西住まほが命を落とした。
 継続高校のアキが助からなかった。
 そして目の前でカルパッチョが死んだ。
 助けを求めてやって来た、島田愛里寿の想像以上に、状況は大きく動いていた。
 加えてその愛里寿は、河嶋桃ダージリンが、窮地に立たされているとして、この場に救援を求めに来たのだ。
 これらの情報を明晰な頭脳で、一つずつ整理整頓しながら、冷泉麻子はつとめて、冷静に振る舞おうとしていた。

(単純に考えて、六人か)

 一人人数が多いのは、もちろん、園みどり子の分である。
 役人のもとで目覚めて数時間だというのに、総計六人もの人間が、命の危機に瀕しているか、あるいは命を喪うかしていた。
 クールとクレバーがデフォルトとはいえ、さすがの麻子にも、これは堪えた。
 これが幼子の目の前でなければ、後輩の目の前でなかったならば、頭を抱えたくなる心地ではあった。
 啖呵を切っておきながら、実際に起きた現実はこれか。自分は果たして武部沙織に、なんと言い訳すればいいのだ。

「それで、どうしようか。これから」

 問いかけるツチヤの表情には、いつもの暢気さも明るさもない。
 いよいよそど子だけでない、参加者同士の殺し合いによる、死者が出てしまったという事実に、いくらか打ちのめされているのだ。
 当然といえば当然だ。冷静にあろうとはしているが、そんなことできている方がおかしい。
 人一人を殺害しておきながら、今や何食わぬ顔でいるミカの顔にも、正直、麻子は恐怖すら覚えていた。
 打ちひしがれ涙したミッコや、それについている桂利奈や愛里寿の方が、幾分か真っ当な感性の持ち主ではあるのだろう。

「河嶋先輩を助けに行く」

 それでも、状況が状況だ。
 無理やりに己を律してでも、行動を起こさなければならないのだ。
 胸中で一つ息をつくと、意を決して麻子は方針を口にする。
 現状最も優先すべきは、傷ついた河嶋桃の保護だ。
 カルパッチョと戦っていたはずのダージリンが、どうなったのかも気になるが、今は桃の方が距離が近い。
 何より愛里寿の願いもあるし、同じ大洗の仲間ということもある。心理的にもそちらに動くのは、自然な帰結であると言えた。

「反対だね」

 それでも、そこに異を唱えるものがいた。
 他ならぬダージリンの安否を、確かめる術を奪った者――ミカだ。

「どうして!」
「アキとまほさんの命を奪った人……それはきっと彼女じゃない。何より、河嶋さんを襲った人も、まだ行方が知れていない」

 珍しく声を荒らげるツチヤに、涼やかな声でミカが返す。
 彼女の証言によれば、前者二人を殺した者は、非常に大胆かつ狡猾な手口で、その命を奪ってみせたのだそうだ。
 対して桂利奈の話によると、カルパッチョは許しを請いながら、突然姿を現して、銃口を突きつけてきたらしい。
 確かに両者の特徴は、比べてみると一致はしない。であれば残虐な殺人者は、未だどこかに影を潜めて、獲物を狙っていると見ていいだろう。
 加えて、桃と愛里寿を襲ったという、サンダースのナオミの存在もある。
 会敵からの戦闘を、警戒すること自体は間違いではない。

「あんたのことは聞いていたが、印象とは随分と違ったな」

 だとしても、それを理由に諦めて、引き下がっていい局面ではないはずだ。
 麻子はミカの反論にも臆さず、鋭い言葉で押し返す。

「と、言うと?」
「戦車道の教えについて、しつこく話してるような奴なら、こういう状況を素直に、受け入れるとは思ってなかった」

 戦車道には人生にとって、大切なものが詰まっている。
 ミッコはそのことをミカの口から、いやというほど聞かされてきたそうだ。
 であるからには、道理に合わない、この殺し合いに対しても、拒否反応を示すのだろう。
 人の命を無碍に奪う、文科省と戦うために、きっと力になってくれるはずだ。彼女は、そうミカに期待していたのだ。

