Laughing Panther ◆R34CFZRESM
真人が死んだ。
幼い頃からずっといっしょにいた親友だった。
バカで粗野で筋肉を鍛えることしか脳のないバカだったが
誰よりも優しく、誰よりもリトルバスターズを愛していた男だった。
「真人……すまない。そして――ありがとう」
恭介はそっと呟き、目を閉じて親友の冥福を祈った。
不思議と哀しみよりも彼に対する感謝の気持ちのほうが大きかった。
『野球をしよう』そう恭介が皆に声をかけた日から始まる無限の日常。奇跡が生み出した恭介の馬鹿げた計画。
来る日来る日も繰り返される学園生活に彼は文句一つ言わずに理樹と鈴を見守っていてくれた。
「きょーすけぇ……」
珠美が恭介の顔を覗き込む。
彼女もまた悲痛な表情で今にも泣きそうな顔だった。
「俺は……大丈夫だ。珠美こそ無理するな」
「無理なんか、してない……もん」
きっと彼女も誰か大切な人を失ったのだろう。
小さな身体で必死に哀しみに耐える姿が見ていて辛かった。
「…………」
「朝霧……どうした?」
隣で難しい顔をして考えているまーりゃんに恭介は声をかけた。
「だからまーりゃんと呼べっての。今後の事をちょっとねー」
「今後?」
「ま、あたしゃ最終的に生き残って欲しいのは二人なわけだし。顔見知り程度の人間が死んだぐらいでいちいち悲しんでいられねーよってことでさぁ」
彼女は口調は明るいがどこか冷たく陰のある言い方だった。
「それで、あたしたちを裏切る算段でもしているのかしら?」
「おい仲村!」
「ま、親友や恋人を殺された程度で神の手先に成り下がる敗北主義者なんて死んで然るべきよ。あたしが直々に粛清してやるから」
「おーおー、さすが死んだ世界戦線の総帥サマは言うことは違う。……やんのかコラ? あ?」
「朝霧もやめろ!」
今にも掴み掛からんとするまーりゃんを必死で抑える恭介。
大山の死体を見てからというものゆりとまーりゃんはずっと険悪なままだった。
「きょーちん、こいつマジうぜぇ」
「朝霧!」
「…………」
「仲村と仲良くしろとは言わねえよ。だけど今は目的を同じにする『協力者』だ」
恭介は敢えて『仲間』とは言わなかった。
恭介自身もゆりの考えは理解に苦しむものがある。手放しで仲間とは到底呼べないでいる。
だから『協力者』。利害が一致しているため行動を共にしているだけなのだ。
だが――いつまで『協力者』であればいい?
例え順調に仲間を得ていったところでいつかゆりと新たな仲間の間で決定的な対立が起こるだろう。
ゆりはゆりでその言動から一種の狂信的な信奉者を得るだろう。
少なくとも元々の死んだ世界戦線のメンバーはそうである可能性が高い。
集団を真っ二つに割った対立――そうならない保証はない。
「ごめん……きょーちん」
まーりゃんは肩を落として俯いた。
――あの女は嫌いだ。
ゆりは自分の感情を見透かした上で挑発してくる。
心の底では貴明とささら以外はどうなろうが知ったことではないのがまーりゃんの本音である。
出会ったのがゆりでなければ、恭介と珠美でなければきっと躊躇いもなく誰かを殺して回っていただろう。現にそうするつもりだった。
だけど――今は恭介と珠美は少なくとも『仲間』と思っている。『仲間』と思いたい。
(あー……マジでヤキまわってんなー……ははっ)
まーりゃんは柄にもなく自分が迷っていることに自嘲の笑みを浮かべていた。
■
「ひい、ふう、みい……六人、ね」
歩きながら指を折り何を数えていたゆりが声を発した。
「何がだ?」
「死んだあたしの仲間。思ってたより少ないなって」
そう言ってくすりと笑うゆりだった。
「ウチのメンバーってとにかく命の価値が低いのよね。学食のカレー程度の値段にしか思っていない」
「きょーすけー、どういう意味だ? あたしゃさっぱりわかんね」
「安心しろ俺もわからん」
「学食のカレーってたかだか300円か400円でしょう? 節約しようと思えばいつでもできるけど、使うことに躊躇いなんか一切感じない値段。だから学食のカレー」
痛みはあれど何度でも死んで蘇るゆりがいた死後の世界。
そんな世界で生きる彼女たち戦線のメンバーはいつしか死への恐怖を感じなくなっていた。
痛いのは嫌だけど後で生き返るから――それがゆりの語る学食のカレーの意味。
「不幸なのはここが死ねば終わりなことを気づけなかったことね。そうと知らず簡単に命を投げ出した人が何人いたのかしら?
