「・・・今から?」
「そうだ。今じゃないとだめなんだ。」
「・・・わかったわ。連れってよ」
「親に連絡とか大丈夫か?」
「そんなの平気よ。うちの親はそういうの気にしないから」
「そうか。わがままですまんな」
「そんなの謝らなくていいわよ・・・」
「・・・うん」
ハルヒと俺は俺の服の袖とか腕じゃなく、手をつないだままだ。
そのせいか、ちょっとだけ気まずい。だが不思議と不安はない。
無言のまま公園を目指す。
「ハルヒ、着いたぞ」
「公園じゃない」
「そうだ」
「どうしてこんなところに?」
「・・・」
緊張してきた。なにせ言葉を考えていないし、どのタイミングで言ったらいいか分からない。
「・・・何か飲むか?」
「えっ?・・・そうね、ココアでも買ってきてよ」
「分かった。待っててくれ」
俺は押しつぶされそうな空気から逃げてしまった。どうしてこうなんだろうな、俺。
心臓が高鳴っている。顔が熱い。今すぐにでも逃げだしたいくらいだ。
ハルヒの顔が頭に浮かぶ。
ハルヒの笑った顔、怒った顔、ふてくされた顔、泣き顔・・・
その顔のどれもが俺の記憶に新しく、綺麗に焼き付いている。
『曜日で髪型変えるのは、宇宙人対策か?』
こんな俺の一言から始まった非日常的な日常。
俺がヘンテコな美少女に声をかけたのは、興味本位とかではなく、
日常的な日常に飽き飽きしていたからかもしれない。
あの時俺が話しかけなかったと思うと、考えただけで怖いさ。
まったくの異世界に飛んだり、過去で不法侵入罪を犯したりと、ありえないようなことから、
合宿したり、パーティーやったりと、そこらへんに転がっていそうなことまで、全てが楽しかった。
俺は少しの間思い出に浸り、ブラックの缶コーヒーとココアを買ってハルヒの元に行く。
今度こそハルヒに想いを伝える。
「ほらよ」
「ん、ありがと。暖まるわ」
「・・・ハルヒ、ちょっと真剣な話だが、いいか?」
「・・・なによ」
「・・・思えば、お前と出会っていろんなことがあった。お前と初めて会話が成り立ったのは、曜日によって髪型を変えていたときにことだった。覚えているか?」
「・・・忘れてるわけないじゃないの」
「そうか」
「ハルヒは俺のことを引き連れ、SOS団を作った。先輩に文芸部員、特進クラスの転校生を拉致ったりもした。
みんなで不思議探したり、野球大会に出たり、合宿行ったり、夏休み団員全員で遊んだりといろんなこともした。ハルヒは楽しかったか?」
「・・・当たり前じゃない」
「俺も楽しかった。もちろん今のSOS団も色あせずとても楽しいさ。でも、その楽しいことはいつもハルヒのお陰だった」
「やっと分かったの?遅いわね」
「そういう毎日の中で、俺はハルヒに元気をもらっていた。ハルヒが居なかったら、俺はごく一般的な男子高校生をするしかなかった。そう考えて分かったんだ。ハルヒは俺の中でとても大きな存在なんだ」
「・・・」
「ハルヒは、いつしか俺にも話しかけてくれて、笑ってくれて、泣いてくれて、怒ってくれて・・・」
「まだいっぱい話したいんだけど、あんまり長くてもお前に申し訳ない・・・」
「・・・ハルヒ、俺はハルヒが好きだ」
ハルヒは黙ったままだ。
「楽しい日々を過ごす内に、ハルヒは俺にとって、元気をくれる存在から、守りたい存在になったんだ」
「俺の気持ちよかったら受け取ってほしいんだ・・・」
ハルヒは沈黙を保ったままだ。
ハルヒはさっきまでは俺の方を見て話を聞いてくれていたが、今は下を向いている。
「遅いわよ・・・バカキョン」
「・・・えっ?」
「・・・だから、遅いって言ってるのよ!」
「どういうことだ?」
「だから!・・・あたしもあんたが好き!キョンが好きなのよ!」
ハルヒ、泣いているのか?