「……誤解しないでもらいたいね。私も殺し合うこと自体を、容認しているわけじゃないんだ」

 見殺しにしたくてしているわけじゃない。
 殺し合いに乗ったから殺したわけじゃない。
 言い訳がましいその言葉を、ミカは悪びれる様子もなく口にする。

「だけどね。そこに争いがあるのなら、私も武器を取らなくちゃならない。でなければ、少なくともミッコは、確実にアキの後を追う」
「ちょっと、ミカ!」
「重ねて言うよ。私はもう喪えないんだ。戦車道で培ったものも、使えなくちゃ何の意味もない。
 大切なものを守るためなら、その力を振るう理由になる……少なくとも、私はそう信じている」

 そこにあるのは酷薄さではなく、決意だ。
 横合いから叫ぶミッコの言葉を、敢えて無視しながら、言い切った。
 この一線だけは譲れない。薄情者と罵られてもいい。
 何故なら自分は喪ったのだ。既に大切な命を一つ、守ることができず取りこぼしたのだ。
 であるなら、これ以上は手離せない。たとえ救いの手を振り払ってでも、血飛沫で赤く染めてでも、必ず守り抜くしかない。
 まっすぐに麻子を見据える視線は、言葉よりもなお雄弁に、胸中の決意を物語っていた。

「……二手に分かれる必要があるな」

 多分、駄目だ。この手合いは折れない。問答を続ければその分だけ、時間を無駄に浪費する。
 そのように判断したからこそ、麻子は珍しく先に折れた。

「私達は仲間を助けたい。あんたはミッコさんを行かせたくない。だとしたら進む方と残る方に、チームを分けるしかなくなる」
「待ってよ! 私だって一緒に……!」
「ミッコ」

 声を大きく上げるミッコを、ぴしゃりとミカが制止する。
 彼女の厚意はありがたいが、この場では甘えるわけにはいかない。
 殺人者の存在を否定できない今、自分達だけでなく桃も、命を脅かされる可能性があるのだ。
 次の行動を早めるためには、やはりミカではなく麻子の方が、意見を呑むしかないのだった。

「私とツチヤさん、島田愛里寿で、河嶋先輩を迎えに行く。ミッコさんを置いていくかわりに、阪口もここで待たせてやってほしい」
「ええっ!? 私、お留守番ですか!?」
「考えてみろ。私達割とザコだぞ。何かあった時お前までは、さすがに守り切れないだろ」

 救出メンバーはツチヤを除けば、チビと子供の二人組だ。
 悔しいが、戦えない桃すらも抱き込む以上、これ以上チビをパーティーに加えて、危険に晒すことはできない。
 役に立てないというのは不服だったようだが、さすがにそのことは理解できたらしく、唸りながらも桂利奈は了承してくれた。

「本当にいいの?」

 となると、残るはツチヤの説得だ。
 隣から語りかける彼女の顔には、やはり不信の色が濃い。
 たとえ危険な敵対者であっても、問答無用で人を殺した女に、後輩の命を預けていいものか。
 先程の物言いも合わせて、やはりツチヤにとってミカとは、快い相手であるとは言い難いのだ。

「こいつは面識もない阪口を、見捨てずここまで連れてくれていた。そのことは信じてやろうと思う」

 それでも、少なくとも今までは、彼女は桂利奈を捨てなかったのだ。
 そこには様々な理由があったかもしれない。けれど彼女は、碌に顔を合わせてもいない彼女を、弾除けにも囮にするでもなく、ここまで守り通してくれた。
 その一点において、殺し合いに乗ったわけではないという言葉を、麻子は信じてもいいと思った。
 たとえ今は、冷酷なほどに、平静を保っていたのだとしても。
 ミッコと出会ったあの瞬間に、泣きそうな笑顔を見せていたのは、紛れもない事実なのだから。

