紅い紅い夕陽が沈む中で ◆auiI.USnCE
――――だから、彼女は、嗤っていた。楽しくもないのに。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――――っ」
何処までも続く水平線に、血のように紅い夕陽が沈んでいた。
紅い紅いその夕陽を、燃えるように紅い髪の少女が見つめている。
少女は、ただ、何かを耐えるような表情をしながら、唇を強く噛み締めていた。
唇からは夕陽と同じぐらい真紅の血が流れていた。
「……このみ、雄二」
呟く二人の大切な人の名前。
かけがえの無い妹のような存在と血の繋がった弟。
護りたかった二人が、仲良く寄り添うように連続で放送で呼ばれた。
嘘だと思っても、自分が殺した人が呼ばれたのだから、紛れも無い事実だろう。
柚原このみと向坂雄二は、この島で早々に誰かに殺された。
少女――向坂環はその事実を認め
「―――」
何も、言葉を紡ぐ事はせず、ただ沈みゆく夕陽を見つめていた。
胸中を巡る感情は、後悔だろうか、憤怒だろうか、それともただの悲哀だろうか。
それは、環にしか解からない事だろう。
けれども、何かに耐えるように、彼女はただ静かに、夕陽を一心に見つめていた。
「……選ぶ必要無くなっちゃったわね」
柔らかな風が頬を撫でて、そして紅い髪をなびかせた。
環は右手を、夕陽に伸ばして、そっと呟く。
二度と会えない大切な人達。
両方とも大切だった。
選べるわけが無かった。
その事を噛み締め、目を閉じて。
死んでしまった人達に、言葉を贈る。
「――――御免ね」
その言葉は、護れなかった事への、謝罪でしかなかった。
それしか、浮かばなかった。言葉が出なかった。
涙が頬を伝っていたかなんて、解かるわけがなくて。知りたくも無くて。
向坂環はそのまま、ずっと惜しむ様に、夕陽を見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「環……」
そんな向坂環の後ろ姿を、宮沢謙吾は呆然と見つめていた。
夕陽を見つめていたまま、真紅の髪をなびかせているその姿は、何故かとても崇高に見えたから。
自分と同じ人殺しでしかないというのに。
それでも、環の姿は尊く見えて。
ただ、見蕩れる様に、その少女の姿を眺めていた。
そして、謙吾は環についてふと、考え付いた事があった。
最初の印象では、ただ冷たくて、大切な人の事しか考えない冷酷な人間だと思った。
今でも、その印象は消えない訳ではないか、でもそれは本当に一面でしかないのかもしれない。
彼女は、コイン一枚で、自分を取るべきスタンスを決めたと言った。
聞いた時はその事に憤慨もしたが、でも今なら、ある別の疑問が謙吾の中で浮かんでいる。
「なあ、環」
「…………何?」
環の隣に立った謙吾の呼びかけに、彼女は素っ気無く答える。
表情は、長い髪に隠れて、よく見えなかった。
「お前……自分がどう動くかを本当は『選べなかった』んじゃないのか? だから、コインで決めたんじゃないのか?」
自分のスタンスをコインに託した。
もし、向坂環に責任力が強く、高潔な一面があるというなら。
殺し合いに乗らず、大切な人を護りながら戦うと言う選択もできたはずだ。
けれど、環はそれでも本当に大切な人達を護りたかった。
人を殺してでも、護りたかったと考えてもいたのではないか。
「……………………」
だから、彼女はコインに『託すしかなかった』んじゃないかと謙吾は考える。
向坂環は恐らくとても強い人間だ。
けれど、弱さが無い人間ではないのだろう。
それが、コインでスタンスを決めた答えに感じて、謙吾は彼女を見つめる。
環は、黙ったまま夕陽を見つめていて。
「大切な人達も、お前は一人に選べなかったんじゃないか? 皆大切だから」
そう。大切な人も選べなかったんじゃないかと思う。
皆大切で、どれもかけがえないから。
それを表に出さないだけ。そう感じて。
「……ねえ、謙吾」
環は、謙吾の方を向いて、ふっと笑った。
柔らかで、けれど、とても魅力的な笑顔で。
謙吾に近づいて、彼の顎に手をかけて、至近距離で。
「―――――もう、そんな事は終わった事じゃない。これ以上惑わすと、殺すわよ?」
柔らかな、笑みのまま。
嗜虐性を加えて、彼女はそう、告げた。
謙吾はぞくっとするような感覚に襲われる。