ま、今回の放送聞いて考えを改めるメンバーはいるでしょ」
くっくと笑みをこぼすゆり。
――あんたも大山が死ぬまでそう信じていただろう。
まーりゃんは喉の奥まで声が出かかったのを必死で堪えた。
つまらないことを言って恭介と珠美を困らせたくないのだから。
「でも、解せないわ」
「何が?」
「あなたよ棗くん。あなたはなぜそんなに落ち着いていられるの? まるであたしたちみたいね――ふふっ」
ゆりは放送を聞いた恭介の反応が気になっていた。彼の反応から親しい人間が死んだのは理解できる。
だが、珠美とは違ってどこか悟ったような表情。そんな表情が一介の男子学生ができるわけがない。
「……リトルバスターズという仲良しグループがあったんだ。ガキの頃から何をするのもずっと一緒でバカやってはいっつも大人たちに叱られていた
高校に入ってもその関係は変わらず、新しいメンバーも増え楽しい日々。リトルバスターズは永遠に不滅だ。俺自身そう信じて疑わなかった」
恭介は遠い目を語り出す。
「だけど永遠なんて無かったんだ。修学旅行の日――乗っていたバスが崖から転落した」
「きょ、きょーすけ!?」
「横倒しになったバス。奇跡的にその段階では俺も含め全員が生きていた。だけど誰もが重傷で意識を失いまともに身体を動かせない、そんな中で俺の妹と親友の一人――鈴と理樹だけが無傷だった。
いずれ救助がやってくる。気長に待っていれば全員助かるはず。そう思っていたが神様というのはどうにも意地悪でな。横倒しのバスからガソリンが漏れ今にも引火寸前だった」
ゆりも珠美もまーりゃんも真剣に恭介の言葉に耳を傾けていた。
恭介の身に現在進行形で起こる出来事を――
「せめて、理樹と鈴だけはと俺たちは願った。そして俺たちがいなくなっても逞しく生きる力をと。そうしたら……奇跡が起きた
俺たちが現実に暮らす学園と寸分違わない虚構の世界。そこに俺たちはいた」
「へぇ……まるであたしたちの死後の世界そっくりね」
「幸い理樹と鈴は事故のことを覚えていない。俺たちは何食わぬ顔で普段の日常を演じ続けていた
だけど……奇跡は終わった。終わったんだよ……この島に連れて来られた時点で」
何度も繰り返される日常。
奇跡の欠片にすがり続ける毎日。
虚構世界の神として君臨し続ける恭介。
恭介は悲痛な声で語る。
「それで? あなたは諦めたの?」
「あのバスがどうなろうと俺はここにいるし、理樹も鈴もここにいる。ここで諦めたら真人に申し訳たたねえ。だから、俺は二人を何が何でも守り続ける」
奇跡は終わった。しかしまだ希望は潰えていない。
それが今の恭介を支えていたのだった。
「なら頑張りなさい。運命に抗いなさい。あたしはそのための協力は惜しまないわ」
「仲村……?」
「なによその顔……あたしが血も涙もない人間だと思った?」
「ああ、割とかなり」
「もう、失礼ねっ。あたしは理不尽な世界。理不尽な運命に抗う者を見捨てるつもりなんてないの。そんな人は誰でもウェルカムがあたしのポリシーなのよ」
「――素晴らしい思想だ。だが人間、誰もが運命に抗おうとして生きているのではないのだよ」
闇から聞こえる女の声。
夜の暗黒が揺れる。
闇から染み出すように一人の少女が現れた。
■
「何やら君たちが楽しそうな会話をしていたのでね。おねーさんもぜひ仲間に入れて欲しいのだ」
「来ヶ谷――唯湖……」
「おはこんばんちは恭介氏。なかなかのハーレムっぷりで嬉しいぞ」
この場にあまりにも似つかわしくない明るい声の来ヶ谷唯湖。
珠美もまーりゃんも突然の来訪者に警戒を強める。
「まて、こいつは――」
敵じゃない。そう言おうとした恭介を遮ってゆりが躍り出た。
その手に握られた抜き身の長剣を構え風のように唯湖に肉薄する。
唯湖の喉元に突きつけられた長剣。
ゆりの眉間に突きつけられた銃。
一触即発の空気が二人の間に流れる。
「いきなり敵意剥き出しの挨拶とは危ないじゃないか」
「臭いわ……あなた臭いわ。あなた――あたしがこうしなければそれをみんなにバラ撒いていたでしょう?」
「思わせぶりな台詞で注意を引きつけ、間髪入れずに一斉掃射……としたかったのだが失敗したなあ。はっはっは」
「来ヶ谷――お前」
「勘違いしないで欲しい恭介氏。私はあの妙ちくりんなコスプレ男の手先になった覚えはないぞ。おあつらえられた舞台に乗っただけだ。
誰も彼もが裏切り裏切られ殺し殺される地獄の釜の底という舞台――精一杯楽しまなければ損だろう? 理解してもらおうとはおもわんがな」
唯湖は唇を歪めて笑いゆりを見た。
「だけど君は理解はできるだろう? ただ自らの目的と相容れないだけで」
「そうね――『誰か大切な人のため』なんてお題目を掲げて神の手先に堕ちる敗北主義者よりは、自らの快楽のために殺人を犯す人間のほうがまだ好感が持てるわ
