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  • 涼宮ハルヒのSS in VIP@Wiki(避難所)
  • 橘京子の憂鬱(前編)

涼宮ハルヒのSS in VIP@Wiki(避難所)

橘京子の憂鬱(前編)

最終更新:2020年03月14日 10:03

haruhi_vip2

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だれでも歓迎! 編集

『助けて…… 助けて……』
『おい、一体どうしたんだ?』
『ああ、よかった。変な人に追われてて……』
『変な人?』
『ええ。そうなの。鎌をもった、全身血だらけの人があたしを……』
『ははは、そんなのいるもんか。第一真っ暗で何もみえやしなしな』
『そんなことはないわ! 現に今、あの血の滴るような音が聞こえてくるじゃない』
 ポチャン。
『ほら、今もあなたの方から……え??』
 チャプン。
『……ね、ねえ……この音……どうして……あなたの方から聞こえてくるの……?』
『ふふふ…………』
『ねえ、どうしてよ。答えてよっ! あなたは一体何者なの!?』
『キミが見たって言う、変な人……それはもしかして……こんなものを振り回していなかったかい?』
 ザンッ!
『い…………』



「いやああああぁぁあぁぁあああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああっ!!!!!!!!」



「うるせーぞ!! さっきから何やってんだお前らぁぁ!!」
「すみません! すみません!」
「びえーっ!! あ、頭から赤いシャンパンがプシューっとしてますぅぅぅ!!!」
「静かにしろって言ってんだろうが!!」
「すみません! すみません! ええい、出るぞこの迷惑女!!」
「シャンパンファイトはF○だけにしてくださいぃ!! ア○ンソ頑張れぇヘゴッ!! グムムムゴフッ!!」
『…………』 


――現状、並びに経緯。お解り頂けただろうか?
 え? 解らない。そりゃそうだよな。
 全て解ってくれれば俺の気も幾分かは休まるってモンだが、鉤括弧で括られた第三者的口語調では現状はともかく経緯まではおよそ理解し得ないだろう。
 だからここからは地の文章で説明することにする。俺の主観はふんだんに盛り込まれているがその辺は何となくで良いから察して欲しい。察しが悪いのは今ここで絶叫を上げているヘタレツインテールだけにしてほしい。
 ――って、早速主観入ってるし!
 ……コホン。そんなノリツッコミはさておき、それでは現状と経緯の説明を行おう。
 ええと、確かあれは、長門と九曜、二人の宇宙人クライアントによる衝撃の発言の後、俺達二人が慌てて喫茶店を出て暫くたった時の事だったっけ……

 ………
 ……
 …

 あれから数十分後。
 市内でもそこそこ栄えている繁華街。その一角にある、市内でも唯一の映画館。
 俺達は今、その場所に立っていた。
『デートと言えばやっぱり映画ですよね! あたしどうしても観たい映画があるんです。見に行きませんか?』
 先ほどまで見せていた涙はいつの間にか乾き果て、いつものようにノー天気スマイルを見せた橘は今が満開の桜のように顔を綻ばせた。
『そうかい。ならそうするか』
 俺は二つ返事で了承した。正確に言うならば、橘相手どこに行くとか考える気力がなかっただけなんだが。
 しかし、デートのプランを考えることなくアイツが勝手にやってくれるならそれはそれでありがたい。今回は気楽に出来る……。
『早く来て下さーい! 始まっちゃいますよ! ほらっ!』
 こらっ、引っ張るな!
 とまあ、こんな感じで彼女の選んだタイトルを見るまもなく常闇のシアターの中へと身を乗り出すことになる。

 昭和の時代に建てられたと思われるその建物は程よく老朽化し、それが原因がどうかはわからないが結構閑散としていた。
 全く客がいないわけではないが、一列の席に一人から二人、それが三サイクル毎にパターン化されている。
 こんなんで映画館サイドは利益を確保できるのだろうか? いやいや本日は平日、しかも午前中という条件の下ならばこの客の数もありえるだろう。夕方や休日はもっと混むだろし、ならばこの時間にこれてラッキーじゃねえか。
 と、どうでも言いことを相方の性格よろしく超ポジティブシンキングで妄想し、しかしふと我に返ったところで空しくなった。
 そんな疎らな席の中を適当に座し、思いっきりリクライニングさせて座り……そういえばチケットを買った後から橘の姿が見えないが、どこいったんだ?
『お待たせしました』
 と思ったら、遅れてやってきた。特大ポップコーンを両手にしながら。彼女はそのうち一つを俺に渡し、『これあげますから大人しく見てくださいね』と言った。
 それはこっちのセリフだ。お前こそ大人しく見てろ。間違ってもポップコーンの咀嚼音を会場に響かせるんじゃないぞ。
『大丈夫なのです。映画が始まる前に食べちゃいますから』
 本気か? 結構な量あるぞ、これ。
『冗談に決まってるじゃないですか』
 ポイッと一掴み。口の中に放り込んだ。
『むほほほ……はたーのはほひがほてもしょくほくをほほりまふう!』
 ……ま、どうでもいいけど。
『少なくとも俺は大人しくはしてるつもりだ。というか寝る』
『えー。何でですか!?』
 いや、何でって。
『昨日夜更かしして寝不足なんだよ』
 しかし橘の顔色は喉を詰らせたように真っ赤になった。
『映画館に来て寝る人がどこにいますか! 映画を見るために来るんでしょうが! それ以外の行動は許しません!』
 そう思うならポップコーン頬張るのも止めろ。
『ポップコーンは映画館に必要不可欠なものですから却下します!』
『そうかい、わかったよ』
 相変わらず理不尽な理論に若干モヤモヤするものを感じながらも、俺は大人しく引き下がることにした。ここで言い争ったら他の客に迷惑だし、何より何の実りもないやり取りに興じるつもりは無かったからな。
 うん、俺も大人になったものだ。
『……あの』
 しかし、何故か橘は不満げな顔で、
『どうして言い返さないんですか? いつもなら『そんな理不尽なことあるかぁ!』って叫ぶところですのに』
 無駄なやり取りはしないことに決めたんだよ。
『そ、それって、もしかして……あたしなんて要らない子って意味じゃ……』
 なんでそうなるんだ?
『うぁぁぁああ~ん! あたし要らないもの扱いされたぁぁ!! 皆さんのために頑張ってるのに痛いもの扱いされたぁぁぁああ!!』
 ば、バカ! こんなところで泣くな! 注目の的じゃないか!
『わかったから落ち着け! ほら、このポップコーンやるから!』
『本当ですか? やったぁ!』
 涙をピタッと停め、反転笑顔を作り出した。
 もしかして俺、騙されたのか……?