「……まぁ、釈然とはしないわけだけどさ。そういうことなら合流のために、連絡手段を考えないとね」

 不承不承ながらも了承、といった様子で、頭を掻きながらツチヤが言った。
 今後のプランとしては、まず河嶋桃を救出した後、安全を確保してダージリンの捜索に向かう、というつもりでいる。
 そのためには一度、ミッコと合流し、桃の身柄を預けなければならないのだ。
 それならそれで、合流場所を指定するためにも、連絡手段が必要というのは分かるのだが、しかしそれはミッコのスマホに、メッセージを入れれば事足りるのではないか。

「ミッコ。窮屈な思いするかもだけど、しばらくの間あんたのスマホを、手の届かない所に置かせてくれないかな」
「? 何でさ」
「信じてもらうためだよ。冷泉さんが言ったでしょ? チームメンバーの特権は、外の人らにとっちゃ脅威になるって」

 言われて、ああ、と得心した。
 チームを組んでいる人間は、メンバーチャットの利用など、様々な権利を得ることができる。
 しかしそれは、チーム定員からあぶれた者から見れば、水面下で目に見えないコミュニケーションを行われるということに他ならない。
 仲間外れの人間は、集団リンチの計画を、裏で話し合われているかもしれないという、得体の知れない恐怖に晒されることになるのだ。
 そもそもそれを避けるために、同数同士のチームを作って、互いを牽制できる状況を作るのが、麻子の目的だったではないか。

「ミッコさんが良いのなら、スマホはミカさんに渡してやってくれ。信用してもらうからには、多分それが一番いい」
「なるほど、確かに道理だね」

 密告を恐れているのはミカだ。チャットの利点を封じ込めるなら、そのミカが見られるようにするのがいい。
 そもそもチームリーダーというのも形式的で、別段独裁者というわけでもない。
 ミカに邪心があったとしても、麻子やツチヤとの関係を、勝手に解消できるわけではないのだ。
 合流地点のやりとりは、ミカと直接行うのが、一番理にかなっていると言えるだろう。
 故に麻子はそう提案し、ミカがこれを呑んだことで、スマホは彼女の手に預けられることになった。

「しばらく別行動だけど、青い鳥チームはまだまだ、解散したわけじゃないからね」

 ぽん、とミッコの肩に手を置き、ツチヤが力強い笑顔で言った。
 チームの解消を提案せず、回りくどいやり方を主張したのは、これが理由だったわけだ。
 離れていても関係は切れない。この地で結ばれた絆は、消えることなく残り続ける。
 アキを喪ったミッコにとって、あるいはその事実だけでも、支えになるのかもしれない。
 そう思ったのだろう。なるほど大した奴じゃないかと、麻子は内心で賞賛した。

「んじゃ、行こっか。河嶋先輩との連絡は、愛里寿ちゃんにお願いするね」
「あ……うん」

 これまで蚊帳の外だった愛里寿に、ツチヤが役目を割り当てる。
 島田愛里寿と河嶋桃は、現状二人きりのチームメイトだ。
 地図上での位置把握にしても、メッセージによる詳細な合流地点の指定についても、彼女の存在は不可欠になる。

「必ず連れて帰ってくる。あんなのでもうちの副隊長だからな」
「ま、副隊長サマだからね。しょうがないからここは一つ、媚を売りに行きますか」

 そうして全ての準備を整え、桂利奈に成果を約束し、二人は救出へと赴く。
 危険は多い。死ぬかもしれない。けれどもこれ以上の犠牲を、見過ごすわけにはいかないのだ。
 桃の性格を考えると、素直な言葉は出てこなかったが、それでも結ばれた絆には、嘘はないことは理解していた。
 故に冷泉麻子とツチヤは、たとえ嵐の渦中であっても、彼女を助け出すと誓い、足を運ぶことを決めたのだった。

「………」

 余談だが、愛里寿はその二言で、自身がチームを組んだ相手の、母校での扱われ方を完全に察した。


 地図に浮かんだ赤い印が、点滅しながら遠ざかっていく。
 チームを組んだ最初の時にも、この場へと向かう足取りのさなかで、何となく確認したことだ。
 家屋に入って身を隠しながら、スマホの画面を眺めるミカを、ミッコはその傍らから見つめていた。

