銀髪の青年が、鉄橋の上で『それ』を見下ろし笑っていた。
にやにやと、ニタニタと、本当に、本当に愉しそうに笑っていた。
足元に広がる血だまりに靴を浸して、時折堪えきれずに小さな笑いを溢し、ずっとそれを見ている。
少女の死体。
腹に大傷を負い、致命傷になっただろう首の傷、その両方から流れ出した鮮血が水溜まりを作っていた。
腹部の傷は乱暴に抉ったようにも見え、どう考えても下手人はまともな神経をしていないことが窺える。
まず腹を刺して、抉り、苦しませた後に首を貫く。
生じる苦しみの程も相当なものになるだろうし、それを見ても心が痛まずに殺人行為を続けられる神経、それはまさに『快楽殺人者』と呼ぶに相応しいものであると言えただろう。
氷室勝好は、自分と同種なる人間が他にも存在することに歓喜めいた感情を懐いていた。
より正確に言うならば、同種なる快楽殺人者との殺し合いに心を高ぶらせていた。
鮮血の海の上で、気味が悪いほどの満面の笑みを浮かべて、彼は存在していた。
その右腕に握られているのは、農業用と見られる若干錆び付いた鎌。
後に人間の首を刈り取るやもしれぬ凶器を持って、氷室勝好は狂気を押し出した笑顔を浮かべる。
良いじゃないか。
こんな神経をしている人間が居る、そしてこの殺し合いは冗談でも何でもなく、本当に正真正銘の命の奪い合い――――サバイバルゲームだ。
自分も殺さなくては。
郷に入っては郷に従え、という教えもあるわけだし!
「あー……楽しみだなぁ」
三日月のように口元を歪め、獰猛極まりない笑顔を浮かべる勝好。
血だまりに写る自分の狂い切った笑顔を見て、彼の高揚は最高潮に達しようとしていた。
愉しい。
一方的な殺戮だけじゃあつまらない、この少女を殺した相手のように、かっ飛んだ相手だからこそ人殺しの血が滾るってもの。
時には欺き、絶望させて殺す。
時には戦い、死闘の果てに殺す。
時には保護し、希望を与えて殺す。
時には突撃し、逆境を覆して殺す。
時には苦しめ、苦痛の中で殺す。
どれを選んでも楽しい、この世で最高の娯楽と言ったって過言じゃないだろう。
そんな快楽殺人者、氷室勝好にとってこの『バトルロワイアル』は、まさに自らを最高に活かせる機会であった。
―――――――――さあて、まずはどうしようか。
「良いねぇ、君らは最高だよ人無君」
高ぶる感情を隠そうともせずに勝好はけらけらと甲高く笑った。
誰かに見つかるかもしれない、なんて警戒はしない。
勝好からすれば『誰かに見つかること』こそが最高の展開、殺人を行える絶好の機会なのだから。
むしろ誰か見つけてくれ、そして自分に恐怖しろ、敵意を向けろ、騙されろ!
嗚呼、高ぶる。
自らの欲求に忠実になるというのは楽しいものだ。
氷室勝好は、まさしく生粋の殺人鬼であると言えるだろう。
「――――――――あなたはだあれ?」
凄惨なる光景。
狂笑する男――――手には物騒な鎌。
どれ一つを取ってもまともな光景ではないのに、その紅い瞳の少女は、あたかもそれが普通だというように、平然と立っている。
まだ幼い外見、恐らくは中学生といったところだろうか。
到底殺し合いなんて出来ないような可愛らしい顔をしているのに――――衣服にべっとりと付着している血液が、台無しにしていた。
そして勝好は悟る。
こいつは、こちら側だ。
殺人鬼側の、狂った少女。
勝好ともまた違う、怪物のような雰囲気さえ纏っている。
それら一つ一つの異常性が、勝好の快楽殺人者としての欲求を高ぶらせるが、しかしまず彼は訊いた。
「この子を殺したのは君かな?」
少女――――
柳詩織――――今は、『アイ』。
こくり、と頷き、その顔に満面の笑顔を浮かべた。
こんな状況でなければ向日葵のような笑顔だったが、この光景の中では狂人の笑顔でしかない。
間違いなくこいつは狂っている。
齢十五にも満たない身で、ここまで凄惨な現場を作り出せるなど、かなりの逸材と言わざるを得ないだろう。
「もういいかな、ボク、もうお兄さんのこと殺したくて仕方ないんだけど?」
「ははは………こっちの台詞だっての」
◇◆
勝好の振るった鎌の刃が、詩織の顔面目掛けて迫っていく。
