タイムアップ。であった。

夏特有の熱気を切り裂くような超高熱の光線。
──現れた後光に導かれ、島田愛里寿は天高く上昇を開始する。

ベージュ色の長い髪をたなびかせ昇天する様は、まるでこの世に遣わされた熾天使のようだ。

天使は満身創痍の奇妙な熊を両手に抱えている。

いかにも啓示的なクマ。その姿は、再び人類が重ねてきた罪悪を背負おうとした救世主である。守ろうとした人々により無残に打ち捨てられる様を明確に表現している。無知を原因として悪意ある者に操られた罪人をそれでも救おうと抗い立ち向かう気高さ。しかし理解されぬ悲惨さ。なおも立ち上がろうとする愚かさ。

野生の熊でさえも理解できることを人間はなぜ理解できないのか。
野生の熊には人間社会が飲み込むべき残酷さを理解できないのか。
ボコられたクマの姿はその両面性を雄弁に語っていた。

慈愛を持って熊を掲げる幼い少女の偶像。
罪なき者が彼の者を目の当たりにしたのならば、以下のようにその厳威を称えるだろう。
曰く──悪徳のため悪徳を愛する不埒な者も、望む相手に苦痛を与える降霊術師も首を垂れざるをえない──と。

参加者たちはついに降臨した裁く者を呆然と見上げることしかできない。
罪人たる少女たち。明白なる悪徳に屈し隣人を愛することを忘れた彼女たち。手を取り合おうと呼びかけるものを消し去った者たちは、真の偉大さを前にしてはただ眼を焼かれ右往左往することで精いっぱいであった。

天高くから地上を俯仰する使徒は、やがて大きくその眼を広げると地上に残る者たちを睨みつける。視線とともに照射されるスペクトラムの光は、神より委任されし七色の光線である。瞳から照射された七色光線はやがてエリア全体を包み込み、それを浴びた罪人たちはなすすべもなく、

溶けていく…溶けていく…


 ※ ※ ※

 「どーしよー! 柚子ちゃあああん!」

 「もー桃ちゃんったら、愛里寿ちゃんを獲得して調子に乗るからだよ」

 「島田流は稼働時間を大幅に超過すると周辺を巻き込みながら暴走するだなんて知らなかったんだー!」

 「FA獲得の最終決定をしたのは桃ちゃんでしょう」

 「そうだけどさー! ああああ西住ぃ、早く帰ってきてくれー!」

 「西住さんは人的補償で取られちゃったじゃない」

 「島田出した相手が西住取りに来るだなんて思わなかったんだよー!」

 「失敗を認めたくないからってこれからは島田カラーで行くなんて言っちゃうし」

 「西住島田夢の両頭体制が壊れたから……」

 「あんこうさんチームも怒って解散しちゃった」

 「うわああん、柚子ちゃん、何とかしてくれえ!」


しょうがないなあ、と呟く小山柚子が懐から取り出したのは戦車の砲弾である。「柚子ちゃん、どうしたのいきなり?」 まさかあの目から怪光線を照射し飛び回る少女の撃墜が、このNo.1照準手河嶋桃に託されたということだろうか?

 「今からこの砲弾に戦車道魂を込めるから、桃ちゃんは装填して発射して」

戦車道魂とは? 河嶋は聞かない。桃は柚子との硬い友情で結ばれていたため、柚子が意図することを桃は言わずとも察することができる。

(何言ってるか全然意味わかんないよ。でも聞いたとしても押し切られそうだし)

 続けて柚子は「そうしたら出てくる人にチームに加わって貰ってね」とぞんざいな説明を重ねていく。大洗女子学園アルバトロスさんチームの河島桃は「わかったよ! 柚子ちゃん」と素直に頷き、狙え、装填、発射。しかし、「──っ!」発射直前でいらないことに気がついてしまうのが桃ちゃんである。

 「ああ、そうか柚子ちゃん!」世紀の大発見をしたかのように話す河嶋に「どうしたの桃ちゃん、早く撃って」柚子はそっけない。

 「出てくる人って西住流家元か!」柚子はバレバレのネタが割れた若手芸人みたいな顔をする。

 「すぐに分かったよ!」

 「うーん、でも情報によると、出てくる人っていうのは大洗女子学園の制服を着ているらしいんだよ」

 「じゃあ違うか。いくら家元でも素面で女子高生の制服を着て出てこれるとは思えないからな」

 「そうだねー。いついかなる時でも進む姿は乱れなしって感じの人だし」

 「家元じゃないかー! どんな時にでも使えるからって安売りさせたらだめだよ本当に!」

 「えー、今や高校戦車道の顔になっていて、忙しいスケジュールの合間を縫ってきてくれたんだよ」

 「じゃあ家元じゃないか。西住かな? 何だかんだで戻ってきてくれたんだな」

 「あ! もー桃ちゃんが遅いから様子を見に出てきちゃったじゃん」

 「ごめん柚子ちゃん」

 「まったくもう、あの長い黒髪の妙齢の人だから、失礼がないようにしてね」

 やっぱり家元じゃないかー! と叫ぶ河嶋はドンドンドンドンドンと五回砲撃。着弾点からキラキラとした演出効果が出現した後、西住流家元を筆頭に次々と人影が飛び出す。出てきたのは、西住流家元、秋山母、五十鈴母、武部沙織、冷泉おばあ。いつもの五人である。

 ありがちな絵面を前に小山柚子は「やったあ、あんこうさんチームが揃ったね」と無邪気な顔で白々しく喜ぶ。「あんこうさんというか」河嶋は首を振る。「生々しいあんこうって感じじゃないか」「さしずめタコさんチームといったところね、やだもー」と家元がカットイン。これには「やかましい!」河嶋が怒鳴る。

 「でもどうしよう桃ちゃん。皆さんを呼んだら予算がもうなくなっちゃったよ」

 スルーした柚子がスルー出来ない発言をしたので、河嶋は狼狽えた。

 「ええええ! どうするんだよ柚子ちゃん!」

 「どうしようかー」「どうしようかーって!」

 「心配するな、かーしま!」

 と、飛び出してきたのは頼りになる杏会長である。キャラ被りしそうな乗馬鞭をブンブン降っており、あんこうスーツを基調としたジョッキーのコスプレをしていた。

 「我に金策の秘策ありだよ」「さっすが会長!」

 ひゅん、ひゅん、と音を立てて振るわれる鞭。安心しきった子供のような河嶋。

 「もう戦車なんて古い! 競馬! これからは馬の時代だー!」

 「でも、会長、私たちは未成年ですし、それにギャンブルに手を出すというのは……」

 「賭けるほうじゃなくて、馬主のほうだよー」

 それなら行けそうですね。何も考えずに発言した意気軒高の河嶋と必死に自分を納得させようとしている様子の柚子。それでも杏の真意を彼女たちは感じ取っていたのだ。長い付き合いなので、杏が意図することを二人は言わずとも察することができる。