 はた迷惑と言えばはた迷惑、いつも通りといえばいつも通りの彼女の言動にやきもきしながら俺もポップコーンを一掴み。程なく上映開始を知らせるブザーが鳴り、さらに程なくしてスクリーンの幕が開いた。
 ふと、隣の橘の姿を見る。ボリボリ音を立てながら映画を見るこいつの姿を予想していたのだが、意外や意外、映画が始まった途端、彼女はポップコーンを掴む回数は大幅に減少した。
 とは言え、『ボリボリ』が『コリ…………コリ…………』に変化した程度ではあるが。
 ともかく、俺の予想を通り越して真剣にスクリーンに視線を送っていたのは事実だ。どうやら『映画館では映画をみるもの』という彼女のスタンスはそれなりにホンモノのようだ。
 ふう、どうやら問題なく事を運べそうだ。橘が真剣に映画の内容を見守っている中、俺は昨日の睡眠不足を解消すべく瞳を閉じ、そのまま眠りにつこうとしたのだが……。
 現実はそう甘くなかった。
 俺はすっかり失念していたが、彼女が選んだ映画がその後の悲劇を演出することになった。
 彼女が選んだ映画――それはグロイことこの上ない、凄惨なスプラッタ映像がテンコモリのホラー映画。
 詳細を見てなかったのでよく分からないが、18歳未満及び精神薄弱者は閲覧禁止処分を受けそうなほどの逸品(?)である。
 彼女がその映画を見ようと思った意図は知る由もないし、見たいと言うのなら止める気もしない。事実ミヨキチあたりなら好きな俳優が出ていると言うだけでこの凄惨な場面に対しても唇を噛んでじっと見守っていたに違いない。
 しかし残念なことに、今ここにいる女性は分別を弁えた女子中学生ではなく、『ふんべつってなんですか? 風○堂の新しいスイーツですか?』と本気で発言しそうなイタいツインテールである。
 ここまで説明すれば、あとはもうお分かりだろう。
 叫びたくなる雰囲気は往々にして分かるものの、度が過ぎた金切り声を上げテンパった挙句、ポップコーンを喉に詰らせた彼女――橘京子を、周辺の皆様に叱責を受けながら何とか引っ張り出してきたのだ。
 もう、なんて言うか……。
「……やれやれ」

 …
 ……
 ………

 映画館から出た(正確には逃走した)後、高ぶった橘の感情を鎮めるのが先と悟った俺は、近くのファーストフードに入ることに決めた。
 昼飯にはまだ早い時間ということもあり、空席はそこそこ見受けられた。が、空いている訳でもない。間違った意味でハイテンションなこいつを人様に近づけないようにするスペースは自ずと限られてくる。
 首尾よく入り口から一番遠いであろう角席を確保し、一人分のホットミルクを手配したところでようやく橘が口を開いた。
「ううう…………怖かったですぅ……」
 未だぐずっている彼女。先ほどは暗くてよく分からなかったが、よく見ると彼女の目元が紅く腫れ、頬の辺りに涙の痕が見られた。よっぽど怖かったのだろう。
「ほら、これでも飲んで落ち着け」
 持ってきたホットミルクを間髪いれず口をつけた。んく、んく、と喉の鳴る音がテンポよく刻まれる。
「ふう……少し落ち着きました。ありがとうございます」
 それは何よりだ。だが、あんなところで大声で叫ぶんじゃないぞ、これからは。解ったな。
「ごめんなさい。あたし、ホラー映画って苦手で……つい我を忘れてしまって……」
 はあ?
「何で苦手な映画をわざわざ見に来たんだよ?」
 橘は、答えなかった。
「他にも上映してるのいっぱいあるだろ。恋愛モノとか、感動モノとか。アニメだってまんざらでもないぜ」
「…………」
「身分相応って程じゃないが、ともかく自分にあったものを見るのが一番だ。解ったか?」
 俺が一通りの弁を吐き出した後、彼女は消えかかった灯火のようにポツリと呟いた。
「……どうしても見たかったんです」
 デジャビュではないが、こんな経験は過去にあった気がする。
「好きな俳優でも出ているのか?」
「いいえ。違います」
 しかし、橘は俺のデジャビュとは裏腹の答えを出した。
「甘えたかったの」
 …………。
「は?」
「だから、甘えたかったんです」
 イマイチ言っている意味が分からない。
「怖い映画を見て、怖がるあたしの頭をナデナデしてほしかったんです。一度でもいいから、あたしの頭をナデナデしてほしかったんです」
 ええと、まさかそれだけのために見たくも無いホラー映画をみてたんかお前は?
「だって、キョンくんってばあたしの頭を叩くことしかやってないじゃないですか。そりゃああたしがバカをして叩きたくなる気持ちは正直自覚しています。でも最後に一回くらいはナデナデして欲しいのです」
 橘にしては珍しく、顔を伏せて上目遣いの視線を送り、
「空気読んでないとか、人の邪魔ばかりするとか、散々言われているのは解ってます。でも、あたしはあたしなりに一生懸命やったつもりです。結果としてキョンくんたちに迷惑をかけた事はお詫びします。でも……せめて……最後は……うっ……」
「…………」
 悲壮な言い回しに、思わず沈黙。気のせいだろうか、あれだけざわついてた周囲も何故か沈静化したようにも感じる。
 ――なるほど、そういうことか。
 彼女の言い分は、殆ど正解である。俺は橘の頭を見るとどついてばかりで一度も撫でたことはなかった。
 もちろん撫でるようなシチュエーションにならなかった事も然りなのだが、ならば撫でたくなるようなシチュエーションに持っていきたかったというのが、彼女の考え方だったのだろう。
 怖い映画を見てぐずっている姿を見れば、俺がかわいそうに思えて頭を撫でてくれると。そう思ったのだろう。
 全く、不器用な奴だ。そんな事をしなくても俺の役に立つ事さえすればいくらでも撫でてやる……とまでは行かないが、少なくとも好感度はアップするってのに。本末転倒な奴だ。
 しかし……彼女の行動に対し、嘲け笑う筋合いは俺には無い。
 当然だ。異性と付き合ったことの無い俺にとって、異性がどんな感情で俺に接しているなんて、正直そこまで真剣に考えたことがないからだ。
 確かにハルヒや佐々木からのアプローチもあるし、それなりに男性としての立場を考えることはあったが、どちらかと言うと相手を喜ばすというよりはどうやって事を荒立たせずに平穏に過ごすか、そんなことしか考えてこなかった。
 よく言えば一途でひたむき。悪く言えば空回り。その時その時の判断ミスがコイツの。地位をワンランクもツーランクも下げているのだ。
 やれやれ。今日は一段とこの言葉を良く使うぜ。
 等と溜息をつきながら、対面に座る橘の頭にポンっと手を置き、そして軽く撫でてやった。なに、大学にも合格したし、あの忌まわしい受験勉強からも解放されたから寛容になってるんだ。
「あ……」
 橘と言えば居眠りしたのがばれた挙句黒板の問題を解くように指示された生徒のようにポカンと口を開け、そして固まっていた。俺はと言えばそんな橘京子の表情を楽しむかのように、指に髪を絡めながらくしゃくしゃと頭を撫でていた。
 湧き上がるシャンプーの香りが俺の鼻腔を擽る。こうやって見るとこいつも女の子であることがよく分かる。
「……よし、これでいいか?」
 俺の問いに、固まっていた橘は
「あはは……嬉しいです」
 ようやくはにかんだ笑顔を見せてくれた。
「ったく……そうやって笑ってれば普通に……」
 かわ、と言いかけたところで我に返り、お口のチャックを堅く閉じた。
「へ? 何か言いましたか?」
 何も言ってない。
「いいえ。何か言いましたね?」
 何も言ってない!
「ふふふ……さてはあたしの可愛さに照れましたね!」
「絶対違う!」
「そうやって否定するところがとても怪しいですねぇ~。いいんですよ。可愛いものを可愛いというのは当然の理ですし、キョンくんの言われるなら本望です」
「だから全然お前に興味があるなんて思ってませんから!」
「ふーん。そう言う態度を取るんだ……へえ……」
 見るからに俺を舐めきった視線を送る橘。そして
「分かりました。今日のデートであたしキョンくんを虜にして見せます!」
 ほほう、面白い冗談だ。「出来なかったらどうするんだ?」
 俺のツッコミに、橘は待ってましたかと言わんばかりに口を吊り上げた。
「あたしの操を捧げます!」
ブピ。
「あーっ! きったなーい! お水吐き出さないでよっ!」
「お前が変なこと言うガハッ! ゴホゴホッ! グヘッ!」
 反射的にツッコミ返した俺に待っていたのは、気管に喉をを詰らせるという窒息行為だった。ほら、橘がよくやるアレだ。
 ……しかし、本気で苦しいのな、これ。必死になれば必死になるほど絶望感が漂ってくる。
「大丈夫ですか?」
 大丈夫なわけないやい。
「うーん、坊やには刺激が強かったかしら?」
 …………いい。もう突っ込まない。
「でもこんな時のために、じゃじゃーん。三種の神器、ニューバージョンで!」
「ニュー……バージョン……?」
「はいっ! 従来比半分の薄さ、0.01ミリ天然ラテックス○○○○○、イ○ローも御用達のユ○ケル○ター。そして新アイテム、口では説明できないお薬を配合した、スーパーハイテンションローションですっ……って、説明途中で寝ないでください」
「…………」
 聞いた俺がバカだった。
「言っておきますけど、冗談ですよ、冗談。佐々木さんより先にキョンくんの○おろしとかしたらあたし消されちゃいますから。ああ、でもその後なら料金次第で応じますけど……って、聞いてますか?」
 もちろん、聞いているわけがない。さっきの話が冗談とか、料金次第で○○とか、そんなことはどうでもいい。
『せっかく俺が見直してやってたのに、その空気すら読まずこいつは……こう言うところが嫌いなんだよ、俺は』
 頭を突っ伏したまま、コイツの行く末を全く案じずそんな事を思っていた。
「ま、そう言うことですので、次からはキョンくんがリードしてくださいね。あたしの思い出となるような、素晴らしいデートにして下さいね♪」
 そんな俺の気を知ってか知らずか、やたらとノリノリに話すツインテール。
 俺はと言えば先ほどよりも深く溜息を残し、そして三度あのセリフを使うこととになる。
「やれやれ」



