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アニメ新世紀宣言

アニメ新世紀宣言

「アニメ新世紀宣言」とは、1981年2月22日に『機動戦士ガンダム』劇場版公開直前、新宿駅東口アルタ前広場で行われた伝説的な公開アニメファンイベント『2.22アニメ新世紀宣言大会』にて行われた宣言。
『趣味こそ僕らの主義』という、GUILDの活動における理論的基礎、ギルド主義(イズム)の思想的基盤のひとつである。
ガンダムの宣伝キャンペーンの一環として開かれたイベントではあったものの、「アニメによって拓かれる新しい時代」の到来を宣言し、ガンダムブームとアニメ文化の新たな地平を切り開いた記念碑的な出来事となった。

解説

今やアニメを語る際に欠かせない「ヲタク」が生まれたのはいつ頃だろうか。
それが、「アニメ新世紀宣言」である。
時に、宣言が発せられた1981年2月22日は、日本アニメ史における大きなエポックメーキングとひとつである。その事から、2月22日は一部の往年のアニメファンの間では、ちょっとだけ特別の日として記憶されているのだ。

当時の時代背景を説明する。
1977年、劇場版「宇宙戦艦ヤマト」が230万人もの観客を動員して以来、「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」「銀河鉄道999」などの大ヒットが続き、若者向けアニメとそのファンがマスコミの関心を集めていた。
そんな中、TV版『機動戦士ガンダム』が放送終了後から火が点いて、再放送でブレイク。
既に社会現象になっていた。
それに合わせて、アニメ雑誌も次々と創刊。
ガンダムのキャラクターたちが毎号のようにピンナップを飾った。
『月刊OUT』が、80年3月号で「悩ましのアルテイシア」と題したセイラ・マスの全裸ヌードのピンナップをつけたところ、同号は空前の売上げを記録したという。
そんな中、続編は1作目の興行成績次第という条件付きで、ガンダムの映画化が決まった。
だが―― 結果的に公開前に続編の制作が決まる。
それを決定づけたのが、公開3週間前に行われた、前述の「アニメ新世紀宣言」だった。前置きが長くなったが、ようやく本題である。

それは、前代未聞のイベントだった。
発案者は日本サンライズの宣伝プロデューサー(当時)の野辺忠彦。
曰く、このイベントはファンが集まることが目的であると。
同じ時代に、同じ価値観を持った者たちが、同じ場所に集まる―― そこに意味があると。
何か派手な歌舞音曲をやるような催しではない。
ただ、それまで「たかがアニメ」と言われていたものが、社会に認められるには、圧倒的なエネルギーが必要だった。
それには、送り手と受け手が1つになること――彼はそれを可視化しようとしていた。
イベントは、アニメ雑誌やラジオ等を通じて告知された。当初、富野監督は「中身のないイベントにどんな意味があるのか」と開催に反対だったが、野辺プロデューサーの執拗な説得に、渋々応じたという。だが、当の野辺プロデューサーも、本当にファンが来てくれるのか自信はなかった。イベントの申請を所轄の警察署に提出した松竹は、参加人数を2,000人と見積もった。
この時代、アニメ業界がこれほど大きなイベントを開いた経験はなく、イベント会社も介在していなかったため、企画運営は映画配給会社(松竹株式会社)と日本サンライズ(当時)が行い、当日の作業にかり出されたのは、なんとアニメ制作現場のスタッフたちだったのだ。

