アットウィキロゴ

戦斗、夜叉と合間見ゆ ◆Ok1sMSayUQ




 簡単に言えば、そう。思うところがあったからだ。

「んじゃまあ、ここでお別れだ」

 しばらく時間が経過し、千堂和樹がようやく落ち着いたころを見計らって、クロウはそう切り出した。
 唐突な別れを告げられ、和樹は、いや、彼が連れている二人の少女共々不意を突かれたような驚愕の表情を見せる。

「ちょ、ちょっと待てよ。どういうことだ」
「どうもこうもねえな。俺が動くには邪魔ってとこだ」
「なに……!?」

 邪魔、の一語を聞き取った瞬間、和樹の声色が怒りとも悔しさとも取れる、感情を大きくした声で聞き返す。
 河南子は予想済み、先刻承知といった色を崩さず、しかし呆れたような冷ややかな目を寄越す。もっと言い方ってもんがあるでしょ。
 言葉にするとそんなところだろうが、生憎クロウという男は言葉を選んで喋れるような繊細さは持ち合わせていない。そのようにしか生きられない男だった。

「まず俺には探してるヤツがいるが、そいつはかなりの手練れでな。あんたらを連れて追跡できる余裕がねえ」
「……待てよ、それは」
「二つ。とりあえず何か言うのは全部聞いてからにしてくれ。そいつは既に一人殺ってる。そこの直情女はともかくあんちゃんが連れてる女の子二人は弱い。
 悪いが襲われた場合、まず間違いなく殺られるな。正面切って挑まれるならともかく今のヤツは手段を選んでいない」
「ヘイおっちゃん、直情女って誰のことかな」
「三つ。そもそもの話、俺は誰かを保護しようなんて気はサラサラねぇんだ。情報が欲しかっただけだしな。俺の仕事は――」
「ヲフ」
「……ひ、人殺しだ」

 シャベルという、地面を掘る道具(河南子に教えてもらった)の切っ先を和樹に向け、脅すつもりで言おうとしたのだが、
 決めようとした瞬間を見計らったかのように犬が足元に擦り寄ってきたものだから気勢を削がれた。
 犬はまあ落ち着けよとでも言うようにクロウの足に頬ずりしている。「おっちゃんカッコ悪い」河南子の野次が聞こえたと同時、場に失笑が起こった。
 てめぇのせいだぞこん畜生。憎々しげに犬を睨んだクロウだったが、犬は舌を出して平和そうな顔を向けるだけだった。

「おっちゃんカッコつけて嘘つかなくていいっしょ」
「本気だよ本気! 後何度言わせんだ! オッチャンじゃねえ!」
「まーまー。後はあたしが代弁したげるから」

 まさか犬をけしかけたのはてめぇじゃねえだろうな。そんな風にクロウが思っていると、河南子がニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
 こいつ……。直情性悪女だと印象を新たにして、「勝手にしろ」とクロウは憤懣やるたない様子を隠しもせず腕を組んだ。
 食って掛かろうとしていた和樹も気勢を削がれており、西園美魚と姫百合珊瑚の二人に至っては口元を隠しつつもくすくすと笑っている。
 こうするのも河南子の狙いだったと思うと癪な気分になるので、舌打ちだけはしておく。

「おっちゃんの言ってることは嘘じゃないよ。ああいやおっちゃんが探してるヤツが人殺してるってとこね。少なくともそいつは止めなきゃなんだけど、
 言い方から察するにおっちゃんと同じくらい強いらしーんだよね。君ら、あの筋肉ムキムキマンに勝てると思う?」

 いや、と和樹たちは素直に首を振った。

「だから、おっちゃんは身体張って君らを守ろうとしてるってわけ」
「……それは」
「君らが強くなるまでの間ね」

 和樹が何か言おうとしたのを遮って、河南子はそう続けた。それでいいだろ、と目で言われればクロウも納得せざるを得ず、好きにしろと手を振ってやった。
 後々厄介事を抱えることが確約され、どうにでもなれという気分と、穏便に収まるのならいいかという気分がない交ぜとなり、溜息も出てしまったが。
 一方の和樹は弱いのなら強くなれ、と当たり前の正論をぶつけられては納得しないわけにもいかず、「……分かった」と返事をする。
 様々なものは含んでいるのだろうが、今はそれで収めておくといった和樹の態度に、クロウは意外という感想を抱いた。

「絶対強くなって、今度はあんたと対等に話せるようになってやる」
「……勇ましいね」

 河南子の肩越しに和樹から言われても、クロウは無表情に返す。失笑はなかった。恐らく、きっと、正しい道を歩けばこの男は逞しくなるだろうという予感があるからだった。
 こういう男を部下に持ちたいものだとしみじみと思ってしまう。しごきがいのある新兵というものはなかなか見つからないものであるからだ。

