「ねぇ。起きなさい。早く起きなさいったら!」
「……ん。」
赤羽業の意識は、強引に揺すり起こされることにより覚醒を果たした。開けた視界に、女豹を象った装束に身を包んだ女怪盗、高巻杏の姿が映し出される。
「……ああ。」
そして体を起こし、数秒ほど寝惚けたようにキョロキョロと辺りを見回して――間もなく、思い出す。何故自分が気を失う羽目になっていたのか。そして杏と自分を昏倒に至らせたのが、誰であったのかを。
「さやかは、一人で……?」
その下手人の行方は聞くまでもなく分かっていた。杏は自分よりも早く気絶していたのだから、自分の気絶後に杏がさやかを止める手段などあるはずがない。それ以前に、そもそもこの場にさやかがいないのだから、戦場に向かおうとしていた彼女を引き留めることに失敗しているのはもはや明らかだ。それでも、何か想像もつかない要因が――奇跡とでも呼べる何かが、さやかを止めていることを信じたかった。だが、杏はただ黙ってそれに頷いて返すことしかできない。魔法と呼ばれる異能はあれど、それは奇跡とは程遠く。
それを思い知らせるように、様々な死別を告げる定時放送が彼らの聴覚を支配したのは、それと同時のことだった。
「…………。」
ここで放送が流れなければ、さやかもまだ刈り取るものと戦っている最中であるのだと、まだ間に合う可能性に縋ることが出来ていたかもしれない。しかし、答えは提示された。箱の中の猫が死んでいることは明かされてしまった。
杏もカルマも、不覚を取ったという自覚はある。美樹さやかという人物を理解していなかった杏は、さやかの奇襲を予測できなかった。逆に、カルマはそれを予測こそしていたが、魔法という異能力を前にして力が足りなかった。足りないものを持っている隣人がいながらも、それを補い合うこともできなかった。
「……どうして、死に急ぐかなぁ。」
しばしの時。静寂を切り裂いてカルマがようやく発した言葉が、それだった。自己嫌悪の言葉はとめどなく湧いてくる。しかし、さやかを止められなかったのは自分だけでないことも知っているのだ。それを吐き出せば、その言葉は同時に相手の責任をも問うことになる。それはカルマの本意ではない。
「……それは知らない、けどさ。」
さやかと同じく、カルマの制止を振り切ってでも戦場に戻ろうとしていた杏は、それに同意などできない。杏もまた、死に急いだつもりなどはなくとも無謀な戦いに挑もうとしていた自覚はある。さやかの矜恃は、杏の抱くそれと同じ方向を向いていた。しかし、杏はそれを貫けなかった。あの時さやかに気絶させられていなければ、或いは呼ばれていた名前は自分の名前だったかもしれないのだ。
杏が向かっていた場合の戦局など、今となっては知りようもない。それでも――否、だからこそ、だろうか。さやかは、自分の身代わりに死んだのだと、そう思わずにはいられなかった。カルマの追想に返すべき言葉は、同意でも謝罪でもなければ、ましてや慰めでもない。理不尽を前に反逆の意思を掲げるは怪盗の美学。傷の舐め合いに終わるなど真っ平御免だ。
「今は、先にやることがあるから。」
「……そうだね。」
冷徹な、しかし冷静な現状判断。なぜなら、刈り取るものの名を冠した異形は未だ存在し、殺し合いにその身を投じているのだ。
「っていうかアンタ、そもそも逃げろ派だったよね? 来るわけ?」
「ま、戦局が明らかに崩れているのが分かってるし……人命救助くらいにはね。」
トールが死んで、さやかも死んで。あの戦場に残されているのはあと二人。刈り取るものが生き残っていることへの恐怖の先には、エルマがまだ生き残っていることによる焦燥がある。まだ救えるかもしれない命があの場には残っているのだ。
仮にエルマまで放送で呼ばれていたのなら、敗北を認め潔く撤退するという選択肢もあった。しかしエルマの名が呼ばれていないことこそが、撤退の選択肢を杏の行動選択から除外した。二人もの罪も無い人の命を奪われておきながら、これ以上の喪失を看過するわけにはいかない。それが少なからず仲良くなれたエルマであるなら尚更だ。