 (何言ってるか全然意味わからないけど、会長絶対スルーするよね)

 「よっし! 河嶋。とりあえず馬を探そうか。」

 「わかりました。会長!」

 一筋の汗を流す柚子を尻目に、河嶋はキョロキョロとあたりを見渡す。野生の戦車がいっぱいある大洗なんだ。野生の馬ぐらいいっぱいるだろう。と、家元と目が合った。(ヤバッ!)目を逸らそうとする河嶋を家元(星5)は許さなかった。まさに鉄の女を体現する女傑の苛烈な視線を受け、弱弱桃ちゃんは逃げることも出来ず涙目で見つめ返す。

(あああああああ、そう!) 河嶋は気が付いた。(立場を気にせず自分たちにも手伝わせてほしいということだよな!) さすが、西住流家元。郷にいっては郷に従うというわけ。自分を守るため最大限好意的解釈を行った河嶋は頷き、探索場所を指示しようと喉を震わせた、──瞬間!

突然、凄まじい速さで家元が四つん這いになる。河嶋はあまりのことに呆然とする。四つん這いの所作も美しいその姿は往年のティーガーの勝るとも劣らない。そんなタイガー家元がタンカスロンもびっくりの速度で、全てを置き去りにして嘶く。

 「ヒイーーーンッ!」

 (恥ずかしくないのかね) 

会長を他所に西住流家元は滅茶苦茶真面目にやっていた。柚子は「すっごいプロ根性だね」と感嘆し、艶の混じった息を吐いた。まさに溶岩の中をも突き進む戦車、その体現と言っても過言ではない姿である。

「かーしまー、いい趣味してんねえ」杏にからかわれる河嶋はいまだにフリーズして動かない。同じく呆然として動けない四人のあんこうたちだったが、大真面目に馬をやっている家元の真摯さに、一人、また一人と触発され、気が付けば性癖お徳用あんこうたちは全員が四つん這いになり「ひいんひいん」と嘶き始めていた。

 「……いや、もういかがわしいって段階じゃすまないぞ!」と再起動した河嶋が突っ込み。
 「あんこうどころか乱交一歩手前って感じだね」会長はおっさんみたいなコメントを残す。

ここで後方に立ち上がる影有り、「ナナナ~ナナナ~……」冷泉おばあである。「あんこう~らんこう~」ぎくしゃくして踊る。「らんこう~らんこう~……」その後が出てこず止まってしまう。(頑張れ!)あんこうと西住馬の熱い視線が瞬く。「らんこう~……」だんだん遅くなる動きと一緒に空気もぎくしゃくしだして、河嶋は耐えきれなくなった。

 「無理しなくていい、無理しなくていい! 冷泉も心配するから、な!」「婆孝行、感動」「うるさいよ!」と茶々家元に河嶋がパンチ。

しかし、読んでいた家元「暴行~乱暴~かけるぞパロ・スペシャル」「イダダッ!」と、パロ・スペシャルを掛けられた河嶋が悶絶。ロックを外そうと暴れるもがっちりホールドされ、唐突に始まったニシズミ・ウォーは一方的な展開となった。「イダダイ! なんで私家元にパロ・スペシャル極められてるんだ?!」「違うよ桃ちゃん! その人は家元じゃなくて馬!」「なおさらおかしい! なんで私馬にパロ・スペシャル掛けられてるの?!」

 「お、かーしま。じゃあ今度はかーしまが馬やろうか」

は? という声がすでに嘶きに変わっている。びっくり仰天、アルバトロス桃はウイニィ河嶋に。ヒンヒン嘶く彼女は四足歩行形態で足は蹄になってしまっている。

 『うわああああ! 馬になってるーーーー!』驚く河嶋に「うま過ぎて?」と宣い逃げるイエモトフシダラオー。『何がだ! 全然うまくないんだよ!』と追いかけっこを始めるツッコミカタメガネ。

G3カーシマドリームダービーは概ね予想通りに推移し、予想屋たちが安堵の息を漏らしている。波乱もなくなくこのまま終わるだろう。さすがは西住流家元。第三コーナーを回り観客たちが緊張の糸を緩めた、そのタイミングで!

突然大外から差してくる影があった。影は河嶋にとってなじみの深い影であった。頑固で神経質そうな顔をした眼鏡の中肉中背の男性。文具店経営の河嶋の父である。


 ※ ※ ※


河嶋桃の父親は、不器用な男だった。不器用でプライドが高い男だった。文具店、客商売を営んでいるにもかかわらず、接客態度はいいとは言えない。家族とも積極的に会話しようとしない。

幼い日の河嶋桃にとっては、いつもむっつりと黙り込んでいて威圧感がある恐ろしい父であった。

そして彼女の母親は身体があまり強くない。よく熱を出して寝込んでいるところに、河嶋はしくしくと泣きながら看病したものだ。調子が良いときは家の中のことを教えてくれる頼りになる母であり、どこか図太いメンタルを持っている女性であったが、それでもどこともなく漂う病の気配に彼女はハラハラしていた。

そんな調子の両親であったので、長女である河嶋桃は中々甘える相手が見つからなかった。彼女は本質として素直で感情豊か。何か出来事があるとすぐ感情を動かしてしまうのでフラストレーションを溜めやすいのである。

父親は黙っていることが多く、機嫌がいいのか悪いのかわからない。機嫌が悪かったらとても怖いし、邪険に扱われたら傷つくので、無邪気に甘えるには気が引ける。

母親は精神的には強い所を見せる人だったけれども、愚痴を零して心配をかけること、この人に強い負担を掛けると病気が悪化して今度こそ死んでしまうのではないかと心配になって、河嶋はなかなか話ができない。

家庭内で不安を解消する手段を持たない子供は、よほどの傑物でない限り、他責的で威圧的な部分を持ってしまう。不安を受け止めてくれる相手がいないことは、正しい自尊心を育てることが出来ないということにつながる。落ち込んだり傷ついたりしたとき、誰にもぶつけられずにただただ自省を続ける。そうすると心の傷はだんだんと膿んでいってしまうだろう。しかし、無条件の親愛を持たない他人にぶつけることは、いたずらに遠巻きにされる原因を作る行為である。繰り返すうちに精神状態はさらに悪化、周辺とうまくやっていく余裕がなくなり、威圧で思い通りにならないことを周辺に察してもらう。つまり、不機嫌で人を動かそうとするようになるのだ。

