(分裂αパターン終了時までの設定で書いてます。)
朝、八時。
いつもならもう少し早く起きているところなのだが、何故か今日だけは寝坊した。
別に遅刻の可能性を心配するほどの遅れではない。HR前にハルヒと会話する時間が減る程度の話だ。
早い時間に登校すれば新入部員選抜についていろいろと面倒なことをぬかすだろうから、ちょうどいいと言うべきだろう。
眠気のとれない朝にきびきびと行動しろというのはとても酷だ。
トーストに目玉焼き、煮出しすぎて苦くなったコーヒーを腹に流し込み、だるい感じで家を出る。
犬がやかましいほど吠える家の横を過ぎ、大通りを歩く。
いつもより遅く家をでたからなのか、普段見る顔が少ないな・・・いや、高校生自体が少ない。
もしかすると、俺は思ったよりもヤバイ状況なのではないかという思考が頭を掠めた。
時計代わりにしているケータイを取り出そうとポケットをあさったが、無い。
・・・寝ぼけて忘れてきたらしい。
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余裕かましてたらたらと飯を食っている場合ではなかったな。
現在時刻も分からず、周りを見回しても北高の生徒が見つからない。
遅刻を覚悟するべきだろう。
ちなみに言うが、北高に通いはじめてからこれまで一度も遅刻したことなどない。
SOS団の集まりではいつも五分前どころか三十分前行動をしなければいけないくらいなんだからな。
久しぶりに、全速力で大通りを駆け抜ける。効果音をつけたくなるほどの速さではないが、俺にしてはかなり急いでいるつもりだ。
こんなに走るのはいつ以来だろうか・・・などと考えているうちに、坂が見えてきた。
俺たち北高生を苦しめる早朝ハイキングコース。通学路の最後の砦。最後の試練とも言うべきか。
持てるすべての力をふりしぼり(おおげさか?)坂道を駆け上がろうとしたその時。
ついさっきまで誰もいなかったはずの俺の眼前に
人が・・・急に現れたような感覚がして
止まれず・・・・衝突した。「痛ってぇなこの野郎!!・・・って」
「痛た・・・って、あ!!」「おまえは・・・」「あなたは・・・」
『昨日の!!』
俺がぶつかったのは、昨日文芸部室(現SOS団アジト)に来ていたあの子だった。ハルヒの話を聞いたあと、自ら拍手を始めたただ一人の女子。
そんな無垢な少女に「この野郎!!」などと汚い言葉を吐いた自分を責める気持ちである、が。
その前にするべきは・・・早く起き上がることだった。長門と同じくらいの背丈。体重は長門よりも軽いはず。
なのに一年生のころのハルヒと張り合えるくらいの胸を有している彼女は、真っ直ぐ走る俺の真横から来たそいつは今、俺の上にかぶさっている。
大きすぎず、かといって物足りなさを感じるほど小さいわけではない胸が俺の体に・・・って!!
そんなふしだらな考えをしている場合ではない。
通行人の視線が・・・ものすごく痛いからだ。「頼むから、早く起き上がってくれ。周りの目が気になるから・・・」
俺の言葉で自分たちの置かれている状況に気がついたのか、急に驚いて飛び上がった。
「あ!!・・・・・ご、ごめんなさい」
「いや、こっちこそ悪かったな」むしろ、ありがとうと言いたいくらいである。おかげで眠気が覚めたしな。
「急いでいたんだ。寝坊してな・・・ケータイ忘れてくるくらい寝ぼけてた」俺のことを心配してくれたのか、
「そうなんですか・・・・大変だったんですね」と気遣ってくれた。やはり、昨日来た一年生の中では一番優秀なのかもしれない。
「それで・・・今何時か分かるか? ケータイも腕時計も無くて分からないんだよ」そう俺に言われて、左腕につけた腕時計をちらっと見た。
小さめの、かわいらしいアナログ時計だ。
「えっと・・・八時十七分です」
遅刻三分前だ。生活指導の教師が玄関で睨みを効かせてるころだろう。この坂道だ。全速力でもどうなるか・・・・分かったものではない。
っと、不安がるばかりの俺の思考を、その女子の言葉が遮った。
「走りましょう、先輩!!」
久しぶりに「キョン」以外の名称で呼ばれたような気がするが。
「あ、あぁ」
日差しを跳ね返すアスファルト。くぼみにできた水溜り。
木々に芽生えた若葉。それにとまる虫たち。
まさしく春の風景というべき様子の坂道を駆ける。
・・・初々しい後輩と共に。
「はぁ・・はぁ・・・」
「何とか間にあったな・・・ぎりぎりだ」
「そうですね、先輩・・・あ、先輩の名前って何でしたっけ」
「ん、名前か?」
「はい。先輩の名前って何ですか?」・・・ついに来た。俺の名前を出せる瞬間が!!
皆様、発表しよう。俺の、俺の本名は・・・!!
「・・・あ!! 思い出した!! たしか、「キョン」でしたっけ?」
少し遅かったようだ。
「え、いや、それはあだ名で・・本名はだな、」
「いいえ。団長さんが「キョン」って呼んでいるんですから、見習わないと」
そんなとこ見習わないでくれよ。
「じゃあ、また会いましょうね、キョンさん」
「あぁ・・・またな」
俺の名前を出せる日はいつになるのやら。
・・・って待て。あいつの名前を俺は聞いていないじゃないか。「おーい、後輩」
「何ですか? キョンさん」
「お前の名前、まだ聞いてなかっただろ」
「あたしですか? あたしは、[わたぁし]です」[わたぁし]・・・以前かかってきた電話の主が名乗っていたかな。
「この前の電話はお前か」
「えぇ。 近くに住んでいる先輩に番号を聞いたんです」
誰だ。他人の電話番号を知らない奴に教えるなんて・・・。
個人情報保護法ってのがあるのによ。
「秘密です。言わないようにって言われたので」
ますます気になるが・・・。
「それよりも、ちゃんと名を名乗ってくれ。[わたぁし]じゃわけが分からん」
「あ・・・やっぱり説明しなきゃだめですか」「説明って、どういう意味だ?」
「[わたぁし]って言うのには理由があるんですよ。えっと・・・生徒手帳どこにしまったっけ・・・あ、あった」
生徒手帳を出した後輩は、顔写真の貼ってある方を俺の目の前に出した。
そこに書いてあった文字を見る。
「渡 舞衣。普通なら[わたり まい]って読むんですけど」
「[わたし まい]って読むわけか」
それで一人称を「あたし」にしないとややこしいわけだ。
[わたぁし]と強調するのは「わたし」と区別するため、か。
お互い、変な名前なんだな・・・ホントに。
「そういうことです。それじゃ!!」
そう言って、一目散に駆け出していった。
元気があって初々しい。一年生の鑑だ。・・・さて、俺もそろそろ教室に向かわなくてはいけないな。
チャイムが鳴ってしまう前に。
谷口や国木田、そして我がSOS団の長。
涼宮ハルヒの居る教室に。