席に座っても落ち着かない様子の皆に対して取りまとめを買って出たのは、なんとトーマスではなくポールだった。

「あー、ここで買ってでないと自己紹介のタイミングすらなさそうだったんでな。他は殆ど顔見知りみたいなんで手早くいくが、俺はポール。北のキドラント出身の、冒険者・・・だ」
「それならあたしもだよ。半分位は知らない顔だし。あたしはノーラ。このピドナでレオナルド工房の親方をしているんだ」

 ポールに続いて名乗りをあげたノーラに、ポールとハリードが驚きの視線を向ける。

「レオナルドの親方・・・って、マジかよ姐さん。世界一の工房じゃねぇか・・・。ったく、どんだけ超人集会だよここ・・・」

 そう呟いて頭を掻いたポールは、しかし仕切り直して続ける。

「・・・で、やんごとなき方も含めて各方面から集まったみたいで色々話もあろうが、まず確認しておかなきゃならんのは、さっきの現象について・・・でいいよな、旦那」

 そこでポールが視線でトーマスに問うと、トーマスはコクリと頷いた。

「・・・俺と、恐らくノーラの姐さんは見てないっぽいが、それ以外の皆は見たんだよな。これについては・・・カタリナさん、あんたに代表して説明してもらいたい。さっきみたいなのは初めてじゃあ、ないんだろ?」

 問われたカタリナは、それを肯定しながら用意された紅茶をゆっくりと啜った。

「・・・トーマスとサラとノーラさん以外は知らない事だろうから、先ずは以前にピドナで起こった事から話していくわね」

 そう言ってカタリナは以前に魔王殿で経験した事の経緯から、自分なりの今の現象に対する推測迄をその場の皆に話して聞かせた。
 今の映像が、恐らくは自分が持つ王家の指輪に宿った記憶であるという事。それを自分は魔王殿で謎の少年から指輪を受け取った時に初めて見た事。それから導かれるままにアラケスとの戦いを経てランスに渡り、そこで現聖王家当主であるオウディウスから自分が恐らく八つの光の一人であり、謎の少年もまた王家の指輪によって選ばれた人物であろうという事。

「・・・この指輪が反応するのは八つの光、という解釈で良いのならば・・・聖王記に記されたそれは、今ここで全ての存在が確認できた事になるわ」

 カタリナがそう締めくくると、聞かされた事実に驚く面子も多いなかでまず首を捻ったのはハリードだった。

「・・・で、結局俺等が八つの光だとして、具体的には何をせよと言うんだ。あの映像は途切れ途切れでこっちにゃ何も伝わらなかったぜ。まさか半開きって噂のアビスゲートを全部閉じてこい、とでもいうのか?」

 そんな事なら俺は御免だ、と言いたげにハリードが言うと、それにはその場の大多数が否定とも肯定とも取れない反応を返した。

「・・・さっきの映像のが聖王様だとしても、でもあたし達にそんな事を成し得る力があるの・・・?」

 続けて疑問を発したエレンに対し、しかし力強い反論はない。
 逆にそれに同調する様に、ユリアンが口を開いた。

「俺たちは確かに一般人よりは武芸に秀でた方だとは思うけれど、でもそれにしたって例えば、騎士団で長年鍛え抜かれた屈強な騎士には俺は敵うと思えない。それになによりモニカ様なんて、そんなものとは無縁に育ったお方だ。アビスの四魔貴族を相手にするなんて、冗談にしても笑えない」

 尤もなその意見に、反論するものはやはり居ない。
 冷静に考えれば本当にその通りで、それに今は三百年前のような世界的に大規模な討伐組織を組み辛かった状況とは違う。ならば、たった八人が立ち向かうよりも国家規模で遠征軍を組む方が、間違いなく四魔貴族への対抗手段としては正当だろう。
 そもそも八人だけでどうにかできる相手なら、軍隊でどうにかできないわけがないのだ。

「我々が八つの光として選ばれた理由が、そもそも不明ですしね・・・。国家規模ではなく我々にしかなし得ないものが、はたして何か有るのでしょうか」

 続けてトーマスが核心を突くと、一同は発する言葉も見つからずに唸るのみだった。
 そこに、腕を組んで様子を見ていたノーラが口を開く。

「・・・単なる一個人の意見だけどさ、例えば八人と八千人の軍隊じゃあ八人には戦力で勝ち目はないけど、でも八人の方が動きやすいよね。質も揃えやすいし、経済的にも安価にカバー出来る。それを見越して、聖王遺物なんてオーパーツもある・・・そんな事情も有るんじゃないのかな」

 それには頷く者もいた。だが確かに一理はある意見だが、世界規模の問題を前に説得力があるとは流石に言い難い。結局は八人で有る理由も、ここに集まった面子である理由も、依然不明なままだ。
 それきり誰も口を開くものはなく、腕を組んでしまった皆に対してカタリナがため息と共に言葉を発した。

「・・・これに関しては、ひとまず保留としましょう。軽率に行動を起こしても良いことではないでしょうから、それなりの裏付けと明確な理由が見つかるまでは、話も進まないわ。あとは気を取り直してなんだけど・・・取り合えずここに皆が集まった経緯と、当面の行動について話を纏めましょう」

 そこでタイミングを見計らったかの様に、執事の老人が人数分のお代り用紅茶をワゴンで運び入れてくる。
 それが全員の前に行き渡るのを見守ってから、先ずカタリナが口火を切った。

「まず私から、ランスに行った成果の話をするわ。大体は先ほど話した通りなんだけど、今回の遠征では聖王様に関するあれこれの他に、漸くマスカレイドの行方に関する手掛かりになりそうな情報を得たの」

