西暦にしておよそ600年頃、ベルギーのゲールという町にディンプナという女性が一人の司祭を連れてやってきた。ディンプナはキリスト教徒で、アイルランド王の娘だった。しかし、異教徒であるアイルランド王から近親婚を迫られ、それを拒否したディンプナは一人の司祭を連れて国から逃走した。そして二人は海路を辿りベルギーのゲールまで逃げ延びたものの、追っ手に拿捕され、処刑された。
この二人の遺体はゲール住民によって埋葬され、殉教者、すなわち聖人になった二人の墓は様々な病に苦しむ患者達の「癒しの場」となっていくことになる。
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という伝承がゲールにはあって、これがゲールの精神病者の巡礼地としてのはしりであると言われている。ディンプナは「聖ディンプナ」と呼ばれ、彼女は今でも崇拝の対象になっているそうだ。引用文の最後の段落にある通り、この時点では「様々な病の患者」が対象であったが、異教徒(悪魔)である父を殉教によって乗り越えたとされる逸話に鑑みて、また、7世紀(つまり西暦600年代)には精神疾患が治癒したという伝説も起こっており、次第に精神疾患を専門とする巡礼地になっていくことになる。というのも、キリスト教の解釈では精神病は悪魔の仕業とされていたから。1300年代には聖ディンプナ教会というものも出来、体制が整っていく。
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巡礼地になったゲールには沢山の巡礼者(精神障害者)が町を訪れることになる。その巡礼者の面倒を見たり、治療の儀式を行っていたのは教会だったが、次第に手に余る人数になっていく。そこで、近隣の民家が儀式の順番待ちをしている者や儀式が終わった後も町に滞在する者のために宿を提供し始め、これがゲールにおける精神障害者の家庭看護の始まりになった。
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そして、18世紀末期のフランス革命を経て宗教性を失ったゲールであったが、その家庭看護というシステムは様々な流れの中で生き残ることになる。これまでゲールの家庭看護は主に医療の範疇外にあり、それが指摘されることもあったようだが、ここでゲールは国の支援によって医療を取り入れることになる。医療を取り入れた家庭看護を行うゲールは世界から注目されることになり、当然様々な見学者がゲールを訪れることになった。その中には日本の医学者もおり、その日本人初の見学者が呉秀三だった。
最終更新:2007年07月13日 00:15