「ただし、エルマの救出を果たしたら撤退してもらうよ。それ以上の無茶は駄目。ヤツは改めて人数を揃えてから叩くってことで。」
「……ん、分かった。」
その言葉を前に、僅かに呆気にとられたような表情で、杏を見つめるカルマ。
「なに?」
「いや、意外だなあって。」
「もっと聞き分けのない女だとでも思ってた?」
「……まーね。」
カルマの言葉に少しムッとした顔を見せた杏は、しかし次の瞬間には伏し目がちになりながら、ひと言。
「……まあ、私も。アンタはもっと、冷酷な奴だと思ってた。」
「はは、否定はしないけどねー。」
さやかの末路を見たからか、戦いに戻ると聞かなかった杏もカルマの言葉に素直に応じているし、撤退を唱えていたカルマもエルマの救助に向かおうとしている。トールとエルマを助けに行くか行かないかで揉めた時も、撤退を前提とした上での加勢であれば、さやかは乗っていただろうか。この結論をもう少し早くに打ち立てられていたならば、結果は違っていたかもしれない。タラレバに意味は無いが、それでも、考えてしまう。
二人が昏倒するに至り、さやかが死ぬという結末を導いたあのいざこざは、当事者がいざ落ち着いて話し合ってみれば、こんなにも簡単に解消されてしまうものだったのだから。
(……どーでもいいことだった、とは言わないけどさ。)
人と人は、時に分かり合える。言葉は人間に与えられた高度な技能だ。そんな当たり前のことが、あの時は見えていなかったのだ。
(熱くなると、周りが見えなくなるもんなのかね。)
撤退すべきか、戦場に出向くべきかなどという話でなくとも、提唱した行動が食い違うことくらい、いつだって起こり得る。例えば――殺せんせーを助けるべきか、殺すべきか。この催しのせいで重要度の下がった問い掛けだけれど、元の世界に帰ったら目下に抱えたそれを改めて向き合わなくてはならない問題には他ならない。
刈り取るものという脅威に立ち向かおうとしている今、その先に殺せんせーを殺すかどうかの話なんて、どうでもいい。だけど、それでも――その決意が、そして殺意が、どこか揺らいでいる自分がいた。殺せんせーを殺す派についた理由は、それが殺せんせーが命を賭けるに足る信念であったのだと分かったからだ。
だけど、その信念の裏に遺された者たちの気持ちもまた、知ってしまった。喪失に伴う感情は、そんなものと吐き捨てられるものでないことも理解してしまった。
今でも、殺せんせーを殺すべきと言い放ったことは間違っていないと胸を張って言えるだけの矜恃は抱えている。だけど同時に、「それはアンタのエゴではないか」とぶつけられる自分も見付けてしまった。殺せんせーと同じく、命を賭けるに足る願いを見出したさやかを失ったことを、まだ割り切れていないから。そして――あの教室の恩師のひとりも、殺せんせーに最も強い殺意をぶつけた少女も、放送で呼ばれていたから。
(……ダメだ。殺意を、鈍らせちゃ。)
この世界には、烏間先生という怪物を殺せる人物がいる。曲がりなりにも自分たちと同じ訓練を受け、死線をくぐり抜けてきた少女を殺せる人物がいる。殺す気で挑まないと――殺される。
「……あ。」
間もなくして、カルマより前を走っていた杏が小さく声を漏らした。その視線の先にカルマが気付くよりも早く、杏は足を速めてその場へと向かう。
「……エルマッ!」
エルマは、荒れ果てた大地に横たわっていた。二度と開かない目に降り注ぐ陽光が、その表情を明るく照らし出す。
「……っ!ㅤそんな……。」
すでに手遅れだった。だけど、やもすれば間に合ったかもしれない命でもあった。エルマの身体はまだ温かく、放送時には間違いなく生きていたことを踏まえても死からさほど時間が経っていないのは明らかだ。
しかし、それにしては妙な箇所が一点。おそらくエルマに手を下した存在であろう刈り取るものの姿が、辺りを見回してもどこにも見当たらないのだ。
「……シャドウは倒したら姿かたちも残さず消えてしまうはず。ってことは……」
「相打ち……ってことかもね。」
