遭遇は光の中で ◆Ok1sMSayUQ
戦はどこにだって転がっている。
それはベナウィという男が、物心ついてから初めて理解したことだった。
武人の家系に生まれたベナウィは、幼いうちから戦場に連れて行かれ、実戦を間近で見ながら育ってきた。
武勲を上げて一族を繁栄させてきた家の、一種の習わしのようなものだった。
戦術、戦略を書から学ぶ一方、時には兵に混じって実戦経験を積み、名実ともに大将となっていく。
なぜ、どのようにして戦が起こるのかを考える時間はなかった。いや、当たり前のように戦が起こりすぎていて疑問に思う余地もなかった。
あることが当然であり、考えるべきはどのようにして敵を倒すか、我軍の損害を減らすか。効率的に殺していくことが功績に直結していた。
まだトゥスクルという國がケナシコウルペという名前であったころの、ベナウィという男はそれが全てだった。
* * *
「……尋ねたいことがあります」
「……はい?」
無言の時間をしばらく続けたかと思えば、藪から棒にというように口を開いたベナウィに、隣を歩く少女、長谷部彩は少し当惑したような顔になっていた。
彼女が泣きはらしてから、落ち着く時間を取って、また人探しのために歩く。それまで必要なことしか聞いてこなかったのだから当然の反応だと言えたが、
ベナウィ自身、なぜこの時に、という気持ちがないではなかった。それでも質問の口を開かせたのは、昔、家族に連れられて歩く時間があったことを思い出したからか。
「貴女の國には、戦はないのですか」
「……ない……ですが」
質問の意図が分からないというより、なぜ今、という語尾の濁し方だった。
そう思うのも当然だったが、まさか自分の後ろをついてくる彩に幼年の日の己が重なったとも言えず、
ベナウィは「貴女も私に國のことを聞いた」と返した。「私も気になったからです」と重ねると、ようやく彩は納得したというように、夜明かりに僅かに浮かんだ影が動いた。
「……平和だと思います。最後に戦争が起こったのが60年ほど昔で」
「そんなに……」
流石に舌を巻く。それだけの期間戦がないというのは相当に政治手腕が優れているか、他を寄せ付けない軍備があるということなのだろう。
市井の民であると思われる彩でさえ高い教養を備えている様子がある以上、國民の教育も行き届いており、かつ内容も充実しているということなのだろう。
ハクオロ皇が常にから語る國のあり方。彩という少女は、それを体現しているかのように思えた。
だが、ベナウィが聞きたかったことはこれではない。
「では、國を守る軍はどのようになっていますか。やはり強大な武力があって、それが抑止力になっている?」
「軍隊は……、ええと、厳密に説明するとあまりに時間がかかってしまいます……から、要点だけ言うと、
あるにはありますし技術力という点でも世界に比肩するものですが、核のような絶対的な抑止力というものではなく、あくまで通常兵器に収まっている形で……あ」
こめかみを摘んでいるベナウィを見て、これでも難しい内容を喋りすぎたと思ったのか、彩は済まなさそうに身を縮こませた。
気にしていないという風に手を振ると、彩はふるふると首を振った。
「……つまり、軍はあるにはあるが、突出したものではないと?」
こくこく、と。理解できる言葉をつまんで要約してみたのだが、合っていたらしくベナウィは息を吐く。
ならば外交手腕が優れているのだろうが、それにしても気になる点が多い。カク、というもっと上位の武力がありながらそれは手にしておらず、
口ぶりからして軍備は最小限に抑えているかのようにさえ感じられる。まるで国力はあるのに軍備の縮小をしなければならないといった風だ。
「では、武勲はどうやって立てているのでしょうか」
「……というと?」
「戦もなく、武人が繁栄できるわけがない。であれば何か他の手段で武勲を立てているものかと……」
「……それは、分かりませんが」
そこで彩は一旦口を閉じた。或いは、そのまま黙っていようと思ったのかもしれない。口を開きかけては閉じる動作を何度か繰り返して、
それでも、というように。
「戦いがなければ繁栄できないというのは……悲しいように思います」
恐らくは、口にしてしまえば自分達の間に変化を起こしてしまうだろうとは分かっていたはずだった。
逡巡していたのはその証に他ならない。
侮辱しているわけではないとは分かっていた。
己の考えを口に出しただけだということも。
「貴女は、残酷なことを言う」
しかしベナウィもまた、これを口にしないわけにはいかなかった。
血を流して家を育ませることを信条としてきたベナウィにとって、紛れも無く彩の言葉は痛恨だった。
彩の住む世界ではそのような生き方は認められたものではないと知って、鉄面皮は貫けなかった。
「そのようにしか生きられない者もいるというのに」
言わなくても済むことを口に出してしまう。トゥスクルでさえやってこなかったことだ。
何故だ? 肚の底から沸き上がる正体不明の感情が止まらず、その事実にベナウィは困惑していた。
彼女とは生きている世界が違うと、最初の邂逅で理解していたはずではなかったか。価値観が違うと納得したはずではなかったか。
その上で付き合い方を考えると、そのように決めたはずではなかったか?
