VSヒグマード



「はァ!? ヒグマを捕まえる?」
「そうだ、天龍くん。私ときみで、ヒグマを捕まえるんだ」

 B-2の森の中。
 黒のショートヘアに眼帯を付け、背中に重装備をした少女・天龍は、目の前の男の言葉に仰天した。
 天龍の肩に手を置き熱弁したのは……スキンヘッドに黒い丸サングラス、
 口元にお茶目そうなひげを生やし、そして白衣を着た研究者然とした男。
 カツラと名乗ったその男と少女は先ほど出会い、
 互いに言葉を交わす上で両者ともが、この「実験」へ刃向かう意思を持っていることを確認した。
 そして意気投合したところだった。だがそこへ、カツラがすっとんきょうなことを言ったのだ。

「おいおいオッサン、あんたも見てただろ? あのヒグマはヤバいぜ。
 スピードは島風以上だし、火力は超弩級戦艦よりありそうだった。
 しかも殺気しか放ってなかった。ハチミツやら鮭に釣られて網にかかるとは到底思えない。
 俺が砲雷撃戦で引き付けてもいいけど……多分、厳しいな」

 天龍はカツラの提案に難色を示す。その背後で、少女が背負っている砲台が少し斜め下を向く。
 彼女――天龍は艦娘(かんむす)と呼ばれる、
 かつての日本軍の艦船の名と記憶を背負った少女戦闘兵みたいな存在である。
 機動力、雷撃能力など、戦闘に関しては素人よりはデキるつもりだ。
 それでもあのヒグマとは渡り合えないだろうと天龍は睨んでいた。
 素直にそれを告げると、しかしカツラは厳しい表情を崩さぬまま、デイパックから何かを取り出した。

「罠を張って捕まえるのではない。これを使う」

 カツラが取り出したのは上半分に紫色、下半分に白色をおいた小さな球体だった。
 上部に「M」の文字。中身は空だ。

「天龍くんは十秒――いや五秒稼いでくれればいい。その間に私が、このマスターボールをヒグマに当てる」

 マスターボール。
 モンスターを捕まえるモンスターボ-ルの中でも最上級に位置する捕獲アイテム。

「これはシルフカンパニーの特別製だ。ポケモンであろうとなかろうとおそらく捕獲できる。
 当てることさえできれば、対象はこのボールの中に入る……これでヒグマを「保護」する」
「保護?」
「ああ。おそらくあのヒグマは利用されているだけだ。
 そしてあの主催は、ヒグマを……生命を人の都合で利己的に使おうとしている。
 この実験でテストしたあと兵器として運用するつもりだろう。
 ……かつての私と同じ過ちだ。だから私はこの実験、ヒグマを傷つけることなく主催を打倒したい。
 ヒグマは見たところ飢えているだけだ、一度ボールに入れて大人しくさせれば――」

  『大人しくさせれば、分かり合えるとでも?』

「!?」
「なッ!?」

 カツラが悲痛な表情で天龍に語っていたそのときだった。森の奥手から低いうなり声。
 その唸り声はむろん人のことばをしゃべってなどいなかったが、なぜかカツラと天龍には人の声に聞こえた。
 唸り声は続けた。
 唸り声は――否定した。

  『違う、間違っているぞ人間』

 木陰から姿を表したのは赤黒い毛並みを持ったヒグマだった。
 まるで血液が毛の先まで駆け巡っているかのような色をした、化け物だった。
 牙が異常発達し、何かに飢えた顔つきをしていて、そしてどこか気高い。
 彼女は……そして彼は、驚く二人をよそに語りを続ける。それは彼の言葉なのか、彼女の言葉なのか。

