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第四回放送:最終決戦5『ブルーブルーブルー』


 その時、江ノ島盾子に立ち向かおうとしていた司波深雪の表情が、一瞬で青ざめていた。
 江ノ島盾子は、その変化を見逃さなかった。

「お、どうしたその表情は! 当ててやろうか!」

 司波深雪のみならず、天龍、龍田、百合城銀子にも同時に広がった動揺。
 それは、テレパシーで伝えられた島外の状況報告によるものだった。


「『江ノ島のイージス艦』から、ミサイルが発射されたんだろ! 外の連中は止められなかった、って連絡が来たんだろ!!
 残念だったなぁ~、惜しかったなぁ~!! 発射は15分前くらいだと思った?
 私様を漫画本の悪役とかといっしょにしないでもらえる?」

 江ノ島盾子の哄笑が響き渡る。

「妨害される可能性を考えず、私様が計画を話すと思うか?
 ――1時間前行動するもんなんだよ、こういうのはなあ!!」


 指をさしながらゲラゲラと笑う江ノ島盾子に向けて、ウィニングモードの司波深雪はゴリゴリと歯噛みした。

「……ならこの1時間の間に、あなたを殺して、着弾前に脱出するだけです!!」
「やってみろ! できるもんならなぁ!!」

 江ノ島の煽りに、司波深雪は真正面から突っ込んでいた。
 だが彼女の動きは、天龍と龍田の予測の先で、勝ち筋が無かった。
 悠然と腕をかかげ、迎撃しようとする江ノ島盾子に、返り討ちにされてしまうだろう。

 ――ダメだ。やられる――!

 そう、誰もが思った瞬間だった。
 突如、何の前触れもなく、掲げられた江ノ島盾子の右腕が弾け飛んでいた。


『……どんなに強い能力を持っていようと、意識していなければ使えないでしょう。私もそうだもの』


 遅れてその場に、突風と轟音が吹き過ぎる。
 島の北側から南の海上までを、何かが高速で突貫したのだ。


『今の私たちを、エンジンの防衛に徹するだけの置物と考えて意識から外したのが、あなたの敗因よ――!』


 そう呟くテレパシーは、暁美ほむらのものだった。
 童子斬り――グリズリーセイバーエンジンと同調している四宮ひまわりの精密な探知を元に、暁美ほむらの『偽街の針』を矢とし、黒騎れいの『ネイキッド・レイヴンボウ(烏号の弓)』で撃ち出す協力魔法(コネクト)。
 数キロメートル先の彼方からの超高速狙撃を、その場の誰もが感知できなかった。

 事態の把握に、江ノ島盾子の意識が逸れる。
 そのスキを逃さなかったのは、百合城銀子であった。

「弱肉強食……」

 物理的に認識不可能な速度で放たれた暁美ほむらたちの魔法に、全ての反応は数瞬遅れる。
 境界線の番熊は、その意識の虚を過たず突く。
 ヒトリカブトの爪が、体勢を崩した江ノ島盾子の側面に、誰よりも早く滑り込んでいた。

「鮭肉サーモン――!!」


 彼女の爪が振り上げられると同時に、江ノ島盾子の左腕が斬り飛ばされる。
 両腕が無くなり、後方にたたらを踏んだ江ノ島盾子の上に影がかかる。


「――這いつくばりなさい!!」


 飛びかかる司波深雪の爪が、そこへ振り下ろされていた。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 雪の月夜の街並みを、一心不乱に走るゴシックロリータの少女がいた。
 佐天涙子だ。
 早く行かなければと、心ばかりが焦る。
 もっと早く、もっと速く――。
 だが、思いに反して、走る体は風を受けて重く感じる。

 こつんとアスファルトが乾いた音をたてた。
 それでふと彼女は我に返る。
 蹴り飛ばした小石の音だ。
 両足がひりひりしている。

 見れば全身に巻かれていたヒグマの体毛包帯が、足の裏から擦り切れて破けていた。

「……くじゃくの羽では空を飛べないわ。そうよ、いくら綺麗でも……!」

 そうだ。
 もう見た目を取り繕っている場合じゃない。
 私は人間か? 獣か? それすらどうでもいい。
 ただ、今は、少しでも速く。風になれ――!!

 ――ゴメン、布束さん!

 綺麗なドレスの、袖を千切る。ヘッドドレスを捨てる。
 夜のメインストリートに風が鳴る。

 ――私を連れて行って、皇さん! アダムおじさん!!

 ためらいと恐れを投げ捨てれば。
 素足が、翼にかわるの――!!


「『下着御手(スカートアッパー)』!!」


 ゴシックロリータのパニエをはためかせ、佐天涙子は宙に浮かび上がった。
 風に乗り、夜空を踏み、高速で飛び始めた彼女に、後方から誰かが声をかける。


「――えっと、確か涙子ちゃん!」
「……あなたは、夢原さん!?」


 ピンクのドレスに身を包んだプリキュア、キュアドリーム。
 ヒグマ島希望放送から、佐天涙子と同様に『H』を追って空を飛んでいた彼女が、今追い付いていた。
 二人が合流して程なく、視界の先でピンク色のレーザーが光る。
 木々がなぎ倒される。

「――いた! 見えたよ! マナちゃんたちはあそこだ!!」

 そうしてキュアドリームが指さす先、破壊された森の木々の隙間から、巨大な槍が生えるのが見えた。

 断罪の磔柱。
 鉄砕鞭。
 盟神抉槍(くがたち)。
 佐倉杏子が、数々の技を繰り出して打ち合っているのだ。
 その相手――。
 いくつもの攻撃を受けても、全く意に介さないように反撃し続ける、漆黒のボディースーツの少女――『H』。

 その桃色の髪の少女の表情は、いつまでたっても能面のように無表情だった。
 何かを感じ取った佐倉杏子は、攻撃の手を緩め、『H』に接近を許す。


「……『暴れ駒爆ぜて鐙、焼き落とす』! 『唸れ』!!」


 そしてその爪が佐倉杏子に迫った瞬間、その周囲に爆炎が立ち昇った。
 内耳そのものを激震させるような轟音が響く。
 弾き飛ばされた『H』はしかし、数瞬後には何事もなかったかのように体勢を立て直し、再び杏子に襲い掛かっていた。