なのに自分は……識ろうとしている。近づこうとしている。それが己を焼き焦がすと知っていながら……。
「……生き方はひとつじゃない……はずです」
自身を灼く炎から離れるには、消してしまえばいい。最後の理性を働かせ、鉄面皮を取り戻そうと放った言葉の槍は、しかし容易く受け止められた。
押しこめばそのまま萎んでしまうだろうとばかり思っていた彼女は――、想像していたよりもも遥かに強い力を以って反発してきた。
ベナウィはさらに何かを言葉にしようとしたが思いつかず、思いつこうと考えていること自体が不毛な行為だと悟る。
やめよう、と思った。何を言っても無駄だからと思ったのではなく、好きにさせようと思ったのだ。
言葉を口にすることが一種の刃となり、傷つけかねないということを承知の上で彩は紡いだ。
武器を取っていなければ生きる術を知らぬ自分に。恐らくは彩自身も、それが己の身を焼き焦がすと分かっていて、だ。
まったく、厄介なものに出会ってしまった。
本心からそう思ったものの、嫌悪感を覚えていない自分もどうかしているという気持ちもあり、強引にでも締めくくってこの時間を終わらせようかと思案した矢先、
突如として目の前が、弾けた。
「ハーッハッハッハ! そこの実に愉快な格好をした、喩えるならばMr.ブシドー! 貴様には実に興味をそそられるぞ!」
強引に締めくくられた。
* * *
「くくく九品仏さぁ~ん! やめましょうよぉこんなの!」
「何を言うか栗原女史! こんなものがあればこう使わないわけにはいくまい!」
「で、でも危険ですってぇ! ほら今の人、目が、目が! ひぃ!」
「慌てるな愚か者! 探照灯に照らされて目を細めているだけだ! 状況は我軍有利!」
……端的に言うと、屋根の上からベナウィがサーチライトで照らされているのだ。
本当に唐突なタイミングだった。そのようにしか生きられないと言われ、身体の奥底が跳ね上がったかと思えば自分でも想像できないような台詞を言って、
自分自身どうしよう、と軽くパニック状態になりかけていたところに降って湧いた闖入者。それがサーチライトと共に一戸建ての民家の屋根上に陣取る二人組だった。
逆光のせいで彼らの姿は全く分からないし、咄嗟に盾となっているベナウィが前に出させてくれないせいで状況がどうなっているのかも分からなかった。
が、会話を聞く限りでは片方は全く知らされていなかったようで泣きそうな声でもう片方を諌めて……諌めていると彩は思うことにした。
「ああぁこんななら支給品の中身なんて見せなければ良かったよぉ……」
「役に立っているではないか。夜分にはまさにうってつけの代物! これを授かった栗原女史は夜の女王!」
「何ですかそれぇ!?」
……そして件の二人組は、自分達を全く無視して喋っている。
「アヤ、怪我はありませんか」
「え、あ……はい」
先ほどの微妙な空気をまるで感じさせない風に、ベナウィは彩を守ってくれていた。
半分以上は本能というか、身体が動くに任せてやったことであるのだろうし、案じてくれているということに驚嘆を覚えるくらいだったのだが、
実際のところはサーチライトで照らされているだけなので真面目に心配されると申し訳ない気分になってしまう。
「この光の術、直接害を与えるわけではないようですが……」
「えっと」
「光量が強すぎて敵の正体が掴めません。一先ず射線から離れるのが先かと」
「あの」
「敵の狙いが分からない以上、ここに留まるのは危険です。私が隙を作りますからその間に撤退します」
「……はい」
あまりにシリアスな声で言うので、彩は思わずそう言ってしまった。
「あーあー! 聞こえているかそこの二人組! 我輩は九品仏大志である!」
「……私はトゥスクルが侍大将、ベナウィである。わざわざ名乗るとは自信家のようですね」
「ほほう! 侍大将! なるほど面白い、その格好は伊達ではないというわけだな?」