  『保護などこちらは望んでいない。大人しくなることなどこちらは望んでいない』
  『勝手に我々の言葉を捏造するな』
  『そんなものは――そちらが勝手に、こちらのことを分かったつもりになっているだけだ』
  『捕まえて愛情を注げばいつか信じ合える? 愛し合える?』
  『うぬぼれだ、それは』
  『飼いならし、支配し、植え付けて――自分で自分に染めた自分の写像を愛することを』
  『相互理解と勘違いしてしまっているだけだ』
  『化け物は人とは相容れない』
  『人は人である限り化け物には成れないし、化け物は化け物であるかぎり、人には成れない』
  『だから――我々は、敵だよ、人間』

「危ないッ!!?」

 予備動作はゼロ。比較的生身での戦闘と殺気に慣れている天龍だけが、ヒグマの動きを察知できた。
 慌ててカツラの腕を引き、最悪の事態を回避せんとする。
 しかし恒常的な飢えによって人間では到底出せない100%の肉体パフォーマンスをするヒグマ、
 加えて伝説の吸血鬼の力さえハイブリッドして『化け物』を昇華しているヒグマードの速度は、
 獲物を逃すことはなかった。

 カツラの丸眼鏡が宙を飛んだ。
 当たりにまだらに血が飛び散った。
 赤黒のヒグマはその血を浴びるようにして、なんの感慨もなく飲んだ。
 それは生きるための知恵だ。命を保つために身に着けた暴力的な野生だ。
 そうだ。たとえ利用されているという事実があったとしても、
 ヒグマはそれに怒ったり嘆いたりはしていない。ただ生きているだけだ。
 天龍は掴んで引っ張った右手の先、カツラの体が血を失って唐突にかなり軽くなったのを感じた。
 まずい。
 慌てて背中の砲台を動かし、

「全弾――撃てェッ!」

 命令信号を発して魚雷を地面に放つ。
 爆煙が辺りを覆う。
 いくらヒグマといえど、このレベルの爆炎の中に飛び込むのは本能が避ける。ヒグマードは煙が晴れるのを待った。

  『……』

 しかし、晴れた時にはヒグマードの前から天龍とカツラの姿は消え去っていた。
 逃げたのだ。

  『……逃げたか』

 ヒグマードは唸り笑った。
 逃げられた。とはいえ、流した血の匂い。
 そして逃亡方向への血痕は隠せなかったらしい。追える可能性は十分にある。
 ヒグマードは問うた。――まだ飢えは残っているか?
 ヒグマードは答えた。――ぐるるるる。ぐるうるる。

【B-2 森/黎明】

【ヒグマード(ヒグマ6)】
状態:化け物(吸血熊)
装備:
道具:アーカード支給品(得意武器、ランダム0~2、基本)
基本思考:――化物を倒すのはいつだって人間だ
1:求めているのは、そんなものではない。
2:お腹いっぱい、喉も少しは満ちた。
3:だが、天龍達を追う。
※アーカードに融合されました。
 アーカードは基本ヒグマに主導権を譲っていますが、アーカードの意思が加わっている以上、本能を超えて人を殺すためだけに殺せる化け物です。
 他、どの程度までアーカードの特性が加わったのか、武器を扱えるかはお任せします。


 ◇◆


「おいオッサン! 大丈夫、……じゃ、ねぇな……」
「……ごほっ」

 近くの地面に魚雷を全弾発射し、その爆炎と爆煙に紛れて逃げる。
 ある種の自爆戦法は天龍にも少なからずダメージを与えていた。ちょっとだけ服が破れてしまった。
 小破、といったところだ。天龍は運が良かった。
 さらに、全弾発射で長く煙を持続させたぶん、時間は稼げた。それなりに距離を取れたとは思う。
 少し離れた森林地帯。
 天龍は、カツラを大きな木の根の影に横たえた。……残念ながらこちらは大凶だ。
 半身が血にまみれている。
 左胸から左肩が、えぐれたように消失している。
 そこから強い赤みを帯びた液体がとめどなく流れている。どう見ても、もう無理だった。

「オッサン」
「てん……りゅう……くん。ボール、は、……バッグ、に」

 眼鏡が飛んで行ったことで、辛うじてカツラは目の動きで天龍に合図をすることができた。
 どうやら、ぎりぎりのところでカツラも動き、右手に握っていたマスターボールをバッグに戻したらしい。
 天龍はカツラが右肩からかけていたバッグを漁ってそれを取り出した。