「そんじゃま、話はついたってことにしとくぜ」

 そのまま話を続けると未練が出てきそうだったので、クロウは話を切り上げ、踵を返して山を降ろうとする。

「うむ、キミらも頑張りなよ。行こうかおっちゃ――」
「テメーはこっちじゃねぇ向こうだ!」

 ずけずけと隣に並ぼうとした河南子の肩をぐいっと掴んで和樹側に押し出す。
 乱暴に突き飛ばされた河南子はたたらを踏みながら「何すんじゃこのアホ!」とクロウを睨む。

「お前があんちゃん達を守ってやるんだよ」
「えー! あたしはおっちゃんと一緒がいい! チャンスが巡ってきたときすぐにぶっ飛ばせないよ!」
「ふざけてんのかお前……アレの色バラすぞコラ」
「ごめんね今すぐぶっ飛ばすわ」

 笑顔になった河南子から放たれた鋭い回し蹴りを、クロウは軽い調子でいなす。そのやりとりを唖然と見守っていた和樹たちだったが、
 やがて見ている場合ではないと思ったのか次々に口が開かれる。

「ちょ、ちょっと待てよ! 河南子さんはあんたの仲間だろ?」
「そ、そうや。そこまでしてもらうのも……」
「……お気遣いは、ありがたいのですが」
「そーだそーだ!」

 そこに交じる河南子。これ以上喋らせるとしっちゃかめっちゃかになりそうだったので、「だーもう!」とクロウは周囲に響くことを承知で叫んだ。

「兄ちゃんはそこの嬢ちゃんから学べってんだよ! 本気で強くなりたいんなら学べ! 盗め! 自分より格上からモノにしろ!」

 殆ど怒鳴り声だったためか、美魚や珊瑚はともかく、和樹も河南子でさえも勢いに飲まれてたじろぐ。
 ここまで言うつもりはなかったんだよクソ、と内心に毒づきながら、最後のお節介だと言い訳をして、頭をがしがしと擦りながらクロウは続ける。

「そういうワケだから、聞き分けろ、な」

 口を開こうとして、しかし口を閉じる河南子。もう蹴りは飛んでくる気配もなく、不満そうな顔が残るだけだった。
 それでも聞き分けてくれたことには変わりなく、クロウは河南子の頭を撫でながら「頼むぜ」と言ってやる。
 河南子は気に入らなさそうにクロウの腕を跳ね除けて、「ずるい」とだけ言って和樹たちの元に歩いて行った。
 和樹たちも反論の言葉もなく、じっとクロウを見るだけだったが、河南子と並んだのを切っ掛けにしたように軽く頭を下げる。
 いらねえよ、と首を振って。クロウは改めて和樹たちの元から去っていく。視線を感じたが振り返らなかった。本当に甘っちょろいヤツ、という感慨を抱いて、
 やはり未練が残ったじゃねえかと苦笑を浮かべる。その甘っちょろさがどこまで続いて、どんな強さを得るのか見てみたくなってしまっていたのだった。

「ま、それは置いておいて、だ」

 駆け足に山を下る。急な勾配であるにも関わらずクロウの足取りは軽い。夜の闇が深くなってきているにも関わらず、木々の間から差し込む僅かな光を頼りに軽快に足を運ぶ。
 それはクロウが鍛え上げ、実戦でも培ってきた肉体があるからだけではない。匂いがあった。殺気があった。迂闊なくらいに、ダダ漏れさせていた。
 いる。必ずそこにいる。機を窺っていたそれは、しかし一つだけ別れ、回り込むようにして背後から寄ってくる気配に気付いたようだった。
 だろうな、とクロウは確信する。和樹たちと話している間から気配はあった。追跡されていたらしかった。さらに闇が深まるのを待って仕掛けるつもりだったのだろうか。
 その判断は正しい。いくら多人数であろうが、夜の闇は知覚を脆弱にする。不意打ちのひとつでも仕掛けられたら数の利は用を為さない。
 だが。気付いてしまえば話は別だ。仕掛けられる前に仕掛ければいい。完全な夜を迎える前に。これは逃がすための囮ではない。勝つための策だ。
 捨て駒なんて真っ平御免だ。俺が殺るんだ。戦ってのはそうだ。大義のために命を捨てるなんてお為ごかしだ。俺が殺りたいと思ったから、戦は始まるんだ。

「そうだろ、トウカよ」
「……やはり貴殿は一筋縄ではいかんか」

 獰猛な笑みを浮かべたクロウの目の前に居るのは、茫漠とした、さながら亡霊のように佇む剣士である。
 辱を濯ぐべき相手の名を、トウカと言う。

「死にたそうな顔してんな。俺が楽にしてやろうか?」

 クロウは戦意を高揚させるつもりで挑発してみたのだが、トウカは口元を少し歪めただけで、そこには卑屈ささえあった。
 気に入らない。その一投足を見ただけで、クロウはまともな戦いにはならないだろうと予感できた。