「けれど、お前は……」
「どうも、こうも無いの。タカ坊の為に、私は、彼を護る為に殺すと決めたの。それしかない。死んでいった子の為にも」
環はあくまで、冷たく。
底冷えする瞳で、謙吾を射抜いて。
「雄二にとってタカ坊は親友。このみは…………タカ坊のことが好きだった。あの子達も好きだったタカ坊を私は護るの」
死んでいった大切な人達の為にも。
貴明だけは守り抜くと環は想い。
「……蘇るとか……正直考えてられないわ。ただ大切な人を護るだけ。貴方もそうでしょう?」
だから、今は護る。
その事だけを考えて。
「謙吾ともそのための協力よ……同情なんていらないわ」
そう言って、二人は見詰め合って。
夕陽に照らされたその姿は恋人同士のようで。
けれど実態はそれよりも程遠い、ただの人殺しの協力でしかなかった。
「環……」
「そういう事……変な勘違いしないでくれる?」
そして、環はにっこりと笑った。
笑顔なのに、感情が見えなかった。
それに謙吾は戸惑い、何か言葉を発しようとした瞬間。
「――――なんだ、からかえる関係だと勘違いしそうだったが。それだったら面白かったのに。つまらんな」
背後から、つまらなそうに響く声。
二人が驚くように振り返ると、
紅く染まる空に、黒く長い髪をなびかす少女が、面白くなさそうに、嗤っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「く……来ヶ谷唯湖っ!」
「そう、来ヶ谷のおねーさんだ」
謙吾が驚愕したままの表情で、その少女の名前を呼ぶ。
少女――唯湖は、謙吾の表情に満足したように、頷いた。
「ああ、面倒臭いから自己紹介のし合いとかはしないぞ。大体聞こえたからな、向坂環君」
「……っ、つまり貴方は謙吾の知り合い?」
「まあ、ご察しの通りだ。ところで」
唯湖は作り笑顔のまま、手に持っていた銃で、少し離れた海岸を指す。
謙吾と環は示された場所で、其処にあるモノが何か察しが着いた。
「向こうで、真人少年とあと一人が死んでたが、お前達の仕業だろう? 血の臭いがぷんぷんする」
「……ああ、そうだ……そういうお前も」
「隠す事もないか、ああ、そうだ。私も同じ穴の狢だよ」
そう言って、唯湖は嗤った。何も楽しくもないのに。
互いが殺し合いに乗っている確認だって、知っている事を改めて確認しているようで退屈だった。
人殺しは人殺しでしかない事を知っていて、簡単にも同じ臭いをしている事が解かるのだから。
「しかし、コインか……はっはっはっは」
そして、唯湖は環を銃で指して、嗤う。
少しだけ、面白いモノを見つけたように。
くるくると、銃を回しながら、冷たい視線を環にぶつけていた。
「何かしら?」
「別に、一緒だったから……面白かっただけだ。殺しを選んだ手段がな」
「……貴方も?」
銃口を環達につけつけたまま、唯湖は言葉を紡ぐ。
油断をせずに、けど余裕も崩さずに。
唯湖は泰然としながら、けれど、何処も楽しそうでもなかった。
「ただの、戯れだよ。どうでもいい。示した先が、殺しだっただけだ」
戯れと唯湖は言い、謙吾は信じられないように唯湖を見つめる。
元々、何処か達観してたような所があったが、こんなものだっただろうか。
壊れ物を見るような謙吾の視線に気付いたように、唯湖は言葉を紡ぐ。
「ふぅん……」
「何だ?」
「別に。私からすると、君達の方も、歪んでいるように見えるがな……特に、君」
そして、来ヶ谷唯湖は、環に向けて、もう一度銃を向けた。
向坂環と宮沢謙吾を歪んでると称しながら、壊れ物は、声だけで笑う。
楽しいなとも、下らないなとも思いながら。
「何故、無理に情を捨てようとする? 無理に冷徹になろうとする?」
「無理?……これが、私よ」
「ふぅん……私がさっきあった集団は自分の意志で、大切な人を護ると選んでいたがね」
「……っ」
「コインでしか、決められない君が、本当に大切な人を護れるのかね」
底冷えするような、視線で環を一瞥し、唯湖は嗤う。
情を捨てきれず、そして自分を『演じようとする』環をあざ笑うかのように。
そして、興味を失ったように、何処か空虚な笑みを零す。
「まぁ、私も、コインで決めたんだが……ふふっ……それで謙吾君、少し驚いたぞ」
唯湖は自虐しながら、今度は謙吾の方に向く。
懐かしそうな視線を向けたが、それも一瞬だった。