「ハルヒ・・・」
ハルヒは無言で俺に抱きつき、背中に手をまわしてくる。
さっきまでは泣いてるのかどうかわからないような静かな泣き方だったが、今は大声とは言わないものの、声を出し泣いている。
「・・・うぐっ・・・遅いわよ・・・本当に・・・」
俺の想いをハルヒが受け取ってくれたうれしさと、俺のヘタレな性格のせいで待たせてしまった後悔が入り混じり、それは俺の目から溢れる。
「ハルヒ・・・ごめんな・・・」
俺とハルヒは無言でベンチに座る。
いつもならある距離が、今はない。
ハルヒは俺の肩に頭を乗せる。
何分ぐらいそうしていただろうか。
ハルヒは態度は大きかったけど、体はこんなに小さい。やっぱりハルヒは女の子なんだ。
「ハルヒ、渡したいものがあるから、ちょっといいか?」
無言で頭を起こすハルヒ。
俺はバッグの紙袋の中からペンダントを取り出す。
「・・・開けていい?」
ハルヒは俺を見る。目がまっ赤だ。
「あぁ」
ハルヒはガサツな性格だし、ビリビリに包装を破くかと思ったが、そんなことはなく丁寧に一つずつ順序を踏み開けていく。
「・・・すごい」
ハルヒはそういってペンダントを手に取る。
「着けてもらってもいいか?」
「・・・もちろんよ」
「似合ってる?」
「当たり前だ。似合ってるぞ、ハルヒ」
「そのペンダント、裏のとこ、よかったら見てくれ」
「いろいろ考えたんだが、これしか適当なのが思いつかなかったんだ」
プッ
「わ、笑うな!」
「だって!なによ『I love you』って!中学生でも思いつきそうだわ」
「俺の発想力と英語力はこれが限界だ」
とは言ったものの、それが理由になっているのだろうか。
俺の頭の中では実は、あの終わらない夏休みに行った天体観測の時に古泉に言われた言葉が印象的だったからだ。
『耳元で「I love you」と囁くんです』
もちろんそんなことが俺に出来る訳もないから、こういう形にしたわけだ。
「もう、もうちょっと気がきいたこと思いつけないのかしら。・・・でもうれしいわ。ありがとキョン」
「それとだ、そのペンダント、開くようになっているんだ」
「え?」
「・・・あんた、さっきプリクラに誘ったのはこれのこと?」
「バレたか」
「あんたもクサいわねぇ」
「うるせぇ」
そういいながらも俺とハルヒは2枚目に撮ったデコレーションしていないプリクラを選び、ペンダントの中に入れ、また身につける。
「クサいけど、こういうのも好きよ、あたし」
「そうかい、よかった」
「じゃあ今度はあたしからね」
「え?」
そう言ってハルヒが取りだしたのは、恐らく手編みであろう、薄い黄色のマフラーだった。
「はい、これ。あんたも着けなさい」
それは、今ハルヒがつけているマフラーと同じ色だった。
「なんだ?この『H』って」
オレンジの字で『H』と刺繍がある。
「なにって、『あたし』に決まっているじゃない!」
「あたしのマフラーには・・・」
ハルヒはマフラーをとり、自分のマフラーの刺繍を見せる。
「キョンの『K』よ!あんたにこれをあげようか迷ったんだけど、相手の刺繍が入っていた方がなんとなく気持ちが離れない気がしたからそっちのマフラーをあげることにしたわ」
俺はこの時分かった。金曜にハルヒが団活を中止にした理由。
その時は修了式だったから夜まで時間もあったことだ。
多才なハルヒのことだから、一日か二日で仕上げたんだろう。
不覚だったね・・・。俺は思わず泣いちまったよ。
ハルヒの暖かさと優しさが伝わってきた。俺なんかの為に編み物をするハルヒの姿。
こいつはこんなにも俺を想っていてくれたのか・・・。
なのに、俺のヘタレな性格のせいで・・・。
「ごめん、ハルヒ・・・」
「えっ?どうしたのよ?」
「すまん、なんでもないんだ・・・」
俺はハルヒをそっと抱き寄せる。
「ありがとうな・・・ハルヒ・・・」
