第四回放送:最終決戦4『eternal reality』
「――オイ、行くのか涙子」
南斗列車砲を降り、急いで北へ向かおうとする
佐天涙子に、
浅倉威子が声をかけていた。
佐倉杏子からのテレパシーに即応した涙子は、力強く言い切る。
「うん、私が、
相田マナさんを、連れ戻す――!」
「あの女機械をか? ブッ倒すならまだしも、生け捕り? 洗脳を解く? 何する気か知らんがやめとけ。
ついさっき言ってやったろうが。甘すぎて死ぬぜ? お前。
それに、お前がいないと次の弾撃った後の整備の手も足りねぇんだよ」
「いやいや浅倉さん。私も、ある意味浅倉さんに連れ戻してもらったようなもんだし。今度は、私がそうする番」
ヒグマ島希望放送に向けて近づいてくる『H』を迎え討とうとし、あまつさえそれを捕獲しようとしている彼女の行為は、浅倉にはあまりにも無謀に思えた。
だが、浅倉の言葉に、佐天涙子は笑いながら手をうち振る。
浅倉に向き直って、彼女は両腕を広げた。
「愛っていうのは、伝わるんだよ……!」
STUDYの研究所で、フェブリに、
布束砥信に言った言葉が思い出される。
自分自身にも言い聞かせるようにそう言い切り、彼女は目の前でガッツポーズを作る。
「だから、浅倉さんも悔いのないように、頑張ってね!」
「悔いのないようにって……、俺は単にこの島に移住してぇだけだぞ?」
「いや、だからさ、一緒に住みたい人とかさ。いるわけでしょ?」
『浅倉さんの気持ちはわかってるよ』とでも言いたげなドヤ顔で、ゴスロリ包帯の佐天涙子は笑う。
困惑する浅倉に向け、夜空を見上げながら彼女は言う。
「……私は、大好きな人も、その夢も守りたいから!」
その眼は、決意に燃えていた。
「この島を救って、その人も守る! 全員が全力でその方向に頑張るしかないじゃん!!」
自他を奮い立たせるように、一言一言に希望と熱量を込めて、佐天は叫ぶ。
包帯とゴスロリに覆われたその体からは、降る雪も融かすような蒼い炎が燃え立つようだった。
「きっと、輝く希望がこの街を駆け抜けるから!
いつだって私は素晴らしい人たちと、信じる明日を探し続けてきた!
だから、浅倉さんも、ね! 私より強いんだから、浅倉さんなら、絶対その人を守り抜けるよ!
それじゃ、お互い全力で!」
言うだけ言ってから、佐天涙子は浅倉に手を振って、夜に駆け出していってしまう。
ぼりぼりと頭を掻き、浅倉は立ち尽くす。
彼女は雪風の中、遠ざかる佐天涙子を見つめていた。
「……好き勝手言いやがって」
不思議と、今まで浅倉を苛み続けて来たイライラは、湧かなかった。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
B-8で、遠征部隊の面々が江ノ島盾子・江ノ島棲姫たちと戦闘を開始したのとほぼ同時に、ヒグマ島希望放送の本放送が始まっていた。
小屋の観客席では、
巴マミ、
呉キリカ、布束砥信、
間桐雁夜、
宮本明、李徴、隻眼2、メルセレラ、ケレプノエ、クックロビンといった面々が舞台を見守っている。
その舞台に真っ先に登っていたのは、那珂でも、アイドルの
星空凛でもなかった。
「みんな、今日は那珂ちゃんたちのライブに来てくれてありがとー!! まず、今日最初に歌ってくれる素敵な子は、こちら!」
「……私は、原幕高校の
黒木智子だ。……おい、見てるか同級生」
舞台脇の那珂の司会で壇上に登ったのは、黒木智子だった。
ゴシックロリータのドレスに、水銀のティアラやアクセサリーを纏った少女が、抜けきれぬ恥ずかしさを抑え、那珂からマイクを受け取っておずおずとそこに出ていた。
配信のコメント欄が、ざわつく。
『凛ちゃんはー?』
『誰だよこの陰キャ』
『お、さっきの風呂上がりの子だ』
『戦場の中継だったはずなのになんで急に歌う流れになってんだ?』
『那珂ちゃんおるやんけ』
『凛ちゃん出せよ』
『なんで艦隊のアイドルがMC?』
『もっと那珂ちゃん映してよ』
『うるせえぞ提督連中』
『ラブライブ厨こそ黙れよ』
いっこうに落ち着かないそのコメントの様子に、舞台袖から星空凛の一喝が飛んだ。
「みんな静かにしろにゃ」
静まり返る小屋と、
初春飾利が管理するパソコン上のコメント欄を眺め、彼女は歩み出る。
「凛は歌わないよ。みんながそんな様子じゃ」
「えー!?」
「えーじゃないにゃ。呼べば出てくると思うなよ」
コメント欄と一緒になって叫ぶクックロビンに向け、星空凛はぴしゃりと言い放つ。
「凛は『飛び込む勇気に賛成』」
彼女は右手を挙げた後、その手を握り込み、心臓に当てるように胸元へ持ってきた。
間桐雁夜が持つスマホの中継カメラが、彼女の衣装に寄る。
「この服、なんだかわかる? 舞台衣装なわけじゃないにゃ。
これはこの島で凛を助けてくれた人の形見……。凛が受け継いだ大切な魂にゃ」
それは
ジャン・キルシュタインの、調査兵団の服と立体機動装置であった。
凛はそのまま、クックロビンから伝え聞いた、この島でのサブカルの広まりの経緯を語る。
「この島では、ヒグマさんたちに大人しくしてもらうために、まず那珂さんも出演してる『艦隊これくしょん』を流行らせたらしいにゃ。
でも、逆に過激派が増えちゃったから、今度は凛たちスクールアイドルが出演してる『ラブライブ』『スクフェス』を流行らせたんだって。
その結果、この島じゃ、
艦これ勢とアイドルファンがいがみあって、何人もの人とヒグマが死ぬ、とんでもないリアルファイトが起きてたにゃ」
『バカじゃねぇの?』
『流石にそうはならんやろ……』
『なっとるやろがい』
『最悪の宗教戦争』
「バカだと思うよね? 今それと同じことがコメ欄で起きてたにゃ」
冷静さを取り戻してきたコメント欄の様子に、那珂が駆け寄ってくる。
那珂と星空凛は頷き合い、カメラに向け2人で手を差し出した。
「これは、那珂ちゃんたち艦娘と」
「凛たちスクールアイドルが協力してのお願い!」
「「みんな、協力して、私たちの歌を聴いて下さい!!」」
『そんなこと言われても……』