「チッ――、そうかよ!」
「エントロピー逆転――! 『凍結海岸(フローズン・ビーチ)』!!」


 しかしその瞬間、飛びかかっていた『H』の全身を、氷が包み込んでいた。
 高速で飛行してきた佐天涙子が、杏子の前に割り込む。

 司波深雪に教わった演算のコツ。
 一か所を凍結させ、その熱エネルギーを別の場所に放散させる『凍結海岸(フローズンビーチ)』は、司波深雪の『氷炎地獄(インフェルノ)』とまさしく同質の技法である。
 この意識を持つことにより、涙子は今まで自身の周囲しか結氷させられなかった『凍結海岸』を、遠距離の相手にも繰り出すことができるようになっていた。

 氷を砕き、なおも動き出そうとする『H』の顔面に佐天涙子は手をかざす。
 『砂漠の月(デザートムーン)』のガントレットが、その腕で輝く。

 ――『第四波動』の先。相田マナさんを元に戻せるほどの衝撃を与えられる技があるとしたら、これ以外に、ない!!


「はいッ――、『第五波動』!!」


 佐天涙子が叫んだ瞬間、その腕からは、大量の暗黒物質が奔流となって溢れた。
 轟音と共に地を抉ったその巨大な衝撃波で、『H』は北方に吹き飛んでしまう。

「――ど、どうなった!? 海に落ちた!?」
「いや、まだアタシの探知範囲内にいる。崖につかまったんだ。数分で戻ってくるぞ」


 息を荒げて問う涙子に、槍を肩に担ぎ直した杏子が答える。
 佐倉杏子は渋い顔でガリガリと頭を掻き、この数分間の戦いで察知した『H』の状況を考えて思い悩んだ。


「今のは助かったが……。やべぇなアイツ……。
 機械とヒグマの成分が、相互に自己再生してるっぽい。こっちの攻撃でほとんどまともなダメージを与えられねぇ」
「そうなの! 全然こたえなくて……」
「アダムおじさんの『第五波動』でも、ダメ、か……」

 杏子の呟きに、着地したキュアドリームが頷く。
 佐天涙子は、自分が全力で習得した新技能でも有効打を与えられなかったことに肩を落とした。
 合流してきた2人に向け、佐倉杏子は首を振る。


「いやダメもなにも、そもそも輪をかけて悪いことに、アイツが自己再生するたびに、元の相田マナの肉体が消費され続けてるみたいなんだ。
 アイツを元に戻すってことを目的にするなら、これ以上無駄に物理攻撃できねぇぞ……!」


 杏子が感覚魔法で察知したその事実に、キュアドリームは恐怖でヒッと息を詰めた。
 佐天涙子が、息を整えながら問いかける。

「物理攻撃でダメなら、精神攻撃……!?」
「ああ、それでアタシも感覚魔法をやってはみたんだが、どうにも通りが悪い……」

 感覚に直接音響をぶつける、かつて杏子自身がシーナーから受けていた技を浴びせては見たものの、やはりそれも『H』には効果が乏しかった。
 解決策を思いあぐねているところに、キュアドリームの一喝が飛ぶ。


「みんな! いったん作戦を立てよう――!」
「夢原さん、何か策があるの!?」
「ううん、全然思いつかない!! だから聞いてるの!! ねえ、みんな、何か無いかな!? あるでしょ!?
 3人集まれば、知恵の輪も折れるもん! とか言うじゃない!?」


 気合だけでまくしたてる夢原のぞみらしいセリフに、佐天涙子は面食らった。
 仁王立ちするそんなキュアドリームの様子に、杏子はプッと噴き出してしまう。


「……中学生3人集まったところで、文殊の知恵も何もないわな」


 そうして笑い、冷静になった杏子の脳裏には、一つの案が浮かんでいた。

「だったら訊こうじゃねぇか……。信頼できる、大人に――!!」


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 佐倉杏子から、赤い炎のように魔力が迸る。
 そして彼女の周囲には、薄く虹色の粒子が漂ってもいた。

「声もなく語り、姿なく触れる、有り得たはずの『必然』と『可能』――。
 まだ居てくれてるんだろう? ならアタシの力に応えてくれ……、シーナー先生!!」

 その粒子を、佐天涙子は見たことがあった。
 自身も会得していた、アルター能力を発現する際に生じる、アルター粒子である。


「――真・『赤い幽霊(ロッソ・ファンタズマ)』!!」


 杏子の叫びと共に、虹色の粒子が形を成す。
 自身の幻惑魔法を実体化させる能力である彼女のアルターは、炎を巻き上げ、その炎の中に、彼女たちに憑いていた者の姿を映し出した。


『……この緊急時ですから、応召せざるを得ませんね。佐倉杏子さん。そして佐天涙子さんたちも』
「シーナーさん!」


 佐天涙子が、見覚えのあるその相貌に声を上げる。
 炎としてそこに浮かび上がっていたのは、黒い影のような、痩せ細ったヒグマ――穴持たず47・シーナーの姿だった。
 円亜久里の魂を呼び戻した時と同様に、杏子は今、自分の魔力で彼に仮初めの実体を与えているのだ。
 だがそこには、杏子の背後に立つシーナーの他に、もう一人別の人物の姿が映し出されていた。

『……いやすげぇ能力だなこれ。まさかまた現世に出てこれるとはなぁ』
「アダムおじさん!?」

 背後から聞こえた呟きに、佐天涙子は驚いて振り向く。
 そこには、マントを羽織った上裸の偉丈夫――左天ことアダム・アークライトの姿までもがあった。
 驚いていたのは、アルターを行使した佐倉杏子も同様だった。

「え、あんたにも魂が同行してたのか!?」
『お互い、弟子の様子が心配なようで』
『まぁいいや、若葉マークの涙子が「新しい車」の運転に慣れるまで助手席で口出ししてやるか』