 ――同時刻、ファーストフード店前の歩行者通路――

「ふふふふ…………楽しそうに会話してるじゃない」
「くくくく…………一体何の会話だろうね」
「それよりもあの子、何でキョンに頭ナデナデしてもらってるのよ? あたしだってまだされたこと無いのにぃ!」
「全く同感だよ。こっちは日々専心してキョンを振り向かそうと頑張っているのにぃ!」
『キイィィィィィイィィィイィィィィ!!!!!』
「……女のヒステリーってのは、いつの時代も変わらないのな……」
「なぁに余裕ぶっこいてるのよ! 元々はあんたのせいでしょ!」
「キミが早く二人を見つければ、あんなシチュエーションは免れたんだよ!!」
「……す、すまん……」
「謝る暇があったら先回りして、あの二人の邪魔をするのよ!」
「出来なかったら罰金!」
「(佐々木も涼宮に性格似てきたな……)」
「何か言った? クソポンくん?」
「いえ、何も……」
「ならさっさと行く!」
「はひっ!」



 さて。
 そんなこんなで、ちっともデートとも思えないような会話が続いた後、本懐を遂げるべく路上へと足取りを向けた。
 時刻はもうすぐ十二時。言われるまでも無くお昼時である。
 お昼時といえば、そう。俺たちは昼食を取るべく店巡りを開始し始めた。
「昼飯ならさっきのファーストフードで食べればいいじゃねーか」とツッコミを入れた諸姉諸兄の皆様。もの凄く正解だ。正直俺だってそうしたかった。安いし、早いし。何より面倒くさかったし。
 しかし、ここでの食事に異を唱えた奴がいる。言うまでも無く橘である。
 曰く、『女の子とのデートなのに、なぁにファーストフードで済ませようとしてるんですか! 少しぐらい見栄張ってでも高級そうでムードたっぷりの、超高級レストランにしてくださぁい!』だとさ。
 それってただお前が人のカネ使って高級料理を喰らい尽くしたいだけじゃないのか?
「ぎくっ!」
 ……まあ、予想はしてたけどな。
「ちょ、ちょっとした冗談ですって!」
 上手いこと言い繕っているように見えるが、目線をあわせないところがとっても橘である。
「わかりましたよ。じゃああの……」
 観念したように、橘は向かいのとおりに停車している一台のマイクロバスを指差した。全身キャンディホワイトでペイントされた、良くも悪くも目立つバスである。
「あれでいいです。あそこの移動クレープ屋さん、取っても美味しいって評判なんです」
 クレープ、か。それならそんなに高くもないだろう。
「わかったよ。ちょっと待ってろ。買ってくる」
「一緒に買いに行きましょうよ」
 やだ。お前と一緒に並んでいると恥ずかしい。
「へへへー、まだ照れてるんですか? あたしたちデートしにきてるんですよ? いいじゃないですか?」
 そうじゃない。色とりどりにトッピングされたクレープを前に、涎をポタポタ垂らしてハアハア言ってる奴とは並びたくないんだよ。
「……うーん、そう言うことなら仕方ないですね」
 否定する気はないらしい。
「それじゃ申し訳ないですけど、あたしの分の注文も宜しく! ちなみにチョコバナナサンデー、バニラアイスダブルトッピングと今月のお勧めストロベリースペシャル、それぞれ二個ずつで!」
「一応聞いておくが、二人分だよな?」
「一人分に決まってるじゃないですか! しっかりしてください!」
 しっかりして欲しいのはお前の精神構造である。
 というか、クレープも立派なファーストフードだと思うのは俺だけだろうか?



 そんなツッコミを返したところで、『橘の耳になんとやら』と言う故事が遥か神話の時代より継承されている以上、譜面どおりに受け取るしかないので敢えて何も言わずキャンディホワイトのマイクロバスへと足先を向けることになる。
 バスの前には既に人だかりが出来ている。人気のクレープ屋と言うのはまんざらウソではないらしく、この様子だと注文までにはあと十分くらいはかかるだろう。
 ところで、もし自分が目当ての飲食店に来た際、自分の予想以上の行列がいたらどうするだろうか?
『並んででも食べたい』と言う人もいるだろうし、『並んでまで食べたいとは思わない』と言う人もいるだろう。
 これらはどちらか一方が正解と言うわけではなく、また間違いと言うわけでもない。その時その時の現場の判断で如何様にもなるものなのだ。
 とどのつまり、斯く言う俺がその選択に迫られているのだ。
 ここでは冷静な自己分析と状況判断が要求される。列の具合。自分の腹の塩梅。そして複数分の注文を依頼。
 これら総合的に判断した結果、大人しく並んで購入するのが吉であると判断を下した俺は、バスから伸びる行列の一番最後尾に足先を向け、その身を預けることにした。
 ここまで、俺の判断は間違っているとは思わなかった。
 しかし、俺にとって予想外の――言い換えれば予想すべきだった案件が俺の精神を蝕むことになろうとは。
 少し、考えていただきたい。
 クレープと言うのは、チョコだとかアイスだとかフルーツとか、甘いものをトッピングしたがる傾向にある。
 因みに本場フランスでは野菜やチーズ、それに肉類などを巻いて食べるのが一般的と言われているが、ここ日本では生地にまで砂糖を練りこんであり、いわゆる『スイーツ』としてのイメージが色濃く反映されている。これは、どういうことか。
 つまり――。
 この列に並んでいる客層のうち、九割超が女性。しかもその半数以上が俺と同学年と思われる風体で、自分の順番を今か今かと待ち構えていたのだ。
 その上疎らに見える男性客はものの見事に異性と肩を並べる、つまりカップルで並んでいるという徹底ぶり。男一人で並ぶと言う猛者は誰一人としていないのだ。
 ただ一人、俺を除いて。
 ここまで言えば、最早お分かりだろう。
 今俺のマインドは、例えるなら、ドラッグストアやデパートで目的の品物をゲットするために通った道が、実は生理用品コーナーや下着コーナーでしたという気まずさによって寡占されているのだ。男なら、この気持ち分かるだろ?
 女性なら……そうだな、レンタルビデオコーナーで間違えてアダルトコーナーに入ってしまった時の気持ちといえば何割かは共感してもらえるだろうか。
 俺のすぐ後ろのカップル、そしてその後ろの女性三人組が俺の方を見て何やら談笑しているように見えるが、今俺の深層心理からすれば
『ねえ、何アイツ。一人でこんなところに来るなんて』
『バッカじゃないの?』
『チョー変態!』
『通報した方が良くない?』
 ――そんな会話をしているような気がしてならない。いや、考えすぎだとは思うが、一度ネガティブな考えが頭の中を支配すると暫く抜けないものだ。もちろん逆も然りなのだが。
 こんなことなら、橘を連れてこればよかった。マジでそう思った。思ったのだが……。
 しかし、つれて来なくて正解だったとまざまざ実感するのだった。