『マジで意味わからんし』
『そもそもあの子は誰?』
『戦闘は大丈夫なんですか?』
それでも困惑が続いているコメントの数々に、星空凛は震えた。
「……ねぇ、どうして聴いてくれないの!? ……な――ぜ――ッ!?」
次の瞬間、雪風を切り裂くような気合とオーラが、星空凛から迸っていた。
「届けて! 切なさには、名前を、つけようか!? 『Snow halation』!!」
目の前でスマホカメラを構えていた雁夜がビビるほどの踏み込みで舞台を鳴らした彼女は、そのままの勢いで歌い始めていた。
「想いが重なるまで、待てずに、悔しいけど、スキって純情――!!」
アカペラのままキビキビとしたステップを踏み、激しくダンスを踊る。
「微熱の中、ためらってもダメだね――。飛び込む勇気に賛成――!」
そして腕を広げ、衆目を完全に集める。
「まもなくStart――!!」
持ち歌のサビの力で配信コメントを捻じ伏せた彼女は、そのままの流れで黒木智子に向けて手を差し向けていた。
硬直し続けていた智子は、凛からのウィンクで我に返る。
「……うん。誰だって思ったやつが大半だよな。言っておくが、私は一般人代表だ。
この島に誘拐されただけの、本当に何でもないただのモテない女子高生だ。
本当に迷惑だし、何度も死にそうな目にあったし、怖すぎてやってられなかった」
咳払いをしてから、静かに話し始めた智子の言葉に、もうざわつくコメントはいなかった。
視聴者は星空凛のパフォーマンスに圧倒され、中でもラブライバーは『飛び込む勇気に賛成』の一言だけで凛の真意を汲めなかったことを大きく恥じ入ることになっていたのだ。
「……で、なんでそんな私が吹っ切れてこんな舞台に立ってるかっていうとな。
この島の人やヒグマを殺戮しようとしてる、江ノ島盾子って奴が、全世界に拠点を作ってるからなんだ」
そんな視聴者たちの思考に、智子の説明がようやく入ってくる。
「画面の前で、わけわからんって顔してるよなみんな。うん。だからざっくり説明するとだな。
この放送には、その江ノ島盾子の拠点のデータをぶっ壊すプログラムが一緒に流れてる。らしい。私もよくは知らん。
とにかくこの放送を、全世界で流してもらうことが、ヤツの世界中へのテロを防ぐ唯一の手段なんだ。
だから聴いてもらえるようにライブなんてしてるんだ……!!
私たちは今、戦える奴らが全力で江ノ島盾子本体と戦い、そうじゃない奴らが全力でこうして呼び掛けてる! 両面作戦なんだ!」
放送局の外で大規模な戦闘が続いている最中、どうしてこんなライブ配信をしているのか。
それは遊びでも酔狂でもなく、非常に大真面目な戦いであり、作戦の一環なのだということを、ようやく視聴者は理解した。
「国は動いてくれない! 正式派遣メンバーからの正しい情報が欲しいんだとさ! そりゃわかる!
だけど、それじゃ間に合わないんだ! だからみんなの、一般人の、ネット上のぽまいらの草の根運動が頼りなんだ!!」
智子の叫びでハウリングが起きる。
御坂美琴が気圧されながら音量のミキシングを調整する。
唾を飛ばすほどの勢いで、智子は雁夜のスマホカメラに指を突きつけた。
「陰キャの、モテない、ただの高校生が、恥ずかしさこらえてこんな格好して必死に呼び掛けてんだ! 応えてくれ!!
――マジでたぶん人生で一番喋ってるぞ私今日!!」
「こ、コメント来てます! 『切り抜きOKですか?』」
「私はいい。もうここまで来たらどこまで広がっても恥のかき捨てだ。切り抜きでも江ノ島盾子の駆除プログラムは入るのか?」
「だ、大丈夫です!」
「じゃあいいか。うん、ショート動画でも切り抜きでもバンバンSNSに上げてくれ! その分だけ助かる命がある!!」
『風呂上がりちゃん!』
『ライブ映像の切り抜きで助かる命があるのか……』
『明日から絶対モテるぞ!』
『原幕は割と民度高いから逆に拡散されない説』
『誰か原幕に広げてやれよ。人助けやぞ』
「マジで頼む! みんな、ほんと拡散に協力してくれ!! あとゆうちゃんは無事帰ったら昨日今日のノートを写させてほしい!!」
初春と共に、再び盛り上がり始めてきたコメントに向けて呼びかける。
黒木智子は、そうして舞台中央で大見得を切った。
「おいアメリカ人! よく聴いておけ! 今から私が歌うのは、オマエラが大好きなポニーの歌だ!」
『ポニー』という単語に、小屋の中に戻ってきた
武田観柳や
宮本明たちが目を見開く。
「ここまで聴いてて思った奴いないか!? 私の声はな、自慢じゃないが、マイリトルポニーのレインボーダッシュそっくりなんだよ!
だから、アメリカ、イギリス! 英語圏全土に流せよ、わかったか――!!」
カメラに向けて指をさす智子に、スポットライトが当たってゆく。
衛星局(サテライト)となった航空基地から回されてくる電力が、御坂美琴を通じてしっかりとした舞台演出になって出力される。
「フィリーズ・アンド・ジェントルコルツ! オール・ブロニー・アンド・ペガシスターズ!!
リッスン! ペイアテンション!! イッツ・ザ・ソング・オブ……、レインボゥ、ダァァッシュ――!!」
そして、放送局のオーディオから、CD音源が流される。
それは『マイリトルポニー・レインボーロックス・オリジナルサウンドトラック』に収録されていた楽曲。
黒木智子と
クリストファー・ロビンが、あの
赤化(ルベド)に染まった戦いで歌った曲。
――『Awesome as I Wanna Be』であった。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
Hey! Hey! Hey! Hey! Hey! Hey――!
――Awesome as I wanna be(夢見てたくらい)!
Hey! Hey! Hey! Hey! Hey! Hey――!
――Awesome as I wanna be(僕は最高)!
First you see me ridin' on a sonic boom(御覧じろ 僕の凄さ ソニックブーム)!
