アットウィキロゴ

迫撃! グラハム隊

† † † † †

格納庫内は真っ暗で、視界はほとんど効かなかった。ブラックハウスは艦内の灯りもほとんど落として、この闇の中にとけこみ密かに移動していた。オレは BlackCatのコックピットで赤外線暗視装置の使い方を確認していた。
といっても、モニターの明度は機体のOSが自動的に調節してくれるのでオレはほとんどなにもしなくていいらしい。だが視界が独特のグリーンに染まるこの装置は、オレを不必要に緊張させるのだった。
いや、夜間任務そのものが緊張を強いる原因なのだ。オレ達の任務はトラック輸送隊の護衛である。トラックの走る約20kmの街道をオレ達だけで防衛しなければならない。
5機のMSがあるため、街道を4kmずつAからEの区間に区切り、その区間ごとを一機のMSが担当することになった。
MSを輸送隊と並走させたほうが安全なのだが、マスパの機動力ではトラックについていけないことと、数波にわたる輸送隊の強行軍をすみやかに行うためにはそのほうが早いことから、この戦術が採用された。
ブラックハウスと61式2輌は20kmの街道を常に往復し警戒にあたる。
正直に言って、無理のある任務だと思った。連邦軍の前線の後方とはいえ戦線は複雑に絡み合っており、どこが敵陣でどこが友軍の占領下なのかはかなり漠然としていた。ジオン残党兵は戦線のこちら側にもたくさんいるだろう。
MSからすれば玩具みたいな輸送トラックを、MS一機だけで守りきるのは不可能ではないか?
ブラックハウス戦闘団のほかの部隊、すなわちビッグ・トレー級二隻、特殊自走砲部隊、61式戦車二個大隊、GM一個中隊は、輸送部隊の目的地である最前線拠点周辺に広く展開し、申し訳程度の防衛ラインを構築した。
最前線拠点には例の死神旅団が補給を待っている。彼らは甚大な被害を受けつつも不屈の闘志で前進をつづけ、今や進出する連邦軍の先頭に立っていた。旅団長のコレマッタとか言う男がやり手らしい。
そういう噂を聞いたことがあった。部下にはオニのように厳しく、上官には犬のように忠実。軍隊ではこれをやり手と呼ぶ。あずにゃんが上官で良かったとしみじみ思う。

時刻は間もなく午前零時。日付が変わると同時に行動を開始する。オレはBlackCatを発進デッキに移動させる。だがカタパルトによる射出は行わず、歩いて発射口まで移動し、ブラックハウスから降下した。
着地する直前に一瞬バーニアを吹かして落下速度を緩める。着地した瞬間に数歩ダッシュして地面にふせる。夜間、バーニアの光は遠くからでも良く見えるからだ。着地した途端に狙い撃ちされてはたまらない。
幸いどの方角からも攻撃はなかった。
オレが降り立ったのは街道の最初の4km、A区間だ。となりのB区間には魔理沙が降下し、以降E区間まで順に乃人、黒猫、シンが配される。輸送部隊はトラック 20輌のグループが3波。15分おきに発進してくる。
第一波には61式戦車大隊とブラックハウス所属の61式(改)2輌がつきそう。第二波にはもう一つの 61式戦車大隊とゴリアテ、第三波に残るビッグ・トレー級、タイガー・モスがよりそって来る。
最前線拠点の方角に照明弾が上がった。E区間にシンが降り立った合図だ。そして午前零時、もう一発の照明弾が同じ方向からあがり、作戦が開始された。
西のほうから轟々たる走行音が近づいてくる。61式戦車一個大隊の全力疾走だ。かなり目立ってしまう。これで敵が気付かなければいいが。
小さな光点が急速に接近してくる。一瞬敵のマゼラトップかと思ったが友軍の偵察ヘリだった。