 その言葉に、ノーラとモニカが過敏に反応する。それを見て控えめに頷きながら、カタリナが続けた。

「・・・結論から言えば、神王教団が怪しい。確信的な物証などは無いのだけれど、特に五年前のメッサーナの内乱から今に至るまでの教団の動きと聖王遺物との関わりが、目立ちすぎる。そこで探りを入れたり実際に対峙するに当たって協力を得るために、ランスに滞在していたハリードとエレンに今回同行してもらったの。ポールはまぁ成り行き上なんだけど、腕も立つしカンパニーの方面でもよく動いてもらっているわ」
「あんたに腕が立つっつわれても欠片も嬉しくないのは、なんでだろうな・・・」

 ポールが軽口で応えるのをよそに、神王教団の言葉を聞いて何故かトーマスとノーラが目線を交錯させる。それに気がついたカタリナが首を傾げると、トーマスは紅茶に口を付けてから口を開いた。

「・・・実は私もピドナを発つ前に、聖王遺物に関する情報を追っていて神王教団に当たりました。恐らくは、カタリナ様がお気付きになったものと同じ類のものでしょう。流石にここはピドナ支部のお膝元なので突っ込んだ調査にはまだ至っていませんが、そこに関してはノーラさんとも話をしていたところでした」

 トーマスのその言葉にノーラが頷くと、更にトーマスが続ける。

「私の方ではそういった方向と同時に、今回カタリナ様から頂いた北の商談に早速移らせていただきましてね。サラと共に北に渡り、ユーステルムとキドラント、そしてツヴァイクの企業に関してほぼ手中に収める事に成功しました。ユーステルムとキドラントのアポ取りは、実にお見事でした。現地でのカタリナ様のご活躍も伺いましたよ」

 柔かに笑いながら言うトーマスに、カタリナは肩を竦めてポールに目線を向ける。それに気が付いてトーマスがポールを見ると、彼はニヤリと笑ってカタリナに同じく肩を竦めた。
 大方の事情をそこで把握したトーマスは小さく笑うと、続いてユリアンとモニカに視線を投げかける。

「そしてツヴァイクでの商談を終えてからなのですが・・・そこで偶然にも、モニカ様とユリアンに出会ったのです。二人がそこに至るまでの事情は、直接語られた方が宜しいでしょう」

 その言葉に反応してユリアンが背筋を伸ばすが、数秒してから口を開いたのはモニカの方だった。

「・・・わたくし、モニカ=アウスバッハは故国ロアーヌを出て、ユリアン様と共に生きてゆく事に致しました」

 まるで空気が凍ったのがわかる様な空間の軋み音と共に、明らかな覇気がカタリナから発せられた。
 それを真っ向から受ける形となったユリアンがピクリと跳ねる様に動き、だらだらと冷や汗を流し始める。

「今回わたくしは兄であるロアーヌ侯爵ミカエルの御意向でツヴァイクへと嫁ぐ事になっていましたが・・・ゴドウィンの変から始まるその前後の幾つかの出来事を経て自分の気持ちに気付かされ、この決断に至ったのです。そこで偶然、トーマス様にお会いしたのですわ」

 顔面蒼白のユリアンと、鬼神の如き表情で彼をにらむカタリナ。口笛で囃し立てるハリードに、ふぅん、といった表情で二人を見るエレン。純粋におめでたいねぇと笑うノーラと、国家規模のことの重大性にすぐ気が付いて乾いた笑みを浮かべるポール。
 事情を知るトーマスとサラは、それらの様子を伺うに徹している。
 皆の反応は様々であったが、勿論次に口を開いたのは誰あろうカタリナであった。

「・・・モニカ様、ご意志は固いのですね・・・?」

 先の表情とは一転して柔らかな口調で問いかけるカタリナに、モニカは真っ直ぐに見つめ返しながら静かに頷いた。
 その瞳の色には嘘偽りは微塵もなければ、迷いも悔いも見て取れない。そこには、ただただ兄譲りの力強い意志の輝きがあるだけだ。
 それを見て目を伏せたカタリナは、次に顔をあげるとたいそう艶やかに微笑んだ。

「わかりました・・・。おめでとうございます、モニカ様」
「カタリナ・・・ありがとう・・・!」

 パっと花が咲いた様に笑顔を見せるモニカに、カタリナも笑みを絶やさぬまま頷き返す。
 そしてその表情を崩さぬまま、ユリアンに顔が向けられた。

「ユリアン。あとでちょっと、いいかしら。モニカ様との今後の事について、どうしても伝えておきたい事がいくつか有るの」
「は、はい!」

 笑みの裏で薄っすらと細められた瞳から滲み出る燃える様な気迫に、ユリアンは思わず声を裏返らせながら返事をする。
 しかしそれには気付かぬモニカは、あまり恥ずかしい事は話さないでね、などと気楽に言うばかりだ。

「ま、まぁ兎に角・・・私の方の動きも以上です。そうなると一先ず今後の動きとしては、神王教団への探り入れとなりますね」

 話の筋をトーマスが戻しにかかると、ハリードがそこで口を開いた。

「ここの実権を握っているルートヴィッヒは、リブロフからこちらに移る際に神王教団と結託した。つまり、完全にグルだ。教団を崩すなら、ルートヴィッヒもどうにかしなきゃならないぜ」
「何方にしろ、決め手はまだ何もないわ。教団とルートヴィッヒに絞って、まずは情報を集めなければならなそうね」

 カタリナがそう付け加えると、一同は頷いた。

「教団は、私の方で情報を集めてみます。宮廷とルートヴィッヒに関してはミューズ様とシャール様が常々情報を集めていらっしゃる様ですから、後ほど伺ってみましょう」

 トーマスの言葉を〆に、この日は長旅の疲れを癒すために休む事にした。






最終更新:2012年08月08日 01:34