Got my guitar shreddin' up the latest tune(僕の得物は 最新式だ)!
There is nothin' you can do to beat me(君が何やっても 無意味)。
――I'm so good that you can't defeat me(僕の凄さに 敵いはしない)!!
――Yeah! I'm awesome(僕はサイコー)! Take caution(気をつけな)!
Watch out for me, I'm awesome as I wanna be(よく見とけよ 最高の僕を)!!
――Yeah! I'm awesome(僕はサイコー)! Take caution(絶好調)!
Watch out for me, I'm awesome as I wanna be(よく見とけよ 最高の僕を)!!
Hey! Hey! Hey! Hey! Hey! Hey――!
Hey! Hey! Hey! Hey! Hey! Hey――!
Step aside, now, you're just gettin' in my way(邪魔しないで 立ち退きたまえ)!
I got sick chops you could never hope to play(この神勅 聞かねばご無礼)!
When it comes to makin' music I'm the ruler(この道では 僕が王者だ)。
――You wish you could be twenty percent cooler(進歩しな あと20%くらい)!!
――Yeah! I'm awesome(僕はサイコー)! Take caution(気をつけな)!
Watch out for me, I'm awesome as I wanna be(よく見とけよ 最高の僕を)!
――Yeah! I'm awesome(やっぱりサイコー)! Take caution(絶好調)!
Watch out for me, I'm awesome as I want to be(夢見てた 最高の僕だ)――!!
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「ブロニーさんの大好きな歌が、これか……!!」
「ええ、そのようですね……」
舞台を見つめる宮本明の呟きに、武田観柳が応じた。
観柳はその腕に、
阿紫花英良だった者――魔女本体をG羆魔神我との戦闘で半壊させられ、存在感も希薄になっている人形遣いの魔女の使い魔を抱えている。
溌溂とした、自信と熱情に満ちたその歌は、歌い手も観客も、その場の全員を鼓舞するかのようだった。
ジャック・ブローニンソンと同行していた彼ら一同には、この楽曲はとても感慨深く聞こえた。
黒木智子の魂の歌唱に聞き入る観客の彼らに向け、その時、舞台裏から出てきた御坂美琴が呼び掛けていた。
「今のうちに! みんな、今の黒木さんの歌はCDがあったから助かったけど、私の人力シンセと、このアスレチックと那珂さんの音響装置じゃ演奏に限界があるわ!
誰か協力して! 特に魔法使える人とか! 魔法で、私と一緒に音楽鳴らしたりとかできない!?」
「私は金管楽器なら作れますが直接の演奏は……」
放送機材が足りないのは明らかだった。
当初は、最悪美琴がスカイセンサーを利用した演奏だけでどうにかするつもりだったが、それだとファミコン風の8bit音楽になるか、どう頑張っても演奏ジャンルがテクノポップになってしまう。
初手がCD音源だったために、聴衆の要求レベルもそれ相応のものになってしまうだろう。
DJミコトとしては、どうにかしてクオリティアップを図りたいところだった。
突然の要請に武田観柳やクックロビンがまごつく中、その場にいる人々の視線が自然と集まる者がいた。
その者に向け最初に口を開いたのは、宮本明だった。
「……メルセレラ、お前できるんじゃ?」
その言葉に、李徴、隻眼2、ケレプノエが続く。
「うむ、美色楽女士ならば」
『メルセレラさんの魔法はそれっぽいですよね』
「はい、メルセレラさまなら! きっと!」
「え!? アタシ!?」
同行者からの一斉の推薦に、アイヌ衣装のメルセレラは戸惑う。
そして続けざまに、その場の一行に外からのテレパシーが届いていた。
『マミさん、あなた歌いなさい! 私はエンジンの防衛しながら聴いてるから!!』
「え!? 私!?」
暁美ほむらの声であった。
翼の結界による制空権の確保で、南方からヒグマ島希望放送への羆嵐のさらなる襲撃を防いでいる要衝となっている暁美ほむらが、その防衛戦をしながら、テレパシーを送っていたのだ。
『私も、デビルヒグマも、他の人も言ってたでしょう! もうあなたは独りじゃない――! みんなを、その希望で導きなさい!!
あなたと一緒にいた、私たちはみんな、それを望んでいるわ――!!』
戦友からの激励に、カナリアの籠展開図が、
巴マミの脳裏に広がる。
交わした言葉と約束を、忘れられるはずがなかった。
彼女は意を決して、戸惑っているメルセレラの肩を叩いた。
「……メルセレラさん、私の歌を、あなたの魔法で演奏してくれない?」
「巴マミ……」
「さっきの音の魔法、素晴らしかったわ。私が、メロディーをテレパシーで送るから、お願い?」
「……わかったわ。やってみる」
認め合った者から、先ほどの戦いと立場が逆になったような励ましを受け、メルセレラは頷いた。
御坂美琴と共に舞台袖へ行くメルセレラを見送り、巴マミは壇上に向かっていた。
那珂と星空凛が、彼女たちの参加を笑顔で歓迎する。
全力で歌い終えた黒木智子に、観客から拍手喝采が送られる。
「素晴らしい歌だったわ、黒木さん。ありがとう……」
「パンピー枠の前座としては我ながらよくやったと思うよ……。後は任せた」
「ええ」
彼女からマイクを受け取り、巴マミはスポットライトの中に踏み出した。
「見滝原中の、巴マミです。見滝原、風見野の人たちは、少しくらい私のこと、知ってるかしら……。
私も、単なる一般人だったけど。大事故に遭って、魔法少女になった。それで、少しでも人々の助けになろうと、毎日戦ってきた。
そしてこの島で、人とヒグマとを、共に助けられる道がないか、探し続けて来たわ……」
魔法少女衣装の背に、リボンで片太刀バサミを括り付け、巴マミは語る。
あの平行展望の中で聞いた、愛しい子供のようなヒグマの言葉が、思い出される。
「その中で、私は導いて欲しいと言われたわ。いつでも『正義を信じる英雄』『衆人を鼓舞し勇気づける存在』であって欲しいと……。
だから私は、巡り合ったこの機会に、命と希望を託してくれたみんなの願いに応えます――!