「ナガモン中尉ですか?間もなくトラック隊が到着します。彼らの護衛をくれぐれもよろしくお願いします!」

名前も知らないヘリのパイロットから通信が入った。

「了解した。肖戒任務ご苦労。」

程なくして、無数の戦車とトラックがやってきた。街道をトラックが走り、その両サイドを戦車が護衛している。グループの上空を61式(改)が旋回しながら周囲を警戒している。今のところレーダーに敵影なし。
オレはBlackCatをグループのそばに寄せて並走させた。暗闇とグリーンの視界は精神を張りつめさせる。だが、わずか4kmの行軍はあっと言う間に終わった。魔理沙の乗るマスタースパークが見えてきた。B区間に入ったのだ。
グループはノンストップで走り続ける。マスパの移動速度ではついていくのもやっとだ。オレはとっさの判断でB区間もグループについて行くことにした。代わりにマスパをA区間に向かわせた。A区間のほうが味方の陣地に近い。
敵がいる可能性も低いだろう。B区間にはあちこちに兵器の残骸が転がっていた。A区間にもあったが数がずっと多い。いかにも最前線に近づいているという感じだ。考えてみれば最前線拠点に至る道はこの街道一本。
しかも拠点のまわりには死神旅団以外に連邦軍部隊はない。ある意味で彼らは孤立していると言っていいだろう。補給路の街道を守るのはオレ達だけ。よくとどまっていられる。たいした根性だ。
コレマッタと言う男、あなどるわけにはいかない。ようやく乃人のWhiteCatが視界に入った。BlackCatの下半身予備パーツをシロネコに合体させたガンダムWhiteCatは、BlackCatの血を分けた兄弟のようなMSだ。
ひとまずオレの輸送部隊第一波護衛はここまでだ。オレは第一波を乃人に任せ、A区間にとって返した。

30 分後、第二波までが最前線拠点に到着し、残るは第三波のみとなった。恐れていた敵の襲撃はない。上手くやれそうだ。第三波は発進からものの数分でA区間を駆け抜け、オレが担当するB区間にやってきた。
先頭をゆくトラックにこの輸送部隊の隊長が乗っているらしい。隊長は運転席の窓を開け、こっちに向かって太い腕を突きだして親指を立てた。「護衛よろしく」ってことか。オレはBlackCatの右手の親指を立てて答えた。
するとその隊長は通信を入れてきた。

「護衛ご苦労。君たちMS隊のおかげで無事に補給任務を達成できそうだ。感謝する。」

隊長は今度は手を振った、その指に何かが光った。指輪らしい。大きな宝石がついているようだ。月明かりに照らされて地上の星のように輝く。綺麗だ。

「ずいぶん高そうな指輪だな。」そう尋ねた。
「あぁ、これか。嫁さんにプロポーズするときに奮発してな。高かったがあんないい女はいないしな。もう2年ほど会ってないが、この作戦が終わったら休暇がとれる。久しぶりに会って来れるよ。」
「そうか。愛妻家なんだな。」

戦場という地獄の真っ只中なのに、この隊長は人間の持つ暖かさを失っていなかった。少なくともこの隊長には守るべきものがある。だから戦っているのだろう。その揺るがない気持ちがあの指輪の輝きとなって結晶している。
そんな気がした。乃人の待つC区間は近い。なんとかこの隊長を奥さんのもとへ帰してやれそうだ。オレはそう思った。だが次の瞬間、沈黙していたレーダーが突然警報音を発した。

「敵襲ッ?!」

刹那、轟音と共に無数の砲弾が飛来し、トラック隊の周囲に着弾しはじめた。何輌かの61式が直撃をくらい爆散する。

「ひるむなッ!走り続けろ!!」

隊長は部下達にそう叫び、自分のトラックをさらに加速させた。オレはレーダーに複数の敵機を確認していた。上空から急降下してくる。再び攻撃してくるつもりか。

「させるかッ!」

上空の敵機は見えないがレーダーを頼りにビームライフルを放つ。輸送部隊に随伴してきたビッグ・トレー級のタイガー・モスも対空火器の砲門を開いた。これでほかの仲間も異変に気づくはずだ。

