山の神の怒り
「方位九時、仰角30°……撃ちぃーかたぁー始めぇークマー」
闇夜の草原を切り裂く三つの重低音の咆哮。
人によっては花火大会で打ち上げられた花火の音に聞こえるかもしれない。
ひゅるるるるとそれは風きり音のうなり声を上げてそれは地面に大きな爆発と大穴を穿つ。
もうもうと上がる噴煙の中にゆらめく影を音を放った主は遠くから目撃していた。
「弾着近近遠、夾叉。探照灯もなしに初撃で夾叉に持ち込めたのはさすが球磨の実力クマ」
双眼鏡を覗き込んでふふんと鼻を鳴らすセーラー服姿の少女。
彼女の名は球磨。誉れ高き大日本帝国海軍の一翼を担う球磨型軽巡洋艦、そのネームシップである。
「単純な馬力なら長門以上だクマ。意外に優秀なのが球磨だクマ。でも――だからといって慢心しないクマ」
遥か彼方に見えるそれを双眼鏡越しに凝視して球磨は冷静な口調で呟く。
――アレは一体何だクマ。
球磨は電探に現れた敵影に向かって14cm砲による先制攻撃を行った。
戦艦級には心もとない装備だが小型の艦――ましてや生物に対してはオーバーキルも甚だしい艦砲射撃。
それを球磨はヒグマに対して行ったのだ。
いくら大型の熊であろうともせいぜい2m程度。直撃せずとも着弾時の爆風で死に至らしめる。
先ほどの砲撃はヒグマを屠るには十分な至近弾だった。
「あれは何だクマ? 新手の深海棲艦か何かクマ?」
首をかしげる球磨。相手の正体を掴めぬままに攻撃したのは失策だったかもしれない。
どうする? 初撃で夾叉に持ち込めた。次は当てられる自信がある。
しかし正体不明の敵に対し単独の行動は好ましくない。
(考えるクマ……! 単艦での深追いは死亡フラグクマ……)
こう見えてもかつて世界最強の米軍艦隊を相手に激闘を繰り広げた歴戦の艦。
わずかな判断ミスが命取りになる。
「クマっ!? 敵影消失……目視でも電探にも反応なしクマ……これはよくないクマ」
突然消え去った敵影。
向こうがこちらに気づいていないという希望的観測は避けるべき。
球磨は急ぎこの場を離れようとした時――
「きゃっ!?」
「クマ!?」
どんっと何かにぶつかった。
「あいたたたクマ……」
「ごめんなさい、よそ見をしていてしまったわ」
「もうっ……気をつけるクマ(……この娘、なんで球磨の電探に察知されなかったクマ?)」
少女は球磨に手を差し伸べる。
神秘的な雰囲気を携えた黒髪の少女。
彼女は硬い表情のまま球磨を見据える。
「――とりあえずここを離れるのが先クマ。自己紹介など後でいくらでもできるクマ」
「……そうね。あなたの攻撃効いていないようだったものね」
「……」
■
「ここまで来れば大丈夫クマ」
相手に気づかれてはいないものの遮蔽物のない広い草原。
そこに留まればいつか見つかってしまう危険性を孕んでいる。
草原を離れた先は朽ち果てた街並の廃墟だった。
ここならそうそう見つかることはないだろう。球磨と少女は手近な場所に腰を下ろした。
「――
暁美ほむらよ」
「クマ?」
「だから、私の名前」
涼しげな表情で、淡々と自分の名前を名乗る少女。
どうにもやりにくい。正体不明のヒグマもそうだがこの少女も完全に気を許すことができないと球磨の勘が告げる。
「元大日本帝国海軍所属、球磨型軽巡洋艦一番艦の球磨だクマ」
「は?」
「帝国臣民たる者が球磨の名を知らんとは今時の若者はどうなっているんだクマ……ブツブツ」
「いや……そうじゃなくて」
「何がクマ?」
「いえ、別になんでもないわ」
怪訝な表情を浮かべるほむらだったがそれ以上何も聞いてこようとはしなかった。
球磨もまた自分の艦名以外の経歴についてはごくごく簡単にしか説明しなかった。
――こいつ、何者クマ?