 喚び出された両者は、驚いている3人の少女たちをよそに笑い合っている。
 佐倉杏子は、咳払いをして気を取り直し、召喚されたシーナーの幻影に呼び掛けていた。


「亜久里の時と違って、本人の体があるわけじゃないから、完全に肉体を戻せはしないが……!
 せめてアドバイスだけでもしてほしい。なんせ本当、こっちとしても新しい能力の初回運転なんでね!」
『そうでしょうね。今の私は、私自身が「治癒の書(キターブ・アッシファー)」に刻まれた魂の記録……。
 目次から、全て示して差し上げますよ』


 杏子のアルターは、分類としてはアクセス型アルターに多少の具現化要素が含まれている程度だ。
 残留思念を感じ取り、現実世界に表象できるだけでも十分すさまじい能力ではあったが、本人の肉体が無ければその体の再現まではできず、文字通り、赤い鬼火の幽霊のような存在としてしか顕現させることはできなかった。

 鬼火の状態のシーナーは、身構えているキュアドリームに視線をやり、彼女に問いかける。


『夢原のぞみさん。あなたは、あの相田マナさんを、助けたいのですね……? その覚悟のほどを、お聞きしたい』
「も、もちろん助けたいよ!! そのために来たんだもん!!」

 身を乗り出した彼女に、シーナーは続けて語る。

『彼女は改造されてしまいましたが、友達の声くらいは憶えているかも知れません。
 呼びかければ、人間だった頃の記憶を取り戻すかも知れない……それが出来るとしたら……、可能性があるのは、あなただけです』
「それだけじゃ、ダメだった……! でもそれで、可能性があるなら……!! いくらだって、してみせる!!」

 夢原のぞみの気勢は、本物だった。
 戸惑いも疑問も破り捨てるような勢いで、キュアドリームは幻影のシーナーに詰め寄る。


『……涙子に俺の「第六波動」を使ってもらえば精神を隔離することはできるんだが、そっちはなんか案があるのか、ヒグマの先生よ』

 腕組みして様子を見守っていた幻影の左天が、そうしてシーナーに言葉を投げる。
 シーナーは、キュアドリームのまっすぐな眼差しを見つめ返し、静かに言った。


『……相田マナさんの魂は、「空中人間」となって私の「治癒の書(キターブ・アッシファー)」の中に記録されています』
「え!?」


 その場の少女たちが一様に驚く。
 事態を呑み込み切れない彼女たちに、シーナーは説明を繋ぐ。

『私が最初に出会った時、彼女の魂は侵食され、無差別殺戮を繰り返すバーサーカーとなっていました。
 そのため、処置には一度彼女を殺害し、その魂を空中人間として分離させるしかありませんでした。
 今の彼女は、その後の埋葬時に江ノ島盾子に奪われ、改造されてしまったもののようです』

 キュアハートとの、ほとんど誰も知らぬ激戦の中で、シーナーは確かに彼女の魂を隅々まで観察し、記録していた。
 今、佐倉杏子に移譲されている『治癒の書(キターブ・アッシファー)』は、シーナーがこれまでに治療をしてきた患者たちの、膨大なカルテに他ならなかった。


『あの肉体の中に、彼女の魂はありません。ですが、私の記録の中から復元することはできます』
「じゃあ、マナちゃんを元に戻せるんだね!?」

 シーナーの断言に、キュアドリームは目を輝かせる。
 だが彼女を遮るように、シーナーは鬼火の状態でその細い指を3本立てていた。


『理論的には。ただし、そのためには、
  • あの肉体の中の、汚染されたHIGUMAの成分と機械を同時に完全に破壊し取り除き、
  • 残ったヒトの細胞が死滅する前に肉体を再生し、
  • 同時に彼女の魂に呼びかけ、肉体に戻し結合させる必要があります』


 そうして提示された、相田マナの奪還・再生治療に必要な条件は、あまりにも困難に思えるものだった。
 佐天涙子も、佐倉杏子も、夢原のぞみも、そんなことができる解決策は、何も思いつかない。
 まごついてお互いに顔を見合わせる3人の姿を見て、シーナーはふと彼女たちが身に着ける金の胸飾りに目を止めた。
 中でも、佐倉杏子が身に着けている、ヒグマの血のイヤリングが付いたものである。


『肉体の再生という意味では……、そのイヤリング。かなり精製されたHIGUMA細胞を含んでいるようですね。
 よくぞここまでのクオリティで造形したものです。多くの幹細胞を含むこれを使えば、本人の細胞に感応させて肉体を修復させることもできるでしょう』
「そうか、このヒグマの血のイヤリング……。あたしには無用の長物かと思ったが……。
 コイツがあれば、あのマナって子を戻せるかもしれねぇわけか」


 シーナーに指摘され、杏子は自分に配布された、イヤリング付きのブローチを眺めた。
 その時、考え込んでいた幻影の左天がパンッと手を打ち鳴らし、涙子に言い渡す。

『――よし涙子。一度、アイツの体を全部焼き尽くせ。同時に、「第六波動」を展開し、その間に彼女の魂を肉体にブチ込んで戻す!』
「え!?」

 ひとりガッツポーズをする左天に、涙子は困惑した。
 涙子の動揺をよそに、左天は意気揚々と一行に向けて語り掛ける。


『この嬢ちゃん、涙子が身に着けた炎は、星をも融かす超高温だ。
 その中で、夢原の嬢ちゃんは、相田の嬢ちゃんのヒト部分をひとかけらだけでいいから取ってきて守れ。
 そして、佐倉の嬢ちゃんは、復元した魂をそこに戻すんだ!』
『なるほどその上で、この精製された純粋なHIGUMA細胞で、夢原さんの確保した細胞を元に、ヒトとしての肉体を再生してあげる、と。完璧な作戦ですね』
『ああ。これができれば、一応、あの女の子を元に戻すことは可能なはずだ。できればな』


 無理難題に聞こえる作戦を事も無げに立案し、左天は得意げにふんぞり返った。
 彼の言葉に、涙子は包帯まみれになっている自分の姿を指しながら慌てる。

「ちょ、ちょっと待ってよアダムおじさん!!
 おじさん私に、ここの全員をあの月の炎に巻き込めって言ってる!? 私、アレでこの全身やけどして死にかけたんだよ!?」
『だからこそお前はアルター能力まで身に着けたんだろうが。「第六波動」の中でさんざっぱら俺を焼いてた時の勢いはどうした。
 何のために俺が教習してやったと思ってんだ。コントロールすんだよ!』