「乃人!敵の武装は実体弾だ!着弾する前に撃ち落とせ!!」

目前に迫るWhiteCatにそう告げ、オレはBlackCatをトラック隊のそばに寄せた。乃人も近づいて来て上空を警戒する。音速よりもはやく飛翔する敵弾をビームで撃ち落とすのは神業に等しいが、不可能ではない。

「来ました!」

乃人が輸送部隊の後方を狙いながら叫んだ。真後ろから車列を一気に粉砕するつもりか。だがレーダーは真正面からの敵も感知していた。

「挟み撃ちか!乃人は後ろの敵を!オレは前からのをやる!」

ようやく敵機が見えて来た。戦闘機にも見えるが、手足がついているようにも見える。その機体が三機、同時にミサイルを放った。真正面から飛来するミサイルなら迎撃はたやすい。
オレは狙い済ましたビームを三連射、ミサイルすべてを撃ち落とした。続けて敵機を狙うが、あっと言う間後方へ飛び去っていく。乃人が狙った編隊は砲火をかいくぐり機関砲を発射した。
無数の砲弾に61式の装甲は耐えてみせたが、ソフトスキンのトラックは瞬時に爆発した。機関砲の弾数では防ぎようがない!
その時、輸送部隊の隊長から通信が入った。

「俺達は構わないから敵弾より敵の機体を狙ってくれ!このままじゃ全滅しちまう!狙われたトラックは諦めるしかない!!」

衝撃だった。そんなことっていいものか。

「そんな無茶な!なすすべもなくやられていいのか!」

オレの気持ちを、乃人が代弁してくれた。だが、頭のどこかではそうするより他にないこともわかっていた。

「議論してる暇はない!また敵の編隊が来るぞ!」

隊長が叫んだ。今度は車列の左右から、敵機の編隊が近づいてきていた。

「乃人は右を頼む。弾丸ではなく敵機そのものを狙え!」
「ナガモン先輩ッ!」
「いいからやるんだ!!」

オレは車列の左側から来る敵を狙った。数は三機、やはりこいつらはMSの一種と見ていいだろう。

† † † † †

輸送部隊を襲っていたのは、フラッグと呼ばれる機体だった。ナガモンの印象とはことなり、ジオンではこの機体はあくまでも「可変戦闘機」として扱われていた。
フラッグはツィマッド社が社運をかけて開発した機体で、プラズマ過熱型熱核ジェットエンジンを搭載し、ほぼ無限の航続距離を誇る。ツィマッド社はこのフラッグと連邦軍から鹵獲したMSなどで試験部隊を編成し、地上に送り込んでいた。
この試験部隊はフラッグ及び鹵獲MSを実戦で使用し、その性能を調査することを目的としていた。だが重力戦線の戦況が悪化してくると、ジオンはツィマッド社の私兵であるこの傭兵部隊を通常の戦力として頼りにするようになった。
結果、彼らはこうしてオデッサに配され、連邦軍の攻勢を脅かしていたのである。そしてその部隊を率いている男は、いま自身の専用フラッグを操り、連邦の補給部隊に恐怖の襲撃を仕掛けているのだった。
彼の名はグラハム・エーカー、ガンダムの存在に心奪われた男だ。彼はガンダムを生け捕りにすることを部隊の至上命題としていた。そしていざ戦闘を開始し、生け捕りにはできないと判断された場合には躊躇なく撃破するつもりだった。
今すぐにでも地上に舞い降りてガンダムと一戦を交えたいグラハムだったが、マ・クベ司令はまず補給部隊を壊滅させることを命令してきた。戦略的見地から言えばガンダムよりも最前線の死神旅団のほうが邪魔者だったからだ。

「補給部隊はさっさと片付けて、すぐにでもガンダムに戦いを挑ませてもらおう!」

グラハムはそう叫ぶと機体を翻して急降下を開始した。二機のガンダムのうち、黒いほうがビームを撃ちかけてきたが当たりはしない。グラハムは目標を定めるとライフルのトリガーを引いた。
月の出る夜空に爆音がはぜ、洩光弾が尾をひいて飛んでゆく。発射された弾丸は輸送部隊の車列に吸い込まれるように飛翔し、トラックが玩具のように舞い上がり爆発する。輸送部隊にはもう5台ほどのトラックしか残っていなかった。
走り続けるそれらも爆風や飛散した破片に傷つき、全滅は間近に思われた。