「不服というのなら、聞くだけは聞くよ」

 見透かしたような口調で、ミカが言う。
 恐らくはこの殲滅戦の舞台で、二人きりになってしまった、継続高校の最後の仲間だ。
 小難しく理解に苦しむものであっても、それでももう一度聞けるならと、そう望んでいたはずの言葉だ。
 にもかかわらず、今はどうしても彼女の言葉に、不安を覚えずにはいられない。

「何でついて行かなかったのさ。あっちの副隊長さんを助けに」
「三度も同じ話をするのは、私もさすがに避けたいんだけどね」
「ミカはそれでいいのかよ! このまま泣き寝入りしたままでさ!」

 確かにミカの言葉はもっともだ。
 敵がどこにいるかも分からない、危険な状況で出歩くことには、リスクがつき纏うというのは理解している。
 更に要救助者を一名、向こうで拾ってくるというのなら、少しでも見つかる危険性を減らすために、少数で行動するのは道理だ。

「ミッコは仇を取りたいのかい?」
「別に殺したいわけじゃない! だけどこう……一発ブン殴ってでもやらなきゃ、ケジメってものがつかないだろ!」

 けれど、そこで息を潜めているのは、あのアキを殺した女なのだ。
 危ないからの一言で、何もせずやり過ごすというのは、果たして正しい判断だと言えるのか。
 先程までは泣くしかなかった。覚悟していたことではあっても、事実として突きつけられた時、彼女には涙することしかできなかった。
 しかし、今はそれだけじゃない。悲しみと同じだけの怒りが、一発でもかましてやりたいという想いが、ミッコの胸中では燻っている。

「あ、あの、ちょっと落ち着いて!」
「報いを受けさせなくてはならない、というのは、私も同じ気持ちだよ」

 そしてそれはミカにとっても、きっと同じであるはずだ。
 そうしたミッコの主張をミカは、確かに否定はしなかった。
 制止した桂利奈とやらの言葉に続いて、彼女は復讐心への同意を示した。

「でもね、君のおかげで冷静になれた。今はまだその時じゃないと、そう理解することができたんだ」

 言いながら、ミカはミッコへ手を伸ばす。
 軽く抱き寄せるような姿勢。否、囁くような形になるのか。
 後頭部を掴んでゆっくりと引き寄せ、自身の口は正面から、赤毛の下の右耳へと向かう。

「必ずその時は訪れる。だから今はその時まで、じっくりと待つことだよ、ミッコ」

 今はあまりに足りないものが多い。
 確実に勝利するための情報も、確実に報復を行うための武器もだ。
 コッラーの奇跡をもたらした、フィンランドの白い死神も、目標をスイートスポットに捉えるまでは、極寒の地で辛抱強く待ち続けた。
 継続高校の戦士が、かの国の戦いに倣うのならば、失敗が許されない今こそ、その基本に立ち返るべきだ。
 そして全ての準備が整い、決定的な勝機を得たならば、その時こそあの怨敵に、相応しい報いを受けさせてやろう。
 甘く、優しく響く言葉は、奥処にナイフを隠したような、冷たく鋭い誘惑であった。

(ミカ……)

 その時のミッコが抱いたものは、殺意でも嫌悪感でもなかった。
 悲しみとも怒りとも異なる、第三の感情の名前は、敢えて呼ぶならば困惑だった。
 果たして今目の前にいるミカは、本当に冷静であると言えるのか。
 先程の言葉を聞いた時、彼女の胸に蘇ったのは、冷泉麻子の提案を、拒否した時のあの言葉だった。