 うら若き女性陣に囲まれると言う傍から見れば羨ましい環境なのだが、男一人でここに並んでいる気まずさの方が勝っていた俺は一分一秒が十倍百倍にも感じ、いよいよ自分が注文する番になった時にはもう日が暮れているんじゃないかと錯覚したね。
 夕日宜しくこのままフェードアウトしたい気持ちは腹八分目どころが十二分目以上にあったのだが、ここで何も注文せず逃げ出したらそれこそ怪しい人が繁華街にいると通報されかねない。
 意を決し、車の奥にある冷蔵庫から材料を取り出している店員さんに声をかける。「すみません」
「ハイハイ、イラッシャイマセー! クレープショップ・ジ☆ン☆パー☆ ニヨウコソアルヨ!」
 何故か中国語っぽいイントネーション(だと思う)で、陽気に語る店員さん。西○署の大○部長刑事に似たサングラスが印象的な……(あれ? まさか……?)。
「ゴチュモンヲドゾー」
「あ、えーと……」
「キョウノススメハプリンデアラモードクレープアルヨ。ツインテールノオンナノコニバカウケアルヨ。オニイサン、オツキソイノオゼウサンイニイカガデスカ?」
「……なんで俺に付き添いがいることを知ってるんだ?」
「あっ! ……グ、グウゼンアルヨ……ソレヨリチュウモンヲ……」
 サングラス姿の店員は、陽気な表情を見せつつも、頬に一筋の汗を垂らしているのを俺は見逃さなかった。
 俺は何も答えず、彼の目をじっと見つめる。一応言っておくが、決して注文を忘れたわけではない。
 注文の変わりに、言うべきことがある。
「イマナラ、チェリーパイフウクレープヲオスケシマショウ」
 あくまでシラを切る店員に対し、俺は判決を言い渡す陪審員のように冷徹に言い放った。
「お前、藤原だろ」
「…………」
 店員さん――藤原は、何も答えなかった。
 カツラにエプロン、それと前述のサングラスで誤魔化しているようだがモロ分かりである。
 これならエロエロウェイトレスの衣装を纏った『朝比奈ミクル』が『朝比奈みくる』と別人ですと主張する方が何千倍も説得力がある。
「……オオ!」
 暫く沈黙していた藤原は、何か思いついたのか、「フジワラサムライスシゲイシャデスネー?」
 ……ほほう、どう足掻いても別人と言い張る気かそうですか。
「ハルヒと佐々木の差し金だな」
「ぎくぅ!!」
 分かりやすいリアクションをする奴ではある。
「ハ、ハルヒナルニホンゴハジメテデース! サ、ササキノハサラサラナラゴリカイイタダケマース!」
 余程テンパっているのか、何を言ってるのか分からない。最早。
「ソンナコトヨリ、ハヤークチュモンシテクダサーイ! ホカノオキャクサンマテマスヨー!?」
「なら他の客の対応をしてくれ。俺は何もいらん」
「な……!」
「じゃあな、藤原に良く似た店員さん」
「こらっ、ちょっと待て……」
 自称『店員』さんの言葉に、俺は振り向きもせずその場を後にした。何か言ってたみたいだが俺の次に並んだ客が矢継ぎ早に注文をけしかけるからその対応でてんでわらわ。
 もちろん、俺には全く関係の無いことだけどな。



「あれ? クレープは?」
 商店街の先、歩行者通路の先に伸びる街灯を背にしていた橘は、俺の姿を見るや開口一番こう語った。
「すまん、売り切れだ」
「えー! ウソでしょー!?」
 もちろんウソなのだが、真実を語る気にはなれない。
「だって、まだあんなに並んでいるじゃないですかぁ!」
「残りはハバネロを練りこんだ生地に生の胡椒を巻いた、『ダブルペッパークレープ』しかないそうだ。それでもよければ買ってくるが?」
「う……それはちょっと……」
「だろ? ここは諦めて、他の店で何か喰おうぜ」
「うーん……しょうがないですね……わかりました。なら……」
「ほら、あっちがいいぞ! あっち!」
「え……? あっ!?」
 俺は橘の意見を無視し、例のクレープ屋からできるだけ離れるため、彼女の手を取ってこの場から逃走した。


「しまったぁぁあ! 見失ったぁぁぁあああ!!!」
「なぁにやってるのよ能無し!!」
「脳にポンジー咲かせて喜んでるんじゃないよこの変態!」
「お、お前らだって見失ってたじゃ……」
「あたし達に文句を言う暇があったら早く二人の後を追うのよっ!」
「ぐずぐずしてたら農薬撒き散らすからね!」
「す、すみません! 今すぐ行きます!」


 追っ手は意外にもしぶとかった。
 暫く走った後に辿り着いた一軒のカフェに入ろうとすればウェイトレス姿の藤原が出迎え、百八十度転回して某フライドチキン屋に向かえばサンダース大佐に扮した藤原がそこに座していた。
 大慌てで逃げ出すと、今度は警察官の衣装を身に纏った藤原が職質を始め、かと思えば街頭アンケートと称してレポーター姿の藤原がマイク片手にインタビューをする始末。
「こんにちはー。日PONテレビの原藤と申します! 昨今の草食系男子と肉食系女子のカップルについてアンケートを行っているんですが……」
「あ、あたし肉食系ってほどガッついていません! どちらかって言うと佐々木さんや涼宮さんの方が肉食系っていうかむしろ骨まで残さず食べ尽くすっていうか!」
 アホかぁぁぁあああぁあぁ!!! ハルヒ達が聞いてたらどうするんだぁ!
「ええっ! 聞いてたんですか!?」
「とにかく逃げるぞっ!!」
「ひゃぁあああ~っ!!」
 そして再び、首根っこ捕まえて逃走を開始。
 少しは休ませてくれよ……。



 ――と、ここまでは順調な……と言うのも無理があるが……デートを満喫していたつもりだった。
 最初で最後のデート。二度と会えない一組のカップル。仲を切り裂こうと暗躍する悪の手先。
 ドロドロで重たい男々女々を赤裸々に綴ったトラジェディかと思えば、グッダグダな春休みを描いたコメディとも取れる一幕。
 しかし、このデートの本質は、そのどちらにも当てはまらなかった。
 無理も無い。俺も橘も、成り行きでデートさせられる羽目になっただけで、決して望んで行われたデートではないのだ。
 では、一体誰がこのデートを望んだのか?
 宇宙人? 未来人? 異世界人? 超能力者?
 それとも――?



