放送を迎える心持ちとしては、決して穏やかではなかったにせよ、それでも比較的落ち着いたものであったはずだ。

 確かに、私たちを守って死んだ少女、鷺ノ宮伊澄については未だ割り切れているわけではない。だがそんな死別があったとはいえ、その死を改めて突きつけられたとて殊更心を乱されるわけではないだろう。少し時間が経っているのもあって、それくらい私は落ち着いている。

 そうなれば、放送に向かう心持ちも比較的平穏だと言えるはずだ。強いて言うなら私と同じく戦う力なんて持っていない滝谷くんが心配だというくらいか。何なら、先走ってるかもしれないあの子らに、ひとまず私の無事を伝えられるというひねくれた期待もあった。不謹慎かもしれないが――私はこの放送を、どこか待っていたような心持ちでいたのだ。

「――小林トール」

 私は断じて、その心配だけはしていなかった。

「……は?」

 当たり前のように私の隣にいたあの子が。終焉をもたらすだけの力を手に、日常を謳歌していたあの子が。

「……嘘、だろ。」

 すでに死んでいる、なんて。


 最初から分かっていたことだ。トールとの日々は、永遠ではない。

 日常の中であの子はたまに、ふと顔つきに陰りを見せる時があった。そんな時はその陰りを押し隠すように、あの子は笑って――それを見ながら、私は考えた。トールはこの暮らしが終わる瞬間を、すでに脳裏に思い描いてしまっているのだ、と。ドラゴンのあまりにも果てしない寿命。それを前にすると、きっと私という人間など、風前の灯火のように、脆弱で儚い命にしか見えていなかったのだろう。

 トールはずっと、終わりを見据えていた。けれどその終わりは、私の死によって訪れるものではなかったのか。まさか私が残される側になるなんて、考えたことすらなかった。私だけが、永遠でないひと時を永遠であるかのように錯覚していた。

(どうして、忘れていた?)

 ふと私は、トールと初めて出会った時のことを思い出していた。酩酊のままに引き抜いた神剣――あの日もトールは、私がいなければ死んでいたのだ。

 ドラゴンと死とは、決して無縁の概念なんかじゃない。そりゃあ、そうだ。盛者必衰の理というように、命あるもの、いつかは終わる。ドラゴンという生命に何かしら特異性があるとしても、それはただ長いか短いか、強いか弱いかの差でしかない。そんな当たり前のことが、ずっと頭から抜けていたのだ。

(……違うな。たぶん私は……忘れていたんじゃなくて、考えないようにしていただけなんだ。)

 ああ、これはどうしようもない現実逃避だ。

 トールが私の関与しないところで死んでしまい得ると認めてしまえば、あの子たちを、人間というちっぽけな枠組みからもっとスケールの大きい枠組みに、切り離してしまうような気がして。せめて共に過ごすひと時だけは、彼女たちには人間の枠組みを生きてほしかったのだろう。

「……さん。」

 もちろん、私はどうしたってドラゴンにはなれないし、あの子たちだって人間にはなれない。絶対的な種族差それ自体を変えることはどう足掻いても不可能だ。だけど、その違いを受け入れた上で、楽しむことはできる――私はそれを、前向きに捉えていたはずだ。価値観の違いを受け入れ、擦り合わせることの楽しさを、例えばそれを人間ごっこだと言い放ったファフニールに、時には、ドラゴンの価値観に囚われていたイルルに、はたまたその領域を理解しようとすらしなかったキムンカムイに、伝えたかった。

 だというのに、結局私は、あの子たちに人間であってほしかったのだ。戦いに生き、そして死にゆくドラゴンの枠組みの概念を、あの子たちから遠ざけたかったのだ。

(何が違いを楽しむ、だ。)

