587 名前:咆哮哀歌 9-1/4 :2010/05/21(金) 11:14:32 ID:???
586の続き
どさり、と音を立てて丸太が転がる。
キンケドゥ『なっ!』
シロー『これは!』
それは、比喩でもなんでもなく、文字通り、長さ約10m、直径70~80cmほどの丸太だった。
クロスボーンガンダムX1のシザーアンカーが突き出た枝の一つをくわえ込み、
幹にはバスターガンによる破砕孔も三つ、きちんと並んでいる。
グラハム『どこから丸太が…』
シーブック「(くそっ、また引っかかっちまった…)」
チェーンを掴んだ左腕を一振りしてシザーアンカーを外し、元のフロントアーマーに戻す。
シロー『そう言えば、夕べ、シーブックも変わり身に引っかかったと…』
グラハム『さもありなん。 これほど見事な変わり身ならばな… やはり、忍か…』
シロー『う… やっぱり忍者、ですか…』
かつて、戦場において情報の収集とかく乱、要人暗殺、破壊工作などを生業とする者たちがあった。
その存在は常に闇と共にあり、決して歴史の表舞台に現れることはない。
だが、彼らの技は連綿と受け継がれ、また、形を変えて、
MSと言う機動兵器すら使いこなして見せたのである。
これが、世に言う M S 忍 者 であった。
シロー「この宇宙時代に忍者… いやでも、シュバルツさんの例もあるし…」ブツブツ
グラハム『警部補、考察は後にしたまえ』
シロー「え…」
グラハム『まだ全てが終わったわけではないぞ』
シロー「あ… そ、そうだ! 奴は!」
辺りを見回すシローは、グラハムのフラッグが見上げている視線をたどる。
シロー「!!」
そこには、切り立った崖の上から彼らを睥睨する“四本足”の姿。
とっさに投げ捨てたライフルを探すシローだったが、
小隊の一斉射撃すら有効打の与えられなかった相手に、果たして通用するかどうか。
そんな中、グラハムとキンケドゥは動かない。
シロー「警視正?」
グラハム『どうにも、様子が変だ。 …何かを、探しているのか?』
シロー「は?」
再び崖を見上げてみれば、“四本足”は遠く――西の彼方を見つめている。
何かしらのセンサーを内臓しているのか、「耳」にあるアンテナブレードがせわしなく動き、
そして、ぴたりと止まる。
まるで、猟犬が獲物を見つけたかのような――
588 名前:咆哮哀歌 9-2/4 :2010/05/21(金) 11:16:54 ID:???
“四本足”は身をかがめると、次の瞬間には弓から放たれた矢のように、崖から身を躍らせた。
数百mを跳躍、危なげなく着地すると、さらに加速して走り出す。
グラハム『我々は振られたようだな』
シロー『向こうは…無人街の方ですね?』
それはネオトピア市からいささか西に外れた所にあるゴーストタウンである。
ネオトピア建造が決定した折、そのベッドタウンを目して建造されたが、
間もなくその付近一帯が住宅建設に不適切な軟地盤であることが発覚、
いくつものビル、マンションが建造されながらも放棄された。
稀に暴走族の類が根城にしたりもするが、軍やMSメーカーが
市街戦のデータ取りに利用することもあるため、近付こうとする人間も疎である。
グラハム『市街に向かわなかっただけ幸いと言ってよいのか…
ヘッドクォーター!こちらグラハム!』
シロー『カレン、大丈夫か?』
カレン『隊長…奴は… ! キ、キンケドゥ!』
ガンダムの再起動を果たしたカレンが、ビームライフルをX1に向ける。
カレン『動くなっ!』
キンケドゥ『まだ、FCSは再起動が終わっていないのだろう?
銃口が揺れてるよ』
カレン『ぐっ』
言葉に詰まるカレンの前を堂々と横切り、地面に突き立ったビームザンバーを引き抜くX1。
カレン『動くなと言ったろう!』
グラハム『…あれを追うつもりかね』
キンケドゥ『ああ。 どうも、まだ裏があるようなんでね』
シロー『裏?』
聞き返すシローのEz-8に、ビームザンバーの切っ先を向ける。
カレン『隊長! …ええい、このボロコンピューター!』
だが、何かを訴えるかのように動きを止めたX1は、そのままビームを収めてきびすを返す。
カレン『よしっ! 動…』
火器管制システムが復帰し、ライフルの照準が定まったその瞬間、
X1は“四本足”を追って宙へと舞い上がった。
防風林と丘陵を盾に、あっという間にカレン機の視界から消えてしまう。
グラハム『相変わらず見事なものだな』
シロー『警視正…』
グラハム『フ…すまん。 だが、彼は何かに気づいたようだな』
シロー『ええ…なんでしょう? 奴のサーベルは俺のシールドを指してるようでしたが…』
グラハム『シールド… ん? こ、これは!』
サンダース『う…痛ぅ…』
カレン『サンダース、大丈夫かい』
ハロ長官『諸君! 無事かね!!』ゴウ…
シロー『長官?』
589 名前:咆哮哀歌 9-3/4 :2010/05/21(金) 11:18:53 ID:???