「ジョシュア!スチュアート!ランディ!あとのトラックは任せる!私はガンダムにダンスを申し込む!ハワード、援護してくれ!」

グラハムは部下達に指示を飛ばすと、自分の機体を戦闘機形態からMS形態へと変形させた。

「抱きしめたいな!ガンダム!!」

グラハムは嬉しそうに叫ぶと、愛機を駈ってBlackCatにとびかかった。

† † † † †

突如、敵の一機が編隊を離れ、オレのほうへ突撃してきた。その機体は空中で変形しより人型に近いものとなった。

「変形した!?」

敵機はヒートソードを抜くと間髪入れずに切りかかってきた。オレはトンガリコーンでそれを防ぎ、ビームライフルを放った。敵機は再びの変形でそれをかわし、ジェットを吹かして舞い上がった。

「逃げるのか!」

オレはさらにビームライフルを撃ち、敵機を狙う。だが、瞬発的に加速した敵を捉えることはできなかった。そうしている間にも、別の敵機は今度はタイガー・モスに襲いかかり、地上戦艦は砲塔の一つから煙を吐いていた。

「こちらタイガー・モス!機関室にも被弾した!!我、行動不能!繰り返す!我、行動不能!ここで固定砲台になる!補給部隊は前進を続けてくれ!」

タイガー・モスの巨体がトラック隊から落伍してゆく。後方の闇のその姿が消えた時、反対方向から黒猫とシンの機体が現れた。

「ナガモン!乃人!応援に来たよ!」

黒猫から通信が入る。オレ達はMS4機でトラック隊を囲み、尚も走り続ける。

「上からくるぞ!気をつけろ!」

シンが叫び、オレ達は一斉に対空砲火を浴びせる。急降下してきた敵機のうちの一つが火をふき、地面に激突した。

「敵の装甲はたいしたことはない!当てれば落とせるます!」

乃人が叫び、ビームライフルを連射する。さらにもう一機の敵が被弾し、編隊から飛び出て空中で爆発した。気付かなかったが、2編隊いたはずの敵が1編隊しかいない。残る敵はあと3機。だが、もう一つの編隊はどこに?

「ナガモン!前ッ!前ッ!!」

黒猫の通信で我に返ったオレは、上空に向けていた視線を正面に戻した。すぐ先の街道上に、MS形態に変形した敵二機が並んで待ち構えていた。

「地上に降りてたのか!?」

シンが驚きの声をあげると同時にその敵が襲いかかってきた。一機はトラック隊に、もう一機はオレのところに。

「クソッ!」

敵はナイフをふりかざし、オレはトンガリコーンで防いだ。だがトラック隊を守る余裕はなかった。トラック2輌が瞬時に蹴散らされた。その内の1輌は、先頭を走っていた隊長車だった。

「くっそォォォォォォォ!!!!」

オレは目の前の敵をそのままトンガリコーンで捕まえ、アームストロング砲の前にかざした。ゼロ距離射撃を喰らわせてやる!

† † † † †

一瞬でトラック2輌を葬ったグラハムは、再び機体を変形させ上空への離脱をはかった。だが背後を振り返ると、彼の部下、ハワード・メイスンの機体は黒いガンダムに捕獲されていた。
ガンダムがハワードのフラッグを下半身の巨大な砲の前にかざすと、強力なビームがその砲口にほとばしり、フラッグは瞬時に砕け散った。

「ハワードッ!!おのれガンダム!」

グラハムは機体を反転させ、再びガンダムに襲いかかろうとした。だが部下の一人がそれを遮った。

「隊長!我々の任務は輸送部隊の殲滅です!もうほとんど達成しました!これ以上の戦闘は無意味です!」
「くっ……この仇は必ず伐たせてもらうぞ!ガンダム!フラッグ全機へ、帰投する!」