「試してみますか?」
「いいや結構」
ベナウィが曲がりくねった刀身の剣――確か
フランベルジェと言うのだったか――を構えかけようとしたのを見て取ったのか、
最初よりは幾分か落ち着いた声が返され、サーチライトは消えた。何となく彩はホッとしてしまう。
必要以上に警戒するベナウィを見ることがなくなったからかもしれない。
「何故攻撃を止める?」
「貴様が仕掛けてくる気配がなかったからだ。必要がなければ攻めない相手とは交渉の余地がある」
逆光がなくなったからか、徐々に話している相手の姿が見えてくる。それでも夜の闇に紛れてはっきりとは分からないものの、
一人はスーツスタイルの男に、もう一人はセーラー服を着た女だと知れ、彩はほんの少し安堵する思いがあった。
ベナウィがまともでないというわけではないが、ここにやってきてから初めてまともな……。
彩は無言で首を振った。これがまともであると認識してしまえば何かが狂ってしまう気がしたからだった。
「さ、最初から話し合いする気があるならそうしましょうよぉ……」
「馬鹿者。暢気に話しかけてそいつがはいそうですか話をしましょうと言ってくる保証があるか。現に栗原女史も見ているのだろうが」
「それは……」
女の方が項垂れるような格好になった。元々男の方の服の裾を必死に掴んで屋根から落ちないようにしていたらしく、
傍目から見ると情けない姿であったが、彩の立場も似たようなものだったし、むしろこの男に振り回されているのであろう境遇に大変そうだ、とすら思っていた。
「なるほど。先ほどの光の術は様子見だったと」
「然り。目眩ましにもなるしな。いざとなれば消して闇に紛れ逃げれば良いと判断したまでだ。もっとも、我輩の辞書に敗北の文字はないがな!」
そして男は高笑い。こんな声を出していれば他の誰かに気付かれそうなものだった。
ベナウィもそれに気づいていないはずがなく、「……詰めの甘そうな男だ」と零していた。彩も同調してしまった。
「さて交渉の時間と行こうか。単刀直入に言おう。情報の交換……と言うほどではないが、各々の現状を確認し合う気はないかね?」
「そうする目的と、こちらに対する利を説明願いたいものですが」
「流石に慎重だな」
「油断や慢心は死を招きます」
フン、と鼻息を荒くした様子で、男は話を続ける。
「話をしようと言ってはいそうですねと乗ってくる保証がないように、たとえ殺し合いをして最後の一人になったところで帰してくれる保証もない。
なればこそ我輩は取るべき道を探さなくてはならん。殺し合いをするべきか、脱出するべきか。
選択肢はどれほど存在するのかをな。ゆえに情報が欲しいのだよ、分かるか侍大将?」
「え……九品仏さん、まさか殺し合いをするのを考えて……だってさっきは世界征服って」
「おい! 真の目的を軽々しく話すな馬鹿者!」
そして男は女の頬を引っ張り始めた。情けない調子で「ごめんなさい」と思しき声まで聞こえる。
ベナウィが神妙な顔をして彩の方を向いた。明らかに興醒めしたような様子だった。
「あの男は馬鹿かうつけ者か、判断に困るのですが」
「……お話は聞いてあげた方が……」
「あれと比較するのは失礼極まりない気がしますが、最初に出会えたのが貴女で良かった気がします」
彩がベナウィの立場でも間違いなくそう思っていたはずなので、彩は特に何も言うことが出来なかった。
「貴様の目的が何であろうと知ったことではありません。が、時間を浪費しているような余裕も無い。
話は聞きますが間違っても協力する気はないと思っていただきたい。よろしいか?」
「フン、構わんよ。こちらも無闇に同志を増やして大名行列するような趣味もない。純粋に情報交換をしたいだけだ。では場所を移すか」
「そうして貰いたいですね」
女の頬を引っ張る格好のまま返答が来る。女の方は仲間が増えないと知って若干表情に失望の色が灯っているような気がしたが、気のせいだろう。