 だが幻影の左天は、そんな涙子に指をさし返して言い寄る。
 涙子が言葉に詰まっていた時、口を開いたのは、夢原のぞみだった。

 仁王立ちで目を閉じ、彼女は言いながら言葉を噛み締める。


「……私は涙子ちゃんや杏子ちゃんみたいに、精神がどうこうとか、器用なことはできない。やってみたけどできなかった……!」


 元から浄化技を持たないキュアドリームが、不得意分野をどれだけ伸ばそうとしても限界があった。
 特に、今の状況で『H』を元に戻せるほどの精神干渉技術を身に着けようとすることほど非現実的なことは無い。
 気焔を吐いて奮闘していた先の戦いでも、ついにそれは叶わなかったのだ。
 だから彼女は、その選択肢をばっさり切り落とした。


「だけど、あたしは信じてる。夢と想いを! 信じてる限り、絶対にあたしは負けない!!」


 目を見開き、キュアドリームは叫んだ。
 彼女はただひたすら、信念だけで物理的に突き進むことを選んだ。
 佐天涙子は、そんな眩しいほどの気合に満ちた少女に、恐る恐る問いかける。


「星を熔かす炎にも……!?」
『涙子のアレはたぶん5万度くらいあるぞ』
「焼けない!! 私は信じてもらった!! だから私も、涙子ちゃんを信じてる!!」

 そんな問いにも彼女は全力で首を振る。
 夢原のぞみは、佐天涙子の手を握り、力強く言い切った。


「――『あなたは、その炎で、焼くべきものだけを、焼き尽くす』!!」


 凄まじい言霊だった。
 自他を激励し、発奮させるたびに、キュアドリームの内側からエネルギーが漲っていくのが、涙子にも杏子にも分かった。

『幼女が生きる限り そこに幸せはくる
 キミがすすむ限り そこに希望はくる
 その声とえがおが オレの存在意義だ』

 クマーの応援の言葉が、夢原のぞみの脳裏に鮮明に思い浮かぶ。
 それは彼が、自分の命と血を用いて、彼女に遺してくれた声援。
 それはこの島においては、人々が振ってくれるミラクルライトにも匹敵する、最大級の応援だった。


「みんなが応援してくれるから、頑張れる!!」


 キュアドリームの魔力が、爆発的に高まる。
 彼女が言葉を紡ぐたびに、どんどんその力は増した。
 涙子の手を離したキュアドリームの体が、宙に浮く。


「みんなが信じてくれる限り、私たちは負けない!!」


 佐天涙子。佐倉杏子。左天。シーナー。自分を入れて5人。
 ――必要十分だ。
 今までだってずっと5人でやってきたんだ。
 互いが互いを信じていれば!
 できないことなんて、ない!


「想いを咲かせる、奇跡の光――ッ!! シャイニング・ドリーム!!」


 閃光と共に、キュアドリームの背中には、純白の翼が生えていた。
 魔力の増大と共に、神々しく豪華になったその衣装で、彼女は力いっぱい腕を振り上げた。


「なんとかなる! する! けって~い――!!」


 実現可能性を力づくで手繰り寄せるかのような特大の言霊。
 その暴力的なまでの言葉の威力に、佐天涙子は圧倒されていた。

「け、決定、かぁ……」
「……ふふっ、少しでも可能性があるならやってみようぜ?
 そういうモンじゃん? 最後に愛と勇気が勝つストーリーってのは」

 そんな涙子の横で、佐倉杏子は笑っていた。
 懐かしそうに目を細めて、彼女は神々しいシャイニングドリームの姿を見上げる。

 カズマ、黒騎れい、劉鳳、白井黒子狛枝凪斗、フェルナンド、デデンネ、円亜久里、そしてシーナー……。
 数奇な出会いの数々が、彼らから託されたものが、脳裏に去来した。


「……あたしだって、考えてみたら、そういうのに憧れて魔法少女になったんだよね。
 すっかり忘れてたけど、この島での出会いは、それを思い出させてくれた」


 地に降り立ったシャイニングドリームは、士気を上げようと、佐倉杏子と佐天涙子に笑いかける。

「そうだ、この戦いが終わったら、みんなで一緒に、クレープを食べに行こうよ! キリカちゃんがおごってくれるって!!」
「いいじゃねぇか、クレープ。打ち上げ会しようぜ」

 佐倉杏子はそんな軽口で、夢原のぞみの提案に応じる。


 ――そんな2人を見つめながら、私は思い出す。
 あの、月と恋人に向き合った時のような、皇さんの覚悟を。


『作戦は、実行するのみであります』


 嫌な胸騒ぎのする決断をしなければならない時。
 あの人はずっと冷静だった。

 足先から這い登る悪寒も、不安も、全て投げ捨てて、私はあの真っ赤な華のような瞳を思い出す。
 全てを客観視して、切り離す。
 痛みは、感覚は、自己の芯を揺るがすことは無い、ただの外部刺激。

 あなたが教えてくれた、空の心――。


『ウィルスは、些細なきっかけに過ぎません。脳の中に、体の中に、心の中に、「独覚兵」という存在は誰の奥底にも眠っているものだと思われます。
 それは自分自身の本質でありながら、最も自分自身とは遠いものであります。
 佐天女史は、それを呼び覚ましてなお、自分自身である自信がありますでしょうか』


 任務のため、役目のため、自分の姿や今までの生活をも捨て去る覚悟。
 皇さんはきっと、コンビニに入って立ち読みすることもできなかった。クレープ屋さんで友達と、おしゃべりすることもできなかった。
 少年時代の私なら、きっと耐えられなかった。
 だけどもう、どうでもいい。

 私がヒグマだろうと。『独覚兵』だろうと。獣だろうと仏だろうと『アツユ』だろうと一切関係ない。
 そんな外在的定義は、私を一切揺るがさない。


『……別に食った食われた程度でどうにかなるもんでもないと思うがな。そんな程度で自分が揺らぐなら仕方ねぇが。
 俺は何を喰っても、どんな姿になっても俺自身でいるつもりだぜ』