 それを違いであると認めたくなかったのは。

 ドラゴンの死を、人間の基準で起こりえないものであるとみなし目を背けていたのは。

 人間ごっこから、都合よくドラゴンの価値観だけを排除しようとしていたのは。

 他でもない、私じゃあないか――

「――小林さん!」

 耳に響く花沢くんの声と共に、私の意識は現実に引き戻された。

「あ……ごめん。ボーッとしちゃって……。んと、どしたの?」
「放送、聞いてなかったのかい!?」
「あ……うん。ゴメン……。」

 トールの名前が呼ばれてから以降の名前は、全く耳に入っていなかった。トールが死ぬ世界だ。滝谷くんはもちろん、カンナちゃんやエルマ、ファフニールに至っても無事である保証なんてない。

「えっと……誰の名前が呼ばれたか、覚えてる?」

 きっとこの時の私は、間の抜けた顔をしていたことだろう。花沢くんは少し、じれったそうな顔をして――

「悪いけど今は……それどころじゃないんだ!」

 次の瞬間、私の身体はふわりと持ち上がった。

「えっ……」
「少し荒っぽく運ばせてもらうよ。」

 さらにそのまま――私は一陣の風となった。方向感覚もなくなるくらいの速度で、どこに向かうかも分からぬまま強引に高速移動をさせられる。

「う……うわああああああっ!」

 まるで前に向かって落下しているような、そんな感覚。トールに初めて乗った時も、これに近い恐怖だった気がする。それに並走するように一緒に飛んでいる花沢くんの姿も、向かい風に晒されほとんど機能していない視界の端に、ギリギリ見て取れる。表情は見えないが、彼が何かしらに真剣であるのは間違いない。

 そして私たちは、"現場"にたどり着いた。

 そこには先に漆原がいて、私たちを横目で確認すると、それまで見ていた箇所に再び視線を移す。まるで信じられないようなものを見たとばかりのその目の向かう先。自ずと私の視線も、そちらへ吸い寄せられ――そして理解する。私が聴き逃した放送が、誰の名前を呼んでいたのか。

 視線の先で、僅か数分前まで遊佐恵美だったであろうものが、一本の大木に吊り下がって揺れていた。その細い首にはロープらしきものが架けられており、言うなれば典型的な、『首吊り自殺』の単語が浮かんでくる光景だった。

「……馬鹿なヤツ。」

 その光景を見て、漆原は小さく吐き捨てる。人間の文化に精通しているわけではないが、執行を重力に委ねることができる首吊りは、エンテ・イスラでも典型的な自殺の手段である。彼の頭に浮かんだ想像も、他の二人と大差は無い。あえて気になることといえば現場に踏み台に類するものが無いということ。しかしそれについても、遊佐の脚力ならば必要ないと言えよう。

「お前にとって罪って、そんなにまで受け入れられないものだったのかよ。」

 死を選んだ理由は、想像できる。明智吾郎という男との交戦の末に促された精神暴走により、罪のない少女の命を奪ってしまったこと。

 仮にも漆原は、魔王軍として人間と戦う中で、相手を殺したことも数え切れないほどある。しかしだからといって、遊佐にとってそれがそんな些細なことと吐き捨てられるほど、軽いことであるとは思わない。奪った命への償いの気持ちというのも、今なら少しは理解できる。

「……白くあり続けようとするのは、尊いことだ。だけどそれに溺れてしまうくらいなら、深淵よりも真っ黒に、堕天してしまえば良かったんだ。」

 生き方がほんの少し変わってしまうことくらい、天使にだって――そして悪魔にだって、ある。それを悪いことだとは思わないし、かの勇者エミリアであれば、どれだけ変わってもきっと根底の正義は揺らがないだろうとも思っていた。ちょっと独りにしてほしいと言った遊佐を送り出したのは、偏に信頼だったのだ。アイツならきっと、自分の罪と向き合って、それを糧に正義を志してくれる。だから大丈夫だ、と。少しながらも遊佐を知っているからこそ、その言葉に頷いたのに。

(行かせなければ良かったのか?ㅤそれとも……死なせてやった方が、アイツのためには正解だったのか……?)