「これ……」
「頼、む」
「……いいのか? 俺は保護じゃなくて、鹵獲するぜ」
「かま、わない。それでも」

 カツラは口から血を吐いた。しかし続けた。

「私はかつて、化け物をつくった。そして、自由を求めて私の元から逃げたそいつを、
 私の都合で再度捕まえて、閉じ込めた。
 それからも戦いに連れていって、傷つけて……どんなに理由をつけようと。それが事実だ」
「……」
「私は繰り返したくなかった。人のエゴで彼らが傷つくのを見たくなかった。
 ……おそらくこのままではいずれ、あのヒグマは利用されて、死に至る。それが嫌だった。
 だから保護したかった。でも結局それが嫌なのは、私の都合で……彼は望んでいないのだろう。
 けれど……それでも救いたい」
「救う。ヒグマを」
「そうだ、天龍くん。きみに、任せて、いいか」
「俺に……ああ、分かった。分かったからもう、休みな」

 天龍はやさしく、カツラに言葉をかけた。カツラは少しだけ笑い、ゆっくりと目を閉じた。
 そしてふっと炎が消えるように死んだ。

【カツラ@ポケットモンスターSPECIAL 死亡】


「フフ……怖いか?」

 残された天龍はひとり自問した。答えは身体の震えが代弁してくれた。
 正直言って、頼まれた任務は無茶もいいところだ。戦力差でいえば一人でソロモン海戦に臨むようなものだろう。
 だけど。――人のエゴで戦いに駆り出され、人を傷つけていた兵器としての側面も持つ彼女は呟く。

「でも。そこにある命を救いたい、敵だろうと救いたいってのは。俺だってずっと思ってきたことだ」

 天龍は戦うのが好きだ。艦船として生まれたからには自慢の装備で敵を倒したい。
 だが殺し合いは、命が失われる、そういう戦争は、嫌いだ。
 命を奪ってしまったらもう二度と同じ相手とは戦えないし、なにより悲しい。
 現在、ふだん彼女たちが戦っている深海棲艦だって、別に殺したくて轟沈させているわけではない。
 助ける手段があるのならば助けたいのだ。たとえ相手がそれを望んでいなくとも。
 今。
 ここに、天龍の右手に握られているのは、
 その何度も試みてできなかった願いを叶えられるかもしれないアイテムだという。

「だったら……言われなくても、やるしかねぇだろ……!」

 天龍はマスターボールを副砲に詰めた。
 主砲は撃ち尽くしてしまったが、まだデイパックの中に魚雷ガールとかが入っていたので、
 とりあえず詰めれるだけ詰めた。あとは号令をかけるだけだ。
 すうっと息を吸って、空に向かって。かつては人ではなかった少女は、人として叫ぶ。

「天龍、水雷戦隊。出撃するぜ! 目標はヒグマ! 作戦形式は、捕獲作戦!」

 たとえ化け物であろうとも、そこに死ぬ定めの命があるのならば。
 そいつをムリヤリ、救ってやろうじゃないか、と。
 ……え? 救おうとしてるヒグマは簡単には死なないやつかもしれない?
 まあ、それはこの子知らないし。


【C-2 森/黎明】

【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破
装備:主砲・魚雷ガール@ボーボボ、ほかランダム支給品1~4
   副砲・マスターボール@ポケットモンスターSPECIAL
道具:基本支給品×2、(主砲に入らなかったランダム支給品)
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
1:ヒグマードを捕獲する。
2:モンスターボールではダメ。ではマスターボールではどうか?
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも


No.032:山の神の怒り 投下順 No.034:Death of the Brown bear Viscount
No.032:山の神の怒り 時系列順 No.038:鎖国
カツラ 死亡
天龍 No.086:あらしのよるに
No.006:MONSTER ヒグマード

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最終更新:2014年12月14日 00:52