私が歌う曲は、正義を信じる者――、『Credens justitiam(クレーデンス・ユースティティアム)』!」
「何語……?」
観客席に降りていた黒木智子が呟く。
その疑問に、巴マミはにっこりとしながら答えた。
「ラテン語やイタリア語を元にしてる、私の造語よ」
「造語!?」
「こういうのは、魂で感じればいいの。でもこれを日本語にするなら……」
巴マミは目を閉じ、暫し考える。
そしてゆっくりと、その歌の邦題を、紡いだ。
「……『未来』」
メルセレラが舞台上に形成したスピーカーから、高揚感のあるメロディーが流れ出す。
その歌は、巴マミ本人と、魔法のスピーカーからの二重音声にて歌われた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
solti ola i 夢を叶えて
amaliche cantia masa estia 一人で探してた星の
e sonti tolda i 同じ光を
emalita cantia mia distia 君が見つめているだけで
a litia dista いつもの夜が
somelite esta dia 闇に染まる頃
a ditto i della 走り出せるはず
filioche mio 一人じゃない
sonti tola 心たちのように
solti ola i 明け行く空は
amaliche cantia masa estia 誰かが信じた明日を
e sonti tolda i 裏切り続けて
emalita cantia mia distia それでも小さな祈りを
a lita della 諦めないよ
maliche sonta dia 届かないと泣き
mia sonta della 濡れた君をただ
i testa mia 抱きしめたい
testi ola 側に居るよ、
solti ola ずっと……
solti ola i 街は静かに
amaliche cantia masa estia 君が描いた日々の中
e sonti tolda i 数えきれない
emalita cantia mia distia 夢の灯りが消える頃
a litia dista いつもの夜が
somelite esta dia 輝き始める
a ditto i della 君を守りたい
filioche mio 一人じゃない
dia, dia 心で行く
ah 未来……!
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「マミさんらしい……、とても優しくて、力強い歌ね……」
「そうだね……」
「魔法少女って、すごいのね、色々と……」
金のテレパシーブローチから流れる歌に、暁美ほむらと
四宮ひまわり、
黒騎れいは耳を澄ませていた。
グリズリーセイバーエンジンの巨木の周りに、宇宙空間を思わせる巨大な暁美ほむらの翼の結界が展開されている。
その上空を時折通り過ぎようとする小型ヒグマは、上空から降り注ぐ『108lb化膿砲』か、地表から打ち上がる『14cm侵食砲』の弾幕で悉く撃墜され、腐り落ちていった。
包み込むような優しい歌でありながら、心の奥底から力を湧き立たせるような巴マミの歌に、四宮ひまわりたちは奮起して顔を見合わせる。
「……そろそろ、行ける」
「エネルギー充填率は大丈夫?」
「この作戦に使える程度には」
パレットスーツのひまわりとれいが、巨木の根元で何らかの準備に取り掛かる。
その二人の肩を、翼を広げた暁美ほむらが叩く。
「大丈夫よ。本当に今が絶好の機会。私たちは一人じゃない。
一緒に、心で行きましょう……、未来へ――!」
3人の瞳は、静かに、島のある一点を見つめていた。
記憶から来た軍神が、密やかにそのギャンビット(チェスの戦法)を、進める。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
コメントが回る。
そこには、英語やイタリア語、中国語など海外からのコメントも見て取れる。
多言語で歌われた楽曲の甲斐もあってか、日本国外の各国にも、着実にこの配信は広がってきていた。
黒木智子の歌から増え続けていたコメントは、もはや巴マミのティロ・フィナーレ・リベレーションにも匹敵するほどの弾幕となって配信画面を埋め尽くしている。
小屋の中に湧き立つ拍手に包まれ、巴マミはカーテシーでお辞儀をしていた。
彼女からマイクを手渡された那珂が、続いて舞台のセンターに躍り出る。
「みんな、ありがとう! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!!
この島で開催したこのライブは、今日の那珂ちゃんの悲願だったんだ――」
Licorice Leafのような薄い可能性を手繰り寄せ続けた、巡り合わせの果てに辿り着いた公演。
ようやく辿り着いたその幸運に、早くも那珂の目は潤んで来ていた。
「……実は那珂ちゃんは今日、この島のヒグマさんの、一番偉い方とお話ししてきました」
涙を指先で拭いながら、那珂はぽつりと呟く。
その突然の衝撃的な告白に、観客席の呉キリカや、舞台裏の御坂美琴が思わず目を剥いた。
「そこで、那珂ちゃんは言われたの。『行く場所も見えぬ大海で、操られるまま溺れ沈むだけのぼくらを、きみは理解できるか?』
『対等な関わり合いの中で、同胞である彼らが、イドを乗り越えた果ての、帰るべき場所を見つけてくれることを、ぼくは願ったんだ』って。
だから、那珂ちゃんはその時、この島でみんなを歌で救う、ヒグマさんと艦隊のアイドルになると誓いました。
このマイクは、那珂ちゃんに、その大元帥・イソマさんがプレゼントしてくれたものです」
ヒグマ島希望放送の一同は目を白黒させた。
今まで那珂と同行してきたのに、一言たりとも彼女からそんな話は聞いていなかったからだ。
だが布束砥信を始めとした面々は、ヤイコたちが『あのお方』と呼んでいた『イソマ』という固有名詞が出たことで、那珂の発言が真実であることを察する。
そして、ヒグマ帝国の祖たる『イソマ』の意志もまた、人間とヒグマの対立を望んでいる訳ではなかったのだと、確信した。
「色んな幸運が、巡り合わせが、今まで那珂ちゃんを助けてきてくれました――!