そういえば、と彩は今更ながらに男の声はどこかで聞き覚えのあるような、という引っ掛かりを覚えていた。
* * *
死んだ。木田君が。
意地悪で乱暴で……それでも私にとっては数少ない繋がりのひとつだった木田君が、死んでしまった。
それなのにさほどのショックもなく、「死んじゃったんだ……」の一言で済ませてしまったのはもう心が麻痺しているからなのかもしれない。
だって、始まって早々に私の見ているところで、楽しそうにお話してたのに殺して、そういう人がいて。
でもどこからともなく現れた、ドラマでしか見たことがなさそうな九品仏さんという人が現れて。世界征服をするなんて言い出して。
半分、夢の中の世界にいるような感じだったから木田君の名前が呼ばれても響かなかったのかもしれない。とってもたちの悪い夢ではあるけど。
九品仏さんはどうなのだろうと少し様子を伺ってみたりしたのだけど、特に顔色は変わることはなく……、ううん、石のように固かった。
世界征服だなんて言ってたから、人がたくさん死んだぞ、って喜んでるイメージがあったけど、それはとても失礼な想像だった。
頭のおかしい人だけど……、人、なんだな、って思った。
そんなよく分からない九品仏さんだからこそ、私は安心する気分が生まれていた。なんというか、生々しくないのだ。でもおかしくはない。
自分自身でさえ言葉にできるかどうか……ううん、きっとしーちゃんあたりなら上手にやってくれるんだろうけど、私には分からない。
分からないけど、九品仏さんには、もう少しついていっていいと思った。ついていくしかないじゃなくて。
しばらくすると、九品仏さんは「栗原女史の持ち物はどうか」と尋ねてきた。ふぇ、と返すと、「そろそろ動かなくてはな」と言った。
世界征服のためにな! と付け加えて。そして高笑い。やっぱりこの人はおかしいんじゃないかと少し思ったけど、私は何の含みもなく持ち物を出していた。
やっぱり、そうするしかないから、という気持ちはなかった。自然にそうしていたのだった。
出てきたものはサーチライト。手に収まるほどの携帯小型サイズで、試しにつけてみるとすごく眩しく輝いた。
これならそんな暗闇だって照らせるだろう。明かりのない場所でも大丈夫かな、となんとなくそんなことを思っていると、
でかしたぞ、栗原女史と九品仏さんが褒めてくれた。偶然とはいえ、これを持っていたことでまた少しの間見捨てられなくて済む。ホッとした。
そう思っていたところで、九品仏さんがニイッ、と悪役のような笑みを浮かべた。
見捨てられなくて済むけど、とんでもない泥沼に足を踏み入れてしまったんじゃないか、という確信があった。
実際、とんでもない泥沼だった。
やっとまともそうな人達と出会えたと思ったのに「間違っても協力する気はない」と正面切って言われてしまった。
頭のおかしい集団だと思われたのだろう。私もそう思うよ。
見捨てられたくない……はずなのに、見捨てられたいというか、もうなんというか、助けてよぉ……しーちゃん……。
九品仏さんに散々弄られたほっぺをさすりながら、私はまだ生きている友達の名前を呼んだ。
【時間:一日目 午後7時30分ごろ】
【場所:F-1】
ベナウィ
【持ち物:フランベルジェ、水・食料一日分】
【状況:健康 彩と共に行動】
長谷部彩
【持ち物:藤巻のドス、救急セット、水・食料一日分】
【状況:健康、ベナウィと共に行動】
九品仏大志
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:健康】
栗原透子
【持ち物:サーチライト、水・食料一日分】
【状況:軽い恐慌】
4人の簡単まとめ:
場所を移してそれぞれ情報交換をする。
それぞれ話はするが一緒に行動するつもりはない。
最終更新:2015年03月29日 00:05