いつもの様に、笑ってない笑みを称えて、泰然とした視線を謙吾に向ける。
「君は乗らないと思ったんだが……理樹君の為か?」
「……ああ、そうだ」
「君なりに覚悟をしたんだろうが…………流されすぎないように、注意した方がいいかもしれんよ」
「何にだ?」
「情にだよ、情に。まぁ……既に流されていると思うが」
唯湖はそう言って、ちらっと環の方に視線を向ける。
少し、青ざめている様だが、どうでもよかった。
どのように二人が出会ったか唯湖にはしらないが、大よそ予想は出来る。
多分、環の方が謙吾に提案をし、それを飲んだのが謙吾だろう。
そして、今環が見せた弱みに見事に流されそうになっていた。
傑作だった。全く笑えないが。
「情に流されて足元すくわれないようにな………………まぁ、流されるのが君らしいと思うがな」
最後に、唯湖は笑って、謙吾に忠告する。
最も、この忠告も意味が無いと察していたが。
それが、宮沢謙吾なのだから。
唯湖は、もう一度歪な関係に見える二人を見て。
この二人が組んでいる事に少し、楽しいと感じた。
単なる退屈しのぎ、楽しさでしかなかったが。
歪な関係が、どうなるかが、少しだけ興味があった。
だから、彼女は笑って、提案する。
空虚な、笑みのままで。
「さて…………どうする? 私はこのまま、何処かに言ってもいいが、殺し合ってもいいぞ」
「来ヶ谷……馬鹿にするのもいい加減にしろ……当然だ、ころしあ……」
「……いいえ、やめなさい謙吾。来ヶ谷さん……だったかしら。私達は今、貴方と殺しあう気は無いわ」
唯湖の提案に、殺し合うと言いかけた謙吾、を静止したのは、少し回復した環だった。
言われぱなっしで腹が立っているが、それを無理矢理押し込んで。
ただ、自分達が生き残る為に、言葉を放つ。
「何故だ、環」
「いい、謙吾? 私達は『逃がされてる』のよ。彼女が持つ銃だと……苦戦する所か命を落とすわ」
「……なっ」
「それに彼女は殺し合いに乗ってるんだもの……人数を減らしてもらいましょう……という事で、どうかしら? 聞こえてると思うけど」
環は、あえて唯湖に聞こえるように、謙吾を諭す。
唯湖の真意をちゃんと悟っているとアピールするように。
唯湖はその環の意図に、苦笑いをしながら。
「ああ、それでいいよ……ならば、長居する事もない。では……またな」
ひらひらと、気持ちの篭ってない手だけを振って。
またなと、言ったはものの、再会する前に自分か向こうが死ぬ可能性の方があるかもしれない。
けれど、まあそれもそれでいいかと内心で、つまらなそうに呟いて。
唯湖は泰然としたまま、その場を去ろうとする。
「来ヶ谷さん………………貴方は、私達よりも…………壊れた、単なる――――化物よ」
環が、鋭い笑みを浮かべながら、唯湖に告げる。
それが、この短い邂逅で、感じた唯湖への印象を、皮肉のような、言葉を彼女に贈った。
唯湖は、振り返って、嗤う。
今度は、本当に、楽しそうに。
「はっはっはっ――――大正解だよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
楽しいものなんて、何も無く。
感じるものなんて、何も無い。
だから、だから、殺していくだけ。
大切なものなんて、何も無い。
けれど、大切なものを持つ彼女らが、ちょっと羨ましかったのかしれない。
だから、見逃したのかもしれない。
でも、それも、きっと、一瞬の考えでしかない。
だから、もう、何も残るものなんて無い。
刹那的に楽しいものを物を求め。
退屈を埋められば、それでもいいかもしれない。
ああ、だから、私は壊れ物で、化物なのかと、彼女は思い。
そして、何が楽しいのか、楽しくないのか。
嗤っていた。
【時間:1日目午後6時50分ごろ】
【場所:G-3】
宮沢謙吾
【持ち物:ベネリM4 スーパー90(5/7)、散弾×50、水・食料二日分、不明支給品(真人)、インスリン二日分】
【状況:健康】
向坂環
【持ち物:
AK-47(0/30)、予備弾倉×5、USSR
ドラグノフ (9/10)、不明支給品(高松)、予備弾倉×3、水・食料二日分】
【状況:健康】
来ヶ谷唯湖
【持ち物:FN F2000(29/30)、予備弾×120、バーベキュー用剣(新品)、水・食料一日分】
【状況:アンモニア臭】
最終更新:2012年06月02日 03:56