彼女が世の中を僻んだり、抑圧で無気力になるようなことにならなかったのは、町の住民たちのおかげである。何かと商店街の大人たちは彼女を構う。大人たちは彼女の父の不器用ながらも真面目な性格について十分に理解していたし、母の身体が悪いことも、それでいて強い女性であることも熟知していた。少し外に出ればみんなが挨拶を返してくれる環境。それでも彼女の根幹に抱える不安は中々晴れなかったが、現在に至るまでの人格形成について、性格や価値観が大きくねじ曲がってしまうようなことはなかった。

小学校に入学し、物事の道理がわかるほどの年齢になると、すでに姉となっていた彼女は兄弟のために自然と虚勢を張っていた。妹や弟には決してどこにも行けないような重苦しい不安を与えない。そんな気高い義務感が無意識に彼女の胸中にあった。学校では要領の悪さと尊大な態度でからかわれることも多い。しかし、外へ虚勢を張ってしまう欠点を持つ一方で、弱い者への愛情深さが彼女の中には育まれていたのである。

それでも、彼女の繊細な感性──両親が自分を愛してくれていることを明確に感じ取れる──は両親に強い愛着を持たせたが、甘えられないという事実は、その感性を揺さぶり、結果として愛着と恨みで幾度となくぶらぶらさせられた。彼女はその度に苦しんだのである。

あるときのこと。些細なことで彼女は同級生と喧嘩をした。一度揉めれば相手をもっとも傷つける言葉を探してしまう小学生である。とんでもないことを言われた。

──もうお前の親の店は使わないから! 皆にも使っちゃダメだって言うから!

河嶋桃は聞いたとたんに幼児のように泣き喚いた。もうだめだ、もうだめだ。うわごとのように繰り返した。このことはその後の顛末も含めて大問題になり、それぞれ親が呼び出される事態へと発展した。

父親と並んで座って、彼女へ投げかけられた言葉。それが担任から彼に伝えられる様子を河嶋はうつむきながら聞いていた。不器用な彼女の父はそのまま固まっている。どうして何も言ってくれないのか。 彼女は垂れてきた鼻をすする。父は不愛想に担任の話に相槌を打ち、曖昧に頷くだけだった。やがて事実関係の確認が終わり、二人は解放されて外に出る。河嶋はしゃっくり上げるように泣きながら歩いていた。

とぼとぼと歩いていると横の父が不意に止まった。彼女は怒られるのかと身を固くして備える。父親は身を低くしての肩を掴むと、そのまま小さな体を抱きしめた。突然のことに面喰う彼女をよそに、なんと彼は泣き始めてしまった。すまないすまないと彼女を抱きしめながら肩を震わせて泣く。

父親が何故泣いているのか、当時の彼女には理解できない。わかることはいつも厳格な父親が泣いてしまっているのが自分のせいであるということだけ。それがこらえきれないほどに胸に引っかかる。父親から感じる確かな愛情に安心し、その愛情に答えられるほど立派でないことにがどうにも悲しかった。

彼女もまた大粒の涙を零しながら泣く。

そのまましばらく二人で泣いていた。様子を見に来た母親が来るまで。

今にして思えば父もまたそれほど強い人ではないのだと、彼女は思う。父もまた繊細でありながら、(あるいはだからこそ)プライドが高い人で──娘への言葉を馬鹿正直に受け取り、ただ怒って娘を守ればいい所を、無駄に考えて、無駄に感情を隠そうとして、結果として娘のために怒れないことに情けなくなったのである。

つまるところ、河嶋桃の内面は父親にそっくりなのだ。

しかし、彼女が父のように不愛想で黙り込んでしまう性格に育たなかったのは理由がある。
それは、母親の存在もあったけれど、彼女には心の底から信じられる友人がいた。目を背けるほどみっともないところを見せても二人は彼女から離れてしまうようなことはなかったから。河嶋桃が山の空のように機嫌をころころ変えられる、あるがままに感情を表現できるようになったこと、初めて友人への信頼による成長だったのだ。

その諍いの時もそうだった。ダメだって言うから! そこまで言った瞬間に隣にいた柚子は、相手の児童の顔を張り飛ばしていた。やったれやったれーと囃し立てる杏は河嶋が動けるようになるまで近くで寄り添っていた。そのせいで諍いは大事になってしまったが、それでも河嶋桃は小山柚子と角谷杏が絶対の味方になってくれる人だと改めて認識した。

彼女たちは自分の居場所になってくれている。同じ目線で物事を見てくれる人たちだ。ポカミスをしたときは馬鹿にされることもあるけど、それは自分を信じてくれているからだ。

こんな素敵な人たちに人生で巡り合えることが何度あるだろうか。

彼女の普段の尊大な態度は自分を外から守るための鎧だったけれども、だんだんと別の意味を持つようになっていく。自分も彼女たちと三人で並び立てる姿、超然としたカッコいい姿になろう。
もちろん中身はまるで追いつかないので、ちょっと追いつめられるとすぐに泣きだすが。それでも少しずつ少しずつ成長はしていた。カメの歩みでも、着実に成長した。廃艦騒動が起こると歩みはちょっとだけ加速した。

柚子や杏がいるとすぐに甘えてしまうところは変わらなかったが、船舶科の学生たちを後先考えず庇えたのは、彼女の内面を素直に出せるようになったからであり、二人がいないときも毅然とした態度を取り繕えるようになったのは、一人でも立てるような柱が心の中にちゃんと建てられていたからだった。

ちょっとだけ情動を制御できるようになった河嶋桃、その歩みは決して早いものではない。しかし、このまま成長していけば、毅然とした態度で、そこそこ頑張れる能力をもっていて、感性が豊かで、そして、弱い人に手を差し伸べられる人。つまるところ頑張り屋で皆から愛される素敵な大人。そういうものになれる未来の可能性もある。


 ※ ※ ※


役人の放送が始まったのは、河嶋桃が目を覚ましてからしばらく経過し、クラブハウスの格式ぶった掛け時計が正午を示したときのことである。
目の前で人一人吹き飛ばして殺し合いを強いた声が再び語り掛けてくる。今度は嫌みったらしく、まるで出来の悪い生徒を相手にする高慢な教師のような調子だった。
まどろみは軽い頭痛を残して吹き飛んでいた。彼女は無慈悲に流れる禁止エリア指定を必死に聞き取った。