 私はもう、皇さんの問いにも、浅倉さんの疑問にも、自信をもって答えられる。
 どんな私でも、みんなは私を認めてくれる。
 私も、私を認める。

 それは私の力の一部である、あの月の炎であっても――。

 島の北から走り近づいてくる爪音を聞きながら、私の心はびっくりするほど落ち着いていた。


「……そうね。打ち上げしましょう。相田マナさんを、連れて」


 だからむしろ今の私は、クレープ屋さんで友達と、おしゃべりすることもきっとできる。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 再びの襲撃。
 北方から走り来た『H』に対し、佐天涙子、シャイニングドリーム、佐倉杏子の3人は、相田マナを取り戻すための準備時間を、南下しながら稼ぐ作戦を取っていた。

 C-2からB-4の市街地まで、佐天涙子が『分子間力(ファンデルワールスフォース)』を駆使したステップで『H』の攻撃を躱しながら誘導する。

「マナちゃん! 私が相手だよ――!!」

 そしてシャイニングドリームが、スターライトフルーレで『H』の爪を受け止め、斬り結ぶ。
 その間、佐倉杏子は走りながら、シーナーと共に魔力を練り上げていた。

『「治癒の書(キターブ・アッシファー)」の第五部を読んでください! その章から、相田マナさんの魂を再び彼女に還すのです!!』
「ここか、第五部第二章、『理性的魂が物質的素材に押印されずに存立することの確立』――!!」

 杏子が章題を唱えるとともに、彼女から湧き出した魔力が形を成す。
 まるで彼女自身のソウルジェムのように、炎が宝石となってゆく。

 撤退戦のような少女たちの戦い方を察知し、『H』はシャイニングドリームと斬り合っていた攻撃を止め、飛び退って構えていた。
 その左腕が弓のように展開され、右腕から骨の矢が出てくる。


「涙子ちゃん! 骨の矢だ!」
「来なさい!!」

 シャイニングドリームの声と共に、ビルの壁を走っていた佐天涙子が、勢いをつけて壁を蹴る。
 彼女はトビトカゲのように滑空し、その射線上に割り込んでいた。

 矢が放たれる。
 御坂美琴の左肩を砕き、クマーの心臓を破壊した骨の矢が、骨髄を吹き散らして、佐天涙子の胸に突き立とうと奔る。
 その凶暴な骨針の先端を、佐天の左手が払った。


「『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』……!!」

 矢が、一瞬で砂塵と化して吹き散る。
 『H』は続けざまに、その足から、ハート型の何かを蹴り飛ばしていた。
 シャイニングドリームが叫ぶ。


「投網のダイナマイトだよ! 気を付けて!!」

 数多のヒグマを爆殺し、ウェカピポの妹の夫に致命傷を与えた偽物の心が、あざとさの被膜を剥ぎ、ぱふぁっと音を立てて広がる。
 一帯を覆うように降り来る爆薬網へ向け、佐天の右手が跳ねあがる。


「おおお、『下着御手(スカートアッパー)』!!」

 上昇する突風に煽られ、その投網は見当違いの方向に飛んで行き、空中で爆裂した。
 風が吹き荒れる中、『H』は再び、シャイニングドリームと佐天涙子たちに襲い掛かろうと走り寄ってくる。

 その時、離れていたはずの佐倉杏子の魔術が唱えられていた。


「『治癒の書(キターブ・アッシファー)』――!
 ――第四部『内部感覚』、第四章『運動能力のありさまとそれに結びついた預言者性の一種について』!!」

 杏子の魔力が、燃える水のように溢れ出す。
 それはかつて、杏子自身が受けたこともある『治癒の書(キターブ・アッシファー)』による感覚攻撃。


「『汝の紡錘はその意図を紡がない』――、『転べ』!!」


 低い姿勢で走り来ていた『H』が、バランスを崩して盛大に地に転げる。
 戦闘地帯に戻ってきた佐倉杏子の姿に、佐天涙子は声を上げる。


「準備できたのね、佐倉さん!?」
「ああ、行けるぜ!!」

 返事と同時に杏子は、治癒の書・第二部第四章『味覚と嗅覚について』から攻撃を放つ。


「『汝の弓箭は死出の茂きを忘れず』――、『剥がれよ』!!」


 起き上がろうとしていた『H』は、顔面を弾かれたように、のけぞってもんどりうつ。
 嗅覚に、感覚細胞がオーバーフローを起こすほどの異臭が叩きつけられたのだ。

 だが、それでも『H』の動きは完全に止まることは無く、再び起き上がってくる。
 佐倉杏子は動揺した。


「――マジかよ! あたしこれ喰らって吐き散らかしたんだぞ!?」
『彼女の半分は機械です! “章”といえど効果は不十分!』


 作戦の遂行のために、佐天涙子が狙いをつけやすいよう、杏子は『H』の動きを完全に止めるつもりでいた。
 だがシーナーの指摘の通り、感覚攻撃による行動阻害は困難と考えられた。
 逡巡する杏子たちを、佐天涙子が一喝する。


「いい! このまま行くわ!! 覚悟を決めて!!」
「わかった!! できる! 絶対できるよ!!」
「しゃあねぇ! 行くぜ!!」


 シャイニングドリームが、佐倉杏子が、その檄に呼応する。
 その時、『H』は大きく口を開き、その喉にピンク色の光をわだかまらせていた。
 シーナーの注意喚起が飛ぶ。


『あの光線の回避に、第三部の第五章は使えません!』
「ならこっちで応用させてもらうぜ先生、第三部『視覚』――!
 ――第二章『明るみは物体ではなく物体に生じる質であること、また明るみと光線に関する諸説と疑問』!」

 杏子は胸の前で、祈るように印を結ぶ。魔法を組み替える。


「――『赤い幽霊・七十七倍(ロッソ・ファンタズマ・セッタンタセッテ)』!!」


 そう叫んだ瞬間、周囲一帯に、佐倉杏子と佐天涙子とシャイニングドリームが、77人ずつ出現していた。
 シーナーのおかげで爆発的に増大した魔力と練度があってこそ成し遂げられる、大量かつ高精細な幻影。
 突如として増加した目標に、『H』の照準は乱れた。
 ピンク色の巨大なレーザーは、2,3人の幻影を掻き消し、夜空に消え去る。