それを装備していたアイスピックで受け止め、力を込めて押し切ろうとする。
予想以上の力に勝好は後退し、デイパックからおもむろに一丁の機関銃を取り出し、詩織に向けて構えた。
銃だろうが鎌だろうが、拘ってはいられない。
これは正真正銘命を懸けた殺し合いだ、無駄な拘りやプライドは身を滅ぼしかねない。
この程度でくたばれては少し興醒めかもしれないが、それもまた運命というやつだ。
バラララララララッ!と、連続したポップコーンが弾けるような音と共に放たれる殺意の塊。
一発一発が致命傷になりかねない、あちらからしたら相当厄介な武器だろう。
あの女子中学生が怪物級の殺人鬼だとはいえ、まさか銃弾を何発も浴びて平然としていられるようなことはあるまい。そうだとしても、息耐えるまで鉛弾を撃ち込むだけだが。
勝好の狂笑が響く。
チェックメイトを確信している訳ではないが、楽しい。愉しい。
殺人とはこれだから止められない、と今、氷室勝好は改めて実感した。
笑う銀髪の青年。しかし――――その笑いは、打ち切られる。
「…………あぁ?」
――――――――柳詩織の死体どころか、血液一滴さえ見当たらない。
何処へ行った。
一瞬飛び降りて逃げでもしたのかと疑ったが、その疑問はすぐに解決された。
鉄橋の縁を、詩織は駆けていたのだ。
一歩足を踏み外せば転落は確実、故意ならまだしも対応しきれない転落では命の危険だってある。
物怖じ一つせずに、女子中学生の脚力から明らかに逸脱した速度で勝好を殺す、たったそれだけの目的に向かって盲目的な突撃をかけていた。
(おいおい……ッ、正気かよこいつ)
機関銃を咄嗟に構え直し引き金を引くが、その動作を行うタイムラグの間に詩織は弾道から外れる。
手にしている血塗れのアイスピックが陳腐に見えてくる程の狂気。
如何に勝好といえど、これ程まで飛んでいる相手を殺すのは初めてであった。
血のように紅い瞳が、全体的に色白な少女らしい顔のおかげで余計に目立ち、怪物らしさを引き立てる。
もしもここに第三者の目があったなら、誰が見ても加害者は柳詩織に見えるだろう。
「そろそろおしまいにしようよ、お兄さん! きゃははははっ!!」
完全な計算外だった。
まさか機関銃の火力を以て尚制圧できない『怪物』と、よりによってこんな序盤で行き逢ってしまうとは、このバトルロワイアルというゲームの異常性が垣間見えるようだ。
が――――だからこそ最高だ。
命の奪い合い。
この少女を殺した時に生まれる快楽はどの程度のものか、想像するに難くない。
基本的なスペックでは勝好を超えているが、戦闘の技術に限って言えば勝好にだって分があるだろう。
銃弾で殺せないなら、刃で殺してしまえばいい。
足元に捨ててあった鎌を拾い上げ、詩織に向かい突貫をかける。
流石の詩織といえども、まさかこの局面で銃を捨てるとは思わなかったのか、一瞬だけ足が止まった。
その一瞬を殺人鬼・氷室勝好は見逃さない。
鎌をセオリー通りの振るい方で振るい、柳詩織の首を刈らんとする。
当然、詩織はアイスピックを以てその一撃を防御し、再び鍔迫り合いへと持ち込む。
「へえ、なかなかやるじゃんお兄さん。でもね、力でならボクの方が強いんだよ?」
「いけないなあ、いけない。そういう油断をすると―――"足元を掬われる"ぜ?」
言葉通り。
詩織の華奢な右足に足払いをかけ、そのバランスを無理矢理に崩させてやる。
バランスを立て直そうとするも、勝好の力とて大の男のそれである。
幾ら詩織―――『アイ』が化け物じみた力を持っていようが、この体勢から押しきるのは無理だ。
キィィン!!という鋭い金属音。
詩織の持っていたアイスピックを真横に凪ぎ払い、勢いでその手の内から弾き飛ばす。
やられた、とでも言いたげな表情をしている詩織の上に馬乗りになり、鎌を振り上げる。
朝の日差しが僅かに照りつけ、鎌の金属光沢がその光を反射して輝く。
「おしまいは君の方だったねえ、可哀想だけどここで死んで貰うよ」
「………うん、まさかあんな卑怯な手段使ってくるとは思いもしなかったよ、いい勉強になった」
怖くないのか。