1981年2月22日、新宿駅東口のアルタ前広場(新宿ステーションスクエア)はアニメファンで膨れあがった。
徹夜組の350人を含む15,000人ものファンが押し寄せた。劇中のキャラクターに扮する者、自作のモビルスーツの着ぐるみを装着した者――。
さながら、今日の「コミケ」で見られる、コスプレした来場者の光景が、そこにあった。
そう、「ヲタク」がここに誕生する。
しかし、この人数は運営側にとっては想定外で、このままでは事故が起きかねないという判断から、ゲスト登壇だったはずの富野監督が自らマイクをとって舞台に上がった。
「集まってくれた皆さんの熱意は分かります。
しかし、ここで事故が起きてごらんなさい。
世間では、所詮はアニメファン、集まっただけで、騒ぎを起こしたと言います。
それ見たことかと、馬鹿にされてしまいます。
みんな、押したらだめだ。
ここで怪我人が出たら、明日のアニメはない。
アニメファンがちゃんとしてるところを世間に見せてやろうじゃないか。
戦いとは常に先を読んで行うものだ!」
この演説は、その後のヲタクの在り方に決定的な影響を与えたと言っていい。
この呼びかけの結果、ひとりの怪我人もトラブルも出さなかったという快挙を成し遂げた。
ステージでは富野監督の挨拶に始まり、キャラクターデザインを担当した安彦良和、メカニカルデザインを担当した大河原邦男ら、関係者が次々に登壇した。皆、裏方である。しかし、ファンたちは歓喜した。彼らにとっては、裏方こそスターなのだ。
声優陣(当時は彼らも裏方だった!)を代表して、シャア役の池田秀一が挨拶をしたところで、ファンの盛り上がりは最高潮に達した。
午後1時に始まったイベントは2時間が経過しようとしていた。
フィナーレは、ファン代表2名による「アニメ新世紀宣言」である。宣言文は、先の野辺プロデューサーが考案した。
「私たちは、アニメによって拓かれる私たちの時代とアニメ新世紀の幕開けをここに宣言する」という宣言文が読み上げられた。
こうして、「新世紀宣言」はアニメブームを象徴する記念碑的な出来事になり、富野由悠季はこの大会を通して、「アニメは低俗なものではない」と世間に大々的に宣言したのである。

新世紀宣言は、子供のものと思われていたアニメを若者文化の一つとして世間に認知させた。
『歴史に立ち会った』という感想を何人ものファンが持ち、単なる映画の宣伝イベントの枠を超え、戦後日本の若者文化におけるパラダイムシフトを象徴する出来事となった。
映画『機動戦士ガンダム』は、配収9億円を超える大ヒットとなり、続いて同年7月、既に発表済みの続編『機動戦士ガンダムⅡ 哀・戦士編』が封切られ、こちらも7億円を超える連続ヒット。
そして翌82年3月、完結編の『機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙編』が公開され、シリーズ最高となる12億9,000万円の配収を叩き出した。
気が付けば、もう、誰もアニメを子供が見るものだと言わなくなっていた。
テレビアニメ「鉄腕アトム」が始まった63年に生まれた子が、この年18歳になっていた。ブームを担った当時の若者達は、アニメと共に育った世代。
「ヤマト」や「ガンダム」はそんな世代の欲求にこたえ、深みのあるドラマ、リアルな描写、壮大な世界観といった新たな表現を切り開いた作品だった。
そして、奇しくもそこから、アニメという言葉が世に浸透し始め、市民権を得る期間が始まった。


新世紀宣言は、『主義』から『趣味』の時代に移ったことを象徴的に示した。
フォークも政治運動ももうない時代、若者の共通体験はアニメになったのだ。
『趣味こそ僕らの主義だ』
これがヲタクのイデオロギー的核心なのである。
「趣味こそ僕らの主義」という概念は、1960年代から70年代初頭にかけて日本の若者層を支配していた政治的・社会的な「大きな物語(イデオロギー=主義)」が終焉を迎えた後の、精神的な空白を埋める新しい生き方の提示であった。
かつての若者にとっての「主義(ism)」とは、社会変革や政治闘争といった公的な理想を指していた。しかし、学生運動の挫折と高度経済成長の定着を経て、若者たちの関心は外的な政治から内的な自己充足へと移行した。
この過渡期において、アニメという「子供向け」と蔑まれていたメディアに独自の価値を見出し、それを自身のアイデンティティの核に据えることは、ある種の文化的な独立宣言であったと言える。
「趣味こそ主義」とは、他者から与えられた公的な価値基準(=世間体や社会的地位)を拒絶し、自分が何を愛するかという極めて私的な「趣味」を、人生を賭けるに値する「主義」にまで高める決意の表明である。
この価値観の転換により、アニメファンは単なる「娯楽の消費者」から、自らの嗜好を誇り高く掲げる「文化の主体者」へと変貌を遂げた。
これは、現代における「個の時代の消費行動」の先駆的なモデルケースであり、日本独自のサブカルチャーが強固な連帯感を持つに至った源流である。