 幻影に紛れて走りながら、佐倉杏子は『治癒の書(キターブ・アッシファー)』の章題を唱えていた。


「第五部第三章、『この章は二つの問いを含み、その一つは人間的魂はどのように諸感覚を利用するかということ、第二の問いは魂の発生の確立である』!!」
『彼女の魂を記録している座標は――、“Dμ34=不死”!!』


 シーナーが、その膨大なカルテの中から、患者『相田マナ』の記録を引き出す。
 ソウルジェムのようだった赤い宝石が、輝きながら変化する。
 それはピンク色のハート――、プシュケーだった。


「『粉砕女子(ガールズビート)』!!」


 幻影に惑う『H』に、佐天涙子は『砂漠の月(デザートムーン)』を装備して殴りかかっていた。
 銀のバットが爪と打ち合う。
 佐天がバットを振り抜き、『H』の体が離れた瞬間。
 彼女はそのバットをまっすぐ突き出していた。


「奏でぇぇぇぇ――!!」

 銀のバットの先端部分が、パイルバンカーのように高速で射出される。
 エカテリーナ二世号改の武装のように、ワイヤーを曳いて飛んだそれは、『H』に躱された後に引き戻される。
 銀のワイヤーが鞭のようにしなり、『H』に絡みついた。


「プリキュアッ!!」


 その時、タイミングを計っていたシャイニングドリームが、刮目して叫んだ。
 彼方から、腕をクロスさせたまま、凄まじいエネルギーを纏って飛翔してくる。
 それは自身が、光となり、波となり、力学の枷を解き放つかのような一撃――。


「『シューティング・スターライト・ソリューション』!!」


 ――聞こえてるよ。マナちゃん。
 あなたの中から風の声がする。
 こんなビルとビルの狭間にいても――!


「マナちゃああぁぁぁぁぁぁん――!!」


 眩い一条の閃光と化したシャイニングドリームが、体を縛られた『H』の顔面にぶつかる。

 それは深い、深い、キスだった。
 その口腔粘膜の一片を、しっかりと口の中に守るように。
 量子もつれを起こしながら、溶け合うように唇を重ね、通り過ぎる。


 同時に、佐天涙子はその左手に装備された三日月のような爪に、炎を灯していた。

「これが月の炎、月の心、月の『恋』――!!」


 尾骶骨の奥底で燃える、真っ赤な大輪の華――鬼骨。
 その炎を、頭上の月にまで持ち上げ、さらに転輪させ、熱量を上げる。
 紅い華は、さらに高温となり、真っ蒼に染まる。
 108の煩悩を超えた先。109号区の氾濫
 その深い色を見ながら、佐天涙子は思う。

 明るい青。
 暗い青。
 ガラスの青。
 燃える青。
 今まで知らなかった。ああ、世界はこんなにも沢山の、蒼い、愛でいっぱいだったんだ。

 そして、この炎は、いちばん輝く、青く、青く、蒼い――!!


「おぉ――、『月炎心恋(ブルー・ブルー・ブルー・ラヴ)』!!」


 炎の灯ったナイフのような爪を、『H』の胸部に突き立てる。


「第五部第四章、『人間的魂は滅びることも輪廻することもない』――!!」


 駆け寄った佐倉杏子が、握り込んだ輝く魂を、その胸の中に叩き込む。
 涙子と杏子は、同時に叫んでいた。


「『第六波動』ォォ――!!」
「『治癒の書(キターブ・アッシファー)』ァァ――!!」


 星を灼き落とす、真っ蒼な業火が、その場の一帯を包んでいた。


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


 キミの中の商店街を、キミは一人歩いていたの。
 キミの中の駅前の。
 キミの中のキオスクの影で。
 とんでもない不吉なものに、キミはずっと、囚われていた――。

 だが汝は今、アプリオリな汝のみに帰った。
 さあ、気付かれぬようにそっと、定義を変えよう――。


「あれ……?」

 大貝町の商店街で、相田マナは我に返った。
 ――なんで私は、こんなところを今までずっとぐるぐる歩き回っていたのだろう?
 ぼんやりと考えながらも、マナの脚は勝手に動いていた。

 駅前の地面を無為に踏み歩くたびに、がちゃりがちゃりと、奇妙な音が鳴る。
 その足元を見てみれば、マナの左脚は機械で出来ていて、右脚はヒグマの爪が生えていた。

「え……? なんで……?」

 手を見れば、それも半分は機械で、半分はヒグマの肉で出来ている。
 言い知れぬ恐怖に、呼吸が浅くなる。
 おかしい。
 オカシイ。
 脈がオカシイ。
 こんなに不安なのに、恐れているのに、どくんどくんと鳴らない。
 ぺこんぺこんと音がしている。

「――~~ッ!?」

 相田マナは、自分の胸に爪を立てた。
 爪を立てて、メキメキとその胸郭を掻っ捌いて広げた。
 自分のプシュケーを、確認しなくてはならなかったからだ。
 胸の中に手を突っ込み、血管を千切りながら、その心臓を抉り出す。

「うそ……、でしょ……?」

 その心臓はもはや、プシュケーの形すらしていなかった。
 機械でできた人工心臓が、ぺこんぺこんと律動的な音を立てて、よくわからない濁った液体を垂れ流しているだけだった。

 体が、勝手に動かされている。
 がちゃがちゃと不協和音を立てて、軋んで動く。
 自他を壊す。
 壊れるたびに、マナの肉は消耗され、ヒグマと機械に置き換えられていた。

 気づけば、相田マナの自分自身は、もう顔の皮しか残っていなかった。
 残りの全ての肉体は、全部ヒグマと機械に侵食され、喰い尽くされていたのだ。

「いやだ……、どうして……? どうしてこんなことになってるの……!?」

 あまりの不快感に、吐き戻したかった。
 だがもう、彼女の胃は、がちがちと歯を鳴らすヒグマになっていて、マナの言うことを聞かなかった。
 掴みだした心臓からは、気持ち悪い触手が出て、マナの胸に戻ろうとしてくる。
 マナは絶望に、泣き叫んでいた。


