天使の消えた島 ◆Ok1sMSayUQ



 吉岡チエはキャンプ場の一角にある、小さなログハウスの片隅で縮こまっていた。
 精一杯箱に閉じ込めるように、体を力の限り抱えて。
 それで完全に隠れられるとは思っていなかったが、やらずにはいられなかった。

 人が殺されたときはまだ、現実感が湧かなかった。
 趣味の悪いスプラッター映画を見せられていたのだと、言い聞かせることができた。
 だが一歩スタート地点から出た瞬間、そんな甘い考えすらも吹き飛んだ。
 太陽の下に広がるのは見たこともない風景。森と山が広がり、点々と木作りの家が立ち並んでいるのが見えた。
 キャンプ場だと分かったのは、地図を見たときだった。一瞬にして自分の居場所が分かった安心感がある一方で、
 ここが目立つ場所であることもまたチエの不安をかき立てたのだった。
 サッと辺りを見回しても人の気配はないのが却って恐ろしく感じる。
 あの家の影に、誰かが潜んではいないだろうか。
 あの丘陵の向こうから、拳銃を持った見知らぬ男が現れたりしないだろうか。
 後ろから、いきなり刃物を刺されたりは?
 キャンプ場は山の頂上付近よりも下の、中腹くらいの場所にあったが見晴らしは良かった。
 いつ、誰に見つけられてもおかしくはない。
 一人でいることが恐怖をかき立て、チエは大声で友達の名前を呼ぼうとしたが、すんでのところでその愚かさに気付いてやめる。
 荒涼としたキャンプ場に風が吹き、チエの肌を撫でた。
 結局どうしようもなく、かといってうろうろ歩き回ることも躊躇われ、チエは手近にあったログハウスに身を潜めることにしたのだった。
 そうして、どれくらいの時間が経っただろうか。
 膝にうずめていた顔を上げ、ログハウス内にあった壁時計を眺めてみたが、たったの数十分しか経っていなかった。
 退屈な学校の授業よりも長く、暇を持て余した一日よりもこの数十分は長かった。

「ちゃる……このみぃ……」

 耐え切れず、チエは友達の名前を呼んだ。
 地図と同時に見た名簿にもその名前があった。彼女らも、参加させられている。
 しかしそれがチエを安心させる材料にはならなかった。彼女達とも殺しあわなければならないのだから。
 それでも呼ばずにはいられなかった。
 どうしたらいいのかも分からず、ただうずくまっているしかないだけの自分を元気付けて欲しかった。
 大丈夫、きっと助かる。根拠がまるでなかったとしても、その言葉が欲しかったのだ。
 ぎゅっ、とさらに体を抱える。自らの大きな胸が圧迫され、息苦しかったが文句を言うだけの余裕もなかった。

 怖い。寂しい。誰か、助けて……

 顔を不安で歪めたチエがさらに顔を引き攣らせたのは、次の瞬間だった。
 ぎぃ、とログハウスの扉が開かれ、中腰の体勢のまま一人の女性が侵入してきたのだ。
 ひ、とチエは悲鳴を上げそうになった。
 自分と同じショートヘアに、ベレー帽を深く被っている。大きめのコートを羽織り、きょろきょろと不安そうな目つきで室内を見回していた。
 姿格好からして、女子大生だろうか。すっきりとした美人の顔立ちでありながらも、落ち着きなく辺りを見回すその姿は、寧ろ自分と同い年のように思えた。
 部屋が薄暗いせいか、まだ自分の姿は見つかっていない。隠れられるかもしれないと腰を浮かしかけたとき、不意にこちらを向いた女性と目が合った。

「ひいっ!」

 今度こそ悲鳴を上げた。浮かしかけていた腰が落ち、すとんと尻餅をついてしまう。
 驚いていたのは女性の方で、目をしばたかせて口元に手を当てていた。大声に驚いたのだろう。

「あ、あの……大丈夫?」
「大丈夫に見えるんスか……」

 あまりにも間抜けな質問に、強張った表情のままそう返してしまう。
 女性はひとつ咳払いをした。失言だと自分でも分かったのだろう。

「ああ、ええと……私はあなたを襲うつもりはないわ。安心して」

 怖がっていた表情から変わって、女性は柔和な笑みを浮かべながらチエへと近づいてきた。
 本当なのか、と思ったものの、ログハウスに入ってきた瞬間の表情や、現在の柔らかな雰囲気、そして何より同性であることが大丈夫だとチエを説得していた。