ハルヒは無言でうなずく。俺はハルヒの小さな頭をそっと撫でる。
ハルヒも泣いてくれた。
不意にハルヒと目が合う。
ハルヒがクスッと笑う。
俺もクスッと笑う。
俺は今ハルヒを家に送っているところだ。
聞けば、ハルヒの家には誰もいないらしい。父と母共働きらしく、どちらも休めないような仕事だとか。
「お前の父さんと母さんは毎年仕事なのか?」
「毎年っていう訳じゃないけど、ひとりのことが多いわね」
「そうか・・・」
こいつなりに寂しい思いをしていたんだろう。
きっとハルヒは、実はとっても弱いんだろう。
俺らの前では強がって見せるけど、とても寂しがり屋なんだ。
そのぶん、去年のSOS団クリスマスパーティーの時のハルヒはとっても楽しそうにしていたのを今でも覚えている。
俺は早く気持ちを伝えなかったことをますます後悔する。
「ごめんな、遅くなって」
「いいのよキョン、今はこうしてるし」
ハルヒは俺の腕に寄りかかり夜道を二人で歩いている。
程良い重みが俺を安心させる。
もうすぐハルヒの家だ。ハルヒの家には今年の夏に初めて行った。
あいつのことだからキテレツな形をしたハリボテでも貼った家かと思ったが、俺の家より少し大きいくらいの、いたって普通な、どこにでもあるような家だった。
「送ってくれてありがとう。キョン」
「おう」
わかっているさ。俺だって、今この場ですべきことくらい。
「キョン・・・」
「・・・ああ」
あの時と同じく、俺は目をつぶった。
俺とハルヒは唇を重ねる。
ハルヒにとっては俺とのファーストキスだが、俺にとってはハルヒと二度目のキスとなる。
ハルヒの吐息が暖かく、それは俺らをとても安心させてくれるものだった。
ハルヒがどんな顔をしているのかみたくなったが、笑ってしまいそうだったので、俺は目を瞑ったままだった。
実際にはほんの数秒だったのだろうが、俺にはそれは永遠のように長いものに感じた・・・
「じゃあね!キョン。明日遅れるんじゃないわよ!後でメールしておくから!」
「わかった。おやすみ、ハルヒ」
「おやすみ!キョン!」
ハルヒは家の中に入るかと思ったが、しばらく俺を見送っていたようだ。
なんとなく背中にハルヒの視線を感じたからだ。なぜだろうか。分かってしまうから仕方がないか。
─────────────────
メール0001
From 涼宮ハルヒ
To ****@docomo.ne.jp
Sub 明日は☺
─────────────────
9時集合!
絶対に遅れるんじゃない
わよ!
遅れたら死刑だからね!
─────────────────
風呂からあがるとハルヒからのメールが届いていた。
こいつは絵文字を使いなれていないようだな。件名のところに意味もなくポツンと置く意味が分からない。
でもなんとなく嬉しかったさ。
俺はこのままの気分で眠りにつくことにした。
ピピピピピ
携帯が鳴る。何時だと思ってるんだと時計を見ると、なんともう9時を過ぎている。
これはやってしまった。ハルヒの力が消えたかどうかはまだ知らないが、
もしまだあるのだとしたら古泉にバイトが増えることだろう。すまないな、古泉。
『今何時だと思っているのよバカキョン!!』
「すまない!この通りだ!」
『絶対に頭下げてないでしょ!』
バレた。監視カメラでも付いているんじゃないだろうか。
「すまん!すぐに身支度して行く!」
「早く来なさい、このアホンダラ!」
ハルヒの怒号と共に電話が切れる。本当に自分が嫌になる。
ハルヒの口調は昨日のことを夢だったと思わせるくらい強烈だった。
本当に夢だったらフロイト先生も満点大笑いだったろうが、そんな俺の考えはすぐに消えた。
携帯を折り畳み見ると、サブディスプレイのすぐ下に見慣れないものがある。
『SOS団団長と団員その1!』
Fin.