だから今度は那珂ちゃんが、みんなの『帰る場所』になる!! 争いじゃなく、感動と喜びで、みんなを包んでみせる!!」
那珂はそうして、高く拳を突き上げ、宣言する。
これまでの彼女の奇矯な言動に、ここまでの理由と決意があったことを、その場の観衆とスタッフたちはようやく理解したのだった。
「……な、那珂さん那珂さん、あなた何歌うの!?」
そして、あまりにも予想外の那珂の来歴に混乱しながら、御坂美琴は問う。
ここまでの気合と情熱を載せながら彼女が歌う歌が、全く想像できなかったからだ。
「みんなも、これは知ってるよね……? 『池の雨』――!」
「ああ、凛は知ってるにゃ。有名なドイツ民謡だよね!」
にっこりと笑う那珂に、星空凛が応じる。
舞台袖から歩み出る彼女は、那珂の選曲の理由を、察していた。
「凛も一緒に歌わせて。凛も、もう自分だけの、独り善がりの歌なんて歌いたくないにゃ」
「凛は、いくつもの笑顔が、今日を彩って、みんなを包み込む……。そんな当たり前を、守りたい!!」
「うん! 那珂ちゃんも、一緒の気持ちだよ!!」
心を通わせるアイドル2人をよそに、DJミコトは状況を呑み込み切れないでいた。
「……知らんけど、2人が言うなら世界的に有名な曲なのね!? ならそれで行く……!?」
「何言ってるにゃ、日本でも相当有名だよ? 聴いてみたらみんなわかるって」
星空凛は、不安そうなメルセレラにもジェスチャーをして、楽曲の再生の準備を進ませる。
「歌詞は原曲で? それとも昭和の日本語版にゃ?」
「ううん、最新のでいいよ。那珂ちゃんもそこは押さえてるから」
「了解にゃ。じゃあ――」
凛と那珂は、息を合わせてマイクに向かう。
「「『みんなの池の雨』」」
そしてメルセレラのスピーカーから流れてきたメロディーに、御坂美琴はその曲の正体をはっきり認識して狼狽えた。
「――うっ、これ『ドレミファソーラファミーレードー♪』じゃん! あの音楽教室のCMの! ドイツ民謡だったの!?」
独逸中西部はニーダーライン地方に伝わる民謡、『池の雨(Ein Männlein steht im Walde)』。
それは元々、森の中でマントや帽子を纏い立ち尽くす者は誰――、と問いかける謎かけ歌であった。
負傷した兵士の痛みを和らげたり、パニック発作を和らげるためにも用いられ、歌い継がれていた、記憶に残る旋律。
ドイツ国内ではもちろん、日本でも多くの人々の脳裏に刻まれている、潜在的に抜群の知名度を誇る曲。
そしてこの歌には、さらに新訳があった。
――日本は村松崇継作曲、谷山浩子作詞、『みんなの池の雨』。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
やさしいあめが ふっている
きらきらあめが ふっている
どこからきたの? なにをみてるの?
わたしにあいにきたの?
いけのあめ ひろばのあめ
うたうように ささやくように
ほら みてごらん このせかいは
かがやいてる なぞにみちて
あめはともだち どんなときも
わらっていて そばにいるよ
ほら みてごらん あめがあがる
くもをわけて そらがひかる
あめにさよなら またあおうね
にじがかかる みんなのうえ
ドレミファソーラ ア オ ゾ ラ――
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
立ち昇る舞台の熱気で、ヒグマ島希望放送の上では、雪が解けて雨になっていた。
そして、その微かな雨は晴れ渡り、燦然と蒼い月が夜空に見える。
月明かりの中の虹が、幻想的に見えた。
那珂の舞台を見に、いつの間にか
浅倉威子が小屋の中に入ってきていた。
観客席の後ろで立ち尽くすその姿に、気づいた呉キリカが声をかける。
「どうした、あさささ。ガラにもなく神妙なカオしやがって」
「……ああ」
舞台の上で歌い踊る那珂のキラキラとした姿が、浅倉の瞳に映っていた。
彼女の様子を陶然と眺めたまま、浅倉はキリカに向けて呟いた。
「なんつうか、良いよな。ワクワクってほどでもねぇが、どうしてか、あいつを見てると、じんわり暖かくなる……」
「……なるほど。そうか、あさささは初めてなのか、この感情を抱いたのが」
「……何だよ、知ってるのか、呉は」
その返答に、クツクツとキリカは笑う。
含みの多いその笑いに、浅倉はようやくキリカに不服そうに目を向けた。
キリカは観客席にだらしなく身を投げだしたまま、訳知り顔で呟いた。
「自分の身を投げうってでも、尽くしたいと思える無償のあたたかみ……」
無知な幼女へ諭すように、キリカは言葉を紡ぐ。
「それが無限に有限なもの……。『愛』だよ」
その言葉を聞いた時、浅倉の全身には、電流が走ったかのようだった。
「……そうか。そうなのか」
衝撃と共に、浅倉の中で全てが腑に落ちた。
胸の中に生まれていた大切なものの正体が、たった今、浅倉には理解(わか)った。
ふらふらと外へ向かおうとする浅倉を、武田観柳が呼び止める。
「あ、浅倉さんお待ちください!! 浅倉さんも魔法少女になられてたんですよね!? でしたらこちらを付けて下さい!」
魔法少女としてドッペルを出せるように、武田観柳は予備に作っていたヒグマの血のイヤリングを、浅倉のテレパシーブローチにつけてやろうとする。
呆然と、されるがままに立ち尽くしていた彼女は、屈みこんでブローチに細工してくれている観柳に、問いかけていた。
「……おい武田。お前は泥喰ったことあるか?」
「どうしました急に」
「コガネムシみてぇに金持ってるやつがよ、どうしてこうまで泥臭く体張ってるのかと思ってな」
紫のライダースーツの妹分の身だしなみを整えてやる、白金のキルトスカートのお姉様――。
そんな雰囲気の武田観柳は、妹分からの問いに、昔を思い出して目を閉じた。
「……私は生まれた頃から貧乏人でしてね。泥の粥や、雑草の鍋で腹を満たしたこともありますよ」
人生の先輩として、観柳は妹分に伝える。
「ですが何一つ持たぬ身に生まれようと、人並みに金を稼げれば人並みに、それ以上に稼げばそれ以上になれるんです。
金こそがこの世で一番公平で平等な力――。ですから、私はそのためにこの身を張って金を稼ぎ続けてきました」
観柳の言葉に、浅倉はハッとした。
何でもないことのように、軽く笑いながら語られるその信条からは、その裏に壮絶な経歴があることを察せた。
「呉さんがおっしゃっていた『無償の愛』なんてものは、私には正直わかりかねますが……。
結局それは感情資産の投資のし合いなんでしょう。そちらに関しては私は勉強中です」
浅倉威が、この幼女の体になった時、真っ先に浮かんできた異性の顔は、この武田観柳だった。
この白い衣装の青年実業家の姿は、今の浅倉に、とても凛々しく見えた。
ブローチを留め、見上げてくる青年の瞳が、眩しい。
「……これでよし。これは、私があなたに投資する『力』です。その力を信じて下さい。
金で買えるものは、私が与えられます。那珂さんや呉さんが、あなたに投資した資産もあるのでしょう。
ですから浅倉さんがそれに報いて下さるのならば、ぜひ、私たちが買えないものを、その手で、勝ち取って下さい――!!」
観柳には人の心の機微などわからない。
だから信頼しているのは、利害関係と金の力だけだ。
だから妹分に対しても、できることは、ただ誠実に、互いに益のある取引を持ち掛けることだけだ。
そのハッキリとした態度が、今の浅倉には、とても心強かった。
新しくつけてもらった、イヤリング付きの金のブローチの留まる胸が、切なく、熱く、締め付けられるようだった。
「ああ……、そうするぜ、武田……」
小屋の外に出てゆく浅倉の背後で、歌い終えた那珂と星空凛に向けての、万雷の拍手が聞こえた。
――森の中で一人静かに立っている(Ein Männlein steht im Walde ganz still und stumm,)
――すっかり赤いマントをまとって(Es hat von lauter Purpur ein Mäntlein um.)