「その、私も怖かったのよ。誰もいないし、不気味だし……」
「それでここに隠れようと?」
「ええ……」

 なんだ、とチエはどこかしら安心した気持ちを覚えていた。
 自分だけではない。年上に思えるこの女性でさえも怖かったのだ。
 全員が全員殺人鬼であるはずなどなかったのだ。
 手が差し出される。しかしチエは「ああ、別にお気遣いなくっ」と言って自分で立ち上がった。
 同じように考えている人間がいることが、僅かなりともチエに活力を取り戻させたのだった。

「いや、ちょっと安心したっス」
「安心?」

 曖昧に笑っている女性に、チエは少し口ごもりながらも、先程の安心感が背中を押す形で言葉を続けていた。

「おねーさんのような人でもここは怖いんだな、って……その、なんというか、同じ者同士の感覚っていうか」
「へえ、そんなこと思ってたんだ」

 意地悪く笑われる。ひょっとしたら失言だったかもしれないと思ったチエは慌てて「いやその、悪気は別に」と言葉を重ねた。
 口がいつものように軽くなってしまっているのは、安心感のせいなのだろうか。
 あははは、と誤魔化すように笑い、チエは話題を逸らすようにして「そ、そうだ!」と大きな声で言った。

「おねーさん、これからどうするんスか?」
「私? 私は……」

 クス、と笑って。
 ひゅっ、と手が振られた。
 へっ? そんな声を出そうとして、しかし喉からはひゅうひゅうという乾いた音しか出なかった。
 違う。切られたのだ。喉を、刃物のようなもので。
 目前で吹き出している赤いものは自分の血なのだろう。呆然とそんなことを考え、チエはかくんと膝を折って崩れ落ちた。

「あら。まだ息してる。意外と切れ味悪いのね。お姉さん失敗☆」

 ペロリと舌を出して、ウインクして、彼女は言っていた。
 まるで些細なドジでも踏んだかのような軽い口ぶりだった。
 朦朧とする意識の中で、チエは、どうして、と呻いていた。
 一緒だったはずなのに。この状況が怖くて仕方のない、仲間だったはずなのに……

「ああ、うん、そうね。もう一つ失敗、あるんだ」

 床に転がるチエに、よいしょ、と腰を下ろして語りかける女性。
 その顔は無表情で、最初に出会ったときの印象など欠片も残ってはいなかった。
 冷え冷えとしたその表情は、自分とは違う、大人の世界を生きてきた人間の顔。
 辛酸を舐め、世の中の暗部を知り、泥を吸い尽くした人間の顔だった。

「私はあんたとは違うのよ」

 ギリ、と。
 眉根を顰め、敵意をむき出しにしながらも、その目は笑っていた。
 この女は、いくつもの側面を持っていた。
 女であり、小悪魔のような無邪気さがあり、大人であり、そして憎悪に身をやつした人間だった。
 同類なんかじゃない。この女は、心底自分を見下している。

「人、殺せるかって思ったけど……なんだ、簡単にできるのね。うん、だったら、いざってときでも大丈夫」

 既に女はチエなど見てはいなかった。
 手に持っていた小型の果物ナイフをコートに仕舞いこんでいる。
 恐らく、隠し持っていたあれで切り裂いたのに違いなかった。
 そして自分は、その実験台だったのだ。

「でもでも、ちょっと殺傷力に難があったわね。ま、こんなところにあるようなのだし、仕方ないか」

 ああ、とチエは理解した。
 自分と同じく、隠れる場所を探していたのではない。
 武器を探すため。人を殺すために、ここにやってきた。それだけのことだったのだ。
 やはり、ここは、殺人鬼、だらけ、だった――

「……この力で私が守ってあげる。私が必要で、私だけに跪いてくれる誰か。私は、それさえあればいい」


 最後に見た、吉岡チエが名前を知る由もなかった女、麻生明日菜は。

 弱さを絶対の悪と認め、弱さに敵意を向け続ける女、麻生明日菜は。

 自らを満足させる男を捜していた、女だった。




 【時間:1日目午後13時00分ごろ】
 【場所:D-5 キャンプ場】

 麻生明日菜
 【持ち物:果物ナイフ、不明支給品、チエの支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康。守ってあげたい誰かを探す。必要のない人間は殺す】

 吉岡チエ
 【持ち物:支給品以外一式】
 【状況:死亡


007:Fathers Rock'n'Roll 時系列順 009:陰日向に咲く
007:Fathers Rock'n'Roll 投下順 009:陰日向に咲く
GAME START 麻生明日菜 083:弱者選別
吉岡チエ 死亡


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最終更新:2011年08月28日 03:25