エルマを殺した後に逃げた可能性も無いではないが、エルマと刈り取るものの生存が確認できた放送からさほど時間は経っていない。それだけの時間は、許していないはずだ。仮にそれを許してしまっていたとしても。エルマが放送直後に殺され、刈り取るものが即座に撤退を選び自分たちの前から姿を消されていたとしても。元より撤退を前提にここに駆け付けてきた二人に、それを追いかける選択肢はない。
そして何より――大願を遂げたかのごとく貼り付けられたエルマの笑みが、それが無念の戦死などではないことを饒舌に語っていた。刈り取るものの消滅は次の放送で確認するまでは真偽不明のままではあるが、一旦は討伐したものと仮定して問題無いだろう。
「……埋葬とか、した方がいいのかな。」
杏がぽつりと呟く。この世界で多くの命が奪われたこと。さらに、今もなお誰かの命が脅かされつつあるのも、分かっている。だけど、少なくとも放送で、怪盗団の仲間は誰も死んでいないと確認できた。さやかもトールも、共に絆(コープ)を深めた時間は、ほとんど皆無に等しかった。明確に"仲間"と呼べる者との死別は、初めてだ。
「穴掘って埋めるのは大変かもしれないけどさ……せめて、火葬だけでも。」
「……火元はどうすんの?」
「カルメン。」
「あー、あの背後霊みたいなやつ?」
「そうそれ。説明はめんどいしぶっちゃけ私も分かんないから。アンタ頭は良さそうだし、何となくで感じ取ってよ。」
何でもアリだな、という感想もといツッコミは、すでにマッハ20の超生物に出し尽くしている。殺せんせー以上に科学で説明が付かない存在も、それを当たり前に扱っている杏のことも、もはや受け入れるしかないようだ。
「じゃ、任せるよ。俺は念のため、近くの見回りとかやっておくから。」
エルマの火葬に立ち会わないのは、無意識に感じている罪悪感からでもある。少なくともカルマは一度、エルマとトールを見捨ててさやかと共に撤退する選択肢を打ち出したのだ。
そんな複雑な想いを察してか、杏は黙ってカルマを見送った。どの道エルマに別れを告げるべきは、あの長いようで短い刈り取るもの戦線で少しばかり共闘しただけのカルマではなく、それ以前から数時間に渡って同行し、絆を紡いだ自分に他ならないのだ。
「……エルマ。」
カルマが去って一人になって。そして改めて、物言わぬ骸となった竜と向き合う。
「フルーツ好きっていう共通点見つけてから、食べ物の話とかいっぱいしてくれたよね。」
"好き"を語るエルマは、幸せそうに笑っていた。今のエルマも、同じ表情をしている。腐敗していくのが勿体ないくらいに、一切の無念を感じさせない、幸せの顔だ。
「私も、美味しいもの食べてる時は、幸せだった。一人で食べてる時も、誰かと一緒に食べてる時も。そんな幸せな日常がずっと、ずっと続いてくんだって思ってたんだ。……でも、そんな些細な幸せを壊して笑ってる奴らが、この世界にはうじゃうじゃいる。」
誰かを虐げる悪意が、この世界には蔓延っていて。その悪意に踏みにじられる幸せは、数え切れない。自分が心の怪盗団としてここに立っている根源でもある友人、鈴井志帆もその一人だった。醜悪な悪意に晒されて、幸せを奪われて。
「私、許せない。この催しの裏で笑ってる奴がいるのなら、怪盗としてそんな楽しみ、奪ってやる。だから……見守ってて。」
仮面に手を翳すと同時に、顕現するひとつの影。死に伴ったエルマの痛みが、どうか熱さの中に溶けていきますように。
「――踊れ、カルメン。」
――アギダイン
ぱちぱちと音を立てて、骸は炎に包まれていく。最後までエルマは幸せそうな顔のまま、ゆっくりと灰へと変わっていった。
■
「……見つけた。」
少し離れた岩陰に、さやかは横たわっていた。その身体に目立った外傷はなく、血も大して流れていない。どう見ても、傍目には眠っているようにしか見えない。
「……どいつもこいつも、死んでるくせに満足そうな顔、しちゃってさ。」
エルマに続いてさやかも、何かをやり遂げたような、そんな表情を浮かべている。志半ばに戦死したとは思えない、そんな顔だ。だからこそ眠っているだけのようにしか見えなくて。だからこそ、死という現実から逃げ出したくもなってしまう。
だけど、"さやか"がこの眠っている少女ではないのは、知っていて。