――はてさて、この小さい人は誰?(Sagt, wer mag das Männlein sein,)
それはイバラの実か、ベニテングダケか。
それとも、今までこの身を血に染め続けて来た、浅倉威なのか。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
動き出す夢が、この空に響いてゆく。
揺るぎない協力(チカラ)が、現実を捉えてゆく。
配信の傍ら、世界中での再生状況を確認していた初春飾利と間桐雁夜が、控えめにガッツポーズをする。
アメリカ、イタリア、ドイツ――。
世界各国にゆかりのある選曲をしてもらったおかげもあり、海外への配信の伸びも比較的順調であった。
「やった……! やりました……!! 日本だけじゃない、世界中に、放送が届いていってます!!
これで、江ノ島盾子の大規模な復活が防げる……!!」
「でも、まだ、欧米やアジア圏じゃない国には広がり切ってないな……! やっぱり、国家同士で動いてもらわないと……!」
「トランプ共和国……、日本政府……! どうか私たちを信じて下さい!」
祈りを呟く初春の背後から、DJミコトが覗き込む。
「広げきれなかった場合は、各国で復活した江ノ島盾子との戦闘が勃発することになるわよ……!」
「お願いします佐天さん……!
相田マナさんを、連れ戻してきてください……!!」
最悪の事態は防げた。
だが、アフリカや中東などでの広がりは依然として悪い。
まだこの状況では、人口過疎地において数百名単位で江ノ島盾子が出現する可能性があり、ヒグマ島のメンバーが生き残って奔走したとしても、世界各地で大戦規模の戦闘が発生すると考えられた。
これ以上の全世界への拡散は、国家レベルでの介入が必要不可欠だった。
「至急、伝令デス――! シロクマさん以下、天龍さん、龍田さん、
天津風さん、百合城さん方と、江ノ島盾子がB-8にて交戦していマス!
能力持ちのヒグマ以外で、救援に向かえる方は、是非トモお願いしマス! ここガ、最終決戦デス――!!」
その時、最大速力で衛星局(サテライト)から戻ってきたビショップヒグマが、ヒグマ島希望放送の小屋に入り込み、叫んでいた。
呼びかけに真っ先に反応して立ち上がったのは、宮本明だった。
「よし、みんな補給は済んだな!? 行くぞォ――!!」
「ちょっと待ってください宮本さん! そこまで急ぐべきではないのでは!?
今この状況で江ノ島盾子を斃したら、まだ放送が行き渡っていない国から江ノ島盾子が復活してくるんですよ!?」
裏方からの話を聞いていた武田観柳は、不安げに宮本明に呼び掛けた。
だが狼狽える観柳に、明はきっぱりと言い放つ。
「今斃せる相手なら、いくら世界中で出てこようが、俺たちが行って斃せるだろ!!
だが、時間がたってもっと強くなっちまったり、それこそ俺たちが生き延びれなかったりしたら、全てが終わりだ!!
俺はできる限り早く、全力で江ノ島盾子を斃す!!」
その力強い断言に、観柳は何も言えなくなる。
観柳の慎重な方針も、明の速度重視の方針も、現時点ではどちらが正しい選択なのか、誰もわからない。
もしかするとどちらも正しくないのかもしれない。
だが、既に日付が変わるまで1時間少々しか残されていない現状では、手をこまねいている暇などないのは、確かだった。
宮本明はそのまま気焔を吐きながら、バラック小屋の中に呼び掛ける。
「だから他のみんなも、できる限り早く、全力で放送を流してくれ!!」
「我も行くぞ明!! 我はヒグマとしては何もない……! ただの作家であるゆえな!!」
『ぼ、ぼくも行かせてください……! 僕にも、何かをさせてください……!』
「ああ、李徴、シャオジー、助かる……。特殊能力持ちのヤツは、この放送局自体を守っててくれ……」
観客席と舞台をそうして見渡していた彼の眼は、最後に舞台の奥の方に行って止まる。
「そんでメルセレラ!」
「え!? 何!?」
宮本明は、那珂と星空凛のいる舞台をずんずんと突っ切り、舞台裏からアイヌ衣装のメルセレラを引っ張り出していた。
「お前、自分の名前を認めてもらうんだろ!? なら歌えよ! なに裏方に徹してんだよ! お前の戦場はここだ!」
「宮本明……」
仮にも小説家を志していた身として、読者・視聴者の心を掴むのに一番必要な要素は何か。それを宮本明はよくわかっていた。
このヒグマの島の争いにおいて、敵として語られていたヒグマが、真に友好な存在であると衆目に示すには何が必要なのか。
それは、ヒグマ自身がこの場で友好性を示すことに他ならなかった。
「この島の放送で、一番歌わなきゃいけないのは、むしろお前なんだよ! そんくらいわかっとけ!!」
それだけ言い残し、彼は救援部隊として、ヒグマ島希望放送を飛び出して行った。
李徴と隻眼2と共にHIGUMAアスレチックを駆け抜けていた宮本明の視界の端に、その時映るものがあった。
ハッとして向きを変え、駆け寄る。
「どうした明!?」
「これは……、鉄球だッ!!」
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「メルセレラちゃん! すっごくいい演奏だったにゃ! ぜひ歌って!」
「え、えと、本当にアタシが……!?」
宮本明に舞台上へ引っ張り出されたメルセレラは、突然のことにまごついていた。
彼女に助け舟を出したのは、武田観柳だった。
「――ご挨拶が遅れました。お立会いの皆様。今回の興行の支配人であります、大商人の武田観柳と申します。以後お見知りおきを」
舞台脇で、間桐雁夜のスマホカメラに向け挨拶し始めた彼は、礼のために取ったシルクハットで、そのまま舞台上のメルセレラを指していた。
「こちらに居られますは、この島で生まれた生粋のヒグマにして魔法少女、キムンカムイ教の誇る『煌めく風』、メルセレラ嬢でございます!