真ん中で分断されるじゃないか。突然拉致して殺し合わせたくせにまともに運営もできないのか! 思い浮かんだ文句は、次の死者の発表が始まった直後に消える。
13名というあまりにも多すぎる人数──そして告げられる名前、それは学園艦を共に守った人たちの名前だった。それは彼女たちの戦車道で得た繋がりのことだった。名前を聞けば姿が思い浮かべられるそれぞれ個性豊かな人々。試合でぶつかり合って嫌味も言われて罵りあって、しかしお互いに認め合っている。皆それぞれ生きていたはずの個人の名前。それが貼られたラベルを見るような無機質さを持って読み上げられる。

馬鹿な、なんでそんなに簡単に人が殺せるんだ。全く知らない赤の他人でもなく、同じチームで一丸となった奴らだぞ。

放送途中に一名増えて14名になると、彼女はさらに憤りを強くしたが、一方で疑心も湧き出していた。読み上げられた名前に、やけに大洗の人間が多い。
いつもの追い込まれた時の被害妄想──こんな気分になっている暇はないのに──が始まったことを感じながら、追加された名簿アプリをおぼつかない手つきで開く。

大洗の連中はこんなに参加させられているのか! 彼女は驚愕する。他校の人々は隊長とその数名の側近の参加に留まっているにもかかわらず、大洗女子学園は一年生から三年生までまんべんなく巻き込まれている。

彼女は目を細めて大きな瞬きを何回も繰り返した。

やはり、大洗は恨まれているのではないか。
それは、この特殊殲滅戦を開いた主催者たちからであり、復讐に巻き込まれた他校の生徒から。
こんなに根こそぎ連れてこられて、こんなに多く殺されている。他校の生徒が人間がそんなに憎いのかと、役人も言っていて──。

彼女は眼鏡をはずして指で瞼を大きく覆った。あの役人に同意してどうする! さっきまで抱いていたはずの思いを一瞬で忘却させてしまうような、それほど重い衝撃だった。彼女は考えを取り消すように名簿の名前を確認した。

会長がいる。良かった。いや良くはないが、そして、当然生きている。

あんこうチームも全員が連れてこられている。西住みほがいる。これならばなんとかなる。会長と西住がいれば、……五十鈴が死んでいる。うるさい磯部も、デカい近藤も。学園の仲間が死んでいる。

 「これじゃあ学園は元には戻らないよ、柚子ちゃん……」

河嶋は眦に涙が滲むことを必死にこらえた。亡くなった学友の顔が次々に重い浮かんで、また瞼を押さえた。

学園生活も戦車道もやってきた一緒にやってきた連中が、あれこれ欠けてしまっている。死んだ奴は帰ってこないなんて、子供でも分かる理屈だろうに。彼女たちの家族がどれほど悲しむと思ってるんだ。プラウダ戦の時のこともまだ謝れてもいないのに。

ダージリン! ダージリンは、生きている。襲ってきたカルパッチョは……死んでいる。さっきとは別の場所だ。……なにも死ぬことはないだろう。カルパッチョがここまで移動しているということはダージリンはおそらく離脱できたのだろう。ダージリンが無事でよかった。

他校の連中は、……同じように死んでいる。河嶋は目を瞬かせた。ころん、と情緒不安定な脳が切り替わった。サンダースと聖グロは全員が生きているぞ。死んでなければおかしいなんて言うつもりはないが、ここまで生きているものか?

ダージリンは乗っていなかった。ならば聖グロのほかの連中もきっと乗っていない。多分、おそらく。わからないか。そう信じたいだけか……。

14人も死んでいて、大部分は私たちの学校の生徒。サンダースは全員生きていて。こいつら徒党を組んで……みんな私たちの高校を殺しに来ているんじゃ。少なくともナオミは乗っていた──太ももの傷をそっとなぞる。アリサは確か盗聴してたやつだし、ケイも二人が乗っていたら守るために乗るかもしれない……。

あんな残虐な動画を撮影して流すやつまでいるんだぞ、見知った顔の中に。

心の中で疑心暗鬼と被害妄想が膨らんでいくのを河嶋は感じた。サンダースの連中はみんな生きている。つまり当てにならない。ほかの高校だって死人はいるけれど──。

最後にぽつりと一人残っている少女の名前が目に入る。島田愛里寿。彼女は一人浮いていた。膨らんだ疑心が萎んでいく。再び義務感という燃料が心中を満たした。

ほかの大学選抜の者の名前は一つもない。見知った名前の中で異物のように残っている。

 「やっぱり見捨てられたのか……」

天才少女として飛び級、大学選抜チームという幼くして倍近い年齢の人々に囲まれる環境にいた少女。あの戦いを通じて、現状に違和感を覚えて自分の居場所を探していた少女。それを──たった一度負けたからといって、こんなに恐ろしい場所に連れてくるのか。

 「本当に可哀そうだ」

彼女は外から見たらわかりにくいだけで、内面はただの素朴で優しい少女なのだ。こんなところにまで連れてこられても人を思いやることができるような子なのに。体験入学の時に強く引き留めて大洗で受け入れればよかった。
西住たちと一緒に戦車道をやらせてやればよかった。西住、西住……。

 「あのとき、だいぶ酷いことを言ってしまったような」

今度は強い後悔に河嶋は襲われた。代わりにお前が転校しろだなどと。少なくとも自分が言われたら泣くだろう。メンタルの面でいえば西住みほもあまり強くない。そういえば、先ほどの放送で姉の名前が呼ばれていた。五十鈴の名前も。あいつ精神的に大丈夫だろうか。

……それもこれも特殊殲滅戦なんて開催する奴らが悪いのだ! 一周して再び怒りが彼女の心に戻った。雰囲気に流されて簡単に人を殺す奴も悪い!どうして簡単に銃を撃ったりナイフで刺したりできるのか。人命は尊いものなんだぞ。

少なくとも会長だったら──いつでも自分の隣に来てくれた姿を思い出す。人殺しなんて絶対にしない。いくら運営に煽られても、こんな勢いで人を殺してしまうなんてことは絶対にしない。

角谷杏はいつだって河嶋桃のヒーローだった。会長はどんな時でも頼りになって、誰よりも賢くて、カッコいい。彼女は常に杏に敬語を使って、杏が就いている役職名で杏のことを呼んだ。杏は大親友の柚子とはまた違う、一番近くにいる尊敬できる大人だった。