「そうだ。今じゃないとだめなんだ。」
「・・・わかったわ。連れってよ」
「親に連絡とか大丈夫か?」
「そんなの平気よ。うちの親はそういうの気にしないから」
「そうか。わがままですまんな」
「そんなの謝らなくていいわよ・・・」
「・・・うん」
ハルヒと俺は俺の服の袖とか腕じゃなく、手をつないだままだ。
そのせいか、ちょっとだけ気まずい。だが不思議と不安はない。
無言のまま公園を目指す。
「ハルヒ、着いたぞ」
「公園じゃない」
「そうだ」
「どうしてこんなところに?」
「・・・」
緊張してきた。なにせ言葉を考えていないし、どのタイミングで言ったらいいか分からない。
「・・・何か飲むか?」
「えっ?・・・そうね、ココアでも買ってきてよ」
「分かった。待っててくれ」
俺は押しつぶされそうな空気から逃げてしまった。どうしてこうなんだろうな、俺。
心臓が高鳴っている。顔が熱い。今すぐにでも逃げだしたいくらいだ。
ハルヒの顔が頭に浮かぶ。
ハルヒの笑った顔、怒った顔、ふてくされた顔、泣き顔・・・
その顔のどれもが俺の記憶に新しく、綺麗に焼き付いている。
『曜日で髪型変えるのは、宇宙人対策か?』
こんな俺の一言から始まった非日常的な日常。
俺がヘンテコな美少女に声をかけたのは、興味本位とかではなく、
日常的な日常に飽き飽きしていたからかもしれない。
あの時俺が話しかけなかったと思うと、考えただけで怖いさ。
まったくの異世界に飛んだり、過去で不法侵入罪を犯したりと、ありえないようなことから、
合宿したり、パーティーやったりと、そこらへんに転がっていそうなことまで、全てが楽しかった。
俺は少しの間思い出に浸り、ブラックの缶コーヒーとココアを買ってハルヒの元に行く。
今度こそハルヒに想いを伝える。
「ほらよ」
「ん、ありがと。暖まるわ」
「・・・ハルヒ、ちょっと真剣な話だが、いいか?」
「・・・なによ」
「・・・思えば、お前と出会っていろんなことがあった。お前と初めて会話が成り立ったのは、曜日によって髪型を変えていたときにことだった。覚えているか?」
「・・・忘れてるわけないじゃないの」
「そうか」
「ハルヒは俺のことを引き連れ、SOS団を作った。先輩に文芸部員、特進クラスの転校生を拉致ったりもした。
みんなで不思議探したり、野球大会に出たり、合宿行ったり、夏休み団員全員で遊んだりといろんなこともした。ハルヒは楽しかったか?」
「・・・当たり前じゃない」
「俺も楽しかった。もちろん今のSOS団も色あせずとても楽しいさ。でも、その楽しいことはいつもハルヒのお陰だった」
「やっと分かったの?遅いわね」
「そういう毎日の中で、俺はハルヒに元気をもらっていた。ハルヒが居なかったら、俺はごく一般的な男子高校生をするしかなかった。そう考えて分かったんだ。ハルヒは俺の中でとても大きな存在なんだ」
「・・・」
「ハルヒは、いつしか俺にも話しかけてくれて、笑ってくれて、泣いてくれて、怒ってくれて・・・」
「まだいっぱい話したいんだけど、あんまり長くてもお前に申し訳ない・・・」
「・・・ハルヒ、俺はハルヒが好きだ」
ハルヒは黙ったままだ。
「楽しい日々を過ごす内に、ハルヒは俺にとって、元気をくれる存在から、守りたい存在になったんだ」
「俺の気持ちよかったら受け取ってほしいんだ・・・」
ハルヒは沈黙を保ったままだ。
ハルヒはさっきまでは俺の方を見て話を聞いてくれていたが、今は下を向いている。
「遅いわよ・・・バカキョン」
「・・・えっ?」
「・・・だから、遅いって言ってるのよ!」
「どういうことだ?」
「だから!・・・あたしもあんたが好き!キョンが好きなのよ!」
ハルヒ、泣いているのか?