グラハムはフラッグファイターたちに基地への帰還を告げ、機首を東へ向けた。だがその視線は、後方へ遠ざかってゆく敵の黒いMSに向けられたままだった。強い決意が、その目に満ちていた。

「敵機、戦域を離脱していきます!」

ブラックハウスの艦橋では、カントーが状況を報告していた。最前線拠点にいたブラックハウスは輸送部隊の第三波とMS隊を迎えるべく、戦線の後方、すなわち西の方角へと移動していた。
激しい戦闘の間にも走り続けていた輸送部隊はすでにE区間にさしかかっており、ブラックハウスはすぐにそれらに接触できた。すると、黒猫が通信を入れてきた。

「わたし達はこのまま拠点までトラックを護衛するから、A区間にいる魔理沙とマスパを迎えに行ってあげて!」

あずにゃん艦長は黒猫の提案の通りにし、ひとまず輸送部隊とすれ違った。黒猫が最後まで守ると言ったトラックは、すでに3輌しか残っていなかった。
ブラックハウスはマスタースパークと会う前に、落伍したタイガー・モスと行きあった。あちこちに被弾したタイガー・モスの船体は、艦橋こそ無事なもののその他の部分はスクラップ置き場のように滅茶苦茶になっていた。
船体からつきだしたたくさんの砲身は途中であらぬ方向にへし折れ、直撃弾を受けた第一砲塔では未だに小規模の連鎖爆発が続いていた。砲塔内の砲弾が引火しているのだ。
だが傷つけうち棄てられたようなタイガー・モスを、ブラックハウスはどうすることもできない。タイガー・モスが戦列に復帰できるかどうかもわからなかった。
ブラックハウスがタイガー・モスの横を通過していく時、あずにゃんが黙って敬礼を捧げ、他のクルーもそれにならった。

魔理沙はようやく現れた迎えに思わずガッツポーズした。彼女は第三波がA区間を通過してからずっと暗闇に一人ぼっちだったのだ。ブラックハウスを待っている間、無線も通じない場所に孤独でいるのはたいそう不安なことだった。
途中、最前線拠点へ向かう方角に爆発の明かりが何回かまたたき、彼女を一層不安にさせた。だが彼女は第二波までが無事に拠点に到達したという連絡を受けていたため、第三波も無事に走り抜いたものと思っていた。
通信が回復するや、彼女は無邪気な口調でアークにこう尋ねた。「補給部隊の連中は護衛に感謝してたか?」と。
アークは言葉に詰まった。感謝されているとはとても思えなかった。壮絶な戦いを走り抜いた3輌のトラックと、途中で撃破された無数の残骸をたった今見てきたアークにとって、魔理沙の無垢な質問は心に痛かった。
見かねた京大尉が代わりに答えた。

「第三波は3輌のトラックを残して全滅した。敵の新型機の襲撃を受けたからだ。みんな善戦したのだが、どうしようもなかった…」

彼女らしくない、歯切れの悪い口調だった。魔理沙は「え?」と呟いただけで、その言葉の意味をうまく理解できなかった。あんなにうまくいっていた輸送作戦が…
じゃあA区間を颯爽と駆け抜けていったあのトラック隊のドライバー達はほとんど全員が…。

「わ、訳がわからない…ぜ?」

魔理沙の視界が急に曇った。彼女の大きな明るい瞳が、涙に濡れていた。嗚咽が込み上げてきて、もうここがどこなのかわからなくなってしまった。

「魔理沙さん、着艦を。ここはまだ戦地です。あなたまでやられてしまう。」

あずにゃんがらしからぬ厳しい口調で言った。だがその目は魔理沙と同じように、涙でいっぱいだった。あずにゃんは必死で自分を抑え、責務を果たしていた。それを見た魔理沙は、こくりとうなずき、震える手で機体を操縦しはじめた。
マスタースパークを収容したブラックハウスは最前線拠点にとって返し、ゴリアテとともに敵の警戒に当たった。第三波はすでに先に到着していた第一波、第二波と合流し、死神旅団への補給を開始していた。