 「絶対に生きて帰る」

愛里寿と合流したら会長と西住を探そう。あの二人は何とかしようとすでに動いているはずだ。彼女たちの力にならなくては。殲滅戦を打破して──柚子ちゃんたちが待っている大洗に胸を張って帰るんだ。

 「柚子ちゃん、ここにいなくてよかった。会長や皆と一緒に帰るから、待っててね」


 ※ ※ ※


ある役人にとって忌むべき学園艦の案件の前、彼は中央省庁に呼ばれた。戦車道における超国家的訓練プログラム。要件はそんな重大な機密の共有。そのときは彼は期待の中堅として多くの案件に関わっていた時期であり、中央からようやく存在を認識され始めていたときである。替えるには少々値の張るだろう歯車であり、勝手にスピードを変えたり、突然止まったりしない部品だ。そんな彼の評価を受けてのことであった。

特殊殲滅戦──太平洋戦争から続けられてきた島田流を祖とする演習プログラムについて。

肆年周期デ行ハレル大学初年度及ビ弐年度学生ヲ対象トシタ演習。実際ノ火器及ビ刀剣暗器等々ヲ用イタ超実戦訓ニテ比類ナキ戦車娘ヲ育成スルノ由。

彼は慣習として続けられるその演習を知り──ドン引きした。何を無駄なことをしているのかと思った。そもそも意図的に死人を出すような演習を行うこと。数十人殺して三人の使い物になるかわからない精鋭という対費用効果の悪さ。開催中の関係者への情報操作と開催後の経緯捏造の手間。金も裏の人員も取られてこの採算性。そして万が一表にバレたら政権が飛ぶどころではすまない。

決して悟られるような態度には出さなかったが、馬鹿じゃないのか。彼でさえそう思うような案件である。上司も、(決して言質は取らせなかったが)存続していることに疑問符を浮かべていた。
ただ惰性で──これまでの犠牲の亡霊の数、溜め込んできた膿の重さで回っている案件。彼と彼の上司の特殊殲滅戦への認識はその程度であった。

そのうち世代交代で闇に消えることになるから、そのときはよろしく頼む。上司の役人的冗長性を持った発言内容は簡潔に訳してしまえばそんな感じだ。

後片付けでも大いに働いて出世するぞ。と彼は一人でやる気になる。これほどの後処理ならばより上への出世につながる! 多くのフィクサーたちへの繋がりも持てるぞ。

精力的に仕事に励む彼の役職は学園艦教育副局長。現在は学校教育の一科目である戦車道過程についての方針決定について駆り出されている。

戦車道というのは教育にとっての曲者である。現代においては学園艦を所有している学校、古くはそれぞれ戦車を用立てて、運用できる資本を持って学校でのみ行える競技であり、立ち位置は女子の高度な教養科目である。とんでもない規模の予算が要求される競技、試合においてはエリア内の住人を退避させ、修復費用まで受け持つ豪勢ぶり。中央省庁の役人たちの垂涎の的のこの競技は、性質上複数の役所に跨った管轄下に置かれざるを得なかった。

戦車道に関わる事柄については常に他の部署との縄張り争いが絶えない。魑魅魍魎が謀を比べあう伏魔殿。そんな場所に彼が関わるようになって随分経っていた。

そういう彼の戦車道についての認識といえば──そもそも全体的に衰退しつつある、ということであった。

現状、高校戦車道における西住流及び黒森峰一強状態が続いている。それは観客たちの飽きを誘発し、ひいては高校戦車道への関心の低下を招きつつある、そしてこの不健全な一強状態は、大学戦車道及び実業団リーグについての戦術及び試合展開の画一化と弱体化にまで繋がってしまっていた。

他校のエース級戦力は独自の戦術により活躍していたものの、初心者向けの西住流の戦術は集団戦の使い勝手においては他校を上回っている、その上、西住流によって車両の用意から整備に至るまで万全の体制が敷かれていることから、試合の勝者は常に黒森峰となった。

西住流の戦術傾向、いわゆる戦闘教義(ドクトリン)は、鉄の規律による統制及び強力な戦車による攻撃を軸とした戦術である。個々の選手の力量はある程度あれば良く、それぞれの小隊長の的確な指揮が重視される価値観。つまり小隊レベルの高度な作戦遂行能力によって勝利を目指すドクトリンであるということだ。

しかし、高校生クラスならば、集団の密集陣形で戦術行動が行えるだけでもう十分に強い。より深い戦術行動まで習得しないならば、初心者向けで非常に使い勝手が良いドクトリンである。

その上、西住しほという万能の女傑。また、蝶野亜美というスター選手も存在している。彼女たちの手腕も相まって、西住流は戦車道全体をほぼ席巻しつつあった。

西住流一極支配によって全体に無視できない副作用のようなものがが発生してしまっている。全体の競争意識の弛緩と戦術のレベルの低下、強い戦車で集団行動ができれば強いです──そんなレベルで勝ててしまう高校戦車道。そのような環境では小隊規模での機動戦による勝利を意識する水準には至らない。

当時の戦車道の水準は、西住流の目指すところである。

1.高い判断能力を持った各小隊長たちが連携し相手より早く動く。
2.相手が対応するよりも早く目標を達成する。
3.連携を保ったまま素早く次の行動に移り、相手の情報処理を圧迫する。
4.一方的に自分の作戦を押し付けて勝利する。

このような構想にはまったく及ぶべくもない状態に陥ってしまっていることは明らかだった。

小隊長クラスの人材育成の遅れは国際戦において顕在化する。試合において勝ちきれない。どこか作戦行動に遅延が発生し、とっさの判断に迷ってしまう。そんな状況が多々見受けられるようになっていく。

一方で大学選抜チームは危なげない勝利を重ねている。くだんの案件の廃止がさらに遅れていく。

そして交流試合で弱小国に敗北する事態に陥ると、戦車道強国の立場のためにも対策は急務となる。何らかの改革が求められる状況になったのである。

彼は管轄の縄張り争いで才能を大いに発揮し、存在感を示し続けていた。戦車道の改革に対して口を挟める立場にあったのである。彼は西住流の跋扈が現状の原因になっていると聞いていたので──解決策として別の戦闘教義を導入できないか打診する。彼と島田流の蜜月関係が始まった。

島田流は戦力全体での機動力と情報優位、隠密性を重視する。できうる限り少数同士の戦闘が発生するように状況を整え、そして敵が自分たちより同数以下である場合必ず勝利する。そんなドクトリンで、西住流よりも総隊長の能力と個人戦力が重視される流派である。