那珂さん。先ほどご紹介したいと言っていたのがこちらの方ですよ!!」
「あ~、やっぱりー!! すっごく華があると思ってたんだ! はい、自己紹介どうぞ!」
「あえ、え……!」
観柳の紹介に乗せられたまま、那珂と凛に挟まれて、メルセレラはマイクを持って固まってしまう。
盛り上がり続けていたコメント欄が、再びざわつき始める。
『本当にヒグマ?』
『ただの女の子にしか見えんけど』
『アイヌ民族?』
『ヒグマって聞き間違いじゃ?』
その様子に、見かねた者たちが、さらに舞台へ上がっていた。
「……オイ、緊張すんのはわかる。落ち着いて深呼吸しろ。私だって最初は全然声出なかった」
「メルセレラさん。何も恥ずかしがることは無いわ。堂々と、さっきの戦いのようにすればいいの」
黒木智子と巴マミが、再び壇上に登り、メルセレラの肩を支えていた。
そして観客席から、大きな声援が飛んだ。
「メルセレラさまー!! 頑張ってくださいませー!!」
ケレプノエが。可愛い妹が。声を振り絞って、名前を呼んでくれる。
その声が耳に届いた瞬間。メルセレラの体に、力が漲った。
「――そう、アタシは、『煌めく風』の、メルセレラ!! 正真正銘の、ヒグマよ!!」
瞬間、メルセレラの体は、一気に元のヒグマに戻っていた。
急激に膨らんだ体積に、密着していた凛、那珂、智子、マミが、毛皮にもふりと弾かれて転がる。
配信のコメントが、『!?』で埋め尽くされていた。
「……この島でアタシたちHIGUMAは、兵器として研究され、色んな能力を植え付けられたりしていたわ……。
アタシたち一部のヒグマが喋れるようになってるのも、その研究のせい。
実験動物としてじゃない、アタシたち自身を見てもらうために、アタシたちは自分で自分に名前を付け、それを認めてもらおうとしてきた!
それがアタシたち、キムンカムイ教! 自分も他者も、アタシたちは共に、素晴らしい神(カムイ)なんだと、認め合いたいの――!!」
ヒグマの姿で、メルセレラはスマホカメラに向けて切々と訴える。
そして再び、その姿は旋風と共に、アイヌ衣装の魔法少女のものに変化していた。
「そのためにアタシは、魔法少女として契約した! より、アンタたち人間に、歩み寄れるよう! 認めてもらえるよう!
だからお願い――! アタシたちヒグマを、どうか、認めてください――!!」
頭を下げたメルセレラに、起き上がった凛たちが拍手をしていた。
「良い。良い演説にゃ……。ようやく凛にも、ヒグマさんたちのことがわかったにゃ……」
「すっごく良かったよメルセレラちゃん……! じゃあ、一緒に歌おう……!!」
那珂が頷きながら差し出してくるマイクを見て、メルセレラはやはり恥ずかしくなってほほを掻く。
「あ、アタシの知ってる曲なんて、『森のくまさん』しかないわよ……!」
「『森のくまさん』? すっごくいいと思うにゃ!!」
「ああ、いいじゃねぇか、このヒグマ島のライブにはぴったりだろ」
「そもそも米国民謡だし、世界に発信するにはいいんじゃないかな?」
「大丈夫よ、テレパシーでフォローし合えるんだし、気楽にやりましょう?」
だが他の四人は、そんなメルセレラを見ても、嫌がる素振りもなく受け入れていた。
彼女たちの様子に、メルセレラの胸は、熱く高鳴った。
……弱さを打ち明ける。そんな強さを持てたんだ。
この日を忘れたくない。
この絆を抱きしめて、胸を張って生きたい――!
「どうせなら、この5人のユニット名とか決めましょうか?」
「良いと思うにゃ!」
「どうするの? 各艦の名称から一文字ずつ取ったり……?」
メルセレラの前で、巴マミがうきうきとユニット名を付けようと提案する。
那珂の考えを受けて、黒木智子がぶつぶつと単語を宙に浮かべた。
「……智子のと、凛のり、マミのマ、那珂のな、メルセレラのメ。……『とりマなメ』、とか?
このヒグマの島に、とりあえずまぁ集まった『とりま』なメンバーの急造ユニットには、ぴったりじゃねぇか?」
「良いと思うわ、黒木さん」
「わかりやすさも加えて、『ヒグマ島とりマなメ』とかにするにゃ?」
「那珂ちゃんとしては、凛ちゃんの意見に賛成!」
そうして、4人はメルセレラの意見を求めて、振り向く。
観客席では、ケレプノエが目を輝かせていた。
天上には、ラマッタクペの小生意気な笑顔が、浮かんでいるように思えた。
「……ええ。良いんじゃない。それならみんな、『ピルマ・イレ(己の名を告げること)』ができるわ……!」
微笑む頬に、自然と一筋の涙が、こぼれた。
ああ、
Rehashされ続けていた日々の中で、初代教祖ステルスから言われた言葉が思い出される。
『必ずやキミの名は、世界に向けて告げられる日が来る――』
その日が、今日だ。
この日は、我々キムンカムイ教の、悲願の日だ――。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
あるひ もりのなか
くまさんに であった
はなさく もりのみち
くまさんに であった
くまさんの いうことにゃ
おじょうさん おにげなさい
スタコラ サッサッサのサ
スタコラ サッサッサのサ
ところが くまさんが
あとから ついてくる
トコトコ トッコトッコト
トコトコ トッコトッコト
おじょうさん おまちなさい
ちょっと おとしもの
しろい かいがらの
ちいさな イヤリング
あら くまさん ありがとう
おれいに うたいましょう
ラララ ラララララ
ラララ ラララララ
ラララ ラララララ
ラララ ラララララ……
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
『ヒグマ島とりマなメ』の5人が歌う『森のくまさん』は、その物珍しさと親しみやすさで、直ちに切り抜かれ拡散されていた。
メルセレラの変身の衝撃映像や黒木智子の演説と共に、このヒグマ島で起きている事態を端的に伝えるには、十分すぎるほどの素材が揃っていた。
さて、『森のくまさん』の歌の中で、『お嬢さん』はこの『くまさん』に恐怖を覚えているわけではない。指摘されなければ、彼女は逃げる気などなかったのだ。
それは何故か。
ある一つの状況設定が、この歌の中に成り立つ。
『くまさん』は、『お嬢さん』には対抗しようもない『危険』から、我が身を省みず守ってくれようとしたのだ。
狂乱して逃げるばかりの『お嬢さん』には、『くまさん』が生き残って戻ってきてくれることさえ考えられないほどの『危険』から、である。
感極まって、『お嬢さん』が涙ながらに謡う歌は、果たしてその森に、いかように響いたのだろうか――?
