be ambitious ◆g4HD7T2Nls
登りきった太陽が落ちはじめる時刻であった。
島の影が徐々に伸びる兆しを見せ始める。
そんな中で、とある一軒家の中からは男女の話し声が小さく聞こえていた。
「ふむ、栗原女史の話はイマイチ要領を得んが……。
その死んだ世界戦線とやらが悪であると言いたいわけか?」
「そ、それはわかりません……けど……」
「分らないけど?」
「あ、あの人、絶対にマトモじゃないぃ!」
「それはもう何度も聞いたのだが……」
民家の中で、九品仏大志は机に腰掛けた姿勢のまま、すっぱりとした口調で言った。
対して、外に繋がる扉付近に立っている栗原透子はギクリとした調子で口を噤む。
栗原透子は恐れている。
少しでも目の前の男にとって都合の悪いことをすれば殺される。
目の前で死んだあの少女のように、理不尽に突然に容赦なく殺されるかもしれない。
そんな圧迫感を常に感じていた。
「ご、ごめんなさぃ……」
被害妄想だと分っていながら、先ほど見た光景がリアルである以上は否定できない恐怖感。
目の前の男が、先ほど透子の目の前で人を殺した少女と同類でない保証など無い。
唐突に男の腕が透子にむかって振り上げられることも、ありえないとは言えないのだ。
そう思うと今すぐにでも逃げ出したい。
けれどまた一人きりになるかと思うと、そうすることも出来ない。
つかず、離れず、距離を置いて、だけど離れない。
そんな都合のいい、失礼な態度をありありと出して、けれど透子には対面を気にする余裕すらなかった。
だからせめて、常に謝って、機嫌を損ねないようにしよう。
そんな事を、透子は考えている。
「ごめんなさいぃぃ……」
大志は特に苛立ちなど滲ませていないし、平然とした体を保っている。
しかし透子は大志の一挙一動に震え上がり、身体を強張らせる。
玄関に立ちっぱなしであるのも、大志がそうしろと言ったわけではなく。
すぐに逃げられるように、ということだ。
会話する相手にしてみれば面倒極まりない態度であったことだろう。
幸い大志は態度に表さないがその胸中は分らない。
透子は自分のそういう面をよく自覚している。だが自覚したところで改善には結びつかない。
むしろ失敗したという意識がより一層、透子を縮み上がらせる。
欠点を自覚している故に欠点がより浮き彫りになる。
それは一種の、負の連鎖と言える。
もちろん先ほど透子が見た光景が、この態度の要因になっていることは間違い無い。
とは言え結局、オドオドとした装いの大本は透子自身の性格に起因する。
「まあいい、栗原女史よ。我輩が聞きたいのはどうやって殺したか、ではない。
知りたいのは殺す前だ。殺した少女は殺す前、栗原女史にどう見えていた?
殺気を漲らせて殺したか? 冷徹に殺したか? 我輩はそれが知りたいのだよ」
「ふつう、でしたよぉ……。普通すぎて、だから私ビックリして……。
でも、そ、それになんの意味が……あ、ひぃっ……ご、ごめんなさ……」
余計なことを聞いてしまったと、透子は目に涙を溜めながら数歩下がる。
聞かれた事だけに素直に答えればよかったのだと。
特に大志が怒気を発したわけでも無いのに、一人で勝手に怯えていた。
「ふっふっふ……!」
「……っ!」
しかし突然、大志は怪しげな笑みを浮かべる。
透子は肩をビクつかせながら、背後のドアを盗み見た。
「よくぞ、聞いてくれたな!」
しかし透子の懸念とは逆に、大志のテンションは少し上がっていた。
「つまりだ、それを知れば事の真理がわかる」
「真理?」
首を傾げる透子に、しかし大志は眼鏡を少し触りながらニヤリと笑ったきりで、説明する気は無いようだった。
聞かれたことを喜んだわりに、簡素な対応である。
「普通に殺した、か。まあ少々意外な答えではあるが……ふむ。
ともすればその集団は……ふむ。
そこそこ有益な情報に感謝するぞ」
ふむふむ、と一人で納得しながら、大志は机から腰を離す。
そのまま透子を素通りして、民家の外へと踏み出した。
「ど、どこいくんですかっ!?」
慌てて追う透子に、大志は一つ振り返り、言った。
「我輩の行くべき所に、だよ」
そう言って、大志は離れていく。
民家の入り口に立つ透子を残し、すたすたと歩いていく。
はっと忘我から帰った透子は、すぐさま必死の形相で喉を震わせていた。
「ま、待ってっ! 待って待って待ってぇぇっ!!」
先ほどまで大志へと向けていた怯えなど忘却したように、
透子は大志の背にむかって走った。
今まで避け続けていた、大志の攻撃圏内に自ら躊躇なく飛び込んだ。
「ん? どうした?」
「私も、ついて行くぅっ!!」
一人にされる。ここでまた一人にされる。
異常者だらけのこの島で一人にされる。
透子の心境からしてみれば、己の死を告げられるに等しかった。
「我輩にか?」
掛けている眼鏡が飛んで行きそうになるくらい激しく、透子は何度も何度も頷く。
「我輩はいっこうに構わんが……」
大志は少しの間、考え込むような姿勢を取っていた。
指が顎に当てられ、ギザギザ眼鏡のオレンジ色のレンズが景観を映しだし、瞳を隠す。
透子にはその内面を捕らえることなど出来ない。
何を考えているのか、何も考えていないのか。
それすらも知れない。
「ふむ」
より一層、読めない表情を垣間見せた大志であったが、
その口元だけは分りやすい笑みを浮かべていた。
「だが、覚悟はあるのか?」
「……ふぇ?」
まるで透子の反応に喜んでいるかのように、
口元を吊り上げている。
「覚悟?」
「そう、覚悟だ。我輩の隣を歩くということは即ち、我輩の野望の礎になるということ。
栗原女史にその覚悟があるのか?」
正直なところ、透子には大志が何を言っているのか分らなかった。
覚悟だの野望だの言っていることは支離滅裂で、普段なら絶対に関りたくないと人物だと断言できる。
しかし、今の透子にとっては、返せる言葉など決まりきっていた。
「ある! ありますッ! 覚悟でも何でもあるからぁ……!」
だから置いていかないで。
そう言うことしか出来ないのだ。
反射的に返された、心の篭らない返答に大志は薄く笑い。
「そうか」
再び歩き始めた。
もう大志は何も言わなかった。
透子も何も知る必要は無かった。
けれど好奇心とは毒である。
透子は隣を歩きながら、おっかなびっくり、思い出したように聞いてしまった。
「あの……それで……野望って……なんなんですか?」
大志は足を止めぬまま。
「ふっ」
今度こそ、嬉しそうに笑い。
「ふははっ! よくぞ聞いてくれた!」
本当に嬉しそうに、笑いながら。
ギラギラした光を、野心に満ちた情熱を、眼鏡の奥に滾らせながら。
その、活力に満ち溢れた声で。
「 世 界 征 服 だ !」
己の野望を、はっきりと断言した。
「……そ……そう……ですか……」
としか、透子には言うことができなかった。
【時間:1日目午後4時ごろ】
【場所:F-2】
九品仏大志
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:健康】
栗原透子
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:軽い恐慌】
最終更新:2015年03月21日 19:17