つまり、究極的には一対一の状況を作り続ける。発生する一騎打ちの勝率を上げる。局所的な優勢を積み重ねていき全体で勝利する、それが島田流の目標であるのだ。

西住流と肩を並べる流派であり島田千代という花形選手を抱えながらもしかし苦戦を強いられていた。当時の高校戦車道においては強みを発揮できず導入されなかった──(エース個人が無双するだけでは西住流に勝てない)──ことが原因である。

彼の働きかけが大学戦車道において島田流の跋扈の流れを生む。当時の島田流家元(島田千代の先代)からの全面協力もあり、島田流、経緯から確固たる地位を築いている大学選抜チームより大学戦車道全体へと広げる。そしてそれは大抵西住流よりも高い成果を出した。

当時の大学チームの選手層。西住流に支配された高校戦車道を過ごした──高い技量を持つ一方で西住流に敵愾心を持つ我の強い元高校エースたち。初歩の西住流で勝利してきたものの、想定外の状況に弱い元黒森峰生。そして一応の作戦能力を持つが、黒森峰に負けてきたことで軽く見られる元隊長たち。おおむねこれら3層で構成されている。

このような集団では作戦能力のある小隊長の下で集団戦を行わせる西住流は極めて相性が悪い。全体で作戦を決めてその後は極力個人戦を行わせる島田流の方が各大学のチームには適合していたのだ。

島田流ドクトリンにより大学選抜チームが結果を出すと、島田流の巻き返しが始まる。西住流の下から上の支配(高校から大学、プロ)に対して、(大学選抜から大学)上から下の支配によって対抗できるようになっていった。

集団行動。地味。堅実。そんなイメージをいつの間にか押しけられた西住流に比べて、個々のエースが動いて奇襲。鮮やかに勝利する島田流は派手で華がある。そんな広告戦略も成功し──忍者戦法というフレーズも定着して、大学戦車道人気は大いに盛り上がった。

特殊殲滅戦の成果物三人。誰が呼んだかバミューダトリオの活躍は人気の更なる呼び水となる。島田千代の家元襲名と大学戦車道理事に着任し、島田流の権勢を着々と拡大させる。
そしてその流れは、神童と名高い島田愛里寿、彼女が大学選抜チームの隊長に就任することで頂点に達した。

この状況は島田流を後押した彼の役人の評価に繋がった。彼はさらに出世の階段を登る。

新しく島田流家元となった島田千代との間に軋轢が生じ始めていたことは懸案材料ではあったが──彼の政治能力は大いに評価されている。役職としては学園艦局長にまでのし上がっている。個人と人間として合わないことはさほど問題ではなく、彼の今後の栄達については誰が見ても明らかだった。

彼の次のポストのために、周辺に示すことが出来る分かりやすい仕事として、彼であれば容易にこなせるであろう案件が用意される。

彼の約束された出世のため低いハードルに過ぎない案件、彼であれば躓くことがないだろうと実質的な責任者に任命されたプロジェクト。名前は──大洗女子学園艦廃艦計画。他の歯車たちは彼を羨望した。


 ※ ※ ※


Ihanaa(素晴らしきかな)、継続高校! サウナ、メタル、モータースポーツ、ウィンタースポーツ。そして巨大クリスマスツリー! あなたも継続高校で人生のプレゼントを手に入れ、トナカイをしばいて皆にプレゼントを配れる人になりませんか? キャッチコピーはそんな感じだったか。騙されたような騙されてないような。
大学選抜、バミューダトリオの一角、ルミが入学したのはそんな学校である。

金沢の港からさらに日本海を北に向けて出港。寒さに震えながら、我が校のカリキュラムは過酷な自然環境とのふれあいを重視します。そんな校長の演説が始まったとき、彼女は若干どころではない後悔を感じていた。戦車道ができて、学費が安く、自由な校風である学校。そんな条件にぴったりと当てはまったのが継続高校である。

確かに自由度は高い、高いが、食事の始まりが調達の検討から始めなくてはならないのは度が過ぎていないだろうか? 先輩たちが皆がめついぞ。飢えた狼みたいな目になっている。この前のサンダースとの交流試合、山積みにされているレーションをすべて持って行った上にお代わりまで要求していた。ちょっと品性が低いのではないか。私は気高さを失わないぞ。

そんなことを入学当初考えていたルミは、今、プラウダの試合後ミーティングに招かれ、ついでにボルシチをタッパーで持ち帰っている。プラウダ生たちは彼女のことを全力で睨みつける者もいれば、ドン引きしている者もおり、感心した様子で見ているものまでいた。お子様みたいな金髪だった。

本日鹵獲ルール(勝者は敗者に戦車一台を要求できる)で行われた継続×プラウダの試合は雪中フィールドの過酷なものとなった。試合は、質の悪いエンジンオイルの混入により動きが悪いプラウダ側に対し、白い塗装を活かしたゲリラ戦を挑む継続有利で展開した。途中何の変哲もない雪道を走行していたKV-2がまるで人の手が加わったかのような穴に落ちるというハプニングがあったものの。大量の継続生徒たちによって救助されたうえ、彼らの手により車両の点検まで行われるという心温まる場面もあった。

試合はそのまま継続高校の勝利。粛清におびえるプラウダの隊長が不正を訴えたが、彼女たちは華麗にスルーし、ボルシチと一緒にKV-2を持って帰ったのだった。

学友たちにパンとボルシチの交換を要求しつつ、彼女は自分の高校戦車道を振り返る。

熱くなりやすい性質であったが、いつもどこかに冷たい自分を飼っていたのが効いたのか──試合の流れの転換を正確に掴むことができたし、狙撃をやらせれば必中に近い成績を叩きだせる。彼女は継続の一回戦突破を支えるエースとして、皆からもてはやされ、大学からも推薦を受けた。毎度次で負けたが。

ボルシチ美味しい。アイツらいいもの食べてるなあ。デザートのシベリアもとって来れば良かった。

試合内容にはおおむね納得していた。自分には策謀の才能はないことはわかっていたし、自分いがいの者は皆平凡な腕前だ。自分というエースを最大限生かせる戦術をとったところで、中堅校以上には読まれて潰される。しょうがないことだ。まあしょうがないことなのだが。

やっぱり、悔しい! // 弱小だから目立てた、将来が約束された!