もう一つの核心である「作り手と受け手を越えたニュー・タイプアニメ」という概念は、劇中に登場する進化人類「ニュータイプ」の定義を、現実のコミュニケーション構造へと拡張させたものである。
従来のメディアにおいて、制作者(送り手)と観客(受け手)の関係は、情報の非対称性に基づいた一方通行的なものであった。しかし、ガンダムという作品が提示した緻密な世界観と人間ドラマは、観客側に「作品を解釈し、自らの知性で補完する」という能動的な参加を促した。
野辺忠彦プロデューサーが企図し、富野由悠季監督が壇上で呼びかけたのは、制作者が教示し観客が拝聴するという旧来の構造の破壊であった。
ここで語られる「ニュー・タイプ」とは、作品を介して互いの魂や意志を共鳴(テレパシー的に理解)し合える、新しい感性を持った集団を指す。新宿に集結した1万5,000人の若者たちは、単に映画を観に来たのではなく、同じ価値観を共有する「同種」としての存在を確認し合うために集まったのである。
この概念は、作り手側がファンの熱量に呼応して作品を深化させ、ファン側が同人誌やコスプレといった形で作品世界を再構築・拡張していくという、双方向的な「共創文化」の萌芽となった。
つまり、アニメとは完成された映像ソフトを指すのではなく、作り手と受け手が同じ場所で熱量をぶつけ合い、相互に影響を及ぼし合う「現象そのもの」へと進化したのである。この時、アニメはスクリーンの中の物語であることを止め、現実社会を動かす巨大なエネルギー体へと変質した。
こうして、若者という観客層を獲得したアニメは、80年代半ばにブームが終わった後も、彼らの欲求にこたえようと表現の可能性を追求し続けてきた。
メカ描写はより複雑にスピーディーになり、CGまで使われるようになった。
キャラクターの外見を美麗に磨き上げ様々な性格のタイプを用意し、「萌え」を生み出した。
過激なバイオレンスもグロテスクなホラーも、「18禁」ポルノもある。
今や、ヲタクによる上部構造のヘゲモニー掌握が進みつつある。

『新世紀宣言』は宣伝文句ではあったが、新しい時代が始まるというファンの気持ちと合致していた。
劇場版「機動戦士ガンダム」の公開イベント、アニメ新世紀宣言は、以降のアニメ・ブームの発火点となった奇跡のイベントだったのだ。

かつて岡田斗司夫は角川スニーカー文庫『機動戦士ガンダムⅡ』 あとがきで、アニメ新世紀宣言についてこう述べている。

僕たちはマイナーリーグに所属している。メジャーっていうのは車とか、スキーとか、音楽とか、フィットネスとかその他、となりで誰かが話していても君が話題に入れないやつのことだ。いや、勿論入るだけならできるだろう。しかし、君の心の中に何か餓えたものが残るだろう。否定してもしょうがないことだ。僕たちはそういう人間なんだから。もちろん僕たちがそういう人間である事を誇れた時代があった。一九八一年の二月に行われた『アニメ新世紀宣言』がそうだ。
(中略)
僕はその時、大阪にいたので、そのイベントに参加できなかった。なんでも新宿東口アルタ前という広場に二万人近いアニメファンが集まったという。その熱気たるや凄まじいものだったという。当時の僕はこれを聞いて、いささかの恥ずかしさを覚えながらも誇らしく思った。
『どうだ。SFだのアニメだのと、いままで認められなかった文化が市民権を獲るために動きだしたぞ。さすがにヤマトじゃ恥ずかしすぎるがガンダムだったらいける』
きっとあと十年もすると泉麻人みたいな奴がTVで『ミノフスキー粒子が云々』なんて語っている筈だ。…

