佐 下校会話 - Todarodes pacificus

下校会話

珊瑚礁１

●●「佐伯くんは
　　　いつから珊瑚礁を手伝ってるの？
佐伯「中学のときから、ちょこちょこ。
　　　本格的に始めたのは
　　　高校に入るちょっと前から。
●●「中学からか、
　　　だからあんなに板についてるんだ。
佐伯「中学のときは皿洗いと
　　　ウェイターしかやらせて
　　　もらえなくてさ。
●●「へぇー、おじいさんって
　　　コーヒーには厳しい人なんだね。
佐伯「ああ。でも今は、
　　　コーヒーも淹れさせてもらってるし、
　　　ときどきブレンドもさせてくれる。
佐伯「そうだ！　この間じいさん、
　　　俺のことお客に、ウチのバリスタが
　　　って言ってたんだぜ？
●●「バリスタって、コーヒーを淹れる人？
佐伯「それだけじゃない……何て言うか、
　　　最高のコーヒーを飲ませる人だよ。
　　　俺なんか、まだまだだ。
佐伯「今は学校があるから
　　　なかなか時間が取れないけど、
　　　卒業したら勉強して、それでさ——
●●「うんうん。
佐伯「……まあ、そんな感じだ。
　　　おわり。
●●（やめなくてもいいのに。）

珊瑚礁２

●●「珊瑚礁って佐伯くんにとって
　　　どんなお店？
佐伯「なんで？
●●「なんでっていうこともないけど、
　　　聞いてみたいなぁと思って。
佐伯「そうだな・・・
　　　プライドなんだろうな、きっと。
●●「プライド？
佐伯「・・・俺さ、
　　　親に口ごたえしたのって、
　　　あの店のことが初めてだったんだ。
●●「エッ！？
佐伯「そんなに驚くなよ・・・
●●「ごめん。
佐伯「あの店、ばあちゃんが死んでからは、
　　　じいさん一人でやってたんだけど、
　　　もう年だろ？　一度倒れちゃって。
佐伯「それで、うちの親たち、
　　　店を閉めさせようとしたんだ。
　　　危ないし、続けたって意味が無いって。
佐伯「俺、そういうの許せないよ。
　　　じいさんがやりたいって、
　　　それだけで、意味なんか充分だ。
佐伯「だから、俺が手伝うからって、
　　　続けさせてくれって、
　　　頼んだんだ。
●●「だから、プライドなんだね？
佐伯「そういうこと。
●●（佐伯くんのプライドか・・・。）

珊瑚礁３

●●「珊瑚礁って、
　　　ずいぶん古いお店だよね。
佐伯「そうだな……
　　　店の裏手に、灯台があるだろ？
佐伯「あの灯台が使われなくなってから
　　　じいさんが建てたって話だから
　　　そう考えると、けっこう古いかも。
●●「へぇ……そうなんだ。
佐伯「昔はじいさんとばあちゃん、
　　　ふたりで店、やってたんだ。
佐伯「ばあちゃん、よく笑う人でさ。
　　　自分は本当は人魚なんだとか、
　　　そんなことばっか言うんだ。
●●「人魚？
佐伯「じいさん、若い頃画家を目指してて、
　　　よく人魚の絵を描いてたんだけど、
　　　ばあちゃんがモデルなんだって。
●●（そっか、佐伯くんきっと、
　　　おばあちゃんも大好きだったんだな。）
佐伯「……なんだよ。
●●「ううん、佐伯くん、
　　　いい顔してるなと思って。
佐伯「いい顔は生まれつきだ。
　　　ほら、行くぞ！
●●（照れてる。）

体育祭

●●「体育祭が近いね。
　　　佐伯くんは、調子どう？
佐伯「どーでもいいよ、あんなの。
　　　高校生にもなって、
　　　運動会もないだろ？
佐伯「やりたいヤツだけで
　　　チーパッパやってればいいんだ。
　　　興味ないね。
●●「ヒドい言い方……
　　　あ、もしかして佐伯くん、
　　　走るのが苦手とか？
佐伯「おまえな、誰に言ってんだよ？
　　　中学の頃は３年連続でクラス対抗
　　　リレーのアンカーだったんだぜ？
●●「へぇー、すごいね！
　　　じゃあ今年も？
佐伯「…………。
●●「今年もアンカー？
佐伯「べつにいいんだ、あんなの。
　　　陸上部の
　　　筋肉バカにでもやらせとけば……。
●●（なんか、
　　　いろいろ屈折してるみたい……。）

テスト

●●「そろそろ期末試験だね。
　　　準備はどう？
佐伯「まあな。
　　　普段から勉強はしてるから。
●●「でも、お店やりながら
　　　成績はいつもトップクラスだよね。
　　　すごいよ。
佐伯「すごかないよ。
　　　弱みを見せたくないだけだ。
●●「……？
佐伯「うちの親って、いわゆる
　　　エリート志向でさ、何事も
　　　トップじゃなきゃダメなんだ。
●●「そんなの……。
佐伯「おかしいだろ？
　　　……でも、俺も中学までは
　　　そんな風に考えてた。
佐伯「店やるために、近所のはね学行くって
　　　決めたときも大騒ぎだったよ。
　　　お袋は泣くし、親父は怒鳴るし——
佐伯「店のせいで成績落ちたり、
　　　学校ともめたりしたら、
　　　何されるかわかんないよ。
●●（そうか、だから佐伯くん、
　　　優等生じゃなきゃいけないんだ。）