こういう時に現実的な打算が出てきてしまうので、ちょっとルミは自分のひねくれている部分が嫌になる。どうにも自分の無垢なところと酷薄なところがぶつかってしまう、いつも出てくる妥協みたいな感情を持て余している。もうちょっと思うがままに生きてみたいところだと、心の底に少しだけ不満を抱えていた。
まあ、しょうがない。現実はいろいろ制約があり、自分らしく生きるのは難しいのだ。……思うがままに生きていたならば、そもそも継続には入らなかっただろう。どこに入っていただろうか?  黒森峰は息が詰まる。プラウダはむかつく。サンダースはうるさい。……アンツィオか。じゃあ継続でいい、いやごはん美味しいしなあ。

ぽろろん、とカンテレの音色が聞こえてきた。埒もいかないような悩みを考えるようになったのはコイツのせいだ。ルミは思う。

音源にまで足を運び、特徴的なチューリップハットを見つけると、ルミはその横に腰を下ろした。
カンテレの演奏は途切れることなく続く、横に先輩が来てるんだぞーとぼんやり思ったが、別にあいさつされたいわけでもないので、流れてくる音に浸っている。

不意に音が途切れる。半目でぼーっとしていたルミはゆっくりと横を見た。

「風に吹かれて流れていくものですよ」──チューリップハットの少女、ミカが唐突に言った。

「私は風を起こすか乗って飛びたかったんだよー」いつの間にかコイツの言うことがわかるのもあれだよなあ。けっこう染まりやすいのか。そんなことを考えながらルミが答える。

ぽろろん。とカンテレが鳴った。間を取るときに便利だな。と黙り込んだミカを見て思う。

「風は吹くべき時と向きにしか吹かないものですよ」

うーん。……コイツ、私を諭しに来てるのか。反感を覚えようかなとルミは言葉を頭の中でぐるぐると回したが、不思議と怒りは覚えなかった。ミカの人徳というやつなのだろうな。彼女は嘆息した。

「まあ、そうだな。……お前が一年早ければなー」

「私も、風に吹かれて流れてきただけですから」ぽろろん、とまたカンテレが鳴った。
ああ、こういうところだよ。こいつはどこまで行ってもこれが素なんだろう。自分らしさがどうだとかでいちいち迷ったりしないんだよなあ。

そもそも人に関心があるのかもわからん奴で、人付き合いも適当な……。彼女は気が付いた。コイツ、まさか励ましに来たのか? ルミは目は半目のままで口元だけをにっこりさせた。わかってるそぶりを見せれば恥じらいくらい見せないかなとも思ったが、ミカは余裕の表情のままで、緩慢な音を出した。

「んん、私の継続生活はけっこういい感じだ。不満や後悔もあるけどな、でも、そういう不平を根本から解消しようと動く性質じゃないんだ。」いい感じだったからそれでよかったんだ。そう考えると気づいてなかっただけで流されてたんだろうな。本気で風を起こそうとは思っていたが、どこまで本気だったか。ああ、いかん。ネガ入ってる。未来のことを考えよう

幸い、こいつには期待できる。ルミは立ち上がって息を吐いた。

「私の次の場所がどこになるかわからないけど、歩いていくことにするよ。風だか本能に従って」

またカンテレを鳴らす。それを見て、彼女の口調に迎合してやったのが恥ずかしくなったルミは「お前はくるくる同じ場所で回るなよ」「どっか留まれる木ぐらい見つけることだな!」と、それだけ言って足早にその場を立ち去った。ミカは吹いてきた風に身を任せながら、カンテレを気ままに演奏しようとして、「あ、かーべーたんは絶対プラウダに渡すなよ」ぽろろん。「返事は口で言え」「はい」今度こそ去る背中を恨みがましいカンテレの音が追いかける。

ルミはどこか吹っ切れた顔で、明日からの自分について考え始めた。

──この学校の色に染まってだいぶ図太くなったからな。どこでだってやっていける。

──見知らぬ集団に潜り込んで飯をねだるのもうまくなったしな。

意地悪な大人たちから継続にはもったいないだの、そんなことを何度も言われたし、他校に行っていた未来を夢想することもあったけれども、結局この学園が自分に一番合っているのだ。


──だって、黒森峰は息が詰まる。プラウダはむかつく。サンダースはうるさい。

──私は継続高校のエース、ルミだ。

おかげで味方はいないけれど。

特殊殲滅戦の会場で、彼女はため息をついた。


 ※


私は染まりやすくて大切なものはない。特殊殲滅戦も人が死ぬサバゲーみたいなものだ。

支給された銃はごてごてした狙撃銃。大きい銃、無駄に威圧的で取り回しが効かない。

参加者たちは──今は全員が大学選抜チームなんだけど、出身校でいいか。ほとんどが強豪三校の奴、サンダース、プラウダ、黒森峰。戦車道強くて、学費払えるような奴らは、みんなそこに行くからしょうがないんだろうけど。中堅校以下は付け合わせのパセリみたいにぱらぱらといるだけ。知波単BC聖グロから数名ずつ。ああ、三校の連中が殺し合いに乗ったら、数に押されて死ぬじゃん。三人しか生き残れないんだったら、仲間割れもあり得るかもしれないけどさー。

スコープを覗いてた時に考えたのはそんなことだったかな。視線の先で黒森峰とプラウダが一対一で銃を向けあって喧嘩してた。やってるなーとぼんやり眺めてたら、黒森峰が一名追加。そしたら優位な黒森峰の方、その片割れががニヤニヤし始めて、武器を捨てて降伏するようなジェスチャーをしてる。

降伏させて何させるんだろうなあ。ぴくぴく口の端をひきつらせながら言ってる言葉が何なのか私にはわからなかった。緊張であいつら自身何言ってるかわかってなかったんじゃないの。

そしたら、銃の音と火、黒森峰の調子乗ってた方がばたりと倒れる。プラウダが逃げ出して、もう一人の黒森峰は呆然。

何やってんだか。動かなきゃダメでしょ。動けばいいのに、さっさと動けば。動かなかったら死ぬじゃん。悩んでいる暇はないぞって、冷たい自分が囁いてたよ。しんどかったけど、何かどっかで歯車が噛み合ったんだよね。動く気になった。