「はあ……はあ……ここまで来れば…………大丈夫だろ…………」
「へえ……へえ……へえええ…………疲れましたぁ…………」

 夏の蒸し暑さともいい勝負ができるであろう、しつこくまとわりつくような藤原の追跡から大脱走した俺たちは、いつの間にか繁華街を抜け、河川敷に程近い公園にまでやってきていた。
 とは言っても、意味があってここに来たわけではない。単に追っ手からの追跡を振り切ろうとした結果ここについただけである。
 これだけ走ると夏場ではなくとも汗でびっしょりである。おまけの喉も渇く。
「ふー、水が美味しいですぅ」
 公園に備え付けられている蛇口に顔を近づけ、橘は喉をコクンコクンと鳴らした。
 そりゃそうだ。ハーフマラソンに匹敵する時間と距離を走った後なんだから、いくら公園の生温い水道水だろうとも美味しいに決まっている。『空腹にまずいものなし』みたいなものだ。
「ふふふ、本当ですね。これから単に食べるんじゃなくて、たくさん運動してから食べるようにしましょう」
 ああ、その方がいい。味覚的にも、健康的にもな。
「デートってのは結構、体力を使うんですね。一つ勉強になりました」
 さすがにそれはない。
「趣味がトライアスロンだとか鬼ごっこと仰るカップルを除いて普通は使わないだろう。勉強するならもっと常識に則った知識を身に付けることを推奨するぞ」
「そうですね、考えておきます。それより……」
 橘は辺りを見渡し、何かを懐かしむように手を広げた。
「……ここ、覚えていてくれたんですね。あれからもう二年も前になるんだ……」
 アニバーサリーに関してはそれほど得意じゃないし、何より橘が懐かしんでいるもがちっともわからない俺は適当な相槌を打った。
「そう……もう二年前の夏のあの日。ちょっとした勘違いで佐々木さんと涼宮さんの閉鎖空間が入り混じって、『神人』同士がケンカし始めたんですよね……」
 言われて脳内のシナプスが細胞に直結した。「ああ、そんなこともあったっけな」
「あの時のあたし、古泉さんに『神人』の倒し方を習ったばかりで……倒すのに苦労しました。しかも異様に強くて。ホント、世界の終焉が手にとるように分かりました。キョンくんってばさっさと気絶しちゃうし……怖かったんですよ」
 ふふふ、と何の含みも無く笑う橘の表情はまさしく年頃の少女のものだった。
「あれから、もう二年になるんだ……」
 ――あれから、もう二年にもなるのか――
 橘が繰り返した言葉を、俺も心の中で繰り返した。
 同時に、コイツとのクサレ縁も同じだけ……正確にはそれ以上だが……あることになる。
 ――橘との最初の出会いは、言葉では言い表せない程最悪なものだった。
 俺の中学校時代以来の級友にちょっかいを出し、あまつさえ宇宙人未来人異世界人そして超能力者を交えた三つ巴ならぬ四つ巴戦を引き起こし、一人蚊帳の外で笑っていた女だ。
 一連の事件以降は急にトーンダウンし、なりを潜めたと思って安心していたのだが……それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。自称超能力者の橘京子は、様々な能力をパワーダウン(アップではない)させて再び俺の前へと姿を現したのだ。
 おかげでこっちは大迷惑。その上空気を読まない数々の言動があらぬ噂を引き立て、ついには佐々木の中に潜んでいた『神人』をも目覚めさせることになった。
 その『神人』を対峙するため、古泉と共にやってきた……。

「ええ、そのとおりです……そのとおりでした」
 いつの間にか俺の横のベンチに腰掛けていた橘は、俺の過去の記憶を呼び覚ますかのようにそっと寄り添ってきた。
「あの頃は、迷惑かけました」
 ホント迷惑だったぞ。やりたくもないマラソンやらデートの真似事とか。おかげで散々怒られたんだぞ、古泉に。
「あたしも結構怒られましたんですよ」
 言いながらペロッと小さく舌を出し、悪戯っぽい笑みを見せる橘。
「思えば、あれからですよね。あたしがキョンくんに頼るようになったのは」
 そうだな。胸部肥大化依頼に続き、冬の合宿、異世界探索、記憶喪失、そしてドッペルゲンガー増殖事件……色々なことがあったが、何故か橘は俺を頼りに来たんだよな。
 中には俺を頼りにしたというより勝手に頼りにされたとかむしろ自分自身で突き進んだものもあるが、殆どが言葉の綾になぞられる誤差範囲に納まっていると言っても過言ではない。
「今更ですけど、遭えるのはこれで最後だと思いますし、今のうちにお礼を言っておきますね。キョンくん、今までありがとうございました」
 ペコリとお辞儀する橘に、今度は俺が無言を貫き通した。
「でも、不思議ですね。よくよく考えたら、出会った当初の印象は最悪でした。それにもかかわらずあたしを助けてくれるなんて。もしかして……」
 何故か俺の顔をマジマジと見つめ、たっぷり十秒ほど経過した後、
「……そんなわけ、ないか」
 半ば呆れ顔でつっけんとんに言いあしらった。何が言いたいのか、事細かに説明して欲しいものである。
「空気を読めばあたしが何を考えているか分かりますよーだっ!」
 唇を『イ』の発音時の形にしながら器用に喋り、その後のも何やらわきゃわきゃと俺の悪口を言い続ける。
 俺はといえばコイツの悪口に気を悪くするでもなく(言われたところでムカッとくるような言い回しではない)、思ったよりも機嫌の良いツインテールに対し、安堵の息を洩らした。大分、落ち着いてきたみたいだな、と。
 今日、こいつと出会った時――転校するとか言い出した時は、神経がかなり高ぶっており、下手な慰めや言い回しは火に油を注ぐようなものでとてもじゃないが余り関わりになりたくなかった。
 しかし、デート始めて数時間が経った今、妙なまでに落ち着きを取り戻している。まるでジキルとハイドのように入れ替わったかのように。一体何が彼女の心境を変化させたのだろうか?
「それはですね、」とやはり落ち着いた様子で彼女は言った。
「お別れは悲しいですけど、キョンくんとこうやって最後にお話する時間も出来ましたし。それだけでも満足なのです」
 そうかい。俺はお前に主導権を握られてフラストレーション溜まりっぱなしなんだが。
「もう。いじわる」
 俺の戯言に、橘はぷくっと顔を膨らませ――。
 ――しかし、それも刹那のことだった。吊り上げた目は再び神妙な顔つきへと変化する。
(おかしい)
「どうしたんだ、橘」
 しかし俺の言葉に応答はなかった。ベンチに座したまま、祈るように手を合わせるのみ。思いつめた、しかし真剣な表情は前髪とツインテールに隠れてもなおアリアリと感じられた(やはりおかしい)。
 俺はと言えば、そんなネガティブ風情の橘にどう声をいいか分からず、ただ彼女の出方を見るに留まっていた。
『…………』
 二人の沈黙が続く。平日の昼間だと言うのに、恐ろしいくらいの沈黙が辺りを支配し――。
 ――そんな時間がどれほど続いただろうか。
 丸まったダンゴムシのようにじっと固まっていた橘は、やがて決心したように顔を上げた。「キョンくん」
 何だ、改まって。
「もうお会いするのも最後でしょう。あたしも本当のことを言います。よーく聞いてください。重要なことなんですから」
 ゴクリ。
 何時に無く真剣な眼差しの橘に、思わず息を呑んだ。
「実はですね……」