 もう、どんな感情を抱くべきなのかも分からない。そもそも遊佐は魔王軍から見たら敵勢力なわけで、ここまで馴れ合ってきたこと自体がイレギュラーであるとも言えるのだ。旧敵がいなくなったこと、その事情だけ見れば、喜ぶべきなのだろう。だけど、とてもそんな気分にはなれない。

 ひとつだけ、明確に言えるとするならば――こんな形の決着、真奥のヤツも望んじゃいなかったろうに、と。ただ、それだけだった。

「……まだ、助からないかな?」

 そう切り出したのは、花沢だった。言葉と同時に放った念動力が、ひとまず遊佐の身体を空中にキープし、重力で締め付けられていた首を解放する。

「確かに放送では死んだと言われていたけど、そもそも医者であっても立ち会わずして厳密な死亡宣告なんてできるわけがない。もしかしたら仮死状態にあるだけかもしれないだろ?ㅤ僕が念動力で浮かせておくから、このまま縄を解いて降ろそう。できるだけ、慎重にね。」
「……そうか!」

 遊佐との親交が薄いからこそ、花沢は冷静だった。その言葉を聞いて、ハッとしたように遊佐の方へと走り出す漆原。

 その隣で、小林はどこか考えるような素振りを見せていた。

(具体的な根拠が、あるわけじゃない。)

 小林から見ても確かに、最後に見た遊佐は精神的に弱っていた。漆原ほど彼女を知っているわけではないが――それでも、思わずにはいられない。彼女が本当に、自殺という手を選んだのか?

 かつてトールは、私を慕ってくれていた。下等で愚かな生物だと謳っていた人間である私を。ドラゴンという私たちとは比べ物にならないほどの存在が、たった一晩で心を変えたのである。そして、彼女を変えた何かは間違いなく存在しているのだ。

 トールを変えたのは小林さんであると、トールは言っていた。でもね、私はただ酔った勢いであの山にフラフラとたどり着いただけのただのOLなんだ。私自身が特別ってわけじゃあない。トールが言うような価値なんて、私にはないんだよ。

(でもトールはあの時――震えてたんだ。)

 そう、トールを変えたのはきっと、私なんかじゃないんだ。

(ドラゴンであっても……きっと生物である限り、簡単には抗えないんだよね。)

 トールと初めて会った山の中。私に信仰心があれば、抜けなかったであろう神剣とやら。死という、あらゆる変化の終着点を前にしたトールは、抗えない恐怖と戦っていた。

 死ぬのは怖い――生物に定められた生存本能。それに逆らうのは、ドラゴンの心すら変えてしまうほどに、決して容易なことなんかじゃなくて。

 私たちと別れてから放送が始まるまでの数分間で、旧知の相手にまで気持ちを隠し切ったまま、生存本能を振り切って自殺に走る。そんなの、心の弱った彼女に――いいや、心が弱っていればこそ、できるわけがない。死という不可逆的な変化を受け入れるその心は、ある種、強さと呼べるものだから。

 だからこれは、自殺じゃない。だとすると、この現場を作り上げた第三者がいるのだ。

 わざわざ手間をかけて、遊佐が自殺したかに見せかける、その者の狙いは――

「……待てっ!」

 突然の小林の発言に、漆原はピタリと静止する。

「えっ?ㅤ…………なっ!?」

 ――次の瞬間。遊佐を吊るしていた巨木の影から、ひとつの影が漆原へと飛びかかった。

 突然の出来事に、的確な反応なんてできようはずもない。その影の手にしたナイフの刃先が、漆原の喉を掠める。僅かに届かなかった一撃に、影は小さく舌打ちをしながら、空いた左手を顔に装着した仮面へと当て、そして、発する。

「――アルセーヌ!」

 続いて襲撃者――雨宮蓮の背後より顕現したペルソナ、アルセーヌから放たれた斜めの斬撃が、漆原の胴に裂傷を刻む。

「ぐっ……このッ……!」

 更なる追撃を許すわけにはいかない。血が流れ出て脱力する身体に鞭打って、支給された三叉の槍をぶん回す。遠心力を味方にした横薙ぎの槍術で、振り下ろされるアルセーヌの腕とぶつけ合って、互いに弾き合う。