「いやだぁぁぁぁぁ~――!!」


 その時、その心臓からは真っ蒼な炎が噴き出た。
 ――ああ、なんて、青い。
 それは星を熔かすような。
 透き通るような綺麗な青。

 その炎は機械を焼く。ヒグマを焼く。
 マナの肉体全てに燃え広がり、彼女の全てを焼き落とし、熔かし尽くそうと燃える。

 ――ああ。私の全てが乗っ取られるよりも。
 ――こんな綺麗な炎に焼かれるなら、その方が、良いな。

 そう考えて、マナが目を閉じた、その時だった。


「マナちゃああぁぁぁぁぁぁん――!!」


 あなたの響く声が、わたしの名前、呼んだ――。


「『第六波動』が――!」
「『治癒の書(キターブ・アッシファー)』が、間に合った!」
「マナちゃん!! マナちゃん!!」


 私の中の大貝町の、私の中の商店街の、私の中の駅前の、私の中のキオスクの影に。
 三人の女の子たちが、全速力で走り込んで来ていた。
 その先頭の女の子に、私は見覚えがあった。

 パルテノンモードのように、前に見た時よりさらに煌びやかになっていたけど。
 キュアドリーム――、夢原のぞみちゃんだ。

 全てが焼け落ちそうになっていた私を、のぞみちゃんが抱きしめた。
 顔の皮だけの、ピーラーに剥がれたようにぺらぺらになってしまった私を、それでも彼女は、火傷をするのもかまわず、炎の中から救い出してくれた。
 皮が剥がされた、機械とヒグマで出来ていた肉体は、真っ蒼な炎に焼き尽くされ、アスファルトの上に欠片も残さず消滅していた。


「のぞみちゃん……、どうして……?」
「マナちゃんを助けに来たんだよ!! 私たちみんなで!!」

 抱き上げられた私に、真っ赤な髪と修道服の女の子が、何かを差し出してくる。

「あんたの心は、ドキドキは――、ここだ!!」

 そうして見せてもらったものは――、私のプシュケーだった。

 ピンク色のプシュケーが、輝く。
 焼け落ちた機械の心臓の代わりに、しっかりと脈を打つ。
 貝殻の形をしたイヤリングをつけてもらう。
 くるくるとそのイヤリングが回ると、金色の風が吹き抜けるかのようだった。
 その風に包まれて、私の頭ができる。首ができる。
 胸ができる、腕ができる、脚ができる。
 私の体が、どんどん復元されてゆく。

 女の子たちの後ろには、マントを纏ったムキムキなお兄さんと、黒くて痩せ細ったヒグマさんがいた。
 そのヒグマさんに、私は見覚えがあった。


「シーナーさん……!! あなたがずっと、私のハートを、守っててくれたんだね……!」
「……ようやくお返しできましたよ。……ユア、スイートハート」

 黒いヒグマさんは、手のかかる患者だった私に、やれやれと微笑みかけた。
 その笑顔と共に、私の中の大貝町は。
 私の中のとんでもない不吉なものと一緒に、真っ蒼な炎で焼き払われていた――。


「――マナちゃん! マナちゃん! わかる!?」
「相田さん! 大丈夫!? 体は動く!?」
「おい! しっかりしろ! 名前言えるか!?」

 私を呼ぶ声が、聞こえた。
 目には、蒼い月明かりが、眩しく見えた。
 降ってくる雪の冷たさが、素肌に沁みる。
 潮風が、わずかに鼻をくすぐった。

 ああ、五感が、戻っている。
 何も感じなかった『空中人間』から。
 乗っ取られかけの箱庭みたいな私の世界から。
 私は助け出してもらったんだ――。

 私の顔を、のぞみちゃんが。
 赤い修道服の女の子が。
 包帯まみれのゴスロリの女の子が。
 覗き込んでいる。

 私を連れ戻してくれた彼女たちに、応えるべく、私はあまりに久しぶりに感じる自分の体を、起こした。
 素足の膝を立て。
 白い肌と、胸の鼓動を確かめ。
 拳を突き上げ、月光の中で握りしめる。


「私は……、大貝第一中学生徒会長、相田マナ……!!」


 それは、新たな私の始まりだった。


【『H』(相田マナ)@ドキドキ!プリキュア、ヒグマ・ロワイアル 消滅】
【相田マナ@ドキドキ!プリキュア 復活】


    ∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀


「――這いつくばりなさい!!」

 司波深雪の爪が、両腕の無くなった江ノ島盾子に振り下ろされる。
 だがその瞬間、江ノ島盾子は、飛びかかる深雪に向け、大きく口を開いていた。
 そこからは突如、金色の機銃が掃射される。

「――ッ!?」

 咄嗟に空中で防御姿勢を取った深雪の全身を、金貨の弾丸が叩き、傷つけた。

 ――観柳さんの金の弾丸!? 安室さんの飛行機の装備!?

「深雪!」

 なおも放たれる江ノ島盾子の口からの機銃。
 地に落ちた司波深雪を、百合城銀子が抱えて、銃撃を避けるように飛び退る。
 機銃掃射を終えて江ノ島盾子が口から吹き捨てたのは、一枚の紙片だった。


「『つるしね』いくぞッ!」
「ええ、わかったわ!」


 江ノ島盾子には、続けて天龍と龍田が飛びかかっていた。
 謎の反撃を許したものの、両腕が無くなっている今の好機を、逃すわけにはいかなかった。


「これぞ巌(いわ)なる――」
「――『浴びせ鶴』ッ!!」


 天龍峡十勝の一つ“浴鶴巖”、別名“つるしね”は、水面で鶴の群がその縞模様の羽を美しく水浴させていたところから命名された。
 まさに鶴翼の陣の如く、僚艦と息を合わせ、左右から同時に挟み込む不可避の斬撃。
 真っ白な高温水蒸気を、まさに鶴の両翼の如く曳いて江ノ島盾子に刃が迫る。