何故GUILDのイデオロギー的支柱なのか

サブカル研究会GUILDは、敢えて我々のイデオロギー的支柱として、アニメ新世紀宣言に立脚していると宣言している。
それはなぜか。
一言で言えばそれがヲタサーとして『正統』の在り方であると思うからである。
むしろ一昔前の平成の中頃までは、百歩譲ってコロナ禍前までは、みんなそれが『当然』であったのだと思う。
みんな部誌を作るし、創作するし、そして好きなものを共有していた。
でも今やその文化は下火になり過ぎている。
我々はこうしたヲタクサークルの正統なる在り方を見つめ直し、再度、アニメ新世紀宣言の『原点』に立ち戻ろうというのである。
アニメ新世紀宣言に立ち戻り、ハルヒを学習して、ヲタクの進んできた道のりを再度歩み、コロナ禍の数年で決定的に見失われた『ヲタク文化』の残り香と指針を再度確認しようと言うのである。
これが我々がアニメ新世紀宣言を学習する理由である。

アニメ新世紀宣言全文

2.22アニメ新世紀宣言

私たちは、私たちの時代のアニメをはじめててにする。『機動戦士ガンダム』は、受け手と送り手を超えて生み出されたニュータイプアニメである。
この作品は、人とメカニズムの融合する未来世界を皮膚感覚で訴えかける。しかし戦いという不条理の闇の中で、キャラクター達はただ悩み苦しみあいながら呼吸しているだけである。そこでは、愛や真実ははるか遠くに見えない。それでも彼らはやがてほのかなニュータイプの光明に辿りつくが、現実の私たちにはその気配すらない。なぜなら、アムロのニュータイプはアムロだけのものだから。これは、生きるということの問いかけのドラマだ。もし、私たちがこの問いを受け止めようとするなら、深い期待と決意をもって、自ら自己の精神世界(ニュータイプ)を求める他はないだろう。
今、未来に向けて誓いあおう。
私たちは、アニメによって拓かれる私たちの時代と、アニメ新世紀の幕開けをここに宣言する。

アニメ新世紀0001年2月22日


動画資料



■アニメ新世紀宣言当時の映像



■BS NHKガンダム宇宙世紀大全 第3話「ドキュメント・アニメ新世紀宣言」

…アニメ新世紀宣言の解説映像とも言える。


ヲタクなら見るべし

角川スニーカー文庫『機動戦士ガンダムⅡ』 あとがき
岡田斗司夫

+ 全文
全文

最初に約束しよう。つまり、これから何ページか、解説という文章が印刷されている。
もし君が、あのいわゆるアニメファンではなく、たまたまガンダムの原作本を読みたいなと思ってこの本を買って、このぺージを開いているなら、もう読むのはやめなさい。

これから先は、いわゆる『アニメファン』でないと判らないギョーカイ用語や優越感が一杯のたいへん見苦しいページなのだ。
もし君が『ガンダム』に関して、あくまで一人の観客でいるのならば、この本はここまでと思うことだ。
なぜなら、僕は今から、僕や、僕の友達・仲間にしか判らない話をするからだ。あしからず。


さて、ここを読んでいる君。君はアニメファンなんだね?