夏休み

●●「夏休みももうすぐだね！
　　　佐伯くんは、
　　　なにか予定あるの？
佐伯「そうだな。
　　　学校ない分、ちょっと楽だから
　　　朝、いつもより早起きして……
●●「あ、ラジオ体操？
佐伯「……俺は小学生か？
　　　波乗りしたいんだよ。
●●「へえっ、佐伯くん、
　　　サーフィンやるんだ。
佐伯「まあな。
　　　羽ヶ崎って、台風が近づくと、
　　　結構いいうねりが出るんだぜ？
●●「だぜって……
　　　台風の日に海に入るの！？
佐伯「しょうがないよ、
　　　いい波が来るんだから。
　　　おまえはラジオ体操でもやってろよ。
●●「危ないなぁ……。
佐伯「今年はいくつ来るかな、台風！
●●（というようなことを話しながら帰った。）

佐伯くんの誕生日

●●「そうだ！
　　　佐伯くん、
　　　もうすぐ誕生日だったよね。
佐伯「そうだった。
　　　ハァ……。
●●「嬉しくないの？
　　　誕生日？
佐伯「この歳で誕生日に
　　　ピーヒャラ浮かれるのは、
　　　おまえくらいだ。きっと。
●●「ピーヒャラって……
　　　そんなことないと思うけどな。
佐伯「あるんだ。
　　　だいたい、誕生日っていうと
　　　やたらケーキが……
●●「あれ？
　　　ケーキきらいだっけ？
佐伯「好きだよ。普段は。
　　　でも誕生日はおごられまくるんだ。
　　　店でさ。
佐伯「前にじいさんが、女性客に聞かれて
　　　教えちゃったらしいんだ。
　　　それから、な。
●●「佐伯くん、
　　　どこでもモテモテだもんね……
　　　断れないの？
佐伯「断れっこないよ。
　　　お客さんのプレゼントなのに。
　　　ハァ……。
●●（モテモテも大変だ。）

修学旅行

●●「もうすぐ修学旅行だよ。
　　　佐伯くんはもう、準備した？
佐伯「……忘れてた！
　　　ヤバイ……間に合うかな。
　　　いまから大急ぎで……
●●「そんなにあわてなくても、
　　　まだゆっくり準備できるよ。
佐伯「５日間だぞ？
　　　揃えとく品のリストだけでも、
　　　大変だ……。
●●「大げさだよ！
　　　海外旅行でもないのに！
佐伯「待てまて。
　　　……なんの話だよ？
●●「えっ？
　　　旅行の準備の話でしょ？
佐伯「おまえな……。
　　　そんなの１時間あれば余裕だろ？
　　　俺がしてるのは、店のヘルプの話。
●●「あ、そっか。
佐伯「あぁ……
　　　おまえのそのボンヤリ具合が
　　　また俺を屈折させていく！
●●（というようなことを話しながら帰った。）

文化祭（２年）

●●「もう少しで文化祭だね。
　　　佐伯くん、準備はどう？
佐伯「俺、なにもしてないから。
●●「そっか、佐伯くん、
　　　帰宅部だもんね。
　　　でもクラス出展あるでしょ？
佐伯「ある。
　　　……ハァ、何が楽しいんだか。
●●「ちゃんと参加してみれば、
　　　楽しいことあるかもよ？
佐伯「無いね。でも、文化祭の日は、
　　　珊瑚礁にお客が流れてくれるんだ。
　　　だからまあ、良しとする。
●●（ちゃっかりしてる……。）

文化祭（３年）

●●「そういえば、
　　　もうすぐ文化祭だね。
佐伯「あの演劇、
　　　なんとかなんないのかな？
　　　小学生じゃあるまいし。
●●「またそういう……
　　　結構楽しみにしてる人多いんだよ？
佐伯「でも、まあ……
　　　みんなでバタバタ準備するの、
　　　案外楽しいもんだな。
佐伯「今まで出なかったの、
　　　ちょっと後悔……
●●「佐伯くん……。
佐伯「……なんて言うと思ったら
　　　大間違いだ。
●●「はいはい。
●●（屈折してるんだから……。）

冬休み

●●「もうすぐ冬休みかぁ。
　　　佐伯くん、どこか行く予定は？
佐伯「高校生は気楽だよな……。
　　　こっちは、店の季節メニューで、
　　　いっぱいいっぱいだ。
●●「自分だって高校生のくせに……。
　　　ねぇ、季節メニューって？
佐伯「いま考えてんのは、
　　　ホットアップルパイとか、
　　　ホットショコラとか……。
●●「あれ？
　　　メニューにホットココアって
　　　あるよ？
佐伯「ホットショコラと
　　　ホットココアとは違うだろ？
●●「そうなの？
佐伯「……そうなの？　じゃないだろ。
　　　どっちだよ？
●●「うーん……。
　　　やっぱり、別のものかな……？
佐伯「……やっぱり自分で調べよ。
●●（じゃあ、聞かなきゃいいのに。）
佐伯「……なんか言いたそうだな？
●●「べつに。
●●（というようなことを話しながら帰った。）

春休み

●●「春休みも近いね……。
　　　佐伯くんはどうするの？
佐伯「春休みは……実家に帰るかも。
●●「そうなんだ。
佐伯「正月も帰らなかったし。
　　　たまに顔出しておかないと
　　　うるさいから、あいつら。
●●「あいつらって、
　　　そんな言い方しなくても……。
佐伯「ああ、ごめん。
　　　両親が会いたいって言うから。
　　　僕も久々に顔、見たいしね。
佐伯「……………………。
●●（怒っちゃった……。
　　　でもどうしてそんなに
　　　仲が悪いんだろう……。）

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