「楽になれるならばそうなりたいものだな」
「お前さんらしくないな。いつもなら『某を愚弄するか』とかなんとか言ってよ、馬鹿正直に怒るところだぜ?」
「そんなことをする某はもう死んだ。今あるのは、主上の刀となり、目の前の敵を叩き切る某だけ」
「……気に入らねえ」

 エヴェンクルガ族の性のようなものとはいえ、ここまで紛い物の忠誠心を前面に出されると虫酸が走る。
 少なくともクロウの知るトウカは、忠誠心と己の欲は両立させていた。大義を口に出しながらも、武人として血を滾らせることも追い求めていた。
 今のコイツは、完全に自分を殺してやがる。気に入らねえ。もう一度口中に吐き捨て、なら腐った性根でも叩き直してやるかとでも思ったクロウに、トウカは嗤った。
 そうすることでしか現在を認知できない、世の中を心底見限っている者の嗤いだった。

「気に入らないで済むといいがな」
「……お前、誰を殺った」

 言わなければいいと分かっていながら、クロウはそう口にすることを止められなかった。
 既に一人は殺しているトウカが、さらに手を血に染めることは見えている。誰がそうなったのかまで知る必要はない。
 それは戦場に余計な感傷を持ち込む――。

「エルルゥ殿だが」

 ――知ったことじゃねえ。

「ああ、そうかい」

 口調は冷静だった。
 だがひどく煮え滾っていた。

「決めたわ。お前、殺すぜ」
「手合わせ願う。誰にも邪魔されない決闘だ」
「決闘? 何言ってんだ」

 せせら笑い、クロウは肩に抱えていたシャベルを振り下ろし、地面に突き刺す。
 それが合図だった。斜面を滑り降りてくる影がもう一つ――。四足歩行で毛むくじゃらの、それは獣だった。
 クロウに付き従う彼の名は、ゲンジマル。

「殺し合いだよ。手段は選ばねぇ。裏切り者はどうやってでも処分するってな」
「ヲフ」

 そしてシャベルを抜き、ありったけ殺意を秘めた視線ともどもトウカへと向ける。
 宣戦布告だった。身内の恥は身内で濯ぐ、クロウの誓いであった。
 トウカがどのような思いで皆の『母』であったエルルゥを殺害し、自らに見切りをつけたのかは知る由もない。
 それが何だ。越えてはいけない一線を踏み越えた者に、同情や憐憫などは与えるだけ無駄だ。かつての仲間は、今は叩くべき敵だった。
 クロウへと返される冷笑。できるものかと言っているようだった。

「やってみろ。某もまだ、殺すべき者がたくさんいる。貴殿とはもはや背負っているものが違うのだ」

 裏切りの言葉にも反応しねえか。
 木で出来ていると思しき刃を腰だめに構え、いつもの抜刀術に入ったトウカに、クロウも応じた。
 悪いな、ちょっとだけ付き合ってもらうぜ。その思いが伝わったかは分からなかったが、隣に立つ相棒からは荒く鼻息が吐き出された。
 却って、頭を冷やしてくれた。

「来いよ。――ブッ潰す」
「では。――参る」




 【時間:1日目午後7時00分ごろ】
 【場所:E-5】

千堂和樹
 【持ち物:槍(サンライトハート)水・食料一日分】
 【状況:健康】

姫百合珊瑚
 【持ち物:発炎筒×2、PDA、水・食料一日分】
 【状況:健康】

西園美魚
 【持ち物:水・食料一日分】
 【状況:健康】

河南子
 【持ち物:XM214”マイクロガン”っぽい杏仁豆腐、予備弾丸っぽい杏仁豆腐x大量、シャベル、アイスキャンデー(クーラーボックスに大量)水・食料二日分】
 【状況:健康】


【時間:1日目午後7時00分ごろ】
【場所:F-5】

トウカ
 【持ち物:木刀、サクヤの支給品、銀のフォークUZI(残弾零)、予備マガジン*5、水・食料三日分】
 【状況:健康】

クロウ
 【持ち物:不明、シャベル、アイスキャンデー、ゲンジマル、水・食料一日分】
 【状況:健康】




148:遭遇は光の中で 時系列順 150:スラップスティック
148:遭遇は光の中で 投下順 150:スラップスティック
138:護るということ(Ⅰ) 千堂和樹 :[[]]
姫百合珊瑚
西園美魚
クロウ
河南子
125:ただ、御許で、永遠に、咲き誇って トウカ :[[]]

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2015年04月03日 21:40