もちろん僕は、君がなぜこの本をひろげているか知っている。
本屋の店頭で、なにげなく気になった本だからバラバラ見ているんじゃないはずだ。
君はこの本の中に何があるのかは、あらかじめ知っている。
このカバーイラスト、タイトル、作者名が全てを物語っている筈だ。


もちろん君もそれに気がついてとの本を手にとった筈なのだ。


そう、これは、あの『アニメ』の本なのだ。


ここで注意!
結論を急いではいけない。
僕は君をからかおうとしているんじゃない。
冷やかして、貶めようとしているんじゃない。僕は知っている。
君や僕達が、どんなに注意して『おたく』『マニア』『暗い』『いまさら』なんて言われないようにしてきたかを。

僕はこの本の解説を引き受けた。

その時点では自信があった。
自分自身のなかで『ガンダム』とは何なのか、アニメとは何なのか。云々。それを書けばいい筈だ。

過大な自信はこの世界の最大の悪徳というわけではない。
しかし、困った。


そこで僕は考えた。
この文章を読んでいる人に考えてもらおう。
それなら僕が『ガンダム』について知っていることを並べるだけでいい。
小さい頃から親には要領だけはいいけどあつかましいと言われた僕にはぴったりの方法だ。


僕たちはマイナーリーグに所属している。
メジャーっていうのは車とか、スキーとか、音楽とか、フィットネスとかその他、となりで誰かが話していても君が話題に入れないやつのことだ。
いや、勿論入るだけならできるだろう。
しかし、君の心の中に何か餓えたものが残るだろう。
否定してもしょうがないことだ。
僕たちはそういう人間なんだから。

もちろん僕たちがそういう人間である事を誇れた時代があった。
一九八一年の二月に行われた『アニメ新世紀宣言』がそうだ。
(恥ずかしくても最後まで読む事。書いてる僕はもっと恥ずかしい)
僕はその時、大阪にいたので、そのイベントに参加できなかった。
なんでも新宿東口アルタ前という広場に二万人近いアニメファンが集まったという。

その熱気たるや凄まじいものだったという。

当時の僕はこれを聞いて、いささかの恥ずかしさを覚えながらも誇らしく思った。


『どうだ。SFだのアニメだのと、いままで認められなかった文化が市民権を獲るために動きだしたぞ。さすがにヤマトじゃ恥ずかしすぎるがガンダムだったらいける』


きっとあと十年もすると泉麻人みたいな奴がTVで『ミノフスキー粒子が云々』なんて語っている筈だ。



ガンダムが教えてくれた幾つかの事実。

1、リアルなメカはかっこいい。
2、リアルな戦争はかっこいい。
      (落ち着いて! ここは朝日新聞日曜版じゃない。知り合いしかいない。『ガンダムは戦争アニメ』と言われる心配のない場所だ)
3、SF野郎はアタマが固い。
      (例の高千穂遥のSF発言だ。あの当時、僕たちSFファンは肩身がせまかった。何てったって日本中の大学SF研ではガンダムブームだったのだ)


ガンダムが教えてくれなかった幾つかの事実。

1、どんな祭りもいつかは終わる。
2、以上終わり。



一九七九年、ガンダムの放映が始まった。
そして戦争アニメ論争も同時に始まった。つまり『機動戦士ガンダムはストーリー的面白さの中心は戦争シーンだ。これは戦争的なものを肯定するアニメである』という意見と『ガンダムにおいて製作者は、反戦的姿勢を貫いている。
これを戦争アニメと呼ぶと大人たちに誤解されてしまう』という意見が大真面目に戦っていた。


当時の僕を含めてのアニメファンのホンキさ加減をつたえるのはむずかしい。
今、考えるとガンダムが戦争アニメかどうか、なんて、どーでもいい気がする。



一九七九年 ~ 一九八二年の主な大人向き本格派戦争。

ソ連・アフガニスタン戦争
イラン革命
中国・ベトナム戦争
ベトナム・カンボジア戦争
ナミビア独立戦争
ローデシア戦争
エルサルバドル内乱
イラン大使館事件
チャド内戦
イラン・イラク戦争
エチオピア内戦
アイルランド内乱
レーガン大統領暗殺未遂
東チモール独立戦争
ポーランド内乱
バングラデシュ内乱
レバノン戦争
フォークランド紛争