『くまさん』と『お嬢さん』たちが、協力して歌う煌めきが、この世界を照らしてゆく。
重なる想いが、心のまま、信じる明日を探し続けていた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
神奈川県、相模湾。
江ノ島の沖合に、夜に紛れる黒白の迷彩塗装が施されたイージス艦が停泊していた。
『ヒグマ島とりマなメ』の歌が生配信で流れている中、その夜の水面を切り裂く一隻の航跡があった。
「なんて高性能な電波吸収塗装……! おかげで発見に時間がかかったわ!!」
相模湾の水上を、スケートのように高速で滑走しているのは、一人の女性士官だった。
自衛隊製の艦娘にして海上自衛隊所属の特別士官、艦娘空母『かが』。
ボディースーツに巨大な艤装を備え、ポニーテールを夜風にはためかせた彼女は、上空に向けて声を投げた。
「タイムリミットまでは――!?」
「まだ1時間以上ある!! ミサイル発射までに間に合った!!」
かがの上空を飛行していたのは、巨大な槍を携えた、金髪に赤毛の混じるプリキュアだ。
レジーナと
円亜久里が、魂を重ね合わせ変身した姿であるキュアジョーカーが、スマホにヒグマ島からの配信を流しながら時間を確認していた。
目標のイージス艦へ向け、高速で接近する2人の下の海面から、その時、巨大な目玉の群れが姿を見せていた。
「……他に、同様の迷彩が施された船はないよ~。“江ノ島のイージス”は、あの艦で間違いないんじゃないかな~……!」
「索敵感謝します! ミャクミャク様!!」
広範囲の海中を探査していたのは、大阪万博のマスコットキャラ、赤と青の目玉の集合体ミャクミャク様であった。
彼ら3名は、ヒグマ島希望放送と
くまモンからの要請に、円亜久里の魂からの情報を総合して、この短時間のうちに海上、海中、上空の各所から江ノ島盾子の拠点を探し続けていたのだ。
ようやく見つけた攻撃目標に、キュアジョーカーは携えた槍を思い切り振りかぶっていた。
「よし! じゃあこのミラクルドラゴングレイブで……!!」
「待ちなさいキュアジョーカー! 直接イージス艦を沈めるわけにはいかないわ!
あそこのミサイルには大量の核廃棄物が積まれてるのよ!! 乗り込んで、直接発射を止める!!」
「た、確かに……!!」
「怪しいことをされないように、ボクが押さえておくね~」
逸るキュアジョーカーをかがが差し止める。
停泊しているイージス艦に、海中からミャクミャク様が一気に接近した。
大量の赤い目玉が水中からせり上がり、艦の四方を取り囲んで押さえつけてしまう。
その隙に、かがとキュアジョーカーは、素早くイージス艦に乗り込んでいた。
だがその船は、異様に静かだった。
なにがしかの抵抗があって然るべきだろうと、臨戦態勢であったキュアジョーカーとかがは、不信感に苛まれる。
「誰もいない……!?」
「そんなはずは……!?」
「ボクが船の内部も探してみようか~……?」
彼らが船内に降りようとした直後だった。
艦体を揺らす強烈な衝撃が、3人を襲う。
イージス艦から、大きなミサイルが、発射されてしまっていた。
「な――!?」
「うそ――!?」
「そんな」
かがが慌てて艦内のコンソールを見つけて駆け寄る。
『ざんねん!! あなたたちの ぼうけんは これで おわってしまった!!』
だがそこには、
モノクマの下卑た笑みの画像が、そんな文面と共に表示されているだけだった。
艤装を接続して、情報を確認した彼女の表情は、さらに青ざめた。
「自動発射するようにプログラムされてる……!! 島への着弾も、もう変更できない……!」
「なんで!? なんでこんな早くに!? 0時ちょうどに着弾するようにしてあったんでしょ!?」
キュアジョーカーが狼狽える。
だがその後、彼女は片目を閉じてハッと声を上げた。
「……ロフテッド軌道ですか!」
「――! そうか、ロフテッド軌道……!」
碧眼を閉じ、紅眼を開いた状態の彼女の人格は、円亜久里である。
一流のレディたる彼女の知識から導き出された推測を、空母かがは正しいものであると予感した。
低い軌道で飛ばすミニマムエナジー軌道と違い、宇宙空間の高高度まで打ち上げて、ほぼ垂直にミサイルを落とす、迎撃困難な軌道をロフテッド軌道という。
通常、10分~数十分で程度で目的地に着弾する大陸間弾道弾が、この場合着弾までに1時間以上かかる。
この軌道を設定しておくことで、ミサイルの着弾はほとんど迎撃不可能になる。
さらに早い段階から発射しておくことで、発射自体を妨害されることも防ぐという、江ノ島盾子による何重もの対策であった。
「――海上自衛隊かがより、ヒグマ島希望放送の方々へ緊急連絡!! 我々は“江ノ島のイージス艦”からのミサイル発射阻止に失敗した!
ミサイルは、迎撃困難なロフテッド軌道にて、約1時間後に目標地点へ着弾する見込み!! 繰り返す――」
かがは、直ちに艤装の通信を開いて、艦を降りながら緊急連絡を始める。
「マナ……! 布束さん……! アイちゃん……! どうか早く逃げて――!!」
キュアジョーカーは、遥か上空に飛んで行ってしまったミサイルの跡を見て、ただ祈ることしかできなかった。
彼女たちが信じる明日を、誇れる未来を、一本の防げぬ絶望が、撃ち貫こうとしている。
最終更新:2026年08月05日 22:03