 だが、そんな龍田の薙刀と天龍の刀は、突如江ノ島盾子の両側に出現した紙に挟みこまれていた。

「なにッ!?」
「そんな!?」

 空中に浮かぶその謎の紙は、天龍と龍田が握り耐えているにもかかわらず、その刀と薙刀を見る間に紙面に吸い込んでゆく。
 その光景を目の当たりにしながら、全身傷だらけの司波深雪は混乱した。


「武田さんから聞いてはいましたが、何ですかこれは……!!
 STUDYが把握していない、この島で独自に進化したHIGUMAの能力――!?」
「……謎か? 謎だよなぁ! オマエラにとって、この能力は『エニグマ(謎)』ってわけだ!!」


 両腕を無くしたまま、江ノ島盾子は高らかに笑う。
 その笑いとともに、さらにどこからか大量の紙が吹雪のように宙に舞いあがる。

 遠距離から、暁美ほむらと黒騎れいたちによる高速狙撃が何度も飛び来る。
 だが既に、存在と狙撃方向が分かっているスナイパーからの攻撃は、江ノ島盾子に通じなかった。

 超音速で江ノ島盾子を狙う『偽街の針』は、全てその軌道上に展開された紙のどこかに当たって、その紙に吸収されてしまうのだ。

「チィッ――」
「くうっ――」

 天龍と龍田の武装は、完全に紙の中に呑み込まれ、ただの絵になってしまった。
 両者は、舞い降りてくるその謎の紙に危機感を覚え、武装を捨てて下がることを選んだ。
 龍田の上に、今にも紙のひとひらが触れそうになる。

「――『鷹歸る崖』!!」

 ボイラーから高圧水蒸気を噴射し、天龍は龍田を抱え、空中で急転回した。
 迫る巨大な紙を蹴り飛ばし、かろうじて避ける。

 だが、蹴った天龍の脚は、裸足になっていた。
 靴はその紙の中に呑み込まれて、ただの絵となっていた。
 バランスを崩し、地に落ちた天龍の背中を、さらに何かが深々と切り裂いた。


「ぐあぁぁぁ――!?」
「天龍ちゃん!!」


 天龍の艤装ごと強化型艦本式缶が裂断されて転がる。
 龍田が彼女を庇い抱え、必死に転げ逃げる。


「……邪魔、じゃま、ジャマー――!!」

 百合城銀子が吼えていた。
 舞い飛ぶ紙の群れを躱し、江ノ島盾子の死角に回り込んで攻撃の隙を狙う。
 だがその途中で、何の抵抗もなく、百合城銀子の右腕は唐突に斬り落とされ、消滅していた。

「な、ぁ――!?」

 そこでようやく、彼女たちは攻撃の正体を知覚する。

 江ノ島盾子の周囲では、空間そのものが、何もかもを呑み込むような黒々とした裂け目を覗かせていた。

 ――ヤセイ(天上を背負うもの)の、『ブラックホール』……!

 あの男塾塾長・EDAJIMAとHIGUMAが相討ちになった際にも展開されていた、防ぎ得ぬ空間の断裂。
 冠毛種子の大群がこの島を襲っていた時に、ラマッタクペが危惧していた事態がこれだった。
 工藤健介やヤセイが身に着けていた、この島のHIGUMAたちの中でも最高クラスの攻防性能を持つ能力が、今、江ノ島盾子によって揮われているのだ。

「百合城さん――!!」

 思わぬ攻撃で斬り飛ばされてしまった百合城銀子の腕の付け根を掴み、止血しながら司波深雪が走り逃げた。


 紙吹雪が舞うその空間で、敵を退けた江ノ島盾子は悠然と歩を進めた。

 空間の裂け目が、落ちていた天龍の強化型艦本式缶を割る。
 そこには褐色の燃料が大量に蓄えられているのが見えた。
 江ノ島盾子が何をしようとしているのか、周囲の一行が気づいた時には、もう遅かった。

「――重油が!!」

 切り裂いた強化型艦本式缶から溢れ出る燃料を、江ノ島盾子は束ねられた紙の腕で持ち上げ、頭からかぶる。
 龍田の悲痛な叫びが、無情に響く。


「うぷぷぷぷッ、ハハハハハッ――!!」


 そして彼女はこめかみに、紙で出来た右手の人差し指を突きつける。
 その紙から出てきた猟銃で、まるでロシアンルーレットでもするかのように、江ノ島盾子は自分自身の頭部を撃ち抜いた。
 発砲の衝撃で、重油に引火する。
 重油塗れになった江ノ島盾子の全身が、瞬く間に火だるまとなった。
 焼身自殺のようにも見えるその行為の最中、江ノ島盾子はずっと笑い続けていた。


「最ッ高に、ハイってヤツだぁぁぁぁ――! アッハハハハハハハハ――!!」


 彼女を包む炎は、そして生き物のようにうねった。
 煙を上げ、紙を燃やし続け、赤黒く焼け続けるその炎は、江ノ島盾子の右半身にわだかまる。
 江ノ島盾子本人は、その炎に包まれていたにもかかわらず、一切の火傷もなかった。

 斬り落とされた彼女の両腕は、今や様々な現象が縒り集まり、巨大な異形として形作られていた。
 その右腕は、風を纏い渦巻き燃え続ける紙が、赤黒く煙る炎の塊となって犇めいている。
 その左腕は、宇宙空間を思わせる、暗く重々しい空間自体の亀裂が、鋭く長い五指と爪のように蠢く。

 ひとしきり笑い終えた江ノ島盾子の様相は、まるで不死鳥の復活のような、神々しささえ感じる威容だった。
 天龍、龍田、百合城銀子、司波深雪――。
 傷つき倒れ伏す、哀れなる下々の者を睥睨し、江ノ島盾子は口を開く。


「……フン、いくら何でも謎ばっかじゃ面白味がないわな。折角だから私様も、この新しい絶望に名前をつけてやろうか。
 オマエラと、この島と世界に終末をもたらす力の名は……」


 江ノ島盾子は、その炎と闇の腕を広げ、宣言する。


「――『絶望擬人論(セツボウ・ギジレン/SETSUBOU GIJIREN)』だ」


 それは、新たな絶望の始まりだった。


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最終更新:2026年08月05日 22:04