もちろん僕たちは、この戦場から送られてくる記録を熱心に見つめた。
次のアニメの爆発パターンやミサイル発射パターンに使える!と踏んだからだ。 


『バンダイ』という存在も君や僕たちの支持の中から生まれてきた。
一九八〇年以前のこのオモチャ会社はヨンパチスケールという田宮に対抗するためだけとしか思えないAFVモデルや超合金の会社だった。
しかし、その会社がカンダムモデルを出すというので、僕たちは圧倒的に支持した。


ブームは過熱化し、まるでスケバン刑事のように、マイナーメーカーのバンダイはマニアの声援をうけて一気にメジャー化する。
それを僕たちはまるで自分たちの力がそれをなしたかのように、まるでアニメが市民権を得たかのように祝福した。
あとは御存じの通り、つまりレイズナーだ。


君や僕たちと一緒にボウボウと燃え上がったのがアニメ誌だ。
ニュータイプ創刊前の蜜月時代。
君や僕たちは『メジャー・保守・アニメージュ』対『マイナー・革新・アニメック、アウト』という構図を楽しんだ。
だれもそんな対立を本気では信じてなかった。
ただその両方に目を通すのを忘れなかった。


もちろん、今でもガンダムを評価してくれる人もいる。
ジェイムズ・キャメロン。エイリアンⅡのクライマックスシーンを『ガンダム・ムービー』と自称した。
喜んでいいのやら。


ともあれ当時の君や僕たちは、アニメについて正当な評価(!)を読もうと思うと、アニメ誌にたよるしかなかった。
アウトはみんなが同じムラにいるような共同幻想を与えてくれたし、アニメックはシオニズム(ユダヤ人の選民理論、ジオニズムじゃない)のような甘い優越感をふりまいてくれた。

そしてアニメージュは保守党の機関紙みたいな安心感


話はかわるけど、どうしてアニメ誌はあんなに共存してて、そして減ったんだろう。
マクロスについてゆけなかったから?ナウシカを徳聞が独占したから?業界の冬?

どれもそうといえるし、それだけでもないだろう。
十年後の泉麻人に任せよう。

今、読んでいて一番エキサイティングな本は『アニメック別冊・ガンダム大事典』だ。
もう懐かしい人名や固有名詞なんかがガバガバ出てきて楽しめる。
古本屋で見つけたらぜったいに買おう。
富野氏と編集者の会話がエグくて泣かせる!

(いやー、モスク・ハン博士とか、『ジンバ・ラルの息子、ランバ・ラル』とか連邦突撃機パブリクだとか、ベルガミノの浮きドックなど、冷汗がでるほどイイ!!)

当時の僕たちはアニメを、ガンタムをいわゆる大人たちに認めさせようと必死だった。
つまり真の文化として、だ。
しかし、認められたらどうなるのか誰も考えはしなかった。

子供たちだけがガンダムを認めた。
そしてその子供たちは日本各地のデアパートでガンダムプラモを求めて階段大雪崩という芸を披露してくれた。
この件についてはノーコメント。


ガンタムの次の神輿は『イデオン』になるはずだった。
これについては言いたい面白い話がいっぱいあるけど、別の機会に。


アメリカのSF大会に参加して驚いた。
彼の地のアニメファンはロボットアニメという用語を使わずに『ガンダム・ムービー』と言っているのだ。
たしかに日本のロボットアニメを外国から一歩引いて観察すると、全部ガンタムに見えるのだ。


ひょっとしたら本当にそうだったのかもしれない。



僕自身は会社の仕事として新作・劇場版ガンタムのメカニック設定を手伝うことになった。

そこで初めて富野監督と話をした。以下はその抄録。


「あなた、『ガンダム』好きですか?ぼくは『ガンダム』なんかやりたくないの!キライなの! 何でロボットアニメなんかしてんの!でもね、そのキライっていうのは、ぼく自身の問題であって、大人として、仕事として、務めっていうのか、義務を果たすべきだと思うんです」

「つまり、ああ結局、富野のやつにはガンダムをやらせるしかないという判断が一方である。それはとてもくやしくってイヤなんです。でも大人として、仕事として、それをやるしかないって自分に決めたんです。わかりますか?」