 ――あたしの空気読めないキャラ、大半が演技ですから。

「…………」
「…………」
「…………」
「……あの、どうしましたか? 黙り込んじゃって」
「……ぷぷ、ぷぷぷぷぷぷぷ……ぷぷ…………」
 だーっはっはっは!!!!
「ちょっと! なに笑ってるんですか!」
「うぷぷぷ……い、言うにこと……ぷぷぷ、かいて……ぷぷ、え、演技とか……ちょ、笑いがとま……ぶははははっ!」
「本当ですって! 信じてくださいっ!」
 わ、わかった、わかったからそんなに真剣に……ぷぷっ!
「……いじわる」
 自分の主義主張が聞いてもらえず、小学生のように拗ねる橘はなかなか……なんでもない。
「……確かに、信じてもらえない部分は多々あると思います」
 と思ったら、今度は何時になく真面目な表情。顎が裂けるくらい爆笑に爆笑を重ねた俺とは対照的であり、さすがに自己嫌悪に陥った。
 背を正し居住まいを正し、真剣な顔の橘を見つめ――ようとしたが、あまりにも謹厳実直な瞳に注視することができず、代わりに視界に入ってきた桜の花びらに目線をパンする。
 たゆたう桜。湧き出る噴水。そよぐ草木。
 マイナスイオンがふんだんに発生しているであろうこの空間には、俺達以外の人間は一人としていなかった。
 そんな状況だからこそ、橘の、いつになく真面目な口調は一層クリアに、そしてより悲痛に聞こえた。
「演技で空気読んでない行動をしている一方、本当に天然でやっちまったこともありますから。あたしってば結構おっちょこちょいですし」
 二房の髪をゆらし、くふっと可愛げの成分を惜しげも無く曝け出す。しかし、どうしてだろうか。俺の瞳にはその笑顔が悲しくも儚くも映りだされて仕方なかった。
「例えば……年始のパーティでの事件とか。あの時は本気で怖かったです」
 ふと我に返り、橘の話に合わせる。「……そういや、そんな事もあったっけな」
 喜緑さん容赦ない睨みは、森さんのそれと同等以上の戦慄に身震いしたもんだ。……そう言えばあの時、橘は喜緑さんと共に消えたはずだが、一体何をされたんだろう? ちょっと聞いてみたい気がしたのだが……。
 ……止めておこう。聞いたら命が無くなる気がする。
「そんな例外もありますが、あたしの空気読めないキャラは皆さんを和ませるための演技のつもりだったんです。ちょっと度が過ぎた部分もありましたけど、おかげで皆さんと仲良くなれました。そう――」
 今度は天蓋の方向を見据え、遠い目を送り、
「知ってのとおり、あたし達の出会いは最悪なものでした。そりゃそうですよね。あの朝比奈さんを強引に誘拐したんですもの。あんなに可愛いお人を誘拐するなんて、我ながら冷酷非道な人間だと思いましたよ」
 本当に申し訳なさそうな口調で、自己嫌悪気味に呟いた。
 その口調に、いつもの天然KYキャラは微塵も感じられない。
「あたし達の目的は以前に申し上げたとおりですが、そのためにはキョンくん……いいえ、『あなた』の協力は必要不可欠なものでした。親密な関係にとまではいきませんが、少なくともあたし達の存在に対し嫌悪感を払拭するくらいは必要だと思ったからです」
 何時に無く真剣な口調に、俺も真面目に答えざるを得ない。
「空気を読めないキャラは、そのためのものだと?」
「ええ」
「……そうか、」と口にするつもりだったのだが、寸前のところで中止。代わりに、「……どうだか」と答えた。何故かは自分でもわからない。
「そんな姦計を企てていた事もそうだが、お前がそこまでオツムが回る人間には到底思えん」
 橘は俺のイヤミに対し、笑顔で答えた。「ふふふ。そう思って頂ければ幸いです。あたしの演技力もまんざらじゃなかったってことですからね」
「で、そこまで演技を続けて何がしたいんだ、お前は」
「目的は、二つありました。一つは今も説明したとおり、あなたと、そしてあなたの仲間達の懐柔。そしてもう一つは……うふっ」
 橘は何故か流し目をし、たっぷり十秒は沈黙。そして人差し指を立て、俺の口元へ。
「禁則事項ですよっ」
 殴るぞ、こら。
「ふふ、冗談です」
 殴ると言ってるのにこれまた何故か楽しそうに、橘は笑顔の桜を満開にさせ――いや、すぐに散りきった葉桜のように物悲しさを浮かび上がらせた。
「そうですね……最後だからこれも言っちゃいます」
 そして、彼女は本当の胸の内を開けることになる。

「もう一つは…………そう。実は、佐々木さんと仲良くなりたかったんです」

「……えっ?」
「佐々木さんって、結構サバサバしているというか飄々としていると言うか……掴みどころがない性格です。まるで自分の本心を誰にも知られたくないような、自分自身を演じているような、そんな性格」
 橘はベンチから立ち上がり、そこから数歩と離れてない噴水前まで移動し、
「最初は、そんな彼女の性格についていけず、また佐々木さんもあたしに対して心を開こうとはしませんでした。当然ですよね。親密な関係にあったあなたならともかく、出会って間もないあたしにそうそうペラペラ自分の本心を言うわけにはいかないでしょうし」
 その噴水の周りをゆっくりと歩きながら語りかけた。
「でも、自分が所属する『組織』の考えを理解してもらうために、佐々木さんと親密になる必要がありました。『組織』のため、世界の安定のため、何より自分の身の保身のために、です。だけど……」
 今度は歩みを止め、同時に言葉を区切って俺の方を向く。
「だけど、それは建前。本当は普通の女の子らしく、一緒になって遊んだり、買い物したりするお友達が欲しかったんです」
 本気か? それ。
「本気の本気です。あたしだって年頃の女の子です。同年代の女の子と遊んだり、ショッピングしたり、スイーツを食べに行ったり……『組織』の仕事抜きで遊びたいって気持ちは存分にあります。それに、その……正直、あたしのお友達って、少ないですし」
 だろうな。
「あの、言っておきますけど」
 俺の態度が気に喰わなかったのだろうか、橘は目を仰角三十度吊り上げて、
「あたしが浮いてるから友達が少ないんじゃないんですからね。佐々木さんに能力を与えられて以降、学校の転校が多かったからお友達を作る機会が少なかっただけですから」
 浮いてるって自覚はあるのな……さすが空気読めないフリをしていると自称しただけはある。しかしそんなに必死で言い訳すると余計必死なキャラが遊離してくるのに気付かないんだろうか。
 (いや、待て。これと同じ状況をどこかで聞いたことが……)
「高校生になり、ようやく佐々木さんとお話ができる状態になったのはいいけど、あの性格でしたから……とっつきにくいのも事実です。どうしたらいいのかしらね?」
「俺からの提案としては、」噴水の前に佇む橘に対し、俺はベンチから離れず、代わりに彼女に聞こえるくらいの声の大きさで言ってやった。
「演技かどうかは知らんが、そのKYな性格を直せばいいと思う。そうすればあいつだって普通に接してくれるはずさ」
「いいえ」しかし橘は鷹揚に首を横に振った。「それは違います。あたしの行動如何が彼女に多大な影響を及ぼしているわけではありません。事実、佐々木さんも、そして涼宮さんも、実はあたしのこと自身はそんなに嫌っていないのです」
 何故、そんなことがわかる?
「あたしは能力、覚えていますか?」
 突然の質問に対し、「えーと、古泉とは別の超能力者で、佐々木の閉鎖空間に侵入できるってやつだよな」
「他には?」
『神人』を倒すために光球になるとか、佐々木の深層心理を知ることができるとか……。
「そう、それです」
 えっへんといった感じで橘は胸を大きく反らした。どうやら、こういった仕草は演技ではないらしい。
「古泉さんが涼宮さんの深層心理を把握するのと同じで、あたしは佐々木さんの深層心理を把握することができるのです」
 それがどうした?
「もしあたしが本気で嫌われていれば、あたしと接する度に変調が現れるはずです。涼宮さんで言えば、閉鎖空間に『神人』が発生するようなもの。佐々木さんも過去に『神人』を発生させていたのは、あなたもご存知でしょう。しかし、」
 ――今現在の佐々木さんは、『あの日』を基点にして閉鎖空間内に巨人を発生させていません。それはとりもなおさず、佐々木さんの深層心理が再び安定領域に入ったことになります――
 橘はギャグもなく、淡々として口調で言い放った。
「どうですか? あたしの考えに異論はありますか?」
 異論はない。佐々木の深層心理が安定したと言うならばそれはいいことだ。しかし、
「なら何故、いるはずの無い佐々木の閉鎖空間に『神人』が発生したんだ? それにハルヒと佐々木が共同して世界を塗り替えようとした時もあったが、あの時はどういった深層心理が働いていたんだ?」
「……やれやれ、分かってると思ったんですが」
 橘は両手を肩の高さまで上げ、手首を直角に曲げて溜息をついた。誰かのモノマネをしているのだろうか?
「佐々木さんの心が荒れた原因。それはあなたにあるんですよ」
 俺?
「よーく思い出してください。佐々木さんの閉鎖空間に『神人』が発生した直前、あたし達が何をしていたか?」
 確か……古泉とお前に喫茶店に呼ばれた時のことだったな。ハルヒと佐々木が仲良くしているのはマズイんじゃないかって言われて、二人を尾行してて……。
「そう。で、古泉さんがお手洗いに行き、あたしとあなたが二人っきりになって、その現場をお二人に目撃されて……その時です。涼宮さんのみならず、佐々木さんの閉鎖空間に『神人』が発生したのは」
 だが、アレは勘違いだ。あの時のことは佐々木には説明済みだし、ハルヒにだって最後の最後で説明したじゃないか。
「それで納得するほど乙女心はキレイサッパリしてません。いくら言い繕ったところで、心の中にはモヤモヤしてたものがあったんです。そして、それこそ閉鎖空間の発生源であり、同時に『神人』の発生源ともなったのです」
 なら言わせてもらうが、それなら原因はお前にだってあるはずだ。俺一人に責任を押し付けるのは御免被りたい。
「確かに。結果的に責任の一端はあたしにもあります。ですがもしあの時にいたのがあたしでなくても――例えば朝比奈さんや長門さんだったとしても、『神人』は発生したでしょう」
「どうして」
「簡単です。佐々木さんの胸中は『あたし』に向いているわけじゃありません。『あなた』に向いているからです。あの時、『あたし』の代わりになれる人はそれこそゴマンといるでしょうが、『あなた』の代わりになる人はいません。それが答えです」
「…………」
「佐々木さんは『あなた』が自身の拠り所であることを自覚しているのです。意識的にしろ無意識的にしろ、必要不可欠なものとして認識しています。ですから、それ以外の存在が言い寄ってくると強い拒絶反応を示し――結果『神人』を生み出したのです」
 つまり――佐々木絡みの事件は、俺に全ての責任がある。そう言いたいのか?
「先ほども言いましたが、そうは言ってません。結果論とは言え、あたしも一役も二役も買っていますし、あなた一人に責任を負わす気はありません。ただ……」
 ただ?
「……佐々木さんに対して、そこまで必要とされるのって、うらやましいな、って思いまして」
 (――あ)
 橘の言葉に、デジャビュが駆け抜けた。
「あたしも佐々木さんに気に入られようと頑張っていたんですが……結局は徒労に終わってしまいました。あたしは、『親友』になれる資格なんて、ないんでしょうか?」
 橘の問いに、暫くの沈黙が続き――。