ここで命乞いの一つでもあったなら興が乗るというものだが、やはりこいつは怪物のようだ。
でも、それもここで終わる。
少女の殻を被った怪物は、人間の殻を被った悪魔のような殺人鬼に滅ぼされる。
それじゃあ、と勝好は言い、満面の笑顔で鎌を降り下ろす準備を整える。
顔の中心にでも突き刺してやれば、確実に殺せるだろう。
下手に長々苦しめ続けても、暴れられたりすると本気で洒落にならないかもしれない
「そういえばさ、お兄さん」
降り下ろす。
「ボクを殺すのにさあ、片腕を自由にさせておくなんて―――ちょーっと、舐め過ぎだよ」
――――――――ばりっ。
鎌の柄を左手で掴み取ると、まるで割り箸でもへし折るかのように、柄をへし折る。
木製だから、というのは理由にならない。
少なくとも、片腕で、こんなに易々と破壊できるような木材ではないのだ。
勝好は急いで詩織から飛び退き、機関銃を拾い上げる。
詩織は勝好に飛び付くように迫り、その首を細腕で掴んだ。
銃口は詩織の額に。
万力とさえ言える凶器の腕は、勝好の首に。
片や指先一つで。
片や一瞬で。
互いの命をいともあっさりと奪い取れる状況が完成してしまった。
「「…………ははは」」
乾いた笑い。
苦笑。
勝好と詩織はほぼ同時に腕と銃を下ろし、ある程度の距離を取って両手を挙げる。
「おいおい、君本当に人間なのか? 鎌の柄をあんな簡単にぶっ壊すとはなあ」
「お兄さんの諦めの悪さも大概だよ、あそこで銃を拾いに戻ったりしないでくれたら殺せてたのに」
つい先程まで殺し合っていたとは思えない、談笑。
会話の内容にさえ触れなければ、年の離れた友人同士にさえ見えたかもしれない。
暗黙。
相討ちになるのは互いに御免であったし、ここは互いに互いを見逃し、潔く別れよう―――。
「んじゃ俺行くわ。……そうだ、俺は氷室勝好っていうんだけど、君は?」
「柳詩織――――『アイ』。出来れば二度と会いたくないね、勝好お兄さん」
互いに背を向けて、警戒の色など微塵も見せずに立ち去っていく。
相手に攻撃されるのではないか、という不安感など感じていないようだ。
もしもここでどちらかが攻撃すれば、今度こそどちらかが死ぬか相討ちになるまで止まらない殺し合いになる。そんなことになれば、互いに無傷では済むまい。
こうして、殺人鬼と怪物の邂逅は呆気なく幕切れだ。
彼らがこの後どんな結末に向かっていくのかはまだ分からない。
この二人が、殺し合いの決着をつけられるのかも、分からない。
しかし、二人の意志は同じである。
「「ああ、そうだ」」
背を向けたままで、声が重なった。
「「 次に会ったら、ぶち殺す 」」
【D-1/鉄橋/一日目/朝】
【氷室勝好@俺得バトルロワイアル6th】
[状態]疲労(小)
[服装]特筆事項なし
[装備]RP-46軽機関銃(196/250)
[道具]基本支給品一式、RP-46軽機関銃予備弾薬(300/300)
[思考・行動]
基本:殺し合いを楽しむ。
1:参加者を探して殺していく
2:柳詩織は次に会ったら必ず殺す
[備考]
※支給品の農業用の鎌は破壊されました
【柳詩織@才能ロワイアル】
[状態]:疲労(小)、「アイ」の人格
[服装]:少し血塗れ
[装備]:工事用ヘルメット
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~2、脇差、糸鋸
[思考]
基本:しーちゃんのために優勝する。
1:殺しちゃえ☆
[備考]
※才能ロワ1話「創造世界」以後からの参戦です。
※アイスピックを回収していません
支給品説明
【農業用の鎌】
氷室勝好に支給。
何の変哲もない、柄は木製で刃は金属製の鎌。ホームセンターどころか100円ショップなどでも安価に手に入れられるが、その殺傷能力は十分。
【RP-46軽機関銃】
氷室勝好に支給。
ソビエト連邦の開発した軽機関銃。DPM軽機関銃の給弾機構をパンマガジン式からベルトマガジン式に変更したもの。1950年代に多く使用された。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2012年05月07日 01:42