ゴーストタウンに、砲声が、コンクリートが粉砕される音が響き渡る。
エマリー『隊長! エマリーです! 弾倉が…あと2秒しか…』
隊長『ハウエル、渡してやれっ。 俺のはあと9秒ある』
シンプソン『隊長!撤退しましょう! 奴はこんなオンボロザクでどうにかできる相手じゃない!』
隊長『それは俺が判断する! いいかシンプソン、二度と…』
シンプソン『14小隊はもう全滅した! こんな作戦、無茶だったんだ!』
隊長『貴様! …!!』
轟音とともに、ネオトピア市警所属の第11小隊々長機のザクが、
アンテナブレードごと頭を粉砕される。
90mmマシンガンが暴発し、すぐそばのビルを砕く。
エマリー『ひっ!』
コンクリート片がザクに降り注ぎ、鈍い音を立てる。
着任後日の浅いエマリーには、その音はまるで死神の足音のようだった。
エマリー『うわあああああ!! くそっ! 誰だーっ!』
パニックに陥った新人警官は、闇雲にマシンガンの引き金を引く。
エマリー『死ね! 死ね! 死ね!』
無論、そんなでたらめな射撃が黒い影を貫くことなどできるはずもなく。
ガチン!
エマリー『た、弾がっ!』
シンプソン『エマリー、落ち着けーっ! !!』
僅かな気配を感じてシンプソンがマシンガンを向けると、
まっすぐシンプソンのザクに向かっていた黒い影が目の前で跳躍した。
シンプソン「奴? いや…」
跳躍の為の、一瞬。
そこに彼は特徴的なデュアルカメラとアンテナブレードを見て取った。
シンプソン「ガンダム? もう一機…?」
シーブック「…なんだ? 奴が追われてるのか?」
無人街のほぼ中央。
見通しの良いビルの上に降り立ったX1は、右目に補助センサーユニットを下ろし、
戦場を見下ろしていた。
シュバルツ『アレが日中に動くとは思わなかったのでな』
シーブック「!!」
思わぬ声に振り返ると、貯水タンクの外壁が――否、外壁がプリントされたフィルムが
べろりと剥がれ落ち、ネオドイツのGF、ガンダム・シュピーゲルがその漆黒のボディを現す。
キンケドゥ『シュバルツ…ブルーダー…』
590 名前:咆哮哀歌 9-4/4 :2010/05/21(金) 11:20:45 ID:???
シュバルツ『出遅れてしまったが、アレは、本来我々の領分の問題だ。
警察はやむをえんとしても、君たちのような存在には手出しを控えてもらいたい』
キンケドゥ『…いやだ、と言ったら?』
ゆっくりと、X1の右手が左腰のビームザンバーに伸びる。
シュバルツ『フッ…土下座でもすれば、引いてもらえるかな?』
言って、本当に片膝をつくシュピーゲル。
キンケドゥ『はw …判った。 とりあえず傍観に徹するとしよう。
私もまだ事態の全てが飲み込めている訳ではないのでね。
…種明かしくらいは、期待してもいいのかな?』
シュバルツ『何、それほど複雑な事態でもないさ。 では、後ほど』
シュバルツがそう言うと、シュピーゲルはコンクリートの床をすり抜けるようにして沈み込み、
姿を消してしまった。 後にはMFが存在した痕跡すら見当たらない。
シーブック「…忍者ってやつぁ…まったく」
鈍い金属音がビルの峡谷に木霊する。
ゴン!
シンプソン『うおっ!』
彼の乗機のすぐ頭上、高層マンションのベランダがいきなり陥没する。
だが、その一撃を加えたであろうMSの姿はどこにもない。
金属がぶつかり合う音、そして、“何か”が風を切る音だけが二機のザクを包む。
エマリー『ううっ…』
シンプソン『音だけが…』
これが忍である!!
そこには、常人の認識さえかなわぬ、高次の戦いがあった。
だが…
今、その渦中に踏み込まんとする少女の姿がある。
ステラ「クロノスッ!」
少女の、精一杯のソプラノボイスが、“四本足”の足を止める。
ステラ「ハウスッ!!」
最終更新:2014年08月07日 19:09