その時の僕には判らなかった。
イヤな仕事なんだったらやめればいい。
そんなにして造った『ガンダム』なんか見たくない。
これがその時の正直な気持ちだった。

会話はまだ続いた。

「『オネアミス』ご立派でした。でも『ガンダム』は作品じゃないの。あんな立派な作品じゃないんです。ただの、本当に古臭いロボットアニメなんです。つまんないアニメなんです」

愚かにも僕は質問した。

「へぇ、『ガンダム』ってつまんなくて、やりたくないんですか?」

富野監督は激怒した。

「私の言うことをいちいち額面どおりとらないで欲しい。私にだって、どんなに小さくてもプライドもあります。方法論も持っているつもりです。でもね、私、卑下しているんです。しなくちゃいけないんです!」

説明できるだろうか。
つまり映画をつくるという作業のハードさ。
そしてその頂点にいるという、気の狂いそうな孤独と不安。絶対の自負心と完全な自己否定。

もちろん僕はそれを知っているべきだった。
富野監督は、同じアニメ界の者として僕に矛盾した言葉を投げかけてきたのだ。
それは言葉として矛盾していても作品の中で-テーマ的な繋がりをもつ。本来は観客が聞くべきではない叫びである。
観客は作品内でクリンアップされた発言を聞けばよい。

しかし、このページを見ている君も僕も、すでに観客ではない。
それは最初に約束したとおりだ。
君と僕は、この富野監督の発言を聞いてもいい世界にいる。
すなわちそれはアニメ界というムラだ。
ようこそ。
初参加の方のために拍手を。


本当にアニメブームは終わったのだろうか?
アニメ誌がつぶれて、サンライズが『味っ子』なんかやっていれ.ば、そーいう気にはなる。
が、アニメブームなんて始めからなかったのかも知れない。

『ヤマトブーム』『ガンダムプーム』『マクロスブーム』『ナウシカブーム』という巨大な波が連続していただけ。

しかし、アニメはそのパワーを失っていないのかも知れない。

実写の日本映画はダメだ。
いや、いくつかの偶然作はある。
しかし、その平均点とアニメ映画の平均点を較べると、いまだに日本が誇れる映像はアニメしかないのではないかと思えてくる。

ルーカスやスピルパーグやキャメロンがパクるのも当然だ。

つまりかつての日本映画が特撮技術を世界に誇り、特撮映画を誇っていたように、今、世界に誇れる(世界に誇れる、という考え方もそーとー おかしいんだが)日本映画は結局アニメしかないのかもしれない。

海外のSFX映画を見て『ちくしょー、あんなの日本で作れないのかなー』と思っている人。
作れません。
二十年も前、アメ車を見て日本人技術者は『ちくしょー、あんなの日本で作れないのかなー』と思っていた。
そいでアメリカへ、最初は日本の得意な小型車の輸出を始めた。
ところが、今や日本車が世界の主流になりつつある。
でも、今も日本車にはアメ車の魅力はない。

同じ事だ。


本当は僕たちアニメファンは、もっと顔をあげて歩ける筈だった。

電車の中でメージュやニュータイプが堂々と広げられる筈だった。
しかし、今はそうじゃない。

だからといって虚ろに笑いながら、かつて自分が熱中していた物を棄ててしまえるわけじゃない。

『ガンダム』はいい。
素晴らしいロボットアニメでありSFアニメだった。
それは誰よりも君や僕たちが信じたものであり、その価値のある作品だった。


来年か、再来年、もう一度あの『アニメ新世紀宣言』をやってみないか?


僕がガンダムについて君に言えることは以上で終わりだ。
感情的な部分もあるし、自分でもびっくりするぐらい醒めている部分もある。
イヤミな文章だと思った人も多いだろう。
ま、しかしそのどこかで不快になってもゆるしてほしい。

なにせ君と僕は、あの『アニメファン』なんだから。

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最終更新:2026年04月14日 17:05