『大切なものを守るためなら、その力を振るう理由になる……少なくとも、私はそう信じている』

 あんな言い回しを、ミッコは、今までに聞いたことがなかった。
 殺人を肯定したことではない。問題はその後の一言だ。
 ミカの知ったかぶった言葉は、それが当然の世の摂理だと、常に断定するようなものだったはずだ。
 にもかかわらず、あの時彼女は、たとえ世の道理がどうであってもと、恐らく初めて明確に、言い訳の言葉を口にしたのだ。
 常に自信と確信を胸にし、我こそが正道を行く者なりと、迷いなく歩み続けてきたミカ。
 その心にミッコが知る限り、初めて生まれたその揺らぎは、一体彼女の足取りを、どこへと導いてしまうのか。
 恐らくこんなことは、他の誰も、もちろん傍らの桂利奈ですらも、決して気づいてはいないだろう。
 その言葉の意味を知っている、ミッコただ一人を除いては。


【B-6・南・民家/一日目・昼】

【ミカ@フリー】
[状態]健康、髪と肌に軽度のやけど、復讐心と痩せ我慢、肩に刺し傷
[装備]継続高校の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)、ミッコのスマートフォン
[思考・状況]
基本行動方針:継続高校の仲間と生きて帰る
1:現在地で籠城する。無理に仇を探すのではなく、向こうから尻尾を出すのを待つ。
2:アキの死を償わせる。なんとしても――――なんとしても。
3:ミッコを守るためなら、誰であろうと遠慮なく殺す
4:もう、何も喪えない。ただ一人だけ残ったミッコに、どんな顔をされたとしても
5:カンテレを没収されたことに若干の不満
[備考]
※若干スマートフォンの扱いに不慣れです
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています
※アキを殺した犯人(=ノンナ)は、カルパッチョではないと考えています

【☆ミッコ@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(小)、復讐心とそれ以上の不安
[装備]ジャージ
[道具]基本支給品一式(スマートフォンを除く)、不明支給品(ナイフ・銃)、『諜報権』
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いからの脱出を図る。殺し合いに乗る気はないが、継続の仲間を傷付ける奴は許さない
1:不本意だがミカと麻子に従い、この場で籠城する
2:ミカの本心が分からない。微かに感じられる、心の揺らぎに対する不安
3:アキの死を償わせる。ただし殺したいとは思わない。ぶん殴って謝らせることができれば、それでいい
4:どっかに乗り物ないかなぁ~
[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※ミカに渡したスマートフォンに、「アキに対する拷問映像」が入っています

【阪口桂利奈@フリー】
[状態]健康、髪と肌に軽度のやけど、強い不安
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:籠城して、冷泉先輩達の帰りを待つ。河嶋先輩が心配
2:ウサギさんチームや、他の大洗女子学園のチームメイトと合流したい
3:一人じゃ生き残れないことは目に見えているので、麻子達の力を借りたい
4:人殺しなんてしたくないし考えたくもない
5:殺意を持っているミカに対しての不安。本当に頭を冷やしたのかな、この人……?
[備考]
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています



 九死に一生を得た、というのが、河嶋桃の現状だった。
 今回はなんとか外れてくれたが、太ももには大きな動脈がある。
 仮にここを刺されていたら、失血死を待つまでもなく、即死していたことだろう。正面から股関節を狙い撃つ、というのも、妙な話ではあるのだが。

(何でだ)

 島田愛里寿に運ばれてきた、ゴルフ場のクラブハウス。
 そこでわずかばかりの処置を受け、身を潜めていた桃は、一人何度も問い続けていた。
 ここには守るべき愛里寿もいない。優しく慰めてくれる友達もいない。
 何故だ。どうして。何でこうなる。
 何の罪もない自分が、どうしてこんな痛みと恐怖に、晒され続けなければならない。
 抑えのなくなった孤独な心は、遂に内からの衝動に耐えかね、決壊を迎えようとしていた。

(島田流の、特殊殲滅戦)