一見するとごく普通の、少し寡黙な年頃の女学生といったところだろう。
しかしその身体から香る匂いがどうしても気になって仕方がない。
球磨にとっては身近な香り。軍属の者なら日常的な匂い
硝煙の匂い。
どうみても堅気のモノではないことは確実なのに立ち振る舞いは素人である。
もしくは素人を振る舞ってこちらを油断させようとしているのか。
「(この娘……あんまり良くない目をしているクマ。あの目は長生きできない目クマ。暁美ほむら、その歳で何を見てきたクマ?)」
全ての運命を一人で背負い、抗い、傷ついてきた瞳。
愛する者を守るため、たったひとりで戦い続けてきた瞳。
それは世界全てを敵に回してでも――
■
――何度繰り返したの?
――あと何度繰り返すの?
――貴女が歩いた昏い道に、望んだものに似た景色はあった?
頭の中に呪いが反芻する。
ある魔法少女の声がずっと耳から離れない。
あのイレギュラーな時間軸はほむらにとって最悪の結末に終わった。
『彼女』はこの手で始末した。
巴マミや
佐倉杏子と協力し合えることもできた。
ひとりあがき続けた世界の中でもっとも最良の結末を迎えることを期待した。
しかし失敗した。『彼女』の執念がほむらに一歩勝っていた。
だから再び繰り返した。
そして今ほむらが再び迎えた世界は袋小路一歩手前だった。
どういう理屈か時間遡行の魔法を封じられてしまった世界。
やり直しの効かない世界。
もうなりふり構っていられない。
まどかのために何が何でもこの島を抜け出さなければならない。
人殺しなど前の世界ですでに経験済みだ。何を躊躇うことがある?
が、悩みの種もある。極めて特殊な魔法を行使できる反面、素の戦闘能力においては他の魔法少女に大きく劣ってしまう。
ゆえに常に銃器を忍ばせてはいるのだが、どうもこの島では奇妙な生物が闊歩している。
艦砲射撃の爆風を至近距離で浴びながらも絶命に至ってはいないヒグマ、それに対して拳銃や散弾銃など豆鉄砲にも等しい。
幸いこの球磨という娘、こちらを完全に信用していないものの比較的友好的な態度を見せている。
せいぜい利用させてもらおう。彼女の大火力の砲は魅力的だ。
「(待っててまどか……こんな茶番早く終わらせてあなたの元に――)」
【F-7 廃墟/黎明】
【球磨@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:14cm単装砲、61cm四連装酸素魚雷
道具:ランダム
支給品×1
基本思考:会場からの脱出
1:この娘あんまり信用できないけど放っておけない
クマー
【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:健康
装備:ソウルジェム
道具:ランダム支給品×1~3
基本思考:他者を利用して速やかに会場からの脱出
1:まどか……今度こそあなたを
[備考]
※時間遡行魔法は使用できません
■
闇の中に金色の双眸が煌めいている。
それはゆっくりとした足取りで大地を踏みしめて歩いていた。
球磨の放った砲弾は直撃といかなかったものの、地面に着弾した際の爆風は確かにそれを巻き込んでいた。
普通の生物ならひとたまりもないその威力にも関わらずヒグマは無傷だった。
しかしまさかの先制攻撃を許してしまいヒグマはご立腹だった。
グルルとうなり声をあげて東の方角を凝視するヒグマ。
ヒグマは決して獲物を諦めない。
どこまでもどこまでも相手を追いかけ追いつめる。
それが山の神[キムンカムイ]と恐れ崇められた者たちの恐るべき習性なのだから。
【E-7 草原/黎明】
【穴持たず12】
状態:健康
装備:ECM装置
道具:なし
[備考]
※球磨を執拗に付け狙います
※分厚い毛皮により14cm砲ではダメージを与えられません。
少なくとも戦艦の大口径主砲か至近距離での魚雷一斉掃射でないと倒せません
※強力なジャミングにより電探に捕捉されにくく、またミサイルなど誘導兵器もロックオンされにくくなっています
最終更新:2014年12月14日 00:31