だけど、棗くん達はあたしの大切な同志。あなたには殺させない。殺すなら先に敗北主義者どもをお願いするわ」
「くくく、澄んだ目をしているな。――だけどその清らかさでは小魚は住みづらかろう。誰もが君のように強く生きることはできないぞ?」
唯湖は剣を突きつける少女が嫌いではなかった。
つまらない感情を抜きにして物を語れるのは彼女ぐらい良い感じに狂っている人間だけなのだから。
「ま、奇襲に失敗した今、君たちに危害を加えるつもりをないぞ。剣を下ろしてくれたまえ」
「先にあなたが銃を下ろしなさい」
「やれやれ……これでどうだ?」
唯湖は銃を静かに下ろし、デイバッグにしまい込む。
ゆりもそれを確認し剣を下ろす。
「まあここで出会ったのも何かの縁だ。少し立ち話と洒落込もうじゃないか恭介氏」
「何を企んでいる来ヶ谷?」
「別に――? ああ、そうそう真人君が死んだぞ。お悔やみ申し上げます。くっくっく……」
「……知っている」
「そらそうだ。放送されていたからな。はっはっは。だが私はもっと特ダネを知っているぞ? 真人君を殺した人間だ」
「な……に……?」
笑みを絶やさず唯湖は語りかける。
事実を知った恭介の反応を想像しただけで胸が高鳴る。
「謙吾少年だよ――君の唯一無比の親友の宮沢謙吾君だよ。恭介氏」
「な……謙吾が……真人を……?」
「ああ、本人がそう告白したのだからな。君も予想していないわけではあるまい。彼は誰よりも理樹君を想っている人間だ。そしてもっとも愚直な人間だ
思い詰めた彼がそういう行動に出るのも頷ける。そして真人君も彼の悲壮な決意を汲んで自ら命を差し出したのだろう。まあこれは私の勝手な想像だが」
おそらく唯湖の想像は当たっている。
謙吾のことだ。誰よりも理樹の事を案じその結果修羅となる道を選んだのだろう。
そして真人も理樹のために命を投げ出すことを厭わない。
ゆえに起こった悲劇だと。
「壊れるだろうなあ彼、鬼になるには少々優しすぎる。そんな人間がいつまでもまともでいられるわけがない。ところで前々から疑問に思っていたのが……」
実に唯湖は不思議そうな表情をして言った。
「そうまでして理樹君と鈴君は君たちの中で何物にも優先されることなのかね。結果リトルバスターズの仲間同士で殺し合いするぐらい」
「そ、れは……」
「私もあの世界を経験させて貰ってる身なので君たちの苦悩は分かっているつもりだ。だから問おう、十分君も謙吾少年も二人のために生きたんじゃないか?
いい加減自分のために生きてみてもいいんじゃなかろうか。いつまで彼らを背負って生きるつもりだ?」
恭介膝がが崩れ落ちる。こいつは何を言っているんだ?
反論できない。いやそんなこと考えたこともなかった。
今の自分は二人のためにある。二人がいるからこそ心が折れなかった。
その二人を見捨てて、楽になれと――?
「――そこまでにしておきなさい」
剣の切っ先を唯湖に突きつけたゆりの姿が恭介の目の前にあった。
「つまんない自己啓発セミナーじみたことやってんじゃないわよ」
「おっとこわいこわい。そろそろ時間だ。私はお暇することにするよ」
「逃がさないと言ったらどうする?」
「その場合確実に二人は死ぬだろうな。誰が死ぬとは言わないが戦力低下は君の本意じゃああるまい。ふむ、君の名は何という?」
「ゆり。仲村ゆりよ」
「覚えておこう仲村嬢。今度会ったらじっくり君と話をしてみたい」
「そうね――それまであなたが生きていたらゆっくりと」
「はっはっは。楽しみにしておこう」
唯湖は歩き出す。そしてゆりとすれ違いざまそっとゆりに囁いた。
「ああ――ひとつ忠告しておくが……あのピンクの制服を着た娘……いつか君を裏切るぞ」
ちらりとまーりゃんの姿を盗み見る唯湖。
彼女は静かに唯湖に敵意と殺意を向けていた。
「承知の上よ――彼女は彼女で手元に置いておいたほうが役に立つもの。棗くんがいる限りね」
ゆりはくすりと笑みを浮かべて言った。
その答えを聞いた唯湖はとても楽しそうな表情で嗤う。
「はっはっはっ、立場さえ違ってなければ本当に君とは仲良くできそうだ」
そう高笑いを浮かべながら唯湖は闇の中へ消えていった。
【時間:1日目19:30ごろ】
【場所:F-3】
棗恭介
【持ち物:忍者セット(マント、クナイ、小刀、傷薬)、水・食料一日分】
【状況:健康】
綾之部珠美
【持ち物:ビームサーベル(電池状態:緑)、水・食料一日分】
【状況:健康】
朝霧麻亜子
【持ち物:
オボロの刀、水・食料一日分】
【状況:健康】
来ヶ谷唯湖
【持ち物:FN F2000(29/30)、予備弾×120、バーベキュー用剣(新品)、水・食料一日分】
【状況:アンモニア臭】
最終更新:2012年06月02日 03:50