 あの時ナオミから告げられた、残酷な言葉がリフレインする。
 詳しく語られることはなかったが、それが真実だというのなら、この殺し合いは既に何度も、繰り返されてきたことになる。
 であるならば、その数だけ、抵抗の動きも起こっていたはずだ。
 にもかかわらず存続したのは、それら全ての芽を摘み取り、滞りなく進めてきた、その証明になるのではないか。
 だとすれば、こんな抵抗など無意味だ。その程度の反逆行為など、鎮圧するだけのノウハウは、きっちりと蓄積されている。
 たかだか学生の身の上で、その裏をかこうとすることなど、無謀でしかないということではないか。

(それこそ、島田愛里寿にしたって)

 確かな証拠などどこにもない。
 しかし痛みで加速する不安は、先程まで守ろうとしていた、島田愛里寿にも向けられる。
 彼女は聞き覚えがないと言ったが、それが嘘である可能性は、全くのゼロというわけではないのだ。
 あれが演技ではないと、そう断言できるほどには、桃は愛里寿のことを知らない。
 よしんば演技でなかったとしても、もし仮に島田家の者から、直接のコンタクトがあったらどうする。
 家に迎え入れてやるから、反乱分子をその手で殺せと、そうした命令があったとしたら、どうする。
 絶望の中で差し伸べられた、その救いを振り切れるほど、あの島田愛里寿は強い娘か。

「っ!?」

 その時だ。
 懐に入れていたスマートフォンが、突如として振動を始めたのは。
 マナーモードゆえに着信音は鳴らない。それは敵に聞き取られないための、せめてもの警戒心の表れだ。
 それにしたってさすがに今は、妙なタイミングで刺激を受ければ、こんな風に驚いてしまう。
 びくっと跳ね上がった体を抑え、恐る恐るポケットに手を入れ、支給品のスマートフォンを出す。
 画面に表示されていたのは、チーム作成アプリの通知だ。
 メンバーチャット機能の方に、メッセージが送られてきたらしい。
 任命権を握っているのは、リーダーである桃だけだ。故にメッセージを送れる者は、島田愛里寿ただ一人しかいない。

『大丈夫?』
『地図を見てもらえば分かると思うけど、今そっちに向かってる』
『大洗の人たちを連れてきたから、もう少しだけ、我慢して』

 開いたアプリに表示されたのは、三行の簡素なメッセージだ。
 本当に、音も声もない、デジタルの三行の文字だけが、桃の目に映る全てだった。

「……くっそぉぉぉぉぉッ!!」

 それでも彼女が、己自身を恥じるには、それだけで十分すぎるほどだった。
 身を預けていたソファを叩く。泣きそうな顔で歯を食いしばる。
 僅か三行のそのメッセージに、どれほどの意図が込められていたのか。
 この状況を作るまでに、島田愛里寿がどれほどに、苦労と恐怖を味わったことか。
 それを理解できないほど、河嶋桃は間抜けではなかった。

(馬鹿が! 馬鹿か! 私は誰を疑った! どうしてそんな真似ができた!)

 もう一度思い出せ、あの顔を。
 お前は親から捨てられたのだと、そう突きつけられた瞬間の、島田愛里寿の顔を思い出せ。
 あの絶望を見たことは、ただ一度きりだけではなかったはずだ。
 全国大会準決勝の折、大洗女子学園廃校の話を、突然告げられた仲間達は、皆あんな顔をしていたはずだ。
 この戦いが終わった瞬間、帰るべき場所はなくなってしまう。
 絶望的な戦況に押し負け、学園で再起を図ろうにも、その学園は来年を待たずして消える。
 それを知った彼女達は、皆あんな顔をしていたではないか。
 あんな状況に至って、初めてその事実を告げられたから――こともあろうに自分自身が、それを告げてしまったから。

(それを疑う資格など……私にあるはずもないだろうがぁっ!)