† † † † †

オレは広大な平野を一人歩いていた。BlackCatに乗ってではなく、自分の足で、だ。オレの背後、東のほうの空はもう薄紫色からオレンジ色に変わりつつあった。
さっき、輸送部隊の副隊長という男にあった。副隊長は補給作業で忙しいはずなのにわざわざオレの所まで来ると、深々と頭を下げて言った。

「ありがとうございました。みなさんのおかげで、これだけ生き残れました。本当に感謝しています。自分も第三波にいました。みなさんがいなかったら自分もやられていたでしょう。隊長や、ほかの戦死した連中だって、みなさんが全力を尽くして守ってくれたことはわかってるはずです。あの世で感謝してるに違いありません。

副隊長はそこでニッコリと笑うと、最後にもう一度頭を下げて、作業に戻っていった。オレは言葉もなかった。ただうつむいて黙って立っていた。自分の無力を痛感して、死んでしまったドライバー達に申し訳なく思った。
それでオレは、来た道を歩き始めたのだ。戦死したドライバー達に謝ろうと思って…。
トラックの残骸の前まで来た時、太陽は地平線のすぐ下まで来ているようだった。オレは鼓動が速く大きくなるのを感じていた。残骸の運転席の窓から、焼け焦げた腕がたれさがっていた。
オレがその手に光る指輪に気付いたとき、太陽が地平線から顔を出した。指輪の宝石が奇跡のようにキラリと光った。

「隊長……」

その指輪は間違いなく隊長のものだった。彼が奮発して買って奥さんに送ったエンゲージリング。黒く煤けた残骸に確かに光る地上の星。

「……くっ、……うっ…」

突然涙が溢れてきた。嗚咽が止められない。息を整えようとしてもできない。涙も止まらない。

「…あっ、……あぁ…あぁぁぁ」

しまいにオレは声を上げて泣き出していた。その場に膝をつき、両手に顔を埋め、あらん限り泣いた。心の中でごめんなさいと謝りながら。隊長を奥さんに会わせてやれなかったことを悔やみながら。オレのせいだ。オレのミスだ。
オレが殺したんだ。そんな言葉が次々に浮かんできて、涙はますます溢れ出して、叫びはいよいよ凄まじくて、オレは自分がなんなのかわからなくなってしまった。オレはとにかく泣いているなにかだった。
人間でも生物でもない、ただ悲しいだけの感情だった。

どれくらい泣いていただろう。長い長い時間がたってから、オレは肩に暖かいものが触れるのを感じた。びっくりして後ろを見ると、優しい顔をした黒猫が立っていた。

「ナガモンも泣くことあるんだね。」

黒猫は静かに言った。オレは泣き顔を見られたくなくて、また下を向いた。美少女の泣き顔を覗くなんて、同じ女でも許せない。

「ねぇねぇ、隠さないで顔を見せて。わたしナガモンの綺麗な顔みたいよ」
「…こんな変な顔見られたらお嫁に行けなくなる…」
「じゃあわたしがもらってあげるよ」
「からかうなバカ…」
「本気だよ。それに…」

黒猫は下を向いたままのオレをそっと抱き寄せた。暖かい。

「辛いことも楽しいことも、分けあったほうがいいんだよ?」

不思議な気持ちだった。黒猫と接しているところから、暖かさが全身に巡っていくような、そんな感覚を覚えた。オレは黒猫に身を預け、ずっとそのままでいたかった。オレより小さな躰なのに、黒猫に身を委ねると何故か安心できた。
…そうだ、こいつと何もかも分けあおう。喜びも悲しみも、快楽も苦痛も、オレが受け取るもの全てを黒猫にも与えよう。そして黒猫の全てもオレがもらおう。オレは黒猫と生きていこう、だってオレは、こいつのことが…

「好きだ。」
「え?」

思わず口に出してしまった。黒猫はきょとんとしてこっちを見ている。オレはもう何も言わないで、黒猫に躰を預けていた。猫耳の不思議な少女は、いい匂いがした。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年08月30日 15:08
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。