「無理じゃないさ」
 蹲る橘に、そっと声をかけた。
「佐々木の『親友』ランキングでも、ブッチギリの一番の奴がいる。ソイツは恐らく、『親友』になるまでの時間もブッチギリで一番のはずさ。一週間もかかっていない」
「……へ? 誰ですか? それ。キョンくんのこと?」
 いつの間にか俺の呼称が『キョンくん』に戻った橘は、それこそ元のKY娘の如く間の抜けた返答に始終した。
 どっちが演技か知らないが、この『橘』は空気が読めないらしいし、だから言ってやる。
「いいや、俺じゃない。もっと素直で、純粋で……友達思いの奴さ。きっと――」


 ――佐々木は、『彼女』のような人を、待ち望んでいるんだよ――



 上がっていた息もとうの昔に戻り、かつ藤原一味(?)を巻いた俺たちが次に向かうのは――特に決めてなかった。
「適当に、歩きましょうか」
 何気ない橘の言葉に、俺は二つ返事で了承した。
 河川敷を歩く俺たち。ついでに言うと会話も殆ど無い。まるで勢い余ってデートをしてみたはいいが、共通の話題が見つからず沈黙し、この語の予定も立ててないからどうしていいか右往左往する高校生同士の初々しいカップルの如きである。
 ――まるで、と言うより、まるっきり俺たちのことである。
 しかし……これ以上の会話がないのも事実である。橘の胸のうちは何となく分かったし、それ故俺がして上げられる事でもない。
 間を取り持つことは不可能ではないかもしれないが、如何せん時間が少なすぎる。橘の話によると、来週にはこの町から姿を消してしまうらしい。
 それまでに友情を育むことなど出来るのだろうか――?

 そのままどれくらい歩いただろうか。俺たちは再び繁華街へとやって来た。目的無く歩いてきたつもりだったが、ここに来ればハルヒや、そして佐々木にも会えるだろう。少しは会話を持たせて、彼女なりの言い分を聞かせたい。
 そんな思いが前頭葉の先に走ったのだと思う。事実、俺と橘は会話も無いのに何故か辺りを見渡しているのだが――肝心要な時に限ってあいつらは姿を現さなかった。
 さっきまで目ざとく俺たちをストーカーしていたのに、こんな時に限って……一体、どこに行ったんだ?
「……あ!?」
 と、これは橘の声。「どうした?」
 振り返ってみると、そこにいたのは――。
「……あ、キョンくん、橘さん。こんにちは」
 朗らかで麗しい笑みを洩らす、小柄な女子大生、朝比奈さん。
「どうしたんですか、こんなところで?」
「ええとですね、不思議探索です」
 ……あ、そう言えば今日は不思議探索のためにここに来たんだったな。橘のせいですっかり忘れていたが。
「ふふふ、実はちょっとウソをつきました。不思議探索は涼宮さんの意向で中止になったんです。ですからわたし達三人で――」
 三人、どこに? そう口にしようとした瞬間、
「…………」
「――――」
 朝比奈さんの遥か後方、有名ブランドショップの店舗前に佇む二人の制服姿が目に入った。
「長門さんと、九曜さん。お二人のお洋服を選びに来たんです。ほら、大学で高校の制服はまずいですから」
 ああ、そう言うことか。ご苦労様です。
「宜しければ、お二人もどうですか? ご一緒に」
 この誘いに、俺は微妙に返答しかねた。『一応』とか、『仮に』とかの接頭語はつくものの、デートをしている俺たちに対して普通こんなことを言うものだろうか。しかも相手は女性三人。デートされる側の橘から見たら気が気ではないだろう。
 というか普通は遠慮して声などかけないはず。
 しかし、朝比奈さんは良くも悪くもピュアなお方だ。全くの純真な気持ち、完全無欠のご好意によって俺たちを誘っているのだろう。だからこそ断りにくい部分もある。
 ――さて、どうすべきかね。
「行きましょう」
 ……えと、いいのか?
「はい。九曜さんと長門さんの通学着を選定するのも楽しそうですし」
 しかしなあ……。
「あ、それともそんなにあたしと二人っきりになりたいんですか? もう、キョンくんってば照れ屋さ「さ、行きましょう。朝比奈さん。長門も九曜も行くぞ」」
「あ、はーい」
「…………」
「――――」
「あ、待って下さいぃ~。置いていかないでぇ~」
 橘は置いてけぼりを喰らったことが余程堪えたのか、涙目で追いかけてくる。
 おい橘。さっきの演技の話。あれってやっぱウソか? それとも、これは演技なのか?
 うん、深く考えるのはやめよう。



