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揺れる街
涼宮せ…ハルヒと朝比奈さん…みくる、とはちょっと呼べない…は先に帰ってしまい、同じ街に住んでいる三人…長門、古泉、俺は合宿の余韻を残しつつ帰路につこうとしている。駅を降りると、ストリートミュージシャンが、ブルースを弾いていた。固定されたコードが、かえって自由に響く。
ギターが弾く、もの悲しく、まるでこの世を悲しむような旋律。
ドラムが叩く、怒りと、この世に挑戦しようとする旋律。
長門の足が止まる。続いて、俺たちの足も止まる。 - ドラムソロ
旋律が変わり、ドラムソロ。
強いパンチ、怒鳴るようなシンバル。
無茶苦茶に、乱雑に、自由に。手が激しく動く。
まるで、おぼれかけてしまった子供のように。
『俺たちはこんなに苦しいんだ』
『この苦しみをお前たちに伝えたい』
ドラムから、こんな声が聞こえる。
- ベースソロ
ドラムの旋律はやがて規則的になる。タイミングを合わせてベースが何かを弾き始める。
一転し、メロディックできれいで、それでいて激しいコードを叩く。
演奏は熱を帯びていく。
まるで、佳境に入った演説を説く政治家のように。
『でも、ただの言葉じゃ表しきれないんだ』
ドラムの旋律がまた変わる。ベースは規則的に、誰かを待つように。
その視線は、フルートのケースを持つ長門に向いていた。ドラムが手招き。
その合図に応え、長門はフルートを取り出す。- フルートソロ
長門が吹くそれは、今度の管弦楽コンクールの課題曲のソロであった。
それに従って、ドラムは穏やかに、ベースは跳ねるように合わせていく。
『だから、わたしたちは弾きまくるんだ』
旋律は元に戻り、長門は早く激しく指を動かす。
得意の超絶技法を使いながら、しかし、やはりどこかで聞いたことのあるクラシックの旋律で。
『だから、こんなにも激しく』
ベースのピックは対照的にゆっくりと、悲しげな音を出す。
『だから、こんなにも悲しく』
いつの間にか、古泉がバイオリンの弓を引こうとする。それを合図に旋律が変わり、長門は演奏をやめる。 -
- バイオリンソロ
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古泉のバイオリンは華麗(かれい)に、きれいに、人の声のように響いていく。
ええと、これは…よく知っているアニソンだ。ただ、いろんな曲が混じっている。 -
『俺たちは弾きまくるんだ』
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弦が振動する。その振動は音となり、街に響いていく。響いて街に伝わっていく。
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『そうやって、俺たちは伝えるんだ』
- 演奏のち
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ベースが終わりの際の定番らしいコードを弾き、それを合図に古泉は演奏をやめる。
そして、いつの間にか集まっていた群衆に頭を下げる。
長門もフルートを両手で持ち、同じように頭を下げた。
たたえるように、大きな拍手が沸き起こる。
泣いていた人もいた。笑っている人もいた。
そんな人達もまた、泣きながら、笑いながら、拍手をしていた。
そんな群衆に交じって、俺は、足を鳴らしていた(管弦楽流の拍手)…否、足踏みを、していた。 -
揺れる道
続いて、ベース・ギター・ドラムが礼をする。
演奏者全員に惜しみない、大きな拍手が鳴り響く。
長門は照れたように眼鏡の縁をつまみ、古泉は極上のスマイルを放出する。
拍手は、道を揺らす。
- こうして俺は帰路につく。
暗い歩道、闇と、夜灯が照らす、路面。その路面を見て、考えて、考える。
何故、俺は飛び入らなかったのだろうか。やろうと思えば可能だったはずじゃないか。
古泉の次にトランペットを構えていれば。
その後に続いていたはずのコードを思い浮かべる。頭のなかで音が鳴り響く。
そのコードは『茶色の小瓶』のときのように俺を拒絶するのではなく、俺に合わせ受け入れてくれていた。
もしくは、割り込んでやれば。
古泉とは毎朝アニソンをデュエットしてた。やろうと思えば簡単にできたはずだ。
超能力のように通じ合った、古泉とのデュエットを思い浮かべる。たとえ失敗しても、俺たちは笑い合えた。
何でだ。何故できなかったんだ。
後悔と悔しさの涙で、道が揺れる。
朝倉のせいで嫌いになった。そして、ハルヒと古泉で好きになった。
そしてあの長門を見てまた嫌いになり、さらにいまの俺は音楽を放棄したことを後悔している。
俺は、揺れている。俺は、答えが欲しい。
揺れる道を見つつ、ぼそっとつぶやく。
「俺は音楽が好きなのか、嫌いなのか?」
すると、後ろから返事が聞こえた。
「どちらでも、いい」
眼鏡を押さえ、こちらを見すえる。その声は、長門だった。
それは俺が見る初めての、長門の強く、強い視線だった。
道はこちらではないはずなのに。
第三章 〆