 攻撃されていると理解してからは、正面戦闘に遅れを取る漆原ではない。しかし、心の準備が相手より二手分は遅かった。遊佐の身体に超能力を使っていた花沢も、直ぐに対象を切り替えるには至らず、また最も襲撃を警戒できていた小林とて、単独で戦局を動かす力はない。アルセーヌの『スラッシュ』によって胸に深く刻んだ傷とて甘受して然るべきと言えるまでに、全員が襲撃者に対して遅れを取ってしまっていた。仮に小林さんの警告が無く、あと一歩踏み込んでいたならば――喉元を掠めた斬撃を前に、その先の想像は容易い。

「……お前が遊佐を、殺したのか?」

 状況を見るに、この男が遊佐を殺したのは間違いない。むしろ、遊佐の自殺を突きつけられた時に覚えたあの失望にも似た動揺を思えば、殺されたという方が――明確に仇討ちの相手がいる方が、精神的にも楽ではある。だが一方で、漆原はそれを信じたくなかった。

 何せ、明智や自分たちとの連戦で心身ともに弱っていたとはいえ、仮にも遊佐は勇者と呼ばれた人間だ。それを、自分たちと別れてからの短時間にいとも容易く殺し、そればかりか自殺偽装により来訪者の不意をつく準備を許す時間まで残しているのだ。それは目の前の男の実力を証明するには十分過ぎる事実。

 それを改めて突きつけるように、静かに、そして荘厳に、男は口を開いた。

「――そうだ。俺が殺した。だが、大丈夫だ。すぐにお前たちにも後を追わせてやる。」

 いつか不殺の誓いを打ち立てた怪盗団のリーダー。聖剣の勇者の名の下に人々を率いて戦った少女。悠久の時を生きるはずだったドラゴン。もう、どこにもいなくなってしまった者たち。

 生きている限り、誰もが常に、その在り方を変えていく。いずれ死ぬその時までは、誰かを信じて、時に疑って、されどまた信じて、そんな巡りを続けていく。だからこそ、かつて敵だったものは明日の仲間かもしれなくて。そして、かつて仲間だったものも、醜悪な敵へと変わり得るのだ。

 今のこのひと時が、たった一発の銃声で掻き消えてしまうほどに儚いものであると、知っているから。

 相手の命を奪ってでも、生にしがみつくその理由なんて――それでいい。それだけで、十分だ。

【D-3/草原/一日目 朝】

【雨宮連@ペルソナ5】
[状態]:健康
[装備]:綺麗なナイフ@虚構推理
[道具]:基本支給品 不明支給品0~2(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る
一.…やるか(殺るか)
二.怪盗団のメンバーも、殺そう。
三.明智五郎は、この手で殺された借りを返す

※11月20日新島冴との取引に応じ、明智に殺されてBADエンドになったからの参戦です。
※所持しているペルソナは【アルセーヌ】の他にアルカナ属性が『正義』のペルソナが一体います。詳細は後続の書き手様にお任せします。

【小林さん@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:胴体に打撲
[装備]:対先生用ナイフ@暗殺教室
[道具]:基本支給品 不明支給品(0~2) 折れた岩永琴子のステッキ@虚構推理
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1.トールの死による喪失感

【漆原半蔵@はたらく魔王さま!】
[状態]:腹部の打撲
[装備]:エルマの三叉槍@小林さんちのメイドラゴン
[道具]:基本支給品 不明支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界の知り合いと力を合わせ、殺し合いを打倒する。
一.雨宮蓮を打倒する。

※サリエルを追い払った時期より後からの参戦です。

【花沢輝気@モブサイコ100】
[状態]:念動力消費(大)
[装備]:金字塔のジャケット@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
一.雨宮蓮を倒す。
二.影山茂夫への尊敬と、無意識な恐怖。
三.影山茂夫には頼りきりにならないようにする。

※『爪』の第7支部壊滅後からの参戦です。桜威に刈られた後のカツラを装着してますが、支給品ではなく服装扱いです。

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051:バイバイYESTERDAY 時系列順 053:[[]]
投下順
Get ready, dig your anger up! 小林さん
漆原半蔵
花沢輝気
雨宮蓮

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最終更新:2024年07月23日 00:42