 店内に入るや否や、朝比奈さんと橘は普段見せることのない機敏なスピードで陳列されある服を思い思いに手に取った。
「長門さん、お似合いですよ。そのチュニック」
「そう」
「生地が薄いから夏でも着られますし、寒い時はこっちのカーディガンを羽織ればまた違ったおしゃれになりますよ」
「わかった」
「九曜さんは髪の毛のボリュームが多いですから、フロントホックの方がいいですね」
「そう」
「そうそう、こっちのワンピなんてどうですか? ヴィヴィッドカラーでお似合いですよ」
「わかった」
 やたらと乗り気な選定側と、そもそも乗り気なのかどうなのか分からない被選定側。当事者でないので詳細は避けるが、そこそこ楽しくやっているようだ。
 まあ、つまり。
 女性のファッションに到底縁のない人間……つまり男である俺……は一人、店舗中央部にある今春のトレンドファッションを着こなしたマネキン達と肩を並べて遊んでいたりする。女性四人に対し男性一人。完全アウェイになるのは致し方無いことだ。
「そんなことはない」
 うおあっ! びっくりした!
「マネキンの間から顔を出さないでくれ、長門」
「…………」
 スプリングコートから顔を覗かせていた長門は俺の命に従い、マネキンの脇を通って俺の前へと現れる。
「結果はどうであれ、橘京子は現状を楽しんでいる」
 それはそうだが、果たしてこれがデートと言えるのだろうか?
「――結果……良ければ――全て良し――――」
 ロングスカートを捲り上げ、マネキンの股に顔を挟んだ九曜が現れる。
「だからマネキンで遊ぶなぁ!」
「――――」
 長門と同じく、俺の前に現れる。
 全く、こいつらは……。


「……で、何がしたいんだ? お前ら」
 見慣れた制服姿ではなく、朝比奈さんと橘にコーディネートされた二人の姿はいつもとは違う印象を受けるものの、行動から性格まで十把一絡げに変化するものではない。
 それが証拠に、綺麗に着飾った宇宙人のしもべ二人はワンテンポどころかファイブテンポ遅れてギギギギギと腕を動かした。
「あそこ」
「――見て…………」
 言われて見てみれば、互いに服を取り、楽しそうに談話に花を咲かせる朝比奈さんと橘の姿があった。女性のコーディネートに関して疎い俺だが、少なくとも険悪なムードで服の取り合いをしているわけじゃないことは理解できた。
 そう言えばあの二人。最初は犬猿の仲だったよな(俺的注:ここで言う『最初』とは、橘が朝比奈さんを誘拐した時のことではなく、お互い初顔合わせをした――つまり、橘が胸を大きくしてくれと懇願した際のことである)。
「そう。確かに、二人の間に軋轢があったのは事実。でも、」
「――――二人は…………相容れぬ――――存在では…………――――ない――――」
「……ああ。そうだな」
 長門と九曜の言葉は、俺にとって素直に受け入れられるものだった。
 例え出会いが最低最悪なものでも、その後の対応如何ではより信頼関係を回復する事も可能なんだ。
 逆にいくら仲が良くても、一つ間違えれば信頼関係は簡単に瓦解する。
「人間は、努力次第で如何様にも可能性を広げられる」
「――例え…………それが――――不可能と…………思われる事――でも――――」
「故人は言った。『為せば成る。為さねば成らぬ。何事も』」
「『成らぬは――――『ヒト』の―――――為さざる…………なりけり――――』」
「橘京子は、自分で自分の可能性を閉ざしている」
「解放――――してあげて…………――――あの時見た――――『人間の心』…………――――もう一度――――」

 マネキンと見紛う二人の、辛辣とも思える願いに対し、俺も居住まいを正して誓いを新たにした。
「――ああ、わかった。必ず」



「キョンくん、あまりお相手できなくてごめんなさい。それどころか橘さんをずっと借りちゃったみたいで……」
「いいえ、気にしないで下さい。今日の主賓は俺じゃなくて橘ですから。コイツが楽しむことが今日の目的なんですから」
 何時の間に親密な関係になったかは知る由も無いし知りたいとも思わないが、朝比奈さんと橘の談議は弾みに弾み、もはや二人だけの世界に入り浸っていた。
 俺はもちろんのこと、いつの間にか蚊帳の外になっていた宇宙人二人も俺と同じくつらつらと怠惰で怠慢な時間を過ごすことになった。もっとも、時間の概念を支配できる二人にとっては然したる苦痛にはならないだろうが。
 因みに今ここにいるのは朝比奈さんと俺のみだ。橘は先ほどのショップに用があるとかでここにはいない。宇宙人コンビは遠目で俺たちの様子を伺っている。
「そう言ってもらえればありがたいです。でも、残念ですね。橘さん」
 まあ……残念といえば残念です。でも転校理由は『組織』絡みであり、それがアイツの運命なんですから。しょうがないですよ」
「キョンくん、」柔和な顔を浮かべていた朝比奈さんは一転、妙に真剣な顔立ちで「しょうがないって、どういう意味ですか?」
 え?
「橘さんの身にもなって考えてみてください。すごく寂しい思いで今を過ごしているのに、それを『しょうがない』の一言で済ますなんて、さもしすぎると思いませんか?」
 ……あ、いや。そんな意味で言ったんじゃ……。すみません。
「あ……わたしこそ、ごめんなさい。言い過ぎました。でも橘さんのことは他人事じゃなかったので、つい……」
 言って小柄な上級生は顔を紅らめた。まるで本当に自分が悪かったと言わんばかりに。
 気弱で恥ずかしがり屋の朝比奈さんがあれだけ主張をしたのは驚愕に値するが、実はその理由は俺にとっては既知のものであった。
 つまり。朝比奈さんも橘と同じ境遇にあるのだ。
 朝比奈さんは未来、橘は超能力団体机下と言う違いはあるものの、どちらも観測対象が観測対象で無くなった時点で俺たちの住む街に用は無くなる。お役御免ってわけだ。
 また、二人ともある勢力下で働いている以上、上からの命令は絶対だ。『ここが好きだからここに残りたい』なんて希望は通らないだろうし、下手をすれば抹殺しかねない、そんな境遇。
 ――だからこそ共感したのだろう。朝比奈さんは。
「わたしが橘さんにできることは、これくらいです。全然力になれなくてごめんなさい」
 いいえ、十分過ぎるくらいの働きです。ありがとう。
「長門さんや九曜さんも、橘さんに感謝の言葉をかけていました。橘さんって、人気者で羨ましいです」
 人気者かどうかはさておき、彼女と会えるのは最後なんだ。それくらいはするだろう。
「あとは、涼宮さんと佐々木さん。お二人にもちゃんとサヨナラを言わないと」
 そうですね。半ば強引な形で飛び出してきたが、ケジメだけはちゃんとつけないといない。
「そうです。あるがままの事実を受け入れなければ…………くしゅん!」
 ? 朝比奈さん、風邪ですか?
「え? 多分、違うと……くしゅん!」
 大丈夫ですか? まだ寒い時もあるから気をつけてくださいね。
「あ、はい。わかりました」

「――はあ、はあ。お待たせしました。では次行きましょうか」
 橘、今まで何をしてたんだ?
「ちょっとしたお買い物です。もう終わりましたから、どうぞエスコートお願いします」
 はいはい。行きましょうか。
「ええ!」



 ――こうして、俺は朝比奈さん達と別れ、再び二人でデート……最早デートと言うのもどうかと思うが……を満喫するため、歩みを進めることになり、そして――
 ……いや、敢えて言うまい。


 これから起きる事件は、一言二言で言い表せるほど単純なものじゃなかったのだから。

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