「……本当に、こっちがさやかなんだ。」
青く煌めいていた宝石に、今や輝きは点っていない。刈り取るものの銃撃を受け、粉々に砕け散っていながらも――しかしその装飾部の痕跡は残っている。さやかがソウルジェムと呼び、彼女の魂が篭っていると説明していた宝石。さやかの死因が人間の肉体の損傷でないことは、連鎖的にあの話も、紛れもない事実であると証明している。
「……後悔とかでうじうじするの、嫌いだからさ。ごめんねとかは言わないし、責めるつもりも別にないよ。」
互いに肯定も否定もすることなく、不干渉。それがさやかとの関係の、始発点だった。どの道この殺し合いの間だけの関係であると、ビジネスライクに。冷や水のように、冷徹に。
「だから、これは俺の独り言。」
だけど、ほんの少しだけ。運命的に僅かに重なり合った因果に、意味を見出すのなら。
「あの悪徳商人はさ、ちゃんと俺がボコボコにしとくから――殺す気で。」
放送を担当していた者は、キュウべえと名乗っていた。それは、さやかから聞いた、契約した相手の名前だ。願いを餌にさやかの人生を弄び、さらには殺し合いという催しにまで落とした存在。
さやかの抱えている戦いに干渉しようなんて心持ちはなかったはずだ。だけど、そのやり口に心から気に入らないと思ったからには、それはすでに自分の戦いでもある。それに、脱出して主催者をぶん殴るのに、モチベーションは多ければ多いほどいい。
最後に、手を合わせた。湿っぽい別れは嫌いだけれど、これでお別れだと終止符を見出すことは、生者が死に見切りをつけるのに必要な儀式だ。恩師との別れまで、こんならしくない真似は、とっておくつもりだったけれど。どうやら感情とは、そう簡単にいくものでは、なかったらしい。
「……ほんっと、らしくないけどさ。」
ㅤ僅かに零れそうになった涙は、無理やりに抑え込んだ。これを流すのは、全てが終わった後にするために。
■
「それで、ここからどうするの?」
それぞれがそれぞれの形で、かつての同行者との別れを終えた。ここからは、新たな同行者と共に、これからの話に移るフェイズだ。
「霊とか相談所ってとこに向かおうと思うよ。」
「別に異論はないけど……理由とかあるの?」
「特に。ただこれといったアテもないし。」
「じゃあその前に……ここ、純喫茶ルブランってとこに寄ってもいい?」
「ん、別にいーけど……ここは?」
「私たちの拠点。心強い仲間、必要でしょ。 」
やるべきことは、次第に見えてくる。殺し合いなどという理不尽を前にしても、彼らのやることは凡そ変わらないのだ。権力を振りかざす大人たちの存在と、エンドのE組。彼らにとって、世界は元より、理不尽だった。
今が苦しみに満ちていたとしても、未来が暗雲に閉ざされていたとしても、それでも弱者なりの戦い方がある。反逆の意思を胸に掲げていられるために、強者に奪われた過去は決して忘れない。掴み取る明日に笑っていられるのなら、踏み躙られた昨日までにも、きっと意味があるから。
【E-6/住宅街エリア外/一日目 朝】
【赤羽業@暗殺教室】
[状態]:ダメージ(中)
[装備]:マッハパンチ@ペルソナ5
[道具]:不明支給品1~2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:元の日常に帰って殺せんせーを殺す
1.キュウべえを倒す
2.純喫茶ルブランに寄った後、霊とか相談所で首輪の解除方法を探す
3.渚くんを見つけたら一発入れとかないと気が済まないかな
※サバイバルゲーム開始直後からの参戦です。
【高巻杏@ペルソナ5】
[状態]:ダメージ(中)
[装備]:マシンガン※対先生BB弾@暗殺教室
[道具]:基本支給品(食料小) 不明支給品1~2
[思考・状況]
基本行動方針:姫神を改心させる
一.純喫茶ルブランに向かう。
二.島にあるであろうパレスの主のオタカラを探し出す
※参戦時期は竜司と同じ9月怪盗団ブーム(次の大物ターゲットを奥村にする前)のときです。
※姫神がここをパレスと呼んだことから、オタカラがあるのではと考えています。
最終更新:2022年04月21日 00:04