「ハルヒ・・・」
ハルヒは無言で俺に抱きつき、背中に手をまわしてくる。
さっきまでは泣いてるのかどうかわからないような静かな泣き方だったが、今は大声とは言わないものの、声を出し泣いている。
「・・・うぐっ・・・遅いわよ・・・本当に・・・」
俺の想いをハルヒが受け取ってくれたうれしさと、俺のヘタレな性格のせいで待たせてしまった後悔が入り混じり、それは俺の目から溢れる。
「ハルヒ・・・ごめんな・・・」
俺とハルヒは無言でベンチに座る。
いつもならある距離が、今はない。
ハルヒは俺の肩に頭を乗せる。
何分ぐらいそうしていただろうか。
ハルヒは態度は大きかったけど、体はこんなに小さい。やっぱりハルヒは女の子なんだ。
「ハルヒ、渡したいものがあるから、ちょっといいか?」
無言で頭を起こすハルヒ。
俺はバッグの紙袋の中からペンダントを取り出す。
「・・・開けていい?」
ハルヒは俺を見る。目がまっ赤だ。
「あぁ」
ハルヒはガサツな性格だし、ビリビリに包装を破くかと思ったが、そんなことはなく丁寧に一つずつ順序を踏み開けていく。
「・・・すごい」
ハルヒはそういってペンダントを手に取る。
「着けてもらってもいいか?」
「・・・もちろんよ」
「似合ってる?」
「当たり前だ。似合ってるぞ、ハルヒ」
「そのペンダント、裏のとこ、よかったら見てくれ」
「いろいろ考えたんだが、これしか適当なのが思いつかなかったんだ」
プッ
「わ、笑うな!」
「だって!なによ『I love you』って!中学生でも思いつきそうだわ」
「俺の発想力と英語力はこれが限界だ」
とは言ったものの、それが理由になっているのだろうか。
俺の頭の中では実は、あの終わらない夏休みに行った天体観測の時に古泉に言われた言葉が印象的だったからだ。
『耳元で「I love you」と囁くんです』
もちろんそんなことが俺に出来る訳もないから、こういう形にしたわけだ。
「もう、もうちょっと気がきいたこと思いつけないのかしら。・・・でもうれしいわ。ありがとキョン」
「それとだ、そのペンダント、開くようになっているんだ」
「え?」
「・・・あんた、さっきプリクラに誘ったのはこれのこと?」
「バレたか」
「あんたもクサいわねぇ」
「うるせぇ」
そういいながらも俺とハルヒは2枚目に撮ったデコレーションしていないプリクラを選び、ペンダントの中に入れ、また身につける。
「クサいけど、こういうのも好きよ、あたし」
「そうかい、よかった」
「じゃあ今度はあたしからね」
「え?」
そう言ってハルヒが取りだしたのは、恐らく手編みであろう、薄い黄色のマフラーだった。
「はい、これ。あんたも着けなさい」
それは、今ハルヒがつけているマフラーと同じ色だった。
「なんだ?この『H』って」
オレンジの字で『H』と刺繍がある。
「なにって、『あたし』に決まっているじゃない!」
「あたしのマフラーには・・・」
ハルヒはマフラーをとり、自分のマフラーの刺繍を見せる。
「キョンの『K』よ!あんたにこれをあげようか迷ったんだけど、相手の刺繍が入っていた方がなんとなく気持ちが離れない気がしたからそっちのマフラーをあげることにしたわ」
俺はこの時分かった。金曜にハルヒが団活を中止にした理由。
その時は修了式だったから夜まで時間もあったことだ。
多才なハルヒのことだから、一日か二日で仕上げたんだろう。
不覚だったね・・・。俺は思わず泣いちまったよ。
ハルヒの暖かさと優しさが伝わってきた。俺なんかの為に編み物をするハルヒの姿。
こいつはこんなにも俺を想っていてくれたのか・・・。
なのに、俺のヘタレな性格のせいで・・・。
「ごめん、ハルヒ・・・」
「えっ?どうしたのよ?」
「すまん、なんでもないんだ・・・」
俺はハルヒをそっと抱き寄せる。
「ありがとうな・・・ハルヒ・・・」
