたりと笑っている古参の船員は帰ってきた彼女を見つけるとそう言った。
「えっと、もしかして頼んでいたあれかな?」
「へい、なにぶん自由な時間が多かったもので。」
「あ、ありがと・・・」
彼女がリスボンで座り続ける日々を送っていた最中、船員も暇だろうと気を利かせた彼女はこれまでに行った調査報告書の整理を任せていた事を思い出した。
「全部で200種ぐらいありました」
さらに追い討ちをかけるように船員は言う。
「こんな時に限ってこうなるのよね・・・」
「はい?」
「いぁ、なんでもないわ。えっと、これから詰めて書類を確認するから。それが終わったらすぐ出航するわ、それなりの準備をしておいて。」
「へい、分かりやした。」
古参の船員は仕事が速く終わった事に足取りも軽い。逆に彼女は出航を急いでいるにも関わらず、それを阻む障害が現われたことで机へと向かう足が重い。
「・・・・とりあえず、がんばるしかないか・・・」
内ポケットの手紙を机の引出しへと納めると、溜息混じりに一言呟いて椅子へ腰を落とした。

船室に篭って2日目の深夜に彼女はようやく解放された。
「我ながら事務仕事だけには長けているのを再確認したわ。」
彼女は椅子に座ったままで背伸びする。山積みの書類は綺麗に分類整理され、そしてその内容全てにも目を通している。
「・・・さすが私っ!すごいっ!」
目頭を押さえながら自分を励ますように声を出す。そして「ふぅ。」と息を吐き出すと食堂へと向かった。
「料理長はまだ居るかしら?」
「へいへい。酒ですか?」
「あら、よく分かったわね。ウィスキー頂戴。」
「お仕事が終わったようで。何か肴も要ります?」
「そうね、あればお願いしたいわね。」
「生ハム程度しかないですがね」
「それで十分よ。」
出された生ハムをつまみながら彼女は1杯目のウィスキーを一気に飲み干した。
「ゆっくりと一息つけるわね。」
「ご苦労様で」
「料理長も一緒にどう?」
「あっしは遠慮しときます。明日の朝食に指入りの料理が出てもイカンでしょう。」
「そうね、それは勘弁してもらいたいわ。」
「そう言うことで。」
時折、彼女は肩や首の凝りをほぐすような仕草を見せながら酒を楽しんでいる。
「料理長―。なんか夜食ないか?って提督・・・」
2・3人の船員が小腹を満たす為に食堂へと入ってきた。彼女が居ることに少しばつの悪そうな顔をしている。
「料理長、小腹をすかしているらしいわ。何かないの?」
「そうですね。火を落としてますからね・・・」
「もぅ、生ハムも無いのかしら?」
「それなら有りますが、腹の足しにはならんでしょう。」
「ま、何もないよりマシでしょうね。あんた達、そこのワインと生ハムで我慢しなさい。」
提督にまずいところを見られたと固まっていた船員は彼女の言葉に胸をなでおろし、料理長のが出した生ハムとワインを受け取った。思わぬ事態に彼らの顔もほころんでいる。
「ただし」
彼女の一言で再び凍りつく。
「それをやる前に、私の部屋にある書類を倉庫へと戻しておいて。あと、持っている物を他に見つかったらダメよ。それと、明日の朝出航すると皆に伝えておいてね。」
彼女はそう言うと、料理長に彼女への追加を促すように空になった皿を渡した。
「私だけ特別に食べていいって決まりは無いものね、お腹がすくのは仕方ないもの。じゃ、書類よろしくね」
食堂の出入口で固まっている船員にそう笑って手を降った。
「なんだか、忙しそうですね。」
「そうね、小事と大事を間違えないようにしないとね…。」
「ま、あっしには良く分からない事ですがっ」
料理長は嫌味のように生ハムを乗せた皿を彼女へ差し出した。
「では、これで休ませてもらいやす。適当に下げておいてくだせぇ」
「ご苦労様。」
前掛けを外しながら料理長は食堂を出て行った。
1人食堂に残された彼女はウィスキーをゆっくりと味わっている。時折漏れ聞こえる船員達の声と船の軋み音を聞きながら自分の言葉を繰り返してる。
「小事と大事…果たして見誤ってないという確証はあるのかしら…」
彼女はそう呟くとグラスに残る酒を一気に飲み干した。

(5話その2 修復)
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