 あれは河嶋桃のミスだ。彼女が犯してしまった罪だ。
 廃校回避のために戦わせるなら、最初から目的を教えていればよかった。
 皆を不安にさせたくないのなら、最後まで黙っているべきだった。
 それでも彼女にはできなかった。半端なタイミングで全てを暴露し、いたずらにチームメイトを不安がらせた。
 そんな裏切りを犯した自分が、あの時の愛里寿を疑うというのか。
 あの顔を作った側の自分に、あの顔を見せた島田愛里寿の、真贋を問うなどということが、許されると思っているのか。
 痴れ者め。とんだ恥知らずめ。
 お前は一体どれほどの罪を、上塗りし続ければ気が済むのだ。
 悔しくて、恥ずかしくて、そのために桃は、ソファに顔を押し当て泣いた。
 もはや苦痛も恐怖もなく、それだけが今の河嶋桃を、突き動かす衝動になっていた。

(……それでも、あの子は戦ったんだ)

 それほどの絶望の中にあっても、彼女は諦めることをしなかった。
 ナオミの銃口に脅されても、死に瀕し涙を流しても、決して首を縦には振らなかった。
 その時の絞り出すような拒絶の言葉は、意識を失いかけた桃も、何となくだが覚えている。
 いったいあの一言を口にするために、どれほどの勇気が求められたことか。
 そしてあの場から脱して、己をここまで連れ出して、遂には救援まで取り付けてきた。
 そこまでの偉業を、あの小さな体で、残らず実行したことが、どれほどの功績だったか分かるか。

「生きてやる……私も絶対に、生き残ってやるっ……!」

 生きることを諦めない。
 全てを変えられなかったとしても、誰かの助けとなるために、前に進むことだけはやめない。
 愛里寿はそれを成し遂げた。桃が口にした慰めを、忠実に実行してみせたのだ。
 であれば、絶望してなどいられない。諦める方向には進みたくない。
 最後まで戦い抜いてやる。生きて生きて生き続けて、皆で脱出するために、抗い戦い続けてやる。
 改めて、桃は決意を固めた。それが何者にも依らず、誰のことも言い訳に使わず、たった一人で握り締めた、河嶋桃の信念だった。


【B・6 ゴルフ場・クラブハウス/一日目・昼】

【☆河嶋桃@チーム・ボコられグマのボコ】
[状態]健康、疲労(小)、右の腿に刺し傷(無いよりまし程度の処置済み)
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、その他アイテム)、スポーツドリンク入りの水筒×2
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰る
1:生き残ることが最優先。たとえ殺し合いを止められなくても、その助けになれる時のために
2:愛里寿を保護し支える。ダージリンの救援を誰かに頼む。
3:共に支え合う仲間を探す。出来るなら巻き込まれていてほしくないが、いるのなら杏と合流したい
4:状況とそど子の死は堪えるが、今は立ち止まるわけにはいかない
5:プラウダ戦の時のことを、学校の皆に謝りたい
[備考]
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています



 少々の時間はかかったが、河嶋桃からのメッセージは、無事に愛里寿のもとへと届いた。

『合流地点をしていしたい。大洗のやつがいるなら、地図は頭に入っているな?』

 ところどころ変換が抜けた、ひらがな混じりの文章は、何らかの余裕のなさの表れだろうか。
 ひょっとしたら怪我の程度が、思ったよりも酷かったのかもしれない。
 急いだ方がよさそうだ。愛里寿はすぐさま麻子に対して、届いた返信の内容を告げた。

「クラブハウスへの行き方なら、だいたい覚えてる」

 一度通った道だからなと、麻子はあっさりと返した。
 過去に大洗女子学園は、あのゴルフ場をも舞台として、市街地でのエキシビジョンマッチを行ったのだそうだ。
 戦車長の乗る車輌ともなれば、当然味方の位置関係を把握するために、内部見取り図もチェックしている。
 どちらかというと操縦士の麻子は、地図でなく視覚情報で覚えていそうだったが、それでも桃の現在地までは、問題なくたどり着けるらしい。