ハルヒは無言でうなずく。俺はハルヒの小さな頭をそっと撫でる。
ハルヒも泣いてくれた。
不意にハルヒと目が合う。
ハルヒがクスッと笑う。
俺もクスッと笑う。
俺は今ハルヒを家に送っているところだ。
聞けば、ハルヒの家には誰もいないらしい。父と母共働きらしく、どちらも休めないような仕事だとか。
「お前の父さんと母さんは毎年仕事なのか?」
「毎年っていう訳じゃないけど、ひとりのことが多いわね」
「そうか・・・」
こいつなりに寂しい思いをしていたんだろう。
きっとハルヒは、実はとっても弱いんだろう。
俺らの前では強がって見せるけど、とても寂しがり屋なんだ。
そのぶん、去年のSOS団クリスマスパーティーの時のハルヒはとっても楽しそうにしていたのを今でも覚えている。
俺は早く気持ちを伝えなかったことをますます後悔する。
「ごめんな、遅くなって」
「いいのよキョン、今はこうしてるし」
ハルヒは俺の腕に寄りかかり夜道を二人で歩いている。
程良い重みが俺を安心させる。
もうすぐハルヒの家だ。ハルヒの家には今年の夏に初めて行った。
あいつのことだからキテレツな形をしたハリボテでも貼った家かと思ったが、俺の家より少し大きいくらいの、いたって普通な、どこにでもあるような家だった。
「送ってくれてありがとう。キョン」
「おう」
わかっているさ。俺だって、今この場ですべきことくらい。
「キョン・・・」
「・・・ああ」
あの時と同じく、俺は目をつぶった。
俺とハルヒは唇を重ねる。
ハルヒにとっては俺とのファーストキスだが、俺にとってはハルヒと二度目のキスとなる。
ハルヒの吐息が暖かく、それは俺らをとても安心させてくれるものだった。
ハルヒがどんな顔をしているのかみたくなったが、笑ってしまいそうだったので、俺は目を瞑ったままだった。
実際にはほんの数秒だったのだろうが、俺にはそれは永遠のように長いものに感じた・・・
「じゃあね!キョン。明日遅れるんじゃないわよ!後でメールしておくから!」
「わかった。おやすみ、ハルヒ」
「おやすみ!キョン!」
ハルヒは家の中に入るかと思ったが、しばらく俺を見送っていたようだ。
なんとなく背中にハルヒの視線を感じたからだ。なぜだろうか。分かってしまうから仕方がないか。
─────────────────
メール0001
From 涼宮ハルヒ
To ****@docomo.ne.jp
Sub 明日は☺
─────────────────
9時集合!
絶対に遅れるんじゃない
わよ!
遅れたら死刑だからね!
─────────────────
風呂からあがるとハルヒからのメールが届いていた。
こいつは絵文字を使いなれていないようだな。件名のところに意味もなくポツンと置く意味が分からない。
でもなんとなく嬉しかったさ。
俺はこのままの気分で眠りにつくことにした。
ピピピピピ
携帯が鳴る。何時だと思ってるんだと時計を見ると、なんともう9時を過ぎている。
これはやってしまった。ハルヒの力が消えたかどうかはまだ知らないが、
もしまだあるのだとしたら古泉にバイトが増えることだろう。すまないな、古泉。
『今何時だと思っているのよバカキョン!!』
「すまない!この通りだ!」
『絶対に頭下げてないでしょ!』
バレた。監視カメラでも付いているんじゃないだろうか。
「すまん!すぐに身支度して行く!」
「早く来なさい、このアホンダラ!」
ハルヒの怒号と共に電話が切れる。本当に自分が嫌になる。
ハルヒの口調は昨日のことを夢だったと思わせるくらい強烈だった。
本当に夢だったらフロイト先生も満点大笑いだったろうが、そんな俺の考えはすぐに消えた。
携帯を折り畳み見ると、サブディスプレイのすぐ下に見慣れないものがある。
『SOS団団長と団員その1!』
Fin.