とりあえずプラウダと黒森峰で戦争させて、消耗させるぞ作戦開始。

呆然としてる黒森峰、先輩死んじゃったちゃんに合流して、優しく慰めた後、死んだもう一人の墓まで作ってやった。一緒に過ごしているうちにそのまま次々に黒森峰の生徒が合流、気が付いたら黒森峰単一の集団が出来ていた。黒森峰有利じゃん。異分子は殺されるかな。すこしまずいか。とも思ったけれど、幸いにして最初に会った彼女は私のことをかばってくれたし、それ以外の子たちはまだ殺し合いの空気でもないみたいで、皆スタンスがバラバラ。やばい統率者がいたらやばかったけど、隊長は無難な常識人。カリスマって感じじゃない。

話が逸れたわ。で情報取集しつつ様子を見ようって調子で落ち着いたんで、隙を見て1対1で死んじゃったちゃんとお話し。なんでもだいぶ先輩を慕ってたみたい、あの人みたいになりたかっただって。無難な慰めは終わってたし、余裕が出てきたのか、煽ったら殺る気になっちゃった。目の前で先輩を殺された彼女に寄り添えるのは一部始終を見ていた私だけだったからさもありなんかもしれない。黒森峰、年功序列が強いから、年上の言うこと聞きやすかったのかなー。あの子が特別ちょろかっただけかも知らないけど。

覚悟を決めた顔になってたよ。20年も生きてない子が。純粋な子だったんだろうね。

手伝ってくれますか?って。やるよやる殺る。ただ、借りは返してもらうから。継続レートで。

ちょろい子と抜け出して下手人のプラウダ生を見つけた。サンダース隊長が率いる集団の中。さすがに殺っちまいなーで突っ込んでいける場所じゃない。ただ時間がたって冷静になられたらまずい。私と彼女の心温まる交流の時間。彼女の先輩の思い出話を延々と聞いてやった。先輩は復讐を望まないよ方向にはいかないように必死にさ。何でもないような日常の話だよ。黒森峰は金持ちでうらやましいな。

金持ちで清純で箱入りだから、先輩たちが運営を打倒することは毛ほども疑ってなかったみたい。

シュトーレン食って生麦食べてる日常を奴ら永遠に奪ったんだー。先輩たちが主宰を倒したらあいつそのまま日常に帰ってしまうぞー。そういう話をすると、殺せそうな感じになってきてた。さめざめと泣くから気の毒だったけどさ。

んで、監視してるサンダース隊長の集団は背が高いBC学園生が合流。そこで一回目の放送。いや、放送中はみるみる空気悪くなってて大変だったよ。プラウダも黒森峰も一人二人しか死んでない。サンダースは半分以上死んでる。そんなところでそれぞれの学校の生徒がいたらもう戦争でしょう。そのうち集団の中でもめ事が始まって、目当てのプラウダ生が同じくプラウダの子と二人で抜け出した。チャンス到来。彼女を先行させてプラウダの生徒を追いかけた。

高所から見つかんないように追いかけたら、集団からもプラウダ生を追いかける生徒二人(知波単とサンダース)が来てる。黒森峰の子に邪魔をさせないように食い止めるつって、無駄にデカい銃で一発、知波単の方がザクロになった。あれだね、焦ってる方が人殺せるね。血肉被ったサンダースの子は優秀みたいで、すぐに地面に伏せてた。……今思い出してみるとサンダースの子はメグミだったわ。向こうは知らないみたいだけど。余談終了。すぐに黒森峰の子を追いかけた。

これほだされてたり返り討ちにされてたらやばいなーって追いつくと、今まさに復讐の場面、撃つか撃たないかの最終選択。武装解除させてるけど、隠し持ってたら返り討ちにされるぞって思いながら、黒森峰の子の引き金に手を重ねてやる。そのまま射殺。一発でいいのに全段撃っちゃったよ。煮えたぎる復讐心を存分にぶつけたみたいだね。生娘を復讐心漬け戦略はどうやらうまくいったかな。

そういや、もう一人のプラウダ生は? 横からナイフ。弾き飛ばす。危な。黒森峰のインターセプト。飛ばしたナイフでめった刺し。私はそれを写真に撮って落ち着いた彼女に声をかけてあげる。彼女は私を見てわんわん泣きながら縋り付いてくる。かわいいやつめ。

落ち着くまで一緒にいてあげた。彼女を肯定してあげた。何だか私が絆されそうだった。酷薄だから絆されないけど。

死体を始末するって言って彼女を先に返して、荷物を漁ってたら人の気配。警戒しながら振り向いたらいたのはアズミ。あの子やばかったよ。二人死んでるのに全然ビビッてない。もう何人かやってるみたいだったからシリアルキラーかと思ったね。んで、プラウダも集団になっちゃってるみたい。ということでアズミと黒森峰とプラウダを全滅させるぜーっ同盟を組むことにした。この同盟が今日まで続いているのだから数奇なもんだよ。

まあ、両集団、殺し合いが激化して希望を失いつつあったし、私は周到に準備していたから。ぶつけ合いはうまくいった。プラウダには黒森峰の子の凄惨な殺人写真を送り付けた。黒森峰には私がプラウダ側に裏切ったせいで黒森峰一年が死んだように見せた。

やっぱり人を殺すのはよくないよ。いくら復讐だからってさ。私を心の底から信じている子を殺すのは忍びないからアズミに任せたけど。いえーいさすアズ。

そのあとはプラウダVS黒森峰の地上の地獄みたいな抗争が勃発。黒森峰側が川岸に追い込まれたところを残り少ないプラウダ側が情け容赦ない銃撃。黒森峰は撃たれて川底に沈んでいき、プラウダは横合いから私とメグミに挟まれて全滅しましたとさ。

 あとはもう出てきたやつをパンパン撃ってたら三人になったから、バミューダトリオ結成で試合終了。大変良く頑張りましたっと。私は日常に帰ってきて、いろいろ優遇されていいポジションやってるよ。

後悔? してるしてる。黒森峰の子が死ぬところに立ち合っちゃったから、失血死していく彼女の目が脳内に残っちゃったし。トラウマってやつだね。今でも夢に見るよやだやだ。頭の中にうまく生きてる私が居座って、いい子ちゃんをあざ笑うようになったし。

メグミみたいに主催に立ち向かうぞーってやってればよかったかな? まあやってたら死んでたか。死にたいわけじゃないからしょうがないね。流されるまま必死に生きてた結果って奴かな。

あ、そうだ。ここからは怖い話。

前の高校の戦車道の試合、プラウダVS黒森峰、黒森峰の戦車が川に落ちたじゃん。あの時私、見たんだわ。黒森峰のジャケットを着た青白い腕が川から伸びてきて、戦車を川に引きずり込むのを。なんでお前たちだけ~って感じで、何本も何本も。 


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最終更新:2023年10月17日 19:01