「よかったね、愛里寿ちゃん。うちの副隊長、多分愛里寿ちゃんには、しばらく頭上がんないと思うよ」

 難しそうな顔をしながら、麻子が思案へとふけり、道のりを進み始めた裏で。
 悪戯っぽい笑みを浮かべ、ツチヤが愛里寿に対して言った。
 どうということのない言葉だ。それでも恐らくは初めて、この場で愛里寿にかけられた、素直な賞賛の言葉だった。
 お前が頑張ったからこそ、今まさに一人の人間の命が、救われようとしているのだ。
 これまで何一つ行動を起こせず、悲鳴を上げる人々の姿を、ひたすら見続けてきた愛里寿にとっては、それは何よりの励みになった。
 そうなれば、後は前進あるのみだ。愛里寿は麻子とツチヤに続き、行く先のゴルフ場を目指して、再びまっすぐに歩み続ける。

「……ツチヤさん」

 その道のりで、ある時不意に、麻子がツチヤに声をかけた。
 文字に書き起こしてしまったならば、ただ一言で済むだけの話だ。
 それでもその短い言葉は、島田愛里寿の心の中に、不思議と印象深く残った。

「私は西住さんに対して、何を言えばいいんだろうな」

 答えなど、求めていなかったのかもしれない。そういう類の響きではなかった。
 ただ、答えの出ない問いかけを、胸に閉じ込めたままではいられなかった。そういう印象を受けた言葉だった。
 いつか再戦したいと願う、好敵手・西住みほの姉、まほ。
 この場で喪われた命の中には、最終決戦を戦った、あのティーガー乗りの名前もあった。
 肉親を喪ってしまったことを、もしもみほが知ったならば、どんな風に思うのか。
 それは肉親に捨てられた、己にすらも推し量れないほど、重く苦しい真実だった。
 しかしそれでも、麻子にとっては、そのことは何かそれ以上の、大きな意味を持つ問いであるように見えた。
 行く先でも、みほの顔でもない。もっと遠くにある何かを、ぼんやりと眺めていたような彼女の目には、一体、何が映っていたのだろうか。


【B-6・南・ゴルフ場付近/一日目・昼】

【冷泉麻子@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、軽い恐怖
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:チームを組んで殺し合いを止めたい……けど怖い
2:沙織や仲間達を死なせたくない
3:遠回りだが、河嶋先輩を助けに行く。ダージリンのことも助けたい
4:第一回目の放送までに、一度ミッコや沙織と合流する。絶対に仲間を連れて
5:西住さんに家族の死を報告するのは、辛い
[備考]
※水道が生きていることを把握しました
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています
※アキを殺した犯人(=ノンナ)は、カルパッチョではないと考えています

【ツチヤ@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、軽い恐怖
[装備]ツナギ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ・銃) 『傍受権』
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗るつもりはない。首輪を外して脱出をする
1:ミッコに協力する。乗りかかった車だしね~
2:河嶋先輩を助けに行く。ダージリンのことも助けたい
3:河嶋先輩を保護した後は、ミッコ達と合流する。ミカの態度は少々気に入らないが
4:首輪を外すために自動車部と合流して知恵を絞る。船などがあればそれで脱出を試みる
[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【島田愛里寿@チーム・ボコられグマのボコ】
[状態]健康、疲労(中)、恐怖
[装備]私服、デリンジャー(2/2 予備弾:6発)
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、その他アイテム)、イチゴジュースのペットボトル、スポーツドリンク入りの水筒×1
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
1:殺し合いには乗りたくない。誰も殺したくない
2:桃を救助したのち、ダージリンを助けに行く。これが役目だというなら、絶対に果たしたい
3:特殊殲滅戦のことは気になるけど……
[備考]
※H&ampK MP5K(0/15)は A-7水族館の三階に投げ捨ててあります。
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています。



時系列順
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登場順
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033:搭乗人数制限有 河嶋桃 -
033:搭乗人数制限有 島田愛里寿 -
033:搭乗人数制限有 ミカ -
033:搭乗人数制限有 阪口桂利奈 -
033:搭乗人数制限有 ミッコ -
033:搭乗人数制限有 ツチヤ -
033:搭乗人数制限有 冷泉麻子 -

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最終更新:2016年12月02日 02:56